"「リベラルである」とは、絶対的な正しさを掲げて人を攻撃することではなく、むしろそうした攻撃性をいかに抑えるか"まさにこれだと思うし、一方で実社会で『リベラル』を名乗る勢力の実態がここから離れ過ぎてる。
【身の回りの人々だけじゃなくて、遠くの他者も同じ人間なんだから、等しく個人として認識】を本当に実践してたら、リベラルは人気が出る。でも遠くのウイグル人が虐殺されても、見猿聞か猿言わ猿が日本リベラル。
政治以前に社会の共通言語が壊れかけてる感覚は確かにあるな
Wokeによる、法の支配を逸脱した暴力は少し落ち着いているが、自民党が「立党70年ビジョンで保守とリベラリズムの両立を主張しはじめた。そのうちリベラルの意味を乗っ取られそう。
リベラルに言いたい事は単純だ。命どぅ宝と叫ぶなら、警備員や高校生の命も宝として扱えよ。
『政治的リベラリズム』の問題点はミアシャイマーの「The Great Delusion(リベラリズムという妄想)」に大いに納得してる。逆にリベラリスト自認の方は本書に全力反論しながら読むとめっちゃ強くなると思います。オススメ
共有は無理なんじゃない?日本で自称リベラルの人は、多様性を叫びながら自分と違う意見を攻撃するサイコパスだからな
いや、態度の問題ではなくて(態度も問題だろうけど)、そもそも『「リベラル」という名の事実上の社会主義( https://b.hatena.ne.jp/entry/4687653399712703714/comment/rag_en )は正しくない』という話からすべきでしょ。
政治が上で社会が下ってなりがちだけど、社会の氷山の一角としての政治な所はあるよな。実情を無視した規制は破らないとまともに生活できないように。
"リベラリズムの欺瞞、デモクラシーの嘘はその通りですが、ならば捨てるのか。むしろ嘘で欺瞞なんだけど、それを少しでもリアリティのあるものにする努力が必要じゃないか" ラーメンと同じだ……!
"民主主義どころか、もっと遡っていって、政治すらあるのかという雰囲気にすらなっている" この指摘がいちばん面白かった。
「他者の権利を許容し、自己の権利との衝突時はまず対話し、解決できない場合は司法に問う」というムーブができないやつはリベラルを名乗って欲しくないんだが。
宇野氏がいっているリベラルはJSミルとかの古典的リベラルの立場で、いま日本政治で叩かれてるリベラルはヘイトスピーチ規制からジェンダー問題に対する国家介入まで行う進歩主義プログレッシブの立場のことでは
おりゃ政治っつうのは調整のことだと思ってる
思想は分からないが言いたいことは分かる気がする。「自分の所属が正しいから自分の行動は正当化される」って態度が保守であって、リベラルじゃないんよな
"絶対的な正しさを振りかざして他者に攻撃的になるのをいかに抑制できるか。それが形容詞系としての、態度としての「リベラル」の本質"
社会が公正だったことはただの一度もなく上から目線で高説を垂れるリベラルの足元に踏みつけにしてきた人々の山が透けて見えるから嫌いなんだよ。
訳しすぎててウケる 🤣 > 英語で red diaper baby、「おしめまでアカちゃん」とでもいう、共産主義系の家系に生まれたことを指す言い方がありますが
"「リベラルである」とは、絶対的な正しさを掲げて人を攻撃することではなく、むしろそうした攻撃性をいかに抑えるかに根ざしている。そこにこそ、今なおリベラルを考える意味があると思います。"
ここでは日本のリベラルは(対談でいわれてるのとは違って)〜 というブコメが散見されるが、すると古典的なリベラリズムなら納得するんだろうか。それとも、要はネオリベ志向って事なのかな
「今は本当に不当なラベルを貼られすぎて」それは同意する。無能極右と、エセフェミを除けば、たいていの人は入管殺人は良くないものとみなすし、勝手にエロと見做して表現の自由を奪うのは間違ってると考える
"絶対的な正しさを振りかざして他者に攻撃的になるのをいかに抑制できるか。それが形容詞系としての、態度としての「リベラル」の本質だ" じゃあ、リベラルって全然いないじゃん
もう誰にも相手にされていない終わった人っていう印象ですね。
リベラルとリベラリズムは区別するべきという話があった.井上達夫のリベラリズムは公正とか正義を含意.例えばアファーマティブ・アクションや自衛隊忌避はリベラルだがリベラリズムとは少し違うと思う.
