肝臓の数値が悪い。ASTやALTは正常なのにΓ-GTPだけ悪い。アルコールは飲んでいない。サプリ飲み過ぎのODなんだろうか?
社会に自由になる隙間がなくなるなか、世の中には手首と肝臓にしか自由が残っていない境遇の青少年ってけっこういると思います。そういう人にとってのリスカやODに、自由を呼吸する意味合いがあるとしたら。……
やたらと反社会集団に加わるよりよほど健全だと思います。だいたい反抗期などと言われますがかつては単に大人が理不尽だっただけなのでは。そうでもなくなってきたということで、よいことです
自戒を込めて。 20〜30年前に若者だった世代が「若者の居場所」とか言ってるのにすごい無力感を感じる。カルチャー系若者支援や福祉って、それに若者が迎合してくれるだけかもって疑わないといけない。
なんとなくわかる。『サブカルチャーの幅広い領域までもが大人たちのものになってしまった令和時代において』/ リスカとODか。/ 飲む打つ買うしかなかったかつてのメインストリームと変わらん気も
“しかし、もっと平凡な青少年がローリスクに大人たちの文化による押しつけから逃れ、一服できる場所は20世紀末ほどわかりやすくない”
そもそも子供の自由って大人の自由度に依存している。自立してないから。大人に迎合しないという選びができるのであればそれはとても自由とも言える。
全腸内細菌が泣いた
むしろ逆で、今の社会が自由すぎる故、叱らない教育や体罰は効果がないと、反抗期に好き放題やるバカを矯正する機会を失した結果。真っ当な親なら、子供がバカな事をしたら張り倒すもんよ。
手首っていうから「手の平をくるくる返す」とかかと思ったが違った。
別添参照の4文字で済む、自身ですら得た情報源は伝聞だったであろう過去を語って聞き手の自語りを引き出す話のまとめがあしからず、とは面妖な。それとも過去は語るたびに変わるのか。
相変わらずよくわからんけど、大人の定義と、ハイカルチャーの例示をしてくれないものか…。
“ODやリストカットや嗜癖を隅から隅まで社会的な問題とみてしまうのも、それはそれで問題があると断っておく”
不健康で不潔で背徳的な、無秩序なアンチソーシャル又はノンソーシャル。今の辛さを手首と肝臓に散らして、どうせ短命だからと刹那的に生きるのは健康長寿強制社会へのカウンター。(80〜90年代に通ってきたような)
まあどこにも馴染めずにゲーセンに居たような中学生は今はカドショかフードコートに居るかくらいなのかも
このタイトル良いっすね。インパクトがありつつアイロニカルで
”しかし感度が低くレーダーも弱い青少年はそうもいかない” そういう青少年も容易に足を洗えるグレーゾーンが社会にあったが、何事も最適化される現在では存在しない。 AIがレーダーの代わりになれば良いんだけど
逆じゃないかなぁ。昔は外に向かって泣き言が言えた(盗んだバイクを乗り回し〜と)。今は手首と肝臓に向かって泣き言(慟哭かもしれん)を言ってる
自由と安全は対義、安全と統制は同義。自由を荒らす自由を政府に返上して、我々は有史以来もっとも安全な社会を手に入れた。より「自由」だった半世紀、一世紀前に戻りたいなどと思うはずもない。
シンナーから脱法ドラックを経て市販薬のODへ。
昔の青少年は戦前の旧世代との対立・衝突があったが、今は団塊以降が親。問題の多くはシュリンクダウンする社会をかえられそうにないこと、希望が持てないことではないか。それが異世界への逃避につながっている。
論旨はわかるが正直どうでしょうかねという感想。たとえば暴走族などの古典的な非行文化のマジョリティは男性中心だったが、ならば自由を求める女子は何をしていたのか?とか
渋谷が若者の街たりえたのは坂道が多くてドブ臭いからだと思う。今は我々がドパガキと呼んで鼻をつまむカルチャーの中に大人が入れない聖域があるのだろう。
ODやリストカットも商業にからめとられた感がある。薄いグレーって言うなら淫夢界隈じゃねーの? おでんが中国で流行ってるって漫画があったが淫夢も中国で流行ってる https://www.youtube.com/watch?v=kU2eZOdPSfo
