効率性からか、意思決定者の心理的負荷軽減のためか、責任を仕組みまかせにする事例が多いように思う。AIが社会実装されるとさらにその傾向が強まる。そして健全なフィードバックの回路が消失する。オソロシヤ
“オランダには、書類のない商業輸入のペットは輸出元に戻すか、輸入者の負担で安楽死させるという方針があり”産業用シュレッダーが安楽死なんか…
リスがかわいそう過ぎるだろ。許せねえ…
アカウンタビリティ・シンク、責任の迷宮ですわね。リスの話題も負けじと楽しませてくれますの!
個別対応と責任の範囲については、昨日のホッテントリ『具体と抽象の組織論』の話も構造は少し別だが、個々が十分に働いているのに、全体責任の消失が複雑さを生み続けている点で似ているかも。
「冷たい方程式」的な場合、システム・規則に責任・終着点をもたせる方が楽な場合もあるかもよと。まぁ、解決の努力はした方が良いけども。
Xのことかー!>買収した会社にその将来性を担保に多額の借金を背負わせると、生き残るための現金確保がほかのすべてに優先するようになり、顧客や従業員の声は、現金を生まない限り経営判断に反映されなくなる。
倫理を抜きにすると微妙な話だな。スターリンのソ連とかほぼ完璧なシステムになるんじゃないか。あと「責任」が何に対するものなのかが必要。従業員なのか国民なのか歴史なのか人類なのか。
仕組みに責任を押し付けること自体は別に悪くない。仕組みの間違いに気づかなかったり見直しができないことが問題なのだよ。AIによる合理的な仕組みができたときそれを理解し直せる人がいるか。
これは面白そう。本の装丁も洒落てる。責任をシステムに押し付けた結果440匹のリスをシュレッダーにかけてしまうのは、ハンナアーレントの言う「凡庸な悪」の再現ともいえる。
面白そう
仕組みのせいにしちゃダメだにゃ!ボクの空腹もマシンのせいにしちゃうぞ?
個人の責任に帰す方が弊害大きい。絞首刑のスイッチ押すのは複数人でどれが本物のスイッチかわからないようにする。水道代不払いで栓を閉める(=生活できなくする)判断は仕組に負わせるべきだ。口蹄疫の殺処分もそう。
綴りがなかったので自分でも調べた。Accountability Sink / 責任の吸収源。念のため「シンク」はsinkの方。キッチンのシンクを思い浮かべて「責任の排水口」とでも思っとけばよさそう。
多様性を諦めて思想統制するか、現場に即したルールメイクを諦めるか
本来、現実世界にある「無限責任」に生身の人間は基本耐えられないのよね。株式会社がその「有限責任」性で一気に隆盛したように、責任を上手く限定することの方向へ人々も社会も流れて行ってしまう感がありますね。
担当者に「柔軟な対応」を求めないならば機械のように問題が発生してからフィードバックの流れになっても仕方ないでしょ
シュレッダーじゃ安楽死にならないのでシステムの命令を実行できてすらいない、すなわちシステムが成立していない。これは例示として適切でないような気がするけども、まあ、読んでない本の話だからなあ
責任を負わない者に権威権限権力を与えてはいけない。王の誕生以来の教訓。
シュレッダーこわすぎ
個人の生存戦略に依存するにも免責がある…問題はちゃんと責任を果たせる仕組みかどうか
アカウンタビリティ・シンクの、シンクはsinkなのか。説明責任が埋没してしまうことね。カタカナ英語は危険だな。
複雑化したシステムの全レイヤーを神如く監視することは人には出来ないなら、監視はAIで実現せよって結論にはならないの? / システムによる責任分解自体がNGって人は、交通事故の過失割合とかどう思ってるのかな?
