歯止めがかからなくなるからね。ただ胃瘻を拒否したりと間接的な手段を患者側からのアクションで行われている事実は把握しておくべきかと。
安楽死はあっていいけどあくまで尊厳尊重の文脈で語るべき。経済的合理性を持ち出すと通るものも通らなくなる
«案楽死が、国家によって是認されたとき何が起きるか» https://x.gd/BePaq (安楽死が明確に否定されてる国は、許可国よりすくないっぽい)
総論としてわかるが、しかし実際に経済性から無関係にできる話かと言えば、実は無理では、とも思う。例えば同じ病気で苦しむ人が居たとして、治療費を払える人と払えない人、安楽死を選ぶのはどちらだろうか、とか
同調圧力の極みとして美徳として自ら安楽死(尊厳死?)を選ぶ未来が来るのかな?タバコ、アルコールの次は長生きが堕落となる世界が。
id:gimonfu_usr そりゃ完全否定したら、堕胎を絶対に許さない国と同じ感じになるしな。強姦だろうと母体に悪影響があろうと、絶対に堕胎を許さない。母が死んでも子の堕胎は許さないって国は実在する。
人間の尊厳や他人の生命に何ら価値を見出さないか極端に低い価値と捉える邪悪な利己主義者でしょ
このトピックで安楽死と尊厳死を同列で語る言説は全く考慮する価値がない。自分は安楽死は反対だか、尊厳死の法制化は早期にすべきと思っている
ゆるゆる自死幇助/安楽死制度で一番先行しているカナダがどうなるか見る時間はまだ残されていると思っていたが、今回の原油封鎖で生きるに値しない命の線引きが早まる予感はある→https://www.webchikuma.com/n/n3d00f581eb0b
最初は尊厳で導入して、拡大する時はどう考えても経済合理性の文脈で安楽死を提案してくるのはカナダの現実なので、まあほかの医療費と比較はされるよ。
これからどんどん貧しくなっていく上に同調圧力がえぐい我が国での制度化は難しそうてかよしたほうがいいかも/本当に自分だけの意思と決断で死のタイミングを選べればいいなとは思うけれど。
現状では、本人が意思表明できなくなってから、医療者側が家族を説得しているのではないか。その動機はベッドを開けなければならないとかそういうことで。
安楽死は医学を後退させるから、将来のたすかるべき命が助からなくなるという意味では生産人口の減少を招くという意味では経済合理性も怪しい。高額療養費の限度額の話も同じことが言える。
そりゃ駄目だけど、現に私たちの社会はお金があれば救える人たちを救おうとしないよね。
殺人。刑法で裁くのが当然。
介護殺人の問題にほっかむりしてナチスだなんだ言い出す奴らはナチスより酷い無責任集団。国家として責任を持ってたナチスの方がはるかにマシ。無自覚に殺人の後押しをしてるのはお前らだよ
自己決定権はどんどん拡大していってる。自分の最後も自己で決定してもいいだろ。リベラリズムの問題である
期間限定で安楽死を執行すべきだと思っている。対象者は就職氷河期世代かつ家族が1人も居ない人間のみ。俺はこの条件に該当するが条件に当てはまる人間は生きているべきでは無い。日本の未来の為に。
安楽死は医学を後退させる論、それはそれで末期の苦しみに悩む患者を実験体にする発想だと理解してる?社会保障削減と安楽死を結びつけるべきではないが、苦しむ患者に苦しまない死を選び取る権利は与えるべき
財政のために殺される命
生きるに値しない命があるとは思わない(社会にそれを決める権利はない)が、生きるに値しない社会はあるかもしれん(命にはそれを決める権利がある)……しかし、社会は命にそう思わせることができてしまう
科学技術はどんどん発達するけど人間の倫理観はそんなに変わってない。あと500年くらい議論が必要。
安楽死は除外してもトロッコ問題は差し迫ってると思うが。2030年には1.9人、2050年には1.4人が高齢者を支えることになる。現役世代の負担を増やすか高齢世代の受益を減らすか選択しなければならない。
カナダの話だが/金が無い人が安楽死を選択してる事は紛れもない事実。ただ以前は(金のない人は)普通に孤独餓死。お金無い人はホームに入れないので、良くてアパートで孤独餓死、それ以下はホームレスで凍死とかだよ。
社会保障負担に限界が来て破綻する前に、レカネマブを自費負担にしたり、食事を拒否するようになった高齢認知症者を老衰の経過と認めるみたいな負担を減らす方法を考えるのは必要なことだと思うよ。
この国がどこまで衰退すればそのキレイゴトが言えなくなるのか興味があります。
ニュージーランドや途上国でも高額だったり先進的治療できる設備がないから、受けたいなら海外で自腹で治療してくれってスタンスだし、日本も経済が衰退したらそんな感じに国保を縮小しそう。
