“できないことを残酷だと感じてしまうのは大人の主観であって、下手でも機嫌よく続けられる気質の差も本人にとっては大事だと思いますけどね”
最初からできる子は長続きしない、できない子ができるようになっていくことのほうが大事って昔言われたっけな。才能は大きく影響するけど長く続けたほうがちゃんと伸びていくというのはあるんだよなあ
知能の差の方が残酷やろ、って思ったらちゃんと言及されてた。運動能力はごく限られたトップ中のトップしか稼ぎに影響しないが、知能の方はグラデーションで大抵の労働に効いてくるからな。
健康な肉体づくりを目的にしてたら他と比べる必要もない。当人がそれとは違う結果を求めているのならまだしもね。
最近はこういう論調を多く見る気がするが、そう考えると昔の方が個性重視だったね。個性に対して能力という基準を無意味にあてがっているだけのように感じることが多い。
現代において運動神経が良いことがスポーツ選手などのごく一部の職業以外では大したアドバンテージにならないように、AI社会では知力についてもごく一部の研究者やエンジニア以外には重要でないものになるのかな。
ドンくさい奴は事故・ケガで命に直結するから、身体能力底上げする意味でも親が子の特性を把握する意味でも運動させてみるのは大事だよね。
できないことをできるようにするのが教育なのだが、日本の体育ってその観点がないように思う
スポーツ分野でエリートを志すのは悪手だからやめておけ。
“同じようにい実感しているご家庭” タイプミスに気づくかどうかも持って生まれた能力なのだろうか
そんなの残酷ですらないな。むしろこどもの頃から運動神経が無いのなら、親も子も早々にその方面の才能がないと判断できるから良い。明らかに才能があるけれど、オリンピックには微妙に届かないレベルのほうが残酷。
身体能力が高いと知的労働を目指して挫折したときに肉体労働系の選択肢を選ぶことができる。私には難しいと思ったから勉強一本で生きてきた。はてなでは肉体労働を無視しがちだが今も日本の労働者の1/4は肉体労働者
お子様たちには、運動能力の差よりも楽しむ心が大切ですわよ!才能は多様性の美しさですの。
小さい頃、走っても遅いしボールも飛ばないし取れないしだったけど、何もしてないけど成長期に入ったら急激に球技以外は向上したのでそういう事例もあるよ。
俺はどっちもなかったけどな
卓越した能力、すぐに見に付けられる要領の良さ、これらには差がある。が、時間をかけてでもある程度のところにまでもっていくことは勉強も運動もそれなりに出来るケースが多い。稀にどうしようもないのもある。
運動能力と体の丈夫さは遺伝によるものが’大きい。子供は健康に育てばそれで良いじゃない。それ以外は親のエゴ?
大きな公園のアスレチック遊具みにいくとかなり顕著な差がある。小さいうちからやってると自信がつくかどうかとかは気になる
自分の身体をコントロールできる喜びを幼少期に知るのはプラスにしかならないと思う。他人との差を気にしているのは大人ではないか?
大人になって、理論が分かるようになってからトライしてみると出来るようになる人もいます。結局、日本の体育授業って、運動の普及という観点では意味がないんですよね。
めっちゃ運動音痴が高校で急成長して校内で1番足速くなった例を見てるから、あまり小さい時の身体能力でガッカリしすぎない方がいいかも。
特に小さいころだと発達の差も顕著やしな。まぁ、体力つかせるためとか、なんもしないよりましで行かせるとかでいいと思うけどな
運動でも勉強でもどちらでもいいけど、自己効力感(自分の能力を信じられる認知状態)には繋がってるはず。従兄弟が小学生の頃、兄弟で家の6畳スペースでバク転してたのはエグかった。私もそれ見てバック宙覚えた
才能の差はあるけど成果を求められない世界では努力で覆せる。日本の体育の授業を真面目にこなしてるだけで世界では平均越えになるくらいには身体を動かす能力は身につく。
幼児期に体操教室を通わせるのは、小学校以降の基本的な運動に困らないようにすることと、非認知能力の向上が目的じゃない?運動でトップになることを目指すためじゃなくて、出来ることを増やしてあげることよ。
スポーツエリート訓練があったわけでもなく、幼稚園年代で縄跳びや鉄棒の大技やれてる子はいるからな。同じように年長でも認知能力や学力差はものすごい訳だが。
運動能力は必要ない、が「体力」は絶対あった方がいい
遺伝子ガチャと親ガチャのダブルガチャだから、ほどほどの能力でほどほどの両親というだけで、ラッキー。なお、根性、忍耐力も遺伝子依存強めだからコツコツできるのも才能。才能無し+家庭環境悪いと救いようが無い
