他人から当時を見たら「しっかりした子ども」なんだろうけどね〜。周りから求められてやったことが性格に影響して、ありのままがわからなくなることある…。「お客さんなんで、もてなされます〜」とか思いたいね…。
いや金払ってもないのにお客様扱いされて座ってるのは誰でも居心地わりーよ。いちいちくだんねえことで自己憐憫に浸ろうとするその不潔な性格の方こそ真剣に叩き直しした方がいいよ。
(あれは「レベル上げで積んだスペックとか清潔っぽさは打算」という男子は「清潔は打算!」という不潔女子を選ぶか?いうハナシで、「気配り体質」は反フェミ的かもしれないけどそれを愛するヒトも(汗/【訂正】
子供の頃に両親からの愛情を享受した自覚はあるけど、アラフォー過ぎたら、帰ってきて介護しろ!の連呼だからね。キブ一方通行の人生なんて基本ないのよ。
そんな欲求は実家に帰って満たしなさい。
うちの息子娘が友人宅のパーティでドヤ顔でスプーン、フォーク両手持ちしてまだかまだかムーブしてたら、お前失礼ってキレるけど/何?令和日本ってそんな感じ?なのってビックリ案件(店でご馳走様声掛けは不要とか)
葬式の時、皆が口々に喪主はどーんと座ってろと言われ、それじゃ……本当にどーんと座ったら、後で「何様のつもり?」と陰口叩かれた事を知り、ほんのちょっと人間不信陥ったし、この手の空気読むのは本当に難しい
ええ…それとこれとは話が別でしょ。手伝わんくても食卓についていいのは乳幼児の間だけだよ家は。配膳下膳なんて当たり前。それとありのままは別の話でしょ。きょうだい間で差があったとかなら別だけど。
姫とか殿みたいな気分でいればいいんだよ。たまには(´・_・`)
「お邪魔してるからそのぐらい手伝いたくって〜」ぐらいの話に長女ってワードを出して自分でフタを開けてしまったのかなと想像。
私は普通のお店に行ってもお前みたいなのがうちの店にくるなオーラを出されるので、身内のまかない時間みたいなやつに混ざっていいって言われてる時点ですごい受け入れられてると思う。
ネガティブな炭治郎
家事の影響、自己肯定感の迷宮。愛と期待のバランスは難解ですわね。
トップブコメが辛辣すぎて笑ってしまった
自己肯定できる人はね、こうやって率先して行動できる私って気遣いと優しさに溢れててすごいって思考回路だよ。ありのままを受け入れるってのは自分の人生を肯定することだよ。
大変ですね。
それはしっかりとした良識を備えたお嬢さんで、よいご両親のもと育ちましたね
小学生だと昔から「おうちのお手伝いをしましょう」って連絡が学校からくるんじゃないかな。今でもそうですよ/妻を見てると手伝ってもらうと喜んでるし娘も笑っている
そういうの何も無いが「親は親だから自分を愛してるのであって自分がよその子だったら勿論愛してはくれない、これだって条件付きの愛でしかない」と思春期に感じていた。
子育て中の親目線からすると、手伝いしないのをありのままとして認めろとかふざけんなと思う。どちらかといえばそういう場で働けるよう育ててくれた親御さんに感謝する話では…?
