糞ダサい奴らだ。おれはこんな事を考えずに済む両親の下に生まれて良かった。
子供を作るのは個人の自由というが、社会を成り立たせるためには手段として子供を作る必要もある。それは事実なので認めないといけない。
こんなことを話すために人間は人間になったんじゃねぇよ!
ご自身が生まれてきたくなかったと言うのは勝手だが、他人にまで一般化して「だから子供を生むべきでない」とか言い出すのは頭おかしいと思う。他人はお前じゃねーんだよ
「もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろう」と思うことはある。
「主義」とか言ってる人みんなアレ
人生に悩んだら、頑張って11億を稼いで、はてなにあげればいいよ
ひどい二日酔いの時そういう気持ちになるからよくわかる / マジレスすると意味とか価値みたいな人為的なラベルを絶対視しすぎ。風や波と同じように生まれては消えていく、よかったも悪かったもない
価値があるとされるものに価値を感じることができない環境だった では自分にとって価値のあるものとは何なのか わざわざ恵まれなかった価値観に合わせて喪失に付き合うことなんかない 余白は膨大なんだから
生まれてこないほうがよかった、という思いを抱えている人の至る先が反出生主義なのか、その手前の癒しで止まるのかはともかく、視点を啓く意味でもあらゆる主張が認められるべきだと思う、著者に賛同する主義のワイ
自分は生まれてきて良かったけどたまたま運よくガチャ大成功しただけなので、他人の人生を賭け金にしてガチャ引くのは不正義だと考えている
死にたいとは思わないけどさ、生きていたくないとはやっぱり思ってしまうよ、人に言ったことないから許して欲しい
就職氷河期の時は良くこう考えてた、自然な思考の先の結果じゃないかな/あと養子も考えたのだけど、意外と養子を取るハードルは高いように思う(専業主婦がいる前提かと…今もそうか分からんが)
死にたい人が勝手に死んでも実は誰も気にしてないからね。だから悩む必要なんてないのよ。
昔の人は子供を大事にしたから多産だったとか大ウソ。単に自営の農民や漁民や自営商店は労働力として自家の子が必要だった。家の仕事を継ぐのではなく総サラリーマン化した現代では20歳前後までの養育費は重荷なだけ
チッチェ人間だな。どうでもいいことで悩むな。
人類安楽死計画
無難で当たり前のことしか書いてないけど、道徳を棍棒にしてきた人や、既に賭けてしまった人には受け入れ難かろう。文明社会を存続したいという主張も一つの「主義」でしかない。
反出生主義が結婚して子供産みましたツイート、noteなんか見ると甘ったれたバカな考えだってのがよくわかる。問題は願望はあるのにできない方だよ。
子供産んだけど、反出生主義の人のいうことよく分かるし共感できるんだよね。まぁ産んだんだけど。
“「始めなければよかったことを、途中でやめる必要はない」” … (いわゆる)「反出生主義」を激しく批難する人が見受けられるけど、何がその逆鱗に触れてるんだろうか。
人生は美味しいものを口に入れて驚く瞬間、誰かとどうでもいいことで苦しくなるほど笑う瞬間、にあると思う。その「点」がいくつかあれば元は取れるし正直5歳までに100回はある。かつ、死ぬのっていつでもできる。
私も生まれてきてごめんって思いながら子供産んだ。矛盾してるな。自分自身は大嫌いだけど家族は愛してるよ。
"問題は、子どもを持ちたいという気持ちだけが「自然で本能的」とされ、持ちたくないという気持ちが「不自然で異常」とされることです"
私は世間で厄介者扱いされてきてるから、世間において私が子供を作る意味はない(子供も厄介者になる可能性が高いので)自分には生産性があると思ってる人だけ子作りしてれば世間にとっては良いことだろう。
まずは、その人の話を聞きなよ。哲学は形式を伝えるだけで、形式を語れば、自分は普遍を語り尽くして説明できます、みたいなアホが多すぎ。あなたの役割はフレームに従って事象を仕分ける、ひよこのおすめす判定か?