ポリコレが「政治的に(のみ)正しい」という抑制的な立場ならあり。人の心まで覗き込んで根っこからの差別主義者という認定証を勝手に作って配り歩いた時点で無理。(元のロールズの「転向」は勿論まとも)
買ってあるが読み途中の本。朱喜哲は「〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす 正義の反対は別の正義か」もよかった
被害者意識のリベラルの醜さをご自身で見事に表現されているね。
嫌われる代わりに主張を広めようとしているようなアテンションエコノミー的な行動を取っているように見えるけどね。イメージは簡単に回復しないけど「黙殺」を受け入れて過激派と距離取った方がいいんじゃないか
共産党をはじめとする極左が造反有理を地でいくSNS工作をしたために、(まともな人ならみんな頭おかしいとみなす)ウヨが幅を利かす世の中よりもよっぽどマズい事態を招いたと思っています。
私もリベラルの理念は正しく人類を幸福にすると思うよ。でも、リベラルを声高に叫ぶ人の正義には、自分のような金がなく社会的地位もなく伴侶も得られなかった清潔感のないおっさんが含まれているのか疑問なんだ。
リベラルは絶対正義だと信じ込む限り行き着く先はパターナリズムなんで、リベラルなんて思想すら捨て去って仲間増やすことだけ考えてれば良い。自ずと道は見えてくる。
”「リベラル」と言うと正しいことを言って譲らずみんなに説教する人たちだというイメージ”そうでなくて絶対的な正しさを振りかざして他者に攻撃的になるのをいかに抑制できるか”態度としての「リベラル」の本質”
red diaper babyを「おしめまでアカちゃん」と訳すの面白い。/リベラル業界は内側の腐敗を解消する気概が無さ過ぎる。本文でも申し訳程度の抽象的言及しかない(あるだけマシだが)。先ず身内のファシスト共を何とかしれ。
"遠くにいる、知らない人より、身の回りの仲間の方を助けたい" これは1回でも親しく言葉を交わしたことのある人に対する思いだし感情なのよね。国民とか民族とかは関係ない。
議論してコンセンサスを得ることに耐えられない人が多数派というのが現実なんだろうな。
攻撃性はただの道具である理念や原則を検証不能に扱ってる現れでリベラルが攻撃的なわけじゃない その不可逆性が敵味方の判定ツール化してるってだけ 皮肉なのはこの権威的構造は本来リベラルの敵だというところ
SNSでの自称リベラルの人たちの発信を見て感じるのは一部の人たちのDEI意識の低さ。攻撃的かつ排他的な発信をする人たちのせいで印象が最悪になる
「戦争はよくない、弱者を守ろう」こんな感じのリベラルが、攻撃性を持つのはとても単純だよ。ようは、歴史や文化が破壊されて、幼稚な世界になっているからだよ。「自由が大事」という価値観は子供に有利なんだよw
そもそもリベラルは左翼ではないし、一億総中流と呼ばれた平等社会は日本単一民族説と二人三脚の非リベラル時代で学校化とも呼ばれた。今、格差上等で利己的な勢力こそそのカウンターてしてのリベラルだとも言える話
この二人がリベラルについて悲観的に語ると言うのは日本だけではなく世界的な徴候を受けてだよね。宇野先生は中に出てくる日本学術会議の菅政権の蛮行があったり。加藤陽子先生なんてフツーに歴史学者なのにね。
民主主義やリベラルへの冷笑が蔓延する現代、その理想が欺瞞に見えても投げ捨てるべきではない。「嘘」とされる理想を少しでも現実に近づけるため、対話を続け努力することこそが責任ある大人の態度だ
"「リベラルである」とは、絶対的な正しさを掲げて人を攻撃することではなく、むしろそうした攻撃性をいかに抑えるかに根ざしている" / 主に後編だが、宇野の言う共通善に朱がかなり厳しく切り込んでいて熱い
「あなたが一体何を守りしたいと思っているのか、言ってください」とかいう割に言うと自分の考えを押し付けてくるのが左翼。全然リベラルじゃない。僕は家族と自分以外はどうでもいい。
"今はむき出しの暴力が世の中を動かし"/リベラルの本質は"絶対的な正しさを振りかざして他者に攻撃的になるのをいかに抑制"/"自らの帝国主義的利益をデモクラシーの名前をもとに推進するのがかつてのアメリカの偽善"
ローティは可哀想なんだ。ポストモダンを貫徹しすぎて、ポストモダンかぶれの文化左翼共を無根拠な思想にしがみつく穀潰しだと暴き、社会的に孤立した。21世紀の文化左翼の覇権詳細➡️https://note.com/ganot/n/n4ba447c331a2
日本ローカルだと"リベラル"勢力は昭和の化石でしかなくて、政権運営や選挙のみならず、理念の妥当性でも自民党に負け続けた末に、呪詛と保身しか中身がなくなったのが攻撃性の原因では。改憲で成仏させるのもよし。