俺は自分を生存させるのにコストを払うのを忌んでいるので自由意志で楽に逝けますと来たらいずれはそうしたい。死にたい人が死ねる世の中の方が俺は好ましい。保証費削減はテーブルに乗せるべきではないだろとは思う
安楽死の是非の話じゃなくて、安楽死を経済的視点を絡めて語るなって話
尊厳死はほぼ自己決定の問題、消極的安楽死は必ずしも自己決定を必要としない(自己決定できない場合がほとんど)経済と絡めると不都合が大きいのがだいたい医療無しでも生きていける積極的安楽死(百文字の限界)
本人の意思で死ぬなら自殺で違法ではないとして、他人が勝手に殺したら殺人。
やりたければ自分たちで国を作ってからやってくれ
社会保障にどこまで金をかけられるかというのは、つまり「働いている人達にどれだけ我慢させられるか?」ということ。上限はあるのが当然だし、それは自分一人の願望で決まるものではない。
「経済を制約しているのは、財政健全化という人間が決めたルールである。〜人間が決めたルールは、人間で変更できるのである」何の為の経済かという視点は大事。合理性だけで考えれば人間など必要ないのだ。
いくら払えるかで、生きられるかどうかが決まる社会、今だってそう言う側面はあるが、社会保障費の削減という筋で語られる時、文明が進んだって感じはしませんね。
当たり前によくない。そんなくだらない理由で議論するなよ。尊厳死の文脈以外ないだろ。
「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)」←そんな昔の話じゃなくてもカナダあたりもやっているようだが。 https://fujipon.hatenadiary.com/entry/2024/01/25/084559 高齢者比率の高い日本で導入される気はしないけどね。
同じ口で税金安くしろとか、医療資源足りないとか言わない? まあ、寝たきり大黒柱さえ解決出来ない日本じゃ議論どころでは無いけどね。
「国家として責任を持ってたナチス」とかどれだけ認知が歪めばそういうクズ発言ができるのか理解に苦しむ。
姥捨山が歴史的事実みたいに誤解されてるのはなんとかすべき/介護殺人を防ぐために安楽死って何も解決してないと思う…
【閑話休題】【質疑応答】社会保障費の削減と「安楽死」を結び付ける言説についてどう考えますか? - 実務担当者から見た経済学
歯止めがかからなくなるからね。ただ胃瘻を拒否したりと間接的な手段を患者側からのアクションで行われている事実は把握しておくべきかと。
安楽死はあっていいけどあくまで尊厳尊重の文脈で語るべき。経済的合理性を持ち出すと通るものも通らなくなる
«案楽死が、国家によって是認されたとき何が起きるか» https://x.gd/BePaq (安楽死が明確に否定されてる国は、許可国よりすくないっぽい)
総論としてわかるが、しかし実際に経済性から無関係にできる話かと言えば、実は無理では、とも思う。例えば同じ病気で苦しむ人が居たとして、治療費を払える人と払えない人、安楽死を選ぶのはどちらだろうか、とか
同調圧力の極みとして美徳として自ら安楽死(尊厳死?)を選ぶ未来が来るのかな?タバコ、アルコールの次は長生きが堕落となる世界が。
id:gimonfu_usr そりゃ完全否定したら、堕胎を絶対に許さない国と同じ感じになるしな。強姦だろうと母体に悪影響があろうと、絶対に堕胎を許さない。母が死んでも子の堕胎は許さないって国は実在する。
人間の尊厳や他人の生命に何ら価値を見出さないか極端に低い価値と捉える邪悪な利己主義者でしょ
このトピックで安楽死と尊厳死を同列で語る言説は全く考慮する価値がない。自分は安楽死は反対だか、尊厳死の法制化は早期にすべきと思っている
ゆるゆる自死幇助/安楽死制度で一番先行しているカナダがどうなるか見る時間はまだ残されていると思っていたが、今回の原油封鎖で生きるに値しない命の線引きが早まる予感はある→https://www.webchikuma.com/n/n3d00f581eb0b
最初は尊厳で導入して、拡大する時はどう考えても経済合理性の文脈で安楽死を提案してくるのはカナダの現実なので、まあほかの医療費と比較はされるよ。
これからどんどん貧しくなっていく上に同調圧力がえぐい我が国での制度化は難しそうてかよしたほうがいいかも/本当に自分だけの意思と決断で死のタイミングを選べればいいなとは思うけれど。
現状では、本人が意思表明できなくなってから、医療者側が家族を説得しているのではないか。その動機はベッドを開けなければならないとかそういうことで。