生まれてこなければ 本当は良かったのに🎵
産まれたくなかったわーなどと考えられるのはまだマシな状態かも。息をするのもしんどい耐え難い苦痛の中にいる時、死は絶望の末に選ぶものではなくポジティブな希望あふれる選択肢なのよ。
必死に生きていた171人を犠牲にして作られたダムからエネルギーを貰って生きている身からすると、傍にクソみたいなポエムで悦に浸っている奴がいると腹立つかな。「生まれてこないほうがよかった」奴に生かされるなよ
むしろ子をなすことで反出生主義的な悩みが保留あるいは転嫁されるのでは、と思ったけど、この本はそういった余裕が全くない人に向けたものなのかもしれない。
自分は生まれて来ない方が良かった人間で死ぬべきだと幼少期から思っているがそれ社会や制度の問題だと思わない。自分の努力不足や選択ミスの積み重ねだと思っている。社会や制度の問題にしたら他責思考だよ。
ベネターは新たな命よりも既に生まれた孤児を引き取るほうが好ましい、と例として論立てしている。何故貴方方は孤児を放置して自分の子を作りたがるのか(血の繋がった子が欲しいと言うのは親の欲望でしかない)。
哲学でもなんでもない。自己愛。甘ちゃん。他責。これらを賢しげな糖衣でくるんで慰める。慰められるか?社会の活力をそぎ落とすアカの考えそうなこった。カルトだよ。誰しも持ってるネガ感情をさも特別と思わせる。
反出生主義は生まれないことが最善。だが我々がこの世に生まれ堕ちる事は避けられないものである。そして生むことが自由であるならば苦痛無く死ぬことへのアクセスが自由で無くては釣り合いが取れないと俺は考える。
反出生主義者だが最近はそれ以前にハード決定論者なので、出生主義者にも自由意志はないから好きにしたらとも思う。多産を奨励する宗教は強いので、反出生主義を完遂させるとなると絶滅テロが必要になるでしょう。
幼い頃、魂入替り妄想は当たり前にしたが、今の自分が好きと思うキモチも何かを愛おしく思う心も、その元となる経験ごと失われるならば それはもう自分ではないし、魂が離れてもこの葛藤は体に残ると考え無意味と結
毎度言ってるが、反出生主義とは他人の幸せについて私はジャッジできるんですよという大変傲慢な思想。歪んだパターナリズム。存在して初めて幸不幸が存在する。生まれないほうが"よかった"を受け取る主体がいない。
恵まれてる地位にいる大学教授が、反出生主義ってのは、それ自体が理論的に反してる気がするんだがね。反出生主義を正しく主張できる人間は存在しえない。特に恵まれた国日本では。その意味で反出生主義は常に間違い
Xとかで検索してみりゃ分かると思いますが、反出生主義の95%くらいがただの出産コンプレックスツイフェミ気質女で、子供の未来を憂うような言いわけをしつつ、妊婦・子持ち垢に嫌がらせしてたりするのが現状っスね
子供を作ることは反出生主義よりもはるかに傲慢。なぜ他人の死と苦痛を望むのか。弾が出るかわかんないからって、他人に銃口向けてロシアンルーレットするか?
後半に盛り上がった映画は観てよかったになるし、人生は死ぬまで続く映画なんだから見なければよかったと言える瞬間なんて生前には存在しない。感想を言えるのは幕が下りた後だからね。あの世でしか後悔できない。
ここでもベネターも、森岡正博すら読んだことがないであろうアカウントが、賢しらで見当外れの批判にもなっていない批判をしている。
なんかチグハグでよくわからない。「苦痛を取り除いて楽に生き」られると言いながら反出生主義なの?
再生産できない社会を肯定するやつは共同体のフリーライダーだよ。
わたしの親は生まれたわたしに障害があることを悲観して養育先を探すなどの手続きを経て手放したのでお互いの不快を避ける選択ができて賢かったのですがそれはそれとして生まれなければ一番良かったと執われはします
“ベネターは、反出生主義の代表者ともいうべき人物で、「すべての感覚ある存在は生まれるべきではない」と強く主張” やはりガチの主張は違うな
「生まれてきて幸せ」と感じる人もいる。しかしそれは無差別に生むことを正当化する根拠にはならない、という理屈だったはず。生まれる本人の同意がない以上、幸福より苦痛の存在を優先的に問題視すべきという主張。
定義上、生まれないほうがイイという考えを他者にも勧めようという発想がないと、反出生主義にはならんのだとさ。そんなやついる?
反出生主義の人が障害者の自死について あまりにも肯定的というか、とめてはいけないみたいな感じで、この人ら死に神だわと感じた。ちょっと ため息ついただけで わかります! お手伝いしたいです!みたいな差別者。
難しいことはボクにはわかんないけど、美味しいカリカリ食べて昼寝しよにゃ!
現代人はある程度みんな反出生主義者だろう。『育てる事が出来ないのに(=幸せを用意出来ないのに)無責任に子供なんか作るな』とほとんどの人は言う。反出生主義は正しくその延長上にある考え方なわけですから
至極当然の主張だと思う。コレに怒りを覚える人達は(不幸への単なる想像力・記憶力の不足でなければ)他人への義務感が人生の中心なんだろうが、ソレはソレで心配になる。
違うとも言い切れずベン図をイメージする
もやっとする理由は、彼の主張が信用できないからかな。恵まれてない状況に対し、元から欲してねーしって強がってるだけに見える。生物の欲求や本能の否定って生き物には難しいよ、自分が気づいてないだけで持ってる
「(自分は)生まれてこないほうが良かった(けど、他人については生まれて良かったかどうかなんて別にどうでもいい)」のカッコ内を省略してる人は割といると思う
増えてる時の日本はこういうこと思う人が少なかったと思うので経済成長して住んでる国が成熟すると多かれ少なかれこういう考え方が出てくるのが人間というか生き物の本能なのかも。
ヴィーガンとか原理主義者もそうだけど、全人類を対象に「そうするべきだ」「そうあるべきだ」と他人に強要しなければ特に問題はない。同情はするけど
ボヘミアンラプソディーだ。I do'nt wanna die.I sometimes wish I'd never been born at all.
