>俺は前からみいちゃんと山田さんについては作劇のお手本という気がしている。 #そう、ここをちゃんと評価すべき。 アニエス・ヴァルダ監督の「冬の旅」なんかも思い出す
一文目だけにしとけばいいのに、わざわざクズを披瀝するクズだなと思いました。"これは作劇として見た「みいちゃんと山田さん」の話なのは最後にお断りしておく。差別とかなんとか正直、巻き込まれたくない。"
これは酷い露悪。ラノベ作家だそうだが、コードとしては漫画より文字の世界のほうが数段緩いんだよ。とことん金(作劇も結局は金)の話しかしてない。「そういう話なら他にあるよ幾らでも!」から抜け落ちたものが重要
一面的に偏った見方だなあ。ジークアクス私も楽しく観てたけど、シャアは割とどうでもよかったよ。言うほど作劇似てないよ。「あれに似てるこれに似てる」は類型化したがる倦怠期の兆候だから気をつけてね。
ジークアクスより、「100日後に死ぬワニ」の方が類例としては適切な気がする。別メディア展開のニュースに、モラル的な批判が噴出するところも似ている。(みい山と比べると、100ワニはなぜあそこまで叩かれたやら…)
アニメ化反対祭という正義感ポルノをいつものように楽しむSNS民/アニメ化を阻止するだけなら、臭いものに蓋をして、目に触れないように、考えなくするだけのこと/目に触れるのが不快だからね
地下鉄サリン事件でも9.11でも古今例のないテロが繰り出されたが二度とは出来ない。徹底的な対策が施されている。←そんなわけない サリン製造は高難度だけど類似的なものを実行するのを止められる対策なんて無理
ウシジマくんはよく続けたよな
初めに死んでる提示でなんらかの心理的安全性が生まれるのかね?火垂るの墓を想起。/生きるか死ぬかより、どう死ぬかに焦点をあててるのは描写頑張ります宣言でもあるからある意味誠実なのかもしれない。
100日後に死ぬワニにはすごい拒否感があったけど、みいやまにはそこまでじゃない。実は商業ベースだったりポップな葬式みたいなのが嫌だったのかな。みいやまは和らげる表現はありつつ悲劇として描かれてはいると思う
SNS時代の単話フックとスクショ拡散の切り口から見る作劇論が面白い
言うほど作劇の話か? 先に結末が提示され、プロセスを描いていくというのも新鮮かというとなあ、まあバズればいいんだなバズれば / あと、作者そこまで考えてないと思うんだよな
ワニ味は自分も感じた。アニメ化がたとえ中止になっても280万部がさらに積み上がって漫画としては成功なんだろうな
最後が決まっているから起承転結ができてるよね。起:エフェメールでのみいちゃんの描写。承:搾取の描写。転:山田さんとの共同生活。決:今ここ//100ワニはグッズとかシコタマ作ってたのが批判されてて、内容の批判はな…
とりあえず「精神的な人」とか言うのやめませんかね
100ワニはイヤだけどみいちゃんはOK、という人は結局絵柄だよ。プリキュアは可愛いから見ますってことと同義。子供だってそうだよ、可愛いなら見るし手に取るでしょ。そういう間口が広い作品なんですよ。
100ワニで叩かれてたのはマンガそのものより最終回直後にLOFTで展開してた「100ワニ追悼pop up shop」とかいう不謹慎にポップなフェアーの方だった記憶(´・ω・`) >一部ブコメ
意味のないボールド、支離滅裂な文章、品性のなさ、途中で読むのやめた。
ほら、みい山批判してる正義中毒者どもは、作品批評にすら人格批判で応じて罵倒垂れ流してるじゃん?誰が差別を恣にしてるかは一目瞭然なんだよ/正面から論を戦わせると凹凹にされる馬鹿は、言論の自由を憎む
“作り直すわけねえだろ、俺が言いたいんだよ、と自覚した上での遊”
みい山が一時的に消費される娯楽として作られてるのは否定しない。ただ扱うテーマとその扱い方故に一時性の枠を超えてしまって社会問題になってるんじゃないかと思う。
私は明確なストーリーが欲しいのでみい山もジークアクスも正直面白くはないと思ってる。タコピーも見なかったんだけどあれ話題になったけどそのあとどうなったんだろう?
