注文するとき、料理が来たとき、お会計のとき。それ以外は覚えていないらしい。
味より自分と店の上下関係ばかり気にする人っているよね
ピークエンド効果と初頭効果、言われてみれば納得すぎる。人間は1時間店にいても数分しか覚えてないってのは面白い
接客は飲食から消えていくよなあ。注文:スマホ,配膳:ロボット,会計:スマホ。客が帰った隣のテーブルを片付けるのは人間かもね。
必要最小限度の接客態度なのか、客が過剰に要求するかによって変わるでしょ。店員の態度があからさまに悪かったら味を知る前に出ていきたくなるし。第一印象が八割っていう話。普通に接していれば、関心は味に移るよ
子供連れがいやならそういえばいいのにとか
北海道のそこそこ高めのツアー旅行で4泊分ビュッフェスタイルだったけど従業員みんな外国人だった、でも特にお客の皆さん不満なかったみたいよ
フルーツ盛りより嬢が大事に決まってる
口コミで悪く書く客を防止するための「接客」と、リピーター増やし店を繁盛させる「接客」は微妙に違うと思う。前者はどんなに接客が立派でも避けられない災害もあるし、真のリピーターは口コミ書かないことも多い。
とはいえ、代金と味と量を考えて、そうでもないなと思えば行かなくなるよね。接客良くて恐ろしい量出すところに行ったけど、あまりに微妙過ぎてそれきり行かないところも多数ある。
ユニークな客が多いなら味より「映え」が大事そう
別の話かもだけど,というか別の話だけど食べログにこの前「味が落ちた」って書いたら,口コミ載せれないって言われた. こんな事やってから口コミサイトの信用性も下がっていくのに.. いや関係ないね愚痴だね
正直、味の微妙な良し悪しなんて分からんが、接客の快不快は良く分かるからな…というか、味は主観的なもんなので、接客によって美味くも不味くもなる
文章化の難易度が違う。味を記すのは難しい、語彙が貧弱なせいもある。接客や清掃はここがダメだったて具体的に書けちゃうのよね。書きやすい方をレビューに書いちゃう
期待や料金に見合った料理が出てこなかったと思っても、味は好みの問題もあるので、その店に行かなくなるだけ。よほど不味ければ別だけどさ。ただ、サービスが酷ければレビューとかに書きたくなるよね。
サービス料別途10%とから15%とってる店の接客は少し気になることあるな。その他は最低賃金とかで働いてるスタッフが多いやろしそんなもんかてなる
接客にクレームつけてるやつってそいつに問題あるんじゃね?と思うことも多々あるけどね。そういうやつは口コミの履歴見るといろんな店に理不尽な低評価つけてる。
店の情報収集にインスタを使う事があるがついうっかりスレッズまで覗いて店をボロクソ苦情つける口コミをいくつか読んでしまうのだが、いやそれ多分文句側が隠してる何かあるだろって事が多くて全幅の信頼が置けない
「うどんが主食」氏の炎上やdipやドリコムがカカクコムと組んでなにをやってたかを知っているとGoogleマップのネガティブなコメントに見返りがないなんて全く思えないんだけど。
自分を気持ちよくさせたか、不快にさせたかで判断している人が多いと感じる。味や接客はそのパラメータの一つでしかないのかもしれない。
自分が書いたGoogleマップのクチコミを全部ダウンロードして平均をとったら3.1だった。結構正しく評価しているんじゃないか。
味は好き嫌いが結構分かれているから一定水準あれば納得されるけど、接客に関しては評価軸が一次元しか無いからねぇ。
30年ぐらい前に読んだ記事に、アメリカ(ニューヨークか)では料理4点接客5点のほうが料理5点接客4点よりも価値があると書かれていた気がする。つまりはそういうこと。
味はどうでもいいし100万歩譲って一部の店員の態度が悪かろうが許すけど、衛生面で終わってる箇所があると全てが許せなくなる現象はある。挨拶1つまともにできない組織にうまいものが期待できるかね?俺は無理。
居心地の悪い店の味なんてわからんからな
自分で感じているが悪い口コミを書くときは「やったるぞ!書いたるぞ!」ぐらいの勢いがあるが、良い口コミは「いや、美味いし言う事ないんだわ」みたいな温度差がある
コメントがそれこそ「悪い口コミ」になってませんか?
