でも思い出病に取り憑かれるとゴミ屋敷になっちゃうしな。
度重なる転居を潜り抜けたスプーンに紐付いた記憶「ガラスの器を見て夏はみんなで素麺食べた思い出、カレーの器を見たらお父さん得意のカレーライス、六角の中華皿を見るたびに残り物で作ったチャーハンの味」
実家の引っ越しで無限に食器類出てきて地獄を見た。
(気持ちはすごくわかるが、今風の「何なら〔なんなら〕」の使い方がどうしても馴染めない。https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20190701_12.html 本来は「他者の意向への自分の譲歩の限界」だぜ。「極端な例」でなく)
食器は日常の「記憶のトリガー」だからなぁ。捨てるのが自分の一部を削るようで辛い
最近、モノはモノ。そこに魂も付喪神も居ない。そんなものはオカルト。邪教に染まらずさっさとサヨナラバイバイして次行こう。と思えないと、自分で自分を傷つけるだけのような気がしている。
なるほど。そうしてみるとけっこううちは買っては処分してるんだなあ。
一寸の躊躇いもなく不用品として処分したけどな…
嫁は空き家になった実家の片付けに4ヶ月もかかったよ、当時の自宅からクルマで5分の距離でほぼ毎日通ったけど一人っ子でねえ、昭和一桁の日付が書かれた木箱とか出てきて嫁も驚いてたな、凄まじい量の食器だった。
陶器磁器の類は下手すると万年単位で残ってしまうから食器は本当に気に入ったものしか買わないようにしてる。いつか昭和土器と言われて出土するんだろうか…
湯呑み、箸、タッパーなど。
服は体型やトレンドあるし、本やCDは好みあるけど、食器はそのまま使えば良いんでは?置き場所次第だけど。
100均やニトリでも?
親も自分も歳取って重い食器を使ったり洗ったりが苦痛になってきたから食器は樹脂製にして陶磁器のほぼ全部捨てた。扱いに気を使わなくて楽になった
いちご潰す用のスプーンとか、グレープフルーツ用の先がギザギザしたスプーンとか、スガキヤのスプーンとか、キャラもののスプーンとか、名のあるスプーンは思い出しやすいよね
私は思い出の皿を何枚か持って帰る
帰省した時に見る食器はほとんど見覚えの無いものなので新陳代謝が働きすぎてそう。
先日帰省したら一掃されてたので躊躇う余地がもはやない
写真に撮って捨てます
思い出して惜しむような実家でよかったですねえ~~~~
20代で早世した家族がいるんだけど、趣味性の高い服やアクセは同好のお友達にもらっていただいた。けど、初めてのお給料で家族全員に贈ってくれたマグカップ(各々柄が違う)は、親は処分できないと思う。私も無理かも
うちは食べ盛りの私と妹を大きく育てた春のパンまつりの皿が大量にある
「愛は食卓にある」だもんな。それだけいい時を過ごしたということで。
ギザ付きのグレープフルーツ用や平らで粒々の付いたイチゴ用スプーンはホントに泣ける。あれって子供の為に買うと思うんだよね
しんみりするのは大事なことと思うのでそれはそれとして、自分が持てるもの持ち続けることの出来ないものは見極めて適度に身軽な暮らしをされ、心身ともに健康であれば良いなと。
まだ親存命だけどわかるわ。うちにも60年ものくらいの食器がゴロゴロ。昔の食器のデザインはレトロで可愛いのもあるし。でも真っ白な皿とかは印象薄いから捨てやすいかも
整理収納アドバイザー2級です。記念に写真を撮って、捨てましょう。他人には軽くアドバイスできるけど、捨てられない派です。物は使う使わないではなくて、思い出があるのが難しいよね。
一時期住んでたこともある祖父母の家を処分した。家財処分もやれる一般廃棄物処理業者に来てもらい、100万円で対応してもらったが、思い出がある品は自分で手を下せない、業者に払う価値はあった。
しばらく前に実家を片付けたんだけどまったく同意できなかった。いるものいらないものはいろいろ仕分けたけれど、特に食器類に関しては目もくれずにとっとと処分した記憶が。
両親ともに他界して、アパートから実家に引っ越した結果、食器棚が2本になりました。15年ほど経つけど、まだそのまま。自力でできず、ニョーボの妹にだいぶ捨ててもらったんだけどなー。
思い出というのは引っ越し時の家具食器類処分に際しては呪いの品と化す
祖父母はみな最後は施設か病院だったから両親は比較的ばっさりいけたのかな
新婚の時にお袋のデッドストックを大量に貰ってったから実家と同じ食器を既に共有しているから問題無し/お袋は食器良く割るからむしろ実家よりうちの家が歴史が古い
