同感
私は長い文章読み解くの苦手なので区別つかないんだが、外国語の翻訳フィルターがかかるか否かの違いでは
yは乗り物の利用を, hatenaaは自家用車の利用を忌避しておるが, 夫々がどれ程不便になってるかを数値表現したい所存 / 乗り物必要な状況を避けるのは単に移動時間増や労力増故,金銭表現易. 車忌避は,運転手間だけでなく,
ぐああああ!永井均の哲学は「同じものがありえない」「比較できるものが存在しない」哲学なので「レベルが高い」とか言ったら理解できた時に恥ずかしくて死にたくなるぞ!違うものの話をしてるんだ記憶に留めとけ。
昔仏文の先生が言ってたのは西欧で思想を学ぶのは基本キリスト教から解放されるかどうかで精一杯だから,日本で思想を学ぶのが有利と言うことだった.西欧かぶれの日本の左翼の限界も納得感があった.
哲学の深淵に飛び込むのは、星空を見上げるようなワクワク感ですわね!
無にこだわりすぎていた日本の思想を、大拙、西田がようやく西洋の哲学にノーマライズしたとでも言おうか。よーいドン!と走り出したらバックし無に向かう日本。絶対矛盾的自己同一という謎はいまだに解けません。
哲学とは、語れば聞き覚えのある名前を列挙する事と、レベルが高いと言えば歴史にない人物を混ぜ込む事、その混ぜ込みが新しいほどレベルが上がるという不思議な学問。
西田幾多郎はもっと語られてもよい
西欧って美術もリアリズムの脱却にめちゃくちゃ苦労してるし、世界観が強固すぎるのだろうな
「レベルが高い」なんてことに意味あるの?そんな評価ゲームとは関係なく自分がどう納得するかってのが哲学じゃないの?
海外の現在の研究と比較しなければそんなこと言えない。ただ彼らのファンですって言ってるだけ。そして「日本」なんて限定で哲学を語るのは幼稚過ぎる/ハイデガーは人生論も酷い。哲学のレベルを言える人じゃない
知らなかった
まあ、大森荘蔵は物理学科卒だから。
「西欧で思想を学ぶのは基本キリスト教から解放されるかどうか」← 逆だな。全ての物事の始まりと善悪の基準たる神がいると哲学は簡素なのに、神を外したモラルを構築しようとして「僕の考えた最強の」の量産になる
先進国として50年くらい経ってるから『レベルが高い』のは当たり前でしょ。中国や欧米と比較して「レベルが高い」と言えるのだろうか?著者名を並べるだけの行為は『哲学する』とは言えないな。
へぇ。日本には哲学文献研究者はいても永井均以外に哲学者はいないくらいの認識だったので、とりあえずどんな本なのか見てみるか。
「正直なところ、ハイデガーよりも永井均の方が哲学のセンスがある」永井さんは恐らく同意しないと思うが。
どうレベルが高いのかが分からなかった。
「レベルが高い」までは同意できる
入不二基義、知らなかったんだけど先日ゲンロンに登壇してるの見てから気になっていた。まだ著書は読めてない
脳科学も物理学も理解できない奴等が人間や世界について思索を巡らせても、「馬鹿の考え休むに似たり」にしかならない。哲学自体、とっくの昔に役割を終えた錬金術と同レベルの代物でしかない
AIの登場によって、哲学は実用性がある学問になってしまった。良いとも悪いとも言える。一部の哲学の思想はAI上で検証可能になった。
まず「哲学のレベル」を定義してください
まあでも、そろそろ哲学特化型のAIとかでてきて古今東西の人間の哲学者より凄いことやるんじゃねえの?AIって“自然で説得力のある言葉の並び”つくるの得意なんでしょ?(哲学もAIも素人な人)
日本の哲学者の日本語での仕事は言語の壁ゆえに世界への影響力に限界があり哲学史に組み込まれにくく時代の経過と共に自国内での影響力すら減じていくが、かといって最初から欧米語を主戦場に仕事をされると一般読者
文化圏ごとの特徴というか風土論みたいのを持ち込もうとすると「素人なりに頑張った」扱いだから西洋の偉い人が「日本フレーバーの良さを発見」するのを待つしかないんだろう。西洋料理界の「旨味の発見」みたいに。
そういう話は哲学者がおんもに出てからね。Die Philosophen haben die Welt nur verschieden interpretiert; es kömmt drauf an, sie zu verändern.
