定義厨乙と言いたいが、使いにくいクソUIをデザインって呼ぶ風潮にはワイもキレそうや
「アートをデザインと呼んでいる例」を具体的な製品名とかを挙げて指摘してもらえると僕が嬉しいです!
その手の「デザイン」の使われかたいつも「設計図」とか「青写真」とかの方が良くねと思っている
デザインとアートの違いを混同してる典型的な文章。デザインはアーキテクチャに近いってことが言いたいんでしょ?対比するジャンルを間違えてるよ。
アートはデザインを内包しちゃうからなあ。対比にするのは不適当。んでもって、「デザイン」という言葉の守備範囲も広い。ダメなデザインは、個別具体的にどこがダメなのか指摘すればいい。
「課題解決でなければデザインではない」という前提がそもそも狭い気が。デザインは設計や工夫という人の営みに遍在する側面であって、表現性の強さを理由に「デザインではない」と切り分けるほうが不自然だ。
ジェーン・スーさんがよく言う「世の中は貴方のためにデザインされている訳ではないのでー」を聞くとモヤモヤするアレのことか
The Art of War(孫子の兵法)など、元は一つだったんだよな。ルネサンス期にArtが内包するデザイン(Disegno)という概念が見出され、産業革命期以降に分化された
デザインに限らず言葉を雑に使って雑に解釈するから齟齬が生じて揉め事になる上それをあまり認識してない
その話は美大の中の「アートvsデザイン」価値観対立の中で最初に出てきたと認識している。昔は今と違ってアートの方が上位だったので「こちらは社会の課題を解決するんだぞ」と意気がって見せたというか。
最近なのか? 俺が感じたのはUXって言葉が流行った時、デザインが市場バブルだった、なおその後
デザインとは「用の美」、つまり機能美を追求するもの。アートは自己表現。この違いがわかってないヤツが多い。
言うの何回目かわからんけどデザインの敗北という言葉のわかって無さよ。言いたいことは機能を犠牲にして見た目を優先してるってことなんだろうけど、機能もデザインの一部なのよ。敗北はしてなくてただの失敗。
言葉の定義に立ち返ると、デザインは設計で、アートは技術。挙げられてる例はデザインを使うのが正しいのであって、アートを使うべきではないと思った。音楽に例えるなら楽譜がデザイン、演奏がアート
etymonline の design の項には“「計画し実行する、芸術的な技術で形作る」という意味は1660年代から” とある。https://bit.ly/4ymWnYP 多分、増田が生まれるちょっと前だね。
一周回って「見た目が『デザイン』」でいいよ。
なんでアートっていわないかというと、先達がアートをこすりすぎてアートという言葉が鼻持ちならないものに成り下がったからかもなと。いまの芸術マンガががむしゃら系になったのもそこに遠因があると睨んでるでよ。
Car Stylingという自動車のいわゆるデザインの雑誌があるが、あえてスタイリングという言葉を使うことで、「設計」ではないことを明確化している。
デザインという単語が広く使われているのは同意
「アート」と「デザイン」は排他関係でないから。デザインしたアートはあるでしょ
"課題も解決しておらず、使い勝手も無視し、ただ作者のエモい感情や世界観をぶつけただけの代物が「デザイン」として世に出てくる" それが何の課題解決しようとした成果物だった想像には至らないんだろうか。
デザインにアートの一部も活用する事で解決される課題もある。ひどいUIやUXを目の前にしているのであれば、それは言葉の問題ではなく、誰もがデザインもどきを作れるようになった時代とテクノロジーのせい。
デザインはロジックで良いのだが、このアートは手技から考えた方が良い。>一方でアートとは、己の内面を表現し、世界に問いを投げかける行為だ。
課題解決を放棄(あるいは失敗)した欠陥WEBサイト(あるいはプロダクト)は「ダメなデザイン」でしょう。何故それを「アート」と呼びたいのか
アートを「己の内面を表現」みたいに狭苦しく捉えないでほしい。もっと自由だよ。
罵倒語としてのアート
アートって言われると脳みそ使ってなさそうって言われてる気分になる。
グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、ファッションデザイン、組織デザイン、ライフデザイン、みんな個別に名乗ればよい。「デザイナー」の肩書きが分かりにくすぎる。
もともと設計とか計画って意味だからな。むしろグラフィックデザインのことをデザインというのがアレだと気づいたほうがいいと思うよ。ただまぁ、かなり面倒だけど。
「デザインは機能設計」、若い時にめちゃくちゃ考えたな…あともう一つ「デザインには需要が発生してないと成立しない」ってのもあった。
デザインを学ぶとわかるDesignという言葉を日本語で言い表す難しさ。なんなら対応する日本語単語は無いと言ってもいいくらい。そういう意味では日本にはDesignという概念がそもそも無いんだよね。
何十年も同じことを言われてるから正解はないよね。見た目を切り分けるための「スタイル」とかの言葉も浸透しなかったし。
"みんな(君も)" はあんまり見ない言い回しやね。どういうデザインなん?
