でも具体芸術はそういう感じではなかったけどね。
イラストの「抽象」にはまだ「具体」が残っていて抽象化されているように感じなくて例として上がっている「曖昧」とは別な方向で情報量を減らして曖昧化されているだけにみえるが。
指摘がすでにあるが、 イラストの「抽象」が山にしかみえず具体的(デフォルメはされている)。具体は白髪一雄になっちゃうか。
抽象のレベル感がどうとか些末すぎでは>ブコメ
"「抽象的な」思考や言葉って、(略)真に理解するのは難しいことが多いんですよね" 抽象化されればわかりやすくなる。わかりにくいのは曖昧。「もっとわかりやすく抽象的に説明してくれませんか?」という言葉がある
「抽象」は言語化できないことを「捨象」することなので言語化できないなら抽象化できていない。「具体」はObjectiveであり抽象とは直交している。例えば論文は抽象的かつObjectiveである。イメージで語るな言語化しろ。
自分の課題がまさに「曖昧」で、「具体」は得意だが「抽象」ができずに「曖昧」になってしまっている
(具体と抽象と曖昧の)イメージが文章を助けていないというか、せめて具体山と抽象山の位置を入れ替えるか、同段の「一言で言うなら抽象化とは〜」に則って幹や枝葉で表しても。
美術用語で言えば「抽象」のサンプルは明らかに「具象」ですね。個別の何かを描いていれば則ち具象。サンプルがうまくない。
思考とか議論における抽象化ってのは一般化に近い概念ではないのかな?
何言ってるかわかりにくい
言葉遊びかもしれないけどどちらかと言うと「漠然」ではないかな。シュレディンガーの猫みたいに決定づけられない確率として捉えている感じ。曖昧だと予想を放棄しているようなニュアンスがあるかも。
趣旨は合意するけど、抽象化の定義や理解が曖昧そう。「抽象化とは、枝葉を切り捨てて幹(=共通点)だけを見ること」それは省略?本質のモデル化は? 例示の、山の写真を直線描画した図は、ちょっと違う感。
「きちんとしてください(曖昧)」
「具体」と「抽象」と「曖昧」|kzk_maeda
でも具体芸術はそういう感じではなかったけどね。
イラストの「抽象」にはまだ「具体」が残っていて抽象化されているように感じなくて例として上がっている「曖昧」とは別な方向で情報量を減らして曖昧化されているだけにみえるが。
指摘がすでにあるが、 イラストの「抽象」が山にしかみえず具体的(デフォルメはされている)。具体は白髪一雄になっちゃうか。
抽象のレベル感がどうとか些末すぎでは>ブコメ
"「抽象的な」思考や言葉って、(略)真に理解するのは難しいことが多いんですよね" 抽象化されればわかりやすくなる。わかりにくいのは曖昧。「もっとわかりやすく抽象的に説明してくれませんか?」という言葉がある
「抽象」は言語化できないことを「捨象」することなので言語化できないなら抽象化できていない。「具体」はObjectiveであり抽象とは直交している。例えば論文は抽象的かつObjectiveである。イメージで語るな言語化しろ。
自分の課題がまさに「曖昧」で、「具体」は得意だが「抽象」ができずに「曖昧」になってしまっている
(具体と抽象と曖昧の)イメージが文章を助けていないというか、せめて具体山と抽象山の位置を入れ替えるか、同段の「一言で言うなら抽象化とは〜」に則って幹や枝葉で表しても。
美術用語で言えば「抽象」のサンプルは明らかに「具象」ですね。個別の何かを描いていれば則ち具象。サンプルがうまくない。
思考とか議論における抽象化ってのは一般化に近い概念ではないのかな?
何言ってるかわかりにくい
言葉遊びかもしれないけどどちらかと言うと「漠然」ではないかな。シュレディンガーの猫みたいに決定づけられない確率として捉えている感じ。曖昧だと予想を放棄しているようなニュアンスがあるかも。
趣旨は合意するけど、抽象化の定義や理解が曖昧そう。「抽象化とは、枝葉を切り捨てて幹(=共通点)だけを見ること」それは省略?本質のモデル化は? 例示の、山の写真を直線描画した図は、ちょっと違う感。
「きちんとしてください(曖昧)」