本屋は電子化や他のオンライン文字メディアという垂直的な技術の挑戦を受けてるので違うのではなくて
そしてこれからAIで供給が爆発する
人口ボーナスの話だね
その側面はわかるけれど、では誰でもハイヤー使える立場になれたか、というとそうではないわけでリスク取って頑張らはったご先祖様をそこまで貶すのもどうかと思う。
「会社員の夫と専業主婦の妻で子供二人育てるのが普通」てのも高度成長期の特例で、第三次産業中心社会が完成して子供が大学まで行くのが当然になるとインフレした教育費で少子化は必然、家制度存続の義務も解体した
ローカル商売が成立しないのは日本が狭いうえに交通の便が良すぎるという特性を持つからで、諸外国では普通に「おらが村の○○屋さん」が成立してる。日本でも離島とかでは大企業に食われてない店がある。
需要=子供と若者(団塊から新人類)の数と経済成長の掛け算かね。知らんけど。
需要が伸び続ければ、基本的に作ったら作っただけ、仕入れたら仕入れただけ売れる。それに今更気づいたって言うの?高度経済成長を何だと思ってたの?大体何だよ、需要の速度って。
俺の祖父もだな、こういうことだったのか、もっと早く知りたかったな
流石に本屋はamazonとスマホのせいだよ。ちょっと前まで電車内の暇つぶしの方法は読書くらいしかなかったんだ。商店街の衰退は80年代から。人口減少より前の話だよ。
それはそうなのかもしれんけど、普通は失敗するリスクを考慮しながら開業、起業するのが常人には難しい。行動力ある人間の方が、当時は成功しやすかったのだろう。今はそのリスクを投資側が先回りして指摘する。
総需要と総供給がそんなに雑な話でまとめられるわけもなく。
ユニバース25実験だと絶滅してるんだよねー。まぁ、人類はそこまで愚かではなくて人口を維持できるレベルに回復するかな?とは思うが…回復出来ないと最後というか変わる潮目の世代が辛そう
2度とは言い過ぎだろ、1000年以内にまた来るよ
それは一面だと思いますよ。
もう終わりだねこの国
立ち戻るべき出発点を過剰に後ろに設定して諦めと安心感を得ようとする人って居るよなあ。色々混ぜてるし。
AI、人材派遣、介護、健康食品やら、成長する市場では今も起業が盛んなわけで、需要をひとくくりにするとは合成の誤謬なんじゃない?
自営業率は10%を切ってしまった。サラリーマンの方が合理的という言説が主流のため起業するのは底辺層か夢追い人のバカばかりである。実態は需要が捨てられている状況であり、飲食小売以外ならばそこそこ食っていける
その需要はファミリーの物量から来てるから、今の衰退は本当に東京一極集中のせいなんだよね。だから今からでもいいので、すぐに遷都すれば、今後の需要減がかなり緩和される
運とか時代だよな。
その時代を体験していないんで分からんが、ファミコン初期でゲーム出せば出来が良くなくても結構売れたような話?
もはや多くのひとが「もういちど焼け野原にして需要の速度をあげよう!」と思ってる(ガザ地区とかウクライナとか
特別な才能がなくても食えたとか言うヤツはそう言う時代に生きてても何もできないタイプだと思う
50年前は「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民 させる ようになって すでに半世紀」とか「わしらの席はもうどこにでもないのさ (藤子・F・不二雄:定年退食)」など、人口爆発・食糧難の予測図だったのにね
いろんな話を適当にまぜるなや
タイトルに「書店もそう」を入れたせいで説得力ゼロになってるの面白い
皆さんご存知の通り「サラリーマン」が増えたのは高度成長期であり、それ以前は個人経営・家族経営が普通だった。だから需要どうこうとかじゃないでしょう。産業構造の変化とか社会の発達で変わっただけじゃないか。
環境はそうでも、実体はもう少し難易度が高い。当たり前だけど、需給ギャップにみんな気づいて、みんなが商売始めようとする中で勝たないといけない。今は逆に誰も商売始めないからチャンスあるとも言える。
人が増えてたからだよ供給量も今と桁違いに低いし
だいぶ違う。近代的な流通と大規模店舗がなかったから効率の悪い小口の流通が必要だったし成立できたというだけのこと
リスクは取らないことはわかった
商才の有無なんて相対的な物差しでしかないんだから現代と過去を比較する意味ある?