快楽よりも苦痛の回避が勝るという前提は、反出生主義が勝手に置いただけの前提なのだが信者にとっては世の中の真理に見えるらしい
自分自身は同意するけど、他人が同意するかはどうでもいいかな
生まれてこない方がよかったとおもい、変な思想を広めたいならとっとと死ねと言われても仕方ないのでは
交通事故に遭わないためには出かけるべきではないという思想なんだよあなあ。功利主義が基礎にあるのはわかるが苦痛の減らし方についても理解が浅いと感じる。個人が楽に生きるためという範疇を脱してなければいいが
人口辺土地等のresourceが潤沢で,非大卒等 競争で劣後しても生活水準が殆ど劣化せぬ地域とする地域では矢張違うか.(よく"最過密地は子供の教育/仕事の選択肢が豊富で~"と聞くが,子の競争性が低い場合,非過密地に比べ
近刊なら『ブラッド・コバルト コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで』あたりを一読してから、同じことが言えるかどうか考えてみてください
端的に私(とパートナー)は子供を持たない選択をした。持った人を責める気もないし、尊いとすら思う。しかし自身はそれを選択しない。それだけだよ。
生まれてこないほうがよかったって一生言ってる人間いないので(既に死んでるから?)あんまきにせんでええな
ヨブ記のヨブも「わたしの生まれた日は滅びうせよ」と嘆いたのに対して、神は『全知全能の俺に対してお前がそれ言える根拠無くね?』と返したので、人間には「出生そのものを最終的に否定する認識論的資格」が無い
産めよ増やせよやってた宗教のベクトルをちょっと向き変えただけぽいが。
ベネターも別に自殺を推奨してるわけじゃないけど…多分記事書いた記者のミスリードっぽい気がする。小島はやや自己啓発っぽい感じ。
生きる苦痛を取り除いて楽に生きるってメッチャ仏教だな。2500年前に到達してた仏陀スゲェ
親が子供に「親より先に死ぬのは親不孝ものだ」と小さい頃からいうのもけっこう害が多いと思う。
反出生主義の思想がどうにも気になってしまう理由は、究極の優しさがそこにあるから。よく考えてみるとニヒリズムとは似て非なるものだと分かるよ
新しい考えだとは思えない。「生まれてこなければ良かった」けれど「今すぐ死ぬ必要はない」、これは仏教の一切皆苦とどう違うのか?
私は「産むべきでない」派や「生まれたくなかった」派ではなく、「産むなら倫理的正しくなさを自覚して覚悟の上で産め」派です
苦痛を感じるのは脳の障害や病気なので、治療がおすすめ。現代医学は宗教や哲学よりも「効く」
個人の抱えている辛さ、苦しさを全人類的な否定にすれば救われる人がいる、という魔法。効かない人には全く効かない。必要ないから。
『隣にいる人の苦しみがその人の責任ではないこと、もしかしたらその人が苦しんでいるおかげで自分が楽に生きられているかもしれないこと』/ 雑な書籍抜粋記事じゃないのが好感。
自分は生まれるべきではなかったと、自分の出生を恨んでる人には何度かあった事あるけど、人類みな生まれる(こどもをつくる)べきではないという人は会った事ないんだよな。やば思想の自覚あって言わないだけかもだが
自分は「生まれたくなかった」と思うけど、今生きてる人は幸せになれって思ってる。それはそれとして、自分は子供を作らないし、それを他人には強要しない。それだけ。
反出生主義とは他人の幸せについて私はジャッジできるんですよという大変傲慢な思想←そうか……?「出生は本人の合意が取れない」「生まれると不幸も待っている」という自然な前提の元の考えと俺は理解してるが
“「生きづらさの原因は個人ではなく制度にある」と語る” 制度に向けた言葉の受け取り手は社会構成者、が小島氏の考えかと。冒頭も読んでなさそなブコメが人気でガチャ外れた人が生まれたくなかったと言うのも納得
個人で実践する分には多様性かなって感じだけど、それを『正しさ』とか言い出すとなんだかなぁって感じ。『生』というモノを人間の考えた倫理なんてモノだけで全て計れると思うのは傲慢だし、ある種の病理に思える。
自分が生まれてこなければよかったって思うのは全然いいんだけど、反出生主義の「生まれるべきではない」は普通に大嫌いです。「生むべきだ」と何ら変わりない。出産は許されるべき愚行権だよ。
つまらない映画でも「こんな映画を見てさあ」というネタに出来るので経験としては無駄ではない。何ならうっすら確信犯でクソ映画にいくまである。映画を比喩にする割には映画好きの行動原理を分かってない。
反出生主義は言語の副作用でしかない。ヒトは言語のせいでいろいろな考え方があると錯覚しているだけ。正しいとか、正しくないとか、全て錯覚。ヒトはただの繁殖するだけのケモノ。
はてブの文字数などで簡単にコメントできることではない
「産むな」と主張し外野からレッテルを貼られるのではなく「出産前に産まれる子供の同意を取れ」と主張すべきだと考えています/「産まれたいかもしれない」で同意なくギャンブルをさせるのは倫理的に悪ですよね?
