死んで楽になりたいのはペットじゃなくて自分って自覚するの、正直でええと思うわ
愛玩目的の飼育は虐待。法律で禁止しよう。
ペット自体も苦しむだけだし飼い主も消耗するだけなら安楽死って手もあるんだぜ。ペットだから選べる。人間も選べた方がいいんだがな
やさしい
ご飯食べれなくなった子用の療法食やシリンジをしばらく捨てられなかったな
人間の病気も同じやで。自分が死ぬ時も、他人はそう見ている。お互い様。看護疲れも同じ。動物はそれを教えてくれる。
こんなインターネットの場末でよければゆっくりしていくといい
そうだな、喉元過ぎたら熱さは忘れるけどずっと埋まり得ない穴がある。補助具やらシリンダーやら残った期限切れの買い置きのエサに薬も何年も置かれたままだし、捨ててもいいけど別に捨てなくてもいいかなって
正直で心優しい増田。私は文鳥とお別れをして1年が過ぎたけど元気だった時より最後のつらそうだった姿ばかりが思い浮かび、そのたびに胸がぎゅっとなる。寂しさや悲しさは薄まらないものだね。
ペットに限らんけど
分かる。猫の終末期介護したけど(最初からネコ白血病持ちだった)、人間と違って回復や緩和ケアまでいけない状態になる事多いんで、そういう場合は安楽死選択もアリだと強制給餌で苦しめた後悔で思うようになった
最後まで面倒みてえらい
生き物飼う時のエゴって苦しいんだよな
心に深く刻まれる教訓ですの。
誰かの世話をする時のしんどさからくる表立って他人に言えない気持ちと相手への愛情って両立するものだよね。矛盾してるようだけど、どっちも本音というか。増田と似たような経験してるからイメージできるよ
急死の場合は「死ぬほど不調だったんならよく見てれば気付いてやれたのでは」「不調に気付いて病院に連れていけてれば…」みたいに後悔するので、看病の時間がゼロでもつらい。手を尽くせなかったというつらさもある
地球を滅ぼせば死で苦しむ人はいなくなるな。
すごくわかる。いいことも悪いこともいろいろ考えちゃう。何年たっても考えちゃう。でもまあ勝手に後悔するのも相手に悪いかなと開き直っている
ペットもAIロボットに移行した方が楽になれるんじゃないかな
人間も同じだろう。ただ、自分なりの誠意を尽くしたことに増田は後悔はしていないだろう?それでいいんだよ。それが生と死の重み。ハムスターも少しでも長く増田といたかったのさ。
命と向き合うってそういうことだからね……人間も同じだよ
なんか素直で人間らしい気持ちの吐露でいいな。こういうのを抱えて生きていくんだよな。介護疲れとか安楽死とか簡単に割り切れないし正しい答えもないよね。
だからオレはもう動物を飼わない…
仏教の四苦、生老病死に生が入ってるのはものすごい真理を得てると思う。何千年も前から人類が苦しんでるのだから、ある意味これを出発点にするしかないのかも。
ペットの話と同列に扱うと失礼かもしれないが、人の生き死にに近い仕事をしているとそんな感情で押し潰されそうになりそうな時がある。国はその判断を10万円ポッチで押し付けてくる。
現代的な動物福祉の環境だと、「ペットの死=家族の死」だから、メンタル激強人間じゃないと耐えられない。もしくは、死生観に悟り持った人間とか、「人間の死」「動物の死」と整理できる人ならいけるかも。
ある獣医さんに聞いた「ハムスターを持ち込まれるとちょっと辛い」の言葉を思い出す なんか金銭的に葛藤するらしい
ベットを通じて過度な延命治療の問題を知るよね。
人間に敷衍できるメタファー的な切ない話。目の前に苦しむ家族がいた時、介護者の物理的なしんどさと、精神的な逡巡と、死後も解放されない悲しさ/自分の親が配偶者がと考えてみたら、医療改革をどう考えるかよなー
ハムスターは懐いて生活の中でなくてはならない存在になったくらいに寿命が来るのと、多くの場合最後は病気で苦しそうな期間が続くのと、エキゾチックを診られる病院が少ないのとで、愛情深い人ほどおすすめしない。
人間の介護もペットの看取りもだけどやった人しかわからないきつさがあるよね。動物の方がケアマネさんとか訪問看護とかないから全部一人で背負うし…若いうちに調子崩すと大変だったでしょう。でも偉かったですよ。
ハムちゃんは昔飼っていて可愛いけどあっという間に寿命が来るのが辛いからお迎え無理なんだ…今はもうすぐ17才になる犬と暮らしてる。犬猫の方が健康管理や治療もしやすくてそこそこ強くてある意味楽なのかもと思う
私はでも意外と世話にいやな気持ちは少なかったな、病気がもう末期だとわかったとき大泣きしてそれで後悔しないよう腹括ったかも
看病でやれることを何でもしようとするのは、死や死を考えることから逃れるのが目的なんじゃないだろうか。それは欺瞞なのにそこに気付けないから、気持ちがおさまらないのでは。より重んじるべき点があるのでは。