需給ギャップはその通り。さらに成長の幻想から、過剰投資や過剰雇用もあり、地価や株価の大幅な下落と併せてバランスシート毀損もあった。あとは人口動態もあり、失われた30年が完成したというのが私の史観
いや、資本主義社会である限り「消費者にお金がない」状態さえなければ需要は無限に作ることができるので需要<供給は唯一お金を再分配できる存在の国家政府の怠慢でしかないんだよ
AIが仕事を奪うといわれる度PCが普及した時の流れを思い出す。使えないと置いてかれるだの万能の機械みたいな触れ込みで現実「エクセルとネットできればよくて」って購入相談何度受けたか。結局その辺に落ち着くよ。
戦争でボロボロにされてない国はどうなんですかね? なんかうまいこと言った、感があって、そうそう、と頷けない。
別に起業しなくてもサラリーマンだって借金して物買った方が借金が目減りして得だったし貯金しても預けた金が10年で2倍になる時代
時代もボクのおやつも、供給が追いつかないのは困るにゃ。ナデナデして!
マクロ経済の人口ボーナス期の一側面を語ってると思うと、大筋では正しい。今は人口オーナス期で需要を奪い合いながら、全体としては縮んでいくしかないのが大変なところだよね。
人口ボーナスということはどういう事なのかハッとさせられた。需要のゴールドラッシュが終わってしまった現代。“ウォーレン・バフェットの名言に「波が引いたとき、誰が裸で泳いでいたか初めて分かる」”
高度成長期時代の起業は、今よりはるかに初期投資が必要で銀行が厳しく資金調達も厳しかったので、結局資本と商才のある者しか生き残れなかった。素人でも誰でも楽にできたみたい考えはただの妄想。
商売は時代の波に乗るのが非常に重要だが、誰が何やっても上手くいくというほど高度成長期も甘くはなかったのでは。商店街も当時の社会環境からすると需要にマッチしていたんだろう
高度成長期は元が貧乏で基準が低いからな。テストで20点の人が50点をとる方が、80点の人が90点をとるよりは簡単みたいな話
自分も15年前に起業して結構上手く行ってたけど時代の流れに乗っただけって言われたらそりゃそうだと思う。特別才能があるわけじゃあなかったな。景気悪くなったら一気にキャッシュがヤバくなって売却した
高度成長期を「誰でも食えた」と一括りにするのは雑じゃない? 需要だけじゃなく、人口増加や流通・産業構造の変化など、いろんな条件が重なっていた時代だと思う。
運輸を買い叩き地方に生産を押し付け一極化とか、生産地の地産地消を促進し個人の事業維持を見込まないどころか災害復興にも関心がないので、大型で廉価で大量金が集まる所にだけ集中するようになってる感じがする。
その時々の最適化という話
AIで供給が爆発するのはその通りで政治社会学哲学総動員して向き合わなければ社会が崩壊するわけだが、昭和平成脳だらけで議論進まない。まあ日本はチーみらがあるだけましだが、国民がアホだからどうなることやら
人口ボーナスで売れてだけなのに、自分の実力だと勘違いしてる昭和の営業オジサンいっぱいいたなぁ
単なる印象だろ。高度経済成長期は倒産件数も多かった。単に新陳代謝が激しかっただけ。ただ郵便や国鉄、電電公社など三公社五現業の定員が多く高卒でもIII種試験に合格できる力があれば普通に妻子を養えたのはでかい
景気がいいときは商売がちょろくなるという話か。わかる。
それを "たまたま" と言うなら、今も "たまたま" 景気が悪いんじゃないの
個人の努力を妄信しすぎ。松下幸之助が北朝鮮に生まれてたらナショナル(パナソニック)作れてたか考えれば分かる。昭和の高度成長って朝鮮特需ボーナス+人口ボーナスだからな。
西武百貨店の渋谷店が閉店する話題もニュースで聞いているので、欲しいものが順繰りで変わっていくさまを眺めるのは、楽しくもあり、寂しくもあり・・・
やはり人口…!人口は全てを解決する…!
