“喉が痛いとうめく私に「つらいよね」と言ってくれる娘は、今の私の痛みを知っている。”
タイトル通り、自分の痛みについて で切り口が大きかった、大学生くらいの読むことを諦めはじめた時期なら(結局自分語りじゃん?)って閉じてたかもだど、今は読み切ったのは人生がそんな時期になってくれたから
食べ物でも、あまり好きじゃないって言ってるのに「えー、美味しいのに」って勧めてくるやつ何なん?
本当だ、長めだ。良いですね!
かしらぎさんの本、食べること出す事は読んだことあったけど、これも面白そう。痛みは経験したことがないとわからない。母を亡くした時、同世代よりも年上の友達で同じ経験をした人からの声かけがとても暖かく染みた
「家族や友人に炎上したつらさを語っても『知らない人が勝手になんか言ってるだけなんだから気にしなければいいだけじゃん』。でも、つらさを語って、笑い飛ばされてしまうと、さらにつらくなる。」
痛みの耐性にも個人差がある問題。都合や時代の制約で必ずしも最短で正解を掴める状況でない事も多々ある。その時代に治療薬や有効な療法がないとか、社会人にになって毒親との関係が切れて精神疾患が良くなるとか。
痛みもなく幸福に過ごせるだけの体を持った人間が自分を傷つけたり損ねたりしようとするのはなぜなのか 自分の売ってるものが労力ではなく自分自身の一部だという人たちは何を売ってるのか分かってるのでしょうかね
仲間をスルーして赤の他人の苦境に悲憤慷慨したがる。「あなたにはあなたの私には私の地獄がある」って言うけど、相互不干渉を求める強者の正当化にも、不可知を根本とした他者への思いやりの出発点にもなると思う。
他者の気持ちをわかったつもりになってるなら、それを指摘する側も、相手の気持ちに配慮した説教が出来てるのか?という批判が自分に返ってくる問題と向き合わなければならない
この本は私も買いました。ひとの痛みってわからないなあということと、伝えることの難しさ、受け取る側の問題も含めて、読み返したいと思ったので。
察してちゃん
compassionの話。痛がるのを恥として隠蔽する旧い価値観、痛む自分をないことにする解離、痛いものは痛いと生身で引き受けて生きる三様。
炎上した私可哀想、で浸ってんじゃねえよカス。てめえの感情優先・負担から逃げまくるゴミみたいな教育放棄で、ガキ二人が社会の産廃になってんだよ。そのケツ拭くのは赤の他人の社会構成員だぞ。真面目に生きろや
苦労に苦労を並べたところで救いにはならないことを友人はようわかっている。私は笑い飛ばす友人は大切にする。救いを他人に求めると変なのにひっかかるしな…
食事をする事で得られる快楽や運動する事で感じる苦痛にも個人差があるし大半の肥満はこの差異が原因だと思ってる(記事長すぎて冒頭しか読んでない)
こう言う文を読むと、人間は頑丈で健康なだけでなく、平均的でいないと幸福になれないことがよく分かる。不幸のバリエーションを開陳され、「これはオリジナルだよ?」と言われても、相槌すら思いつかない……
これ痛みだけじゃなくてすべてに言えるんじゃないかな。
"しあわせのハードルが、痛みのせいで、すごく下がっている。"日本人に多い腰痛持ちの人は、みんなそう思ってます。椎間板ヘルニアの人より。
自分の子に「他人を簡単に指摘したり批判するな。自分の無知をひけらかしてるだけのことが多いから」とよく言うが、たぶん、そのときの後悔も体験しないとわからないんだろうなぁとも思う。
サブスク始めるようだから賛同してる皆入ってあげなね。ちなみに困難な娘2人抱えて暇空信者だよ。私には暴力がない以外実母そっくりの凄まじい親に見えるし実際母から逃げなかった兄弟は立派な金せびり中高年だが
わからない痛みを伝えよう。わからない。わからない痛みを伝えて配慮してもらおう。これならわかる。
他者の痛みを『わかったつもり』にならない大切さについて|水谷アス
“喉が痛いとうめく私に「つらいよね」と言ってくれる娘は、今の私の痛みを知っている。”
タイトル通り、自分の痛みについて で切り口が大きかった、大学生くらいの読むことを諦めはじめた時期なら(結局自分語りじゃん?)って閉じてたかもだど、今は読み切ったのは人生がそんな時期になってくれたから
食べ物でも、あまり好きじゃないって言ってるのに「えー、美味しいのに」って勧めてくるやつ何なん?
