たしかに初めてみたときはびっくりしたなあ、あのデザイン ミャクミャクとかもそうだけど結局は慣れよね
「せんとくんのデザインの由来は、頭に鹿の角を生やした『鹿茸童子』です。日本にはかつて、『童子』と呼ばれる身分がありました。大人になっても元結いやまげを結わず、力仕事や汚れ仕事に従事する者たちです」
このライター氏は「先生」をお釈迦様に仕立てているのかなあと思いながら読んだけど最後のページの幼子キリストとの共通性を述べたところでなんとなく文章構成の意図が分かった。
童子シリーズは奈良以外にもちょこちょこあるよね。東京にもある。個人的にはわりと好き。
まんとくんの方が好き
「よく見れば可愛い」系のパイオニア
すっかり慣れちゃったな。当初はやっぱりびっくりしたけど作者の他作品を見て納得してた気がする
“『真』『善』『美』という3つの価値観があるでしょう? これらは全く違う価値観で、一緒くたにしちゃいけないんです。”
http://gaha0.blog59.fc2.com/blog-entry-823.html が面白かった
ひこにゃんが大成功したからそのギャップで余計にキモがられたんかな
奈良っぽさはあって嫌いじゃないけどな。好きとは言ってない。
坊さんみたいな返しだなと思った。
"実際は『別に反対していない、放っておきなさい』""個人の感情と、社会的善悪は別物""人を育てるってことは、文化をつなぐってこと"/5ページ目の冒頭も。/昔こんな記事もあった:https://dot.asahi.com/articles/-/124024
真善美をいっしょくたにしてはいけない、というお言葉がもんのすごく響いた。自己流でこれを一緒くたにしてる人が確かに現代には山ほどいる
「つらくないんですか?」「みなさん、こんなことを考えているんだなあと思うだけです」 ←マインドフルネス
夜見たら確実にチビる事で有名だったせんとさんも今やしっかりマスコットである。ミャクミャク様もあの素っ頓狂な声を聞かないままなら気持ち悪いで終わってたやもしれん。
「先生の世界観が当初これほど反発を受けたのは、なぜだと思いますか?」などものすごく失礼なインタビュアーだな/せんとくんは最初から好きだった。反発はゆるキャラの流れに乗らなかったからか
"ここまで相手の内面に踏み込めなかった取材は初めてかもしれない。"手のひらの上にいることすら気付かない孫悟空じゃん。記事の構成決めてかかり過ぎるからこうなるのでは。
質問に真正面から向き合わずはぐらかし続けてる。インタビュアはそこに神秘性や深遠さを見いだしてるが、それは自己保身由来の感情よね。誰かこの単純接触効果が生んだ一発屋に、王様はハダカだと言ってやれよ。
ツノをプレゼントして差し上げて。
不朽のキャラクターの爆誕を目撃したのだな。僕たちは。ただ、ゆるキャラでは"絶対"ないw
私は未だに好きではないけど、考えてみるとキューピー人形とかも苦手なので私の性質なのかもしれないなーと今さら気づきました。子供は好きだしミャクミャクも一目見たときから好きだったんですけどね。不思議。
「周りはこう言ってました」で記者自身の言葉を使ってなかったりほしい言葉が出なかった事を「意外」というタイトルにしてみたり、そもそも作品ではなくて批判の取材という点も含めて相当失礼な内容に読めてしまった
自分が好きじゃないって話とみんなが好きじゃないって話は違うしな。not for meであることを宣言するだけでいい。思えばこれもキャンセルカルチャーだったな。
今になってみると、味がある、と言えなくもない
かわいくなくても定着したら慣れるもんなんだな。
当時の「ご意見」を読むと、本気で嫌われていたことが分かる。それはさておき、この系統の「ゆるキャラ(ゆるくないキャラ?)」はその後はあまり引き継がれなかった感。ミャクミャクも漫画調だし。
いい記事だなぁ
未だに「かわいくない」し「気持ち悪い」と思ってるけど、自分は奈良県民じゃないし、話題にならなくなったから言及しなくなっただけ
インタビューする相手の事を何も調べずに取材に行ったんだろうか。先生からしたら記者の欲しがってる答えが見え見えだったんじゃないかなぁ。
「私たちは、せんとくんの背後にある日本文化の文脈を、すぐには読み取れなかった」←そういう必要があること自体が広報キャラとして不適だと思うわ
川崎大師のひらまくんはかわいくはないけど気持ちは悪くない。髪の毛あるだけで印象違うのかな?