現代はメルカリテンバイヤーがそれ
「いま思うと」で始まる話は中身が何であれ後付けの理屈にしか見えない。
新しい産業とか製品ジャンルは供給が需要を創造するんだよ。スマホとか。
結局のところ、マクロな現象が個人レベルのミクロ現象にどの程度の影響があったかなんて知りようがない。なんとなく腑に落ちるストーリーを頼りに、どうにか腐らず生きていくしかないのさ。
似たような話で、NISAとか確定拠出年金進めてくる人で「経済は中長期的に右肩上がりに成長」に暗黙的に全ベットしていることが分かっている人は何人いるのか疑問ではある。
全てが終わりに向かっているのだよ
1人に対する需要1に供給の数は変わってねーだろ消費も飯と服と博打のまま 成長期で伸びたのはインフラ 隣の蕎麦屋より隣町の奴隷ビルで作る謎の飯が安ければってだけ
個人商店が潰れてるのは、大企業に勝てないから。かつては出店法で個人商店が守られてたが、トイザらスの日本進出により法律が改正された。そして、トイザらスも倒産。
こういう話が何の役にも立たない話、一括りに纏められても、何の利益も齎さない。単なる恨み節に終わってる。
周りの人間見てじいさん以外にもばあさんまで警備員やる人やら薬局や老人ホーム見てなんも感じないのかとは思うね。
専業主婦が成り立ってた時期と理由に近いものがある気がした
商店街があったのは、イオンが小さかったからだよ。今から高度成長期が始まったらイオンが大きくなるだけだよ//高度成長期でもお金持ちになったのは一部の人。筆者の祖父は才能があったんだよ
なんで矮小化するような書店の例を取り上げたか分からん。中国の台頭も同じで、起業してもでかい市場があるから何とでもなるって環境がどんどん挑戦に繋がってるんだよね。日本は人口も民度も落ちてるからもう無理
まあ、そういう側面もあるが全員が社長になってたわけではないのでそこに差異はある。単なる直感とか始めたことをやめない粘りとか、今はそれだけあっても足りないかもだが、少なくも当時は秀でた面があったはず。
まずは人口だな。あと今は社会、仕事、技術が高度に複雑になりすぎている。それに対応できる一部の優秀な人材、そしてそれ以外の大半の凡人とで格差が広がっていく
生存バイアスの影響を受けすぎだと思う。
拠点へ移動に核家族化し集中大型化して、結果戻る家がないから末端が朽ちてるのを見てないのか。移動や輸送、配送の許認可や料金制度を見直したり寸断されたらまた戻るし、場所限定物は変わってないでしょ。
消費財への需要自体は無くなってないんよな。金があればあるだけガチャ回しまくる奴もいるし経済を回す為に実物が必要なわけでもない。インフレ基調なら借金して物買った方が得って場合もある。緊縮デフレが元凶
その入り口で入るとそういう説明になりそうだけど、高度経済成長をもたらすことになる社会構造の劇的な変化から入ったほうがと思ってしまった。
もしかしてインターネットやAIによる情報のフラット化と集約がこれに追い打ちかけてて、もとからの勝者しか勝者になれない気がする
マクロ環境は相応に大事な要素だけどそれ以前に多くの日本人は起業しないし投資もしない。現にNISAだって休眠口座ばかり。
「ちょっと前まで電車内の暇つぶしの方法は読書くらいしかなかった」はい嘘。新聞・音楽がほとんど。読書の割合はそんなに変わってない。
戦後復興、朝鮮戦争特需で流れを作ってから、団塊の世代という巨大市場の出現、農村部から都市部への人口移動、重化学工業へのシフト、造船や自動車産業の成長が1950年代~70年代初頭に起きた。それが需要だ。
だいたい合っているのでは?のび太くんの進路が就職できなかったから起業っていう時代/祖父が悪く言われてるのは結局は子孫に対する態度
そもそも歴史的には近代化工業化以前は衣服ですら財産であったわけで、供給が需要を上回るのは冷蔵保存技術がない中の保存食加工すら追いつかない大漁豊作な生鮮食材とか短期要因とか位でしょ。今が歴史的大転換後
成長期の良さはあったけど、特別な才能が無くても食えるのは、今の方じゃないか?最低限で良ければだけど。
負の商売って話が面白い。どんなんだろ?