「生きづらさの原因は個人ではなく制度にある」政府が声高に「家族の絆」などと押し付け標榜する事が家族の問題で悩む人に親を否定する事や家族から離れる事を抑圧していると考える。
「親に感謝せよ」「子どもをもつのはよいこと」「人生には意味があるべき」って言うほど社会的に強制されてるか?と個人的には思うが、そう感じられる人や界隈もあるのだろう。それが反出生主義の根とのこと。
ずーっと反出生主義だったけど、最近変わりつつある。決定的だったのは、自分の人生には自分で責任を持とうと決めたこと。自分の幸不幸を人任せにするのはやめた。すると部分的に人に頼ることも楽になった。
(ある時期まで、反出生主義をどうでもよいものとみていたけれども、最近、ちょっと興味を持つようになってきたのでブクマしておこう)
反出生主義はゼロリスクの極みで全く受け入れられない。
そんなだいそれた話じゃないけれど、自分に似たものを拡大再生産したくないから子供はいらない。
思想としての反出生はそうだろうが、ネット上で見る反出生はほぼ反「家族形成」・「男女関係」・「生殖行為」の過激派で、実のところ単なるミサンドリーだから
理由が内ではなく外(社会)にあるというのはそうだとは思う…ただ社会というよりは社会の影響を受けた家庭の要因が大きいと思ってる…結局安定型の愛着であれば…それを育めない社会ってのはそれはそうで…
反出生主義は他人に冷徹な視線を要求する割に自分のことはふわふわなのが馬鹿。退屈な映画を最後まで見るのは非合理的な感情のバグで、それを否定するのが反出生主義だろ。他人に要求しないなら反出生主義ではない。
貧乏おじさんだけど、最低限の元気はある。恵まれてるのかもしれないな。
『産むだけで親になれるわけじゃない』(公共広告機構 2001)親が責任を果たさず不幸になる子供を減らしたいと思うのは何もおかしくない。家族作ってナンボみたいな規範意識こそ傲慢。
原始時代でも理由は外にあるだろうし。我思う〜って奴を思ってしまうね。
存在しなかったほうがよかったと言う悩みに対しては、そういうこともあるだろうね。と言う以外の方法はないのでは?理由なんて個人ごとに色々だろうし、苦が問題ならその根源は生だって既に答えは出てる。
共感しかない。まさに私の言いたいことはこれだ
もしこの世の負の面をすべて知ったうえで生まれるか選べるとしたらどれくらいが生まれることを選ぶか?
映画の例はわかりやすい。始まったものについては辞める必要はないが、始まりを選べるとしたら……どうなんだろうね。
周囲には「『生まれたくなんかなかったのに』と感じている人に対して、努力が足りないと決めつけるのをやめてほしい」、当事者には「苦痛を避けて自分を大切にし、他者を加害しない」生き方がある、と。
なので反出生主義は基本的には生きづらさを抱える人の救いにはならないと思うのだが。
究極の他責思考
孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく。林の中の象のように。
斜陽産業を継がされた二代目経営者がいかに事業を畳むかにのみ注力するようなものだよ
いったん生まれてしまった以上、人生には続ける価値があることがほとんどです。 〉ほとんどって何? 続ける価値が無いと感じながら続けるのはつらい
うーん。多分かなりまだ無理解なんだろうけど、「生まれたこと」(=他者の選択)を非難しながら「生きていること」(=自己の選択)を棚上げしてるように聞こえてしまう/社会や構造の奴隷になる必要がない点は同意
生まれてよかったね。じゃなきゃ「生まれてこないほうがよかった」なんて考えることすらできない。みんな完璧を求めすぎるよ。SNSの『毒親』エピソードは8割方『普通の親』だ。マンガのような完璧親などいないのよ。
俺が生まれたくなかっただけなんだよ、他人の事なんて言及していないのにしていると言い張る奴が多すぎる。
自分がそう思うだけなら内心の自由で全然いいし、人間誰しも考えたことくらいあると思うんだけど、主義ではないよね。
そそ、「生きたくもないが死にたくもない。」ですわ。私は自身の低スぺさが故に20代で断種したけど、30代でちょいIQ高めのADHDマンと診断されたので、不幸の再生産防止として断種してよかったと思うわ。
「生まれてきた」って能動態、自己裁量での生の選択みたいに言わんでくれ。ポリアモリーな父と母が自分本位にセックスしたから一方的に生成されただけだぞ。生んで即棄てて離婚なら生ま「れ」ない方がよかったぞい
「生まれてこないほうがよかった」と「死んだほうがよい」は違う、反出生主義が示す苦痛を取り除いて楽に生きる術 【著者が語る】『生まれたくなんかなかったのに』の小島和男が語る、生きる上での苦痛を減らすための哲学 | JBpress (ジェイビープレス)
糞ダサい奴らだ。おれはこんな事を考えずに済む両親の下に生まれて良かった。
子供を作るのは個人の自由というが、社会を成り立たせるためには手段として子供を作る必要もある。それは事実なので認めないといけない。
こんなことを話すために人間は人間になったんじゃねぇよ!