日本は暇な人が多いからだと思う
中華ゲーやって一番驚いたのは、中国人も西洋哲学をかなり読み込んでるということ
あれっ(画像が貼れない)
学問としてのレベルは非常に高いが、世界や人間に対する見方を一変させてしまうブレイクスルーはまだという印象。 やっぱキリスト教みたいな強力な絶対的枠組みから脱出したいという強い動機が必要なのだろうか。
「人間というものは自分以下のレベルのものは理解できるようになっているのでな」アドリアン・ルビンスキー
「レベルが高い。」何回言うねん!レベルが低い感想文かよw 一神教:自他の区別→言語での区別→哲学的思考◎。わいらは自他の区別も甘いし、言語の外の方が重要だと感じてる→言語での哲学構築が嘘になってまう
レベルは高いかもしれないけど食っていけるほど需要はなさそう。
ちょっと前までは、ドイツのマルクス ガブリエル君を称揚していた界隈の話かな?
日本はダメ系のタイトルは伸びるよね、みんな大好きだ。けど哲学からそのタイトルが来るとは思わなかった。
ぼくはレベルが低いんですけど冒頭で紹介されてた本ググったら高っっっってなりました
(西洋思想は古典からカント前までが凡人が楽しめる限界で、その先は政治社会経済など実際家の思想にシフトすると楽しいよ派なので、ポストカント的大陸哲学の領域を指し「哲学のレベルが高い」って感覚は好かない)
眠い
日本という言語的、文化的、歴史的、地理的な面で、西洋とベースが違う文化圏では、西洋圏に比べて新しく開拓する余地が大きい、と解釈してる。レベルの高い低いでなく、空き地の広い狭い。
入不二の著書は冗談抜きで全く理解できなかった。何を言いたいかの前に、そもそも何を論じたいかすらわからなかった。
永井均さんの哲学おもろいよなおれもまた読んでみよう
よくわからんけど丸山眞男とかはどういう評価になるのだろうか?この人にとって
日本は唯一神の影響が弱いから哲学に必要なメタを保持しやすい 西洋哲学が苦悩し格闘する「唯一の正しい世界」の土俵が元より存在しないのでそこを自動でスキップし答えのない永遠の問答が出来る これは明確なアド
私の哲学力は53万です…とか言ってみたい。哲学にレベルがあると考えること自体がすごい極端な哲学だと思う…
面白いと凄いしか書かれていない小学生の作文のような文章。こいつが凄くないことだけが分かった。
哲学なんて自分には関係ない、と触れずに来たが、構造主義から現在の科学に繋がる流れを知って少しずつ興味が出てきたところ。調べてみたい。
J-POPやマンガ、お笑いとかキャッチコピーとか...秀逸なサブカルに晒されてる日本。トータルではすごい底上げされてるんだろうと感じる。
哲学のレベルって何を指してんの?