懐かしい。当時見てた。淡々と、一見はぐらかしているようで誠実に本質を突いて回答する様にネット民が感心していたのをおぼえてる。記者は準備不足だけど氏のそういうところがよく伝わる記事に仕上がってる。
「もう昔の話ですし、蒸し返すのはやめましょうか」つらくなかった、を真には受けられないな。記者も分かってはいるだろうが。/ ↓一見「不適」だからこそ、人々の記憶に残っているのだろう。
ツッコミどころのあるデザインと炎上してからのデザイナーの誠実な態度がこのキャラクターの位置を決めた印象がある。質問にも十分答えているが仏教思想が濃厚な回答なので相手が理解できていないのだろう。
「みなさん、『私はこれが嫌いだ。だから美しくなく、キャラクターとして不適切』と、価値観をごちゃまぜにしてしまってるんです」「個人の感情と、社会的善悪は別物です。」これほんと大事
未だに好きになれないし、気持ち悪い。
ブコメにある一発屋って籔内さんに対して言ってる?好悪はともかくそこは間違ってますよ!元々彫刻家、かつ籔内佐斗司の元々の作風まんま出てきた。ゆるキャラらしくないから驚かれた当時。
取材対象者でなく、インタビュアーの方が悪目立ちしてる。
良い取材だと思う。宗教家のような達観した信念を持っている方だから誹謗中傷に対し同じ土俵には降りなかったという答え。違和感のあるデザインで気持ち悪いという印象も正直で、芸術とはそれでいいとも思う。
角付いてるのがなんか…キメラ感あってキモイ。でも角以外は良キャラだと思う。あと、顔だけポンと置くの怖いから止めて
気持ち悪いと思っているけど、以前のように目につかないしどうでもいい。
今でもせんとくんもミャクミャクも気持ち悪いです。
僧籍がある父は、角は鬼をあわらし、何考えてるんだとかいって怒っていたな。
"籔内氏はそれに対し、一通ずつていねいに返事を綴った。回答の最後は、たいていこの言葉で締められている。 「もう少し気長に見守って頂けませんでしょうか」 ry炎上が祭の知名度を上げ、結果的には大成功"
記者は自分がいかに俗で簡単に答えを求めがちになっていたかとか超然としていた薮内さんのさまを記事にしたかったんだろうね。 「もう少し気長に見守って頂けませんでしょうか?」さいきんの炎上事案だいたいこれ。
ライターはちゃんと「先生への取材の中に、こちらがあらかじめ用意した答えを探していたのかもしれない。」って自省して、全体としてそういう内容の記事なのにそれを読めずにへんなツッコミをしてる人がいるな
インタビュアーの質が低すぎ。予め「正解」を勝手に想定して「ちぐはぐな受け答え」と批判したり、相手も業界も全く調べず「M-1みたいに賞取ったらバーンと売れるんですか?」と聞いて呆れられたり。自分語りも多すぎ
『真』『善』『美』をごっちゃにしないって話が良かった。山岡士郎は海原雄山を嫌ってても「あの冷酷無比な男が、このように芳醇な作品を作る…芸術の魔性というやつだ……」と言ってたからな
ミャクミャクも同じように見慣れているかどうか?これまでの既定のデザインかどうかで第一印象が違うんだろう。このデザインを選考した方々の感覚が気になるのと、元になった童子もあるなら某ペンギンみたいに、、
回答に表現の自由の本懐が書かれている
"SNS登場前夜" ちゃんと2chとゲハブログって書こう
もっと勉強している人がインタビューアーになったほうが話を引き出せたのではないだろうか
取材に取り組む姿勢の問題に関して自省するところまでがこの記事の構成やね。にしても、すごい方だな。俺の語彙力が乏しすぎてこんな感想しか出てこない。
奈良のゆるキャラポジジョンは、いつの間にかしかまろくんに変わってるからねえ
単純接触効果って強力よね。たぶんSuicaのキャラもどれに決まっても1ヶ月で空気になる
叩かれても気にしないなんて、ボクもせんとくんみたいに強くありたいにゃ!