ご自身が生まれてきたくなかったと言うのは勝手だが、他人にまで一般化して「だから子供を生むべきでない」とか言い出すのは頭おかしいと思う。他人はお前じゃねーんだよ
「もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろう」と思うことはある。
「主義」とか言ってる人みんなアレ
人生に悩んだら、頑張って11億を稼いで、はてなにあげればいいよ
ひどい二日酔いの時そういう気持ちになるからよくわかる / マジレスすると意味とか価値みたいな人為的なラベルを絶対視しすぎ。風や波と同じように生まれては消えていく、よかったも悪かったもない
価値があるとされるものに価値を感じることができない環境だった では自分にとって価値のあるものとは何なのか わざわざ恵まれなかった価値観に合わせて喪失に付き合うことなんかない 余白は膨大なんだから
生まれてこないほうがよかった、という思いを抱えている人の至る先が反出生主義なのか、その手前の癒しで止まるのかはともかく、視点を啓く意味でもあらゆる主張が認められるべきだと思う、著者に賛同する主義のワイ
自分は生まれてきて良かったけどたまたま運よくガチャ大成功しただけなので、他人の人生を賭け金にしてガチャ引くのは不正義だと考えている
死にたいとは思わないけどさ、生きていたくないとはやっぱり思ってしまうよ、人に言ったことないから許して欲しい
就職氷河期の時は良くこう考えてた、自然な思考の先の結果じゃないかな/あと養子も考えたのだけど、意外と養子を取るハードルは高いように思う(専業主婦がいる前提かと…今もそうか分からんが)
死にたい人が勝手に死んでも実は誰も気にしてないからね。だから悩む必要なんてないのよ。
昔の人は子供を大事にしたから多産だったとか大ウソ。単に自営の農民や漁民や自営商店は労働力として自家の子が必要だった。家の仕事を継ぐのではなく総サラリーマン化した現代では20歳前後までの養育費は重荷なだけ
チッチェ人間だな。どうでもいいことで悩むな。
人類安楽死計画
無難で当たり前のことしか書いてないけど、道徳を棍棒にしてきた人や、既に賭けてしまった人には受け入れ難かろう。文明社会を存続したいという主張も一つの「主義」でしかない。
反出生主義が結婚して子供産みましたツイート、noteなんか見ると甘ったれたバカな考えだってのがよくわかる。問題は願望はあるのにできない方だよ。
子供産んだけど、反出生主義の人のいうことよく分かるし共感できるんだよね。まぁ産んだんだけど。
“「始めなければよかったことを、途中でやめる必要はない」” … (いわゆる)「反出生主義」を激しく批難する人が見受けられるけど、何がその逆鱗に触れてるんだろうか。
人生は美味しいものを口に入れて驚く瞬間、誰かとどうでもいいことで苦しくなるほど笑う瞬間、にあると思う。その「点」がいくつかあれば元は取れるし正直5歳までに100回はある。かつ、死ぬのっていつでもできる。
私も生まれてきてごめんって思いながら子供産んだ。矛盾してるな。自分自身は大嫌いだけど家族は愛してるよ。
"問題は、子どもを持ちたいという気持ちだけが「自然で本能的」とされ、持ちたくないという気持ちが「不自然で異常」とされることです"
私は世間で厄介者扱いされてきてるから、世間において私が子供を作る意味はない(子供も厄介者になる可能性が高いので)自分には生産性があると思ってる人だけ子作りしてれば世間にとっては良いことだろう。
まずは、その人の話を聞きなよ。哲学は形式を伝えるだけで、形式を語れば、自分は普遍を語り尽くして説明できます、みたいなアホが多すぎ。あなたの役割はフレームに従って事象を仕分ける、ひよこのおすめす判定か?
