実用性だけで学問を測る風潮へのアンチテーゼとして、本当に素晴らしい言葉だな
みんな大好き役割語の金水先生!/(追記)「文学」部の価値に疑問や不満を持ったり語ったりする営みも「文」(letters)であり、当然にありすぎて人類に対するシャドウワーク状態/本を読めばいい→著者が必要
2017年のスピーチだそうだが、数年後には後進の文学者がこぞって「反差別の社会の実現社・維持・管理」を目指して集団リンチしたり、弁護士の金づるになるとは思ってなかっただろうな。気の毒なことだ。
「多くの皆さんが就かれる職業にも直接の関係を持つ部分は、先に挙げた学部 (工学部など) よりはるかに少なそう」文学は教養として学生が学ぶべきだが専門の人数は少なくなるのは仕方ない、ことには同意してそう。
20年以上前、理系学部だったけど、金水先生のブログで同じようなことを書かれていたのを見て、感動したのを思い出した。
おれが30年前に入った大学の文学部のスピーチでは「諸君は文学部ということで就職に不安を持っているかもしれないが、大学の名前でいけるから安心しなさい」だった。おれは慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻中退
なんか内に向いてるんだよな。自分の役には立つとしても社会にどう役立てるんだってのがわかりにくいんだよ
内に湧いてくる課題を客観視することで切り離し自由になれる、必ずしもイマ解決しなくても過程自体がってことで理解
公費で人文学をやらないとなれば富裕層だけが教養を独占する真の階級社会になってしまうので意義はある。けど人生の苦難に役立つと言っても経済的合理性から離れた問いに悩めるだけの生活基盤があればこそなのよね。
他人のため公共のためにならんのなら税金使わず自費でやれ大学にはいらんってなるやろ
結局の所それをやっている人がそれをやっている人に対して「意味があるよ」と言っている内輪向けの祝辞に見えた。富裕層と教養が必ずしもつながらない今、教養にどれだけの意味があるのか
文学だけじゃない哲学歴史学民俗学その他人文教養はみんな他者を知る学問だ。本業が歯科医で歴史家の長山靖生は、症状が心因性ストレスの場合もあるから患者の背景を理解するため人文教養も役に立ったと言ってた
役に立つことしか認めん!ってことならリベ大でも行きなはれ
ド文系出身でIT分野で仕事してるけど大学で学んだことが無駄だったとか全然思わないんだよな。自分の価値観を培えたし、それは今仕事をする上でも役立ってる。それを他人に冷笑されたくはないよなぁ。
僕が知っている工学系の教員は、多くの若い時間と学費(と税金)を費やした教え子が社会で通用するか、資本主義社会に価値を提供して生活していけるかを気にしているが、これではまあなんとも無責任なことだな。
ロックにいこうぜ
みづれえ
文学部に入ってくれるお客様へのリップサービスだな、と思った
利己的な理由を言われても響かないのでは・・・若い人は自分が社会にどう役立つのかを知りたい気がする。自分は日本文化研究の中心は日本であるべきだと思うし、外国文学は国際理解の基礎として社会に有益だと思う。
高度な知性は文理を問わない
社会の役に立つことよりも、自分の人生の役に立つことの方が重要だと思うけどね。あなたは社会のために生きているんですか?