手首の上下動と、酒のことかと思ったね。当たらずとも遠からずか。
グレーゾーンの不良だって大人の支配下である人間関係の延長。現代ではたぶんそれがSNSで、今も昔もそこに隣接してブラックがある。かつてのワルとしての飲酒喫煙だってメディアの誘導で、ODやリスカもその範疇では。
縦型動画の話が出ていないのが不思議。なんかピントがズレてると思うんだよな。今の若者に対する脅威ってスマホ中毒であって無害なサブカルチャーじゃないでしょ。
あー、昭和の頃、不良をもてはやすカルチャーに流されて、裕福寄りの普通の温かい家庭の子がグレーからブラック側に呑み込まれた果てを知っているので、なんというか、生存バイアス
わからん。単に大人から見えないだけなんじゃないかとも思う。Robloxとかイタリアンブレインロットとか、大人が知らない文化を聞くことはある。令和の子供たちは、今のサブカルで楽しくやっているのではないだろうか
サブカルがメイン化するのは例えば歌舞伎みたいに、特に最近の現象ではないと思う。安全規制が厳しくなると事故は減るけど自由も減るわけで、どこで線を引くかを自覚的に考える必要があるんだろう。
同い年だけど、田舎を知らない人? 田舎にはサブカルなんてどこにもなかった。東京育ちの妻は、インディーズのライブとか色々どっぷりだったようだが。で、何でオーバードーズとリストカットに直結させる?
自分は好きじゃないが、淫夢カルチャーってこういう受け皿になってるんだろうなって思う
ODやリストカットは過去と比べて、統計的に有意に増えているという前提がある?
闇バイトで老人殺したり東南アジアの詐欺コルセンに行かれるより、チンケな暴走族で先輩からお下がり色々もらって井戸の中でイキってもらえてたほうがマシ。そういう子のほうが早く働いて子供沢山産んでくれるし
社会的縮退と世代間リソースの継承失敗によって若年層にセルフネグレクトの手段ぐらいしか選択肢がないっていう趣旨を表すにはタイトルの意図が分かりにくすぎるw
他人に暴力や犯罪を行う反社行為よりも自傷行為の方が健全ない訳無いだろう。自傷と他害は紙一重であり、他害を抑制しまくった結果がこれで良いとは思えない。
子供に手をかける、と、子供を手にかける、って似てそうで似てなくて、やっぱりちょっと似てるかもみたいな話
自由がそこしかないなんて切なすぎるにゃ。ボクの膝の上で癒されて、全部忘れちゃえばいいのにゃ。
確かに淫夢が受けてるのは現代の数少ない(?)サブカルだからってのはあるのかも。トー横界隈とかもまだあるけどな
大都会で満ち足りた生活の中、自分で考えた自分自身の価値について見失う数少ない若者について憂うという、豪華で贅沢な、豊さの象徴である娯楽に例えてみたりできる希少部位の味わい方のようだ。
大人が若者の倍以上いる時代に逸脱するのは難しい。また現状の若者の絶対数と資金ではカルチャーとしての市場を成立させ得る人口が足りてない。大人が減るか子供が増えない限りは状況は変化しないんじゃないか。
青少年だけのコミュニティがないと息苦しいけど、既に完成されたコミュニティに入るには多大なコストがいる。
手首と肝臓はキャッチーだが行動は昔と変わってないやろ。昔はシンナーが普通、サブカルは受け中心だったが今はネットで発信側になれる。同時に昔は地元の通過儀礼が今は暴れりゃ炎上・道外れりゃ闇バ、罠が世界規模
「肝臓と手首」を酒飲んでシコることだと思ってましたごめんなさい
この文章の指す「大人」って実在するんですかね、つまり、かつての「大人」が希少種で、経済的に不安定だから結婚できない、行政の支援が足りないから子育てできない、と判断を避ける思春期が無限に伸びてるのでは
このご時世にメイン/サブの区分けをして語ることに何の意味があるのか。社会不適合者も同じ社会の中で同じ文化を享受してると思うよ(真に多文化社会)。むしろデジタルディバイドのほうが深刻じゃない?