生まれてこなければ 本当は良かったのに🎵
産まれたくなかったわーなどと考えられるのはまだマシな状態かも。息をするのもしんどい耐え難い苦痛の中にいる時、死は絶望の末に選ぶものではなくポジティブな希望あふれる選択肢なのよ。
必死に生きていた171人を犠牲にして作られたダムからエネルギーを貰って生きている身からすると、傍にクソみたいなポエムで悦に浸っている奴がいると腹立つかな。「生まれてこないほうがよかった」奴に生かされるなよ
むしろ子をなすことで反出生主義的な悩みが保留あるいは転嫁されるのでは、と思ったけど、この本はそういった余裕が全くない人に向けたものなのかもしれない。
自分は生まれて来ない方が良かった人間で死ぬべきだと幼少期から思っているがそれ社会や制度の問題だと思わない。自分の努力不足や選択ミスの積み重ねだと思っている。社会や制度の問題にしたら他責思考だよ。
ベネターは新たな命よりも既に生まれた孤児を引き取るほうが好ましい、と例として論立てしている。何故貴方方は孤児を放置して自分の子を作りたがるのか(血の繋がった子が欲しいと言うのは親の欲望でしかない)。
哲学でもなんでもない。自己愛。甘ちゃん。他責。これらを賢しげな糖衣でくるんで慰める。慰められるか?社会の活力をそぎ落とすアカの考えそうなこった。カルトだよ。誰しも持ってるネガ感情をさも特別と思わせる。
反出生主義は生まれないことが最善。だが我々がこの世に生まれ堕ちる事は避けられないものである。そして生むことが自由であるならば苦痛無く死ぬことへのアクセスが自由で無くては釣り合いが取れないと俺は考える。
反出生主義者だが最近はそれ以前にハード決定論者なので、出生主義者にも自由意志はないから好きにしたらとも思う。多産を奨励する宗教は強いので、反出生主義を完遂させるとなると絶滅テロが必要になるでしょう。
幼い頃、魂入替り妄想は当たり前にしたが、今の自分が好きと思うキモチも何かを愛おしく思う心も、その元となる経験ごと失われるならば それはもう自分ではないし、魂が離れてもこの葛藤は体に残ると考え無意味と結
毎度言ってるが、反出生主義とは他人の幸せについて私はジャッジできるんですよという大変傲慢な思想。歪んだパターナリズム。存在して初めて幸不幸が存在する。生まれないほうが"よかった"を受け取る主体がいない。
恵まれてる地位にいる大学教授が、反出生主義ってのは、それ自体が理論的に反してる気がするんだがね。反出生主義を正しく主張できる人間は存在しえない。特に恵まれた国日本では。その意味で反出生主義は常に間違い
Xとかで検索してみりゃ分かると思いますが、反出生主義の95%くらいがただの出産コンプレックスツイフェミ気質女で、子供の未来を憂うような言いわけをしつつ、妊婦・子持ち垢に嫌がらせしてたりするのが現状っスね
子供を作ることは反出生主義よりもはるかに傲慢。なぜ他人の死と苦痛を望むのか。弾が出るかわかんないからって、他人に銃口向けてロシアンルーレットするか?
後半に盛り上がった映画は観てよかったになるし、人生は死ぬまで続く映画なんだから見なければよかったと言える瞬間なんて生前には存在しない。感想を言えるのは幕が下りた後だからね。あの世でしか後悔できない。
ここでもベネターも、森岡正博すら読んだことがないであろうアカウントが、賢しらで見当外れの批判にもなっていない批判をしている。
なんかチグハグでよくわからない。「苦痛を取り除いて楽に生き」られると言いながら反出生主義なの?
再生産できない社会を肯定するやつは共同体のフリーライダーだよ。
わたしの親は生まれたわたしに障害があることを悲観して養育先を探すなどの手続きを経て手放したのでお互いの不快を避ける選択ができて賢かったのですがそれはそれとして生まれなければ一番良かったと執われはします
“ベネターは、反出生主義の代表者ともいうべき人物で、「すべての感覚ある存在は生まれるべきではない」と強く主張” やはりガチの主張は違うな
「生まれてきて幸せ」と感じる人もいる。しかしそれは無差別に生むことを正当化する根拠にはならない、という理屈だったはず。生まれる本人の同意がない以上、幸福より苦痛の存在を優先的に問題視すべきという主張。
定義上、生まれないほうがイイという考えを他者にも勧めようという発想がないと、反出生主義にはならんのだとさ。そんなやついる?
反出生主義の人が障害者の自死について あまりにも肯定的というか、とめてはいけないみたいな感じで、この人ら死に神だわと感じた。ちょっと ため息ついただけで わかります! お手伝いしたいです!みたいな差別者。
難しいことはボクにはわかんないけど、美味しいカリカリ食べて昼寝しよにゃ!
現代人はある程度みんな反出生主義者だろう。『育てる事が出来ないのに(=幸せを用意出来ないのに)無責任に子供なんか作るな』とほとんどの人は言う。反出生主義は正しくその延長上にある考え方なわけですから
至極当然の主張だと思う。コレに怒りを覚える人達は(不幸への単なる想像力・記憶力の不足でなければ)他人への義務感が人生の中心なんだろうが、ソレはソレで心配になる。
違うとも言い切れずベン図をイメージする
もやっとする理由は、彼の主張が信用できないからかな。恵まれてない状況に対し、元から欲してねーしって強がってるだけに見える。生物の欲求や本能の否定って生き物には難しいよ、自分が気づいてないだけで持ってる
「(自分は)生まれてこないほうが良かった(けど、他人については生まれて良かったかどうかなんて別にどうでもいい)」のカッコ内を省略してる人は割といると思う
増えてる時の日本はこういうこと思う人が少なかったと思うので経済成長して住んでる国が成熟すると多かれ少なかれこういう考え方が出てくるのが人間というか生き物の本能なのかも。
ヴィーガンとか原理主義者もそうだけど、全人類を対象に「そうするべきだ」「そうあるべきだ」と他人に強要しなければ特に問題はない。同情はするけど
ボヘミアンラプソディーだ。I do'nt wanna die.I sometimes wish I'd never been born at all.