批判が多いが自分はいい記事だと思う。彫刻家の凄みを際立たせるために筆者がアホに見えるように意図的に書いてるように感じた。知らんけど。
「個人の感情と、社会的善悪は別物です。『嫌い』という言葉を使うと、本当に嫌いになってしまいます。だから、使ってはいけない言葉なんですよ」
芸術家、それも元藝大教授のインタビューなんて素人が行けば返り討ちに遭うに決まってる。そもそも器じゃなかったんですよ。先生の笑顔の写真が全部苦笑いに見える。
ライターの自省にフォーカスされていて、プレジデントっぽくない記事だなと思いました。
正直でいい取材だと思った。失礼な感じは受けない。インタビューではある程度は期待する返答を想定するのは当然のこと。それが裏切られたことを素直に書くのもまたインタビューです。
先日奈良(東大寺あたり)に行ってきたけど、せんとくんはもうほぼグッズが無く、代わりに「しかまろくん」という見るからに可愛いキャラが幅を利かせてた。
「つらくなかった?」友達かな?
ブコメが「記者が想定していそうな庶民どもの反応」にしか見えない。自分の言葉面して賢しらに書いているが、本文の小見出しにすら「私は、ほしい答えを探していたのかもしれない」って書かれている。
タイトルはアレだがいい記事だった『「日本が貧しくなって、文化財の修復予算は減り、職人も減りました(中略)修復するためには、人を育てなきゃいけない。人を育てるってことは、文化をつなぐってことなんです」』
藝大名誉教授に「つらくなかった?」とか、さすがプレジデント社、幼稚すぎる
童子シリーズ見に行ったけどすごく良かった。また見たい
記者は「勉強してから出直してください」と言われるレベルだけど、そこに真摯に話す薮内さんが興味深い。記者の取材によって、薮内さんに少しでも触れることができて、そこは良かった。
「モータリゼーションによって、人間の筋力は落ちました。『思考力』についても、同じことが起きています。今後AIによって、人間の考える力が低下するでしょう。」そして文化財修復の意義も答えられなくなると。
“旧Twitterが日本でサービスを開始する2カ月前の「大炎上」。それが、「せんとくん騒動」だ。” アイコンにしてたやついたなw はてなではタバコみたいなやつw
まーた万博が失敗したのか
「せんとくん」に重ねられた「童子」の概念が興味深いです。童子には聖なる世界と俗世の境界にいる存在というイメージがありますね。里見八犬伝でも伏姫に予言をするのは童子に化身して牛に乗った役行者でした。
「先生への取材の中に、こちらがあらかじめ用意した答えを探していた」←よくわかってるじゃん。普段から、自分の持論を補強するエビデンスを相手に求めていたのだろう
「つらくはありませんよ。せんとくんが受け入れられた理由も、わかりません」/応募する方も応募する方なら選ぶ方も選ぶ方、と思ったものだ。/これのおかげでミャクミャクは素直に受け入れられた、と思う。
“「嫌いなものを美しくないと思うのは自然なことでは?」” 真・善・美の説明を聞いたうえでこの質問は、きびしいと考えざるを得ない
まんとくんとなーむくんのことを忘れないでください。
"真・善・美という3つの価値観があるでしょう?これらは全く違う価値観で一緒くたにしちゃいけないんです…『私はこれが嫌いだ。だから美しくなく、キャラクターとして不適切』と価値観をごちゃまぜにしてしまってる"
未だに嫌いだけど、嫌いという表明に対して好悪と善悪は関係ないって、そもそも善悪の話なんてしてないのに、相手を批難する言葉にすり替えるのも大概では?