よく来店するだけの常連はいいんだけど他の客に俺は常連なんだぞと偉そうに絡んでくる客は嫌い。そういう店は行きたくなくなる。昔よく行ってた店はそういう客が毎週水曜日に来てたのでその日だけ避けてた
“コップが少し汚れているだけで嫌悪感を覚えるけれど、コップがきれいなことには気づきもしない”
あいつらは料理を食ってるんじゃない。接客を食ってるんだ。
まずいものを食べても不愉快さはそんなに湧かないが、人間対人間で嫌な思いをさせられたらあとにひく。それを超越するほどおいしいものもあるのだろうが、自分は知らない
味は極端な味付けでもなければ客によって好みのブレが大きくて正解も不正解もないが、接客は割と正解や不正解の定番があるので、批判を招きやすく炎上が起きがちという。
酷評の口コミがあると真逆の口コミ書いたりしがち
味の評価と接客の評価を比べたとき、『好みの問題だし言及は難しいな』と思う割合はどう考えても味の評価の方だろうから、そりゃまあそうだろうという話ではある
行動経済学コンサルタント・相良奈美香。レビューの事例が一つも出てこないせいか、この人自身は実際の「口コミ」を見ないで持論を述べてるだけなのでは?と懐疑的になってしまう。
私もどこかクソな店をクソだと書いたら載せられないって来たな。どこの店だったかな。
いまは貶めてやろうと思ったら口コミでもthreadsでも捌け口に容易に辿り着けてしまうので、要らぬ地雷を踏まない意味でも当たり障りのない接客が必要なんだと思う
味よりも接客で点数決めてるレビューほど邪魔なものはない。そのラーメン屋は三星レストランじゃねえんだよ
分けて表示を求めてるんですよね
『行動経済学の専門家』←行動経済学ってダン・アリエリーのデータ捏造が暴露されて以来その信憑性はかなり疑わしくなって随分と経つのにまだこうして持て囃す筋があるのねぇ…
いいお店だったらわざわざ不特定多数の人に教えてよくわからない人で混むのもやだし、悪いお店だったら不特定多数の人に向けて鬱憤晴らしたいしっていうもっとわかりやすい話だと思ってたけどそうでもないのかな
味のまずさは明日には忘れるし思い出してもフラットな気持ちであの店まずかったなで終わるけど接客のまずさは後を引く
接客に文句言ってるレビューこそ主観多めだと思うけどなー。あまりに多ければ考慮するけど基本ノイズだと思ってる。
店をはじめてから良い口コミは極力書くようにしてる。お店は「美味かった!」一言でも星だけでも、とっても嬉しいものなのよ。ファンレターみたいなもの。みんなも気軽に書こうぜ。
「最初と最後しか覚えていない...。」「味なんて知ったこっちゃ無い...。」馬鹿にしすぎ...。海原雄山に海原雄山にも、そう言うの?