快楽よりも苦痛の回避が勝るという前提は、反出生主義が勝手に置いただけの前提なのだが信者にとっては世の中の真理に見えるらしい
自分自身は同意するけど、他人が同意するかはどうでもいいかな
生まれてこない方がよかったとおもい、変な思想を広めたいならとっとと死ねと言われても仕方ないのでは
交通事故に遭わないためには出かけるべきではないという思想なんだよあなあ。功利主義が基礎にあるのはわかるが苦痛の減らし方についても理解が浅いと感じる。個人が楽に生きるためという範疇を脱してなければいいが
人口辺土地等のresourceが潤沢で,非大卒等 競争で劣後しても生活水準が殆ど劣化せぬ地域とする地域では矢張違うか.(よく"最過密地は子供の教育/仕事の選択肢が豊富で~"と聞くが,子の競争性が低い場合,非過密地に比べ
近刊なら『ブラッド・コバルト コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで』あたりを一読してから、同じことが言えるかどうか考えてみてください
端的に私(とパートナー)は子供を持たない選択をした。持った人を責める気もないし、尊いとすら思う。しかし自身はそれを選択しない。それだけだよ。
生まれてこないほうがよかったって一生言ってる人間いないので(既に死んでるから?)あんまきにせんでええな
ヨブ記のヨブも「わたしの生まれた日は滅びうせよ」と嘆いたのに対して、神は『全知全能の俺に対してお前がそれ言える根拠無くね?』と返したので、人間には「出生そのものを最終的に否定する認識論的資格」が無い
産めよ増やせよやってた宗教のベクトルをちょっと向き変えただけぽいが。
ベネターも別に自殺を推奨してるわけじゃないけど…多分記事書いた記者のミスリードっぽい気がする。小島はやや自己啓発っぽい感じ。
生きる苦痛を取り除いて楽に生きるってメッチャ仏教だな。2500年前に到達してた仏陀スゲェ
親が子供に「親より先に死ぬのは親不孝ものだ」と小さい頃からいうのもけっこう害が多いと思う。
反出生主義の思想がどうにも気になってしまう理由は、究極の優しさがそこにあるから。よく考えてみるとニヒリズムとは似て非なるものだと分かるよ
新しい考えだとは思えない。「生まれてこなければ良かった」けれど「今すぐ死ぬ必要はない」、これは仏教の一切皆苦とどう違うのか?
私は「産むべきでない」派や「生まれたくなかった」派ではなく、「産むなら倫理的正しくなさを自覚して覚悟の上で産め」派です
苦痛を感じるのは脳の障害や病気なので、治療がおすすめ。現代医学は宗教や哲学よりも「効く」
個人の抱えている辛さ、苦しさを全人類的な否定にすれば救われる人がいる、という魔法。効かない人には全く効かない。必要ないから。
『隣にいる人の苦しみがその人の責任ではないこと、もしかしたらその人が苦しんでいるおかげで自分が楽に生きられているかもしれないこと』/ 雑な書籍抜粋記事じゃないのが好感。
自分は生まれるべきではなかったと、自分の出生を恨んでる人には何度かあった事あるけど、人類みな生まれる(こどもをつくる)べきではないという人は会った事ないんだよな。やば思想の自覚あって言わないだけかもだが
自分は「生まれたくなかった」と思うけど、今生きてる人は幸せになれって思ってる。それはそれとして、自分は子供を作らないし、それを他人には強要しない。それだけ。
反出生主義とは他人の幸せについて私はジャッジできるんですよという大変傲慢な思想←そうか……?「出生は本人の合意が取れない」「生まれると不幸も待っている」という自然な前提の元の考えと俺は理解してるが
“「生きづらさの原因は個人ではなく制度にある」と語る” 制度に向けた言葉の受け取り手は社会構成者、が小島氏の考えかと。冒頭も読んでなさそなブコメが人気でガチャ外れた人が生まれたくなかったと言うのも納得
個人で実践する分には多様性かなって感じだけど、それを『正しさ』とか言い出すとなんだかなぁって感じ。『生』というモノを人間の考えた倫理なんてモノだけで全て計れると思うのは傲慢だし、ある種の病理に思える。
自分が生まれてこなければよかったって思うのは全然いいんだけど、反出生主義の「生まれるべきではない」は普通に大嫌いです。「生むべきだ」と何ら変わりない。出産は許されるべき愚行権だよ。
つまらない映画でも「こんな映画を見てさあ」というネタに出来るので経験としては無駄ではない。何ならうっすら確信犯でクソ映画にいくまである。映画を比喩にする割には映画好きの行動原理を分かってない。
反出生主義は言語の副作用でしかない。ヒトは言語のせいでいろいろな考え方があると錯覚しているだけ。正しいとか、正しくないとか、全て錯覚。ヒトはただの繁殖するだけのケモノ。
はてブの文字数などで簡単にコメントできることではない
「産むな」と主張し外野からレッテルを貼られるのではなく「出産前に産まれる子供の同意を取れ」と主張すべきだと考えています/「産まれたいかもしれない」で同意なくギャンブルをさせるのは倫理的に悪ですよね?
