「同作の第一稿には、「クリトリスにバターを」という題名がついていたが」「この改題については諸説あるが、本人は、母親に旧題を見つけられ、咎められたために改題したという。「時代の旗手」も母親には弱いのだ」
処女作って言い方もそろそろ無くなるかもなあ
母親、いい仕事した
猥雑作。今は評価されないだろうけど、いずれは古典になりそうな気はする
「栗と栗鼠にバターを」だったら、ジビエ料理のタイトルぽくってありだったかも。知らんけど
“直木賞作家の山田詠美が村上の許可を得て、同じ題名の短編を書いている。きっかけは、ある朝、ベッドにいた男性に朝食を運ぶと、男性が旧題を口にした。読み返してみると、「きれいな、清潔な小説」に感じられた”
終戦を挟んでの文学観の変遷と変わらないところが見えて面白い
賞の選考委員でもある山田詠美はSMのすんごいモデルやってたの忘れられてる.あんなグラビアAV女優もやらない.昔立ち読みして今でも忘れられない.
バターのやつかと思ったらバターだった
クリバタ定期
「無意識の独創は新人の魅力であり、それに脱帽するのが選者の礼儀でしょう」
内容とも関係ないしなんでこのタイトルだったんだろう
1976年と聞けば、然もありなん。/性を腫物のように扱うのは伝統的なクリスチャンモラルでしかない。子供向けでもない小説で性を匂わせるタイトルだったとして、ネガティヴに評すべき根拠は特にない。
村上龍と聞くと真っ先にこのタイトルが浮かぶ、人に話したくなるくらいには印象的。
『母親に止められた』 ← やめなさいケン。のひとか(´・ω・`)
つけ直したタイトルのほうが好きなので母親GJ
性的な放埒が表現のつもりだったというのは、ある意味で幸せな時代と考え方だったのかと思う
そのタイトルだと売れなかったと思うから、お母さんに感謝した方が良いやつ
この写真。晴れがましい場面なんだろうけど、距離感的に圧迫感がすごいな。もうちょっと向こうに行ってくれないかと思ってしまうわ
村上龍のクリバタ問題
自分も高校の卒業時に、国語の女教師(おばちゃん)が学級新聞で勧めていたので読んだ。20歳の同窓会で読んだことを伝えたら、しらばっくれられた。わからなくはないがあれは何だったんだろう。
読んでみたくなってきたぞ・・・やはり有名な作品だしな。読まないとな
あまりに卑猥すぎて母親に止められた…村上龍が「芥川賞を受賞した処女作」に当初つけていた"幻のタイトル"
「同作の第一稿には、「クリトリスにバターを」という題名がついていたが」「この改題については諸説あるが、本人は、母親に旧題を見つけられ、咎められたために改題したという。「時代の旗手」も母親には弱いのだ」
処女作って言い方もそろそろ無くなるかもなあ
母親、いい仕事した
猥雑作。今は評価されないだろうけど、いずれは古典になりそうな気はする
「栗と栗鼠にバターを」だったら、ジビエ料理のタイトルぽくってありだったかも。知らんけど
“直木賞作家の山田詠美が村上の許可を得て、同じ題名の短編を書いている。きっかけは、ある朝、ベッドにいた男性に朝食を運ぶと、男性が旧題を口にした。読み返してみると、「きれいな、清潔な小説」に感じられた”
終戦を挟んでの文学観の変遷と変わらないところが見えて面白い
賞の選考委員でもある山田詠美はSMのすんごいモデルやってたの忘れられてる.あんなグラビアAV女優もやらない.昔立ち読みして今でも忘れられない.
バターのやつかと思ったらバターだった
クリバタ定期
「無意識の独創は新人の魅力であり、それに脱帽するのが選者の礼儀でしょう」
内容とも関係ないしなんでこのタイトルだったんだろう
1976年と聞けば、然もありなん。/性を腫物のように扱うのは伝統的なクリスチャンモラルでしかない。子供向けでもない小説で性を匂わせるタイトルだったとして、ネガティヴに評すべき根拠は特にない。
村上龍と聞くと真っ先にこのタイトルが浮かぶ、人に話したくなるくらいには印象的。
『母親に止められた』 ← やめなさいケン。のひとか(´・ω・`)
つけ直したタイトルのほうが好きなので母親GJ
性的な放埒が表現のつもりだったというのは、ある意味で幸せな時代と考え方だったのかと思う
そのタイトルだと売れなかったと思うから、お母さんに感謝した方が良いやつ
この写真。晴れがましい場面なんだろうけど、距離感的に圧迫感がすごいな。もうちょっと向こうに行ってくれないかと思ってしまうわ
村上龍のクリバタ問題
自分も高校の卒業時に、国語の女教師(おばちゃん)が学級新聞で勧めていたので読んだ。20歳の同窓会で読んだことを伝えたら、しらばっくれられた。わからなくはないがあれは何だったんだろう。
読んでみたくなってきたぞ・・・やはり有名な作品だしな。読まないとな