打席に立つ前にAIが打席を埋め尽くしてる感あるけど、人間味を出すしかない時代だな
世の中「踊る阿呆に見る阿呆」なんだよな。どっち大差なくて、単に踊り続けたやつが勝つ。
どうしておじさんは仕事の話を野球にたとえてしまうのか。そのたとえも、打席に立つためにはレギュラーメンバーすなわち何者かでなければならないという意味で適切でないように思う
野球例えを安くるコメントあるけど、代わりの言い方ってなんだろ。手を動かさないようになったら終わり。とか。会社の上の人でよく見かけるなー(遠い目)
チャンスが来るまで失敗してもずっと活動し続けるのは好きで続けられるとか、環境が良くないとしんどいよなあ。
タイトルとお名前と社名を見て、川又のチャンステーマで読んでしまった。愛と希望の夢をだきしめ、闘志を燃やし、勝利を掴め。打って打って打ちまくれ。(最後はテーマと同じになった
打席に立つ、全員野球、直球勝負、外野、続投、牽制、敬遠、4番バッター、日常に潜む野球用語w。
そもそも、何者かになった人で何者かになりたいとか思ってた、みみっちぃ人いるの?
自分の意思で打席に立てるのは、既に何者かになる切符を与えられている人です。その資格を与えられない人や、その資格があると自分を信じられない人のことも忘れないであげてください。
「自分はホームラン王にはなれないとわかってるけど細く長く一定の打率を維持し続けたい」という人もおるんや
年に10試合ぐらいは観に行ける者でいたい
Thinking Fast and Slowでも同じこと言っていたな。心理的なバイアスによって正の平均リターンのリスクを取らなくなってしまうけど、リスクは慣らせば消えるからベットするのが大切、という。
「何者かになれた」例からは個人事業主みを感じるものの、筆者が代表を務める会社の株主は100%リブセンスであり、何者かになるための指南をするならば、雇われ社長ではなく独立してから言ってほしいところではある。
ピングドラム
まあ言いたいことはわかるが何者かになりたい人全員が現在野球をやっているわけではないので、打席に立つのは難しい状況の人もいると思う。
「何者か」のクエストにかまける必要は無い。ただ単にやりたいことをやり続ける。そしてそのやりたいことの中にささやかな社会貢献(共通善っぽい何か)を含めることだ。
なぜ野球に例えるのかって、「Baseball Play Study」というイベントでの発表だからでしょ
“読まれる量は減っている。当たるのは一部だけ。 調べ物はAIが答えてくれる。今はそういう世の中です。 だから、やめていいと思っています。”
紹介されたのめちゃくちゃ嬉しいです。ありがとうございます。トラックバックします。
その「何者か」とやらも、何者かの人が勝手に設定したものに過ぎない。そろそろ気付いたほうがいい。大事なのは自分という存在を味わい尽くすこと。それだけ。
G社代表は打席に立ち続け、まさに「何者か」になった。しかし、今日の記者会見で、俺には「モンスター」にしか見えなかった。
単著を出せ、という話か。
これは真理なんだけど、「何者かになりたい」というモチベーションでは打席に立ち続けることはできないのです。内発的動機を探すために打席に立ち続けなさい。そしたら、いつの間にか何者かになってます。
何者かになりたいって加齢臭のするフレーズだよね。何故中高年は何者かになりたいと思ってしまうのか
何者かになることを目的とするのはどうかと思うが、打席に立とうとしていれば確かにチャンスは多めに巡って来るのもまた事実。気が付けば山の中腹ぐらいにはいるだろう。
ACジャパンのCMみたいなタイトルだな→バッターボックスに立つ87歳
でも、時には観客席での応援も大切ですのよ。
「何者かになりたい」とは思わない上で登壇してる身なので、そういう動機での登壇ってあるのかと関心した
DHやったらどうすんねん