ワイは6歳くらいの時かけっこビリだったけど、中学の時200m走で校内記録出した(サッカーはやり始めてたけど、特段走る練習はしてない)。幼少期動けなくても伸びるときがある人もいる。
運動ができると人気者扱いされる傾向がある中、教室に通って卒なくできるようになることで自己肯定感が高まるのは人生に相当ポジティブな影響があると思う。
冬うまれで小さいしガリガリで、体育大嫌いになったまま大人になったから、遺伝かどうかは分からないなぁ。
体操教室に通わせる親も多くなってるんだろうな。通わせなくても「バランス感覚を伸ばす家でできる遊び」とかが特集されてたりするし
少年野球って、早く成長したもん勝ちなんやなーって「さよなら、天才」って本読んで思った。
健康になる事が主目的じゃない?スポーツ選手でなければ、他の子との優劣には意味がない。
うちの子も体操教室通わせてるけど、意外となんでもそつなくこなすし運動会のかけっこでも一位だった。卓球部と美術部の間の子なので運動は期待してなかったが突然変異もあるのかも。
身体能力とは別に、大人になってから囲碁を上手くなろうと思っても全然上手くなれない上に、幼稚園児や小学生の方が上達早いの解せない
うちは落胆するほど才能ない側だけど、本人は楽しいらしいので続けてる。楽しくない別の運動はやめたけど。能力よりもいろんな楽しいを見つけて欲しいから出来る範囲でやらせてるよ
これ頭のほうも同じなんだけどね 練習すれば向上するのは両方同じだけど頭のほうはやればできるみたいに思われてるんじゃね(ある程度) 動物の個体を見ればわかるだろうなんならポケモンの個体値もそういうこと
塾も習い事も人生を豊かにすることが目的なのでそこのところ宜しく
今思うとバレーボールなんて相当運動センスがないとできんよな
うちの子は体操教室通ってるけど怖がりすぎて中々難儀してるなー。走るのも登るのも飛ぶのも転がるのも回るのも全部難儀してる。まあ慣れていくしかないよなーということでのんびり通ってる。
2歳児でもブランコ立ち漕ぎとかある
こう言う訓練で何とかなるものは結構マシ、コミュ力や清潔感なんて、生まれ持ったもので何ともならん苦悩がある。
いくら運動能力高くても、大人になったときの身長がどうなるかで最適な競技が変わる現実の方が残酷だと思う。
同日産まれでも発育速度は1年程度差が出るし、同学年でも4/2と翌年4/1生まれで差が出る。4/2生が早熟で翌4/1生が晩熟ならば相当な差よ。生物としては後で追いつくけど、ここら辺はマジでしっかりケアしないといけない
才能がちがうなんて当たり前で、ぜんぜん残酷だと思わない。なにかが人より劣っていることは、悪いことだと思ってる?
子供が楽しんでやってるか見たら?
「トレーニングすれば出来るようになる」っていうのはマジョリティの論理なので気をつけた方がいい。
こういうクソみたいな眼差しのせいで体を動かす喜びとは無縁の体育が生まれ、大人になってから「体育」が嫌いだっただけで運動って楽しいんだと発見するハメになる
遺伝子えぐいよ。
自分の身体を思い通りに、更には効率良く動かせるかを総じて運動神経と呼んでおり、これは幼児期にほぼ決まる。ので、初期値がどうあれ、幼児期に色々な身体の使い方を体験させるのは良いこと。
子供は発達段階で出来ることが全然違うしそのスピードも個人差があるので、運動神経の差と断じるのは慎重にな。
運動神経ない側の人間だけど、身体壊してから鍛えるために運動するにしても動かし方がわからなくて苦労してる。健康に直結する能力だからないと大変
大谷みたいに育てようとなんてしてない。知能の発達のために幼児期から身体動かす必要があるんよ。
私は割とできる方だったけど、運動競技が上手なことより、人生においては運動が好き、苦でないことの方がずっと重要だから、そんなふうに思える教育だといいよなー、と思う。
姿勢一つでも大人になってから直すのは大変なので、子供の内に身につけるのは良い事だと思うよ
子育ては他人と比較しない方がいい。本人がどれだけ成長したか?を見るべき。前者を並行認識、後者を垂直比較、と柳澤先生(元開成校長)が言ってたよ https://dot.asahi.com/articles/-/100473?page=1
近隣のど田舎育ちのサル娘達にはやったんで、子が幼児の頃に跳び箱や鉄棒が出来なくてビックリした。 しかし子はスイミングに通い、速くはないが四泳法出来るようになり、一輪車も得意でスキーやスケートも。
特に体操は運動神経の差がモロに出そうだもんな
本人が楽しくやってるならそれでよし!!
