こういう歴史背景があったから、よく時代劇では、上の留守に乗じて越権と悪逆非道の限りを尽くすお役人とか出てくるのかな。/ 黄門様のモデルは17世紀だけど、諸国漫遊のお話ができたのは18世紀以降だろうし
現代のリモート勤務と出社の関係性に近いものを感じる。会社に住めばいいってこと…?
江戸生活費より交通費()のがでかそうって思ったけど、往復で金を使わせるためってもう否定されてるのか!知らんかった‥
(加賀藩一回の参勤交代費四億円、要員4000人強。〔徳川幕府が最もチカラもってた秀忠時代だと旗本八万騎スタッフいれて16万移動例あるらしいが〕そうなるともう参勤交代業界だからね。休止で宿場町とかガッカリだ
サボるって江戸に来ないんじゃなくて江戸から帰りたがらないの草、都会の生活に染まった結果かよ
金帰火来ってやつだ(違)
現代では大物議員ほど選挙区に帰る暇はなくなる
譜代大名は幕府の役職もあったりで、国元に帰る時間も費用も工面するのが大変だったのだろう。国元の家臣たちが上手く治めてくれておればなおさらわざわざ帰る動機おき難い
平成になるとWikipediaを正式名称で書くことをサボるインテリが出てきて問題になっている話があって面白い。「Wikiを知らない?」「どうせAIで滅びるならいっか」
江戸にいないと幕府のポスト争いに置いていかれるとかあったのかな
参勤しても会社には住める場所ないんですが……
(主が論文を示してるのに(たぶん読まずに)自説をひょいひょいとリプできる神経の太さを見習いたい。あたしゃ「だからそう書いてあるじゃん」とか「それは否定されてるじゃん」とかマジレスされたら凹んじゃう
今の衆院議員小選挙区上がりの2世3世議員は江戸時代の地方のお殿様と同じ。江戸三百藩、289小選挙区。国会がない時は地元に帰る。ただ生まれは東京。岸田元首相も広島出身っぽく見せてるけど東京生まれの東京育ち。
現在の、地方出身のくせに、地方経済を軽視する政治家が増えたのと、似てるな
元々移動で負担を増やして遠地の外様の国力を削ぐのが目的とかじゃなかったっけ(←調べたら最近は否定されてるのね)。大名が江戸に居ればいいって形で形骸化しちゃったのか
参勤交代は大名の力削るためにやってたと聞いたことがある。サボったほうがいんじゃねと思うが、地方政治が疎かになる危険があるな
領内に問題がなければそれでも平気だったのかも。
今の議員たちと一緒じゃん。選挙の時以外は、都内在住。
室町時代だとむしろ在京の方が普通で結果国元のいざこざが発生しやすくなってた。江戸幕府はそこら辺を考えて「定期的に国に帰ってちゃんと統治しろよ」って意味で結果参勤交代ができる要因の一つになってる
んでやっと帰ってきたと思ったら「一つ目の巨人に襲われた」とか「仙女に囚われてた」とかいう言い訳するのかな?
識りたがり重豪で見た!!!!!!!!!ような気もする!!!!!!!!!!
狭い範囲のルールに対して「サボる」と見るのはひとつの面白がりかたですけど、まさか様々な変遷やプレイヤーの主体性があるはずのところでそれだけになったりはしないですよね? とも思います。
そんなら「参勤のWiki」でいいよな。辞書にも載ってるしhttps://www.weblio.jp/content/%E5%8F%82%E5%8B%A4 Wikiは載ってなかった https://www.weblio.jp/content/Wiki
あ!!!フェートン号事件だ!トラファルガーでナポレオン(フランス)が負けて世界の海がイギリスのものになったタイミングで起きた事件!!このあたり、江戸幕府がナポの存在めっちゃ隠すからおもろいよ!
参勤交代には富の分配(宿場が潤う)や文化の伝播とかもあるけど、カルテルを作れないようにする効果とかもあったようなことを聞いたことがある
なんだ、今の国会議員と同じじゃん、と投稿しようとしたら、トップブコメがそれだった
同化政策の成功とも言えるけど、藩の実権を現地居残り組に握られるとそれはそれで反乱の芽になる。
以前は参勤交代は諸藩の経済力を削るためって教えられてたけど、いまはそうではないとされてるってことじゃなかったっけ?
そのうち在府の大名と土着の家臣団の間で齟齬が起き、守護地頭のような形で各地で地元勢力が独立していく可能性も。戦国時代リターンズだと面白かったのに
大名の故郷を江戸にして精神的に攻めにくくする効果もあったと思う。確か倒幕派に領地育ちの領主が多かったはずだし
国会議員かな?