うちではコレルの無個性な白い食器ばかり使っているが、これらもいつ、どこで買ったという記憶と結びついている。
捨てなければいいじゃん
Xではこういう寂しい気持ちへの共感が集まってるのに、はてなでは「俺はそんなものに縛られないようにこうしている」みたいなマウンティングなブクマにばかりスターが集まってて笑う。
古いノリタケの食器は捨てられない。
人からもらって大事にしていたカップを叩き割られた記憶しかないので全部叩き割ってやろうと思っている
これは涙が出てくる...。
料理大好きだった母親が「もうこんなに使いきれないから」と大皿とか集めてた小皿を処分したとき少し寂しかったな
とはいえ持ち帰れるほど我々の家は広くないのよね。感情入れるとしんどいんで、金品とかアルバムとか本当に大事なもんだけ確保して、あとは業者さんに任せるのがお勧めです。箪笥とか大物は自力じゃ無理だしね
親が亡くなった後の遺品の処分の話なら、そりゃもちろんさみしい気持ちになるね。遺品じゃなくて単なる大掃除ならそこまででもないかな
食器ってそうそう買い替えないのに陶器市に毎回いそいそ出向く人って買って増えたぶん二軍以下の食器を捨ててるの? それとも増える一方? 母が後者で死蔵してる食器が山ほどある。
独立するときに実家から持ち出した食器は今でも健在。物か良いので重宝してる。祖母の家を 壊すときに持ってきたコップも/今家で使ってる安物と入れ替えると良いよ。昔の人は食器にこだわってたし(特に和食器)
昔住んでた平屋を潰して空き地にしたけどまだ使えそうな不用品はジモティーでノークレームノーリターンを条件にタダで好きなだけ持ってってもらうってやり方で減らした
わいはあんま思わんというか、古いテーブルが襤褸くてでかすぎるからリメイク業者に出そうぜ(お金出すよ!)っていってるけど、おかんはそのままがいいっていうから、言うとおりにしてる ( ˘ω˘ )
そういえば割れる以外で食器を処分したことがない。
これは判る……俺もこれはどうすればいいものか、と。食器自身が判る人の元へ行くのは構わないんだが、安直に捨てるのはなあ……と。ちょっと前にあったガンプラを甥に譲った時の話がね……
安物の食器でも、ずっと使ってると愛着湧くよね
孤児なので母も居た事無いしこういう愛着は一切ないな…要らなくなったものはバンバン捨てるといい。
別に実家と仲が悪いとかないけど、食器は別になんともおもわんな
つらいとかにはならなさそう
こういう心理的負担を一切無視するために遺品整理業者に金払ってでも頼むんです、100万円飛ぶけどな……
「実家の食器の処分は服の処分よりつらい」というポストに共感集まる「食器こそ団らんのメモリアル」「母の目線や味見してる姿まではっきり思い出せる」
でも思い出病に取り憑かれるとゴミ屋敷になっちゃうしな。
度重なる転居を潜り抜けたスプーンに紐付いた記憶「ガラスの器を見て夏はみんなで素麺食べた思い出、カレーの器を見たらお父さん得意のカレーライス、六角の中華皿を見るたびに残り物で作ったチャーハンの味」
実家の引っ越しで無限に食器類出てきて地獄を見た。
(気持ちはすごくわかるが、今風の「何なら〔なんなら〕」の使い方がどうしても馴染めない。https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20190701_12.html 本来は「他者の意向への自分の譲歩の限界」だぜ。「極端な例」でなく)
食器は日常の「記憶のトリガー」だからなぁ。捨てるのが自分の一部を削るようで辛い
最近、モノはモノ。そこに魂も付喪神も居ない。そんなものはオカルト。邪教に染まらずさっさとサヨナラバイバイして次行こう。と思えないと、自分で自分を傷つけるだけのような気がしている。
なるほど。そうしてみるとけっこううちは買っては処分してるんだなあ。
一寸の躊躇いもなく不用品として処分したけどな…
嫁は空き家になった実家の片付けに4ヶ月もかかったよ、当時の自宅からクルマで5分の距離でほぼ毎日通ったけど一人っ子でねえ、昭和一桁の日付が書かれた木箱とか出てきて嫁も驚いてたな、凄まじい量の食器だった。
陶器磁器の類は下手すると万年単位で残ってしまうから食器は本当に気に入ったものしか買わないようにしてる。いつか昭和土器と言われて出土するんだろうか…
湯呑み、箸、タッパーなど。
服は体型やトレンドあるし、本やCDは好みあるけど、食器はそのまま使えば良いんでは?置き場所次第だけど。
100均やニトリでも?