「サブカルチャーの幅広い領域までもが大人たちのものになってしまった令和時代において」家庭を作らず暇を持て余した大人が増えたってことだろ。もはや大人ではないが。
青少年の解像度低すぎでは…
成長して大人になってしまったから、単に青少年たちがいるような世界が見えなくなっただけども言えるかもしれない……僕もミーハーになりたいと思ってはいるが、難しい
昔はもっと創作が手軽だったんだと思う。ギターのコードが弾けるだけでよかった。今の時代はプロクオリティを求てしまうから創作し続けるのが難しい
手首が動いて肝臓が健康なら、酒がたくさん飲めるね!
モスキート音は生理機能の障害を引き起こすものであり発生装置の設置は傷害罪で処罰されるべきものであると理解している
今だと名古屋ライドとか少林寺レーシングみたいなやつかな?情報リテラシーないとそんなに参加が難しいかな。見えにくいだけで、各地にあるにはあるけど、人数も少なくなって細分化(分断)されてそうな気はする
いい年こいたおっさんになった俺に言わせりゃぁ、自由になりたきゃカルチャーに染まるなってことだな。表向きはどうであれ、心はどこにも属するな、孤高であれ。自由は群れる者を嫌う。
これは実際はどうこうより、俺たち大人が気持ちよくデコレーションした、上手く言い捉えた感が重要なので、ピントずれとかは関係ないのです
そこに問題がある事を認識しましょうという文章という認識。いっぺんに全てを解決するのは難しいので部分部分で対策を行って解決していくしかないだろうな
ああ、手首=リスカ、肝臓=アルコールか
「常に新しいサブカルチャーをキャッチアップし続けるのがオタクである」と自己定義したおじさんたちが若者の居場所に居座り続ける感覚は、不良少年のたまり場にやってくる「大人の社会に馴染めない先輩」に似てる
外面的にはともかく、内面的には自意識に縛られまくってた若い頃の方が不自由だったなあと思う
tiktokと韓国趣味、ヒップホップとかに一切触れていないのが面白くて、ようするに若者はちゃんとこういう積極臭いおっさんから逃げることに成功している
大人からは子供が何してるか見えないという話でいいのかな
生身の文化を神聖視しすぎじゃないかと思った。DiscordなどのクローズドSNSの発展等大人の目に触れない安全地帯を作っている。現代社会が若者のエネルギーをリスクとして煙たがっているのは同意する。
他人の尊厳を奪うことを自由だと思ってる世代からしたら若者は不自由に見えるんだろう。余計なお世話すぎる。
何言ってんのかぜんぜんわからん。
なんで自傷行為は手首なんだろう。自傷行為をせずにはいられないけどあとあとのことを考えて太ももや二の腕にしておこうという人もいると思うけど少数派なのだろうか。
若者の砂場がない話はそうだと思っていて、そこにクローズドインターネットがうまく刺さったとは思っている。Discordしかりマイクラしかり…、ただこれは家とネットは要件になっちゃうから万能ではないな
若者文化が分からなくてニュースになってる部分しか見えてないような気がする。もっと有識者の話が聞きたいかも。
ショート動画の一部やVTuber、ゲームの一部は?
