本は現実と異なる様々な体験や価値観が詰まっているものなので、普通とか、真の、とかを気にする必要はないと思う。東京に住んでいるのに新宿に行ったことないのか、みたいな感覚で言ったのかな。
マウント厨の言うことなんかスルーしとけや、読みたい本読めばええねん
原文で読まないと駄目とかあるからあまり気にしてもしょうがない
ハムレットとオセローは合わんかった、リア王とマクベスは面白かった/とは言え和訳だとニュアンスこぼれ落ちてるとこありそうな気はするが原語で読む気力なんか無い/まあ興味が持てないならスルーすんのも自由でしょ
あんなもの戯曲なんだから芝居か映画見とけば十分(詩も書いてたけどな)
別に悪くはないと思うけど、フツーは「元ネタ」も気になるものだと思う。それ言いだしたら古今東西ありとあらゆるものを読まなきゃならんくなるけどさ
ヴェニスの商人が好き。/別に読んでなくても問題ないよ。「読まないといけない本なんてこの世界には一冊もない」って『バーナード嬢曰く。』の神林さんも言ってた。
伝説によると、一時隆盛を極めに極めたSFムラは、そういうこという害獣の大量繁殖によって滅んだらしいから、適切に隔離処理していきましょう/ 四大悲劇のあらすじは押さえてるけど、本はベニスの商人しか読んでない
本好きじゃなくて、欧米の上流層と付き合うならじゃないかな。ただ、いろんな著作の元ネタなんで、把握してると楽しいとは思うが。
ヴェニスの商人の原著なら読んだことあるけど、古典英語は読みにくいんだよな。なお、本好きではない。
好きなもの読んでればいいんじゃないか
いちぶ読んでないのある。四大悲劇は3個は読んだ気がする。マクベスを読んだかどうかが覚えてない。
そんな古の教養マウントする人間まだいるのか
オマージュ元になってるから読んどけよ、漫画やアニメも「堕ちろ蚊トンボ」「53万」「薙ぎ払え」「バルス」とか元ネタ知らんと何のことか分からないだろ
江戸の貸本文化で流行してた本を読んでないとおかしいと言ってるようなものだし気にすることはないかと
完全回避も難しい
でも、好きな本は人それぞれですわ。読んでいないから普通ではないなんて、素敵な本との出会いが待っているかもしれませんわよ。あなたの本の旅はこれからですの!
「そうだよね、真の本好きならシェイクスピアは初期近代英語版くらい読まないとね。僕は無理だなー」で終わり。イマドキ、真の本好きてw 好きに読めば良いし、さらに揚げ足取りするなら「(真の)読書好き」でしょ。
本好きだと下剋上しないとだめらしい(´・ω・`)
真の〇〇と言われるとどうしても真の仲間を思い出してしまう
詳しくない、と、好き、は両立する、ってブコメで習った
シェイクスピアは台本みたいなものだから、原文か翻訳でも読書の意味が違うので、普通とか言われても意味わかんないですね
脱線だけど、シェイクスピアは読むだけよりは、お芝居も見るといいですよ。ここ笑う場面だったんだーとか、一人二役で意味が生まれたり、台詞の抑揚とか歴史上は少年俳優がとか、文章で伝わらない面白さが楽しめる。
興味があるなら読んでみればいいのでは?私は読んだことありません。日本人だし。細雪を読んだ方がいいと思います。ただ、細雪を読んでなくても、普通じゃないとは思わないw
そもそもシェイクスピアって読むものなの?観るイメージのほうが強い
戯曲は読みづらいよね。まともに読んだ戯曲はファウストくらいか。シェイクスピアもどれか読んだ気がするが忘れた。
A Midsummer Night's Dream は『ガラスの仮面』から入ると後は誰の訳でもすんなり読めるのだ。寧ろ読み比べる楽しさがある。他の作品も読みたくなる。美内すずえは優れたシェイクスピア「訳者」としてもっと評価されるべき。
本好きがどうとか以前の問題で、何かが「普通」とか「普通じゃない」とかわざわざ言ってくる奴はだいたいおかしい。おかしな奴のいうことを真に受けることはないし、ミュートしとけばいい。
変な人に真面目に相手にしても仕方ないので、「そうなんだ」とでも言っておけばいいような。
多分読んだこと無い。あれは演劇用台本じゃないの?しらんけど。
一冊くらい読んでおいても損はないと思う。16歳のとき小田島雄志訳で数冊読んだだけだけど、46歳の今でも、面白かったと記憶はしている。訳によってかなり違うみたいだから選べば良いんじゃないかな。
ウダウダ言う前に一冊くらい読めよ。短いよ。ソネット一個読んで読者だと威張るが良い。
色んな作品が本歌取りしてる元ネタだからじゃね。オタクはハマった作品の元ネタ掘りが好きな生き物だし、古参本好きにとっての元ネタはシェークスピアなのかと
映画で見ればよい
気にするな。好きな本を読もう。時代背景の説明がなくとも理解出来る、今の自分に響くのは現代の作品だと最近は思っている。本は現代だけでいっぱいある。全く本読んでないんだけどね。
真の本好きなら、人に読むべき本の強要をしない。少なくともその人は、良い本の良い部分を詳細に語ることすらできず、読め、としか言えない本好きでしかない。
じゃあ偽りの本好きでいいです。
人類はマウンティングできるチャンスがあればマウンティングする習性がある。マウントフルネスで行こう
僕は君のこと好きだけど、まだ何にも知らないよ。教えてくれる?(これや!
面白いけど、正直なんでそこまで評価されてるのかわからない。特段難しくも深くもない。心理描写が、といっても日本の作家の方がうまくない?
それは本好きではなくてシェイクスピア好きだろう。
読んでなくてもいいんだけど、現代のエンタメは多かれ少なかれシェイクスピアの影響を受けているものが多いのでシェイクスピア作品に触れていると作品理解がしやすいというのはある。
むかしの人は読むものが今よりずっとなかった。だから同じものを何度も読んで古典となりがちだったが、今はデータ量が増えたので好きなもの追いかけるだけでもせいいっぱい、じゃない?
例えばシェイクスピアにしたって『シンベリン』とか『アテネのタイモン』を真面目に読んだ人がどれだけいるのか、っちゅう話ですよ
本に限らずこういう厄介な人がいるから〇〇好きを言い難くなる。対して拘らなくたっていいじゃない。人生短いから気が向いたものを手に取れば良いと思う。蛇足だが、シェイクスピア読んでもゾルトラークにならない?
シェイクスピアはいくつか読んだが、村上春樹は全く読んだ事がないな。本が好きなら本好きでエエやん。
まあでも普段読まない本読むと案外良かったりするからオススメされたと思って読んでもいいと思う。
カナ名を覚えるのがどうにも苦手で読んだ事ないやと思いながらブコメを開いたらファウストの名があり、ハテ読んだ事あるなしかしシェイクスピアか?と思って調べたらゲーテじゃないか。私ゲーテ読んだことあるのか
本好きの幼児はこの世に存在しないってことか
10年くらいまえに国会でNHKの夜に放送しているお笑い番組が低俗すぎると話題にされたことがあった(ような気がしてる)が、じゃあ高尚なお笑いとはなんぞやとその議員が持論を展開したかというと寡聞にして知らないの
「お笑い好きなら志ん生見るのが普通」「志ん生は古い。談志を見ろ」ってのがシェイクスピアの後のチェーホフだろうな。結局どっちも古いんだが。
シェイクスピアは降霊させて本人に語らせないと真意が伝わらないよ。紙に書かれたもの自体解釈入ってしまうからうんこにたかるハエみたいにシェイクスピアを研究する学者がオナニーして喜び組しているのがその証拠
あれは戯曲な?
劇作家なんだから芝居見たほうがいいのでは。
悪魔好きですって言っててファウスト未読だったら「ああ漫画とかで好きになったんやろな」って思われるやつなだけでは?
エッセイとか読むの好きなんですよね、ブルーバックスが好きで新刊は全部読むんですよね、歴史モノを寝る前に読むのが至高なんですよね、とかは一応本好きに含めていい気がするので、別にどちらでも良い。
ジャンルに精通すればするほど、奥行きの深さや他の練達に敬意を表して、そのジャンル好きと自称するのを憚るやつ
本好きというからには、やはり総革装本の一つや二つは持っていないとなぁ。
こういうのは映画で見て読んだフリするのが一番いいってマックの女子高生が言ってた。
「すると真の本好きではないと言われた」無視しておけ、そんな低俗な奴は/ロミジュリ知らないと言われたらビックリするかもしれないが、まあ今の時代ならそんな人もいるかもしれない
こういう「〇〇好きなら〜」みたいな村の掟を強制適用されるの嫌で趣味は公言したくないわ。界隈への所属が目的化しちゃう
古典の名作は全部読んで当たり前ですね
それを言うならドストエフスキーかな
教養のために読んだことはあるが、日本語だと読む意味はないと思う。シェイクスピアは英文としての美しさ、もっと言えば発声したときを含めての傑作と聞いたことがあるので。
本≡文学とする前提が大きな間違い.芦田愛菜は慶応の政治学科(読解力の高さが強みとなる分野でしょう).