こういう、過去はイージーモードだった、で自分を被害者に仕立て上げるやり方嫌いだわ。全方向に失礼すぎる
結局、人口ボーナスと時代(流通の未整備など)の話に行き着くわけなんじゃないかな。
そう思うんなら東南アジアに進出しよう。
ちょっと前ならはてな民こんな話大好きだったのにご先祖様とか言い出すんだw
特別な才能無くても誰でも稼げる時代と、そうでなきゃ生きるのも困難な時代、どちらが幸福かは言うまでもないだろ
大店法改正やモータリゼーション化を無視した素人の印象論
ここ数年の株高でもうかってた人たちも、これだよ
それ言うたら太古の昔からそうで、文字や紙が発明され流通やウェブがなければライター稼業もなく、獣を狩ったりアタマをかち割らずに食っていける文明が来なければ自分は成人さえ迎えられなかったと思う
「たまたま」ではなく、「好景気」というのはそういう物です。30年以上もほぼずっと不景気をやっていて、感覚が失われているだけ
>上昇相場と投資本出現の関係は昔からよく知られているけど、商店街も共通の現象だったんだ。
まぁそれが「人口ボーナス」。tachibana-akira.com/2026/08/18103
人口は言い訳にならないだろ。シンガポールは日本より人口が遥かに少ないが一人当たりGDPは世界トップクラスで景気がいい。
人口ボーナスと朝鮮特需と言われがちだけど、どちらかというと焼け跡の復興の仕事がその前にあったとも思うのだけど…。住環境の整備と食える職によって人口が増えた側面もあると思うので、仕事が先か人口が先かは
大手チェーンやECの発達という最重要な経済的事象を考察から外したら意味ないでしょ
高度経済成長期、バブルを経て不況で業績不振で畳んで今となっては何も残っていないものをたくさん見聞きするに、孫の代、曾孫の代までリピートされるようなロングセラーって凄くない?
いろんな要素がごっちゃになってるな、混ぜるな危険。個人商店がイオンなどの大手とネットの寡占で生存できなくなったのは需給の速度とは違う問題
商工会館に飾ってある、昭和40年に撮られたうちの市(北関東の某市)の商店街の写真を見ると、人があふれていて驚く。じいさんばあさんの話を聞くと、昔の商店は「売ってやっている」みたいな態度が露骨だったとか。
この「差異」は,経済用語で人口ボーナス(正の場合)/人口オーナス(負の場合)といいます。
時代が良かっただけってのは真理だよな、再現不可能なボーナスステージ
たまたまっていうか…ニーズがビジネスを産んで活性化しただけでは…。変化に適合していきましょうねという話は別に昔も今も変わるものでもなし。
いや、本屋はAmazonと狭い居住空間のせいだろ
「町の本屋はいかにしてつぶれてきたか?」という書籍にある通り、本屋はネットの遥か昔からずっとつぶれてきている。もともと儲からない商売で兼業がほとんど。「流石に本屋はamazonとスマホのせい」では全然ない。
おっと商売がうまくいかなかった挙句にバブル崩壊で株の大損を出したうちの父の悪口はやめるんだ
「AIで起業すれば才能なくても食えた」と後世の人は今のこの時代を評するかもしれない。今もたまたまなのかも。
50年に似たようなことを子供達に言われるわけよ。結局今動けないなら永遠に変わらない
焼け野原に公共事業で田舎から出てきた労働力が家の縛りから離れベビーブーム、その子供が親の築いた豊かさの上でバブルだった訳で、運とは違うかな。
その時代に何ができるのか、何がイージーなのかを見通せただけでも大したもの。ブルーオーシャンに行けたってのは才能と度胸があったんだよ。今はそれが無いと自分に言い聞かせるだけしか能が無い奴よりな。
これ昔から「人口ボーナス」って言われてたことね。
いま思うと、昭和の高度成長期は社会全体の需要の速度が供給の速度を上回っていたので、誰でも商店なり会社なり始めれば特別な才能がなくても食えた、というだけだったんだよな…商店街というのもその過程で発生しただけで、二度と再現はしない。→「書店もそう。『書店減る→文化の終わり』みたいな論を目にするが、これまでが『たまたま』だったのよ」
本屋は電子化や他のオンライン文字メディアという垂直的な技術の挑戦を受けてるので違うのではなくて