ミャクミャクの大先輩。結局今でも使われている。
やっぱり大物は違うなと思うし、はてブの小物どもが全く言葉を読みとれてなくて哀れだ。
自省ポーズ含め、雑で不誠実な記事だと思いつつ最後まで読んでしまった。近所に沢山ある謎の童の銅像の作者のインタビュー、初めて見た。
たった300通である。受け入れられていると見て良い
相手が答えているのに、それを答えだと認めないライターに、最後までイライラさせられた。内面に踏み込んでいるのに、その自覚がない。なんなんだ。
ひこにゃん2006年登場。せんとくん2008年登場。くまもん2010年。ひこにゃんと同時期の登場だったから奈良市民の落胆は激しかったでしょう。ひこにゃんと比較されたらだれでも霞みます。まだ残っててよかった(´・ω・`)
このインタビューワはすごい2026/この引きの構えでしか出せない深く凝縮されたものを引き出してる/わざとそう書いてると認識できないブクマカ達/個人の感情と社会的善悪は別。言葉を使うと本当にそうなってしまう
うろ覚えだけど勝谷誠彦さんが角は怒りを象徴するとか言ってた記憶がある。でも鹿は神鹿だしな。どうなんだろう。
鹿茸童子自身は鹿の角を生やしていないだろう。牛の角を生やした酪農家や豚鼻マスクを着けた養豚家のデザイン画を出せば批判があるはず。持て囃しているのは「藝大名誉教授に記者ごときが」と嘲る権威主義者ばかり。
純粋に面白いなと思いながら読んだので、批判ブコメが多くて驚いた
平城遷都1300年祭公式マスコットだったのか。ただのご当地キャラだと思っていた
]
「嫌いなら美しく感じないのでは」と言う記者間違ってるか? 「嫌い[美]だから相応しくない[善]」との主張は真・善・美の混同だが、「嫌い[美]だから美しく感じない[美]」は美の評価軸の話だよね。
せんとくんに対抗してまんとくんとかいうのもいたが… ミャクミャクといい変なのが残る
物事の本質や道理をわかってる方でとても素晴らしい記事だった。せんとくんの兄もデビューさせたい。とてもいい。/個人的には東京五輪のキャラはいまだに受入られてない。/Facebookのアイコンが可愛いので見に行って!
記事タイトルは下品だが、インタビューの内容自体は興味深く読んだ。「こちらがあらかじめ用意した答えを探していたのかもしれない」ある程度の当たりを付けるのは普通だろうが、途中で自覚して修正するのは難しそう
「「個人の感情と、社会的善悪は別物です。『嫌い』という言葉を使うと、本当に嫌いになってしまいます。だから、使ってはいけない言葉なんですよ」」すげー!
自省できているだけヨシ!、なんかな?/ "先生が答えてくれなかったのではなく、先生への取材の中に、こちらがあらかじめ用意した答えを探していたのかもしれない"
ブクマカ図鑑、せんとくんについてこのブクマカは何てコメントしてた?って聞ける機能キボンヌ。つか自分が知りたいw
受け答えが上手いなぁ…… ステキな爺様やん。
彫刻家籔内佐斗司氏の人となりや人生観が知れてなかなか良かったです。
可愛くないし気持ち悪い。目が合わないし、寄り目なのが、意思疎通の取れない障害者みたいで、キャラとして全く不適格。
なる。『ルーツは、「童子シリーズ」、ひいては日本の神仏習合やアニミズム文化にある。そうした背景を知らずに見れば、子どもの姿をしながら妙に大人びた目も、頭から生えた鹿の角も、ただ異様なものに映ったのかも
まあ、武田鉄矢も見慣れたしな
今のSuicaもそうだけど、百歩譲って選んだ奴は悪いかもしれないけど考えた人は1ミリも悪くないだろ
わりかし「せんとさん」のおかげだと思ってます。マジメに。脳内設定ではせんとくんは短時間だけ貯めた法力でせんとさんに変身できる
文章の中にも少し出てくるが,仏像修理の第一人者といっていい人。藪内先生と直接の面識はないが,多くのお弟子さんたちにはいろいろお世話になっている。
せんとくんもミャクミャク(の元になったロゴ)も、初見の時はなんだこりゃマジかよ、って思ったけど、見慣れるといいキャラクターに思えてきた。そういうのを選んだ選考者たちもすごいよな。
これ、自分のダメさを強調して、実際以上にすごくダメに感じるように書いた文だと思うので、これを書けることに敬意を表したいと思うよ。これ読んで筆者ダメやんと簡単に言ってしまってはいけないでしょう。
芸術家というより悟りを得た僧のようなインタビューだと思った。
炎上対応の正解はのらりくらりだとわかる/仏像ならいいだろうが、かわいいを作る技術がないままマスコットキャラにしたのが失敗だと思う。
取材した割に撮れ高がなくて書くことなかったんやろなあ
逐一回答する必要ないと思うが、マメな人だなあ。
読み初めは私もなんだこの記事…*と思った。でも最後まで読んだら、記者があえて「わからなさ」を残し、理解の渦中にいることの自覚性を手渡してくれていることが伝わってきた。
