“カフェー・ハウスがヨーロッパ啓蒙思想の誕生の地であるならば、私たちはこう問わなければなりません。そのコーヒーはどこから来たのか?その砂糖は?”
なんかどうでもいい
『ドイツ語圏(ドイツ・オーストリア)に限っていえば、いわゆる「哲学」と呼ばれる分野において、これまでポスト・コロニアル理論の存在感は決して大きくなかったように思う』 そっか。
前提となる文脈として、『ドイツ歴史家論争2.0とその背景』 https://note.com/indy952/n/n4f35c7ab4ba7 『岐路に立つドイツの「過去の克服」』 https://book.asahi.com/article/16506094
note民はいつになったら勝手翻訳がコピペと同じ著作権侵害だと理解するんですかね(原文CCや私的に権利取得してるなら明記して訳文の権利主体を示すように)。他者の権利侵害して紹介するのが植民地主義批判とか片腹痛
"「英国人は、黒人を嫌っているから人種差別主義者なのではなく、黒人なしでは自分たちが何者なのかわからないから人種差別主義者なのだ」“
啓蒙主義の矛盾を突く感じ、アカデミックで読み応えある。コーヒーの例えは鋭い
昔の人の認識不足をあげつらっても今更何にもならないと思うんだけどね。アカデミズムでは大事な事なんだろうか。
実利主義のアジア人からの断罪が浅かった日本人は、これからその報いを受けろと中国共産党側の背中に乗って言われている気がして、実利主義的に物理的な防衛に走る必要性を感じてしまう。
この言葉遊びのどこが学術だよ?とっくの昔に役割を終えた哲学なんて、大学で飼っとく意味はどこにもないだろ
自分自身のハイブリッド性、めちゃくちゃなパッチあての産物としてのキメラ性とかを無視して、自分を純粋な存在として仮定できる立場ってあるんだろうか。いやそれが学問でしょ、はもはやズルいので無しで。
労働を義務としたところに国家の成立がありそうだけどな。ボランティアとかコンドームを配るだけでも世界は変わるけど。
反ユダヤっていうレッテルがめちゃくちゃパワーを持ってるんだな。単にイスラエルによるレトリックだと思うけど。ポストコロニアルって言われるともうええでしょって感じだけど、ドイツではそうでもないのか。
死んでも大して話題にならないハーバーマスよ。/植民地に関しては、両インド史へのドニ・ディドロの執筆から始まるフランスが進んでいて、植民地の大きさやユダヤ人との関係もありドイツはそこまでではない印象
古代ギリシャの「市民」は限定されいた。財産を持つ成人男性だけ。その他の者は人間とは見られていなかった。ヨーロッパ知識人は伝統を受け継いでいるのかもね
激しく同意。ただ啓蒙主義とヨーロッパの欺瞞への批判もそれらの枠内にあり何処かにその代替がある訳では無い事に留意
重要なのは、欧州の啓蒙主義の矛盾なり欺瞞なりを批判する論理そのものが啓蒙主義に基づくということな。むろん彼女にもその自覚があり、要するに今んとこ人類にそれ以外の道は見つかってないのよ。
コーヒーに高関税を課して国民には緑茶を飲むことを推奨するべき
戦争の反省は年長者をdisる棍棒だった事を考えると納得。
"カフェー・ハウスがヨーロッパ啓蒙思想の誕生の地であるならば…そのコーヒーはどこから来たのか?その砂糖は?" →ハーバーマス晩年のイスラエル観については記載がなかったな。https://x.gd/92to8
「すべての人々が人間の尊厳を享受できる、公正な世界を生きたいと願うならば、グローバル・サウスだけでなく、グローバル・ノースの脱植民地化という課題も真剣に受け止める必要があるでしょう」
自らの生活の不利益変更を許容させうるのは、共同体と、それと同時にある文学(的想像力)しかない。がしかし、世界が一つの共同体と化する、一つの物語を共有するのは、不可能なプロジェクトとしか思えない昨今
「ハーバーマスよ、そのコーヒーはどこから来た?」ー哲学者ニキータ・ダーヴァンのインタビュー|Verisimilia
“カフェー・ハウスがヨーロッパ啓蒙思想の誕生の地であるならば、私たちはこう問わなければなりません。そのコーヒーはどこから来たのか?その砂糖は?”