「ホニャララを読んで感動した。最近シカジカという新書も読んで感動した。何がどう凄いのかを語れる技量がないがセンスがいい。哲学が上手い」とか言われてもな
永井均先生に関しては、id:turanukimaruさんの指摘がごもっともで、そのあたりを踏まえないといけない。挙がっていない方だと、斎藤慶典先生がおすすめかな。
若いころに住んでいた基礎自治体の図書館は意外なほど哲学が充実していた。こんなの無いだろうと思って調べると,ある。さすがに原書は無いが,翻訳ならば結構なレベルで読めた。謎。
IT業界の人は久木田水生先生の『麦とTwitter』を読むといい
子どものための哲学および他新書は昔大変面白く読ませて頂きました。ハードカバーの本はよくわからんかった。
東洋哲学(仏教、儒教)の伝統があるから
哲学を語ろうとすると人名と書名を並べるだけになりがち問題。誠実な態度ではあるのだろうが、結果何も言えていない。
哲学を語るのは難しい。世間一般を語るための言葉について語るってことだから。足場が見つからない。だから大人も童心に返る。よく分からんけど面白い、みたいな感覚。
日本で出版された哲学書が世界のあちこちで読まれてるとかそういう話ではなかった。文学や他の学問、芸術などでは、そういう話がいくらでもあるので、哲学より余程レベルが高いと言えるものがこの国にはあると思われ
レベルは高いと思うけども、学問としてはびっくりするほど国際的に評価されていない。いまだに出てくるのは西田幾多郎とか。哲学コミュニティが国際化されていないことが問題だと思う。
私に英語力がもっとあれば『カントの誤診1』と『カントの誤診2』を英訳して、英米の出版社に売り込むんだが。カントの解説書としても読めるものだから、英米でも需要があると思う。有為の若者は挑戦してほしい。
日本には「一流の哲学研究者」はいるが、「哲学者」はいるのだろうか。
煽り的な意味じゃないけどレベルってどうやって判定するのだろうか
あずまんって確か哲学者だったよね。
学生時分に少し感じました。海外の特定分野(ニッチなので身バレ対策で書けません)のテキストを読んでも、なんか浅いなと直感的に感じたんですよね。それを上回るようなレポートや論文が書けるわけではないのですが
永井均は西洋哲学の研究・分析を通じてそこに蓄積された文脈とフォーマットで独自の哲学をやってる人だからね…「日本のロックはレベル高え!UKロックなんて大したことねえ!」とか言ってる中学生みたいだよ
永井均
中身の評価はできないが、哲学に高い低いと言い出すのは階梯の低い評価だなという違和感から落ち着かない
日本の哲学には、哲学史の解説や既存学説の改良ではなく、極端に局所化した概念・問いを足場にして、形而上学そのものを再起動するタイプの哲学が、長期間にわたって存在している、という意味ではそうかもしれない。
翻訳というのは難しい操作だから、日本人が日本語で考えた概念を日本語の語彙で書き出したもののほうが日本人の脳にははまりやすいのだろう
日本の哲学はレベルが高い|げんにび
同感
私は長い文章読み解くの苦手なので区別つかないんだが、外国語の翻訳フィルターがかかるか否かの違いでは
yは乗り物の利用を, hatenaaは自家用車の利用を忌避しておるが, 夫々がどれ程不便になってるかを数値表現したい所存 / 乗り物必要な状況を避けるのは単に移動時間増や労力増故,金銭表現易. 車忌避は,運転手間だけでなく,
ぐああああ!永井均の哲学は「同じものがありえない」「比較できるものが存在しない」哲学なので「レベルが高い」とか言ったら理解できた時に恥ずかしくて死にたくなるぞ!違うものの話をしてるんだ記憶に留めとけ。
昔仏文の先生が言ってたのは西欧で思想を学ぶのは基本キリスト教から解放されるかどうかで精一杯だから,日本で思想を学ぶのが有利と言うことだった.西欧かぶれの日本の左翼の限界も納得感があった.
哲学の深淵に飛び込むのは、星空を見上げるようなワクワク感ですわね!
無にこだわりすぎていた日本の思想を、大拙、西田がようやく西洋の哲学にノーマライズしたとでも言おうか。よーいドン!と走り出したらバックし無に向かう日本。絶対矛盾的自己同一という謎はいまだに解けません。
哲学とは、語れば聞き覚えのある名前を列挙する事と、レベルが高いと言えば歴史にない人物を混ぜ込む事、その混ぜ込みが新しいほどレベルが上がるという不思議な学問。
西田幾多郎はもっと語られてもよい
西欧って美術もリアリズムの脱却にめちゃくちゃ苦労してるし、世界観が強固すぎるのだろうな
「レベルが高い」なんてことに意味あるの?そんな評価ゲームとは関係なく自分がどう納得するかってのが哲学じゃないの?