このスピーチをまともに読めてない腐しているだけのブコメがまさに文学部の意義を表していて二重にためになる
芸能と同じで人生を豊かにするとはいえ、食えるのが狭き門だから、なんとなくで行くと地獄。クリティカルシンキングとかで役に立つ面はあるにせよ、基本的に生涯賃金は理系に負けるし、金はあるに越したことはない。
自分を整え精神を安定させ健康であること、そのために文学が必要で、それがあればあとはまた新しい知識を入れれば仕事の知識は得られる。基盤を整え盤石にするための学問なのだと私は読んだよ。
もしかしたら100人中1人に刺さるかもしれない、ちょっと気の利いた文句をひねり出せるかも..ってだけだよな。それは素敵なことだけど、大学に金と人がいた時のまま維持するのは無理
道楽ですを丁寧に言ってるだけのスピーチ。分かってて実家太い人が行くのは良いけど、普通に就職したいなら行くべきでは無いってのはきちんと義務教育で教えておくべきだよ。
なんのためって、え?学問…?学の独立?今は何でも直接的に役に立つのか、資格が取れるのか、就職はって、日本は国民も企業も貧しくなって田舎的な考えが主流になったんだな かなしーねー
文学部で真面目に学んだ人 >>> 他学部で遊んでただけの人だと思う; そもそも効率主義って視野が短期的になりがちだし, 極めると人生も人間も不要になる. それを理解できない人が文学部不要みたいなことを言う印象
人権とか自由とか平等とか、人や社会のあるべき理想を探る先鋒はこの分野だと思うし社会の役に立っていないわけではないでしょう
誰もピンと来てない回答なので、何のためにあるの?と聞かれてこれを応えても当然誰もピンと来ない。
いやいやいや、そんなんに感動しちゃうから、生活に1ミリぐらいしか役に立たない文学部に逝っちゃうんよ。
教養とは紀元前のピタゴラスの時代から「善とは何か」がテーマ。その後のリベラルアーツもこれに沿っている。教養よりカネを優先するなら、自らディストピアを目指すことになる。
証明って習いました?
学問なんだから体系化を目指すとか知られざる謎を解明するとかないのか。史学科とか言語学研究とかそういうのは結構公費をつぎ込む研究として意味があるんじゃないかとは思う
人類史で考えると今の資本主義社会に価値ある事だけに、本当の意味があるとは思わないが、どのみち会社に行けば文学部だろうが何だろうが皆メンバーとして活躍しているので、もう、それでいいじゃんとは思う……。
文系学問自体が人生にとって有用で世の中にも必要なことと、就職に特別有利ではないという事実は両立してしまうんだよな。分かった上で進学先を選べと言われたらその通りだが。卒業生に向けては良い式辞だと思う。
「他人や公共の役に立たねえじゃん」系の意見は、まさに想像力と智慧の欠如。この祝辞の意図や意義を汲み取れるか否か。祝辞自体が分水嶺となっている/追記:俺の後のブコメも否定派多数。生物のマーキング本能?
LLMの時代人間が求められるのは文学かもしれない
1990年代に文学部のとある先生がおっしゃっていたこととそんなに変わらない.一面では,正しいのかもしれないけど,新しい価値観を出せずに変わらないことしか言えないところに,文学部の苦悩があるんだよねえ.
読み書き聴き話す能力を伸ばす。図書館の書庫に潜り、データベースに潜る。表現を通じて、精神的に成熟した大人になるための知のアクセス権限が付与される。人間の心の機微のコード/デコード。
文学部卒でITの仕事を40人弱してきたけど、工学部や工業高校卒の人間でITの意味や価値をまともに理解してる人間がいないし、学部とかあんまり関係ない気がしてます。
文学部って実学研究の土台や基礎研究的なところあるんだよなっていう。文学部何のためにあるの?って基礎研究何のためにあるの?って問いと同じ。そもそもを全く理解してないやん、っていう。