さすがに書いてない何かがあっての考えだろう。じゃないと長男だから分かると言ったお店の人も家事労働しないと居場所がなかったありのままでは受け入れられなかった子に何故かされてしまい、ふぁ?!ってなる。
増田の趣旨と異なるけど、お客さん状態で育った子はよそで気が利かなくてこまったりしないんだろうか(うちの母もスンナ派で、かなり大人になるまで自分で出来なくて困った)
俺の母親は子供の家事が完璧じゃないと腹立つから余計なことスンナ派だったので食卓に座して飯を待つ身分だった。でも他所では配膳とか手伝う程度の気遣いは涵養できたので何でも生い立ちのせいにしてたら始まらん。
本当トップコメどんだけマッチョだよ。自己憐憫は多分インナーチャイルドを癒せばいいはずです。検索して図書館でそんなこと書いてあるスピ系書籍探してワークをやってみては。自分でやるから金かからないよ
不完全なりに生きてきて、生きてこれて、その時その時を踏ん張ったわけじゃん。背景にどんな気持ちがあって、努力があったかなんて他人はわかんない。だから、一番わかってる自分がそれだけは認めてあげないと。
自己憐憫?不潔な性格??ブコメ何言ってるか全くわからないしなんか増田も受け入れちゃってる(自己否定が強い人ほどそうなる)しなんなのもう こういうのを頭ごなしに否定する方がよほど問題のある態度だと思うんだ
家事労働を「してしまう」のがありのままじゃん。ほんとは何にもせずに踏ん反り返っていたいけどしょうがなくやってる…って風には読めなかったけど。
「お言葉に甘えます」って笑顔で(重要)言う練習だな。もしくは「ご馳走になってるだけは申し訳ない」と言葉にする。お返ししたければして反応を伺う。全部経験として学習する。トップコメは意味不明なので無視
いや「何かしてもらったからしてあげたい」って気持ちをそんなネガティブに感じなくても良いだろ
じゃあ次は象のパパを目指すといいよね(そういうことじゃないよ)
承認する人は承認される人。受け入れられたいなら、あなたも他の人や自分の置かれてる環境・状況をそのまま受け入れてあげてね。類は友を呼ぶ。
自己肯定感高い方だけど、そのシチュエーションだったら私もお手伝いしたいな。まあ、私の想像が及ばないだけで、きっと増田は食事シーン以外でも不安を感じるような場面が多かったんだろう。
手伝いをしようと思うことと、しなければならないしなければ居られないと思うことは別なのでは。自分のあり方を自分で自由に選べることが自己肯定感かもしれん。
大本の記事のありのまま受け入れられたいを「努力せずに」を前提として読んだわけだ。そこが全然違うんだがな。何を努力しようが受け入れられないのが弱者男性。皿をかたずけても空気。存在自体が無
ありのままを受け入れてもらえないと感じる人って甘えられない人なのかなぁ。元増田は知らんけどこの増田はそんな感じした
よくわからんが両親から「お前は無能だ」「長女の役割は家事手伝いだ」とか言われ続けたのかな。
お金払える日にもっと来ることで恩返ししよう、とか、今度差し入れ持って行こう、とか、別の形で返すといいよ。自己肯定感の低さは、努力で変えていける。気づいてるなら認知の歪みは治せるから頑張れ
子供の頃に親を喜ばせた行動が、大人になっても無意識に出るってことはある。それは最早その人の性格そのものだよ。だから否定したり直そうとしたりしないで、ただ「そうなんだね」と静かに見つめてやってほしい。
「ブツブツ言ってないでさっさと箸だしぃや!家の手伝いもできん子のありのままなんて刺身のツマにもならんで!」増田のかあちゃんがこんな感じだったら面白いなぁ/アリのママなら猪木はパパだ~その日は朝から夜だ
ありのままを受け入れたいと思わないのでありのままを受け入れられたいとも思わない
まかないに誘われたなら、十分認められているし、そこで配膳手伝うのは当たり前に思うけど。それをきっかけに、辛い過去が思い起こされただけで、今回の出来事は関係ないよね。
役割があると安心できるのがありのままの今の自分…じゃだめなのだろうか。「周りにありのままを受け入れてもらう」ではなく「今の自分自身のありのままを受け入れる」のほうが増田は楽になれそうな気がする
イマジナリー妹が出てこなくて驚いた
普通の飲食店でも、自分は何もしてないのに注文して食べて出てくるって気まずく感じない?家でカップ麺のほうが気楽に感じてしまう。
しろありのままはおうちにいれてはいけません
“私は家事労働という条件を満たさないと居場所がない、ありのままでは受け入れられない子供だったんだな」” 気づいたから、次の一歩を出せるし何とかなる。親に振り向いてほしくて必死な自分が、まだ中にいるのよ
まず増田自身が自分をありのまま肯定して受け入れよう
私は油断すると何もしないまま座っていてしまいがちだが、そんなやつテイカーおぢとしてコミュニティから排斥されるだけだし、自然に貢献できるマインドの方がいいと思うぞ。ありのままなのは一人の時だけでいい。
窓際族はありのままを受入られていてうらやましいって思わないなら、何もしてないと人目が気になるメンタル吹き飛ばしたいってかんじかな?結構難しくない?きっと長女だからじゃないよ。今のままでいいんじゃない?