初めて意味を複数調べたかも、今まで「見た目」のデザインだったけど、「プロセス」のデザインの方がカッコイイね
仮にデザインの定義が増田の言うとおりだったとしても、ライターを知る人が火打ち石を使う人をバカにするようなテキストを書くのは、コミュニケーションデザインとしてどうなのだろうか
導入の体験の⋯生き方の⋯からだと、思ったのと違う着地点だった
言いたい事は「言葉の定義」なのか「失敗デザインなのか」はっきりしてくれ。
ゲームでは「アーツ」なのにね。アートはアートで芸術に寄りすぎた。芸術は芸術で芸と術を抽象化しすぎた。アートは術(すべ)、デザインは図(はかり)。おまえはセン。
この勢いならたまにコサインが混じっていても気付かれない
デザインは意識でアートは意図なのだ
体系がアートで個々の手段がデザインみたいなものだと思ってた リベラルアーツってデザインを含んでいるよね?
東大のUTokyo College of Designも慶應の総合デザイン工学専攻も、何がデザインなのかという問いにあまり答えてないとは思う。
「現代アート、略してアート」が前提にある人はアカデミックな界隈だけかと
逆に「設計」という広い意味の言葉なのに「装飾」的な狭い意味でしか使われてない感じもする
広告業界がデザインを我が物顔で使ったせいで目立てば良いみたいな似非デザインが台頭したり課題解決のための各種の設計が行われないものでもデザインを名乗るようになってしまった
日本語で「デザイン」というと、意匠・装飾みたいなニュアンスだけど、英語のdesignは「目的を持って計画する、設計する、指定する」という行動や仕組みそのものを指す。世間は前者でこの増田は後者なのでズレがある。
用を足さなければ、それはデザインじゃない。
籔内佐斗司さんに記事が上がってたけど、童子シリーズとせんとくんを「課題解決」だけで説明するのは難しいのでは。デザインが文化的側面も請け負ってる以上、デザインかアートかだけで切り分けれない気がするけど
釣り
一般的なレベルでの会話だと、デザインとアートの区別がないんじゃないかな、言葉として。
メカニズムも使いすぎ
言葉の限界問題。認知のズレは、感情や認識を言葉にすると3〜7割圧縮される。相手はその圧縮された言葉を、独自の辞書で解凍する。疎通したい欲求とズレが発生する構造のせめぎ合い。漢字はファンクションできる発明
本邦においてはグラフィックデザインのことをデザインって略したやつが諸悪の根源
またデザインが敗北してる。たまには勝ってるところを見せてよ
はいはい釣り記事釣り記事
「一方でアートとは、己の内面を表現し、世界に問いを投げかける行為だ」これもだいぶ揺らいでる。村上隆を代表する現代「アート」は既に「現代アート」という市場に向けて「デザイン」された商品ではないか。
おおかた同意できる。たしかに「見た目を作る=デザイン」と勘違いされている節はあるし、その使い方にはちょっとイラっともする。
「ぼくがかんがえたさいきょうのあーととでざいんのていぎ」笑
de+sign(無駄削り本質表現) → 設計+意匠 → 設計(出会いから完パケまで)と全範囲になった結果みんな好き勝手に「デザイン」を使えるようになった印象。もはや哲学用語。みんな像のピントの話ししてる
デザインは「意匠」でアートは「術」だろ 形がデザインで使用例がアートだから人生のデザインは人生って多要素をひとまとめにしたタイトル設計でそれつかった人生の結果がアートだろ 兵法を英語にしてみなよ
これ良く話してる。みんなデザインって言い過ぎ問題
みんな(君も)「デザイン」という言葉を使いすぎ。
定義厨乙と言いたいが、使いにくいクソUIをデザインって呼ぶ風潮にはワイもキレそうや
「アートをデザインと呼んでいる例」を具体的な製品名とかを挙げて指摘してもらえると僕が嬉しいです!