実家が太い人だけが許される遊び。
仮説を立て、先行研究や一次資料にあたって検証し自説を組み立てる、という一連の研究作法は文系学部生も実践するし、それが頭脳労働全般に応用できるスキルである以上、教育機関として社会への有用性は発揮している
“「人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない」”
基本的にサイエンスを身につけた上でサブウェポンとして文学や哲学、歴史学を身につける教育体系だとよりよいのかな
敵「それが弊社に何のメリットが?お疲れ様でした」
就活に区切って言えば、日本の文系就職は大学での学びを重視していないので文学部だろうが経済学部、法学部だろうが関係ない。GPAは気にするとこあるので何学部でも真摯にとりくめばいい
好きなことをどういう熱量で語るのかはその人のキャラクターが出るので面接では割とあるやり方な気がする
一部理系分野みたいに何の役にも立ちません!て言い切った方がまだ誠実だと思いますよ、文学部で学ぶと人生の困難を乗り越えられますて、シンプル嘘でしょ
職業に結びつけるためだけに学問があるわけじゃないもんね。
小さい頃、文学部って小説の書き方教えてくれるとこだと思ってたっけか
人生の苦難で文学が役に立つのというは実際その通りだと思うが、それはわざわざ文学部で4年間かけて学ぶようなことでもないのでは。もっと他に文学部ならではのものがあるだろう。
教育関係者がどいつもこいつも経済的に社会に貢献できる人材を育てるとばかり言ってるのがおかしいんだよ。奴隷かよ。
歴史学とかある程度科学として反証可能性や再現可能性が担保されている物を除き、定量化できない人文系は堕落しようと思えば幾らでもどきる。ジェンダー論みたいな100%寝言が入り込むし、そら自費でやれと言われる
「元大阪大学文学部長・文学研究科長金水敏先生」
人類史に文学は切り離せないんだから人間を学ぶ・理解するでいいんじゃないかなぁ それは社会への価値提供の足掛かりになるものでしょうよ
文学部全体、あるいは文学そのものについてはそういう風に言えるかもしれないが狭い意味での「文学の研究」でそういう営みは行われているの?英文学科とか仏文学科とかで。
「本当にそういうことを文学部で学んでるのか」、「そもそも大学生になって学ぶことなのか」と思うけど。
つまり趣味で行くところだから税金を投入して無償化するようなものではないと。
人文学の廃れた社会を具体的に想像してみれば必要性がわかるよ
問いを見出すのはすべての学問で同じだが、文学には、言語から新しい意味・感覚を創造し、可知世界を拡大する、という唯一無二の役割があると思っている。
社会の役に立つか立たないかで言えば、AIの発展の結果、工学系を含む知的労働者の大半が不要となる可能性は十分にある
本人が納得していたらそれでいいじゃん、と思うんだがw
大学の教員だったオヤジは、「大学は勉強の仕方を学ぶために行くところ」と言っていた。その伝でいくと学部学科はなんでもいいことになる。
この式辞は文学部で学ぶことの私的便益について論じているが、社会的便益については全く説明していない。私的便益しかないというのは税金を投じる価値が無いのと同義であり、皮肉にも文学部不要論を補強している。
「有用性とは何か」という問いは必然的に有用性の枠組みを離れるが故に実学の範疇外。人を他の生物と分かつものは世界を理解しようとする事でありそれこそが「無用」な学と芸術の役目である
文学部は何のためにあるのなんていう、くだらない愚問に答えさせられるっていうことほど、時間の無駄はない。
何のためにあるって、文字なしで文明は発展しないから。買い物メモもプログラム言語も聖書も六法全書も全部文学部の研究対象だぞ。
数字が人を騙し言葉で人を殺す時代に、社会のための学問とはなんだ?