不良や暴走族をカルチャーとして肯定するのはどうなんだろう?ホワイト社会の生き辛さを改善しようとするなら、「多少の反社会性は寛容に」になるのは道理だが、それが通用するのは被害者のいない犯罪に限ると思う。
資本主義がパット見シグナルのツラをしたノイズをばらまくもんだから、フィルタを持っていない人はどこにいても暗騒音が高すぎて弱いシグナルが全然見えない。
昔だとシンナー食らった歯抜けのやつらだが、やつらは絶望からシンナーを吸っているわけじゃないし、ODも似たようなものだろうなと思っている。
これは大袈裟すぎるかな。統計的な人数を確認しない限りなんとも言えない
30年前の若者文化の観測範囲は自校周辺、現在は来院患者、な感じが。MODやチートで逸脱している若者が、フォトナで撃たれて来院することは無かろう。
リスカとODなんて1990年代には既に社会問題であったし、太宰治の頃からはある伝統的文化とも思うのよね。ヤクザだっていたし、諸問題は令和になって急に発生したわけではい。いつの世も生きづらい人はいる。
クラスターが細かくて、分析しやすくまとまっていない気がしてる。それしか自由がない子も隣の席にいるし、まさかみたいな弾け方してる子もいるし。子どもらの世界はwebにつながって広大になり過ぎてるかも。
「○○があるじゃないか」って反論になってない反論コメが☆集めてて残念。確かに網羅性なくてサクッと書いた論だろうが、サブカルのコストアップとリスカやODが目立つって主題は誰も覆せてないのに。
私にとってのグレーゾーンな逃げ場はゲーセンや初期インターネットや雑誌だったけど、昨今の若者にとってのそれらの場所が失われ歌舞伎町のようなブラックな逃げ場や手首肝臓へ直行してしまうのはそうかも。
手首と肝臓がスマホと酒かと思ってたがリスカとODだとは思わず。酒くらい適度に飲ませときゃいいのに、とは思う。そのうちソーマが出回ればいいのにねえ。
そういうのもいまや青少年だけの話ではないのではないかと思いつつ、抑圧された対象という立場すらも若者だけのものでは無くなっているのかもしれない。
オーバードーズに着目するのは1面として正しいけど、昔の非行は30年前でも覚醒剤やシンナーだから風邪薬ODのがまだマシよ。あと、若者向け音楽多少聞いてるからわかるけど、ちゃんとオッサンいない空間は形成してるぜ
「手首と肝臓にしか自由が残っていない青少年」という問題 - シロクマの屑籠
肝臓の数値が悪い。ASTやALTは正常なのにΓ-GTPだけ悪い。アルコールは飲んでいない。サプリ飲み過ぎのODなんだろうか?
社会に自由になる隙間がなくなるなか、世の中には手首と肝臓にしか自由が残っていない境遇の青少年ってけっこういると思います。そういう人にとってのリスカやODに、自由を呼吸する意味合いがあるとしたら。……
やたらと反社会集団に加わるよりよほど健全だと思います。だいたい反抗期などと言われますがかつては単に大人が理不尽だっただけなのでは。そうでもなくなってきたということで、よいことです
自戒を込めて。 20〜30年前に若者だった世代が「若者の居場所」とか言ってるのにすごい無力感を感じる。カルチャー系若者支援や福祉って、それに若者が迎合してくれるだけかもって疑わないといけない。
なんとなくわかる。『サブカルチャーの幅広い領域までもが大人たちのものになってしまった令和時代において』/ リスカとODか。/ 飲む打つ買うしかなかったかつてのメインストリームと変わらん気も
“しかし、もっと平凡な青少年がローリスクに大人たちの文化による押しつけから逃れ、一服できる場所は20世紀末ほどわかりやすくない”
そもそも子供の自由って大人の自由度に依存している。自立してないから。大人に迎合しないという選びができるのであればそれはとても自由とも言える。
全腸内細菌が泣いた
むしろ逆で、今の社会が自由すぎる故、叱らない教育や体罰は効果がないと、反抗期に好き放題やるバカを矯正する機会を失した結果。真っ当な親なら、子供がバカな事をしたら張り倒すもんよ。