そしてこれからAIで供給が爆発する
人口ボーナスの話だね
その側面はわかるけれど、では誰でもハイヤー使える立場になれたか、というとそうではないわけでリスク取って頑張らはったご先祖様をそこまで貶すのもどうかと思う。
「会社員の夫と専業主婦の妻で子供二人育てるのが普通」てのも高度成長期の特例で、第三次産業中心社会が完成して子供が大学まで行くのが当然になるとインフレした教育費で少子化は必然、家制度存続の義務も解体した
ローカル商売が成立しないのは日本が狭いうえに交通の便が良すぎるという特性を持つからで、諸外国では普通に「おらが村の○○屋さん」が成立してる。日本でも離島とかでは大企業に食われてない店がある。
需要=子供と若者(団塊から新人類)の数と経済成長の掛け算かね。知らんけど。
需要が伸び続ければ、基本的に作ったら作っただけ、仕入れたら仕入れただけ売れる。それに今更気づいたって言うの?高度経済成長を何だと思ってたの?大体何だよ、需要の速度って。
俺の祖父もだな、こういうことだったのか、もっと早く知りたかったな
流石に本屋はamazonとスマホのせいだよ。ちょっと前まで電車内の暇つぶしの方法は読書くらいしかなかったんだ。商店街の衰退は80年代から。人口減少より前の話だよ。
それはそうなのかもしれんけど、普通は失敗するリスクを考慮しながら開業、起業するのが常人には難しい。行動力ある人間の方が、当時は成功しやすかったのだろう。今はそのリスクを投資側が先回りして指摘する。
総需要と総供給がそんなに雑な話でまとめられるわけもなく。
ユニバース25実験だと絶滅してるんだよねー。まぁ、人類はそこまで愚かではなくて人口を維持できるレベルに回復するかな?とは思うが…回復出来ないと最後というか変わる潮目の世代が辛そう
2度とは言い過ぎだろ、1000年以内にまた来るよ
それは一面だと思いますよ。
もう終わりだねこの国
立ち戻るべき出発点を過剰に後ろに設定して諦めと安心感を得ようとする人って居るよなあ。色々混ぜてるし。
AI、人材派遣、介護、健康食品やら、成長する市場では今も起業が盛んなわけで、需要をひとくくりにするとは合成の誤謬なんじゃない?
自営業率は10%を切ってしまった。サラリーマンの方が合理的という言説が主流のため起業するのは底辺層か夢追い人のバカばかりである。実態は需要が捨てられている状況であり、飲食小売以外ならばそこそこ食っていける
その需要はファミリーの物量から来てるから、今の衰退は本当に東京一極集中のせいなんだよね。だから今からでもいいので、すぐに遷都すれば、今後の需要減がかなり緩和される
運とか時代だよな。
その時代を体験していないんで分からんが、ファミコン初期でゲーム出せば出来が良くなくても結構売れたような話?
もはや多くのひとが「もういちど焼け野原にして需要の速度をあげよう!」と思ってる(ガザ地区とかウクライナとか
特別な才能がなくても食えたとか言うヤツはそう言う時代に生きてても何もできないタイプだと思う
50年前は「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民 させる ようになって すでに半世紀」とか「わしらの席はもうどこにでもないのさ (藤子・F・不二雄:定年退食)」など、人口爆発・食糧難の予測図だったのにね
いろんな話を適当にまぜるなや
タイトルに「書店もそう」を入れたせいで説得力ゼロになってるの面白い
皆さんご存知の通り「サラリーマン」が増えたのは高度成長期であり、それ以前は個人経営・家族経営が普通だった。だから需要どうこうとかじゃないでしょう。産業構造の変化とか社会の発達で変わっただけじゃないか。
環境はそうでも、実体はもう少し難易度が高い。当たり前だけど、需給ギャップにみんな気づいて、みんなが商売始めようとする中で勝たないといけない。今は逆に誰も商売始めないからチャンスあるとも言える。
人が増えてたからだよ供給量も今と桁違いに低いし
だいぶ違う。近代的な流通と大規模店舗がなかったから効率の悪い小口の流通が必要だったし成立できたというだけのこと
リスクは取らないことはわかった
商才の有無なんて相対的な物差しでしかないんだから現代と過去を比較する意味ある?