私立女子大文学部出身なので、ここ数年の女子大や人文学への風当たりの強さには結構落ち込むんだよね。まあ一晩寝れば忘れるけどね
「教養にどれだけの意味があるのか」本文を読んでの感想だったら何もいうことはない
ナラティブ(物語)は政治学、社会学、医学、ほとんどの人間学で使われ発見され活用、悪用されもする。そのフレームワークが社会の役に立たないと考えるなら即物的すぎる思考か単なるバカだよ
工学部や医学部のように産業に直接貢献できるものではないという前提で話した方がいいと思う。だからこそ営利企業じゃなくて大学でやるんだと思うけど。
無くなれとも思わんし、選択肢が多いことはいいことなのだ、が、理系が毎日の授業、実験やレポートに追われながら、遊び惚けてる文系を横目にして抱いた怨嗟は簡単に消えんのだよ…
ほとんどすべての学問は「いつ何がどう役に立つか予測がつかないからとりあえず幅広く学ぶ」ものだと思う。/この式辞はとりあえず捻り出した感がある。
Faculty of Humanitiesって文学部の意味だしね。
「よい式辞すぎる」文学部は何のためにあるの?という問いに対して大阪大学の金水敏先生のスピーチが見事な回答過ぎる
実用性だけで学問を測る風潮へのアンチテーゼとして、本当に素晴らしい言葉だな
みんな大好き役割語の金水先生!/(追記)「文学」部の価値に疑問や不満を持ったり語ったりする営みも「文」(letters)であり、当然にありすぎて人類に対するシャドウワーク状態/本を読めばいい→著者が必要
2017年のスピーチだそうだが、数年後には後進の文学者がこぞって「反差別の社会の実現社・維持・管理」を目指して集団リンチしたり、弁護士の金づるになるとは思ってなかっただろうな。気の毒なことだ。
「多くの皆さんが就かれる職業にも直接の関係を持つ部分は、先に挙げた学部 (工学部など) よりはるかに少なそう」文学は教養として学生が学ぶべきだが専門の人数は少なくなるのは仕方ない、ことには同意してそう。
20年以上前、理系学部だったけど、金水先生のブログで同じようなことを書かれていたのを見て、感動したのを思い出した。
おれが30年前に入った大学の文学部のスピーチでは「諸君は文学部ということで就職に不安を持っているかもしれないが、大学の名前でいけるから安心しなさい」だった。おれは慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻中退
なんか内に向いてるんだよな。自分の役には立つとしても社会にどう役立てるんだってのがわかりにくいんだよ
内に湧いてくる課題を客観視することで切り離し自由になれる、必ずしもイマ解決しなくても過程自体がってことで理解
公費で人文学をやらないとなれば富裕層だけが教養を独占する真の階級社会になってしまうので意義はある。けど人生の苦難に役立つと言っても経済的合理性から離れた問いに悩めるだけの生活基盤があればこそなのよね。
他人のため公共のためにならんのなら税金使わず自費でやれ大学にはいらんってなるやろ
結局の所それをやっている人がそれをやっている人に対して「意味があるよ」と言っている内輪向けの祝辞に見えた。富裕層と教養が必ずしもつながらない今、教養にどれだけの意味があるのか
文学だけじゃない哲学歴史学民俗学その他人文教養はみんな他者を知る学問だ。本業が歯科医で歴史家の長山靖生は、症状が心因性ストレスの場合もあるから患者の背景を理解するため人文教養も役に立ったと言ってた
役に立つことしか認めん!ってことならリベ大でも行きなはれ
ド文系出身でIT分野で仕事してるけど大学で学んだことが無駄だったとか全然思わないんだよな。自分の価値観を培えたし、それは今仕事をする上でも役立ってる。それを他人に冷笑されたくはないよなぁ。
僕が知っている工学系の教員は、多くの若い時間と学費(と税金)を費やした教え子が社会で通用するか、資本主義社会に価値を提供して生活していけるかを気にしているが、これではまあなんとも無責任なことだな。
ロックにいこうぜ
みづれえ
文学部に入ってくれるお客様へのリップサービスだな、と思った
利己的な理由を言われても響かないのでは・・・若い人は自分が社会にどう役立つのかを知りたい気がする。自分は日本文化研究の中心は日本であるべきだと思うし、外国文学は国際理解の基礎として社会に有益だと思う。
高度な知性は文理を問わない
社会の役に立つことよりも、自分の人生の役に立つことの方が重要だと思うけどね。あなたは社会のために生きているんですか?