フラっと入った中華料理屋さんの五目そばが美味しすぎて感動して書いたことある。
いろいろひっくるめて「よい体験」をしに行ってるわけで、味はその一要素にすぎない
「コップが少し汚れているだけで嫌悪感を覚えるけれど、コップがきれいなことには気づきもしない」コップがきれいなことは普通であって加点ポイントではないやろ… / 「気にしすぎているだけ」
“3ポイント気持ちが上がる出来事と、3ポイントダメージを受ける出来事があったとします。足すとゼロですが、実際はダメージを受けたほうがおよそ2倍、心理的な負荷を感じているんですね。”
お金払って嫌な思いしたくないのでネガティブな口コミはありがたい。調べずに行って後から口コミ見て「やっぱり」と思うことある。/ 質悪そうな客が「怒られた」などの低評価してる店は逆に良い店。
味より「接客」が大事? 飲食店の口コミが生まれる仕組みを行動経済学者に聞く - おなじみ丨近くの店から、なじみの店へ。
注文するとき、料理が来たとき、お会計のとき。それ以外は覚えていないらしい。
味より自分と店の上下関係ばかり気にする人っているよね
ピークエンド効果と初頭効果、言われてみれば納得すぎる。人間は1時間店にいても数分しか覚えてないってのは面白い
接客は飲食から消えていくよなあ。注文:スマホ,配膳:ロボット,会計:スマホ。客が帰った隣のテーブルを片付けるのは人間かもね。
必要最小限度の接客態度なのか、客が過剰に要求するかによって変わるでしょ。店員の態度があからさまに悪かったら味を知る前に出ていきたくなるし。第一印象が八割っていう話。普通に接していれば、関心は味に移るよ
子供連れがいやならそういえばいいのにとか
北海道のそこそこ高めのツアー旅行で4泊分ビュッフェスタイルだったけど従業員みんな外国人だった、でも特にお客の皆さん不満なかったみたいよ
フルーツ盛りより嬢が大事に決まってる
口コミで悪く書く客を防止するための「接客」と、リピーター増やし店を繁盛させる「接客」は微妙に違うと思う。前者はどんなに接客が立派でも避けられない災害もあるし、真のリピーターは口コミ書かないことも多い。
とはいえ、代金と味と量を考えて、そうでもないなと思えば行かなくなるよね。接客良くて恐ろしい量出すところに行ったけど、あまりに微妙過ぎてそれきり行かないところも多数ある。
ユニークな客が多いなら味より「映え」が大事そう
別の話かもだけど,というか別の話だけど食べログにこの前「味が落ちた」って書いたら,口コミ載せれないって言われた. こんな事やってから口コミサイトの信用性も下がっていくのに.. いや関係ないね愚痴だね
正直、味の微妙な良し悪しなんて分からんが、接客の快不快は良く分かるからな…というか、味は主観的なもんなので、接客によって美味くも不味くもなる
文章化の難易度が違う。味を記すのは難しい、語彙が貧弱なせいもある。接客や清掃はここがダメだったて具体的に書けちゃうのよね。書きやすい方をレビューに書いちゃう
期待や料金に見合った料理が出てこなかったと思っても、味は好みの問題もあるので、その店に行かなくなるだけ。よほど不味ければ別だけどさ。ただ、サービスが酷ければレビューとかに書きたくなるよね。
サービス料別途10%とから15%とってる店の接客は少し気になることあるな。その他は最低賃金とかで働いてるスタッフが多いやろしそんなもんかてなる
接客にクレームつけてるやつってそいつに問題あるんじゃね?と思うことも多々あるけどね。そういうやつは口コミの履歴見るといろんな店に理不尽な低評価つけてる。
店の情報収集にインスタを使う事があるがついうっかりスレッズまで覗いて店をボロクソ苦情つける口コミをいくつか読んでしまうのだが、いやそれ多分文句側が隠してる何かあるだろって事が多くて全幅の信頼が置けない
「うどんが主食」氏の炎上やdipやドリコムがカカクコムと組んでなにをやってたかを知っているとGoogleマップのネガティブなコメントに見返りがないなんて全く思えないんだけど。
自分を気持ちよくさせたか、不快にさせたかで判断している人が多いと感じる。味や接客はそのパラメータの一つでしかないのかもしれない。
自分が書いたGoogleマップのクチコミを全部ダウンロードして平均をとったら3.1だった。結構正しく評価しているんじゃないか。
味は好き嫌いが結構分かれているから一定水準あれば納得されるけど、接客に関しては評価軸が一次元しか無いからねぇ。