態度としての『リベラル』を再考する 宇野重規×朱喜哲対談「バラバラな世界で、私たちは何を共有しうるか」前編【バラバラな世界で共に生きる】 | NHK出版デジタルマガジン
"「リベラルである」とは、絶対的な正しさを掲げて人を攻撃することではなく、むしろそうした攻撃性をいかに抑えるか"まさにこれだと思うし、一方で実社会で『リベラル』を名乗る勢力の実態がここから離れ過ぎてる。
【身の回りの人々だけじゃなくて、遠くの他者も同じ人間なんだから、等しく個人として認識】を本当に実践してたら、リベラルは人気が出る。でも遠くのウイグル人が虐殺されても、見猿聞か猿言わ猿が日本リベラル。
政治以前に社会の共通言語が壊れかけてる感覚は確かにあるな
Wokeによる、法の支配を逸脱した暴力は少し落ち着いているが、自民党が「立党70年ビジョンで保守とリベラリズムの両立を主張しはじめた。そのうちリベラルの意味を乗っ取られそう。
リベラルに言いたい事は単純だ。命どぅ宝と叫ぶなら、警備員や高校生の命も宝として扱えよ。
『政治的リベラリズム』の問題点はミアシャイマーの「The Great Delusion(リベラリズムという妄想)」に大いに納得してる。逆にリベラリスト自認の方は本書に全力反論しながら読むとめっちゃ強くなると思います。オススメ
共有は無理なんじゃない?日本で自称リベラルの人は、多様性を叫びながら自分と違う意見を攻撃するサイコパスだからな
いや、態度の問題ではなくて(態度も問題だろうけど)、そもそも『「リベラル」という名の事実上の社会主義( https://b.hatena.ne.jp/entry/4687653399712703714/comment/rag_en )は正しくない』という話からすべきでしょ。
政治が上で社会が下ってなりがちだけど、社会の氷山の一角としての政治な所はあるよな。実情を無視した規制は破らないとまともに生活できないように。
"リベラリズムの欺瞞、デモクラシーの嘘はその通りですが、ならば捨てるのか。むしろ嘘で欺瞞なんだけど、それを少しでもリアリティのあるものにする努力が必要じゃないか" ラーメンと同じだ……!
"民主主義どころか、もっと遡っていって、政治すらあるのかという雰囲気にすらなっている" この指摘がいちばん面白かった。
「他者の権利を許容し、自己の権利との衝突時はまず対話し、解決できない場合は司法に問う」というムーブができないやつはリベラルを名乗って欲しくないんだが。
宇野氏がいっているリベラルはJSミルとかの古典的リベラルの立場で、いま日本政治で叩かれてるリベラルはヘイトスピーチ規制からジェンダー問題に対する国家介入まで行う進歩主義プログレッシブの立場のことでは
おりゃ政治っつうのは調整のことだと思ってる
思想は分からないが言いたいことは分かる気がする。「自分の所属が正しいから自分の行動は正当化される」って態度が保守であって、リベラルじゃないんよな
"絶対的な正しさを振りかざして他者に攻撃的になるのをいかに抑制できるか。それが形容詞系としての、態度としての「リベラル」の本質"
社会が公正だったことはただの一度もなく上から目線で高説を垂れるリベラルの足元に踏みつけにしてきた人々の山が透けて見えるから嫌いなんだよ。
訳しすぎててウケる 🤣 > 英語で red diaper baby、「おしめまでアカちゃん」とでもいう、共産主義系の家系に生まれたことを指す言い方がありますが
"「リベラルである」とは、絶対的な正しさを掲げて人を攻撃することではなく、むしろそうした攻撃性をいかに抑えるかに根ざしている。そこにこそ、今なおリベラルを考える意味があると思います。"
ここでは日本のリベラルは(対談でいわれてるのとは違って)〜 というブコメが散見されるが、すると古典的なリベラリズムなら納得するんだろうか。それとも、要はネオリベ志向って事なのかな
「今は本当に不当なラベルを貼られすぎて」それは同意する。無能極右と、エセフェミを除けば、たいていの人は入管殺人は良くないものとみなすし、勝手にエロと見做して表現の自由を奪うのは間違ってると考える
"絶対的な正しさを振りかざして他者に攻撃的になるのをいかに抑制できるか。それが形容詞系としての、態度としての「リベラル」の本質だ" じゃあ、リベラルって全然いないじゃん
もう誰にも相手にされていない終わった人っていう印象ですね。
リベラルとリベラリズムは区別するべきという話があった.井上達夫のリベラリズムは公正とか正義を含意.例えばアファーマティブ・アクションや自衛隊忌避はリベラルだがリベラリズムとは少し違うと思う.