『真』『善』『美』という3つは全く違う価値観で、一緒くたにしちゃいけない/個人の感情と、社会的善悪は別物です。『嫌い』という言葉を使うと、本当に嫌いになってしまいます。だから、使ってはいけない言葉
ほんまに嫌い大嫌いすぐに消えて無くなってほしい。
「気持ち悪い」と批判350通→奈良の顔に…せんとくんの作者に「つらくなかった?」と聞いて返ってきた意外な答え
たしかに初めてみたときはびっくりしたなあ、あのデザイン ミャクミャクとかもそうだけど結局は慣れよね
「せんとくんのデザインの由来は、頭に鹿の角を生やした『鹿茸童子』です。日本にはかつて、『童子』と呼ばれる身分がありました。大人になっても元結いやまげを結わず、力仕事や汚れ仕事に従事する者たちです」
このライター氏は「先生」をお釈迦様に仕立てているのかなあと思いながら読んだけど最後のページの幼子キリストとの共通性を述べたところでなんとなく文章構成の意図が分かった。
童子シリーズは奈良以外にもちょこちょこあるよね。東京にもある。個人的にはわりと好き。
まんとくんの方が好き
「よく見れば可愛い」系のパイオニア
すっかり慣れちゃったな。当初はやっぱりびっくりしたけど作者の他作品を見て納得してた気がする
“『真』『善』『美』という3つの価値観があるでしょう? これらは全く違う価値観で、一緒くたにしちゃいけないんです。”
http://gaha0.blog59.fc2.com/blog-entry-823.html が面白かった
ひこにゃんが大成功したからそのギャップで余計にキモがられたんかな
奈良っぽさはあって嫌いじゃないけどな。好きとは言ってない。
坊さんみたいな返しだなと思った。
"実際は『別に反対していない、放っておきなさい』""個人の感情と、社会的善悪は別物""人を育てるってことは、文化をつなぐってこと"/5ページ目の冒頭も。/昔こんな記事もあった:https://dot.asahi.com/articles/-/124024
真善美をいっしょくたにしてはいけない、というお言葉がもんのすごく響いた。自己流でこれを一緒くたにしてる人が確かに現代には山ほどいる
「つらくないんですか?」「みなさん、こんなことを考えているんだなあと思うだけです」 ←マインドフルネス
夜見たら確実にチビる事で有名だったせんとさんも今やしっかりマスコットである。ミャクミャク様もあの素っ頓狂な声を聞かないままなら気持ち悪いで終わってたやもしれん。
「先生の世界観が当初これほど反発を受けたのは、なぜだと思いますか?」などものすごく失礼なインタビュアーだな/せんとくんは最初から好きだった。反発はゆるキャラの流れに乗らなかったからか
"ここまで相手の内面に踏み込めなかった取材は初めてかもしれない。"手のひらの上にいることすら気付かない孫悟空じゃん。記事の構成決めてかかり過ぎるからこうなるのでは。
質問に真正面から向き合わずはぐらかし続けてる。インタビュアはそこに神秘性や深遠さを見いだしてるが、それは自己保身由来の感情よね。誰かこの単純接触効果が生んだ一発屋に、王様はハダカだと言ってやれよ。
ツノをプレゼントして差し上げて。
不朽のキャラクターの爆誕を目撃したのだな。僕たちは。ただ、ゆるキャラでは"絶対"ないw
私は未だに好きではないけど、考えてみるとキューピー人形とかも苦手なので私の性質なのかもしれないなーと今さら気づきました。子供は好きだしミャクミャクも一目見たときから好きだったんですけどね。不思議。
「周りはこう言ってました」で記者自身の言葉を使ってなかったりほしい言葉が出なかった事を「意外」というタイトルにしてみたり、そもそも作品ではなくて批判の取材という点も含めて相当失礼な内容に読めてしまった
自分が好きじゃないって話とみんなが好きじゃないって話は違うしな。not for meであることを宣言するだけでいい。思えばこれもキャンセルカルチャーだったな。
今になってみると、味がある、と言えなくもない
かわいくなくても定着したら慣れるもんなんだな。
当時の「ご意見」を読むと、本気で嫌われていたことが分かる。それはさておき、この系統の「ゆるキャラ(ゆるくないキャラ?)」はその後はあまり引き継がれなかった感。ミャクミャクも漫画調だし。
いい記事だなぁ
未だに「かわいくない」し「気持ち悪い」と思ってるけど、自分は奈良県民じゃないし、話題にならなくなったから言及しなくなっただけ
インタビューする相手の事を何も調べずに取材に行ったんだろうか。先生からしたら記者の欲しがってる答えが見え見えだったんじゃないかなぁ。
「私たちは、せんとくんの背後にある日本文化の文脈を、すぐには読み取れなかった」←そういう必要があること自体が広報キャラとして不適だと思うわ
川崎大師のひらまくんはかわいくはないけど気持ちは悪くない。髪の毛あるだけで印象違うのかな?