勝負メシでしてたけど敵対心ないですよってことで自主的にしてたのを制度化したっていう。深くやると数年1回になったり、江戸から出ない大名とかも。形骸化はありそう。薩摩や長州はやってるようには見えないよな
毎回領地と江戸を往復するのもめんどくさそうだもんね…。
そんなピンポイントなWikiがあるかと思ったらWikipediaのことか
言い訳とか具体的にはどうしてたんだろう。幕府側もあえて聞かないとかなのかな。
室町時代だと守護在京制が在国の守護代クラスの下剋上を招き、在京制の崩壊で戦国争乱が深化した感があり。親藩譜代が「江戸にいるならいっか」で済んでる江戸中後期も不思議なバランスね。
当時から東京一極集中なのかよ。なんだよそれー。
まぁ、理由は2つ予想できて、譜代大名が江戸幕府の要職に就いていたこと、そのせいで直近の上司部下の関係になるので、人間関係が大名同士と言うか職場の同僚の身内同士になった。外様とも案外交流あったみたいだし
以前から疑問に思っているのだが、老中など幕府の中枢の役職にある者の参勤はどうなっているのだろう?
まじかよ。超高速参勤交代フィクションなのかよ。ふかきょんかわいい(´・ω・`)
参勤交代の副産物として五街道をはじめ交通網の整備が進んだり街道沿いの商業が発展した点は評価してもよいが、ついに欧州諸国みたいな舗装道や馬車は普及しなかった(幕府がさせなかった)のは愚策としか思えず
まあ江戸中期の各班の経済とか見ると、財政難故にそう何度も往復できないってのが主因だったのだろうなあ。
超高速参勤交代「疾きこと風の如く」 超停滞参勤交代「動かざること山のごとし」
なお老中や譜代は江戸近郊に領地を持っており本人はずっと江戸にいて領地は代官に任せていた。水戸黄門で代官が出てくるのは徳川家の部下の業務委託先で退治しやすかったから。大名が相手だと話が大きくなりすぎる。
ダミーの影武者を江戸に送って真の大名が地元で反乱の準備してたらどうするんだ?とおもったけどそれは参勤交代してても同じか
悪代官みたいなのが出てくるのそういう背景もあるんかな
この頃から東京一極集中の傾向があったってことか…
今の地方議員も東京生まれ東京育ちで全然地元に帰らない人が結構いると思うから歴史は繰り返しすぎる。
さぼっていいじゃん
参勤交代のWikiに18世紀になると参勤交代をサボる大名が出てきて問題になっている話があって面白い「領地に帰らない大名が出てきた」「幕府も江戸にいるならいっか」
こういう歴史背景があったから、よく時代劇では、上の留守に乗じて越権と悪逆非道の限りを尽くすお役人とか出てくるのかな。/ 黄門様のモデルは17世紀だけど、諸国漫遊のお話ができたのは18世紀以降だろうし
現代のリモート勤務と出社の関係性に近いものを感じる。会社に住めばいいってこと…?
江戸生活費より交通費()のがでかそうって思ったけど、往復で金を使わせるためってもう否定されてるのか!知らんかった‥
(加賀藩一回の参勤交代費四億円、要員4000人強。〔徳川幕府が最もチカラもってた秀忠時代だと旗本八万騎スタッフいれて16万移動例あるらしいが〕そうなるともう参勤交代業界だからね。休止で宿場町とかガッカリだ
サボるって江戸に来ないんじゃなくて江戸から帰りたがらないの草、都会の生活に染まった結果かよ
金帰火来ってやつだ(違)
現代では大物議員ほど選挙区に帰る暇はなくなる
譜代大名は幕府の役職もあったりで、国元に帰る時間も費用も工面するのが大変だったのだろう。国元の家臣たちが上手く治めてくれておればなおさらわざわざ帰る動機おき難い
平成になるとWikipediaを正式名称で書くことをサボるインテリが出てきて問題になっている話があって面白い。「Wikiを知らない?」「どうせAIで滅びるならいっか」
江戸にいないと幕府のポスト争いに置いていかれるとかあったのかな
参勤しても会社には住める場所ないんですが……
(主が論文を示してるのに(たぶん読まずに)自説をひょいひょいとリプできる神経の太さを見習いたい。あたしゃ「だからそう書いてあるじゃん」とか「それは否定されてるじゃん」とかマジレスされたら凹んじゃう
今の衆院議員小選挙区上がりの2世3世議員は江戸時代の地方のお殿様と同じ。江戸三百藩、289小選挙区。国会がない時は地元に帰る。ただ生まれは東京。岸田元首相も広島出身っぽく見せてるけど東京生まれの東京育ち。
現在の、地方出身のくせに、地方経済を軽視する政治家が増えたのと、似てるな
元々移動で負担を増やして遠地の外様の国力を削ぐのが目的とかじゃなかったっけ(←調べたら最近は否定されてるのね)。大名が江戸に居ればいいって形で形骸化しちゃったのか
参勤交代は大名の力削るためにやってたと聞いたことがある。サボったほうがいんじゃねと思うが、地方政治が疎かになる危険があるな
領内に問題がなければそれでも平気だったのかも。
今の議員たちと一緒じゃん。選挙の時以外は、都内在住。
室町時代だとむしろ在京の方が普通で結果国元のいざこざが発生しやすくなってた。江戸幕府はそこら辺を考えて「定期的に国に帰ってちゃんと統治しろよ」って意味で結果参勤交代ができる要因の一つになってる
んでやっと帰ってきたと思ったら「一つ目の巨人に襲われた」とか「仙女に囚われてた」とかいう言い訳するのかな?