長男長女でなくてもそのシチュエーションなら、なんか手伝いましょうか?となりそうだし、その事を自己肯定感に結びつけないよ。
「ただご馳走になるのは申し訳ない、少しでも手伝いたい」は立派で良い育ちをされているのでそのままの自分を認めてあげて欲しい。
これ手伝いが当たり前な家庭だけでなく、それが褒められる家庭で育っても同じ状況に陥ると思うのだけど、その心境が違うのかな。それとも額面通り受け取れないのが悪いのか、陰口社会が悪いのか。不思議な感覚。
単純に人の好意を「ありがとうございます」と素直に受け取る経験が足りない。自分もそう。自分みたいな者に骨を折ってくれてすみませんという気持ちにはならないようにしないと
周りが納得する・しない、受け入れる・難色を示すかどうかにかかわらず、自分は生きている限りこの世に自分が存在するという役割を果たしている。それ以上はその場その場の余裕と気分次第
個人的には、なかなか優しい感性で素直に感心したなぁ。否定されすぎるほどのものではないが、無償の愛の欲求に溺れる感覚を味わう。承認されたい、しあいたいね。乳幼児だけじゃないよ、大人の夫婦でもそうだよ。
「言っちゃ悪いがお前さん、自意識過剰なんだよ」的なことを言う人ほど、実は自分が恵まれていることに無自覚というパラドックスもある。
おおきくなってからは、じぶんをいやすのは自分しかいないんだよね。(´-`)っ"自分の親に読んで欲しかった本"
増田の論点は「この状況で手伝うべきか」ではなく「手伝わなくて良いと言われてもなお居心地悪く感じてしまう」ということだよね。確かに幼少期の経験由来の可能性が高そう。メタ認知できた時点で克服は近い気が。
手伝わなくてよいと言われても居心地悪いって普通じゃないの?長女だからも?だしよくわからない。
子供には可能な限り手伝いさせてるけど、それはありのままを受け入れてないからではなく、家事を誰かが担ってくれているからこそ自分たちが生活できているという感謝の気持ちを持つ人間になって欲しいから。
家事労働という条件?誰しもその属する組織に貢献しないと居場所はないで。国、チーム、家庭どれも同じ。貢献は目に見えないもの、お金じゃないもの、ムードメーカー、いろいろあるけど、動物の世界でも。
わたしもなんかしないと落ち着かない
長女にありがちなアダルトチルドレンか。わかる。
ありのままを受け入れられたい
他人から当時を見たら「しっかりした子ども」なんだろうけどね〜。周りから求められてやったことが性格に影響して、ありのままがわからなくなることある…。「お客さんなんで、もてなされます〜」とか思いたいね…。
いや金払ってもないのにお客様扱いされて座ってるのは誰でも居心地わりーよ。いちいちくだんねえことで自己憐憫に浸ろうとするその不潔な性格の方こそ真剣に叩き直しした方がいいよ。
(あれは「レベル上げで積んだスペックとか清潔っぽさは打算」という男子は「清潔は打算!」という不潔女子を選ぶか?いうハナシで、「気配り体質」は反フェミ的かもしれないけどそれを愛するヒトも(汗/【訂正】
子供の頃に両親からの愛情を享受した自覚はあるけど、アラフォー過ぎたら、帰ってきて介護しろ!の連呼だからね。キブ一方通行の人生なんて基本ないのよ。
そんな欲求は実家に帰って満たしなさい。
うちの息子娘が友人宅のパーティでドヤ顔でスプーン、フォーク両手持ちしてまだかまだかムーブしてたら、お前失礼ってキレるけど/何?令和日本ってそんな感じ?なのってビックリ案件(店でご馳走様声掛けは不要とか)
葬式の時、皆が口々に喪主はどーんと座ってろと言われ、それじゃ……本当にどーんと座ったら、後で「何様のつもり?」と陰口叩かれた事を知り、ほんのちょっと人間不信陥ったし、この手の空気読むのは本当に難しい
ええ…それとこれとは話が別でしょ。手伝わんくても食卓についていいのは乳幼児の間だけだよ家は。配膳下膳なんて当たり前。それとありのままは別の話でしょ。きょうだい間で差があったとかなら別だけど。
姫とか殿みたいな気分でいればいいんだよ。たまには(´・_・`)
「お邪魔してるからそのぐらい手伝いたくって〜」ぐらいの話に長女ってワードを出して自分でフタを開けてしまったのかなと想像。
私は普通のお店に行ってもお前みたいなのがうちの店にくるなオーラを出されるので、身内のまかない時間みたいなやつに混ざっていいって言われてる時点ですごい受け入れられてると思う。
ネガティブな炭治郎
家事の影響、自己肯定感の迷宮。愛と期待のバランスは難解ですわね。
トップブコメが辛辣すぎて笑ってしまった
自己肯定できる人はね、こうやって率先して行動できる私って気遣いと優しさに溢れててすごいって思考回路だよ。ありのままを受け入れるってのは自分の人生を肯定することだよ。
大変ですね。
それはしっかりとした良識を備えたお嬢さんで、よいご両親のもと育ちましたね
小学生だと昔から「おうちのお手伝いをしましょう」って連絡が学校からくるんじゃないかな。今でもそうですよ/妻を見てると手伝ってもらうと喜んでるし娘も笑っている
そういうの何も無いが「親は親だから自分を愛してるのであって自分がよその子だったら勿論愛してはくれない、これだって条件付きの愛でしかない」と思春期に感じていた。
子育て中の親目線からすると、手伝いしないのをありのままとして認めろとかふざけんなと思う。どちらかといえばそういう場で働けるよう育ててくれた親御さんに感謝する話では…?