手首っていうから「手の平をくるくる返す」とかかと思ったが違った。
別添参照の4文字で済む、自身ですら得た情報源は伝聞だったであろう過去を語って聞き手の自語りを引き出す話のまとめがあしからず、とは面妖な。それとも過去は語るたびに変わるのか。
相変わらずよくわからんけど、大人の定義と、ハイカルチャーの例示をしてくれないものか…。
“ODやリストカットや嗜癖を隅から隅まで社会的な問題とみてしまうのも、それはそれで問題があると断っておく”
不健康で不潔で背徳的な、無秩序なアンチソーシャル又はノンソーシャル。今の辛さを手首と肝臓に散らして、どうせ短命だからと刹那的に生きるのは健康長寿強制社会へのカウンター。(80〜90年代に通ってきたような)
まあどこにも馴染めずにゲーセンに居たような中学生は今はカドショかフードコートに居るかくらいなのかも
このタイトル良いっすね。インパクトがありつつアイロニカルで
”しかし感度が低くレーダーも弱い青少年はそうもいかない” そういう青少年も容易に足を洗えるグレーゾーンが社会にあったが、何事も最適化される現在では存在しない。 AIがレーダーの代わりになれば良いんだけど
逆じゃないかなぁ。昔は外に向かって泣き言が言えた(盗んだバイクを乗り回し〜と)。今は手首と肝臓に向かって泣き言(慟哭かもしれん)を言ってる
自由と安全は対義、安全と統制は同義。自由を荒らす自由を政府に返上して、我々は有史以来もっとも安全な社会を手に入れた。より「自由」だった半世紀、一世紀前に戻りたいなどと思うはずもない。
シンナーから脱法ドラックを経て市販薬のODへ。
昔の青少年は戦前の旧世代との対立・衝突があったが、今は団塊以降が親。問題の多くはシュリンクダウンする社会をかえられそうにないこと、希望が持てないことではないか。それが異世界への逃避につながっている。
論旨はわかるが正直どうでしょうかねという感想。たとえば暴走族などの古典的な非行文化のマジョリティは男性中心だったが、ならば自由を求める女子は何をしていたのか?とか
渋谷が若者の街たりえたのは坂道が多くてドブ臭いからだと思う。今は我々がドパガキと呼んで鼻をつまむカルチャーの中に大人が入れない聖域があるのだろう。
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手首の上下動と、酒のことかと思ったね。当たらずとも遠からずか。
グレーゾーンの不良だって大人の支配下である人間関係の延長。現代ではたぶんそれがSNSで、今も昔もそこに隣接してブラックがある。かつてのワルとしての飲酒喫煙だってメディアの誘導で、ODやリスカもその範疇では。
縦型動画の話が出ていないのが不思議。なんかピントがズレてると思うんだよな。今の若者に対する脅威ってスマホ中毒であって無害なサブカルチャーじゃないでしょ。
あー、昭和の頃、不良をもてはやすカルチャーに流されて、裕福寄りの普通の温かい家庭の子がグレーからブラック側に呑み込まれた果てを知っているので、なんというか、生存バイアス
わからん。単に大人から見えないだけなんじゃないかとも思う。Robloxとかイタリアンブレインロットとか、大人が知らない文化を聞くことはある。令和の子供たちは、今のサブカルで楽しくやっているのではないだろうか
サブカルがメイン化するのは例えば歌舞伎みたいに、特に最近の現象ではないと思う。安全規制が厳しくなると事故は減るけど自由も減るわけで、どこで線を引くかを自覚的に考える必要があるんだろう。
同い年だけど、田舎を知らない人? 田舎にはサブカルなんてどこにもなかった。東京育ちの妻は、インディーズのライブとか色々どっぷりだったようだが。で、何でオーバードーズとリストカットに直結させる?
自分は好きじゃないが、淫夢カルチャーってこういう受け皿になってるんだろうなって思う
ODやリストカットは過去と比べて、統計的に有意に増えているという前提がある?