なんだこりゃ。むしろキャラや題材というより100ワニのオマージュから入ったって話だからそれでは
百日後に死ぬワニはほのぼのマンガに強制的にオチつけるための奇策だから違うんじゃないか。どちらかと言うときけ、わだつみの声とか卵を巡る祖父の戦争とかと同じ
100ワニはみんなの物語が広告会社の与えたお話にすり替わってしまった悲しみ。みい山は共犯的な身内の露悪趣味のはずが社会全体に露悪するという裏切り。
こういう商業的な話にしか興味がなくて、対象業界に何も興味を持たず薄っぺらい感想を書く人を生み出さないためにも、障がい者分野におけるモラル・啓蒙を形にした「出版/映像規制」は必要だなと改めて思いました。
みい山は明らかにみいちゃん個人の異常さのみを描いているわけではなく、その取り巻く環境の健常とされる人間や社会の異常さを描いているんだけど、読まない人には伝わらないし読めない人にも伝わらないんだよね。
わりと同意。ただ、引っ張った割に終盤がイマイチ納得感がない。帰郷したとたん悪意のピタゴラスイッチで死に至る。100ワニもそうだが、結末までの導線が弱い。
なんだ。作劇について書くなら作劇について書けば良いのに。全然書かないのですね。
自分も似た感想をもった。流石にトットちゃんやジークアクスが同じとは思わない、ウシジマくんと同じだとは思う。基本嫌な気分させる。だから読まないようにしていた。ホラー映画と同じ。悪魔のいけにえと同じ。
#みいちゃんと山田さん よくできたお話かどうかはどうでもいい。私が好きな作品でも「見たくない」人はいるだろう。製作委員会のいう「アニメ化の意義」とやまゆり園事件の日にアニメ化を発表した理由が知りたい。
江波先生、最近はカクヨムでメンタルやられたからかどんどん文が劣化してて悲しい。評としての是非以前のラインで文体やらBoldの使い方が色々キツい感じになってる。全体の趣旨としては妥当な所は多いとは思う。
3週間くらいで飽きるのは同意。他の部分はまあネットに垂れ流す与太話相当だよなと。
いや差別云々を切り離して語ったら冷笑にしかならんやろこんなん。「全部計算w想定内w」みたいにしか聞こえん。嫌いな文章やわ。
作劇の話だからとエクスキューズ載せておいてあまり作劇の話でもないよくわからない構成
今回の件、作品単体への不満というより、SNSで横行する悪趣味漫画1ページバズらせビジネスへの怒りが人々の間で何年も溜まっており、みいちゃんアニメ化で一気に矛先になった部分もあるのではと思ってる
作劇は100ワニ手法でオーソドックスだけど、作画はかなり上手だと思う。読者の期待を裏切らない範囲で過激な展開がポンポン続くのは現代のSNS時代の最適解かと(是非問わず)。
太字になる箇所の著者のルールが良くわからなかった
ワニは愛され主人公の死の直後に目がお金お金になったプロモーション側のゲスさで嫌われたんだよな。
作劇でいえば当時流行となってた100ワニをなぞっただけのとても表層的で中身のない出だしだったと思うよ。今の無理やりな作劇よく見なよ。/リアルかについてはどうでもよくて、リアルへの偏見の助長を強く懸念してる
このページを読んで、原作改変しまくり展開とか妄想しました。原作に忠実ではないと思う読者がいるのか、ドキドキしますね。
「役作りのために20キロ太って眉毛抜いたシャーリーズセロンの無残な全裸アクリルスタンド」は、露悪趣味と言われても欲しいですね。(そこかよw
まあ確かに、やめるわけねえだろ、ここまで盛り上げといて、ということになるな
この記事に100ワニのこと一切書かれてないのに、ブコメでは100ワニで話が進んでいて面白い。 映画監督で言えば例えば是枝レベルのヒューマニストあるいはモラリストじゃないと映像化は難しい題材だと感じた。
"これはウシジマくんよりGQuuuuuuXなどで例えた方が実はいい。 何処がだよ、というのは露悪の有無にしかない。 大体、同じ設計だ"
現代SNS社会の作劇論
まあなんせ現代で倫理観みたいなゴミに10円をつけたんであればビジネスマーケターとしてかなりやり手なんだよな