ぶら下がってる追記を読むと身体の半分くらいある腫瘍って…それは見守るの辛かったと思う。自他問わず病は否応なしに自分自身と向き合わせてくる。キツイけどペットからの有難い教え
ハムちゃん……やすらかにでしゅ。おやすみでしゅ。
優しい人なんだとお見受け。できる限りのことをしたんですよ。かなしいねご冥福を。
分かる。「それが辛くて飼えない」って人結構いるよね。意思疎通しやすく犬猫と、そうでなく寿命短いげっ歯類だとどっちが辛いんだろう。
つい最近飼い犬を亡くしたので、結構わかるなー、と思いながら読んだ。またペットを飼ったとしても、全部は埋まらない。でも緩和される部分はあると思う。
よくがんばった。たまにでも良いから元気で楽しかった頃のことを思い出すと良い。意外と辛い記憶は忘れていく。
まあ、人でもペットでも、いろんなことを思うよね。10年以上経ってもモヤモヤし続けたりね。
獣医の口車に乗って最後まで闘病したけど、安楽死させてやれば良かったって今でもずーーーーっと後悔してるよ。ペット自身は治療を理解できないからね。苦痛だけ。無駄な延命は人間側の自己満。猫に謝りたい
飼い主のエゴで病気の猫を生きさせてしまった。もっと早く安楽死させてあげればよかったとずっと後悔してる。でも安楽死させたらさせたで後悔しただろう。自分の決断を肯定するしかない。我々は手を尽くした、はずだ
これがあるからペットは飼わない。
動物好きだけど、病気や死んだときのことがつらすぎて一緒には暮らせない
よく聞くのは、新しいペットを飼って、その後悔を次の子にはしないようにするとかかな。結局長く一緒にいたいというのは自分だけのエゴなのか、相手も同じだったかを正確に確認する術がないことやなぁ。
わたしも小動物飼ってるからいつかそういう日が来るんだろうなって毎秒怖い
介護疲れもこういう心境なのかなぁ。治る見込みのない闘病生活ってどう受け止めたら良いのかわからないな。
シンプルな文だが妙に刺さるな…
ハムスターは2回飼ったことがあるけど、正直どっちがどっちだったか記憶が曖昧になっている。
動物園で見るくらいで済ましとけば良かったのに
『年寄りの親にもおんなじ気持ち』 『食べて供養しないからそうなる』
それが介護疲れだ。
ペットの病気てさー助からないって分かってるとすっげー悲しいんだけど、..
死んで楽になりたいのはペットじゃなくて自分って自覚するの、正直でええと思うわ
愛玩目的の飼育は虐待。法律で禁止しよう。
ペット自体も苦しむだけだし飼い主も消耗するだけなら安楽死って手もあるんだぜ。ペットだから選べる。人間も選べた方がいいんだがな
やさしい
ご飯食べれなくなった子用の療法食やシリンジをしばらく捨てられなかったな
人間の病気も同じやで。自分が死ぬ時も、他人はそう見ている。お互い様。看護疲れも同じ。動物はそれを教えてくれる。
こんなインターネットの場末でよければゆっくりしていくといい
そうだな、喉元過ぎたら熱さは忘れるけどずっと埋まり得ない穴がある。補助具やらシリンダーやら残った期限切れの買い置きのエサに薬も何年も置かれたままだし、捨ててもいいけど別に捨てなくてもいいかなって
正直で心優しい増田。私は文鳥とお別れをして1年が過ぎたけど元気だった時より最後のつらそうだった姿ばかりが思い浮かび、そのたびに胸がぎゅっとなる。寂しさや悲しさは薄まらないものだね。
ペットに限らんけど
分かる。猫の終末期介護したけど(最初からネコ白血病持ちだった)、人間と違って回復や緩和ケアまでいけない状態になる事多いんで、そういう場合は安楽死選択もアリだと強制給餌で苦しめた後悔で思うようになった
最後まで面倒みてえらい
生き物飼う時のエゴって苦しいんだよな
心に深く刻まれる教訓ですの。
誰かの世話をする時のしんどさからくる表立って他人に言えない気持ちと相手への愛情って両立するものだよね。矛盾してるようだけど、どっちも本音というか。増田と似たような経験してるからイメージできるよ
急死の場合は「死ぬほど不調だったんならよく見てれば気付いてやれたのでは」「不調に気付いて病院に連れていけてれば…」みたいに後悔するので、看病の時間がゼロでもつらい。手を尽くせなかったというつらさもある
地球を滅ぼせば死で苦しむ人はいなくなるな。
すごくわかる。いいことも悪いこともいろいろ考えちゃう。何年たっても考えちゃう。でもまあ勝手に後悔するのも相手に悪いかなと開き直っている
ペットもAIロボットに移行した方が楽になれるんじゃないかな
人間も同じだろう。ただ、自分なりの誠意を尽くしたことに増田は後悔はしていないだろう?それでいいんだよ。それが生と死の重み。ハムスターも少しでも長く増田といたかったのさ。
