「読みやすい」に難癖つけるような作者は最初から感想募集すなw
小説家がいて、コミュニケーションの齟齬についての葛藤を抱えているという状況がそのまま小説のエピソードみたい。さらに、その小説家を気遣う増田みたいな存在がいることでエピソードが広がっていく感じもある。
日本酒に対する「飲みやすい」って評価みたいな感じだな
あの一連の流れの「感想ください」は「お追従してください」という意味合いじゃないのかな、と思った
「感想ください」というアバウトな要求するなら、「読みやすい」というアバウトな回答も受け入れろと。
書く方の人間だが、感想がないのならそれは言語化のハードルを超えてまで書く程のパワーが作品になかった、つまり力不足だって事だと思っているので、正直感想下さいとかよく言えるなと思ってる。
あんま感想欲しがりの気持ちってのがどうも分からない
村上春樹作品の帯の惹句にすら「圧倒的なリーダビリティー」みたいに書かれるのはどうかと思う。春樹作品で評価・アピールするのがそこなんだ? みたいな
はてブ含め自分の感想を書くようになって、文章への抵抗は少し減った 作者フォローもしてるけど感想用ハッシュタグよりマシュマロのほうが書きやすい(けどどっちの方が嬉しいんだろう)
読みやすさ。奥が深いと思うけどな。だからこそ、本当は「どう読みやすいのか」を言葉にして伝えられたら良いのかも。漢字の選び方、語順、描写する情景や内面の展開順やテンポ、空行による視覚効果など。
「読みやすい」や「わかりやすい」は褒め言葉であることもあるいっぽうで「入門者向け」「低レベル」的なニュアンスで使われる場合もあると思うんでそれを感じてモヤる人もいそうではある。
『「読みやすい」文章は立派な技術であり、「読みやすい」のは当たり前ではない』「スルスルッと頭に入ってくる優れた文章」って技術はもちろん内容も興味深く読めたのって読者にとってはとても有意義なことよね
読みやすい文章だった。正確性を重要視してる文章。開かれた日本語とかそういう話かと思った。認識の相違かあ。結局、相手は人だから、コミュニケーションだよね。
読者が語りやすいような物を入れておくのをテクニックとして紹介してる作家もいた。
「読みやすい」という言葉を文章に対する最大に近い誉め言葉として使っていたので、ちょっと意外。イヤな人がいるなら言い換える。疾走感があるというか、どんどん読めてしまうタイプの良文はたしかにあるのだ。
言語化するの得意じゃない人も多いのだしねえ。小説の感想は漫画描ける人が絵で表現するのは、小説書いてる人に喜ばれます
読みやすかったです!/感想の貰い方について、同じこと言ってる人いた→ https://note.com/wakanatrium/n/n354e2256c463
絵描きの立場だけど「上手い!」って第一印象だけの感想貰ったようなもんか。確かに「この背景の餃子、32話で食べてたやつ!」とか描く時入れた小ネタとかに気がついてくれると嬉しいよ。でも強制するのは何様?だよね
他国の電書サービスのコメント欄は10倍〜100倍はあるぞ。日本人空気読みのパラメータは高いのに自己表現や自己主張のステータス低過ぎて世界一レビューしない国民性じゃないか。
どんなの書いてるの?読まないと何とも言えない。読みやすいしか感想がないんだったらちょっとアレなのかも。
自分も趣味で一次創作するのでほぼ同意。具体的で詳細な感想を編み出すのってだいぶ熱量が要るものね(そもそも自分は感想要らない書き捨て派だけど)
お礼は三行以上という古来からのインターネット文化
これと近いもので食べやすいというのがあるけど私はあれを褒め言葉とは捉えてないんだよなぁ…。
ぜんぜん違う話だが、昔良くブログに「読みづらい」という感想を貰ってそうだよこんな個人の何をいいたいかもわからんようなことを書いてあるブログが読みやすくてたまるか!って思ったことがある(反省はしない)