さすがに書いてない何かがあっての考えだろう。じゃないと長男だから分かると言ったお店の人も家事労働しないと居場所がなかったありのままでは受け入れられなかった子に何故かされてしまい、ふぁ?!ってなる。
増田の趣旨と異なるけど、お客さん状態で育った子はよそで気が利かなくてこまったりしないんだろうか(うちの母もスンナ派で、かなり大人になるまで自分で出来なくて困った)
俺の母親は子供の家事が完璧じゃないと腹立つから余計なことスンナ派だったので食卓に座して飯を待つ身分だった。でも他所では配膳とか手伝う程度の気遣いは涵養できたので何でも生い立ちのせいにしてたら始まらん。
本当トップコメどんだけマッチョだよ。自己憐憫は多分インナーチャイルドを癒せばいいはずです。検索して図書館でそんなこと書いてあるスピ系書籍探してワークをやってみては。自分でやるから金かからないよ
不完全なりに生きてきて、生きてこれて、その時その時を踏ん張ったわけじゃん。背景にどんな気持ちがあって、努力があったかなんて他人はわかんない。だから、一番わかってる自分がそれだけは認めてあげないと。
自己憐憫?不潔な性格??ブコメ何言ってるか全くわからないしなんか増田も受け入れちゃってる(自己否定が強い人ほどそうなる)しなんなのもう こういうのを頭ごなしに否定する方がよほど問題のある態度だと思うんだ
家事労働を「してしまう」のがありのままじゃん。ほんとは何にもせずに踏ん反り返っていたいけどしょうがなくやってる…って風には読めなかったけど。
「お言葉に甘えます」って笑顔で(重要)言う練習だな。もしくは「ご馳走になってるだけは申し訳ない」と言葉にする。お返ししたければして反応を伺う。全部経験として学習する。トップコメは意味不明なので無視
いや「何かしてもらったからしてあげたい」って気持ちをそんなネガティブに感じなくても良いだろ
じゃあ次は象のパパを目指すといいよね(そういうことじゃないよ)
承認する人は承認される人。受け入れられたいなら、あなたも他の人や自分の置かれてる環境・状況をそのまま受け入れてあげてね。類は友を呼ぶ。
自己肯定感高い方だけど、そのシチュエーションだったら私もお手伝いしたいな。まあ、私の想像が及ばないだけで、きっと増田は食事シーン以外でも不安を感じるような場面が多かったんだろう。
手伝いをしようと思うことと、しなければならないしなければ居られないと思うことは別なのでは。自分のあり方を自分で自由に選べることが自己肯定感かもしれん。
大本の記事のありのまま受け入れられたいを「努力せずに」を前提として読んだわけだ。そこが全然違うんだがな。何を努力しようが受け入れられないのが弱者男性。皿をかたずけても空気。存在自体が無
ありのままを受け入れてもらえないと感じる人って甘えられない人なのかなぁ。元増田は知らんけどこの増田はそんな感じした
よくわからんが両親から「お前は無能だ」「長女の役割は家事手伝いだ」とか言われ続けたのかな。
お金払える日にもっと来ることで恩返ししよう、とか、今度差し入れ持って行こう、とか、別の形で返すといいよ。自己肯定感の低さは、努力で変えていける。気づいてるなら認知の歪みは治せるから頑張れ
子供の頃に親を喜ばせた行動が、大人になっても無意識に出るってことはある。それは最早その人の性格そのものだよ。だから否定したり直そうとしたりしないで、ただ「そうなんだね」と静かに見つめてやってほしい。
「ブツブツ言ってないでさっさと箸だしぃや!家の手伝いもできん子のありのままなんて刺身のツマにもならんで!」増田のかあちゃんがこんな感じだったら面白いなぁ/アリのママなら猪木はパパだ~その日は朝から夜だ
ありのままを受け入れたいと思わないのでありのままを受け入れられたいとも思わない