そうだね、責任は故人に押し付けて、気軽に切腹させる社会にしよう
その責任主体とされるヒトも分解したらニューロンが発火するだけのシステムなわけで、そもそも「責任」ってなんなのか面白い
リスの話恐ろしい…しかし責任が消えて機械的に判断すると便利な仕組み、場面というのは確かにある
ちょっと概念が広すぎて無意味な論考に思える
どんな判断が行われたにせよ、リスを生きたままシュレッダーにかけるのは人間として終わっている。家畜の死骸処理などに使われる産業用シュレッダーはあっても、生きたままを想定したシュレッダーなどない。
「システムが自分の失敗から学べなくなる」「一つの数字を最大化するような仕組みを社会の最上位に置かないこと、影響を受ける人々の声がシステムに戻ってくる経路を作り直すこと」
例え客が離れたとしてもフィードバックループがなくなった方が楽って上層部の方が多そうな偏見
"一見バラバラな「誰も望んでいないのに起きてしまう出来事」を同じ構造として捉え、巨大な組織がなぜトンデモ決定を下してしまうのか、金融危機やポピュリズムの台頭といった近年の混乱までを一気通貫で説明"
そうだね、飛行機を墜落させたパイロットは厳罰に処すべきだよね
10/1からカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が法律上の義務になったが一括りにカスハラにしてしまうと、正当な抗議にカスハラを適用してしまい最終的に東芝クレーマー事件みたいになるのに注意しないと怖い
問題は解決せず、謝罪も発生しない> 下っ端にとってはメリットしかないよな。失敗から学べないなら上の者が下に降りてこいや
The Unaccountability Machineで、邦題が知らぬまマシン。意味は分かるけどもうちょっとなんとかならんかったか。まあ知らぬま赳夫とか政治家もいたけど。
コールセンターの常套句「問題は上にあげ、共有します」は、実践しないならアカウンタビリティシンクになる。/「> リスの件でも、新聞沙汰になってはじめてKLMの上層部は衝撃を受け」メディアの役割はそれなのかも。
総論はなるほど。という感じ。読んでみたい本。リスをシュレッダーにかけるのは安楽死ではないので、ルールはあるのだが自分の責任を回避する理屈づけのために誤ってルールを適用しているという問題点もあるだろう。
経営者の責任なのに目隠しされている
ナチスによるユダヤ人ホロコーストもある意味これだよな
"責任の所在が消えることそのものより、決定する側と影響を受ける側のつながりが断ち切られ、現場の問題の情報が上に戻ってこなくなることのほうがまずい"
システムに判断を委ねるとき、我々自身が卵を押し潰す壁となっていないかを自省する必要がある
「システムが自分の失敗から学べなくなる」そうだよなぁ。正しく失敗する、というのは意外に難しい。
責任を仕組みに押し付けると、何が起こるのか?──『知らぬまマシン──なぜ巨大システムはトンデモ決定をしてしまうのか』 - 基本読書
効率性からか、意思決定者の心理的負荷軽減のためか、責任を仕組みまかせにする事例が多いように思う。AIが社会実装されるとさらにその傾向が強まる。そして健全なフィードバックの回路が消失する。オソロシヤ
“オランダには、書類のない商業輸入のペットは輸出元に戻すか、輸入者の負担で安楽死させるという方針があり”産業用シュレッダーが安楽死なんか…
リスがかわいそう過ぎるだろ。許せねえ…
アカウンタビリティ・シンク、責任の迷宮ですわね。リスの話題も負けじと楽しませてくれますの!
個別対応と責任の範囲については、昨日のホッテントリ『具体と抽象の組織論』の話も構造は少し別だが、個々が十分に働いているのに、全体責任の消失が複雑さを生み続けている点で似ているかも。
「冷たい方程式」的な場合、システム・規則に責任・終着点をもたせる方が楽な場合もあるかもよと。まぁ、解決の努力はした方が良いけども。
Xのことかー!>買収した会社にその将来性を担保に多額の借金を背負わせると、生き残るための現金確保がほかのすべてに優先するようになり、顧客や従業員の声は、現金を生まない限り経営判断に反映されなくなる。
倫理を抜きにすると微妙な話だな。スターリンのソ連とかほぼ完璧なシステムになるんじゃないか。あと「責任」が何に対するものなのかが必要。従業員なのか国民なのか歴史なのか人類なのか。
仕組みに責任を押し付けること自体は別に悪くない。仕組みの間違いに気づかなかったり見直しができないことが問題なのだよ。AIによる合理的な仕組みができたときそれを理解し直せる人がいるか。
これは面白そう。本の装丁も洒落てる。責任をシステムに押し付けた結果440匹のリスをシュレッダーにかけてしまうのは、ハンナアーレントの言う「凡庸な悪」の再現ともいえる。
面白そう
仕組みのせいにしちゃダメだにゃ!ボクの空腹もマシンのせいにしちゃうぞ?
