“「〇〇さんはひ孫がたくさん来て良いわね〜」「赤ちゃんの泣き声いいわねぇ〜元気ねぇ〜寿命伸びちゃったワァ」「普段ゆっくりご飯食べる暇ないでしょ、抱っこしてあげるから今食べ!!!」などと田舎のジジババは
そりゃ基本孫ひ孫は招集かかるだろう
お経に赤ちゃんの泣き声が混ざると極楽に行けるってパワーワード。こんな優しい親戚ばかりなら良いな
泣き叫ぶ赤子だとしても身内が来ちゃいけない葬式や法要とかあるのかな。 騒ぐことより、世話する人が普段のペースで生活できないのがひたすら大変だと思うので、そのサポートのほうがよっぽど大事だと思う
まあそうなんだけど、しゃべれるようになると坊主に向かって「なんであの人はげてるの」とか言い出します。
田舎はなかなか・・・。まぁ葬式を簡素にすると「あの家は・・」って言われるのが嫌とか。
家は普通に行ったけどお通夜もお葬式も子はわりと楽しんでましたね。まあ亡くなった本人も賑やかなのが好きだったし待望のひ孫だったからそれでよかったんだと思う。(会ってから亡くなってます。)
ステイタス扱いはともかく、幼子の笑い声は極楽っぽくて最高の音楽だし、泣き声さえ気が紛れてよいものだ。曾孫がいるような年齢での大往生なら、笑って送り出すお葬式がいいよね。
お葬式で赤ちゃんが泣いている声が聞こえるの割と好き
祖父母の時の葬儀でうちの子(つまりひ孫)達がギャン泣きしてるのを見た親戚一同が羨ましがってたよなあ。
極楽って言葉はすごくすべてを肯定してくれる気がする。『「お経に赤ちゃんの泣き声が混ざると極楽に行ける」』
孫5人以上は偉人
ちょっと前は田舎の「子孫残してナンボ」的価値観は否定されていたはずなのに、少子化の危機感からか肯定されてきたな / 子無しを「石女」と揶揄するような価値観と完全に裏表なんだけど。喉元過ぎればなんとやら。
葬式、火葬場にてはしゃぐ幼児になんとなく場の空気が和んだのは自分も経験したからよくわかる。「救われた感」があるのよ、あれ。
オタクこどおじが「もう俺やらないから…」って、騒ぐ幼児達にポケモンフレンダとかガンバライドとかポケカ渡しててネ申扱いされてんの見て思わずニッコリ。
親戚一同が集まる数少ない機会なので、まぁ。顔見せ的な意味とか、後は会話の話題がひとつ増えるとか。子供側からすると、割といい迷惑だったりするんだが。
ジジババの葬式は一族郎党が集まるイベントだから、小さい子がたくさん居ると盛り上がる。
40年ほど前、高校生か大学生の頃、親戚かどうかも定かでないお年寄りの葬式に連れて行かれたことがあったな。台東区御徒町。時代なのか下町という地域性なのか。「いい葬式だった」という参列者の感想に驚いた記憶。
悪口大会かと思ったら違った
韓国みたいに葬儀で泣き叫ぶ友人や親戚役をレンタルするようになるな
これは本当だよ。ジジババしかいない葬式や法事でジジババを送り出すとみんな内心(次は自分か…)って暗い雰囲気になりがちだけど、子どもがいるだけで明るくてうるさくてジジババが暗くなってる暇がなくて最高
遊ばせておく余裕があるならイベントとして行くのがいいよね。しんどかったら無理して行かんでもいい
ステータスかどうかはともかく、とかく暗くなりがちな葬式での、貴重な気ぃ紛らせ役なので、絶対に参加させた方がいい
そこにある永遠
お経中、赤ちゃんだけじゃなく、おちびたちが窘められながらもややフリーダムに過ごしてると正直にこやかになるもんな。目も覚めるし。
幼児がトイレに行くと騒ぎ、母親とトイレに向かった。その後にさあ、大人たちが何人もトイレに行ったのよ。空気が和らいで幼児に感謝してるよ
そりゃあどんなに騒がしくても小さい子たちが来てくれる葬式なんて幸せな人生の終わり方なんだから、親子で徳を積んだってものだよ。
「ステイタス」分かる。勝利のあかしだ。
確かに昔、ウチの父に知らん人の葬式に駆り出された私と赤子(当時)。みんな年寄り優しくてお菓子いっぱい貰って帰ってきたわ
いくらそう言われても親は気が気でないので疲れるんだろうな