闇バイトで老人殺したり東南アジアの詐欺コルセンに行かれるより、チンケな暴走族で先輩からお下がり色々もらって井戸の中でイキってもらえてたほうがマシ。そういう子のほうが早く働いて子供沢山産んでくれるし
社会的縮退と世代間リソースの継承失敗によって若年層にセルフネグレクトの手段ぐらいしか選択肢がないっていう趣旨を表すにはタイトルの意図が分かりにくすぎるw
他人に暴力や犯罪を行う反社行為よりも自傷行為の方が健全ない訳無いだろう。自傷と他害は紙一重であり、他害を抑制しまくった結果がこれで良いとは思えない。
子供に手をかける、と、子供を手にかける、って似てそうで似てなくて、やっぱりちょっと似てるかもみたいな話
自由がそこしかないなんて切なすぎるにゃ。ボクの膝の上で癒されて、全部忘れちゃえばいいのにゃ。
確かに淫夢が受けてるのは現代の数少ない(?)サブカルだからってのはあるのかも。トー横界隈とかもまだあるけどな
大都会で満ち足りた生活の中、自分で考えた自分自身の価値について見失う数少ない若者について憂うという、豪華で贅沢な、豊さの象徴である娯楽に例えてみたりできる希少部位の味わい方のようだ。
大人が若者の倍以上いる時代に逸脱するのは難しい。また現状の若者の絶対数と資金ではカルチャーとしての市場を成立させ得る人口が足りてない。大人が減るか子供が増えない限りは状況は変化しないんじゃないか。
青少年だけのコミュニティがないと息苦しいけど、既に完成されたコミュニティに入るには多大なコストがいる。
手首と肝臓はキャッチーだが行動は昔と変わってないやろ。昔はシンナーが普通、サブカルは受け中心だったが今はネットで発信側になれる。同時に昔は地元の通過儀礼が今は暴れりゃ炎上・道外れりゃ闇バ、罠が世界規模
「肝臓と手首」を酒飲んでシコることだと思ってましたごめんなさい
この文章の指す「大人」って実在するんですかね、つまり、かつての「大人」が希少種で、経済的に不安定だから結婚できない、行政の支援が足りないから子育てできない、と判断を避ける思春期が無限に伸びてるのでは
このご時世にメイン/サブの区分けをして語ることに何の意味があるのか。社会不適合者も同じ社会の中で同じ文化を享受してると思うよ(真に多文化社会)。むしろデジタルディバイドのほうが深刻じゃない?
「サブカルチャーの幅広い領域までもが大人たちのものになってしまった令和時代において」家庭を作らず暇を持て余した大人が増えたってことだろ。もはや大人ではないが。
青少年の解像度低すぎでは…
成長して大人になってしまったから、単に青少年たちがいるような世界が見えなくなっただけども言えるかもしれない……僕もミーハーになりたいと思ってはいるが、難しい
昔はもっと創作が手軽だったんだと思う。ギターのコードが弾けるだけでよかった。今の時代はプロクオリティを求てしまうから創作し続けるのが難しい
手首が動いて肝臓が健康なら、酒がたくさん飲めるね!