研究者でも読みやすい一般書(たとえば新書)を書けるのはごく一部で、この場合「読みやすい」はわりと上位の褒め言葉。大方は読み手の想定を逸脱しない、負荷を与えない文章ということですね
極端、自由律俳句はめっちゃ「読みやすい」し心を打つ。読みやすさ以上の感想をひねり出すのはなかなか創作に匹敵する労力や能力を使ったりする。露骨🦴に皮肉🍖じゃなければ好意を受け取り「あざっす!」でOKよね🍣
求めてる回答の種類があるのであればオープンクエッションは適していないという話。
組織間における伝言ゲームみたいなやり取りで意味や根拠が失われたり、無駄な説明コストが増幅していくのが嫌で、認知負荷の低い言葉で素早いやり取りに特化してくれと常々思うなど。規約とか規定とかも糞の明文化
少なくとも書いた人が「小説」だと言うなら「読みやすい」は褒め言葉じゃないと思うよ。他人の描いた絵を見て「何が描いてあるかわかりやすい」って下手すりゃ悪口でしょ。創作の域に達してないって言うようなもん。
読みやすいって感想に怒るひとなんているの?プロでみたことないけど
既ブコメにもあるけど、増田の文章は長文だが読みやすかった。主語述語論点が明確で、繰り返し表現がくどくない。/しかし小説の褒め言葉として1番最初にくるのが「読みやすい」はうれしくないのではとも思う
小説(二次創作も)投稿サイトの下の方、本当に読みにくい作品山程ある、ので褒め言葉。ただ書き手としてそのラインと比べて欲しくないって思う人がいるのは分かるかな
そもそも「読みやすい」って言い方によっては上から目線だよね。村上春樹や村田沙耶香に「読みやすかったので最後までつるつる水みたいに読めました」って感想送らないでしょ?
「読みやすい」と感想送る人は乱読タイプではなさそうなので、所謂「読書が趣味」ではなく作品個別のファンだと思うとそんなファンがいるのすごいなと思う。乱読者は「読みやすい」なんて評価しないもんね
読みやすいのは基本ラインだし、契約書や仕様書じゃなく、小説なら感情に働きかけるのが主眼なので残念な気持ちになるんじゃないかな。そういう意味では一言シンプルに面白かったのほうが嬉しくない?
本を「読みやすい」と「読みにくい」でしか評価できない人は存在する。 それでも読み続ければそれ以外の感想も出てくるので、暖かく見守ってほしい。
読みやすいから何?って話なんだろうね。「読みやすい以外の感想は無い」って言ってるようなものじゃん
技術的な文書なら具体の記述に言及できるが、小説って「なんかグッときた」以上のこと言うの難しいことはよくあるな。いやでも好きなんですよその作品は。俺に語彙がないだけで
“小説書きは文章を書くのに慣れているため忘れがちだが、抱いた感情を文章にするのは面倒で、時間もかかって、疲れる行為だ。感想「読みやすいです」だけでも、わざわざ言語化してくれた優しい読者なのである”
褒めるときの感想は「xxのシーンが好き」と具体的な部分を挙げた感想にすると、ちゃんと読んでる感が出て、褒める気持ちが伝わりやすいとおもう
「読みやすい」は無論褒め言葉なのだが、大抵の読み手はその読みやすさがどこに起因するのか分からないので「読みやすい」という感想になる。デッサンが正確な絵のように自然過ぎて気付かない高度な技術がそこにある
自分が書いたものが「読みやすい」と言われるなんて、最高から二番目くらいに嬉しいことだろう。元のトピックはしらんが
ブログならともかく小説の感想で「読みやすい」なんて言われたら全部取り下げて書き直しそうな人いくらでもいる
感想って、読者からの押し付けになるかな……と送るのをためらうことがある。でも、反応ナシよりもずっとずっと良いんだと思うので、何とか書きたいとは思っている。
褒められたら「光栄の極み!」って言っとけばいいんだよ
「読みやすい」って小説に対しての評価だとちょっと不思議というか、「面白かった」が最初に来ると思うよなあ。
この増田、読みやすかった。