ワク・薬害・香害などの影響も一部ありそう。伝統的な暮らしをする種族の身体能力は高そうだし
他の子との能力の差云々とかよりも、本人の頭の為にも体はよく動かしたほうがいい気はする。たぶん。
上位数パーセントしかプロになれないから運動のほうが残酷。多少運動ができても、最終的にはその他大勢になる。勉強がそこそこできればいい大学出てワンチャンいい会社も狙えるし。資本主義ってそういうもんだから
俺はそもそもチビな上早生まれで一般的には不利だったが、自体重と筋力のパワーウエイトレシオは並か少し上だったので、身体操作と戦略で補えるところは十分やれた
運動なんて楽しくやれればいいのであって他者と比べてその差を残酷に感じる必要はないのにね。将来プロを目指すならともかく。
日本の教育はゴール(しかも大学受験という至極難しいもの)が決まってて、そこに辿り着けるようにするためだけにやってるからね。落ちこぼれは見捨てるしかなくなる。
論点が入り乱れてる/昔ながらの「出来る子がもっと出来るようになる」ための体操教室と、グレーゾーン向けの「姿勢を保つ体幹・平衡感覚を養う(ことで学習・交遊できる身体を整える)」運動教室の二側面があると思
ボディビルやってると、食事やトレーニング理論でカバーできる領域より、遺伝子的な筋肉のつきやすさが大きすぎて何やってんだろと思ってしまうことが多い
子供時代の体操教室と水泳教室はそんなに差感じなかったな。厳密に言えば私は他のメンバーよりちょっと成績が悪かったけど種目次第だし気にしてなかった…こういうのも環境に恵まれているっていうのかも
運動だけだと思ってるのか(既出だが)? 同じ筋トレをしても筋肉がつく・つかないという差まで全部遺伝で決まるんだぞ。知能、感覚器官のセンサー性能、そりゃ鍛えた方が伸びるが持って生まれた才能差は覆らん。
当然才能の差はあるけど、ひとつの種目だけを見て悲観する必要はないと思う。絵を描くことだって手の運動とも言えるし、好きなことを見つけるのが大切なのでは
下手でも気に入ってくれればいいし得意でも嫌いだと続けるのは難しい。結局いろんな物に触れてみることだけが正義
そもそも、子供は各々体格違うから「あんな小さな子が…」と思っていたのが小学生だったとか普通にありえると思ってる。
自分の得意なことを見つけるのが大事
縦に並べれば順位がつくのは当たり前。持たざるモノは、どうすれば…?頭で考えろだけど、その知恵もない。
トップ選手層はもちろん別として、運動の多くは神経系の発達であり、かなりが克服可能。どうしようもないのは遅筋速筋の割合とか。運動をできるかどうかを分けるのは、本人と親の諦めであると思う。
他人との差を気にするのは大人?子育てエアプ勢は適当なことをいうなよ。親が絶対評価に目を向けさせようとしても、幼児は他人との差を気にするものなのよ。「正しい」ことを言いたいあまりに現実を曲げちゃダメ。
結局、脳の出来次第なところあるよなぁ
これは本当にね。大器晩成型もいるのかもしれないけど、幼少時の成功体験の差がかなり大きい。この差が大きいことは、プロスポーツ選手に早生まれが少ないことで証明されている
親としては将来幸せになる手助けができればいいので、基礎体力、基礎学力は付けさせてあげたい。クラスで1番はなれたら嬉しいけど、なれなくてもいいよ。
ガキのほんの一瞬だけ切り取って持って生まれたとか抜かすのが本当に滑稽。
親として、それを重々承知の上で、体を動かすことが楽しいと思える大人に育つよう頑張ってる。もうひとつは趣味。趣味や運動習慣があるとQOLが上がるから、親が子供に残せる遺産だと思ってる(もちろん学力も)。
体力有り余ってるから通わせてるもんだと…
収入的な意味だと頭だろうけど、健康的な面で身体能力の差も残酷だと思うよ。長く歩いても疲れなかったり姿勢や骨格がよかったりすると結局特別運動しなくても健康に生活できたりするからね。
頭のよさもきまってて残酷よな
才能や得意なことで周りをどれだけ幸せにできるかが大事ってこと運動が得意でない子にもそうでない子にも大人たちが伝えつづけてあげてほしい
体の使い方は進化してくよ。遅咲きもあるだろうし。子どもは特に長い目で見なきゃ。人との比較や競争は強い副作用がある。それを大人が理解すべき。
小さい子には、まず「イメージした通りに体を動かす」事を学ばせるべきなんだろうなぁ、と思う。
頭の良さを長時間使える体力
万年補欠だったけどエースと同じメニューをやってた分、大人になってからもマッスルメモリーが多少は残ってるのか、新技修得の方法とか知ってるからなんでもすぐ覚えるし、人生がイージーだよ。
運動に限った話ではないし、学習だけでなく多くの疾病も遺伝・出生由来だからな。
それを覆すのが努力って話なのになんでそっから才能の話になるの?持って生まれたものの差なんてそっからの努力に比べたら大したことないけどね。努力エアプか?
運動できる人って目的の為にどう動けば良いか瞬時に判断出来るいわゆる地頭がよく要領も良いタイプ、だから何でも卒無くこなせる。FPS、シューティングだったりアクション性高いゲームも上手い人が多い印象。
個体差はあれど訓練でどうにかなる。プロ選手とか上澄みだけは才能が関係するだろうけど、それ以外はスポーツを理解してどう最適化するかの方が重要。身体能力のみのバトルならそもそも日本人は劣等種。
3月生まれなので、小学校くらいまではかけっことか競争するやつはことごとく負けなのだが、ひとりで体を動かすのは好きだったな。保育園の体育の先生のおかげだと思ってる。
競馬見てれば自明のこと。偉大な両親から凡以下の馬も普通に生まれる。かと思えば謎種牡馬からカーインライジングみたいな化物が出てきたりもする。結局遺伝子ガチャだよ
4〜5歳でできる子とできない子ってはっきりするけど、できないけど好きだから続けるっていうメンタル持ってる子は強い!才能を見つけてあげるのも大事だけど、できないけど好きなものを見つけてあげるのも大事
狩猟採集の時代だったらともかくトップアスリートレベルじゃなきゃ身体能力で飯は食えんからなあ。
勉強もそうですが、他人と比べてもしょうがないのでは?
マンガ「ダイヤモンドの功罪」がそういう話ではある
運動神経の優位性が役に立つのは社会人になってから。スポーツ関係のサークルとか、ランニングとかジムとか。人間関係も広がる
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"人生においては運動が好き、苦でないことの方がずっと重要"って言われても体動かすこと自体が苦手かつ嫌いな性格って人もいるのよ……
運動神経ゼロ側だけど、大人になって健康上の理由でトレーナーつけても身体感覚がなさすぎて指示が全く理解できず終わってる。自己流でやって怪我した経験もあり。運動は生涯嫌いなままだろうなー
身体能力や知能による差もあるけど、それ以上に生まれる国と時代と家による差の方が圧倒的にデカい
ちなみに親の財力もだからな
それを埋めるのが教育では?