懐かしい。当時見てた。淡々と、一見はぐらかしているようで誠実に本質を突いて回答する様にネット民が感心していたのをおぼえてる。記者は準備不足だけど氏のそういうところがよく伝わる記事に仕上がってる。
「もう昔の話ですし、蒸し返すのはやめましょうか」つらくなかった、を真には受けられないな。記者も分かってはいるだろうが。/ ↓一見「不適」だからこそ、人々の記憶に残っているのだろう。
ツッコミどころのあるデザインと炎上してからのデザイナーの誠実な態度がこのキャラクターの位置を決めた印象がある。質問にも十分答えているが仏教思想が濃厚な回答なので相手が理解できていないのだろう。
「みなさん、『私はこれが嫌いだ。だから美しくなく、キャラクターとして不適切』と、価値観をごちゃまぜにしてしまってるんです」「個人の感情と、社会的善悪は別物です。」これほんと大事
未だに好きになれないし、気持ち悪い。
ブコメにある一発屋って籔内さんに対して言ってる?好悪はともかくそこは間違ってますよ!元々彫刻家、かつ籔内佐斗司の元々の作風まんま出てきた。ゆるキャラらしくないから驚かれた当時。
取材対象者でなく、インタビュアーの方が悪目立ちしてる。
良い取材だと思う。宗教家のような達観した信念を持っている方だから誹謗中傷に対し同じ土俵には降りなかったという答え。違和感のあるデザインで気持ち悪いという印象も正直で、芸術とはそれでいいとも思う。
角付いてるのがなんか…キメラ感あってキモイ。でも角以外は良キャラだと思う。あと、顔だけポンと置くの怖いから止めて
気持ち悪いと思っているけど、以前のように目につかないしどうでもいい。
今でもせんとくんもミャクミャクも気持ち悪いです。
僧籍がある父は、角は鬼をあわらし、何考えてるんだとかいって怒っていたな。
"籔内氏はそれに対し、一通ずつていねいに返事を綴った。回答の最後は、たいていこの言葉で締められている。 「もう少し気長に見守って頂けませんでしょうか」 ry炎上が祭の知名度を上げ、結果的には大成功"
記者は自分がいかに俗で簡単に答えを求めがちになっていたかとか超然としていた薮内さんのさまを記事にしたかったんだろうね。 「もう少し気長に見守って頂けませんでしょうか?」さいきんの炎上事案だいたいこれ。
ライターはちゃんと「先生への取材の中に、こちらがあらかじめ用意した答えを探していたのかもしれない。」って自省して、全体としてそういう内容の記事なのにそれを読めずにへんなツッコミをしてる人がいるな
インタビュアーの質が低すぎ。予め「正解」を勝手に想定して「ちぐはぐな受け答え」と批判したり、相手も業界も全く調べず「M-1みたいに賞取ったらバーンと売れるんですか?」と聞いて呆れられたり。自分語りも多すぎ
『真』『善』『美』をごっちゃにしないって話が良かった。山岡士郎は海原雄山を嫌ってても「あの冷酷無比な男が、このように芳醇な作品を作る…芸術の魔性というやつだ……」と言ってたからな
ミャクミャクも同じように見慣れているかどうか?これまでの既定のデザインかどうかで第一印象が違うんだろう。このデザインを選考した方々の感覚が気になるのと、元になった童子もあるなら某ペンギンみたいに、、
回答に表現の自由の本懐が書かれている
"SNS登場前夜" ちゃんと2chとゲハブログって書こう
もっと勉強している人がインタビューアーになったほうが話を引き出せたのではないだろうか
取材に取り組む姿勢の問題に関して自省するところまでがこの記事の構成やね。にしても、すごい方だな。俺の語彙力が乏しすぎてこんな感想しか出てこない。
奈良のゆるキャラポジジョンは、いつの間にかしかまろくんに変わってるからねえ
単純接触効果って強力よね。たぶんSuicaのキャラもどれに決まっても1ヶ月で空気になる
叩かれても気にしないなんて、ボクもせんとくんみたいに強くありたいにゃ!