このスピーチをまともに読めてない腐しているだけのブコメがまさに文学部の意義を表していて二重にためになる
芸能と同じで人生を豊かにするとはいえ、食えるのが狭き門だから、なんとなくで行くと地獄。クリティカルシンキングとかで役に立つ面はあるにせよ、基本的に生涯賃金は理系に負けるし、金はあるに越したことはない。
自分を整え精神を安定させ健康であること、そのために文学が必要で、それがあればあとはまた新しい知識を入れれば仕事の知識は得られる。基盤を整え盤石にするための学問なのだと私は読んだよ。
もしかしたら100人中1人に刺さるかもしれない、ちょっと気の利いた文句をひねり出せるかも..ってだけだよな。それは素敵なことだけど、大学に金と人がいた時のまま維持するのは無理
道楽ですを丁寧に言ってるだけのスピーチ。分かってて実家太い人が行くのは良いけど、普通に就職したいなら行くべきでは無いってのはきちんと義務教育で教えておくべきだよ。
なんのためって、え?学問…?学の独立?今は何でも直接的に役に立つのか、資格が取れるのか、就職はって、日本は国民も企業も貧しくなって田舎的な考えが主流になったんだな かなしーねー
文学部で真面目に学んだ人 >>> 他学部で遊んでただけの人だと思う; そもそも効率主義って視野が短期的になりがちだし, 極めると人生も人間も不要になる. それを理解できない人が文学部不要みたいなことを言う印象
人権とか自由とか平等とか、人や社会のあるべき理想を探る先鋒はこの分野だと思うし社会の役に立っていないわけではないでしょう
誰もピンと来てない回答なので、何のためにあるの?と聞かれてこれを応えても当然誰もピンと来ない。
いやいやいや、そんなんに感動しちゃうから、生活に1ミリぐらいしか役に立たない文学部に逝っちゃうんよ。
教養とは紀元前のピタゴラスの時代から「善とは何か」がテーマ。その後のリベラルアーツもこれに沿っている。教養よりカネを優先するなら、自らディストピアを目指すことになる。
証明って習いました?
学問なんだから体系化を目指すとか知られざる謎を解明するとかないのか。史学科とか言語学研究とかそういうのは結構公費をつぎ込む研究として意味があるんじゃないかとは思う
人類史で考えると今の資本主義社会に価値ある事だけに、本当の意味があるとは思わないが、どのみち会社に行けば文学部だろうが何だろうが皆メンバーとして活躍しているので、もう、それでいいじゃんとは思う……。
文系学問自体が人生にとって有用で世の中にも必要なことと、就職に特別有利ではないという事実は両立してしまうんだよな。分かった上で進学先を選べと言われたらその通りだが。卒業生に向けては良い式辞だと思う。
「他人や公共の役に立たねえじゃん」系の意見は、まさに想像力と智慧の欠如。この祝辞の意図や意義を汲み取れるか否か。祝辞自体が分水嶺となっている/追記:俺の後のブコメも否定派多数。生物のマーキング本能?
LLMの時代人間が求められるのは文学かもしれない
1990年代に文学部のとある先生がおっしゃっていたこととそんなに変わらない.一面では,正しいのかもしれないけど,新しい価値観を出せずに変わらないことしか言えないところに,文学部の苦悩があるんだよねえ.
読み書き聴き話す能力を伸ばす。図書館の書庫に潜り、データベースに潜る。表現を通じて、精神的に成熟した大人になるための知のアクセス権限が付与される。人間の心の機微のコード/デコード。
文学部卒でITの仕事を40人弱してきたけど、工学部や工業高校卒の人間でITの意味や価値をまともに理解してる人間がいないし、学部とかあんまり関係ない気がしてます。
文学部って実学研究の土台や基礎研究的なところあるんだよなっていう。文学部何のためにあるの?って基礎研究何のためにあるの?って問いと同じ。そもそもを全く理解してないやん、っていう。
実家が太い人だけが許される遊び。
仮説を立て、先行研究や一次資料にあたって検証し自説を組み立てる、という一連の研究作法は文系学部生も実践するし、それが頭脳労働全般に応用できるスキルである以上、教育機関として社会への有用性は発揮している
“「人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない」”
基本的にサイエンスを身につけた上でサブウェポンとして文学や哲学、歴史学を身につける教育体系だとよりよいのかな