「読みやすい」に関する認識の相違について
「読みやすい」に難癖つけるような作者は最初から感想募集すなw
小説家がいて、コミュニケーションの齟齬についての葛藤を抱えているという状況がそのまま小説のエピソードみたい。さらに、その小説家を気遣う増田みたいな存在がいることでエピソードが広がっていく感じもある。
日本酒に対する「飲みやすい」って評価みたいな感じだな
あの一連の流れの「感想ください」は「お追従してください」という意味合いじゃないのかな、と思った
「感想ください」というアバウトな要求するなら、「読みやすい」というアバウトな回答も受け入れろと。
書く方の人間だが、感想がないのならそれは言語化のハードルを超えてまで書く程のパワーが作品になかった、つまり力不足だって事だと思っているので、正直感想下さいとかよく言えるなと思ってる。
あんま感想欲しがりの気持ちってのがどうも分からない
村上春樹作品の帯の惹句にすら「圧倒的なリーダビリティー」みたいに書かれるのはどうかと思う。春樹作品で評価・アピールするのがそこなんだ? みたいな
はてブ含め自分の感想を書くようになって、文章への抵抗は少し減った 作者フォローもしてるけど感想用ハッシュタグよりマシュマロのほうが書きやすい(けどどっちの方が嬉しいんだろう)
読みやすさ。奥が深いと思うけどな。だからこそ、本当は「どう読みやすいのか」を言葉にして伝えられたら良いのかも。漢字の選び方、語順、描写する情景や内面の展開順やテンポ、空行による視覚効果など。
「読みやすい」や「わかりやすい」は褒め言葉であることもあるいっぽうで「入門者向け」「低レベル」的なニュアンスで使われる場合もあると思うんでそれを感じてモヤる人もいそうではある。
『「読みやすい」文章は立派な技術であり、「読みやすい」のは当たり前ではない』「スルスルッと頭に入ってくる優れた文章」って技術はもちろん内容も興味深く読めたのって読者にとってはとても有意義なことよね
読みやすい文章だった。正確性を重要視してる文章。開かれた日本語とかそういう話かと思った。認識の相違かあ。結局、相手は人だから、コミュニケーションだよね。
読者が語りやすいような物を入れておくのをテクニックとして紹介してる作家もいた。
「読みやすい」という言葉を文章に対する最大に近い誉め言葉として使っていたので、ちょっと意外。イヤな人がいるなら言い換える。疾走感があるというか、どんどん読めてしまうタイプの良文はたしかにあるのだ。
言語化するの得意じゃない人も多いのだしねえ。小説の感想は漫画描ける人が絵で表現するのは、小説書いてる人に喜ばれます
読みやすかったです!/感想の貰い方について、同じこと言ってる人いた→ https://note.com/wakanatrium/n/n354e2256c463
絵描きの立場だけど「上手い!」って第一印象だけの感想貰ったようなもんか。確かに「この背景の餃子、32話で食べてたやつ!」とか描く時入れた小ネタとかに気がついてくれると嬉しいよ。でも強制するのは何様?だよね
他国の電書サービスのコメント欄は10倍〜100倍はあるぞ。日本人空気読みのパラメータは高いのに自己表現や自己主張のステータス低過ぎて世界一レビューしない国民性じゃないか。
どんなの書いてるの?読まないと何とも言えない。読みやすいしか感想がないんだったらちょっとアレなのかも。
自分も趣味で一次創作するのでほぼ同意。具体的で詳細な感想を編み出すのってだいぶ熱量が要るものね(そもそも自分は感想要らない書き捨て派だけど)
お礼は三行以上という古来からのインターネット文化
これと近いもので食べやすいというのがあるけど私はあれを褒め言葉とは捉えてないんだよなぁ…。
ぜんぜん違う話だが、昔良くブログに「読みづらい」という感想を貰ってそうだよこんな個人の何をいいたいかもわからんようなことを書いてあるブログが読みやすくてたまるか!って思ったことがある(反省はしない)