批判が多いが自分はいい記事だと思う。彫刻家の凄みを際立たせるために筆者がアホに見えるように意図的に書いてるように感じた。知らんけど。
「個人の感情と、社会的善悪は別物です。『嫌い』という言葉を使うと、本当に嫌いになってしまいます。だから、使ってはいけない言葉なんですよ」
芸術家、それも元藝大教授のインタビューなんて素人が行けば返り討ちに遭うに決まってる。そもそも器じゃなかったんですよ。先生の笑顔の写真が全部苦笑いに見える。
ライターの自省にフォーカスされていて、プレジデントっぽくない記事だなと思いました。
正直でいい取材だと思った。失礼な感じは受けない。インタビューではある程度は期待する返答を想定するのは当然のこと。それが裏切られたことを素直に書くのもまたインタビューです。
先日奈良(東大寺あたり)に行ってきたけど、せんとくんはもうほぼグッズが無く、代わりに「しかまろくん」という見るからに可愛いキャラが幅を利かせてた。
「つらくなかった?」友達かな?
ブコメが「記者が想定していそうな庶民どもの反応」にしか見えない。自分の言葉面して賢しらに書いているが、本文の小見出しにすら「私は、ほしい答えを探していたのかもしれない」って書かれている。
タイトルはアレだがいい記事だった『「日本が貧しくなって、文化財の修復予算は減り、職人も減りました(中略)修復するためには、人を育てなきゃいけない。人を育てるってことは、文化をつなぐってことなんです」』
藝大名誉教授に「つらくなかった?」とか、さすがプレジデント社、幼稚すぎる
童子シリーズ見に行ったけどすごく良かった。また見たい
記者は「勉強してから出直してください」と言われるレベルだけど、そこに真摯に話す薮内さんが興味深い。記者の取材によって、薮内さんに少しでも触れることができて、そこは良かった。
「モータリゼーションによって、人間の筋力は落ちました。『思考力』についても、同じことが起きています。今後AIによって、人間の考える力が低下するでしょう。」そして文化財修復の意義も答えられなくなると。
“旧Twitterが日本でサービスを開始する2カ月前の「大炎上」。それが、「せんとくん騒動」だ。” アイコンにしてたやついたなw はてなではタバコみたいなやつw
まーた万博が失敗したのか
「せんとくん」に重ねられた「童子」の概念が興味深いです。童子には聖なる世界と俗世の境界にいる存在というイメージがありますね。里見八犬伝でも伏姫に予言をするのは童子に化身して牛に乗った役行者でした。
「先生への取材の中に、こちらがあらかじめ用意した答えを探していた」←よくわかってるじゃん。普段から、自分の持論を補強するエビデンスを相手に求めていたのだろう
「つらくはありませんよ。せんとくんが受け入れられた理由も、わかりません」/応募する方も応募する方なら選ぶ方も選ぶ方、と思ったものだ。/これのおかげでミャクミャクは素直に受け入れられた、と思う。
“「嫌いなものを美しくないと思うのは自然なことでは?」” 真・善・美の説明を聞いたうえでこの質問は、きびしいと考えざるを得ない
まんとくんとなーむくんのことを忘れないでください。
"真・善・美という3つの価値観があるでしょう?これらは全く違う価値観で一緒くたにしちゃいけないんです…『私はこれが嫌いだ。だから美しくなく、キャラクターとして不適切』と価値観をごちゃまぜにしてしまってる"
未だに嫌いだけど、嫌いという表明に対して好悪と善悪は関係ないって、そもそも善悪の話なんてしてないのに、相手を批難する言葉にすり替えるのも大概では?
