枝川いいよ枝川
当時はみんなそうだったのかもしれないが、たくましい街だね
三河島はずっと旧三河島汚水処分場喞筒場施設見学に行きたいと思いつつそのままになってるんだよな。
僕が新入社員くらいの頃までは、なぜかこの辺に行きつけの焼肉屋を持ってる先輩が何人もいた
「「牛や豚などの肉を卸したあとに出る内臓とか尻尾、耳などは、当時の日本人にとっては不要物でした。これが在日韓国人には貴重な食材だったわけです」」これは偽史で昔から多くの場合、日本人は内臓を捨ててない
ずっと大阪の鶴橋だと思ってたけど違うんだな。
知らない歴史だ "三河島に住む在日韓国人は済州島にルーツを持つ人が多いんです。中でも高内里村の出身者は突出しています。呉斗萬という人物がきっかけ。この人が高内里の出身で今から110年ほど前にやってきた"
荒川区の三河島地区の話。済州島出身者がほとんどというのは大阪の在日コリアンでも同様だったはず。
「内臓とか(略)は日本人にとっては不要物」は不要と言うより販路の話。畜肉を食べるのはごく一部だったが明治になり大量に出て日持ちしない内臓を持て余した。現在も畜肉でもマグロでも大量に出るアラは余ってる。
ここのキムチめっちゃおいしいよ
一昔前に常磐線で三河島あたりで動物の鞣した革が大量に干されてる光景が日常的にあったのだが今もあるのだろうか
三河島かと思ったらそうだった。昔、犬鍋を食べに行ったことがある。犬鍋は山羊鍋に似てる味。部位にもよるだろうけど、繊維質で少し食べにくい。
埼玉のどこかもなんとかタウンが出来つつあるのでは もう出来上がってるのかもしれんが
へー。日本焼肉物語には三河島の事は多分書いてなかったな。峡田で「はけた」と読むのか。
明治で余ったとか、現在でも余ってるとか言ってるが輩はどこの異世界から来たのか?食肉解禁でも共に食され今も昔も可食なものは100%消費 https://www.ajmic.or.jp/oniclub/book/chikusanhukuseibutsu_chisiki.pdf 大量に輸入してるんだが
見出しがプレジデント化する東洋経済。
「ホルモン=放るもん」みたいな説、諸説ある中での根拠の無い1つだよね。日本人が当時の在日コリアンに捨てるモノを放って与えたみたいな差別文脈で語られがち。
済州サバイバー達が築いた街だから、済州マッコリとか済州産ワカメとか売ってるよね。
三河島駅、たまに使うけど知らなかった。ホームが狭くて怖い。大きな事故があって複々線化のきっかけになったとか。
西日本では屠畜を生業ととする被差別部落での食材だった内臓が東日本では「不要」だったとは思えない。流通ルートがなかったの意?/「ホルモン=ほうるもん」説は昭和50年ごろの詩人の作品から広まったらしい。
「東京都荒川区にある三河島駅周辺」「三河島菜」
ひとまず俺のが知ってるのは。新大久保は歴史的に浅いからね。
“「弊社は、どちらかというと本業は食肉なんですよ」と話す...豚足にも「うちは豚足は前足しか使いません」というこだわりがある”なんでや後ろ足には後ろ足の良いところあるやんけ!
新大久保でも東上野でもない…日本人が捨てた内臓や尻尾をホルモンに変えた「都内最古のコリアンタウン」 の正体
枝川いいよ枝川
当時はみんなそうだったのかもしれないが、たくましい街だね
三河島はずっと旧三河島汚水処分場喞筒場施設見学に行きたいと思いつつそのままになってるんだよな。
僕が新入社員くらいの頃までは、なぜかこの辺に行きつけの焼肉屋を持ってる先輩が何人もいた
「「牛や豚などの肉を卸したあとに出る内臓とか尻尾、耳などは、当時の日本人にとっては不要物でした。これが在日韓国人には貴重な食材だったわけです」」これは偽史で昔から多くの場合、日本人は内臓を捨ててない
ずっと大阪の鶴橋だと思ってたけど違うんだな。
知らない歴史だ "三河島に住む在日韓国人は済州島にルーツを持つ人が多いんです。中でも高内里村の出身者は突出しています。呉斗萬という人物がきっかけ。この人が高内里の出身で今から110年ほど前にやってきた"
荒川区の三河島地区の話。済州島出身者がほとんどというのは大阪の在日コリアンでも同様だったはず。
「内臓とか(略)は日本人にとっては不要物」は不要と言うより販路の話。畜肉を食べるのはごく一部だったが明治になり大量に出て日持ちしない内臓を持て余した。現在も畜肉でもマグロでも大量に出るアラは余ってる。
ここのキムチめっちゃおいしいよ
一昔前に常磐線で三河島あたりで動物の鞣した革が大量に干されてる光景が日常的にあったのだが今もあるのだろうか
三河島かと思ったらそうだった。昔、犬鍋を食べに行ったことがある。犬鍋は山羊鍋に似てる味。部位にもよるだろうけど、繊維質で少し食べにくい。
埼玉のどこかもなんとかタウンが出来つつあるのでは もう出来上がってるのかもしれんが
へー。日本焼肉物語には三河島の事は多分書いてなかったな。峡田で「はけた」と読むのか。
明治で余ったとか、現在でも余ってるとか言ってるが輩はどこの異世界から来たのか?食肉解禁でも共に食され今も昔も可食なものは100%消費 https://www.ajmic.or.jp/oniclub/book/chikusanhukuseibutsu_chisiki.pdf 大量に輸入してるんだが
見出しがプレジデント化する東洋経済。
「ホルモン=放るもん」みたいな説、諸説ある中での根拠の無い1つだよね。日本人が当時の在日コリアンに捨てるモノを放って与えたみたいな差別文脈で語られがち。
済州サバイバー達が築いた街だから、済州マッコリとか済州産ワカメとか売ってるよね。
三河島駅、たまに使うけど知らなかった。ホームが狭くて怖い。大きな事故があって複々線化のきっかけになったとか。
西日本では屠畜を生業ととする被差別部落での食材だった内臓が東日本では「不要」だったとは思えない。流通ルートがなかったの意?/「ホルモン=ほうるもん」説は昭和50年ごろの詩人の作品から広まったらしい。
「東京都荒川区にある三河島駅周辺」「三河島菜」
ひとまず俺のが知ってるのは。新大久保は歴史的に浅いからね。
“「弊社は、どちらかというと本業は食肉なんですよ」と話す...豚足にも「うちは豚足は前足しか使いません」というこだわりがある”なんでや後ろ足には後ろ足の良いところあるやんけ!