海外の現在の研究と比較しなければそんなこと言えない。ただ彼らのファンですって言ってるだけ。そして「日本」なんて限定で哲学を語るのは幼稚過ぎる/ハイデガーは人生論も酷い。哲学のレベルを言える人じゃない
知らなかった
まあ、大森荘蔵は物理学科卒だから。
「西欧で思想を学ぶのは基本キリスト教から解放されるかどうか」← 逆だな。全ての物事の始まりと善悪の基準たる神がいると哲学は簡素なのに、神を外したモラルを構築しようとして「僕の考えた最強の」の量産になる
先進国として50年くらい経ってるから『レベルが高い』のは当たり前でしょ。中国や欧米と比較して「レベルが高い」と言えるのだろうか?著者名を並べるだけの行為は『哲学する』とは言えないな。
へぇ。日本には哲学文献研究者はいても永井均以外に哲学者はいないくらいの認識だったので、とりあえずどんな本なのか見てみるか。
「正直なところ、ハイデガーよりも永井均の方が哲学のセンスがある」永井さんは恐らく同意しないと思うが。
どうレベルが高いのかが分からなかった。
「レベルが高い」までは同意できる
入不二基義、知らなかったんだけど先日ゲンロンに登壇してるの見てから気になっていた。まだ著書は読めてない
脳科学も物理学も理解できない奴等が人間や世界について思索を巡らせても、「馬鹿の考え休むに似たり」にしかならない。哲学自体、とっくの昔に役割を終えた錬金術と同レベルの代物でしかない
AIの登場によって、哲学は実用性がある学問になってしまった。良いとも悪いとも言える。一部の哲学の思想はAI上で検証可能になった。
まず「哲学のレベル」を定義してください
まあでも、そろそろ哲学特化型のAIとかでてきて古今東西の人間の哲学者より凄いことやるんじゃねえの?AIって“自然で説得力のある言葉の並び”つくるの得意なんでしょ?(哲学もAIも素人な人)
日本の哲学者の日本語での仕事は言語の壁ゆえに世界への影響力に限界があり哲学史に組み込まれにくく時代の経過と共に自国内での影響力すら減じていくが、かといって最初から欧米語を主戦場に仕事をされると一般読者
文化圏ごとの特徴というか風土論みたいのを持ち込もうとすると「素人なりに頑張った」扱いだから西洋の偉い人が「日本フレーバーの良さを発見」するのを待つしかないんだろう。西洋料理界の「旨味の発見」みたいに。
そういう話は哲学者がおんもに出てからね。Die Philosophen haben die Welt nur verschieden interpretiert; es kömmt drauf an, sie zu verändern.
日本は暇な人が多いからだと思う
中華ゲーやって一番驚いたのは、中国人も西洋哲学をかなり読み込んでるということ
あれっ(画像が貼れない)
学問としてのレベルは非常に高いが、世界や人間に対する見方を一変させてしまうブレイクスルーはまだという印象。 やっぱキリスト教みたいな強力な絶対的枠組みから脱出したいという強い動機が必要なのだろうか。
「人間というものは自分以下のレベルのものは理解できるようになっているのでな」アドリアン・ルビンスキー
「レベルが高い。」何回言うねん!レベルが低い感想文かよw 一神教:自他の区別→言語での区別→哲学的思考◎。わいらは自他の区別も甘いし、言語の外の方が重要だと感じてる→言語での哲学構築が嘘になってまう
レベルは高いかもしれないけど食っていけるほど需要はなさそう。
ちょっと前までは、ドイツのマルクス ガブリエル君を称揚していた界隈の話かな?