英語圏では教科書に載ってるそうで、英語がラテン語の影響を受けてることなどシェイクスピアから学ぶと聞いた。だから原文で読まないと実際の価値は伝わらないとか。
そいつは「聖書も読み物として面白い」とか言っちゃったりする厨二病のキッショいヤツなので無視で。
メディアミックス作品なので舞台や歴史情報とセットじゃないと台本だけ読んで深く味わうのはむずかしい。
ちゃんとした翻訳だとタイタス・アンドロニカスしか読んだことがない
これ、NARUTO、忍空の流れ?シェイクスピア読んでなくても〇〇はシェイクスピアのパクリとか言わなければいいよ//どっちかというと、当時のヨーロッパの雰囲気を知っておくべき
常々思っているのだけれど普通ってなんだ。1人で楽しむ者に普通は存在しない。ドグラ・マグラが好きでそれしか読んでない人も本好きだ。
有名な古典やベストセラーに限っても読み切れないほど沢山ある事は本好きならわかるだろうに。しかし、もしかしたら増田は「え?じゃあ何なら読んだことあるの?本、好きなの?」ってレベルなだけかも知れないが
ジャンルが沢山あるから読み切れないよ。西洋の古典文学好きなら、読んでないと普通じゃない?かも知れないけど。
一冊買ってみたけど諦めた。
レゲエ好きだけどよく知ってるのはボブ・マーリーぐらいだ それでいいんじゃないの
バイトで知り合った女子が演劇部なのに遊眠社を知らず、漫画好きなのに萩尾望都を知らないと聞いて、マジかよと若干しつこめに嘆いたことがある。思い出すたびに恥じている
そんなコトないだろと思いつつ、ガンダム好きと聞いたらまずファーストでどのキャラかMS好き?って前提で聞いちゃうから、たぶんそういう感じだろうな(いやさすがにガンダムと本じゃ幅が違いすぎるか…
本で仕事をするわけでなく、「本好き」ならそもそも「普通」とかどうでもいいやろ。好きな本のどこかに書いてなかった?
その理屈でいうと猫好きは様々な種類の猫を飼ってないといけないんだがそうはならんよな
一日一冊読むペースで10歳から70歳まで60年読み続けても二万冊しか読めないからねえ。三日に一冊なら七千冊くらい。どうしたって絞られるだろうと思うわ。
え、シェイクスピアなんか読んだことないよって思ったけど確かにベニスの商人読んでたわ / 英文学好きだとシェイクスピア読むんだろうけどね。
欧米の人か?あっちじゃシェイクスピアは基礎教養らしいのでそれなら言い分は分からんでもない
英文学科なのにシェイクスピアの原点一つ読んだことないやつがいる的な愚痴は見たことあるかな。学問と趣味じゃまた違うだろうけど
この世界には、人が一生かけても読み切れないほどの本があるのだから、好きなものを読めばいい。一方で、時代を超えて評価され続ける本はそれだけの価値がある。マウントの道具ではなく縁あったときに読めばいい。
手当たり次第読んでしまうのを本好きというなら、あなたは本好きではないっぽい。まあ、どういうのを本好きというかは人による
シェイクスピアは授業で有名作ほぼ読んだけど、元が脚本だからディテールがわかりにくく、二次作品のほうが理解しやすかった
ローグライクが好きな人でローグやったことある人ほとんどいないよね
小説じゃなくて戯曲なので文字ではちょっと読みにくい。劇で見たほうが面白くて、現代でも笑えるネタを挟んでくるのですごいよ。あといろんな話や言い回しの元ネタが山盛り
まあ必読書案内が文系偏重になるぐらいだし… https://note.com/reading_monkey/n/nfd1f21efba59
シェイクスピアは読むより観るものだし、日本人のほとんどは原書を読んでいないので、そういうこと言う人は無視してよろしい。
演劇が好きなんで読む機会はそこそこあったな。シェイクスピアを下敷きにした演劇結構あるから。古典でも現代に通じる心理があって私は割と楽しく読める/翻訳にも原文を活かすための各自の工夫があるよ
さすがに1冊くらい頑張って読んでみるかと読んだ。まったく面白いとは思えなかったけど、洋画や舞台の解像度が少し上がった気がする。
真の本好きは、◯◯を読んでいないと真の本好きではないなんてダサいこと言わないからね 相手は真の本好きではないんだね
言われたから何だと言うのだろう。本好きだと自認していればそれで問題無いじゃないか。
「本好き」って誤解与えかねない表現やな。「本が好き」なら分かるけど「本好き」だとロゼマの方だと思いがち。
教養マウント取られたくないならシェイクスピア読んどけば?俺はマウント取られても気にせんから読まんけど。つまり好きな本読めよ以上。
自分が本が好きで読んでるんだから、他の人がどう思っていても気にしないでいいのでは。好きなんて個人の感情でしかないんだし。
シェイクスピア読むのは戯曲とか演劇好きな人 という印象。村上春樹は読んだことない。
シェイクスピアは話は知っているけど読んだことはない代表格だろうな。本好きとはまた違うベクトルにあるものでは。
一応読んだけどあれは台本だしなぁ。本として読むならば大デュマのが面白いと思う
オアシスもレディオヘッドもビートルズもソネットと同じメンタリティの延長上にあるので「本好きなら(文学や戯曲が好きなら」では話はすまない。モー娘。も秋元康もシェイクスピア抜きで楽しもうとするのは勿体ない
〇〇好きなら一度は通っておくべきものってのは本に限らずありそうだよね。かくいう自分も百合好きながらマリみてを読んだことがない。
好き嫌いは主観だから言いやすいけど、趣味読書、趣味音楽、趣味映画鑑賞とかはハードル高くて言い難いよね(ノ∀`)
教養として読むの苦痛だと思うので、普通にエンタメとして読んで合わなければやめればいいと思うぞ。 薔薇王の葬列は「リチャード三世」だし、「ハムレット」下敷きにしてる小説はたくさんある。
文系はコーディングでAIのコントロール方法がわかる。理系はシェイクスピアだろう。全文学習しててここまで詳説してもらえる作品はない。まずは「シェイクスの18番解説しろ」だな
他には聖書とかギリシャ・ローマの古典とか各地の神話とか。 読む必要はないけど、よく使われる慣用句や物語の枠組みを覚えておくと理解が深まる瞬間がある
好きなものを読めばいいじゃんというのもわかるが仮に「本好きを自称」するなら口に合わないものも一度は手に取ってみる必要があると思ってる。本好きを自称しないなら食わず嫌いもアリと思う。
“村上春樹でも同じこと言われたことある”→タモリ氏ですら昭和にそういうこといってたけど、この○好きは○○しないと〜の流れは「余計なお世話」以上でも以下でもないのよね。気にしない気にしない。
むしろシェイクスピアを読んでる方が圧倒的少数派なので安心してどうぞ/お若い人なら河合先生の訳がおすすめ。私は小田島訳で読んでいてなじみがある/何を読めば本好きと言って良いのかは割と難しい話
脚本家を目指す場合シェイクスピアは全ての型の原点として必須科目らしいが、好きで本を読む場合はあまり気にしなくて良いのでは。
「本好きといいながらシェイクスピアは翻訳ですら読んでないんですよ」って恥じることではあるけど、そういう人は「普通」にたくさんいると思う
小学生の頃から読書家の母はどうも海外ものが合わないようでシェイクスピアも読んだことがない。なんなら日本の文豪もだらだらしてて面白さがわからないと言っている。無理してでも読まなければならない本はないかと
シェイクスピアは舞台で見てなんぼだろうが!
マウント取りたくなっちゃうのかもね
本好きって範囲広すぎだよねえ。ゲーテやらホメロスやらダンテだって読んたことなくても別に。“日本文学が好き!”って人が谷崎潤一郎知らなかった(読んだことない、ではなく)時はさすがに、ちょっと引いたが。
教養として読んでおくべきかと思っていくつか読んだけど、(現代に読むものとしては)つまんないと思いました
「真の」とか「本当の」などの強調表現してるケースは本人がどれだけ真剣だろうともネタ表現だと思った方が心の健康に良いと思ってる。内心でそう思ってることはおくびにも出さないけど
それは本好きではなく権威好きである
"普通ではない"とか損してるとかは発言者個人の価値観でしかないとおもう。そのひとをすきだったり尊敬してたりすると動揺するかもだけれど、うわごとのようなものなので真に受けないようにね。
読んでおく必要はないけど知っておいた方が面白い、くらいのイメージ。
好きなジャンルほど熱上がっててやりがちだから気をつけないと…
本好き=小説好きではない
「ラノベなんて小説じゃねーよ」とか言うクソ居たなぁ。本当に性格悪かったので関わることなくなったが。
「本好き」ってのは何かスキルツリーみたいなのがあるわけじゃなくて、一人で文字に向かって過ごす時間を大事にするライフスタイルを指すんじゃないの?文学趣味限定の概念じゃないと思うけど…
シェイクスピアはそんな読むの重くないから、読書家マウントバトルの為に読んでおくコスパは良いと思う。シェイクスピア引用ネタとかも割と遭遇するし。それでいったら聖書を読むコスパは悩むところだ
シェイクスピアって台本だから演劇で楽しんだほうがよくない?