識りたがり重豪で見た!!!!!!!!!ような気もする!!!!!!!!!!
狭い範囲のルールに対して「サボる」と見るのはひとつの面白がりかたですけど、まさか様々な変遷やプレイヤーの主体性があるはずのところでそれだけになったりはしないですよね? とも思います。
そんなら「参勤のWiki」でいいよな。辞書にも載ってるしhttps://www.weblio.jp/content/%E5%8F%82%E5%8B%A4 Wikiは載ってなかった https://www.weblio.jp/content/Wiki
あ!!!フェートン号事件だ!トラファルガーでナポレオン(フランス)が負けて世界の海がイギリスのものになったタイミングで起きた事件!!このあたり、江戸幕府がナポの存在めっちゃ隠すからおもろいよ!
参勤交代には富の分配(宿場が潤う)や文化の伝播とかもあるけど、カルテルを作れないようにする効果とかもあったようなことを聞いたことがある
なんだ、今の国会議員と同じじゃん、と投稿しようとしたら、トップブコメがそれだった
同化政策の成功とも言えるけど、藩の実権を現地居残り組に握られるとそれはそれで反乱の芽になる。
以前は参勤交代は諸藩の経済力を削るためって教えられてたけど、いまはそうではないとされてるってことじゃなかったっけ?
そのうち在府の大名と土着の家臣団の間で齟齬が起き、守護地頭のような形で各地で地元勢力が独立していく可能性も。戦国時代リターンズだと面白かったのに
大名の故郷を江戸にして精神的に攻めにくくする効果もあったと思う。確か倒幕派に領地育ちの領主が多かったはずだし
国会議員かな?
勝負メシでしてたけど敵対心ないですよってことで自主的にしてたのを制度化したっていう。深くやると数年1回になったり、江戸から出ない大名とかも。形骸化はありそう。薩摩や長州はやってるようには見えないよな
毎回領地と江戸を往復するのもめんどくさそうだもんね…。
そんなピンポイントなWikiがあるかと思ったらWikipediaのことか
言い訳とか具体的にはどうしてたんだろう。幕府側もあえて聞かないとかなのかな。
室町時代だと守護在京制が在国の守護代クラスの下剋上を招き、在京制の崩壊で戦国争乱が深化した感があり。親藩譜代が「江戸にいるならいっか」で済んでる江戸中後期も不思議なバランスね。
当時から東京一極集中なのかよ。なんだよそれー。
まぁ、理由は2つ予想できて、譜代大名が江戸幕府の要職に就いていたこと、そのせいで直近の上司部下の関係になるので、人間関係が大名同士と言うか職場の同僚の身内同士になった。外様とも案外交流あったみたいだし
以前から疑問に思っているのだが、老中など幕府の中枢の役職にある者の参勤はどうなっているのだろう?
まじかよ。超高速参勤交代フィクションなのかよ。ふかきょんかわいい(´・ω・`)
参勤交代の副産物として五街道をはじめ交通網の整備が進んだり街道沿いの商業が発展した点は評価してもよいが、ついに欧州諸国みたいな舗装道や馬車は普及しなかった(幕府がさせなかった)のは愚策としか思えず
まあ江戸中期の各班の経済とか見ると、財政難故にそう何度も往復できないってのが主因だったのだろうなあ。
超高速参勤交代「疾きこと風の如く」 超停滞参勤交代「動かざること山のごとし」
なお老中や譜代は江戸近郊に領地を持っており本人はずっと江戸にいて領地は代官に任せていた。水戸黄門で代官が出てくるのは徳川家の部下の業務委託先で退治しやすかったから。大名が相手だと話が大きくなりすぎる。
ダミーの影武者を江戸に送って真の大名が地元で反乱の準備してたらどうするんだ?とおもったけどそれは参勤交代してても同じか
悪代官みたいなのが出てくるのそういう背景もあるんかな
この頃から東京一極集中の傾向があったってことか…
今の地方議員も東京生まれ東京育ちで全然地元に帰らない人が結構いると思うから歴史は繰り返しすぎる。
さぼっていいじゃん