安楽死は医学を後退させるから、将来のたすかるべき命が助からなくなるという意味では生産人口の減少を招くという意味では経済合理性も怪しい。高額療養費の限度額の話も同じことが言える。
そりゃ駄目だけど、現に私たちの社会はお金があれば救える人たちを救おうとしないよね。
殺人。刑法で裁くのが当然。
介護殺人の問題にほっかむりしてナチスだなんだ言い出す奴らはナチスより酷い無責任集団。国家として責任を持ってたナチスの方がはるかにマシ。無自覚に殺人の後押しをしてるのはお前らだよ
自己決定権はどんどん拡大していってる。自分の最後も自己で決定してもいいだろ。リベラリズムの問題である
期間限定で安楽死を執行すべきだと思っている。対象者は就職氷河期世代かつ家族が1人も居ない人間のみ。俺はこの条件に該当するが条件に当てはまる人間は生きているべきでは無い。日本の未来の為に。
安楽死は医学を後退させる論、それはそれで末期の苦しみに悩む患者を実験体にする発想だと理解してる?社会保障削減と安楽死を結びつけるべきではないが、苦しむ患者に苦しまない死を選び取る権利は与えるべき
財政のために殺される命
生きるに値しない命があるとは思わない(社会にそれを決める権利はない)が、生きるに値しない社会はあるかもしれん(命にはそれを決める権利がある)……しかし、社会は命にそう思わせることができてしまう
科学技術はどんどん発達するけど人間の倫理観はそんなに変わってない。あと500年くらい議論が必要。
安楽死は除外してもトロッコ問題は差し迫ってると思うが。2030年には1.9人、2050年には1.4人が高齢者を支えることになる。現役世代の負担を増やすか高齢世代の受益を減らすか選択しなければならない。
カナダの話だが/金が無い人が安楽死を選択してる事は紛れもない事実。ただ以前は(金のない人は)普通に孤独餓死。お金無い人はホームに入れないので、良くてアパートで孤独餓死、それ以下はホームレスで凍死とかだよ。
社会保障負担に限界が来て破綻する前に、レカネマブを自費負担にしたり、食事を拒否するようになった高齢認知症者を老衰の経過と認めるみたいな負担を減らす方法を考えるのは必要なことだと思うよ。
この国がどこまで衰退すればそのキレイゴトが言えなくなるのか興味があります。
ニュージーランドや途上国でも高額だったり先進的治療できる設備がないから、受けたいなら海外で自腹で治療してくれってスタンスだし、日本も経済が衰退したらそんな感じに国保を縮小しそう。
俺は自分を生存させるのにコストを払うのを忌んでいるので自由意志で楽に逝けますと来たらいずれはそうしたい。死にたい人が死ねる世の中の方が俺は好ましい。保証費削減はテーブルに乗せるべきではないだろとは思う
安楽死の是非の話じゃなくて、安楽死を経済的視点を絡めて語るなって話
尊厳死はほぼ自己決定の問題、消極的安楽死は必ずしも自己決定を必要としない(自己決定できない場合がほとんど)経済と絡めると不都合が大きいのがだいたい医療無しでも生きていける積極的安楽死(百文字の限界)
本人の意思で死ぬなら自殺で違法ではないとして、他人が勝手に殺したら殺人。
やりたければ自分たちで国を作ってからやってくれ
社会保障にどこまで金をかけられるかというのは、つまり「働いている人達にどれだけ我慢させられるか?」ということ。上限はあるのが当然だし、それは自分一人の願望で決まるものではない。
「経済を制約しているのは、財政健全化という人間が決めたルールである。〜人間が決めたルールは、人間で変更できるのである」何の為の経済かという視点は大事。合理性だけで考えれば人間など必要ないのだ。
いくら払えるかで、生きられるかどうかが決まる社会、今だってそう言う側面はあるが、社会保障費の削減という筋で語られる時、文明が進んだって感じはしませんね。
当たり前によくない。そんなくだらない理由で議論するなよ。尊厳死の文脈以外ないだろ。
「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)」←そんな昔の話じゃなくてもカナダあたりもやっているようだが。 https://fujipon.hatenadiary.com/entry/2024/01/25/084559 高齢者比率の高い日本で導入される気はしないけどね。
同じ口で税金安くしろとか、医療資源足りないとか言わない? まあ、寝たきり大黒柱さえ解決出来ない日本じゃ議論どころでは無いけどね。
「国家として責任を持ってたナチス」とかどれだけ認知が歪めばそういうクズ発言ができるのか理解に苦しむ。
姥捨山が歴史的事実みたいに誤解されてるのはなんとかすべき/介護殺人を防ぐために安楽死って何も解決してないと思う…