30年ぐらい前に読んだ記事に、アメリカ(ニューヨークか)では料理4点接客5点のほうが料理5点接客4点よりも価値があると書かれていた気がする。つまりはそういうこと。
味はどうでもいいし100万歩譲って一部の店員の態度が悪かろうが許すけど、衛生面で終わってる箇所があると全てが許せなくなる現象はある。挨拶1つまともにできない組織にうまいものが期待できるかね?俺は無理。
居心地の悪い店の味なんてわからんからな
自分で感じているが悪い口コミを書くときは「やったるぞ!書いたるぞ!」ぐらいの勢いがあるが、良い口コミは「いや、美味いし言う事ないんだわ」みたいな温度差がある
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よく来店するだけの常連はいいんだけど他の客に俺は常連なんだぞと偉そうに絡んでくる客は嫌い。そういう店は行きたくなくなる。昔よく行ってた店はそういう客が毎週水曜日に来てたのでその日だけ避けてた
“コップが少し汚れているだけで嫌悪感を覚えるけれど、コップがきれいなことには気づきもしない”
あいつらは料理を食ってるんじゃない。接客を食ってるんだ。
まずいものを食べても不愉快さはそんなに湧かないが、人間対人間で嫌な思いをさせられたらあとにひく。それを超越するほどおいしいものもあるのだろうが、自分は知らない
味は極端な味付けでもなければ客によって好みのブレが大きくて正解も不正解もないが、接客は割と正解や不正解の定番があるので、批判を招きやすく炎上が起きがちという。
酷評の口コミがあると真逆の口コミ書いたりしがち
味の評価と接客の評価を比べたとき、『好みの問題だし言及は難しいな』と思う割合はどう考えても味の評価の方だろうから、そりゃまあそうだろうという話ではある
行動経済学コンサルタント・相良奈美香。レビューの事例が一つも出てこないせいか、この人自身は実際の「口コミ」を見ないで持論を述べてるだけなのでは?と懐疑的になってしまう。
私もどこかクソな店をクソだと書いたら載せられないって来たな。どこの店だったかな。
いまは貶めてやろうと思ったら口コミでもthreadsでも捌け口に容易に辿り着けてしまうので、要らぬ地雷を踏まない意味でも当たり障りのない接客が必要なんだと思う
味よりも接客で点数決めてるレビューほど邪魔なものはない。そのラーメン屋は三星レストランじゃねえんだよ
分けて表示を求めてるんですよね
『行動経済学の専門家』←行動経済学ってダン・アリエリーのデータ捏造が暴露されて以来その信憑性はかなり疑わしくなって随分と経つのにまだこうして持て囃す筋があるのねぇ…
いいお店だったらわざわざ不特定多数の人に教えてよくわからない人で混むのもやだし、悪いお店だったら不特定多数の人に向けて鬱憤晴らしたいしっていうもっとわかりやすい話だと思ってたけどそうでもないのかな
味のまずさは明日には忘れるし思い出してもフラットな気持ちであの店まずかったなで終わるけど接客のまずさは後を引く
接客に文句言ってるレビューこそ主観多めだと思うけどなー。あまりに多ければ考慮するけど基本ノイズだと思ってる。
店をはじめてから良い口コミは極力書くようにしてる。お店は「美味かった!」一言でも星だけでも、とっても嬉しいものなのよ。ファンレターみたいなもの。みんなも気軽に書こうぜ。
「最初と最後しか覚えていない...。」「味なんて知ったこっちゃ無い...。」馬鹿にしすぎ...。海原雄山に海原雄山にも、そう言うの?
フラっと入った中華料理屋さんの五目そばが美味しすぎて感動して書いたことある。
いろいろひっくるめて「よい体験」をしに行ってるわけで、味はその一要素にすぎない
「コップが少し汚れているだけで嫌悪感を覚えるけれど、コップがきれいなことには気づきもしない」コップがきれいなことは普通であって加点ポイントではないやろ… / 「気にしすぎているだけ」
“3ポイント気持ちが上がる出来事と、3ポイントダメージを受ける出来事があったとします。足すとゼロですが、実際はダメージを受けたほうがおよそ2倍、心理的な負荷を感じているんですね。”
お金払って嫌な思いしたくないのでネガティブな口コミはありがたい。調べずに行って後から口コミ見て「やっぱり」と思うことある。/ 質悪そうな客が「怒られた」などの低評価してる店は逆に良い店。