「マンガ好きなら手塚治虫を」「映画好きならオーソン・ウェルズを」「音楽好きならモーツァルトを」みたいな?
普通とかはどうでも良いと思うけど、他の人が面白いよとか、読んどくと良いよってものは無条件で読むようにしてる。自分では選ばない面白いものに会える機会が増えてお得よ。
「Is this a pen?」て聞いてくるKenみたいなやつだな。
シェイクスピアはセリフ回しが心地良いので、日本語で読んでも意味ないよ。英語古語に堪能になって原文で読んでこそだね(私は無理)。本が好きなら、みんな本好きです。背表紙眺めるのが好きでもいいのよ。
「真夏の夜の淫夢」なら親の顔より見ました…(本は出てない)
タイトルの日本語が気になって仕方ないけど、他人の言うことは気にせず好きなの読んだらいいと思います。
スペイン語の授業で学生がシェイクスピアを読んでいないことに切れていた外国人講師いたけど、君だって平家物語とか川端康成とか読んでないじゃんと思った
読書好き向けの「屈辱」というパーティゲーム(未読の本を挙げると、読んでる人の数だけ点を獲得できる)がある。「交換教授」という小説では英文学教授がつい「ハムレット!」と言って点稼いでしまうシーンがある。
戯曲キツいよね〜!!ぐぇ!!ってなる。「下手から登場。」とか突然指示が飛んでくるから知らねえよってなるし。本好きは速読できる(脳内で声が再生されない)人が多いから余計キツいんじゃないかな??
いろんな本のいろんなところに引用されてたりするから、自然とそのうちに読んでみたくなってくるのよね
読むのが普通だとは思わないが、勧めらてたら読まない理由もない。
文学部出身だと何かしらは読む可能性がそこそこ高いですが、そうではなく単に読書するという人だと、まああらすじは知ってる、くらいの方が多いかなという肌感です。
資料好き図鑑好きタイプも「本好き」だからこの場合「文学好き」じゃないのかと思う
フフフフ、私は真の本好きなので三方金の古洋書を一冊持っている。
そういえば読んだことはないな。ロメジュリなんかはプロコフィエフとかでストーリーはだいたい把握してるつもりだけど。
「真の○○」というのがそもそも存在しない。
教養としては読むべきだけど、趣味としはどっちでも。ただ、コーデリアとかどんな人かを知っていれば、あちこちの作品でどう引用されているか分かって面白い。
うっかり読んじゃうと原文を読んでないとなみたいなマウントにあうぞ。ハリーポッターぐらいでいいよ。
シェイクスピアの戯曲(原型)は読んだことないわ。なおシェイクスピアの戯曲を元にした少年少女版の小説ならば読んだがそれでは読んだことにならんだろうよ。戯曲を読むのは大変だよ。僕は挫折した(えっへん)w
「映画好きだと黒澤見てないと普通じゃないの?」だとどうだろう
確かに戯曲読みにくいけど、それ加味しても温い本読みなわいですら、あまりにも面白いのよ。「リチャード三世」初めて読んだ時なんでこんな面白い話読まなかったんだろうって後悔したレベル。映画化作品とかどう?
シェイクスピアは本じゃなくて台本やろ
英文学やイギリスの映画・ドラマには時折なんの説明もなく(あたかも読者が知っていて当然かのように)シェイクスピアの引用が出てきたりしますから、そういう部分まで楽しみたければ読んでおくのもよいのでは
シェイクスピアの戯曲読んだことも舞台も観たことないのにロミオとジュリエットのストーリーを何で知ってるんだろう
英米文学読むときに教養として知っとくと役には立つと思うけど、それ言うなら聖書も新旧通読したほうがいい
近松門左衛門や井原西鶴より高度とも重要とも思わないな。/欧米圏の人間にとり教養の一部だから、彼ら向けのくすぐりとして、抑えておくメリットはあるけれども。
シェイクスピアは戯曲=演劇の範疇だし、そも本が好き(文字のない書籍[漫画・絵本・図鑑・写真集など]も含む)と読書が好き(基本的に文字を読む書籍が主体)でも意味が違うし、さすがに釣り臭すぎる。
真のって何?何なの?って詰めてみて
欧米では一定の知識層はシェイクスピアの何かの一節を話のネタに挟んでくるらしいので、知っとくのは有用かも。日本でいうごんぎつねとか平家物語とかみたいな扱いみたい
歌舞伎や狂言、落語を本で読むというのは習慣としては薄いのでシェイクスピアって面白い立ち位置の作家。
幼少から10年20年と本好きならば、「超有名な古典の作家は1冊くらい試しに読んどくか」って思う時期 かつ 読める時間は必ずあるだろ…という思考かと。シェイクスピア、ドストエフスキー、夏目漱石、川端康成、etc.
戯曲が好きなのは本が好きというよりは舞台が好きということだと思う。/スター・トレックにはシェイクスピアを引用するクリンゴン人が出てくるから、やつら戦闘民族なのに意外と教養高いぞ。
古今東西凡ゆる分野に類似言説があるが最初に言い出した側の気持ちが、最近何だか実感として分かってきた。ガルパンはいいぞ→ガルパンお薦め→ガルパン観てないのは勿体無い→ガルパン観てないのはモグリ。的な。
どちらかと言えば、洋画好きなら読んでおけ、では。まあ、文学でもシェイクスピア引用されがちだけど。
果てしなきスカーレットも「本好きのためのアニメ映画」って売り出せばよかったかもね
映画Wickedのノベライズが読みたいのだけど原作小説は完全に別物の話で、映画版だと無料公開されている脚本(原語)を読むしか無い
めんどくさい界隈だなとは思う
その手の古典とか王道は、引用や元ネタとしてわかる程度にあらすじや表現が何となくわかれば充分たよね。ピアノならバッハもモーツァルトも分かるし弾いたこともあるけど好きではないとか普通にある事だ。
本好きならシェイクスピアくらい読んでるの普通だろう。俺は読んでないけど。
まずキリスト教を理解出来てないと、から始まるよな
本好きだけど、積み重ねるのが好き(読んではいない)。
本好きは本が好きであればよい。しかし一方、誰かがそういうのも別に構わない。この話題に限らず、誰かの言葉が問題でなく、いちいち人のいうことを気にする世界がおかしい。肯定文は皇帝ではない。
「クラシック至上主義」を聞く度に、素人質問で恐縮するんだけど、「シェイクスピア以外にも、同時代に活躍した作家っていらっしゃるんですかね。そういった方々はどんな作品を作ったんでしょうか」って尋ねてる。
ミステリ好きならマザー・グースにたどり着く的な。
ロミオとジュリエットだと1968年の映画が最高だぞ!決してオリビア・ハッセーのおっぱいが見えるからとかの理由じゃないぞ!
岩波あたりのロミジュリの前口上を暗記している(笑)七五調が見事すぎて。「舞台は花のヴェロナにていづれも劣らぬ名門の(略)恋の若人哀れにもその死に償う両家の不和。」/教養課程で古英語版も一部読まされた。
日本人だしねぇ。日本人が源氏物語読んでないならわかるけどね。高校の授業でやるしね。
シェイクスピアは映画好きとか演劇好きのほうじゃないの?