「生きづらさの原因は個人ではなく制度にある」政府が声高に「家族の絆」などと押し付け標榜する事が家族の問題で悩む人に親を否定する事や家族から離れる事を抑圧していると考える。
「親に感謝せよ」「子どもをもつのはよいこと」「人生には意味があるべき」って言うほど社会的に強制されてるか?と個人的には思うが、そう感じられる人や界隈もあるのだろう。それが反出生主義の根とのこと。
ずーっと反出生主義だったけど、最近変わりつつある。決定的だったのは、自分の人生には自分で責任を持とうと決めたこと。自分の幸不幸を人任せにするのはやめた。すると部分的に人に頼ることも楽になった。
(ある時期まで、反出生主義をどうでもよいものとみていたけれども、最近、ちょっと興味を持つようになってきたのでブクマしておこう)
反出生主義はゼロリスクの極みで全く受け入れられない。
そんなだいそれた話じゃないけれど、自分に似たものを拡大再生産したくないから子供はいらない。
思想としての反出生はそうだろうが、ネット上で見る反出生はほぼ反「家族形成」・「男女関係」・「生殖行為」の過激派で、実のところ単なるミサンドリーだから
理由が内ではなく外(社会)にあるというのはそうだとは思う…ただ社会というよりは社会の影響を受けた家庭の要因が大きいと思ってる…結局安定型の愛着であれば…それを育めない社会ってのはそれはそうで…
反出生主義は他人に冷徹な視線を要求する割に自分のことはふわふわなのが馬鹿。退屈な映画を最後まで見るのは非合理的な感情のバグで、それを否定するのが反出生主義だろ。他人に要求しないなら反出生主義ではない。
貧乏おじさんだけど、最低限の元気はある。恵まれてるのかもしれないな。
『産むだけで親になれるわけじゃない』(公共広告機構 2001)親が責任を果たさず不幸になる子供を減らしたいと思うのは何もおかしくない。家族作ってナンボみたいな規範意識こそ傲慢。
原始時代でも理由は外にあるだろうし。我思う〜って奴を思ってしまうね。
存在しなかったほうがよかったと言う悩みに対しては、そういうこともあるだろうね。と言う以外の方法はないのでは?理由なんて個人ごとに色々だろうし、苦が問題ならその根源は生だって既に答えは出てる。
共感しかない。まさに私の言いたいことはこれだ
もしこの世の負の面をすべて知ったうえで生まれるか選べるとしたらどれくらいが生まれることを選ぶか?
映画の例はわかりやすい。始まったものについては辞める必要はないが、始まりを選べるとしたら……どうなんだろうね。
周囲には「『生まれたくなんかなかったのに』と感じている人に対して、努力が足りないと決めつけるのをやめてほしい」、当事者には「苦痛を避けて自分を大切にし、他者を加害しない」生き方がある、と。
なので反出生主義は基本的には生きづらさを抱える人の救いにはならないと思うのだが。
究極の他責思考
孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく。林の中の象のように。
斜陽産業を継がされた二代目経営者がいかに事業を畳むかにのみ注力するようなものだよ
いったん生まれてしまった以上、人生には続ける価値があることがほとんどです。 〉ほとんどって何? 続ける価値が無いと感じながら続けるのはつらい
うーん。多分かなりまだ無理解なんだろうけど、「生まれたこと」(=他者の選択)を非難しながら「生きていること」(=自己の選択)を棚上げしてるように聞こえてしまう/社会や構造の奴隷になる必要がない点は同意
生まれてよかったね。じゃなきゃ「生まれてこないほうがよかった」なんて考えることすらできない。みんな完璧を求めすぎるよ。SNSの『毒親』エピソードは8割方『普通の親』だ。マンガのような完璧親などいないのよ。
俺が生まれたくなかっただけなんだよ、他人の事なんて言及していないのにしていると言い張る奴が多すぎる。
自分がそう思うだけなら内心の自由で全然いいし、人間誰しも考えたことくらいあると思うんだけど、主義ではないよね。
そそ、「生きたくもないが死にたくもない。」ですわ。私は自身の低スぺさが故に20代で断種したけど、30代でちょいIQ高めのADHDマンと診断されたので、不幸の再生産防止として断種してよかったと思うわ。
「生まれてきた」って能動態、自己裁量での生の選択みたいに言わんでくれ。ポリアモリーな父と母が自分本位にセックスしたから一方的に生成されただけだぞ。生んで即棄てて離婚なら生ま「れ」ない方がよかったぞい