運動神経はある程度作れる。根気強く体と脳の神経を繋ぐようなコーディネーショントレーニングをすればかなり改善するよ。早ければ早いほどいい。運動できる子は生まれつきもあるけど、そういうことを自然としてきた
単純に「個人差がある」って話でいいのに、イキリ立って「それで人生は決まらない!!!!」みたいな反応がめんどくさい。
個人差はもちろんあるけど、すぐある程度までできるとか、時間を掛ければハイレベルにできるようになるとか、様々よね
運痴で勉強そこそこと運動そこそこ勉強ダメだとどっちがマシなんだろうな。
5歳息子は自ら通いたいと言い出したが、ここ数ヶ月は行くのを嫌がるので、ゲームなどを餌に連れて行く(泣かれるが、行くと楽しくやってる」。嫌がられると辞めた方がいいのか悩む(無理にやるのも違うけど夏場はや
向いてる能力が発揮できれば向いてない能力でバカにされても大丈夫になってくる
自分の記憶違いじゃなければ、伊達公子や北島康介の小さい頃のコーチが運動面ではズバ抜けた才能は感じられなかったがとにかく負けん気が強かったと言ってたような。
生まれ持ったものもあるけど体の使い方を自覚できるかどうかよ。
うちの子達も個人差がかなりある。運動神経は習慣だけじゃない気がする。自分は体格とフィジカルだけは恵まれてて、陸上は得意でスポーツテストもほぼ満点だったけど、体操や球技の運動神経は悪かったからなー。
オリンピックを筆頭に陸上競技を全く見ない理由はこれ。陸上ってほぼ全てが生来の身体能力だけで決まるからね。つまらん。スポーツは、球技など、技術やチームワークが必要なものならたまに見るくらいか。
草食動物だったならば猛獣に食われて終わりなのに人間だと生きてしまうんだよな。
体操教室は運動苦手な子ほど行った方がいいよ。集団でやれば嫌いでもやるし、上達はするし、成功体験として褒めて運動嫌いにならない事が大事なんだと言いきかけて通わせてる。まだ逆上がりはできない。
勉強も運動も遺伝要素が半分超えるんで、才能勝負ではある。ただ努力した分僅かでも伸びるし、持久力は付く。スクールでド素人からクラスがある競技はヘタクソでも続けやすい(テニスお勧め)
だからこそ「自分がどれだけ動けるか」を把握するのが大切なんじゃないかな。体操教室に通うのも「他人と競わせる」より「自分の可動域を広げる」ことを重視したほうが良い。競うべきは過去の自分ですよ
身体能力と運動神経が高いと、スポーツで成功するかもしれないけど、それも運が大きいので、「個人によって能力は違うよね。そりゃそうだ」って感じで、それ以上になにか考える必要はないよ。
体力測定で全国ベスト3&専門種目で県記録作ってた夫だが元来動くの好きな訳では無いらしく引退後は運動不足。病気持ち体育嫌い運痴の私は危機感から日常動作に組込んだ筋トレやる。運動習慣と才能は比例しない。
運動も学習もそうだけど、競わせすぎると好きとか普通になる前に消耗するだけなので競わせすぎないように先生が導くのが大事なんだよね。子供はなんでも勝ち負けにしたがるので
娘は5歳で逆上がりを覚えた。周りの子がやってるのを見て勝手に覚えたらしい。周りの子と比べても明らかに体幹が強く、かつ柔軟性が高く(猪之助のあのポーズが出来た)、運動音痴の我ら夫婦は震えた。
うちの両親はバキバキの体育会系でそれで食ってたくらいなんですけど、立派なブクマカに育ちましたよデュフフ
日本の体育指導者のほとんどは教育じゃなくて選別をしてるだけ。
ホントそう。これに気付いてプロスポーツは完全に興味無くした。特にスポーツニュースが無理。生まれ持っての個体差に、変に物語を付与して感動アピールしてくるの、何なのだろう。ハイハイすごいすごい、としか
知能面でもそうなんだよな。県内超難関高校に行った長兄で、下に超困難高校とかの兄弟とかもあるだろうし。運動、勉強、芸術、面白さ、ゲームのうまさ、などなど、自分を肯定する何かが見つかる人生であって欲しい。
顔の作りなんて才能の極致みたいなものだし、常に外に対して自分の才能の多寡をアピールし続けている状態になっている。
才能があっても、開発しないとダメなのはどの分野でもそう。自分で、主体的にそれを行うことを楽しめることが結果的に長じていくことに繋がる。才能がないから自分はダメだ、と烙印を押した瞬間に夢が絶たれる。
スポーツなんてどうでもよくて、人間としての基本動作である「歩き方」だけはちゃんと身につけたほうがよい。
体を思うように動かすには、まあ才能差があるよね。支配力というか。筋力とは違ってセンスが大きい感じ。
運動能力の分野では発達障害の有無は認められていないそうだがそんなに違うのなら運動能力でも発達障害を認定するよう国にも動いてほしい。