需給ギャップはその通り。さらに成長の幻想から、過剰投資や過剰雇用もあり、地価や株価の大幅な下落と併せてバランスシート毀損もあった。あとは人口動態もあり、失われた30年が完成したというのが私の史観
いや、資本主義社会である限り「消費者にお金がない」状態さえなければ需要は無限に作ることができるので需要<供給は唯一お金を再分配できる存在の国家政府の怠慢でしかないんだよ
AIが仕事を奪うといわれる度PCが普及した時の流れを思い出す。使えないと置いてかれるだの万能の機械みたいな触れ込みで現実「エクセルとネットできればよくて」って購入相談何度受けたか。結局その辺に落ち着くよ。
戦争でボロボロにされてない国はどうなんですかね? なんかうまいこと言った、感があって、そうそう、と頷けない。
別に起業しなくてもサラリーマンだって借金して物買った方が借金が目減りして得だったし貯金しても預けた金が10年で2倍になる時代
時代もボクのおやつも、供給が追いつかないのは困るにゃ。ナデナデして!
マクロ経済の人口ボーナス期の一側面を語ってると思うと、大筋では正しい。今は人口オーナス期で需要を奪い合いながら、全体としては縮んでいくしかないのが大変なところだよね。
人口ボーナスということはどういう事なのかハッとさせられた。需要のゴールドラッシュが終わってしまった現代。“ウォーレン・バフェットの名言に「波が引いたとき、誰が裸で泳いでいたか初めて分かる」”
高度成長期時代の起業は、今よりはるかに初期投資が必要で銀行が厳しく資金調達も厳しかったので、結局資本と商才のある者しか生き残れなかった。素人でも誰でも楽にできたみたい考えはただの妄想。
商売は時代の波に乗るのが非常に重要だが、誰が何やっても上手くいくというほど高度成長期も甘くはなかったのでは。商店街も当時の社会環境からすると需要にマッチしていたんだろう
高度成長期は元が貧乏で基準が低いからな。テストで20点の人が50点をとる方が、80点の人が90点をとるよりは簡単みたいな話
自分も15年前に起業して結構上手く行ってたけど時代の流れに乗っただけって言われたらそりゃそうだと思う。特別才能があるわけじゃあなかったな。景気悪くなったら一気にキャッシュがヤバくなって売却した
高度成長期を「誰でも食えた」と一括りにするのは雑じゃない? 需要だけじゃなく、人口増加や流通・産業構造の変化など、いろんな条件が重なっていた時代だと思う。
運輸を買い叩き地方に生産を押し付け一極化とか、生産地の地産地消を促進し個人の事業維持を見込まないどころか災害復興にも関心がないので、大型で廉価で大量金が集まる所にだけ集中するようになってる感じがする。
その時々の最適化という話
AIで供給が爆発するのはその通りで政治社会学哲学総動員して向き合わなければ社会が崩壊するわけだが、昭和平成脳だらけで議論進まない。まあ日本はチーみらがあるだけましだが、国民がアホだからどうなることやら
人口ボーナスで売れてだけなのに、自分の実力だと勘違いしてる昭和の営業オジサンいっぱいいたなぁ
単なる印象だろ。高度経済成長期は倒産件数も多かった。単に新陳代謝が激しかっただけ。ただ郵便や国鉄、電電公社など三公社五現業の定員が多く高卒でもIII種試験に合格できる力があれば普通に妻子を養えたのはでかい
景気がいいときは商売がちょろくなるという話か。わかる。
それを "たまたま" と言うなら、今も "たまたま" 景気が悪いんじゃないの
個人の努力を妄信しすぎ。松下幸之助が北朝鮮に生まれてたらナショナル(パナソニック)作れてたか考えれば分かる。昭和の高度成長って朝鮮特需ボーナス+人口ボーナスだからな。
西武百貨店の渋谷店が閉店する話題もニュースで聞いているので、欲しいものが順繰りで変わっていくさまを眺めるのは、楽しくもあり、寂しくもあり・・・
やはり人口…!人口は全てを解決する…!