乳児が泣いてるのは気にならないのだが、幼児の不規則発言は気になることもある。(お坊さんに失礼じゃないかしらとか)
これはね、本当にそうなんだよ…
子供が参列してる葬儀や法事はいいですよ。子供見てると場が和むし。ちっさければちっさいほど良い。
さいこうのトロフィー獲得というか実績解除だな
理由はどうであれ、その通りだと思う。祖父が死んだとき、通夜中に姪っ子たちと棺桶の前で鬼ごっこしてたわ。
大往生、家族みんなに暖かく見送ってもらえたら幸せに感じているかもね。
昭和の葬式コントのイメージが根強いのかなとか思いました。厳粛であるべきだ圧力みたいな。実際にはそんなことは昔からねえとおもいますが。 小生は大型哺乳類の骸として焼却炉で燃やしてもらえばOKです。
「孫の正月」「孫子(まごこ)の正月」という言葉も廃れてしまったか
これはそう。バアちゃんの葬式に当時2歳の息子連れて行ったら色々和んで感謝されたが、親は子に気を取られて泣けないのがネック。読経中に大声で誕生日の歌を歌うのはTPO的にどうかと思った。
今時のお寺や斎場が椅子なのは、年寄りはは膝が痛くて正座できないからです。私も膝怪我してるんで本当に助かる。
血の繋がりは必須ではないかもしれない。近所の保育園から出張してきてもらうのも良さそう(幼児の方にメリットあまりないか)
これはそうだなあ
おこちゃまを連れて行ったけどあんまり歓迎されなかったあの時
死ぬ命あれば生まれる命もある。子供が参加することで葬儀がただ人の終わりを悲しむ場ではなく、次世代へと血脈が受け継がれたことを確認する場として再定義されるんだな。
「お経に赤ちゃんの泣き声が混ざると極楽に行ける」こういう解釈は初耳だけど、いい話や。
湿っぽい葬式の雰囲気も小さい子供がいれば吹き飛ぶもんですよ/この間行ったお寺さんは子供のために駄菓子とか用意してくれた
やたらチヤホヤされる上に親まで小遣いもらえたりしてスーパーボーナスイベントなんだよな。
そりゃあ子も孫も曾孫も居るだけ豊かでめでたいことだよ。精神的身体的経済的に産めるだけの良好な状況が何代も続いた証拠だもん。祖父の子孫絶対残したくなくて子を産まなかった人間もここに居るんだぜ。
ステイタスとか自慢かよ下らねえ
田舎のジジイババアは孫ひ孫からエネルギーもらってる。祖母の鬱が寛解するくらい。
実際本人も草葉の陰で嬉しかろう
「生まれて、子孫を残して、死ぬ」のが生命の正しい流れ。孫やひ孫は、うまくバトンを渡せた大往生の証明。
まあ、連れて行くのも大変なんですけどもね。1〜2時間おきにサービスエリア寄ったりして相当な時間が掛かりましたね。
わかる(わかる)
みんないろいろ言うけどこういうプリミティブな感動というか小さな喜びは好きでしょ。ゲイとか子無し婚とか独身主義も普通に認めればいいけど、やはりこういうのも同時に必要だと思うよ
田舎のジジババ、閉鎖的で刺激が少ない事が多いから本当に子供がいるだけで明るくなるし雰囲気がダンゼン良くなるね
生と死の繰り返しを感じる瞬間よね
坊さんより赤ちゃんの方がよっぽど神様に近そうな感じするもんな。
祖母が亡くなった際に、当時0歳の我が子を連れて行った。少しだけぐずったものの穏やかに過ごしていた。読経のあと皆から「偉かったねえ」とチヤホヤされていた。おかげで辛気臭くない、穏やかな葬儀になった。
価値観の否定はされてないよ。ただいろんな価値観が認められるようになっただけ。
あほらしいあほらしい。願わくは彼女たちか善智識に出遭い、その蒙を啓かれて仏に帰依しますように。
葬式って無音と無言が続くので、亡くなり方にもよるがいっそミュージカル並みに華やかなものにして欲しい
子供は笑かしてきますので笑ってしまった大人にも寛容な処置をお願いします。
本当に遠慮しているならこれでいいんだけど、本当は行きたくなくて子供が小さいことを言い訳にしている場合もあるからこういうこと言い過ぎても良くない
