はてブの小競り合い見て、みんな元気だなって思ってる。
最近お隣さんに赤ちゃんが生まれたみたいで、マジで夜泣きの声が微笑ましいです。ご両親は大変かもしれんが、たくさん泣くんやで…あとそれを気にしないで。
プロジェクトヘイルメアリーのロッキーも、お互いに見える範囲のところで寝たがってたよな。
ということは、生存アピール、異常時通報を期待して騒音を出してくる隣人の場合は、異常感知時も気づかないふりをして、何ならしばらく留守にするぐらいがいいですね。
都会の孤独の中で他人の生活音に生存確認と安心感を得るの、めちゃくちゃ共感できる。SNSもそれに近い繋がりを求めてるのかも
夜、台所の窓辺に見える食器置きなんかに生活を感じて好き。
全くわからん。玄関とドアを開けるとそこは真っ暗で静かで誰もいない空間があるということが最高にテンション上がって生きる気力になるのだが。隣の音なんて騒音以外の何物でもない。
音が届くまわりに人が住んでないのでセウト
待ちランとかで住宅街とかを走った時、ちょっとした笑い声や生活音、料理の匂いとか感じ取ると、その場所での人々の暮らしが共感できて楽しい。そういうのもこうした理由なのかな
家事の音ならいいんですけどね。いびきとか叫ぶようなくしゃみとか何かしらんが床をドンドンしたりとか……。
( 単身初上京のときの東京駅周辺の建物の威圧感は忘れられない。なんでだろう。住んでる都道府県でも高い建物がないわけじゃないのに )
わかる。大人になってURに住んだとき、団地内の子どもが遊ぶ声とかが心地よかった。
人 に よ る
わかる。メンタルが悪化すると視野が狭くなって自分しか見えてないけど、そんな時にふと普通に暮らしている他人が目に入るだけで、独りじゃないと感じたり、視座がちょっとだけ上がって気持ちが楽になることがある。
関係ないけど、廃校になってた小学校が公園に変わったら、以前はお昼休憩の時の子どもの奇声を微笑ましく思ってたのに、公園後は雑多な声に疎ましく感じて引っ越した。我慢できたのは多分時計代わりだったんやな……
家事の音が聞こえるとは、他の音も聞こえるレベルだな
♬〜生きる互いの気配が〜ただ一つだけのともしび〜♬←「倶に」by中島みゆき
私の場合は、PCの調子が悪くなって近所に新しくできたネカフェに行くようになって、関わりはないけど人が近くにいる感じが安心することがあった。隣人の生活音はあんま安心しなかったかな
耳をすます、の詩が好きだった
近所でカレーの匂いがすると「カレーだ!いい匂い!カレー!カレー旨そう!いい香りだな!明日はうちもカレーにしよう!カレー食べたい!いい匂い!旨そう!これカレーだ!」になる。ただの食いしんぼうなのは認める
割とこれがあるからマンションが好きだし田舎の一戸建ては怖く感じる。
暑い寒いに関係なく洗車してるおじさんとかなぜか味わいがあるなあと思うわ。
うるさくない範囲の生活音って良いよね
理解できないな。隣の部屋の音はわずかでも基本的に不快だわ。隣の部屋でない前の道の音とかはそんな気にしないんだけど
「いい文章だなぁ」上京して一人暮らしの際、隣の人が家事をしてる音を聞いただけでめっちゃ救われたことがあった「誰かが生きてるのを確認できると安心する」
はてブの小競り合い見て、みんな元気だなって思ってる。
最近お隣さんに赤ちゃんが生まれたみたいで、マジで夜泣きの声が微笑ましいです。ご両親は大変かもしれんが、たくさん泣くんやで…あとそれを気にしないで。
プロジェクトヘイルメアリーのロッキーも、お互いに見える範囲のところで寝たがってたよな。
ということは、生存アピール、異常時通報を期待して騒音を出してくる隣人の場合は、異常感知時も気づかないふりをして、何ならしばらく留守にするぐらいがいいですね。
都会の孤独の中で他人の生活音に生存確認と安心感を得るの、めちゃくちゃ共感できる。SNSもそれに近い繋がりを求めてるのかも
夜、台所の窓辺に見える食器置きなんかに生活を感じて好き。
全くわからん。玄関とドアを開けるとそこは真っ暗で静かで誰もいない空間があるということが最高にテンション上がって生きる気力になるのだが。隣の音なんて騒音以外の何物でもない。
音が届くまわりに人が住んでないのでセウト
待ちランとかで住宅街とかを走った時、ちょっとした笑い声や生活音、料理の匂いとか感じ取ると、その場所での人々の暮らしが共感できて楽しい。そういうのもこうした理由なのかな
家事の音ならいいんですけどね。いびきとか叫ぶようなくしゃみとか何かしらんが床をドンドンしたりとか……。
( 単身初上京のときの東京駅周辺の建物の威圧感は忘れられない。なんでだろう。住んでる都道府県でも高い建物がないわけじゃないのに )
わかる。大人になってURに住んだとき、団地内の子どもが遊ぶ声とかが心地よかった。
人 に よ る
わかる。メンタルが悪化すると視野が狭くなって自分しか見えてないけど、そんな時にふと普通に暮らしている他人が目に入るだけで、独りじゃないと感じたり、視座がちょっとだけ上がって気持ちが楽になることがある。
関係ないけど、廃校になってた小学校が公園に変わったら、以前はお昼休憩の時の子どもの奇声を微笑ましく思ってたのに、公園後は雑多な声に疎ましく感じて引っ越した。我慢できたのは多分時計代わりだったんやな……
家事の音が聞こえるとは、他の音も聞こえるレベルだな
♬〜生きる互いの気配が〜ただ一つだけのともしび〜♬←「倶に」by中島みゆき
私の場合は、PCの調子が悪くなって近所に新しくできたネカフェに行くようになって、関わりはないけど人が近くにいる感じが安心することがあった。隣人の生活音はあんま安心しなかったかな
耳をすます、の詩が好きだった
近所でカレーの匂いがすると「カレーだ!いい匂い!カレー!カレー旨そう!いい香りだな!明日はうちもカレーにしよう!カレー食べたい!いい匂い!旨そう!これカレーだ!」になる。ただの食いしんぼうなのは認める
割とこれがあるからマンションが好きだし田舎の一戸建ては怖く感じる。
暑い寒いに関係なく洗車してるおじさんとかなぜか味わいがあるなあと思うわ。
うるさくない範囲の生活音って良いよね
理解できないな。隣の部屋の音はわずかでも基本的に不快だわ。隣の部屋でない前の道の音とかはそんな気にしないんだけど