なんかどうでもいい
『ドイツ語圏(ドイツ・オーストリア)に限っていえば、いわゆる「哲学」と呼ばれる分野において、これまでポスト・コロニアル理論の存在感は決して大きくなかったように思う』 そっか。
前提となる文脈として、『ドイツ歴史家論争2.0とその背景』 https://note.com/indy952/n/n4f35c7ab4ba7 『岐路に立つドイツの「過去の克服」』 https://book.asahi.com/article/16506094
note民はいつになったら勝手翻訳がコピペと同じ著作権侵害だと理解するんですかね(原文CCや私的に権利取得してるなら明記して訳文の権利主体を示すように)。他者の権利侵害して紹介するのが植民地主義批判とか片腹痛
"「英国人は、黒人を嫌っているから人種差別主義者なのではなく、黒人なしでは自分たちが何者なのかわからないから人種差別主義者なのだ」“
啓蒙主義の矛盾を突く感じ、アカデミックで読み応えある。コーヒーの例えは鋭い
昔の人の認識不足をあげつらっても今更何にもならないと思うんだけどね。アカデミズムでは大事な事なんだろうか。
実利主義のアジア人からの断罪が浅かった日本人は、これからその報いを受けろと中国共産党側の背中に乗って言われている気がして、実利主義的に物理的な防衛に走る必要性を感じてしまう。
この言葉遊びのどこが学術だよ?とっくの昔に役割を終えた哲学なんて、大学で飼っとく意味はどこにもないだろ
自分自身のハイブリッド性、めちゃくちゃなパッチあての産物としてのキメラ性とかを無視して、自分を純粋な存在として仮定できる立場ってあるんだろうか。いやそれが学問でしょ、はもはやズルいので無しで。
労働を義務としたところに国家の成立がありそうだけどな。ボランティアとかコンドームを配るだけでも世界は変わるけど。
反ユダヤっていうレッテルがめちゃくちゃパワーを持ってるんだな。単にイスラエルによるレトリックだと思うけど。ポストコロニアルって言われるともうええでしょって感じだけど、ドイツではそうでもないのか。
死んでも大して話題にならないハーバーマスよ。/植民地に関しては、両インド史へのドニ・ディドロの執筆から始まるフランスが進んでいて、植民地の大きさやユダヤ人との関係もありドイツはそこまでではない印象
古代ギリシャの「市民」は限定されいた。財産を持つ成人男性だけ。その他の者は人間とは見られていなかった。ヨーロッパ知識人は伝統を受け継いでいるのかもね
激しく同意。ただ啓蒙主義とヨーロッパの欺瞞への批判もそれらの枠内にあり何処かにその代替がある訳では無い事に留意
重要なのは、欧州の啓蒙主義の矛盾なり欺瞞なりを批判する論理そのものが啓蒙主義に基づくということな。むろん彼女にもその自覚があり、要するに今んとこ人類にそれ以外の道は見つかってないのよ。
コーヒーに高関税を課して国民には緑茶を飲むことを推奨するべき
戦争の反省は年長者をdisる棍棒だった事を考えると納得。
"カフェー・ハウスがヨーロッパ啓蒙思想の誕生の地であるならば…そのコーヒーはどこから来たのか?その砂糖は?" →ハーバーマス晩年のイスラエル観については記載がなかったな。https://x.gd/92to8
「すべての人々が人間の尊厳を享受できる、公正な世界を生きたいと願うならば、グローバル・サウスだけでなく、グローバル・ノースの脱植民地化という課題も真剣に受け止める必要があるでしょう」
自らの生活の不利益変更を許容させうるのは、共同体と、それと同時にある文学(的想像力)しかない。がしかし、世界が一つの共同体と化する、一つの物語を共有するのは、不可能なプロジェクトとしか思えない昨今