個人の責任に帰す方が弊害大きい。絞首刑のスイッチ押すのは複数人でどれが本物のスイッチかわからないようにする。水道代不払いで栓を閉める(=生活できなくする)判断は仕組に負わせるべきだ。口蹄疫の殺処分もそう。
綴りがなかったので自分でも調べた。Accountability Sink / 責任の吸収源。念のため「シンク」はsinkの方。キッチンのシンクを思い浮かべて「責任の排水口」とでも思っとけばよさそう。
多様性を諦めて思想統制するか、現場に即したルールメイクを諦めるか
本来、現実世界にある「無限責任」に生身の人間は基本耐えられないのよね。株式会社がその「有限責任」性で一気に隆盛したように、責任を上手く限定することの方向へ人々も社会も流れて行ってしまう感がありますね。
担当者に「柔軟な対応」を求めないならば機械のように問題が発生してからフィードバックの流れになっても仕方ないでしょ
シュレッダーじゃ安楽死にならないのでシステムの命令を実行できてすらいない、すなわちシステムが成立していない。これは例示として適切でないような気がするけども、まあ、読んでない本の話だからなあ
責任を負わない者に権威権限権力を与えてはいけない。王の誕生以来の教訓。
シュレッダーこわすぎ
個人の生存戦略に依存するにも免責がある…問題はちゃんと責任を果たせる仕組みかどうか
アカウンタビリティ・シンクの、シンクはsinkなのか。説明責任が埋没してしまうことね。カタカナ英語は危険だな。
複雑化したシステムの全レイヤーを神如く監視することは人には出来ないなら、監視はAIで実現せよって結論にはならないの? / システムによる責任分解自体がNGって人は、交通事故の過失割合とかどう思ってるのかな?
そうだね、責任は故人に押し付けて、気軽に切腹させる社会にしよう
その責任主体とされるヒトも分解したらニューロンが発火するだけのシステムなわけで、そもそも「責任」ってなんなのか面白い
リスの話恐ろしい…しかし責任が消えて機械的に判断すると便利な仕組み、場面というのは確かにある
ちょっと概念が広すぎて無意味な論考に思える
どんな判断が行われたにせよ、リスを生きたままシュレッダーにかけるのは人間として終わっている。家畜の死骸処理などに使われる産業用シュレッダーはあっても、生きたままを想定したシュレッダーなどない。
「システムが自分の失敗から学べなくなる」「一つの数字を最大化するような仕組みを社会の最上位に置かないこと、影響を受ける人々の声がシステムに戻ってくる経路を作り直すこと」
例え客が離れたとしてもフィードバックループがなくなった方が楽って上層部の方が多そうな偏見
"一見バラバラな「誰も望んでいないのに起きてしまう出来事」を同じ構造として捉え、巨大な組織がなぜトンデモ決定を下してしまうのか、金融危機やポピュリズムの台頭といった近年の混乱までを一気通貫で説明"
そうだね、飛行機を墜落させたパイロットは厳罰に処すべきだよね
10/1からカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が法律上の義務になったが一括りにカスハラにしてしまうと、正当な抗議にカスハラを適用してしまい最終的に東芝クレーマー事件みたいになるのに注意しないと怖い
問題は解決せず、謝罪も発生しない> 下っ端にとってはメリットしかないよな。失敗から学べないなら上の者が下に降りてこいや
The Unaccountability Machineで、邦題が知らぬまマシン。意味は分かるけどもうちょっとなんとかならんかったか。まあ知らぬま赳夫とか政治家もいたけど。
コールセンターの常套句「問題は上にあげ、共有します」は、実践しないならアカウンタビリティシンクになる。/「> リスの件でも、新聞沙汰になってはじめてKLMの上層部は衝撃を受け」メディアの役割はそれなのかも。
総論はなるほど。という感じ。読んでみたい本。リスをシュレッダーにかけるのは安楽死ではないので、ルールはあるのだが自分の責任を回避する理屈づけのために誤ってルールを適用しているという問題点もあるだろう。
経営者の責任なのに目隠しされている
ナチスによるユダヤ人ホロコーストもある意味これだよな
"責任の所在が消えることそのものより、決定する側と影響を受ける側のつながりが断ち切られ、現場の問題の情報が上に戻ってこなくなることのほうがまずい"
システムに判断を委ねるとき、我々自身が卵を押し潰す壁となっていないかを自省する必要がある
「システムが自分の失敗から学べなくなる」そうだよなぁ。正しく失敗する、というのは意外に難しい。