個人差ある。体育は他の教科と違って全員の能力を見える形で比べるのがだめな教科だと思っている。テスト全部張り出さないでしょう。
子どもたちが体操教室に通っているが、持って生まれた身体能力と運動神経の差は本当に残酷だと感じる「幼児期から明らかに違うもんな」→共感の声が続々…やはり才能なのか
“できないことを残酷だと感じてしまうのは大人の主観であって、下手でも機嫌よく続けられる気質の差も本人にとっては大事だと思いますけどね”
最初からできる子は長続きしない、できない子ができるようになっていくことのほうが大事って昔言われたっけな。才能は大きく影響するけど長く続けたほうがちゃんと伸びていくというのはあるんだよなあ
知能の差の方が残酷やろ、って思ったらちゃんと言及されてた。運動能力はごく限られたトップ中のトップしか稼ぎに影響しないが、知能の方はグラデーションで大抵の労働に効いてくるからな。
健康な肉体づくりを目的にしてたら他と比べる必要もない。当人がそれとは違う結果を求めているのならまだしもね。
最近はこういう論調を多く見る気がするが、そう考えると昔の方が個性重視だったね。個性に対して能力という基準を無意味にあてがっているだけのように感じることが多い。
現代において運動神経が良いことがスポーツ選手などのごく一部の職業以外では大したアドバンテージにならないように、AI社会では知力についてもごく一部の研究者やエンジニア以外には重要でないものになるのかな。
ドンくさい奴は事故・ケガで命に直結するから、身体能力底上げする意味でも親が子の特性を把握する意味でも運動させてみるのは大事だよね。
できないことをできるようにするのが教育なのだが、日本の体育ってその観点がないように思う
スポーツ分野でエリートを志すのは悪手だからやめておけ。
“同じようにい実感しているご家庭” タイプミスに気づくかどうかも持って生まれた能力なのだろうか
そんなの残酷ですらないな。むしろこどもの頃から運動神経が無いのなら、親も子も早々にその方面の才能がないと判断できるから良い。明らかに才能があるけれど、オリンピックには微妙に届かないレベルのほうが残酷。
身体能力が高いと知的労働を目指して挫折したときに肉体労働系の選択肢を選ぶことができる。私には難しいと思ったから勉強一本で生きてきた。はてなでは肉体労働を無視しがちだが今も日本の労働者の1/4は肉体労働者
お子様たちには、運動能力の差よりも楽しむ心が大切ですわよ!才能は多様性の美しさですの。
小さい頃、走っても遅いしボールも飛ばないし取れないしだったけど、何もしてないけど成長期に入ったら急激に球技以外は向上したのでそういう事例もあるよ。
俺はどっちもなかったけどな
卓越した能力、すぐに見に付けられる要領の良さ、これらには差がある。が、時間をかけてでもある程度のところにまでもっていくことは勉強も運動もそれなりに出来るケースが多い。稀にどうしようもないのもある。
運動能力と体の丈夫さは遺伝によるものが’大きい。子供は健康に育てばそれで良いじゃない。それ以外は親のエゴ?
大きな公園のアスレチック遊具みにいくとかなり顕著な差がある。小さいうちからやってると自信がつくかどうかとかは気になる
自分の身体をコントロールできる喜びを幼少期に知るのはプラスにしかならないと思う。他人との差を気にしているのは大人ではないか?
大人になって、理論が分かるようになってからトライしてみると出来るようになる人もいます。結局、日本の体育授業って、運動の普及という観点では意味がないんですよね。
めっちゃ運動音痴が高校で急成長して校内で1番足速くなった例を見てるから、あまり小さい時の身体能力でガッカリしすぎない方がいいかも。
特に小さいころだと発達の差も顕著やしな。まぁ、体力つかせるためとか、なんもしないよりましで行かせるとかでいいと思うけどな
運動でも勉強でもどちらでもいいけど、自己効力感(自分の能力を信じられる認知状態)には繋がってるはず。従兄弟が小学生の頃、兄弟で家の6畳スペースでバク転してたのはエグかった。私もそれ見てバック宙覚えた
才能の差はあるけど成果を求められない世界では努力で覆せる。日本の体育の授業を真面目にこなしてるだけで世界では平均越えになるくらいには身体を動かす能力は身につく。
幼児期に体操教室を通わせるのは、小学校以降の基本的な運動に困らないようにすることと、非認知能力の向上が目的じゃない?運動でトップになることを目指すためじゃなくて、出来ることを増やしてあげることよ。
スポーツエリート訓練があったわけでもなく、幼稚園年代で縄跳びや鉄棒の大技やれてる子はいるからな。同じように年長でも認知能力や学力差はものすごい訳だが。
運動能力は必要ない、が「体力」は絶対あった方がいい