タランティーノ作品を観てないとか談志の落語が分からないと自称ツウにダメダメ言われるのと同じやつか。読む物観る物くらい好きに選ばせろや。
どうでもいいんだけど「本好き=文学好き」の意なのか
特定のジャンルではなく漠然と本好きと言われると雑食性の大食いというイメージはあるかも。
実際にシェイクスピアを読むのはけっこう辛い。翻訳も古かったりするので、劇を観てから読んだ方が良い。原文は見たこともないが、古語なんじゃないか?100年前の英の法律を見たことがあるが、Thouとかで始まり挫折し
読んでなくてもそのへん中の影響から読んでるようなものなんじゃないの。漫画における手塚治虫的な
ゲーム好きならアタリのPONGをやってないとゲーム好きとは言えない
ちょっとでも批評の勉強するとすぐシェイクスピアの他にもオースティンの作品、蠅の王、嵐が丘めっちゃめちゃ出てくるけど読んでないな…
本好きであることとは、あんまり関係ないよ。
「ページめくる時の手触りが最高」とか「匂い立つインクの香りがたまらん」とかそういうこと?<本好き/有名な一節がどういう展開の中で出たのか、とかは知っとくと面白いかも
それは「本好き」じゃなくて「小説好き」とか「戯曲好き」とか「16世紀イギリス文学好き」なんじゃないかな?映画『ハムネット』を観たのでシェイクスピアについての歴史本は読んだけど戯曲は実は読んだことない
日本人ならガンダムは必修だからな。
理系専門書ばっかり読んでる本好きもいれば、古文書ばかり漁る本好きもいるわけで、共通して読まねばならない普通なんてないよね。わしは戯曲は読み通せない。
聖書とシェイクスピアは西洋文学で参照されることがやたら多いから、前提として知っておくべき的なことは聞かないこともないが、まぁ本好きかどうかとは関係ないな…
「あなたはみんなと同じようにシェイクスピアを読んでないと普通になれないんですね、私は読まなくても普通でいられます」と思っておこう。普通ってなんだろね
さえぼう先生がよくこの問題についてツイートしてるんだけど(押し付けするな、まず楽しく読めという趣旨で)ツイートが多すぎてどれをリンクで貼ればいいか迷う……
自分が見えている視野でマウントを取ろうとする仕草に見えて、あまり好感はできない。
その人も別にシェイクスピア読むのが普通とは思ってないでしょ、知らんけど。
真夏の夜の夢(ヴォー…)
真のとか言い出す人にはじゃあ少なくとも翻訳じゃなくて原文で読んだんだよねって確認しておきたい 本好きが文学好きの意だと思ってると「本好きの下剋上」に触れて逆になんだこれはってなるやつ
教養つくから読んだほうがよいと言われシェイクスピアと聖書読んだ。全然面白く無かった。と言ったらそれは教養が無いから楽しめないんだよと言われた。
本好きってそもそもなんだよ。それ媒体だろう。電子画面好きとかないだろ
「ではあなたは『嵐が丘』は?ディケンズは?サマセット・モームも?そもそもアリスもホームズも読破していないくせにたかだかシェークスピアだけでそこまで言われる筋合いはございませんよ。」
そもそもシェイクスピアは戯曲じゃん。本好きの中でも読みづらいって人もいるよ
シェイクスピアは読むものというより観るものじゃない?観た上で福田恆存訳か小田島雄志訳かってのはあるけど。演劇部で仕込まれるイメージ。
シェイクスピアは小説じゃなくて戯曲でしょう? ならば舞台がメインコンテンツではないのか? という言い訳をして読まずに済ませている。 そもそも本好きが文学好きとは限らないという根本の問題もあるし。
増田はそれを、自称「本好き」さんに言われたのかしら、それとも「自分は本好きじゃないけど、普通の本好きってそういうものだ」さんに言われたのかしら? ところで増田は紙や版面デザインや綴じや印刷に関心ある?
そいつ勿論イーガンとテッドチャンは読んでるんだろうな?
聖書の次に読まれてる本の候補として上がるくらいだから、読んでた方が普通とは言えるかもしれない
シェイクスピアを読むべきか、読まぬべきか。それが問題だ( ´∀`) 人生はただ歩き回る影法師、哀れな役者。恋は影、逃げれば追ってきて、追えば逃げていく。終わりよければ、すべてよし。
コメ「古英語版」シェイクスピアは、近世の英語では? 現在進行形がないとか"what do you read?" "word,word,word" redditでも議論が。https://www.reddit.com/r/AskHistorians/comments/1qxxusi/did_old_english_used_to_refer_to_shakespearean/?tl=ja
それは人生半分損してるよくらいの誇張表現だろうから聞き流しておけばいいのでは
哲学書と古典をいっぱいあげて、読んでないとマウントとるゲームしてる人いるよね。
そこまで言うならファーストフォリオぐらい持ってるんだろうな?
槍を振る人の話?
いつも思うんだけどシェイクスピアって刺さったら内蔵ぐちゃぐちゃにされそうで怖いよね。
世界最大のベストセラー聖書を読んでないのは普通じゃないだろ
一時期好きでかなり読んだけど、誰もが読まないといけないものでもないと思う。本なんか好きに読めばいいんだよ。
本好きを自認するということは非実用本が好きな人だろうから、色々読んでたら各所で引用されているシェイクスピアを読んでる確率は高そう。
中学の頃、現国の先生に授業中「シェイクスピアといったらなんだ」と雑に指されたので(先生としては作品名を答えて欲しかったのかと)「坪内逍遥です」と答えたら無視されたのは今でも覚えてる。
戯曲なんだから芝居で見るのがいいと思うんだけど、芝居って配信とかで中々見られない。この手の基礎教養レベルのもんは普通に見られるようにして欲しいもんだが、オペラやミュージカル、歌舞伎なんかも含めて
本好きと活字好きと物語好きは多分違う、みたいな話を誰かとしてみたい。鉄道趣味でいうところの、乗り鉄、撮り鉄、時刻表鉄みたいな感じで。
興味の赴くままに手に取るのでなく、義務や履修として読むならそれは本が好きなのではなく、本好きという皮を被りたいだけの虚無だよ
戯曲は読む気がしない。
坪内逍遥訳のロミジュリとかで良いなら青空文庫で読めるよ、そんなに長くもないよ
どうでもいいやん、普通かどうかなんて。だいたい、普通の本好きってなんだ? 普通の本好きってのがいるのか?
普通とは?
本好きの沙吉比亜
好みで読めばいいじゃん、昔の教養みたいなのの枠組みってもうすでに古い
わかりにくいタイトルやな
なんで二重否定?引用が多いので昔とりあえず1冊くらいは読んでみた。村上春樹も。
シェイクスピアって読むものなのか。観るものだとばかり/ファンタジー好きでもトールキン読まなくたって良い
本は読むけど海外古典は好きじゃないからめっちゃ気持ち分かる
なんだか表現が大げさで好きじゃないんだよな。翻訳の問題か。
普通
シェイクスピアが元ネタというのはたくさんあるので読んでおくと「ああ」と思うのが増えるよ。聖書と一緒
「ワイン好きだけどドンペリ?みたいなの飲んだことない」だったらどうだろうか。
シェイクスピア発のミームだけ誰か解説して欲しい
本好きは下剋上しないと普通じゃないの?(白目
シェイクスピアは難しいだろ。本来読むもんじゃないし
一つのジャンルに精通するとマニアックなモノを追い求め一般作から遠ざかるがその後に詳しいのに有名な◯◯知らないんですねとメジャーも押さえず識者気取りは無様ではと広く浅くに進むのもいる。
本好きであることを認めてもらう必要はないんだよ
原文で読んだんですか?!すごいですね!とかでいいような
普通、に囚われすぎてる増田
シェイクスピア読んでないだけで「真の本好きではない」は失礼で押付けがましい。少数派なら言葉通り「普通」ではないかも。戯曲は「劇の脚本」という突飛な形式なので文学作品としてはかなりの変化球だと思う。
本が好きと文学が好きは違うという話なのかもな。
シェイクスピア全集は小学生の頃読んだな。小田島雄志訳が家にあったので。多分4年生の時。/本好きというか、聖書と並んで欧米、特に英語圏の人と話すときに抑えておくべき基礎教養古典と言う位置づけかな。
ファンタジーRPG好きがD&DとWIZとドラクエとFFとジャクソンとリビングストンの方のFF遊ばなきゃならないの敷居高すぎるだろ
普通とか本好きとか全然違う 誰のおかげでこれがあるか その元を辿っていって作家という野で滅茶苦茶いきつきやすいだけ 本が好きなのに物事の「脈」に興味ないっていわれたら浅いなって思うくらい許してよ
シェイクスピア好きというなら、読んでるほうが多いかな?
若い頃、そう言われて古典を全部読んだけど、面白いわけでもなく記憶にも残らなかったよ。本好きだけど、別に詠まなくても良いよ。特典はインテリ振れるくらい。
本好きってスケールだと自動車好きみたいなもんだからしょうがないな メーカーとかレースやら国やら年代とかで分類されないみたいなざっくりなら本という形で存在してるもの全部網羅してないと認められんやろな
教養とか知識で競争してる感覚の人はそんな感じ認識な気がする、
一遍も読んでないと珍しいとは思われるんじゃない? 村上春樹で言われたら「死後30年経ていない作家は信用しない」と言えば良いよ
「Cry Havoc!, and let slip the dogs of war.」とか厨臭い台詞だけ覚えてる。 内容は…
シェイクスピアと聖書は教養ある英語に必要、と落合信彦も言っていた記憶。このテーマで言えば、ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥(Heart of Darkness)』は米国大学生のレポートの定番らしいので、彼らと話すなら必読
原典としてローグやりたいと思ったが画面見てやめた。ローグライクでいいや
マーク・トウェインも読まないと。
少なくても昭和には有効だったが、今はもう言えない。
本好きだとシェイクスピア読んでないと普通じゃないの?