祖父のお葬式や法要、息子が小さいので遠慮しようと思ったら祖母や叔母たちから「孫ひ孫が参列するのがステイタス」「お経に赤ちゃんの泣き声が混ざると極楽に行ける」と後押しされた
“「〇〇さんはひ孫がたくさん来て良いわね〜」「赤ちゃんの泣き声いいわねぇ〜元気ねぇ〜寿命伸びちゃったワァ」「普段ゆっくりご飯食べる暇ないでしょ、抱っこしてあげるから今食べ!!!」などと田舎のジジババは
そりゃ基本孫ひ孫は招集かかるだろう
お経に赤ちゃんの泣き声が混ざると極楽に行けるってパワーワード。こんな優しい親戚ばかりなら良いな
泣き叫ぶ赤子だとしても身内が来ちゃいけない葬式や法要とかあるのかな。 騒ぐことより、世話する人が普段のペースで生活できないのがひたすら大変だと思うので、そのサポートのほうがよっぽど大事だと思う
まあそうなんだけど、しゃべれるようになると坊主に向かって「なんであの人はげてるの」とか言い出します。
田舎はなかなか・・・。まぁ葬式を簡素にすると「あの家は・・」って言われるのが嫌とか。
家は普通に行ったけどお通夜もお葬式も子はわりと楽しんでましたね。まあ亡くなった本人も賑やかなのが好きだったし待望のひ孫だったからそれでよかったんだと思う。(会ってから亡くなってます。)
ステイタス扱いはともかく、幼子の笑い声は極楽っぽくて最高の音楽だし、泣き声さえ気が紛れてよいものだ。曾孫がいるような年齢での大往生なら、笑って送り出すお葬式がいいよね。
お葬式で赤ちゃんが泣いている声が聞こえるの割と好き
祖父母の時の葬儀でうちの子(つまりひ孫)達がギャン泣きしてるのを見た親戚一同が羨ましがってたよなあ。
極楽って言葉はすごくすべてを肯定してくれる気がする。『「お経に赤ちゃんの泣き声が混ざると極楽に行ける」』
孫5人以上は偉人
ちょっと前は田舎の「子孫残してナンボ」的価値観は否定されていたはずなのに、少子化の危機感からか肯定されてきたな / 子無しを「石女」と揶揄するような価値観と完全に裏表なんだけど。喉元過ぎればなんとやら。
葬式、火葬場にてはしゃぐ幼児になんとなく場の空気が和んだのは自分も経験したからよくわかる。「救われた感」があるのよ、あれ。
オタクこどおじが「もう俺やらないから…」って、騒ぐ幼児達にポケモンフレンダとかガンバライドとかポケカ渡しててネ申扱いされてんの見て思わずニッコリ。
親戚一同が集まる数少ない機会なので、まぁ。顔見せ的な意味とか、後は会話の話題がひとつ増えるとか。子供側からすると、割といい迷惑だったりするんだが。
ジジババの葬式は一族郎党が集まるイベントだから、小さい子がたくさん居ると盛り上がる。
40年ほど前、高校生か大学生の頃、親戚かどうかも定かでないお年寄りの葬式に連れて行かれたことがあったな。台東区御徒町。時代なのか下町という地域性なのか。「いい葬式だった」という参列者の感想に驚いた記憶。
悪口大会かと思ったら違った
韓国みたいに葬儀で泣き叫ぶ友人や親戚役をレンタルするようになるな
これは本当だよ。ジジババしかいない葬式や法事でジジババを送り出すとみんな内心(次は自分か…)って暗い雰囲気になりがちだけど、子どもがいるだけで明るくてうるさくてジジババが暗くなってる暇がなくて最高
遊ばせておく余裕があるならイベントとして行くのがいいよね。しんどかったら無理して行かんでもいい
ステータスかどうかはともかく、とかく暗くなりがちな葬式での、貴重な気ぃ紛らせ役なので、絶対に参加させた方がいい
そこにある永遠
お経中、赤ちゃんだけじゃなく、おちびたちが窘められながらもややフリーダムに過ごしてると正直にこやかになるもんな。目も覚めるし。
幼児がトイレに行くと騒ぎ、母親とトイレに向かった。その後にさあ、大人たちが何人もトイレに行ったのよ。空気が和らいで幼児に感謝してるよ
そりゃあどんなに騒がしくても小さい子たちが来てくれる葬式なんて幸せな人生の終わり方なんだから、親子で徳を積んだってものだよ。
「ステイタス」分かる。勝利のあかしだ。
確かに昔、ウチの父に知らん人の葬式に駆り出された私と赤子(当時)。みんな年寄り優しくてお菓子いっぱい貰って帰ってきたわ
