「選択と集中」はクソだということがよく分かりますね→「この政策転換と日本の学術論文数減少には、時系列的な対応関係と因果メカニズムを示唆する複数のエビデンスが存在する」
選択と集中と拡散と多様化はうねりのように繰り返すの
「選択と集中」と言いつつ金を削っている場合、「選択と集中」で悪化したのか金を削ったから悪化したのかをしっかり識別しないとならんのでは。とりわけ大きく削ってみんな配ればあまりに少額になる場合。
まぐれ当たりした研究者に2回目のまぐれ当たりを期待する政策だからな。
全部有名な話。
この前、基礎研究の予算を増やすというニュースが出てた。https://www.asahi.com/articles/ASTDY428GTDYUTFL005M.html 流れは変わりつつあると思いたい。それにしても「選択と集中」路線を固持してるのは誰なんだ。
概ね減税や小さな政府を支持してたのだから自業自得感は有る(それで財政的に益々困窮する政府や官僚の側にも言えるが)。
偶然の要素が大きい事象は多様に育てて勝手に進化させた方がよい。経済もだけどね。大きな金を動かす権力に酔うタイプの人が政府で出世しやすく、日本の成長を阻害しているのでは。過去の財政出動も検証しましょう。
選択と集中とか言いながら非効率で将来性の無い分野に予算垂れ流して競争力を削ぎ続けたのがこの30年だよな
「選択と集中」をやめるのは簡単。肝心なことは「国民の理解」を得るのをやめれば良い。国民は費用対効果だの効率化だのしか理解できないから、全分野でこうやってダメにしてきた。研究だけ例外ってことはない。
そりゃ「選択」できるやつらだろう。そんなものは権力でしかない。権力に都合の良い一見通りの良いフレーズを提供したんだよ、経営学だかなんだかしらんけど
学問とは知的好奇心の追求なので、役に立つかどうかで選択したら堕落するだろうと
選択と集中は、多くの場合失敗するよね。それは当然の事で、全能でも全知でもない人の”選択”が、まず正しくないってことが多いからね
そりゃ「集中」したら論文数は減るだろうし、「選択」が失敗したら質だって落ちるだろう。なぜ「選択」が失敗するかというと、将来の研究結果なんて誰にも予測できないから。「選択」可能と思ってる奴はアホ
論文を増やすには、広く深くだけど、狭く浅くとなる政策をしてしまったから減ったのは当たり前
選択と集中はまず選択すべき事項を中止するまでの行程が大事と言うプロセスを忘れている。
小泉以降の合理化という感じ。市町村合併、非正規雇用の拡大(人的コスト合理化)、植栽桝をスマート化(合理的縮小)すれば、樹は大きくは育たない。次に合理化されるのは社会保障。
選択と集中は駄目だって最初からずっと言われてたのにね。
官僚、政治家、財界「あーあーあー聞こえないー」
デフレと緊縮は国の全てを破壊する。
イグノーベル賞を受賞しなくなったら終わりだろうな
「20年間で失われた研究基盤と人材を回復するには、基盤的経費の実質的拡充と若手研究者の安定雇用確保が不可欠である」
選択と集中は政治経済から起こった自然発生的な方針なので止めようがなかったかもしれないけど、それにしてもディスプレイ全ツッパと半導体切り離しは致命的にセンスなかったな
これに関してはアカデミアと財務省を批判してください。歴代の政権は科学予算を削減し続けた。高市政権でようやく増額されたのだから。
“この政策転換と日本の学術論文数減少には、時系列的な対応関係と因果メカニズムを示唆する複数のエビデンスが存在する。”
選択と集中(笑)の失敗がデータで殴られてて草。国力衰退の記録簿だな
「選択と集中」政策と日本の論文数減少:因果推論研究の体系的レビュー|Education Policy Actavista
「選択と集中」はクソだということがよく分かりますね→「この政策転換と日本の学術論文数減少には、時系列的な対応関係と因果メカニズムを示唆する複数のエビデンスが存在する」
選択と集中と拡散と多様化はうねりのように繰り返すの
「選択と集中」と言いつつ金を削っている場合、「選択と集中」で悪化したのか金を削ったから悪化したのかをしっかり識別しないとならんのでは。とりわけ大きく削ってみんな配ればあまりに少額になる場合。
まぐれ当たりした研究者に2回目のまぐれ当たりを期待する政策だからな。
全部有名な話。
この前、基礎研究の予算を増やすというニュースが出てた。https://www.asahi.com/articles/ASTDY428GTDYUTFL005M.html 流れは変わりつつあると思いたい。それにしても「選択と集中」路線を固持してるのは誰なんだ。
概ね減税や小さな政府を支持してたのだから自業自得感は有る(それで財政的に益々困窮する政府や官僚の側にも言えるが)。
偶然の要素が大きい事象は多様に育てて勝手に進化させた方がよい。経済もだけどね。大きな金を動かす権力に酔うタイプの人が政府で出世しやすく、日本の成長を阻害しているのでは。過去の財政出動も検証しましょう。
選択と集中とか言いながら非効率で将来性の無い分野に予算垂れ流して競争力を削ぎ続けたのがこの30年だよな
「選択と集中」をやめるのは簡単。肝心なことは「国民の理解」を得るのをやめれば良い。国民は費用対効果だの効率化だのしか理解できないから、全分野でこうやってダメにしてきた。研究だけ例外ってことはない。
そりゃ「選択」できるやつらだろう。そんなものは権力でしかない。権力に都合の良い一見通りの良いフレーズを提供したんだよ、経営学だかなんだかしらんけど
学問とは知的好奇心の追求なので、役に立つかどうかで選択したら堕落するだろうと
選択と集中は、多くの場合失敗するよね。それは当然の事で、全能でも全知でもない人の”選択”が、まず正しくないってことが多いからね
そりゃ「集中」したら論文数は減るだろうし、「選択」が失敗したら質だって落ちるだろう。なぜ「選択」が失敗するかというと、将来の研究結果なんて誰にも予測できないから。「選択」可能と思ってる奴はアホ
論文を増やすには、広く深くだけど、狭く浅くとなる政策をしてしまったから減ったのは当たり前
選択と集中はまず選択すべき事項を中止するまでの行程が大事と言うプロセスを忘れている。
小泉以降の合理化という感じ。市町村合併、非正規雇用の拡大(人的コスト合理化)、植栽桝をスマート化(合理的縮小)すれば、樹は大きくは育たない。次に合理化されるのは社会保障。
選択と集中は駄目だって最初からずっと言われてたのにね。
官僚、政治家、財界「あーあーあー聞こえないー」
デフレと緊縮は国の全てを破壊する。
イグノーベル賞を受賞しなくなったら終わりだろうな
「20年間で失われた研究基盤と人材を回復するには、基盤的経費の実質的拡充と若手研究者の安定雇用確保が不可欠である」
選択と集中は政治経済から起こった自然発生的な方針なので止めようがなかったかもしれないけど、それにしてもディスプレイ全ツッパと半導体切り離しは致命的にセンスなかったな
これに関してはアカデミアと財務省を批判してください。歴代の政権は科学予算を削減し続けた。高市政権でようやく増額されたのだから。
“この政策転換と日本の学術論文数減少には、時系列的な対応関係と因果メカニズムを示唆する複数のエビデンスが存在する。”
選択と集中(笑)の失敗がデータで殴られてて草。国力衰退の記録簿だな