ポリコレが「政治的に(のみ)正しい」という抑制的な立場ならあり。人の心まで覗き込んで根っこからの差別主義者という認定証を勝手に作って配り歩いた時点で無理。(元のロールズの「転向」は勿論まとも)
買ってあるが読み途中の本。朱喜哲は「〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす 正義の反対は別の正義か」もよかった
被害者意識のリベラルの醜さをご自身で見事に表現されているね。
嫌われる代わりに主張を広めようとしているようなアテンションエコノミー的な行動を取っているように見えるけどね。イメージは簡単に回復しないけど「黙殺」を受け入れて過激派と距離取った方がいいんじゃないか
共産党をはじめとする極左が造反有理を地でいくSNS工作をしたために、(まともな人ならみんな頭おかしいとみなす)ウヨが幅を利かす世の中よりもよっぽどマズい事態を招いたと思っています。
私もリベラルの理念は正しく人類を幸福にすると思うよ。でも、リベラルを声高に叫ぶ人の正義には、自分のような金がなく社会的地位もなく伴侶も得られなかった清潔感のないおっさんが含まれているのか疑問なんだ。
リベラルは絶対正義だと信じ込む限り行き着く先はパターナリズムなんで、リベラルなんて思想すら捨て去って仲間増やすことだけ考えてれば良い。自ずと道は見えてくる。
”「リベラル」と言うと正しいことを言って譲らずみんなに説教する人たちだというイメージ”そうでなくて絶対的な正しさを振りかざして他者に攻撃的になるのをいかに抑制できるか”態度としての「リベラル」の本質”
red diaper babyを「おしめまでアカちゃん」と訳すの面白い。/リベラル業界は内側の腐敗を解消する気概が無さ過ぎる。本文でも申し訳程度の抽象的言及しかない(あるだけマシだが)。先ず身内のファシスト共を何とかしれ。
"遠くにいる、知らない人より、身の回りの仲間の方を助けたい" これは1回でも親しく言葉を交わしたことのある人に対する思いだし感情なのよね。国民とか民族とかは関係ない。
議論してコンセンサスを得ることに耐えられない人が多数派というのが現実なんだろうな。
攻撃性はただの道具である理念や原則を検証不能に扱ってる現れでリベラルが攻撃的なわけじゃない その不可逆性が敵味方の判定ツール化してるってだけ 皮肉なのはこの権威的構造は本来リベラルの敵だというところ
SNSでの自称リベラルの人たちの発信を見て感じるのは一部の人たちのDEI意識の低さ。攻撃的かつ排他的な発信をする人たちのせいで印象が最悪になる
「戦争はよくない、弱者を守ろう」こんな感じのリベラルが、攻撃性を持つのはとても単純だよ。ようは、歴史や文化が破壊されて、幼稚な世界になっているからだよ。「自由が大事」という価値観は子供に有利なんだよw
そもそもリベラルは左翼ではないし、一億総中流と呼ばれた平等社会は日本単一民族説と二人三脚の非リベラル時代で学校化とも呼ばれた。今、格差上等で利己的な勢力こそそのカウンターてしてのリベラルだとも言える話
この二人がリベラルについて悲観的に語ると言うのは日本だけではなく世界的な徴候を受けてだよね。宇野先生は中に出てくる日本学術会議の菅政権の蛮行があったり。加藤陽子先生なんてフツーに歴史学者なのにね。
民主主義やリベラルへの冷笑が蔓延する現代、その理想が欺瞞に見えても投げ捨てるべきではない。「嘘」とされる理想を少しでも現実に近づけるため、対話を続け努力することこそが責任ある大人の態度だ
"「リベラルである」とは、絶対的な正しさを掲げて人を攻撃することではなく、むしろそうした攻撃性をいかに抑えるかに根ざしている" / 主に後編だが、宇野の言う共通善に朱がかなり厳しく切り込んでいて熱い
「あなたが一体何を守りしたいと思っているのか、言ってください」とかいう割に言うと自分の考えを押し付けてくるのが左翼。全然リベラルじゃない。僕は家族と自分以外はどうでもいい。
"今はむき出しの暴力が世の中を動かし"/リベラルの本質は"絶対的な正しさを振りかざして他者に攻撃的になるのをいかに抑制"/"自らの帝国主義的利益をデモクラシーの名前をもとに推進するのがかつてのアメリカの偽善"
ローティは可哀想なんだ。ポストモダンを貫徹しすぎて、ポストモダンかぶれの文化左翼共を無根拠な思想にしがみつく穀潰しだと暴き、社会的に孤立した。21世紀の文化左翼の覇権詳細➡️https://note.com/ganot/n/n4ba447c331a2
日本ローカルだと"リベラル"勢力は昭和の化石でしかなくて、政権運営や選挙のみならず、理念の妥当性でも自民党に負け続けた末に、呪詛と保身しか中身がなくなったのが攻撃性の原因では。改憲で成仏させるのもよし。