みいちゃんと山田さんの作劇的な話|江波光則
>俺は前からみいちゃんと山田さんについては作劇のお手本という気がしている。 #そう、ここをちゃんと評価すべき。 アニエス・ヴァルダ監督の「冬の旅」なんかも思い出す
一文目だけにしとけばいいのに、わざわざクズを披瀝するクズだなと思いました。"これは作劇として見た「みいちゃんと山田さん」の話なのは最後にお断りしておく。差別とかなんとか正直、巻き込まれたくない。"
これは酷い露悪。ラノベ作家だそうだが、コードとしては漫画より文字の世界のほうが数段緩いんだよ。とことん金(作劇も結局は金)の話しかしてない。「そういう話なら他にあるよ幾らでも!」から抜け落ちたものが重要
一面的に偏った見方だなあ。ジークアクス私も楽しく観てたけど、シャアは割とどうでもよかったよ。言うほど作劇似てないよ。「あれに似てるこれに似てる」は類型化したがる倦怠期の兆候だから気をつけてね。
ジークアクスより、「100日後に死ぬワニ」の方が類例としては適切な気がする。別メディア展開のニュースに、モラル的な批判が噴出するところも似ている。(みい山と比べると、100ワニはなぜあそこまで叩かれたやら…)
アニメ化反対祭という正義感ポルノをいつものように楽しむSNS民/アニメ化を阻止するだけなら、臭いものに蓋をして、目に触れないように、考えなくするだけのこと/目に触れるのが不快だからね
地下鉄サリン事件でも9.11でも古今例のないテロが繰り出されたが二度とは出来ない。徹底的な対策が施されている。←そんなわけない サリン製造は高難度だけど類似的なものを実行するのを止められる対策なんて無理
ウシジマくんはよく続けたよな
初めに死んでる提示でなんらかの心理的安全性が生まれるのかね?火垂るの墓を想起。/生きるか死ぬかより、どう死ぬかに焦点をあててるのは描写頑張ります宣言でもあるからある意味誠実なのかもしれない。
100日後に死ぬワニにはすごい拒否感があったけど、みいやまにはそこまでじゃない。実は商業ベースだったりポップな葬式みたいなのが嫌だったのかな。みいやまは和らげる表現はありつつ悲劇として描かれてはいると思う
SNS時代の単話フックとスクショ拡散の切り口から見る作劇論が面白い
言うほど作劇の話か? 先に結末が提示され、プロセスを描いていくというのも新鮮かというとなあ、まあバズればいいんだなバズれば / あと、作者そこまで考えてないと思うんだよな
ワニ味は自分も感じた。アニメ化がたとえ中止になっても280万部がさらに積み上がって漫画としては成功なんだろうな
最後が決まっているから起承転結ができてるよね。起:エフェメールでのみいちゃんの描写。承:搾取の描写。転:山田さんとの共同生活。決:今ここ//100ワニはグッズとかシコタマ作ってたのが批判されてて、内容の批判はな…
とりあえず「精神的な人」とか言うのやめませんかね
100ワニはイヤだけどみいちゃんはOK、という人は結局絵柄だよ。プリキュアは可愛いから見ますってことと同義。子供だってそうだよ、可愛いなら見るし手に取るでしょ。そういう間口が広い作品なんですよ。
100ワニで叩かれてたのはマンガそのものより最終回直後にLOFTで展開してた「100ワニ追悼pop up shop」とかいう不謹慎にポップなフェアーの方だった記憶(´・ω・`) >一部ブコメ
意味のないボールド、支離滅裂な文章、品性のなさ、途中で読むのやめた。
ほら、みい山批判してる正義中毒者どもは、作品批評にすら人格批判で応じて罵倒垂れ流してるじゃん?誰が差別を恣にしてるかは一目瞭然なんだよ/正面から論を戦わせると凹凹にされる馬鹿は、言論の自由を憎む
“作り直すわけねえだろ、俺が言いたいんだよ、と自覚した上での遊”
みい山が一時的に消費される娯楽として作られてるのは否定しない。ただ扱うテーマとその扱い方故に一時性の枠を超えてしまって社会問題になってるんじゃないかと思う。
私は明確なストーリーが欲しいのでみい山もジークアクスも正直面白くはないと思ってる。タコピーも見なかったんだけどあれ話題になったけどそのあとどうなったんだろう?