何者かになりたいなら打席に立ち続けなさい|かわまた/コミュニケーションドラフト代表
打席に立つ前にAIが打席を埋め尽くしてる感あるけど、人間味を出すしかない時代だな
世の中「踊る阿呆に見る阿呆」なんだよな。どっち大差なくて、単に踊り続けたやつが勝つ。
どうしておじさんは仕事の話を野球にたとえてしまうのか。そのたとえも、打席に立つためにはレギュラーメンバーすなわち何者かでなければならないという意味で適切でないように思う
野球例えを安くるコメントあるけど、代わりの言い方ってなんだろ。手を動かさないようになったら終わり。とか。会社の上の人でよく見かけるなー(遠い目)
チャンスが来るまで失敗してもずっと活動し続けるのは好きで続けられるとか、環境が良くないとしんどいよなあ。
タイトルとお名前と社名を見て、川又のチャンステーマで読んでしまった。愛と希望の夢をだきしめ、闘志を燃やし、勝利を掴め。打って打って打ちまくれ。(最後はテーマと同じになった
打席に立つ、全員野球、直球勝負、外野、続投、牽制、敬遠、4番バッター、日常に潜む野球用語w。
そもそも、何者かになった人で何者かになりたいとか思ってた、みみっちぃ人いるの?
自分の意思で打席に立てるのは、既に何者かになる切符を与えられている人です。その資格を与えられない人や、その資格があると自分を信じられない人のことも忘れないであげてください。
「自分はホームラン王にはなれないとわかってるけど細く長く一定の打率を維持し続けたい」という人もおるんや
年に10試合ぐらいは観に行ける者でいたい
Thinking Fast and Slowでも同じこと言っていたな。心理的なバイアスによって正の平均リターンのリスクを取らなくなってしまうけど、リスクは慣らせば消えるからベットするのが大切、という。
「何者かになれた」例からは個人事業主みを感じるものの、筆者が代表を務める会社の株主は100%リブセンスであり、何者かになるための指南をするならば、雇われ社長ではなく独立してから言ってほしいところではある。
ピングドラム
まあ言いたいことはわかるが何者かになりたい人全員が現在野球をやっているわけではないので、打席に立つのは難しい状況の人もいると思う。
「何者か」のクエストにかまける必要は無い。ただ単にやりたいことをやり続ける。そしてそのやりたいことの中にささやかな社会貢献(共通善っぽい何か)を含めることだ。
なぜ野球に例えるのかって、「Baseball Play Study」というイベントでの発表だからでしょ
“読まれる量は減っている。当たるのは一部だけ。 調べ物はAIが答えてくれる。今はそういう世の中です。 だから、やめていいと思っています。”
紹介されたのめちゃくちゃ嬉しいです。ありがとうございます。トラックバックします。
その「何者か」とやらも、何者かの人が勝手に設定したものに過ぎない。そろそろ気付いたほうがいい。大事なのは自分という存在を味わい尽くすこと。それだけ。
G社代表は打席に立ち続け、まさに「何者か」になった。しかし、今日の記者会見で、俺には「モンスター」にしか見えなかった。
単著を出せ、という話か。
これは真理なんだけど、「何者かになりたい」というモチベーションでは打席に立ち続けることはできないのです。内発的動機を探すために打席に立ち続けなさい。そしたら、いつの間にか何者かになってます。
何者かになりたいって加齢臭のするフレーズだよね。何故中高年は何者かになりたいと思ってしまうのか
何者かになることを目的とするのはどうかと思うが、打席に立とうとしていれば確かにチャンスは多めに巡って来るのもまた事実。気が付けば山の中腹ぐらいにはいるだろう。
ACジャパンのCMみたいなタイトルだな→バッターボックスに立つ87歳
でも、時には観客席での応援も大切ですのよ。
「何者かになりたい」とは思わない上で登壇してる身なので、そういう動機での登壇ってあるのかと関心した
DHやったらどうすんねん