本は現実と異なる様々な体験や価値観が詰まっているものなので、普通とか、真の、とかを気にする必要はないと思う。東京に住んでいるのに新宿に行ったことないのか、みたいな感覚で言ったのかな。
マウント厨の言うことなんかスルーしとけや、読みたい本読めばええねん
原文で読まないと駄目とかあるからあまり気にしてもしょうがない
ハムレットとオセローは合わんかった、リア王とマクベスは面白かった/とは言え和訳だとニュアンスこぼれ落ちてるとこありそうな気はするが原語で読む気力なんか無い/まあ興味が持てないならスルーすんのも自由でしょ
あんなもの戯曲なんだから芝居か映画見とけば十分(詩も書いてたけどな)
別に悪くはないと思うけど、フツーは「元ネタ」も気になるものだと思う。それ言いだしたら古今東西ありとあらゆるものを読まなきゃならんくなるけどさ
ヴェニスの商人が好き。/別に読んでなくても問題ないよ。「読まないといけない本なんてこの世界には一冊もない」って『バーナード嬢曰く。』の神林さんも言ってた。
伝説によると、一時隆盛を極めに極めたSFムラは、そういうこという害獣の大量繁殖によって滅んだらしいから、適切に隔離処理していきましょう/ 四大悲劇のあらすじは押さえてるけど、本はベニスの商人しか読んでない
本好きじゃなくて、欧米の上流層と付き合うならじゃないかな。ただ、いろんな著作の元ネタなんで、把握してると楽しいとは思うが。
ヴェニスの商人の原著なら読んだことあるけど、古典英語は読みにくいんだよな。なお、本好きではない。
好きなもの読んでればいいんじゃないか
いちぶ読んでないのある。四大悲劇は3個は読んだ気がする。マクベスを読んだかどうかが覚えてない。
そんな古の教養マウントする人間まだいるのか
オマージュ元になってるから読んどけよ、漫画やアニメも「堕ちろ蚊トンボ」「53万」「薙ぎ払え」「バルス」とか元ネタ知らんと何のことか分からないだろ
江戸の貸本文化で流行してた本を読んでないとおかしいと言ってるようなものだし気にすることはないかと
完全回避も難しい
でも、好きな本は人それぞれですわ。読んでいないから普通ではないなんて、素敵な本との出会いが待っているかもしれませんわよ。あなたの本の旅はこれからですの!
「そうだよね、真の本好きならシェイクスピアは初期近代英語版くらい読まないとね。僕は無理だなー」で終わり。イマドキ、真の本好きてw 好きに読めば良いし、さらに揚げ足取りするなら「(真の)読書好き」でしょ。
本好きだと下剋上しないとだめらしい(´・ω・`)
真の〇〇と言われるとどうしても真の仲間を思い出してしまう
詳しくない、と、好き、は両立する、ってブコメで習った
シェイクスピアは台本みたいなものだから、原文か翻訳でも読書の意味が違うので、普通とか言われても意味わかんないですね
脱線だけど、シェイクスピアは読むだけよりは、お芝居も見るといいですよ。ここ笑う場面だったんだーとか、一人二役で意味が生まれたり、台詞の抑揚とか歴史上は少年俳優がとか、文章で伝わらない面白さが楽しめる。
興味があるなら読んでみればいいのでは?私は読んだことありません。日本人だし。細雪を読んだ方がいいと思います。ただ、細雪を読んでなくても、普通じゃないとは思わないw
そもそもシェイクスピアって読むものなの?観るイメージのほうが強い
戯曲は読みづらいよね。まともに読んだ戯曲はファウストくらいか。シェイクスピアもどれか読んだ気がするが忘れた。
A Midsummer Night's Dream は『ガラスの仮面』から入ると後は誰の訳でもすんなり読めるのだ。寧ろ読み比べる楽しさがある。他の作品も読みたくなる。美内すずえは優れたシェイクスピア「訳者」としてもっと評価されるべき。
本好きがどうとか以前の問題で、何かが「普通」とか「普通じゃない」とかわざわざ言ってくる奴はだいたいおかしい。おかしな奴のいうことを真に受けることはないし、ミュートしとけばいい。
変な人に真面目に相手にしても仕方ないので、「そうなんだ」とでも言っておけばいいような。
多分読んだこと無い。あれは演劇用台本じゃないの?しらんけど。
一冊くらい読んでおいても損はないと思う。16歳のとき小田島雄志訳で数冊読んだだけだけど、46歳の今でも、面白かったと記憶はしている。訳によってかなり違うみたいだから選べば良いんじゃないかな。
ウダウダ言う前に一冊くらい読めよ。短いよ。ソネット一個読んで読者だと威張るが良い。
色んな作品が本歌取りしてる元ネタだからじゃね。オタクはハマった作品の元ネタ掘りが好きな生き物だし、古参本好きにとっての元ネタはシェークスピアなのかと
映画で見ればよい
気にするな。好きな本を読もう。時代背景の説明がなくとも理解出来る、今の自分に響くのは現代の作品だと最近は思っている。本は現代だけでいっぱいある。全く本読んでないんだけどね。
真の本好きなら、人に読むべき本の強要をしない。少なくともその人は、良い本の良い部分を詳細に語ることすらできず、読め、としか言えない本好きでしかない。
じゃあ偽りの本好きでいいです。
人類はマウンティングできるチャンスがあればマウンティングする習性がある。マウントフルネスで行こう
僕は君のこと好きだけど、まだ何にも知らないよ。教えてくれる?(これや!
面白いけど、正直なんでそこまで評価されてるのかわからない。特段難しくも深くもない。心理描写が、といっても日本の作家の方がうまくない?
それは本好きではなくてシェイクスピア好きだろう。
読んでなくてもいいんだけど、現代のエンタメは多かれ少なかれシェイクスピアの影響を受けているものが多いのでシェイクスピア作品に触れていると作品理解がしやすいというのはある。
むかしの人は読むものが今よりずっとなかった。だから同じものを何度も読んで古典となりがちだったが、今はデータ量が増えたので好きなもの追いかけるだけでもせいいっぱい、じゃない?
例えばシェイクスピアにしたって『シンベリン』とか『アテネのタイモン』を真面目に読んだ人がどれだけいるのか、っちゅう話ですよ
本に限らずこういう厄介な人がいるから〇〇好きを言い難くなる。対して拘らなくたっていいじゃない。人生短いから気が向いたものを手に取れば良いと思う。蛇足だが、シェイクスピア読んでもゾルトラークにならない?
シェイクスピアはいくつか読んだが、村上春樹は全く読んだ事がないな。本が好きなら本好きでエエやん。
まあでも普段読まない本読むと案外良かったりするからオススメされたと思って読んでもいいと思う。
カナ名を覚えるのがどうにも苦手で読んだ事ないやと思いながらブコメを開いたらファウストの名があり、ハテ読んだ事あるなしかしシェイクスピアか?と思って調べたらゲーテじゃないか。私ゲーテ読んだことあるのか
本好きの幼児はこの世に存在しないってことか
10年くらいまえに国会でNHKの夜に放送しているお笑い番組が低俗すぎると話題にされたことがあった(ような気がしてる)が、じゃあ高尚なお笑いとはなんぞやとその議員が持論を展開したかというと寡聞にして知らないの
「お笑い好きなら志ん生見るのが普通」「志ん生は古い。談志を見ろ」ってのがシェイクスピアの後のチェーホフだろうな。結局どっちも古いんだが。
シェイクスピアは降霊させて本人に語らせないと真意が伝わらないよ。紙に書かれたもの自体解釈入ってしまうからうんこにたかるハエみたいにシェイクスピアを研究する学者がオナニーして喜び組しているのがその証拠
あれは戯曲な?
劇作家なんだから芝居見たほうがいいのでは。
悪魔好きですって言っててファウスト未読だったら「ああ漫画とかで好きになったんやろな」って思われるやつなだけでは?
エッセイとか読むの好きなんですよね、ブルーバックスが好きで新刊は全部読むんですよね、歴史モノを寝る前に読むのが至高なんですよね、とかは一応本好きに含めていい気がするので、別にどちらでも良い。
ジャンルに精通すればするほど、奥行きの深さや他の練達に敬意を表して、そのジャンル好きと自称するのを憚るやつ
本好きというからには、やはり総革装本の一つや二つは持っていないとなぁ。
こういうのは映画で見て読んだフリするのが一番いいってマックの女子高生が言ってた。
「すると真の本好きではないと言われた」無視しておけ、そんな低俗な奴は/ロミジュリ知らないと言われたらビックリするかもしれないが、まあ今の時代ならそんな人もいるかもしれない
こういう「〇〇好きなら〜」みたいな村の掟を強制適用されるの嫌で趣味は公言したくないわ。界隈への所属が目的化しちゃう
古典の名作は全部読んで当たり前ですね
それを言うならドストエフスキーかな
教養のために読んだことはあるが、日本語だと読む意味はないと思う。シェイクスピアは英文としての美しさ、もっと言えば発声したときを含めての傑作と聞いたことがあるので。
本≡文学とする前提が大きな間違い.芦田愛菜は慶応の政治学科(読解力の高さが強みとなる分野でしょう).