なんだこりゃ。むしろキャラや題材というより100ワニのオマージュから入ったって話だからそれでは
百日後に死ぬワニはほのぼのマンガに強制的にオチつけるための奇策だから違うんじゃないか。どちらかと言うときけ、わだつみの声とか卵を巡る祖父の戦争とかと同じ
100ワニはみんなの物語が広告会社の与えたお話にすり替わってしまった悲しみ。みい山は共犯的な身内の露悪趣味のはずが社会全体に露悪するという裏切り。
こういう商業的な話にしか興味がなくて、対象業界に何も興味を持たず薄っぺらい感想を書く人を生み出さないためにも、障がい者分野におけるモラル・啓蒙を形にした「出版/映像規制」は必要だなと改めて思いました。
みい山は明らかにみいちゃん個人の異常さのみを描いているわけではなく、その取り巻く環境の健常とされる人間や社会の異常さを描いているんだけど、読まない人には伝わらないし読めない人にも伝わらないんだよね。
わりと同意。ただ、引っ張った割に終盤がイマイチ納得感がない。帰郷したとたん悪意のピタゴラスイッチで死に至る。100ワニもそうだが、結末までの導線が弱い。
なんだ。作劇について書くなら作劇について書けば良いのに。全然書かないのですね。
自分も似た感想をもった。流石にトットちゃんやジークアクスが同じとは思わない、ウシジマくんと同じだとは思う。基本嫌な気分させる。だから読まないようにしていた。ホラー映画と同じ。悪魔のいけにえと同じ。
#みいちゃんと山田さん よくできたお話かどうかはどうでもいい。私が好きな作品でも「見たくない」人はいるだろう。製作委員会のいう「アニメ化の意義」とやまゆり園事件の日にアニメ化を発表した理由が知りたい。
江波先生、最近はカクヨムでメンタルやられたからかどんどん文が劣化してて悲しい。評としての是非以前のラインで文体やらBoldの使い方が色々キツい感じになってる。全体の趣旨としては妥当な所は多いとは思う。
3週間くらいで飽きるのは同意。他の部分はまあネットに垂れ流す与太話相当だよなと。
いや差別云々を切り離して語ったら冷笑にしかならんやろこんなん。「全部計算w想定内w」みたいにしか聞こえん。嫌いな文章やわ。
作劇の話だからとエクスキューズ載せておいてあまり作劇の話でもないよくわからない構成
今回の件、作品単体への不満というより、SNSで横行する悪趣味漫画1ページバズらせビジネスへの怒りが人々の間で何年も溜まっており、みいちゃんアニメ化で一気に矛先になった部分もあるのではと思ってる
作劇は100ワニ手法でオーソドックスだけど、作画はかなり上手だと思う。読者の期待を裏切らない範囲で過激な展開がポンポン続くのは現代のSNS時代の最適解かと(是非問わず)。
太字になる箇所の著者のルールが良くわからなかった
ワニは愛され主人公の死の直後に目がお金お金になったプロモーション側のゲスさで嫌われたんだよな。
作劇でいえば当時流行となってた100ワニをなぞっただけのとても表層的で中身のない出だしだったと思うよ。今の無理やりな作劇よく見なよ。/リアルかについてはどうでもよくて、リアルへの偏見の助長を強く懸念してる
このページを読んで、原作改変しまくり展開とか妄想しました。原作に忠実ではないと思う読者がいるのか、ドキドキしますね。
「役作りのために20キロ太って眉毛抜いたシャーリーズセロンの無残な全裸アクリルスタンド」は、露悪趣味と言われても欲しいですね。(そこかよw
まあ確かに、やめるわけねえだろ、ここまで盛り上げといて、ということになるな
この記事に100ワニのこと一切書かれてないのに、ブコメでは100ワニで話が進んでいて面白い。 映画監督で言えば例えば是枝レベルのヒューマニストあるいはモラリストじゃないと映像化は難しい題材だと感じた。
"これはウシジマくんよりGQuuuuuuXなどで例えた方が実はいい。 何処がだよ、というのは露悪の有無にしかない。 大体、同じ設計だ"
現代SNS社会の作劇論
まあなんせ現代で倫理観みたいなゴミに10円をつけたんであればビジネスマーケターとしてかなりやり手なんだよな