遺伝子ガチャと親ガチャのダブルガチャだから、ほどほどの能力でほどほどの両親というだけで、ラッキー。なお、根性、忍耐力も遺伝子依存強めだからコツコツできるのも才能。才能無し+家庭環境悪いと救いようが無い
ワイは6歳くらいの時かけっこビリだったけど、中学の時200m走で校内記録出した(サッカーはやり始めてたけど、特段走る練習はしてない)。幼少期動けなくても伸びるときがある人もいる。
運動ができると人気者扱いされる傾向がある中、教室に通って卒なくできるようになることで自己肯定感が高まるのは人生に相当ポジティブな影響があると思う。
冬うまれで小さいしガリガリで、体育大嫌いになったまま大人になったから、遺伝かどうかは分からないなぁ。
体操教室に通わせる親も多くなってるんだろうな。通わせなくても「バランス感覚を伸ばす家でできる遊び」とかが特集されてたりするし
少年野球って、早く成長したもん勝ちなんやなーって「さよなら、天才」って本読んで思った。
健康になる事が主目的じゃない?スポーツ選手でなければ、他の子との優劣には意味がない。
うちの子も体操教室通わせてるけど、意外となんでもそつなくこなすし運動会のかけっこでも一位だった。卓球部と美術部の間の子なので運動は期待してなかったが突然変異もあるのかも。
身体能力とは別に、大人になってから囲碁を上手くなろうと思っても全然上手くなれない上に、幼稚園児や小学生の方が上達早いの解せない
うちは落胆するほど才能ない側だけど、本人は楽しいらしいので続けてる。楽しくない別の運動はやめたけど。能力よりもいろんな楽しいを見つけて欲しいから出来る範囲でやらせてるよ
これ頭のほうも同じなんだけどね 練習すれば向上するのは両方同じだけど頭のほうはやればできるみたいに思われてるんじゃね(ある程度) 動物の個体を見ればわかるだろうなんならポケモンの個体値もそういうこと
塾も習い事も人生を豊かにすることが目的なのでそこのところ宜しく
今思うとバレーボールなんて相当運動センスがないとできんよな
うちの子は体操教室通ってるけど怖がりすぎて中々難儀してるなー。走るのも登るのも飛ぶのも転がるのも回るのも全部難儀してる。まあ慣れていくしかないよなーということでのんびり通ってる。
2歳児でもブランコ立ち漕ぎとかある
こう言う訓練で何とかなるものは結構マシ、コミュ力や清潔感なんて、生まれ持ったもので何ともならん苦悩がある。
いくら運動能力高くても、大人になったときの身長がどうなるかで最適な競技が変わる現実の方が残酷だと思う。
同日産まれでも発育速度は1年程度差が出るし、同学年でも4/2と翌年4/1生まれで差が出る。4/2生が早熟で翌4/1生が晩熟ならば相当な差よ。生物としては後で追いつくけど、ここら辺はマジでしっかりケアしないといけない
才能がちがうなんて当たり前で、ぜんぜん残酷だと思わない。なにかが人より劣っていることは、悪いことだと思ってる?
子供が楽しんでやってるか見たら?
「トレーニングすれば出来るようになる」っていうのはマジョリティの論理なので気をつけた方がいい。
こういうクソみたいな眼差しのせいで体を動かす喜びとは無縁の体育が生まれ、大人になってから「体育」が嫌いだっただけで運動って楽しいんだと発見するハメになる
遺伝子えぐいよ。
自分の身体を思い通りに、更には効率良く動かせるかを総じて運動神経と呼んでおり、これは幼児期にほぼ決まる。ので、初期値がどうあれ、幼児期に色々な身体の使い方を体験させるのは良いこと。
子供は発達段階で出来ることが全然違うしそのスピードも個人差があるので、運動神経の差と断じるのは慎重にな。
運動神経ない側の人間だけど、身体壊してから鍛えるために運動するにしても動かし方がわからなくて苦労してる。健康に直結する能力だからないと大変
大谷みたいに育てようとなんてしてない。知能の発達のために幼児期から身体動かす必要があるんよ。
私は割とできる方だったけど、運動競技が上手なことより、人生においては運動が好き、苦でないことの方がずっと重要だから、そんなふうに思える教育だといいよなー、と思う。
姿勢一つでも大人になってから直すのは大変なので、子供の内に身につけるのは良い事だと思うよ
子育ては他人と比較しない方がいい。本人がどれだけ成長したか?を見るべき。前者を並行認識、後者を垂直比較、と柳澤先生(元開成校長)が言ってたよ https://dot.asahi.com/articles/-/100473?page=1
近隣のど田舎育ちのサル娘達にはやったんで、子が幼児の頃に跳び箱や鉄棒が出来なくてビックリした。 しかし子はスイミングに通い、速くはないが四泳法出来るようになり、一輪車も得意でスキーやスケートも。
特に体操は運動神経の差がモロに出そうだもんな
本人が楽しくやってるならそれでよし!!