英語圏では教科書に載ってるそうで、英語がラテン語の影響を受けてることなどシェイクスピアから学ぶと聞いた。だから原文で読まないと実際の価値は伝わらないとか。
そいつは「聖書も読み物として面白い」とか言っちゃったりする厨二病のキッショいヤツなので無視で。
メディアミックス作品なので舞台や歴史情報とセットじゃないと台本だけ読んで深く味わうのはむずかしい。
ちゃんとした翻訳だとタイタス・アンドロニカスしか読んだことがない
これ、NARUTO、忍空の流れ?シェイクスピア読んでなくても〇〇はシェイクスピアのパクリとか言わなければいいよ//どっちかというと、当時のヨーロッパの雰囲気を知っておくべき
常々思っているのだけれど普通ってなんだ。1人で楽しむ者に普通は存在しない。ドグラ・マグラが好きでそれしか読んでない人も本好きだ。
有名な古典やベストセラーに限っても読み切れないほど沢山ある事は本好きならわかるだろうに。しかし、もしかしたら増田は「え?じゃあ何なら読んだことあるの?本、好きなの?」ってレベルなだけかも知れないが
ジャンルが沢山あるから読み切れないよ。西洋の古典文学好きなら、読んでないと普通じゃない?かも知れないけど。
一冊買ってみたけど諦めた。
レゲエ好きだけどよく知ってるのはボブ・マーリーぐらいだ それでいいんじゃないの
バイトで知り合った女子が演劇部なのに遊眠社を知らず、漫画好きなのに萩尾望都を知らないと聞いて、マジかよと若干しつこめに嘆いたことがある。思い出すたびに恥じている
そんなコトないだろと思いつつ、ガンダム好きと聞いたらまずファーストでどのキャラかMS好き?って前提で聞いちゃうから、たぶんそういう感じだろうな(いやさすがにガンダムと本じゃ幅が違いすぎるか…
本で仕事をするわけでなく、「本好き」ならそもそも「普通」とかどうでもいいやろ。好きな本のどこかに書いてなかった?
その理屈でいうと猫好きは様々な種類の猫を飼ってないといけないんだがそうはならんよな
一日一冊読むペースで10歳から70歳まで60年読み続けても二万冊しか読めないからねえ。三日に一冊なら七千冊くらい。どうしたって絞られるだろうと思うわ。
え、シェイクスピアなんか読んだことないよって思ったけど確かにベニスの商人読んでたわ / 英文学好きだとシェイクスピア読むんだろうけどね。
欧米の人か?あっちじゃシェイクスピアは基礎教養らしいのでそれなら言い分は分からんでもない
英文学科なのにシェイクスピアの原点一つ読んだことないやつがいる的な愚痴は見たことあるかな。学問と趣味じゃまた違うだろうけど
この世界には、人が一生かけても読み切れないほどの本があるのだから、好きなものを読めばいい。一方で、時代を超えて評価され続ける本はそれだけの価値がある。マウントの道具ではなく縁あったときに読めばいい。
手当たり次第読んでしまうのを本好きというなら、あなたは本好きではないっぽい。まあ、どういうのを本好きというかは人による
シェイクスピアは授業で有名作ほぼ読んだけど、元が脚本だからディテールがわかりにくく、二次作品のほうが理解しやすかった
ローグライクが好きな人でローグやったことある人ほとんどいないよね
小説じゃなくて戯曲なので文字ではちょっと読みにくい。劇で見たほうが面白くて、現代でも笑えるネタを挟んでくるのですごいよ。あといろんな話や言い回しの元ネタが山盛り
まあ必読書案内が文系偏重になるぐらいだし… https://note.com/reading_monkey/n/nfd1f21efba59
シェイクスピアは読むより観るものだし、日本人のほとんどは原書を読んでいないので、そういうこと言う人は無視してよろしい。
演劇が好きなんで読む機会はそこそこあったな。シェイクスピアを下敷きにした演劇結構あるから。古典でも現代に通じる心理があって私は割と楽しく読める/翻訳にも原文を活かすための各自の工夫があるよ
さすがに1冊くらい頑張って読んでみるかと読んだ。まったく面白いとは思えなかったけど、洋画や舞台の解像度が少し上がった気がする。
真の本好きは、◯◯を読んでいないと真の本好きではないなんてダサいこと言わないからね 相手は真の本好きではないんだね
言われたから何だと言うのだろう。本好きだと自認していればそれで問題無いじゃないか。
「本好き」って誤解与えかねない表現やな。「本が好き」なら分かるけど「本好き」だとロゼマの方だと思いがち。
教養マウント取られたくないならシェイクスピア読んどけば?俺はマウント取られても気にせんから読まんけど。つまり好きな本読めよ以上。
自分が本が好きで読んでるんだから、他の人がどう思っていても気にしないでいいのでは。好きなんて個人の感情でしかないんだし。
シェイクスピア読むのは戯曲とか演劇好きな人 という印象。村上春樹は読んだことない。
シェイクスピアは話は知っているけど読んだことはない代表格だろうな。本好きとはまた違うベクトルにあるものでは。
一応読んだけどあれは台本だしなぁ。本として読むならば大デュマのが面白いと思う
オアシスもレディオヘッドもビートルズもソネットと同じメンタリティの延長上にあるので「本好きなら(文学や戯曲が好きなら」では話はすまない。モー娘。も秋元康もシェイクスピア抜きで楽しもうとするのは勿体ない
〇〇好きなら一度は通っておくべきものってのは本に限らずありそうだよね。かくいう自分も百合好きながらマリみてを読んだことがない。
好き嫌いは主観だから言いやすいけど、趣味読書、趣味音楽、趣味映画鑑賞とかはハードル高くて言い難いよね(ノ∀`)
教養として読むの苦痛だと思うので、普通にエンタメとして読んで合わなければやめればいいと思うぞ。 薔薇王の葬列は「リチャード三世」だし、「ハムレット」下敷きにしてる小説はたくさんある。
文系はコーディングでAIのコントロール方法がわかる。理系はシェイクスピアだろう。全文学習しててここまで詳説してもらえる作品はない。まずは「シェイクスの18番解説しろ」だな
他には聖書とかギリシャ・ローマの古典とか各地の神話とか。 読む必要はないけど、よく使われる慣用句や物語の枠組みを覚えておくと理解が深まる瞬間がある
好きなものを読めばいいじゃんというのもわかるが仮に「本好きを自称」するなら口に合わないものも一度は手に取ってみる必要があると思ってる。本好きを自称しないなら食わず嫌いもアリと思う。
“村上春樹でも同じこと言われたことある”→タモリ氏ですら昭和にそういうこといってたけど、この○好きは○○しないと〜の流れは「余計なお世話」以上でも以下でもないのよね。気にしない気にしない。
むしろシェイクスピアを読んでる方が圧倒的少数派なので安心してどうぞ/お若い人なら河合先生の訳がおすすめ。私は小田島訳で読んでいてなじみがある/何を読めば本好きと言って良いのかは割と難しい話
脚本家を目指す場合シェイクスピアは全ての型の原点として必須科目らしいが、好きで本を読む場合はあまり気にしなくて良いのでは。
「本好きといいながらシェイクスピアは翻訳ですら読んでないんですよ」って恥じることではあるけど、そういう人は「普通」にたくさんいると思う
小学生の頃から読書家の母はどうも海外ものが合わないようでシェイクスピアも読んだことがない。なんなら日本の文豪もだらだらしてて面白さがわからないと言っている。無理してでも読まなければならない本はないかと
シェイクスピアは舞台で見てなんぼだろうが!
マウント取りたくなっちゃうのかもね
本好きって範囲広すぎだよねえ。ゲーテやらホメロスやらダンテだって読んたことなくても別に。“日本文学が好き!”って人が谷崎潤一郎知らなかった(読んだことない、ではなく)時はさすがに、ちょっと引いたが。
教養として読んでおくべきかと思っていくつか読んだけど、(現代に読むものとしては)つまんないと思いました
「真の」とか「本当の」などの強調表現してるケースは本人がどれだけ真剣だろうともネタ表現だと思った方が心の健康に良いと思ってる。内心でそう思ってることはおくびにも出さないけど
それは本好きではなく権威好きである
"普通ではない"とか損してるとかは発言者個人の価値観でしかないとおもう。そのひとをすきだったり尊敬してたりすると動揺するかもだけれど、うわごとのようなものなので真に受けないようにね。
読んでおく必要はないけど知っておいた方が面白い、くらいのイメージ。
好きなジャンルほど熱上がっててやりがちだから気をつけないと…
本好き=小説好きではない
「ラノベなんて小説じゃねーよ」とか言うクソ居たなぁ。本当に性格悪かったので関わることなくなったが。
「本好き」ってのは何かスキルツリーみたいなのがあるわけじゃなくて、一人で文字に向かって過ごす時間を大事にするライフスタイルを指すんじゃないの?文学趣味限定の概念じゃないと思うけど…
シェイクスピアはそんな読むの重くないから、読書家マウントバトルの為に読んでおくコスパは良いと思う。シェイクスピア引用ネタとかも割と遭遇するし。それでいったら聖書を読むコスパは悩むところだ
シェイクスピアって台本だから演劇で楽しんだほうがよくない?