日本はダメ系のタイトルは伸びるよね、みんな大好きだ。けど哲学からそのタイトルが来るとは思わなかった。
ぼくはレベルが低いんですけど冒頭で紹介されてた本ググったら高っっっってなりました
(西洋思想は古典からカント前までが凡人が楽しめる限界で、その先は政治社会経済など実際家の思想にシフトすると楽しいよ派なので、ポストカント的大陸哲学の領域を指し「哲学のレベルが高い」って感覚は好かない)
眠い
日本という言語的、文化的、歴史的、地理的な面で、西洋とベースが違う文化圏では、西洋圏に比べて新しく開拓する余地が大きい、と解釈してる。レベルの高い低いでなく、空き地の広い狭い。
入不二の著書は冗談抜きで全く理解できなかった。何を言いたいかの前に、そもそも何を論じたいかすらわからなかった。
永井均さんの哲学おもろいよなおれもまた読んでみよう
よくわからんけど丸山眞男とかはどういう評価になるのだろうか?この人にとって
日本は唯一神の影響が弱いから哲学に必要なメタを保持しやすい 西洋哲学が苦悩し格闘する「唯一の正しい世界」の土俵が元より存在しないのでそこを自動でスキップし答えのない永遠の問答が出来る これは明確なアド
私の哲学力は53万です…とか言ってみたい。哲学にレベルがあると考えること自体がすごい極端な哲学だと思う…
面白いと凄いしか書かれていない小学生の作文のような文章。こいつが凄くないことだけが分かった。
哲学なんて自分には関係ない、と触れずに来たが、構造主義から現在の科学に繋がる流れを知って少しずつ興味が出てきたところ。調べてみたい。
J-POPやマンガ、お笑いとかキャッチコピーとか...秀逸なサブカルに晒されてる日本。トータルではすごい底上げされてるんだろうと感じる。
哲学のレベルって何を指してんの?
「ホニャララを読んで感動した。最近シカジカという新書も読んで感動した。何がどう凄いのかを語れる技量がないがセンスがいい。哲学が上手い」とか言われてもな
永井均先生に関しては、id:turanukimaruさんの指摘がごもっともで、そのあたりを踏まえないといけない。挙がっていない方だと、斎藤慶典先生がおすすめかな。
若いころに住んでいた基礎自治体の図書館は意外なほど哲学が充実していた。こんなの無いだろうと思って調べると,ある。さすがに原書は無いが,翻訳ならば結構なレベルで読めた。謎。
IT業界の人は久木田水生先生の『麦とTwitter』を読むといい
子どものための哲学および他新書は昔大変面白く読ませて頂きました。ハードカバーの本はよくわからんかった。
東洋哲学(仏教、儒教)の伝統があるから
哲学を語ろうとすると人名と書名を並べるだけになりがち問題。誠実な態度ではあるのだろうが、結果何も言えていない。
哲学を語るのは難しい。世間一般を語るための言葉について語るってことだから。足場が見つからない。だから大人も童心に返る。よく分からんけど面白い、みたいな感覚。
日本で出版された哲学書が世界のあちこちで読まれてるとかそういう話ではなかった。文学や他の学問、芸術などでは、そういう話がいくらでもあるので、哲学より余程レベルが高いと言えるものがこの国にはあると思われ
レベルは高いと思うけども、学問としてはびっくりするほど国際的に評価されていない。いまだに出てくるのは西田幾多郎とか。哲学コミュニティが国際化されていないことが問題だと思う。
私に英語力がもっとあれば『カントの誤診1』と『カントの誤診2』を英訳して、英米の出版社に売り込むんだが。カントの解説書としても読めるものだから、英米でも需要があると思う。有為の若者は挑戦してほしい。
日本には「一流の哲学研究者」はいるが、「哲学者」はいるのだろうか。
煽り的な意味じゃないけどレベルってどうやって判定するのだろうか
あずまんって確か哲学者だったよね。
学生時分に少し感じました。海外の特定分野(ニッチなので身バレ対策で書けません)のテキストを読んでも、なんか浅いなと直感的に感じたんですよね。それを上回るようなレポートや論文が書けるわけではないのですが
永井均は西洋哲学の研究・分析を通じてそこに蓄積された文脈とフォーマットで独自の哲学をやってる人だからね…「日本のロックはレベル高え!UKロックなんて大したことねえ!」とか言ってる中学生みたいだよ
永井均
中身の評価はできないが、哲学に高い低いと言い出すのは階梯の低い評価だなという違和感から落ち着かない
日本の哲学には、哲学史の解説や既存学説の改良ではなく、極端に局所化した概念・問いを足場にして、形而上学そのものを再起動するタイプの哲学が、長期間にわたって存在している、という意味ではそうかもしれない。
翻訳というのは難しい操作だから、日本人が日本語で考えた概念を日本語の語彙で書き出したもののほうが日本人の脳にははまりやすいのだろう