ミャクミャクの大先輩。結局今でも使われている。
やっぱり大物は違うなと思うし、はてブの小物どもが全く言葉を読みとれてなくて哀れだ。
自省ポーズ含め、雑で不誠実な記事だと思いつつ最後まで読んでしまった。近所に沢山ある謎の童の銅像の作者のインタビュー、初めて見た。
たった300通である。受け入れられていると見て良い
相手が答えているのに、それを答えだと認めないライターに、最後までイライラさせられた。内面に踏み込んでいるのに、その自覚がない。なんなんだ。
ひこにゃん2006年登場。せんとくん2008年登場。くまもん2010年。ひこにゃんと同時期の登場だったから奈良市民の落胆は激しかったでしょう。ひこにゃんと比較されたらだれでも霞みます。まだ残っててよかった(´・ω・`)
このインタビューワはすごい2026/この引きの構えでしか出せない深く凝縮されたものを引き出してる/わざとそう書いてると認識できないブクマカ達/個人の感情と社会的善悪は別。言葉を使うと本当にそうなってしまう
うろ覚えだけど勝谷誠彦さんが角は怒りを象徴するとか言ってた記憶がある。でも鹿は神鹿だしな。どうなんだろう。
鹿茸童子自身は鹿の角を生やしていないだろう。牛の角を生やした酪農家や豚鼻マスクを着けた養豚家のデザイン画を出せば批判があるはず。持て囃しているのは「藝大名誉教授に記者ごときが」と嘲る権威主義者ばかり。
純粋に面白いなと思いながら読んだので、批判ブコメが多くて驚いた
平城遷都1300年祭公式マスコットだったのか。ただのご当地キャラだと思っていた
]
「嫌いなら美しく感じないのでは」と言う記者間違ってるか? 「嫌い[美]だから相応しくない[善]」との主張は真・善・美の混同だが、「嫌い[美]だから美しく感じない[美]」は美の評価軸の話だよね。
せんとくんに対抗してまんとくんとかいうのもいたが… ミャクミャクといい変なのが残る
物事の本質や道理をわかってる方でとても素晴らしい記事だった。せんとくんの兄もデビューさせたい。とてもいい。/個人的には東京五輪のキャラはいまだに受入られてない。/Facebookのアイコンが可愛いので見に行って!
記事タイトルは下品だが、インタビューの内容自体は興味深く読んだ。「こちらがあらかじめ用意した答えを探していたのかもしれない」ある程度の当たりを付けるのは普通だろうが、途中で自覚して修正するのは難しそう
「「個人の感情と、社会的善悪は別物です。『嫌い』という言葉を使うと、本当に嫌いになってしまいます。だから、使ってはいけない言葉なんですよ」」すげー!
自省できているだけヨシ!、なんかな?/ "先生が答えてくれなかったのではなく、先生への取材の中に、こちらがあらかじめ用意した答えを探していたのかもしれない"
ブクマカ図鑑、せんとくんについてこのブクマカは何てコメントしてた?って聞ける機能キボンヌ。つか自分が知りたいw
受け答えが上手いなぁ…… ステキな爺様やん。
彫刻家籔内佐斗司氏の人となりや人生観が知れてなかなか良かったです。
可愛くないし気持ち悪い。目が合わないし、寄り目なのが、意思疎通の取れない障害者みたいで、キャラとして全く不適格。
なる。『ルーツは、「童子シリーズ」、ひいては日本の神仏習合やアニミズム文化にある。そうした背景を知らずに見れば、子どもの姿をしながら妙に大人びた目も、頭から生えた鹿の角も、ただ異様なものに映ったのかも
まあ、武田鉄矢も見慣れたしな
今のSuicaもそうだけど、百歩譲って選んだ奴は悪いかもしれないけど考えた人は1ミリも悪くないだろ
わりかし「せんとさん」のおかげだと思ってます。マジメに。脳内設定ではせんとくんは短時間だけ貯めた法力でせんとさんに変身できる
文章の中にも少し出てくるが,仏像修理の第一人者といっていい人。藪内先生と直接の面識はないが,多くのお弟子さんたちにはいろいろお世話になっている。
せんとくんもミャクミャク(の元になったロゴ)も、初見の時はなんだこりゃマジかよ、って思ったけど、見慣れるといいキャラクターに思えてきた。そういうのを選んだ選考者たちもすごいよな。
これ、自分のダメさを強調して、実際以上にすごくダメに感じるように書いた文だと思うので、これを書けることに敬意を表したいと思うよ。これ読んで筆者ダメやんと簡単に言ってしまってはいけないでしょう。
芸術家というより悟りを得た僧のようなインタビューだと思った。
炎上対応の正解はのらりくらりだとわかる/仏像ならいいだろうが、かわいいを作る技術がないままマスコットキャラにしたのが失敗だと思う。
取材した割に撮れ高がなくて書くことなかったんやろなあ
逐一回答する必要ないと思うが、マメな人だなあ。
読み初めは私もなんだこの記事…*と思った。でも最後まで読んだら、記者があえて「わからなさ」を残し、理解の渦中にいることの自覚性を手渡してくれていることが伝わってきた。
『真』『善』『美』という3つは全く違う価値観で、一緒くたにしちゃいけない/個人の感情と、社会的善悪は別物です。『嫌い』という言葉を使うと、本当に嫌いになってしまいます。だから、使ってはいけない言葉
ほんまに嫌い大嫌いすぐに消えて無くなってほしい。