いくらそう言われても親は気が気でないので疲れるんだろうな
乳児が泣いてるのは気にならないのだが、幼児の不規則発言は気になることもある。(お坊さんに失礼じゃないかしらとか)
これはね、本当にそうなんだよ…
子供が参列してる葬儀や法事はいいですよ。子供見てると場が和むし。ちっさければちっさいほど良い。
さいこうのトロフィー獲得というか実績解除だな
理由はどうであれ、その通りだと思う。祖父が死んだとき、通夜中に姪っ子たちと棺桶の前で鬼ごっこしてたわ。
大往生、家族みんなに暖かく見送ってもらえたら幸せに感じているかもね。
昭和の葬式コントのイメージが根強いのかなとか思いました。厳粛であるべきだ圧力みたいな。実際にはそんなことは昔からねえとおもいますが。 小生は大型哺乳類の骸として焼却炉で燃やしてもらえばOKです。
「孫の正月」「孫子(まごこ)の正月」という言葉も廃れてしまったか
これはそう。バアちゃんの葬式に当時2歳の息子連れて行ったら色々和んで感謝されたが、親は子に気を取られて泣けないのがネック。読経中に大声で誕生日の歌を歌うのはTPO的にどうかと思った。
今時のお寺や斎場が椅子なのは、年寄りはは膝が痛くて正座できないからです。私も膝怪我してるんで本当に助かる。
血の繋がりは必須ではないかもしれない。近所の保育園から出張してきてもらうのも良さそう(幼児の方にメリットあまりないか)
これはそうだなあ
おこちゃまを連れて行ったけどあんまり歓迎されなかったあの時
死ぬ命あれば生まれる命もある。子供が参加することで葬儀がただ人の終わりを悲しむ場ではなく、次世代へと血脈が受け継がれたことを確認する場として再定義されるんだな。
「お経に赤ちゃんの泣き声が混ざると極楽に行ける」こういう解釈は初耳だけど、いい話や。
湿っぽい葬式の雰囲気も小さい子供がいれば吹き飛ぶもんですよ/この間行ったお寺さんは子供のために駄菓子とか用意してくれた
やたらチヤホヤされる上に親まで小遣いもらえたりしてスーパーボーナスイベントなんだよな。
そりゃあ子も孫も曾孫も居るだけ豊かでめでたいことだよ。精神的身体的経済的に産めるだけの良好な状況が何代も続いた証拠だもん。祖父の子孫絶対残したくなくて子を産まなかった人間もここに居るんだぜ。
ステイタスとか自慢かよ下らねえ
田舎のジジイババアは孫ひ孫からエネルギーもらってる。祖母の鬱が寛解するくらい。
実際本人も草葉の陰で嬉しかろう
「生まれて、子孫を残して、死ぬ」のが生命の正しい流れ。孫やひ孫は、うまくバトンを渡せた大往生の証明。
まあ、連れて行くのも大変なんですけどもね。1〜2時間おきにサービスエリア寄ったりして相当な時間が掛かりましたね。
わかる(わかる)
みんないろいろ言うけどこういうプリミティブな感動というか小さな喜びは好きでしょ。ゲイとか子無し婚とか独身主義も普通に認めればいいけど、やはりこういうのも同時に必要だと思うよ
田舎のジジババ、閉鎖的で刺激が少ない事が多いから本当に子供がいるだけで明るくなるし雰囲気がダンゼン良くなるね
生と死の繰り返しを感じる瞬間よね
坊さんより赤ちゃんの方がよっぽど神様に近そうな感じするもんな。
祖母が亡くなった際に、当時0歳の我が子を連れて行った。少しだけぐずったものの穏やかに過ごしていた。読経のあと皆から「偉かったねえ」とチヤホヤされていた。おかげで辛気臭くない、穏やかな葬儀になった。
価値観の否定はされてないよ。ただいろんな価値観が認められるようになっただけ。
あほらしいあほらしい。願わくは彼女たちか善智識に出遭い、その蒙を啓かれて仏に帰依しますように。
葬式って無音と無言が続くので、亡くなり方にもよるがいっそミュージカル並みに華やかなものにして欲しい
子供は笑かしてきますので笑ってしまった大人にも寛容な処置をお願いします。
本当に遠慮しているならこれでいいんだけど、本当は行きたくなくて子供が小さいことを言い訳にしている場合もあるからこういうこと言い過ぎても良くない