「マンガ好きなら手塚治虫を」「映画好きならオーソン・ウェルズを」「音楽好きならモーツァルトを」みたいな?
普通とかはどうでも良いと思うけど、他の人が面白いよとか、読んどくと良いよってものは無条件で読むようにしてる。自分では選ばない面白いものに会える機会が増えてお得よ。
「Is this a pen?」て聞いてくるKenみたいなやつだな。
シェイクスピアはセリフ回しが心地良いので、日本語で読んでも意味ないよ。英語古語に堪能になって原文で読んでこそだね(私は無理)。本が好きなら、みんな本好きです。背表紙眺めるのが好きでもいいのよ。
「真夏の夜の淫夢」なら親の顔より見ました…(本は出てない)
タイトルの日本語が気になって仕方ないけど、他人の言うことは気にせず好きなの読んだらいいと思います。
スペイン語の授業で学生がシェイクスピアを読んでいないことに切れていた外国人講師いたけど、君だって平家物語とか川端康成とか読んでないじゃんと思った
読書好き向けの「屈辱」というパーティゲーム(未読の本を挙げると、読んでる人の数だけ点を獲得できる)がある。「交換教授」という小説では英文学教授がつい「ハムレット!」と言って点稼いでしまうシーンがある。
戯曲キツいよね〜!!ぐぇ!!ってなる。「下手から登場。」とか突然指示が飛んでくるから知らねえよってなるし。本好きは速読できる(脳内で声が再生されない)人が多いから余計キツいんじゃないかな??
いろんな本のいろんなところに引用されてたりするから、自然とそのうちに読んでみたくなってくるのよね
読むのが普通だとは思わないが、勧めらてたら読まない理由もない。
文学部出身だと何かしらは読む可能性がそこそこ高いですが、そうではなく単に読書するという人だと、まああらすじは知ってる、くらいの方が多いかなという肌感です。
資料好き図鑑好きタイプも「本好き」だからこの場合「文学好き」じゃないのかと思う
フフフフ、私は真の本好きなので三方金の古洋書を一冊持っている。
そういえば読んだことはないな。ロメジュリなんかはプロコフィエフとかでストーリーはだいたい把握してるつもりだけど。
「真の○○」というのがそもそも存在しない。
教養としては読むべきだけど、趣味としはどっちでも。ただ、コーデリアとかどんな人かを知っていれば、あちこちの作品でどう引用されているか分かって面白い。
うっかり読んじゃうと原文を読んでないとなみたいなマウントにあうぞ。ハリーポッターぐらいでいいよ。
シェイクスピアの戯曲(原型)は読んだことないわ。なおシェイクスピアの戯曲を元にした少年少女版の小説ならば読んだがそれでは読んだことにならんだろうよ。戯曲を読むのは大変だよ。僕は挫折した(えっへん)w
「映画好きだと黒澤見てないと普通じゃないの?」だとどうだろう
確かに戯曲読みにくいけど、それ加味しても温い本読みなわいですら、あまりにも面白いのよ。「リチャード三世」初めて読んだ時なんでこんな面白い話読まなかったんだろうって後悔したレベル。映画化作品とかどう?
シェイクスピアは本じゃなくて台本やろ
英文学やイギリスの映画・ドラマには時折なんの説明もなく(あたかも読者が知っていて当然かのように)シェイクスピアの引用が出てきたりしますから、そういう部分まで楽しみたければ読んでおくのもよいのでは
シェイクスピアの戯曲読んだことも舞台も観たことないのにロミオとジュリエットのストーリーを何で知ってるんだろう
英米文学読むときに教養として知っとくと役には立つと思うけど、それ言うなら聖書も新旧通読したほうがいい
近松門左衛門や井原西鶴より高度とも重要とも思わないな。/欧米圏の人間にとり教養の一部だから、彼ら向けのくすぐりとして、抑えておくメリットはあるけれども。
シェイクスピアは戯曲=演劇の範疇だし、そも本が好き(文字のない書籍[漫画・絵本・図鑑・写真集など]も含む)と読書が好き(基本的に文字を読む書籍が主体)でも意味が違うし、さすがに釣り臭すぎる。
真のって何?何なの?って詰めてみて
欧米では一定の知識層はシェイクスピアの何かの一節を話のネタに挟んでくるらしいので、知っとくのは有用かも。日本でいうごんぎつねとか平家物語とかみたいな扱いみたい
歌舞伎や狂言、落語を本で読むというのは習慣としては薄いのでシェイクスピアって面白い立ち位置の作家。
幼少から10年20年と本好きならば、「超有名な古典の作家は1冊くらい試しに読んどくか」って思う時期 かつ 読める時間は必ずあるだろ…という思考かと。シェイクスピア、ドストエフスキー、夏目漱石、川端康成、etc.
戯曲が好きなのは本が好きというよりは舞台が好きということだと思う。/スター・トレックにはシェイクスピアを引用するクリンゴン人が出てくるから、やつら戦闘民族なのに意外と教養高いぞ。
古今東西凡ゆる分野に類似言説があるが最初に言い出した側の気持ちが、最近何だか実感として分かってきた。ガルパンはいいぞ→ガルパンお薦め→ガルパン観てないのは勿体無い→ガルパン観てないのはモグリ。的な。
どちらかと言えば、洋画好きなら読んでおけ、では。まあ、文学でもシェイクスピア引用されがちだけど。
果てしなきスカーレットも「本好きのためのアニメ映画」って売り出せばよかったかもね
映画Wickedのノベライズが読みたいのだけど原作小説は完全に別物の話で、映画版だと無料公開されている脚本(原語)を読むしか無い
めんどくさい界隈だなとは思う
その手の古典とか王道は、引用や元ネタとしてわかる程度にあらすじや表現が何となくわかれば充分たよね。ピアノならバッハもモーツァルトも分かるし弾いたこともあるけど好きではないとか普通にある事だ。
本好きならシェイクスピアくらい読んでるの普通だろう。俺は読んでないけど。
まずキリスト教を理解出来てないと、から始まるよな
本好きだけど、積み重ねるのが好き(読んではいない)。
本好きは本が好きであればよい。しかし一方、誰かがそういうのも別に構わない。この話題に限らず、誰かの言葉が問題でなく、いちいち人のいうことを気にする世界がおかしい。肯定文は皇帝ではない。
「クラシック至上主義」を聞く度に、素人質問で恐縮するんだけど、「シェイクスピア以外にも、同時代に活躍した作家っていらっしゃるんですかね。そういった方々はどんな作品を作ったんでしょうか」って尋ねてる。
ミステリ好きならマザー・グースにたどり着く的な。
ロミオとジュリエットだと1968年の映画が最高だぞ!決してオリビア・ハッセーのおっぱいが見えるからとかの理由じゃないぞ!
岩波あたりのロミジュリの前口上を暗記している(笑)七五調が見事すぎて。「舞台は花のヴェロナにていづれも劣らぬ名門の(略)恋の若人哀れにもその死に償う両家の不和。」/教養課程で古英語版も一部読まされた。
日本人だしねぇ。日本人が源氏物語読んでないならわかるけどね。高校の授業でやるしね。
シェイクスピアは映画好きとか演劇好きのほうじゃないの?