研究者でも読みやすい一般書(たとえば新書)を書けるのはごく一部で、この場合「読みやすい」はわりと上位の褒め言葉。大方は読み手の想定を逸脱しない、負荷を与えない文章ということですね
極端、自由律俳句はめっちゃ「読みやすい」し心を打つ。読みやすさ以上の感想をひねり出すのはなかなか創作に匹敵する労力や能力を使ったりする。露骨🦴に皮肉🍖じゃなければ好意を受け取り「あざっす!」でOKよね🍣
求めてる回答の種類があるのであればオープンクエッションは適していないという話。
組織間における伝言ゲームみたいなやり取りで意味や根拠が失われたり、無駄な説明コストが増幅していくのが嫌で、認知負荷の低い言葉で素早いやり取りに特化してくれと常々思うなど。規約とか規定とかも糞の明文化
少なくとも書いた人が「小説」だと言うなら「読みやすい」は褒め言葉じゃないと思うよ。他人の描いた絵を見て「何が描いてあるかわかりやすい」って下手すりゃ悪口でしょ。創作の域に達してないって言うようなもん。
読みやすいって感想に怒るひとなんているの?プロでみたことないけど
既ブコメにもあるけど、増田の文章は長文だが読みやすかった。主語述語論点が明確で、繰り返し表現がくどくない。/しかし小説の褒め言葉として1番最初にくるのが「読みやすい」はうれしくないのではとも思う
小説(二次創作も)投稿サイトの下の方、本当に読みにくい作品山程ある、ので褒め言葉。ただ書き手としてそのラインと比べて欲しくないって思う人がいるのは分かるかな
そもそも「読みやすい」って言い方によっては上から目線だよね。村上春樹や村田沙耶香に「読みやすかったので最後までつるつる水みたいに読めました」って感想送らないでしょ?
「読みやすい」と感想送る人は乱読タイプではなさそうなので、所謂「読書が趣味」ではなく作品個別のファンだと思うとそんなファンがいるのすごいなと思う。乱読者は「読みやすい」なんて評価しないもんね
読みやすいのは基本ラインだし、契約書や仕様書じゃなく、小説なら感情に働きかけるのが主眼なので残念な気持ちになるんじゃないかな。そういう意味では一言シンプルに面白かったのほうが嬉しくない?
本を「読みやすい」と「読みにくい」でしか評価できない人は存在する。 それでも読み続ければそれ以外の感想も出てくるので、暖かく見守ってほしい。
読みやすいから何?って話なんだろうね。「読みやすい以外の感想は無い」って言ってるようなものじゃん
技術的な文書なら具体の記述に言及できるが、小説って「なんかグッときた」以上のこと言うの難しいことはよくあるな。いやでも好きなんですよその作品は。俺に語彙がないだけで
“小説書きは文章を書くのに慣れているため忘れがちだが、抱いた感情を文章にするのは面倒で、時間もかかって、疲れる行為だ。感想「読みやすいです」だけでも、わざわざ言語化してくれた優しい読者なのである”
褒めるときの感想は「xxのシーンが好き」と具体的な部分を挙げた感想にすると、ちゃんと読んでる感が出て、褒める気持ちが伝わりやすいとおもう
「読みやすい」は無論褒め言葉なのだが、大抵の読み手はその読みやすさがどこに起因するのか分からないので「読みやすい」という感想になる。デッサンが正確な絵のように自然過ぎて気付かない高度な技術がそこにある
自分が書いたものが「読みやすい」と言われるなんて、最高から二番目くらいに嬉しいことだろう。元のトピックはしらんが
ブログならともかく小説の感想で「読みやすい」なんて言われたら全部取り下げて書き直しそうな人いくらでもいる
感想って、読者からの押し付けになるかな……と送るのをためらうことがある。でも、反応ナシよりもずっとずっと良いんだと思うので、何とか書きたいとは思っている。
褒められたら「光栄の極み!」って言っとけばいいんだよ
「読みやすい」って小説に対しての評価だとちょっと不思議というか、「面白かった」が最初に来ると思うよなあ。
この増田、読みやすかった。