ワク・薬害・香害などの影響も一部ありそう。伝統的な暮らしをする種族の身体能力は高そうだし
他の子との能力の差云々とかよりも、本人の頭の為にも体はよく動かしたほうがいい気はする。たぶん。
上位数パーセントしかプロになれないから運動のほうが残酷。多少運動ができても、最終的にはその他大勢になる。勉強がそこそこできればいい大学出てワンチャンいい会社も狙えるし。資本主義ってそういうもんだから
俺はそもそもチビな上早生まれで一般的には不利だったが、自体重と筋力のパワーウエイトレシオは並か少し上だったので、身体操作と戦略で補えるところは十分やれた
運動なんて楽しくやれればいいのであって他者と比べてその差を残酷に感じる必要はないのにね。将来プロを目指すならともかく。
日本の教育はゴール(しかも大学受験という至極難しいもの)が決まってて、そこに辿り着けるようにするためだけにやってるからね。落ちこぼれは見捨てるしかなくなる。
論点が入り乱れてる/昔ながらの「出来る子がもっと出来るようになる」ための体操教室と、グレーゾーン向けの「姿勢を保つ体幹・平衡感覚を養う(ことで学習・交遊できる身体を整える)」運動教室の二側面があると思
ボディビルやってると、食事やトレーニング理論でカバーできる領域より、遺伝子的な筋肉のつきやすさが大きすぎて何やってんだろと思ってしまうことが多い
子供時代の体操教室と水泳教室はそんなに差感じなかったな。厳密に言えば私は他のメンバーよりちょっと成績が悪かったけど種目次第だし気にしてなかった…こういうのも環境に恵まれているっていうのかも
運動だけだと思ってるのか(既出だが)? 同じ筋トレをしても筋肉がつく・つかないという差まで全部遺伝で決まるんだぞ。知能、感覚器官のセンサー性能、そりゃ鍛えた方が伸びるが持って生まれた才能差は覆らん。
当然才能の差はあるけど、ひとつの種目だけを見て悲観する必要はないと思う。絵を描くことだって手の運動とも言えるし、好きなことを見つけるのが大切なのでは
下手でも気に入ってくれればいいし得意でも嫌いだと続けるのは難しい。結局いろんな物に触れてみることだけが正義
そもそも、子供は各々体格違うから「あんな小さな子が…」と思っていたのが小学生だったとか普通にありえると思ってる。
自分の得意なことを見つけるのが大事
縦に並べれば順位がつくのは当たり前。持たざるモノは、どうすれば…?頭で考えろだけど、その知恵もない。
トップ選手層はもちろん別として、運動の多くは神経系の発達であり、かなりが克服可能。どうしようもないのは遅筋速筋の割合とか。運動をできるかどうかを分けるのは、本人と親の諦めであると思う。
他人との差を気にするのは大人?子育てエアプ勢は適当なことをいうなよ。親が絶対評価に目を向けさせようとしても、幼児は他人との差を気にするものなのよ。「正しい」ことを言いたいあまりに現実を曲げちゃダメ。
結局、脳の出来次第なところあるよなぁ
これは本当にね。大器晩成型もいるのかもしれないけど、幼少時の成功体験の差がかなり大きい。この差が大きいことは、プロスポーツ選手に早生まれが少ないことで証明されている
親としては将来幸せになる手助けができればいいので、基礎体力、基礎学力は付けさせてあげたい。クラスで1番はなれたら嬉しいけど、なれなくてもいいよ。
ガキのほんの一瞬だけ切り取って持って生まれたとか抜かすのが本当に滑稽。
親として、それを重々承知の上で、体を動かすことが楽しいと思える大人に育つよう頑張ってる。もうひとつは趣味。趣味や運動習慣があるとQOLが上がるから、親が子供に残せる遺産だと思ってる(もちろん学力も)。
体力有り余ってるから通わせてるもんだと…
収入的な意味だと頭だろうけど、健康的な面で身体能力の差も残酷だと思うよ。長く歩いても疲れなかったり姿勢や骨格がよかったりすると結局特別運動しなくても健康に生活できたりするからね。
頭のよさもきまってて残酷よな
才能や得意なことで周りをどれだけ幸せにできるかが大事ってこと運動が得意でない子にもそうでない子にも大人たちが伝えつづけてあげてほしい
体の使い方は進化してくよ。遅咲きもあるだろうし。子どもは特に長い目で見なきゃ。人との比較や競争は強い副作用がある。それを大人が理解すべき。
小さい子には、まず「イメージした通りに体を動かす」事を学ばせるべきなんだろうなぁ、と思う。
頭の良さを長時間使える体力
万年補欠だったけどエースと同じメニューをやってた分、大人になってからもマッスルメモリーが多少は残ってるのか、新技修得の方法とか知ってるからなんでもすぐ覚えるし、人生がイージーだよ。
運動に限った話ではないし、学習だけでなく多くの疾病も遺伝・出生由来だからな。
それを覆すのが努力って話なのになんでそっから才能の話になるの?持って生まれたものの差なんてそっからの努力に比べたら大したことないけどね。努力エアプか?
運動できる人って目的の為にどう動けば良いか瞬時に判断出来るいわゆる地頭がよく要領も良いタイプ、だから何でも卒無くこなせる。FPS、シューティングだったりアクション性高いゲームも上手い人が多い印象。
個体差はあれど訓練でどうにかなる。プロ選手とか上澄みだけは才能が関係するだろうけど、それ以外はスポーツを理解してどう最適化するかの方が重要。身体能力のみのバトルならそもそも日本人は劣等種。
3月生まれなので、小学校くらいまではかけっことか競争するやつはことごとく負けなのだが、ひとりで体を動かすのは好きだったな。保育園の体育の先生のおかげだと思ってる。
競馬見てれば自明のこと。偉大な両親から凡以下の馬も普通に生まれる。かと思えば謎種牡馬からカーインライジングみたいな化物が出てきたりもする。結局遺伝子ガチャだよ
4〜5歳でできる子とできない子ってはっきりするけど、できないけど好きだから続けるっていうメンタル持ってる子は強い!才能を見つけてあげるのも大事だけど、できないけど好きなものを見つけてあげるのも大事
狩猟採集の時代だったらともかくトップアスリートレベルじゃなきゃ身体能力で飯は食えんからなあ。
勉強もそうですが、他人と比べてもしょうがないのでは?
マンガ「ダイヤモンドの功罪」がそういう話ではある
運動神経の優位性が役に立つのは社会人になってから。スポーツ関係のサークルとか、ランニングとかジムとか。人間関係も広がる
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"人生においては運動が好き、苦でないことの方がずっと重要"って言われても体動かすこと自体が苦手かつ嫌いな性格って人もいるのよ……
運動神経ゼロ側だけど、大人になって健康上の理由でトレーナーつけても身体感覚がなさすぎて指示が全く理解できず終わってる。自己流でやって怪我した経験もあり。運動は生涯嫌いなままだろうなー
身体能力や知能による差もあるけど、それ以上に生まれる国と時代と家による差の方が圧倒的にデカい
ちなみに親の財力もだからな
それを埋めるのが教育では?