現代はメルカリテンバイヤーがそれ
「いま思うと」で始まる話は中身が何であれ後付けの理屈にしか見えない。
新しい産業とか製品ジャンルは供給が需要を創造するんだよ。スマホとか。
結局のところ、マクロな現象が個人レベルのミクロ現象にどの程度の影響があったかなんて知りようがない。なんとなく腑に落ちるストーリーを頼りに、どうにか腐らず生きていくしかないのさ。
似たような話で、NISAとか確定拠出年金進めてくる人で「経済は中長期的に右肩上がりに成長」に暗黙的に全ベットしていることが分かっている人は何人いるのか疑問ではある。
全てが終わりに向かっているのだよ
1人に対する需要1に供給の数は変わってねーだろ消費も飯と服と博打のまま 成長期で伸びたのはインフラ 隣の蕎麦屋より隣町の奴隷ビルで作る謎の飯が安ければってだけ
個人商店が潰れてるのは、大企業に勝てないから。かつては出店法で個人商店が守られてたが、トイザらスの日本進出により法律が改正された。そして、トイザらスも倒産。
こういう話が何の役にも立たない話、一括りに纏められても、何の利益も齎さない。単なる恨み節に終わってる。
周りの人間見てじいさん以外にもばあさんまで警備員やる人やら薬局や老人ホーム見てなんも感じないのかとは思うね。
専業主婦が成り立ってた時期と理由に近いものがある気がした
商店街があったのは、イオンが小さかったからだよ。今から高度成長期が始まったらイオンが大きくなるだけだよ//高度成長期でもお金持ちになったのは一部の人。筆者の祖父は才能があったんだよ
なんで矮小化するような書店の例を取り上げたか分からん。中国の台頭も同じで、起業してもでかい市場があるから何とでもなるって環境がどんどん挑戦に繋がってるんだよね。日本は人口も民度も落ちてるからもう無理
まあ、そういう側面もあるが全員が社長になってたわけではないのでそこに差異はある。単なる直感とか始めたことをやめない粘りとか、今はそれだけあっても足りないかもだが、少なくも当時は秀でた面があったはず。
まずは人口だな。あと今は社会、仕事、技術が高度に複雑になりすぎている。それに対応できる一部の優秀な人材、そしてそれ以外の大半の凡人とで格差が広がっていく
生存バイアスの影響を受けすぎだと思う。
拠点へ移動に核家族化し集中大型化して、結果戻る家がないから末端が朽ちてるのを見てないのか。移動や輸送、配送の許認可や料金制度を見直したり寸断されたらまた戻るし、場所限定物は変わってないでしょ。
消費財への需要自体は無くなってないんよな。金があればあるだけガチャ回しまくる奴もいるし経済を回す為に実物が必要なわけでもない。インフレ基調なら借金して物買った方が得って場合もある。緊縮デフレが元凶
その入り口で入るとそういう説明になりそうだけど、高度経済成長をもたらすことになる社会構造の劇的な変化から入ったほうがと思ってしまった。
もしかしてインターネットやAIによる情報のフラット化と集約がこれに追い打ちかけてて、もとからの勝者しか勝者になれない気がする
マクロ環境は相応に大事な要素だけどそれ以前に多くの日本人は起業しないし投資もしない。現にNISAだって休眠口座ばかり。
「ちょっと前まで電車内の暇つぶしの方法は読書くらいしかなかった」はい嘘。新聞・音楽がほとんど。読書の割合はそんなに変わってない。
戦後復興、朝鮮戦争特需で流れを作ってから、団塊の世代という巨大市場の出現、農村部から都市部への人口移動、重化学工業へのシフト、造船や自動車産業の成長が1950年代~70年代初頭に起きた。それが需要だ。
だいたい合っているのでは?のび太くんの進路が就職できなかったから起業っていう時代/祖父が悪く言われてるのは結局は子孫に対する態度
そもそも歴史的には近代化工業化以前は衣服ですら財産であったわけで、供給が需要を上回るのは冷蔵保存技術がない中の保存食加工すら追いつかない大漁豊作な生鮮食材とか短期要因とか位でしょ。今が歴史的大転換後
成長期の良さはあったけど、特別な才能が無くても食えるのは、今の方じゃないか?最低限で良ければだけど。
負の商売って話が面白い。どんなんだろ?