モスキート音は生理機能の障害を引き起こすものであり発生装置の設置は傷害罪で処罰されるべきものであると理解している
今だと名古屋ライドとか少林寺レーシングみたいなやつかな?情報リテラシーないとそんなに参加が難しいかな。見えにくいだけで、各地にあるにはあるけど、人数も少なくなって細分化(分断)されてそうな気はする
いい年こいたおっさんになった俺に言わせりゃぁ、自由になりたきゃカルチャーに染まるなってことだな。表向きはどうであれ、心はどこにも属するな、孤高であれ。自由は群れる者を嫌う。
これは実際はどうこうより、俺たち大人が気持ちよくデコレーションした、上手く言い捉えた感が重要なので、ピントずれとかは関係ないのです
そこに問題がある事を認識しましょうという文章という認識。いっぺんに全てを解決するのは難しいので部分部分で対策を行って解決していくしかないだろうな
ああ、手首=リスカ、肝臓=アルコールか
「常に新しいサブカルチャーをキャッチアップし続けるのがオタクである」と自己定義したおじさんたちが若者の居場所に居座り続ける感覚は、不良少年のたまり場にやってくる「大人の社会に馴染めない先輩」に似てる
外面的にはともかく、内面的には自意識に縛られまくってた若い頃の方が不自由だったなあと思う
tiktokと韓国趣味、ヒップホップとかに一切触れていないのが面白くて、ようするに若者はちゃんとこういう積極臭いおっさんから逃げることに成功している
大人からは子供が何してるか見えないという話でいいのかな
生身の文化を神聖視しすぎじゃないかと思った。DiscordなどのクローズドSNSの発展等大人の目に触れない安全地帯を作っている。現代社会が若者のエネルギーをリスクとして煙たがっているのは同意する。
他人の尊厳を奪うことを自由だと思ってる世代からしたら若者は不自由に見えるんだろう。余計なお世話すぎる。
何言ってんのかぜんぜんわからん。
なんで自傷行為は手首なんだろう。自傷行為をせずにはいられないけどあとあとのことを考えて太ももや二の腕にしておこうという人もいると思うけど少数派なのだろうか。
若者の砂場がない話はそうだと思っていて、そこにクローズドインターネットがうまく刺さったとは思っている。Discordしかりマイクラしかり…、ただこれは家とネットは要件になっちゃうから万能ではないな
若者文化が分からなくてニュースになってる部分しか見えてないような気がする。もっと有識者の話が聞きたいかも。
ショート動画の一部やVTuber、ゲームの一部は?
不良や暴走族をカルチャーとして肯定するのはどうなんだろう?ホワイト社会の生き辛さを改善しようとするなら、「多少の反社会性は寛容に」になるのは道理だが、それが通用するのは被害者のいない犯罪に限ると思う。
資本主義がパット見シグナルのツラをしたノイズをばらまくもんだから、フィルタを持っていない人はどこにいても暗騒音が高すぎて弱いシグナルが全然見えない。
昔だとシンナー食らった歯抜けのやつらだが、やつらは絶望からシンナーを吸っているわけじゃないし、ODも似たようなものだろうなと思っている。
これは大袈裟すぎるかな。統計的な人数を確認しない限りなんとも言えない
30年前の若者文化の観測範囲は自校周辺、現在は来院患者、な感じが。MODやチートで逸脱している若者が、フォトナで撃たれて来院することは無かろう。
リスカとODなんて1990年代には既に社会問題であったし、太宰治の頃からはある伝統的文化とも思うのよね。ヤクザだっていたし、諸問題は令和になって急に発生したわけではい。いつの世も生きづらい人はいる。
クラスターが細かくて、分析しやすくまとまっていない気がしてる。それしか自由がない子も隣の席にいるし、まさかみたいな弾け方してる子もいるし。子どもらの世界はwebにつながって広大になり過ぎてるかも。
「○○があるじゃないか」って反論になってない反論コメが☆集めてて残念。確かに網羅性なくてサクッと書いた論だろうが、サブカルのコストアップとリスカやODが目立つって主題は誰も覆せてないのに。
私にとってのグレーゾーンな逃げ場はゲーセンや初期インターネットや雑誌だったけど、昨今の若者にとってのそれらの場所が失われ歌舞伎町のようなブラックな逃げ場や手首肝臓へ直行してしまうのはそうかも。
手首と肝臓がスマホと酒かと思ってたがリスカとODだとは思わず。酒くらい適度に飲ませときゃいいのに、とは思う。そのうちソーマが出回ればいいのにねえ。
そういうのもいまや青少年だけの話ではないのではないかと思いつつ、抑圧された対象という立場すらも若者だけのものでは無くなっているのかもしれない。
オーバードーズに着目するのは1面として正しいけど、昔の非行は30年前でも覚醒剤やシンナーだから風邪薬ODのがまだマシよ。あと、若者向け音楽多少聞いてるからわかるけど、ちゃんとオッサンいない空間は形成してるぜ