敵「それが弊社に何のメリットが?お疲れ様でした」
就活に区切って言えば、日本の文系就職は大学での学びを重視していないので文学部だろうが経済学部、法学部だろうが関係ない。GPAは気にするとこあるので何学部でも真摯にとりくめばいい
好きなことをどういう熱量で語るのかはその人のキャラクターが出るので面接では割とあるやり方な気がする
一部理系分野みたいに何の役にも立ちません!て言い切った方がまだ誠実だと思いますよ、文学部で学ぶと人生の困難を乗り越えられますて、シンプル嘘でしょ
職業に結びつけるためだけに学問があるわけじゃないもんね。
小さい頃、文学部って小説の書き方教えてくれるとこだと思ってたっけか
人生の苦難で文学が役に立つのというは実際その通りだと思うが、それはわざわざ文学部で4年間かけて学ぶようなことでもないのでは。もっと他に文学部ならではのものがあるだろう。
教育関係者がどいつもこいつも経済的に社会に貢献できる人材を育てるとばかり言ってるのがおかしいんだよ。奴隷かよ。
歴史学とかある程度科学として反証可能性や再現可能性が担保されている物を除き、定量化できない人文系は堕落しようと思えば幾らでもどきる。ジェンダー論みたいな100%寝言が入り込むし、そら自費でやれと言われる
「元大阪大学文学部長・文学研究科長金水敏先生」
人類史に文学は切り離せないんだから人間を学ぶ・理解するでいいんじゃないかなぁ それは社会への価値提供の足掛かりになるものでしょうよ
文学部全体、あるいは文学そのものについてはそういう風に言えるかもしれないが狭い意味での「文学の研究」でそういう営みは行われているの?英文学科とか仏文学科とかで。
「本当にそういうことを文学部で学んでるのか」、「そもそも大学生になって学ぶことなのか」と思うけど。
つまり趣味で行くところだから税金を投入して無償化するようなものではないと。
人文学の廃れた社会を具体的に想像してみれば必要性がわかるよ
問いを見出すのはすべての学問で同じだが、文学には、言語から新しい意味・感覚を創造し、可知世界を拡大する、という唯一無二の役割があると思っている。
社会の役に立つか立たないかで言えば、AIの発展の結果、工学系を含む知的労働者の大半が不要となる可能性は十分にある
本人が納得していたらそれでいいじゃん、と思うんだがw
大学の教員だったオヤジは、「大学は勉強の仕方を学ぶために行くところ」と言っていた。その伝でいくと学部学科はなんでもいいことになる。
この式辞は文学部で学ぶことの私的便益について論じているが、社会的便益については全く説明していない。私的便益しかないというのは税金を投じる価値が無いのと同義であり、皮肉にも文学部不要論を補強している。
「有用性とは何か」という問いは必然的に有用性の枠組みを離れるが故に実学の範疇外。人を他の生物と分かつものは世界を理解しようとする事でありそれこそが「無用」な学と芸術の役目である
文学部は何のためにあるのなんていう、くだらない愚問に答えさせられるっていうことほど、時間の無駄はない。
何のためにあるって、文字なしで文明は発展しないから。買い物メモもプログラム言語も聖書も六法全書も全部文学部の研究対象だぞ。
数字が人を騙し言葉で人を殺す時代に、社会のための学問とはなんだ?
私立女子大文学部出身なので、ここ数年の女子大や人文学への風当たりの強さには結構落ち込むんだよね。まあ一晩寝れば忘れるけどね
「教養にどれだけの意味があるのか」本文を読んでの感想だったら何もいうことはない
ナラティブ(物語)は政治学、社会学、医学、ほとんどの人間学で使われ発見され活用、悪用されもする。そのフレームワークが社会の役に立たないと考えるなら即物的すぎる思考か単なるバカだよ
工学部や医学部のように産業に直接貢献できるものではないという前提で話した方がいいと思う。だからこそ営利企業じゃなくて大学でやるんだと思うけど。
無くなれとも思わんし、選択肢が多いことはいいことなのだ、が、理系が毎日の授業、実験やレポートに追われながら、遊び惚けてる文系を横目にして抱いた怨嗟は簡単に消えんのだよ…
ほとんどすべての学問は「いつ何がどう役に立つか予測がつかないからとりあえず幅広く学ぶ」ものだと思う。/この式辞はとりあえず捻り出した感がある。
Faculty of Humanitiesって文学部の意味だしね。