命と向き合うってそういうことだからね……人間も同じだよ
なんか素直で人間らしい気持ちの吐露でいいな。こういうのを抱えて生きていくんだよな。介護疲れとか安楽死とか簡単に割り切れないし正しい答えもないよね。
だからオレはもう動物を飼わない…
仏教の四苦、生老病死に生が入ってるのはものすごい真理を得てると思う。何千年も前から人類が苦しんでるのだから、ある意味これを出発点にするしかないのかも。
ペットの話と同列に扱うと失礼かもしれないが、人の生き死にに近い仕事をしているとそんな感情で押し潰されそうになりそうな時がある。国はその判断を10万円ポッチで押し付けてくる。
現代的な動物福祉の環境だと、「ペットの死=家族の死」だから、メンタル激強人間じゃないと耐えられない。もしくは、死生観に悟り持った人間とか、「人間の死」「動物の死」と整理できる人ならいけるかも。
ある獣医さんに聞いた「ハムスターを持ち込まれるとちょっと辛い」の言葉を思い出す なんか金銭的に葛藤するらしい
ベットを通じて過度な延命治療の問題を知るよね。
人間に敷衍できるメタファー的な切ない話。目の前に苦しむ家族がいた時、介護者の物理的なしんどさと、精神的な逡巡と、死後も解放されない悲しさ/自分の親が配偶者がと考えてみたら、医療改革をどう考えるかよなー
ハムスターは懐いて生活の中でなくてはならない存在になったくらいに寿命が来るのと、多くの場合最後は病気で苦しそうな期間が続くのと、エキゾチックを診られる病院が少ないのとで、愛情深い人ほどおすすめしない。
人間の介護もペットの看取りもだけどやった人しかわからないきつさがあるよね。動物の方がケアマネさんとか訪問看護とかないから全部一人で背負うし…若いうちに調子崩すと大変だったでしょう。でも偉かったですよ。
ハムちゃんは昔飼っていて可愛いけどあっという間に寿命が来るのが辛いからお迎え無理なんだ…今はもうすぐ17才になる犬と暮らしてる。犬猫の方が健康管理や治療もしやすくてそこそこ強くてある意味楽なのかもと思う
私はでも意外と世話にいやな気持ちは少なかったな、病気がもう末期だとわかったとき大泣きしてそれで後悔しないよう腹括ったかも
看病でやれることを何でもしようとするのは、死や死を考えることから逃れるのが目的なんじゃないだろうか。それは欺瞞なのにそこに気付けないから、気持ちがおさまらないのでは。より重んじるべき点があるのでは。
ぶら下がってる追記を読むと身体の半分くらいある腫瘍って…それは見守るの辛かったと思う。自他問わず病は否応なしに自分自身と向き合わせてくる。キツイけどペットからの有難い教え
ハムちゃん……やすらかにでしゅ。おやすみでしゅ。
優しい人なんだとお見受け。できる限りのことをしたんですよ。かなしいねご冥福を。
分かる。「それが辛くて飼えない」って人結構いるよね。意思疎通しやすく犬猫と、そうでなく寿命短いげっ歯類だとどっちが辛いんだろう。
つい最近飼い犬を亡くしたので、結構わかるなー、と思いながら読んだ。またペットを飼ったとしても、全部は埋まらない。でも緩和される部分はあると思う。
よくがんばった。たまにでも良いから元気で楽しかった頃のことを思い出すと良い。意外と辛い記憶は忘れていく。
まあ、人でもペットでも、いろんなことを思うよね。10年以上経ってもモヤモヤし続けたりね。
獣医の口車に乗って最後まで闘病したけど、安楽死させてやれば良かったって今でもずーーーーっと後悔してるよ。ペット自身は治療を理解できないからね。苦痛だけ。無駄な延命は人間側の自己満。猫に謝りたい
飼い主のエゴで病気の猫を生きさせてしまった。もっと早く安楽死させてあげればよかったとずっと後悔してる。でも安楽死させたらさせたで後悔しただろう。自分の決断を肯定するしかない。我々は手を尽くした、はずだ
これがあるからペットは飼わない。
動物好きだけど、病気や死んだときのことがつらすぎて一緒には暮らせない
よく聞くのは、新しいペットを飼って、その後悔を次の子にはしないようにするとかかな。結局長く一緒にいたいというのは自分だけのエゴなのか、相手も同じだったかを正確に確認する術がないことやなぁ。
わたしも小動物飼ってるからいつかそういう日が来るんだろうなって毎秒怖い
介護疲れもこういう心境なのかなぁ。治る見込みのない闘病生活ってどう受け止めたら良いのかわからないな。
シンプルな文だが妙に刺さるな…
ハムスターは2回飼ったことがあるけど、正直どっちがどっちだったか記憶が曖昧になっている。
動物園で見るくらいで済ましとけば良かったのに
『年寄りの親にもおんなじ気持ち』 『食べて供養しないからそうなる』
それが介護疲れだ。