親も自分も歳取って重い食器を使ったり洗ったりが苦痛になってきたから食器は樹脂製にして陶磁器のほぼ全部捨てた。扱いに気を使わなくて楽になった
いちご潰す用のスプーンとか、グレープフルーツ用の先がギザギザしたスプーンとか、スガキヤのスプーンとか、キャラもののスプーンとか、名のあるスプーンは思い出しやすいよね
私は思い出の皿を何枚か持って帰る
帰省した時に見る食器はほとんど見覚えの無いものなので新陳代謝が働きすぎてそう。
先日帰省したら一掃されてたので躊躇う余地がもはやない
写真に撮って捨てます
思い出して惜しむような実家でよかったですねえ~~~~
20代で早世した家族がいるんだけど、趣味性の高い服やアクセは同好のお友達にもらっていただいた。けど、初めてのお給料で家族全員に贈ってくれたマグカップ(各々柄が違う)は、親は処分できないと思う。私も無理かも
うちは食べ盛りの私と妹を大きく育てた春のパンまつりの皿が大量にある
「愛は食卓にある」だもんな。それだけいい時を過ごしたということで。
ギザ付きのグレープフルーツ用や平らで粒々の付いたイチゴ用スプーンはホントに泣ける。あれって子供の為に買うと思うんだよね
しんみりするのは大事なことと思うのでそれはそれとして、自分が持てるもの持ち続けることの出来ないものは見極めて適度に身軽な暮らしをされ、心身ともに健康であれば良いなと。
まだ親存命だけどわかるわ。うちにも60年ものくらいの食器がゴロゴロ。昔の食器のデザインはレトロで可愛いのもあるし。でも真っ白な皿とかは印象薄いから捨てやすいかも
整理収納アドバイザー2級です。記念に写真を撮って、捨てましょう。他人には軽くアドバイスできるけど、捨てられない派です。物は使う使わないではなくて、思い出があるのが難しいよね。
一時期住んでたこともある祖父母の家を処分した。家財処分もやれる一般廃棄物処理業者に来てもらい、100万円で対応してもらったが、思い出がある品は自分で手を下せない、業者に払う価値はあった。
しばらく前に実家を片付けたんだけどまったく同意できなかった。いるものいらないものはいろいろ仕分けたけれど、特に食器類に関しては目もくれずにとっとと処分した記憶が。
両親ともに他界して、アパートから実家に引っ越した結果、食器棚が2本になりました。15年ほど経つけど、まだそのまま。自力でできず、ニョーボの妹にだいぶ捨ててもらったんだけどなー。
思い出というのは引っ越し時の家具食器類処分に際しては呪いの品と化す
祖父母はみな最後は施設か病院だったから両親は比較的ばっさりいけたのかな
新婚の時にお袋のデッドストックを大量に貰ってったから実家と同じ食器を既に共有しているから問題無し/お袋は食器良く割るからむしろ実家よりうちの家が歴史が古い
うちではコレルの無個性な白い食器ばかり使っているが、これらもいつ、どこで買ったという記憶と結びついている。
捨てなければいいじゃん
Xではこういう寂しい気持ちへの共感が集まってるのに、はてなでは「俺はそんなものに縛られないようにこうしている」みたいなマウンティングなブクマにばかりスターが集まってて笑う。
古いノリタケの食器は捨てられない。
人からもらって大事にしていたカップを叩き割られた記憶しかないので全部叩き割ってやろうと思っている
これは涙が出てくる...。
料理大好きだった母親が「もうこんなに使いきれないから」と大皿とか集めてた小皿を処分したとき少し寂しかったな
とはいえ持ち帰れるほど我々の家は広くないのよね。感情入れるとしんどいんで、金品とかアルバムとか本当に大事なもんだけ確保して、あとは業者さんに任せるのがお勧めです。箪笥とか大物は自力じゃ無理だしね
親が亡くなった後の遺品の処分の話なら、そりゃもちろんさみしい気持ちになるね。遺品じゃなくて単なる大掃除ならそこまででもないかな
食器ってそうそう買い替えないのに陶器市に毎回いそいそ出向く人って買って増えたぶん二軍以下の食器を捨ててるの? それとも増える一方? 母が後者で死蔵してる食器が山ほどある。
独立するときに実家から持ち出した食器は今でも健在。物か良いので重宝してる。祖母の家を 壊すときに持ってきたコップも/今家で使ってる安物と入れ替えると良いよ。昔の人は食器にこだわってたし(特に和食器)
昔住んでた平屋を潰して空き地にしたけどまだ使えそうな不用品はジモティーでノークレームノーリターンを条件にタダで好きなだけ持ってってもらうってやり方で減らした
わいはあんま思わんというか、古いテーブルが襤褸くてでかすぎるからリメイク業者に出そうぜ(お金出すよ!)っていってるけど、おかんはそのままがいいっていうから、言うとおりにしてる ( ˘ω˘ )
そういえば割れる以外で食器を処分したことがない。
これは判る……俺もこれはどうすればいいものか、と。食器自身が判る人の元へ行くのは構わないんだが、安直に捨てるのはなあ……と。ちょっと前にあったガンプラを甥に譲った時の話がね……
安物の食器でも、ずっと使ってると愛着湧くよね
孤児なので母も居た事無いしこういう愛着は一切ないな…要らなくなったものはバンバン捨てるといい。
別に実家と仲が悪いとかないけど、食器は別になんともおもわんな
つらいとかにはならなさそう
こういう心理的負担を一切無視するために遺品整理業者に金払ってでも頼むんです、100万円飛ぶけどな……