こういう、過去はイージーモードだった、で自分を被害者に仕立て上げるやり方嫌いだわ。全方向に失礼すぎる
結局、人口ボーナスと時代(流通の未整備など)の話に行き着くわけなんじゃないかな。
そう思うんなら東南アジアに進出しよう。
ちょっと前ならはてな民こんな話大好きだったのにご先祖様とか言い出すんだw
特別な才能無くても誰でも稼げる時代と、そうでなきゃ生きるのも困難な時代、どちらが幸福かは言うまでもないだろ
大店法改正やモータリゼーション化を無視した素人の印象論
ここ数年の株高でもうかってた人たちも、これだよ
それ言うたら太古の昔からそうで、文字や紙が発明され流通やウェブがなければライター稼業もなく、獣を狩ったりアタマをかち割らずに食っていける文明が来なければ自分は成人さえ迎えられなかったと思う
「たまたま」ではなく、「好景気」というのはそういう物です。30年以上もほぼずっと不景気をやっていて、感覚が失われているだけ
>上昇相場と投資本出現の関係は昔からよく知られているけど、商店街も共通の現象だったんだ。
まぁそれが「人口ボーナス」。tachibana-akira.com/2026/08/18103
人口は言い訳にならないだろ。シンガポールは日本より人口が遥かに少ないが一人当たりGDPは世界トップクラスで景気がいい。
人口ボーナスと朝鮮特需と言われがちだけど、どちらかというと焼け跡の復興の仕事がその前にあったとも思うのだけど…。住環境の整備と食える職によって人口が増えた側面もあると思うので、仕事が先か人口が先かは
大手チェーンやECの発達という最重要な経済的事象を考察から外したら意味ないでしょ
高度経済成長期、バブルを経て不況で業績不振で畳んで今となっては何も残っていないものをたくさん見聞きするに、孫の代、曾孫の代までリピートされるようなロングセラーって凄くない?
いろんな要素がごっちゃになってるな、混ぜるな危険。個人商店がイオンなどの大手とネットの寡占で生存できなくなったのは需給の速度とは違う問題
商工会館に飾ってある、昭和40年に撮られたうちの市(北関東の某市)の商店街の写真を見ると、人があふれていて驚く。じいさんばあさんの話を聞くと、昔の商店は「売ってやっている」みたいな態度が露骨だったとか。
この「差異」は,経済用語で人口ボーナス(正の場合)/人口オーナス(負の場合)といいます。
時代が良かっただけってのは真理だよな、再現不可能なボーナスステージ
たまたまっていうか…ニーズがビジネスを産んで活性化しただけでは…。変化に適合していきましょうねという話は別に昔も今も変わるものでもなし。
いや、本屋はAmazonと狭い居住空間のせいだろ
「町の本屋はいかにしてつぶれてきたか?」という書籍にある通り、本屋はネットの遥か昔からずっとつぶれてきている。もともと儲からない商売で兼業がほとんど。「流石に本屋はamazonとスマホのせい」では全然ない。
おっと商売がうまくいかなかった挙句にバブル崩壊で株の大損を出したうちの父の悪口はやめるんだ
「AIで起業すれば才能なくても食えた」と後世の人は今のこの時代を評するかもしれない。今もたまたまなのかも。
50年に似たようなことを子供達に言われるわけよ。結局今動けないなら永遠に変わらない
焼け野原に公共事業で田舎から出てきた労働力が家の縛りから離れベビーブーム、その子供が親の築いた豊かさの上でバブルだった訳で、運とは違うかな。
その時代に何ができるのか、何がイージーなのかを見通せただけでも大したもの。ブルーオーシャンに行けたってのは才能と度胸があったんだよ。今はそれが無いと自分に言い聞かせるだけしか能が無い奴よりな。
これ昔から「人口ボーナス」って言われてたことね。