本当だ、長めだ。良いですね!
かしらぎさんの本、食べること出す事は読んだことあったけど、これも面白そう。痛みは経験したことがないとわからない。母を亡くした時、同世代よりも年上の友達で同じ経験をした人からの声かけがとても暖かく染みた
「家族や友人に炎上したつらさを語っても『知らない人が勝手になんか言ってるだけなんだから気にしなければいいだけじゃん』。でも、つらさを語って、笑い飛ばされてしまうと、さらにつらくなる。」
痛みの耐性にも個人差がある問題。都合や時代の制約で必ずしも最短で正解を掴める状況でない事も多々ある。その時代に治療薬や有効な療法がないとか、社会人にになって毒親との関係が切れて精神疾患が良くなるとか。
痛みもなく幸福に過ごせるだけの体を持った人間が自分を傷つけたり損ねたりしようとするのはなぜなのか 自分の売ってるものが労力ではなく自分自身の一部だという人たちは何を売ってるのか分かってるのでしょうかね
仲間をスルーして赤の他人の苦境に悲憤慷慨したがる。「あなたにはあなたの私には私の地獄がある」って言うけど、相互不干渉を求める強者の正当化にも、不可知を根本とした他者への思いやりの出発点にもなると思う。
他者の気持ちをわかったつもりになってるなら、それを指摘する側も、相手の気持ちに配慮した説教が出来てるのか?という批判が自分に返ってくる問題と向き合わなければならない
この本は私も買いました。ひとの痛みってわからないなあということと、伝えることの難しさ、受け取る側の問題も含めて、読み返したいと思ったので。
察してちゃん
compassionの話。痛がるのを恥として隠蔽する旧い価値観、痛む自分をないことにする解離、痛いものは痛いと生身で引き受けて生きる三様。
炎上した私可哀想、で浸ってんじゃねえよカス。てめえの感情優先・負担から逃げまくるゴミみたいな教育放棄で、ガキ二人が社会の産廃になってんだよ。そのケツ拭くのは赤の他人の社会構成員だぞ。真面目に生きろや
苦労に苦労を並べたところで救いにはならないことを友人はようわかっている。私は笑い飛ばす友人は大切にする。救いを他人に求めると変なのにひっかかるしな…
食事をする事で得られる快楽や運動する事で感じる苦痛にも個人差があるし大半の肥満はこの差異が原因だと思ってる(記事長すぎて冒頭しか読んでない)
こう言う文を読むと、人間は頑丈で健康なだけでなく、平均的でいないと幸福になれないことがよく分かる。不幸のバリエーションを開陳され、「これはオリジナルだよ?」と言われても、相槌すら思いつかない……
これ痛みだけじゃなくてすべてに言えるんじゃないかな。
"しあわせのハードルが、痛みのせいで、すごく下がっている。"日本人に多い腰痛持ちの人は、みんなそう思ってます。椎間板ヘルニアの人より。
自分の子に「他人を簡単に指摘したり批判するな。自分の無知をひけらかしてるだけのことが多いから」とよく言うが、たぶん、そのときの後悔も体験しないとわからないんだろうなぁとも思う。
サブスク始めるようだから賛同してる皆入ってあげなね。ちなみに困難な娘2人抱えて暇空信者だよ。私には暴力がない以外実母そっくりの凄まじい親に見えるし実際母から逃げなかった兄弟は立派な金せびり中高年だが
わからない痛みを伝えよう。わからない。わからない痛みを伝えて配慮してもらおう。これならわかる。