まかないに誘われたなら、十分認められているし、そこで配膳手伝うのは当たり前に思うけど。それをきっかけに、辛い過去が思い起こされただけで、今回の出来事は関係ないよね。
役割があると安心できるのがありのままの今の自分…じゃだめなのだろうか。「周りにありのままを受け入れてもらう」ではなく「今の自分自身のありのままを受け入れる」のほうが増田は楽になれそうな気がする
イマジナリー妹が出てこなくて驚いた
普通の飲食店でも、自分は何もしてないのに注文して食べて出てくるって気まずく感じない?家でカップ麺のほうが気楽に感じてしまう。
しろありのままはおうちにいれてはいけません
“私は家事労働という条件を満たさないと居場所がない、ありのままでは受け入れられない子供だったんだな」” 気づいたから、次の一歩を出せるし何とかなる。親に振り向いてほしくて必死な自分が、まだ中にいるのよ
まず増田自身が自分をありのまま肯定して受け入れよう
私は油断すると何もしないまま座っていてしまいがちだが、そんなやつテイカーおぢとしてコミュニティから排斥されるだけだし、自然に貢献できるマインドの方がいいと思うぞ。ありのままなのは一人の時だけでいい。
窓際族はありのままを受入られていてうらやましいって思わないなら、何もしてないと人目が気になるメンタル吹き飛ばしたいってかんじかな?結構難しくない?きっと長女だからじゃないよ。今のままでいいんじゃない?
長男長女でなくてもそのシチュエーションなら、なんか手伝いましょうか?となりそうだし、その事を自己肯定感に結びつけないよ。
「ただご馳走になるのは申し訳ない、少しでも手伝いたい」は立派で良い育ちをされているのでそのままの自分を認めてあげて欲しい。
これ手伝いが当たり前な家庭だけでなく、それが褒められる家庭で育っても同じ状況に陥ると思うのだけど、その心境が違うのかな。それとも額面通り受け取れないのが悪いのか、陰口社会が悪いのか。不思議な感覚。
単純に人の好意を「ありがとうございます」と素直に受け取る経験が足りない。自分もそう。自分みたいな者に骨を折ってくれてすみませんという気持ちにはならないようにしないと
周りが納得する・しない、受け入れる・難色を示すかどうかにかかわらず、自分は生きている限りこの世に自分が存在するという役割を果たしている。それ以上はその場その場の余裕と気分次第
個人的には、なかなか優しい感性で素直に感心したなぁ。否定されすぎるほどのものではないが、無償の愛の欲求に溺れる感覚を味わう。承認されたい、しあいたいね。乳幼児だけじゃないよ、大人の夫婦でもそうだよ。
「言っちゃ悪いがお前さん、自意識過剰なんだよ」的なことを言う人ほど、実は自分が恵まれていることに無自覚というパラドックスもある。
おおきくなってからは、じぶんをいやすのは自分しかいないんだよね。(´-`)っ"自分の親に読んで欲しかった本"
増田の論点は「この状況で手伝うべきか」ではなく「手伝わなくて良いと言われてもなお居心地悪く感じてしまう」ということだよね。確かに幼少期の経験由来の可能性が高そう。メタ認知できた時点で克服は近い気が。
手伝わなくてよいと言われても居心地悪いって普通じゃないの?長女だからも?だしよくわからない。
子供には可能な限り手伝いさせてるけど、それはありのままを受け入れてないからではなく、家事を誰かが担ってくれているからこそ自分たちが生活できているという感謝の気持ちを持つ人間になって欲しいから。
家事労働という条件?誰しもその属する組織に貢献しないと居場所はないで。国、チーム、家庭どれも同じ。貢献は目に見えないもの、お金じゃないもの、ムードメーカー、いろいろあるけど、動物の世界でも。
わたしもなんかしないと落ち着かない
長女にありがちなアダルトチルドレンか。わかる。