タランティーノ作品を観てないとか談志の落語が分からないと自称ツウにダメダメ言われるのと同じやつか。読む物観る物くらい好きに選ばせろや。
どうでもいいんだけど「本好き=文学好き」の意なのか
特定のジャンルではなく漠然と本好きと言われると雑食性の大食いというイメージはあるかも。
実際にシェイクスピアを読むのはけっこう辛い。翻訳も古かったりするので、劇を観てから読んだ方が良い。原文は見たこともないが、古語なんじゃないか?100年前の英の法律を見たことがあるが、Thouとかで始まり挫折し
読んでなくてもそのへん中の影響から読んでるようなものなんじゃないの。漫画における手塚治虫的な
ゲーム好きならアタリのPONGをやってないとゲーム好きとは言えない
ちょっとでも批評の勉強するとすぐシェイクスピアの他にもオースティンの作品、蠅の王、嵐が丘めっちゃめちゃ出てくるけど読んでないな…
本好きであることとは、あんまり関係ないよ。
「ページめくる時の手触りが最高」とか「匂い立つインクの香りがたまらん」とかそういうこと?<本好き/有名な一節がどういう展開の中で出たのか、とかは知っとくと面白いかも
それは「本好き」じゃなくて「小説好き」とか「戯曲好き」とか「16世紀イギリス文学好き」なんじゃないかな?映画『ハムネット』を観たのでシェイクスピアについての歴史本は読んだけど戯曲は実は読んだことない
日本人ならガンダムは必修だからな。
理系専門書ばっかり読んでる本好きもいれば、古文書ばかり漁る本好きもいるわけで、共通して読まねばならない普通なんてないよね。わしは戯曲は読み通せない。
聖書とシェイクスピアは西洋文学で参照されることがやたら多いから、前提として知っておくべき的なことは聞かないこともないが、まぁ本好きかどうかとは関係ないな…
「あなたはみんなと同じようにシェイクスピアを読んでないと普通になれないんですね、私は読まなくても普通でいられます」と思っておこう。普通ってなんだろね
さえぼう先生がよくこの問題についてツイートしてるんだけど(押し付けするな、まず楽しく読めという趣旨で)ツイートが多すぎてどれをリンクで貼ればいいか迷う……
自分が見えている視野でマウントを取ろうとする仕草に見えて、あまり好感はできない。
その人も別にシェイクスピア読むのが普通とは思ってないでしょ、知らんけど。
真夏の夜の夢(ヴォー…)
真のとか言い出す人にはじゃあ少なくとも翻訳じゃなくて原文で読んだんだよねって確認しておきたい 本好きが文学好きの意だと思ってると「本好きの下剋上」に触れて逆になんだこれはってなるやつ
教養つくから読んだほうがよいと言われシェイクスピアと聖書読んだ。全然面白く無かった。と言ったらそれは教養が無いから楽しめないんだよと言われた。
本好きってそもそもなんだよ。それ媒体だろう。電子画面好きとかないだろ
「ではあなたは『嵐が丘』は?ディケンズは?サマセット・モームも?そもそもアリスもホームズも読破していないくせにたかだかシェークスピアだけでそこまで言われる筋合いはございませんよ。」
そもそもシェイクスピアは戯曲じゃん。本好きの中でも読みづらいって人もいるよ
シェイクスピアは読むものというより観るものじゃない?観た上で福田恆存訳か小田島雄志訳かってのはあるけど。演劇部で仕込まれるイメージ。
シェイクスピアは小説じゃなくて戯曲でしょう? ならば舞台がメインコンテンツではないのか? という言い訳をして読まずに済ませている。 そもそも本好きが文学好きとは限らないという根本の問題もあるし。
増田はそれを、自称「本好き」さんに言われたのかしら、それとも「自分は本好きじゃないけど、普通の本好きってそういうものだ」さんに言われたのかしら? ところで増田は紙や版面デザインや綴じや印刷に関心ある?
そいつ勿論イーガンとテッドチャンは読んでるんだろうな?
聖書の次に読まれてる本の候補として上がるくらいだから、読んでた方が普通とは言えるかもしれない
シェイクスピアを読むべきか、読まぬべきか。それが問題だ( ´∀`) 人生はただ歩き回る影法師、哀れな役者。恋は影、逃げれば追ってきて、追えば逃げていく。終わりよければ、すべてよし。
コメ「古英語版」シェイクスピアは、近世の英語では? 現在進行形がないとか"what do you read?" "word,word,word" redditでも議論が。https://www.reddit.com/r/AskHistorians/comments/1qxxusi/did_old_english_used_to_refer_to_shakespearean/?tl=ja
それは人生半分損してるよくらいの誇張表現だろうから聞き流しておけばいいのでは
哲学書と古典をいっぱいあげて、読んでないとマウントとるゲームしてる人いるよね。
そこまで言うならファーストフォリオぐらい持ってるんだろうな?
槍を振る人の話?
いつも思うんだけどシェイクスピアって刺さったら内蔵ぐちゃぐちゃにされそうで怖いよね。
世界最大のベストセラー聖書を読んでないのは普通じゃないだろ
一時期好きでかなり読んだけど、誰もが読まないといけないものでもないと思う。本なんか好きに読めばいいんだよ。
本好きを自認するということは非実用本が好きな人だろうから、色々読んでたら各所で引用されているシェイクスピアを読んでる確率は高そう。
中学の頃、現国の先生に授業中「シェイクスピアといったらなんだ」と雑に指されたので(先生としては作品名を答えて欲しかったのかと)「坪内逍遥です」と答えたら無視されたのは今でも覚えてる。
戯曲なんだから芝居で見るのがいいと思うんだけど、芝居って配信とかで中々見られない。この手の基礎教養レベルのもんは普通に見られるようにして欲しいもんだが、オペラやミュージカル、歌舞伎なんかも含めて
本好きと活字好きと物語好きは多分違う、みたいな話を誰かとしてみたい。鉄道趣味でいうところの、乗り鉄、撮り鉄、時刻表鉄みたいな感じで。
興味の赴くままに手に取るのでなく、義務や履修として読むならそれは本が好きなのではなく、本好きという皮を被りたいだけの虚無だよ
戯曲は読む気がしない。
坪内逍遥訳のロミジュリとかで良いなら青空文庫で読めるよ、そんなに長くもないよ
どうでもいいやん、普通かどうかなんて。だいたい、普通の本好きってなんだ? 普通の本好きってのがいるのか?
普通とは?
本好きの沙吉比亜
好みで読めばいいじゃん、昔の教養みたいなのの枠組みってもうすでに古い
わかりにくいタイトルやな
なんで二重否定?引用が多いので昔とりあえず1冊くらいは読んでみた。村上春樹も。
シェイクスピアって読むものなのか。観るものだとばかり/ファンタジー好きでもトールキン読まなくたって良い
本は読むけど海外古典は好きじゃないからめっちゃ気持ち分かる
なんだか表現が大げさで好きじゃないんだよな。翻訳の問題か。
普通
シェイクスピアが元ネタというのはたくさんあるので読んでおくと「ああ」と思うのが増えるよ。聖書と一緒
「ワイン好きだけどドンペリ?みたいなの飲んだことない」だったらどうだろうか。
シェイクスピア発のミームだけ誰か解説して欲しい
本好きは下剋上しないと普通じゃないの?(白目
シェイクスピアは難しいだろ。本来読むもんじゃないし
一つのジャンルに精通するとマニアックなモノを追い求め一般作から遠ざかるがその後に詳しいのに有名な◯◯知らないんですねとメジャーも押さえず識者気取りは無様ではと広く浅くに進むのもいる。
本好きであることを認めてもらう必要はないんだよ
原文で読んだんですか?!すごいですね!とかでいいような
普通、に囚われすぎてる増田
シェイクスピア読んでないだけで「真の本好きではない」は失礼で押付けがましい。少数派なら言葉通り「普通」ではないかも。戯曲は「劇の脚本」という突飛な形式なので文学作品としてはかなりの変化球だと思う。
本が好きと文学が好きは違うという話なのかもな。
シェイクスピア全集は小学生の頃読んだな。小田島雄志訳が家にあったので。多分4年生の時。/本好きというか、聖書と並んで欧米、特に英語圏の人と話すときに抑えておくべき基礎教養古典と言う位置づけかな。
ファンタジーRPG好きがD&DとWIZとドラクエとFFとジャクソンとリビングストンの方のFF遊ばなきゃならないの敷居高すぎるだろ
普通とか本好きとか全然違う 誰のおかげでこれがあるか その元を辿っていって作家という野で滅茶苦茶いきつきやすいだけ 本が好きなのに物事の「脈」に興味ないっていわれたら浅いなって思うくらい許してよ
シェイクスピア好きというなら、読んでるほうが多いかな?
若い頃、そう言われて古典を全部読んだけど、面白いわけでもなく記憶にも残らなかったよ。本好きだけど、別に詠まなくても良いよ。特典はインテリ振れるくらい。
本好きってスケールだと自動車好きみたいなもんだからしょうがないな メーカーとかレースやら国やら年代とかで分類されないみたいなざっくりなら本という形で存在してるもの全部網羅してないと認められんやろな
教養とか知識で競争してる感覚の人はそんな感じ認識な気がする、
一遍も読んでないと珍しいとは思われるんじゃない? 村上春樹で言われたら「死後30年経ていない作家は信用しない」と言えば良いよ
「Cry Havoc!, and let slip the dogs of war.」とか厨臭い台詞だけ覚えてる。 内容は…
シェイクスピアと聖書は教養ある英語に必要、と落合信彦も言っていた記憶。このテーマで言えば、ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥(Heart of Darkness)』は米国大学生のレポートの定番らしいので、彼らと話すなら必読
原典としてローグやりたいと思ったが画面見てやめた。ローグライクでいいや
マーク・トウェインも読まないと。
少なくても昭和には有効だったが、今はもう言えない。