運動神経はある程度作れる。根気強く体と脳の神経を繋ぐようなコーディネーショントレーニングをすればかなり改善するよ。早ければ早いほどいい。運動できる子は生まれつきもあるけど、そういうことを自然としてきた
単純に「個人差がある」って話でいいのに、イキリ立って「それで人生は決まらない!!!!」みたいな反応がめんどくさい。
個人差はもちろんあるけど、すぐある程度までできるとか、時間を掛ければハイレベルにできるようになるとか、様々よね
運痴で勉強そこそこと運動そこそこ勉強ダメだとどっちがマシなんだろうな。
5歳息子は自ら通いたいと言い出したが、ここ数ヶ月は行くのを嫌がるので、ゲームなどを餌に連れて行く(泣かれるが、行くと楽しくやってる」。嫌がられると辞めた方がいいのか悩む(無理にやるのも違うけど夏場はや
向いてる能力が発揮できれば向いてない能力でバカにされても大丈夫になってくる
自分の記憶違いじゃなければ、伊達公子や北島康介の小さい頃のコーチが運動面ではズバ抜けた才能は感じられなかったがとにかく負けん気が強かったと言ってたような。
生まれ持ったものもあるけど体の使い方を自覚できるかどうかよ。
うちの子達も個人差がかなりある。運動神経は習慣だけじゃない気がする。自分は体格とフィジカルだけは恵まれてて、陸上は得意でスポーツテストもほぼ満点だったけど、体操や球技の運動神経は悪かったからなー。
オリンピックを筆頭に陸上競技を全く見ない理由はこれ。陸上ってほぼ全てが生来の身体能力だけで決まるからね。つまらん。スポーツは、球技など、技術やチームワークが必要なものならたまに見るくらいか。
草食動物だったならば猛獣に食われて終わりなのに人間だと生きてしまうんだよな。
体操教室は運動苦手な子ほど行った方がいいよ。集団でやれば嫌いでもやるし、上達はするし、成功体験として褒めて運動嫌いにならない事が大事なんだと言いきかけて通わせてる。まだ逆上がりはできない。
勉強も運動も遺伝要素が半分超えるんで、才能勝負ではある。ただ努力した分僅かでも伸びるし、持久力は付く。スクールでド素人からクラスがある競技はヘタクソでも続けやすい(テニスお勧め)
だからこそ「自分がどれだけ動けるか」を把握するのが大切なんじゃないかな。体操教室に通うのも「他人と競わせる」より「自分の可動域を広げる」ことを重視したほうが良い。競うべきは過去の自分ですよ
身体能力と運動神経が高いと、スポーツで成功するかもしれないけど、それも運が大きいので、「個人によって能力は違うよね。そりゃそうだ」って感じで、それ以上になにか考える必要はないよ。
体力測定で全国ベスト3&専門種目で県記録作ってた夫だが元来動くの好きな訳では無いらしく引退後は運動不足。病気持ち体育嫌い運痴の私は危機感から日常動作に組込んだ筋トレやる。運動習慣と才能は比例しない。
運動も学習もそうだけど、競わせすぎると好きとか普通になる前に消耗するだけなので競わせすぎないように先生が導くのが大事なんだよね。子供はなんでも勝ち負けにしたがるので
娘は5歳で逆上がりを覚えた。周りの子がやってるのを見て勝手に覚えたらしい。周りの子と比べても明らかに体幹が強く、かつ柔軟性が高く(猪之助のあのポーズが出来た)、運動音痴の我ら夫婦は震えた。
うちの両親はバキバキの体育会系でそれで食ってたくらいなんですけど、立派なブクマカに育ちましたよデュフフ
日本の体育指導者のほとんどは教育じゃなくて選別をしてるだけ。
ホントそう。これに気付いてプロスポーツは完全に興味無くした。特にスポーツニュースが無理。生まれ持っての個体差に、変に物語を付与して感動アピールしてくるの、何なのだろう。ハイハイすごいすごい、としか
知能面でもそうなんだよな。県内超難関高校に行った長兄で、下に超困難高校とかの兄弟とかもあるだろうし。運動、勉強、芸術、面白さ、ゲームのうまさ、などなど、自分を肯定する何かが見つかる人生であって欲しい。
顔の作りなんて才能の極致みたいなものだし、常に外に対して自分の才能の多寡をアピールし続けている状態になっている。
才能があっても、開発しないとダメなのはどの分野でもそう。自分で、主体的にそれを行うことを楽しめることが結果的に長じていくことに繋がる。才能がないから自分はダメだ、と烙印を押した瞬間に夢が絶たれる。
スポーツなんてどうでもよくて、人間としての基本動作である「歩き方」だけはちゃんと身につけたほうがよい。
体を思うように動かすには、まあ才能差があるよね。支配力というか。筋力とは違ってセンスが大きい感じ。
運動能力の分野では発達障害の有無は認められていないそうだがそんなに違うのなら運動能力でも発達障害を認定するよう国にも動いてほしい。
個人差ある。体育は他の教科と違って全員の能力を見える形で比べるのがだめな教科だと思っている。テスト全部張り出さないでしょう。