訳しました~(しかしターチンの言うマルチレベル選択って、文化的集団選択+自己家畜化っていうストーリーと同じものなのか?)
ヘンリックらの述べる文化進化の話は私も面白いと思って、注目しています。人間が自己家畜化していったいきさつとも相性は良いですし。(ヘンリック自身も自己家畜化について著書で書いていたと記憶してます)
ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』の誤りの指摘に関して。
文化や協調が先に進化して最後に知能が追いついたって説は進化生物学的に面白いな
文化の蓄積なんて存在するかしらん。
「どちらが」ということでもうトラップが入っている。同時だよ。そんなのアリストテレスが2500年前に言ってる。
なるほどねー。まず機械的模倣による文化、そして協力、その後に言語、最後に知能の発達か。納得感あるなー。
知性ってバグだと思う。生存と種の繁栄に、真っ直ぐ寄与なんてしていないので派だから気になる話題。
この説明だと、世代時間が長いタイプの鯨類・鳥類・魚類などからでも人類が進化していそうに思う。自分の考えはこれ→https://b.hatena.ne.jp/entry/4788756475625034242/comment/dltlt
ハラリの論は単に非主流説を唱えているだけなら(例え後に誤りと判っても)新論点として価値はあるが,実際は非専門家が反論され捨てられた旧説を継ぎ接ぎして分かりやすいストーリーに仕立てて広めただけなので質が悪い
これは納得できる
「ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』…文化進化論という新しい分野が生み出してきた知見を取り入れることができていなかった」
その時代の苦難レベルに合わせて肉体系か知性系どちらかへの淘汰圧がかかるとか。暖かい(平和)なら知性、寒い(過酷)なら肉体、みたいな。そういう意味で知性・知的であることは重要な要素でない、みたいな?
ピーター・ターチン「知能と進化、どちらが最初に進化したのか?:ジョセフ・ヒースの記事への補足」(2026年9月28日)
訳しました~(しかしターチンの言うマルチレベル選択って、文化的集団選択+自己家畜化っていうストーリーと同じものなのか?)
ヘンリックらの述べる文化進化の話は私も面白いと思って、注目しています。人間が自己家畜化していったいきさつとも相性は良いですし。(ヘンリック自身も自己家畜化について著書で書いていたと記憶してます)
ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』の誤りの指摘に関して。
文化や協調が先に進化して最後に知能が追いついたって説は進化生物学的に面白いな
文化の蓄積なんて存在するかしらん。
「どちらが」ということでもうトラップが入っている。同時だよ。そんなのアリストテレスが2500年前に言ってる。
なるほどねー。まず機械的模倣による文化、そして協力、その後に言語、最後に知能の発達か。納得感あるなー。
知性ってバグだと思う。生存と種の繁栄に、真っ直ぐ寄与なんてしていないので派だから気になる話題。
この説明だと、世代時間が長いタイプの鯨類・鳥類・魚類などからでも人類が進化していそうに思う。自分の考えはこれ→https://b.hatena.ne.jp/entry/4788756475625034242/comment/dltlt
ハラリの論は単に非主流説を唱えているだけなら(例え後に誤りと判っても)新論点として価値はあるが,実際は非専門家が反論され捨てられた旧説を継ぎ接ぎして分かりやすいストーリーに仕立てて広めただけなので質が悪い
これは納得できる
「ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』…文化進化論という新しい分野が生み出してきた知見を取り入れることができていなかった」
その時代の苦難レベルに合わせて肉体系か知性系どちらかへの淘汰圧がかかるとか。暖かい(平和)なら知性、寒い(過酷)なら肉体、みたいな。そういう意味で知性・知的であることは重要な要素でない、みたいな?