その手の「デザイン」の使われかたいつも「設計図」とか「青写真」とかの方が良くねと思っている
デザインとアートの違いを混同してる典型的な文章。デザインはアーキテクチャに近いってことが言いたいんでしょ?対比するジャンルを間違えてるよ。
アートはデザインを内包しちゃうからなあ。対比にするのは不適当。んでもって、「デザイン」という言葉の守備範囲も広い。ダメなデザインは、個別具体的にどこがダメなのか指摘すればいい。
「課題解決でなければデザインではない」という前提がそもそも狭い気が。デザインは設計や工夫という人の営みに遍在する側面であって、表現性の強さを理由に「デザインではない」と切り分けるほうが不自然だ。
ジェーン・スーさんがよく言う「世の中は貴方のためにデザインされている訳ではないのでー」を聞くとモヤモヤするアレのことか
The Art of War(孫子の兵法)など、元は一つだったんだよな。ルネサンス期にArtが内包するデザイン(Disegno)という概念が見出され、産業革命期以降に分化された
デザインに限らず言葉を雑に使って雑に解釈するから齟齬が生じて揉め事になる上それをあまり認識してない
その話は美大の中の「アートvsデザイン」価値観対立の中で最初に出てきたと認識している。昔は今と違ってアートの方が上位だったので「こちらは社会の課題を解決するんだぞ」と意気がって見せたというか。
最近なのか? 俺が感じたのはUXって言葉が流行った時、デザインが市場バブルだった、なおその後
デザインとは「用の美」、つまり機能美を追求するもの。アートは自己表現。この違いがわかってないヤツが多い。
言うの何回目かわからんけどデザインの敗北という言葉のわかって無さよ。言いたいことは機能を犠牲にして見た目を優先してるってことなんだろうけど、機能もデザインの一部なのよ。敗北はしてなくてただの失敗。
言葉の定義に立ち返ると、デザインは設計で、アートは技術。挙げられてる例はデザインを使うのが正しいのであって、アートを使うべきではないと思った。音楽に例えるなら楽譜がデザイン、演奏がアート
etymonline の design の項には“「計画し実行する、芸術的な技術で形作る」という意味は1660年代から” とある。https://bit.ly/4ymWnYP 多分、増田が生まれるちょっと前だね。
一周回って「見た目が『デザイン』」でいいよ。
なんでアートっていわないかというと、先達がアートをこすりすぎてアートという言葉が鼻持ちならないものに成り下がったからかもなと。いまの芸術マンガががむしゃら系になったのもそこに遠因があると睨んでるでよ。
Car Stylingという自動車のいわゆるデザインの雑誌があるが、あえてスタイリングという言葉を使うことで、「設計」ではないことを明確化している。
デザインという単語が広く使われているのは同意
「アート」と「デザイン」は排他関係でないから。デザインしたアートはあるでしょ
"課題も解決しておらず、使い勝手も無視し、ただ作者のエモい感情や世界観をぶつけただけの代物が「デザイン」として世に出てくる" それが何の課題解決しようとした成果物だった想像には至らないんだろうか。
デザインにアートの一部も活用する事で解決される課題もある。ひどいUIやUXを目の前にしているのであれば、それは言葉の問題ではなく、誰もがデザインもどきを作れるようになった時代とテクノロジーのせい。
デザインはロジックで良いのだが、このアートは手技から考えた方が良い。>一方でアートとは、己の内面を表現し、世界に問いを投げかける行為だ。
課題解決を放棄(あるいは失敗)した欠陥WEBサイト(あるいはプロダクト)は「ダメなデザイン」でしょう。何故それを「アート」と呼びたいのか
アートを「己の内面を表現」みたいに狭苦しく捉えないでほしい。もっと自由だよ。
罵倒語としてのアート
アートって言われると脳みそ使ってなさそうって言われてる気分になる。
グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、ファッションデザイン、組織デザイン、ライフデザイン、みんな個別に名乗ればよい。「デザイナー」の肩書きが分かりにくすぎる。
もともと設計とか計画って意味だからな。むしろグラフィックデザインのことをデザインというのがアレだと気づいたほうがいいと思うよ。ただまぁ、かなり面倒だけど。
「デザインは機能設計」、若い時にめちゃくちゃ考えたな…あともう一つ「デザインには需要が発生してないと成立しない」ってのもあった。
デザインを学ぶとわかるDesignという言葉を日本語で言い表す難しさ。なんなら対応する日本語単語は無いと言ってもいいくらい。そういう意味では日本にはDesignという概念がそもそも無いんだよね。
何十年も同じことを言われてるから正解はないよね。見た目を切り分けるための「スタイル」とかの言葉も浸透しなかったし。
"みんな(君も)" はあんまり見ない言い回しやね。どういうデザインなん?
初めて意味を複数調べたかも、今まで「見た目」のデザインだったけど、「プロセス」のデザインの方がカッコイイね
仮にデザインの定義が増田の言うとおりだったとしても、ライターを知る人が火打ち石を使う人をバカにするようなテキストを書くのは、コミュニケーションデザインとしてどうなのだろうか
導入の体験の⋯生き方の⋯からだと、思ったのと違う着地点だった
言いたい事は「言葉の定義」なのか「失敗デザインなのか」はっきりしてくれ。
ゲームでは「アーツ」なのにね。アートはアートで芸術に寄りすぎた。芸術は芸術で芸と術を抽象化しすぎた。アートは術(すべ)、デザインは図(はかり)。おまえはセン。
この勢いならたまにコサインが混じっていても気付かれない
デザインは意識でアートは意図なのだ
体系がアートで個々の手段がデザインみたいなものだと思ってた リベラルアーツってデザインを含んでいるよね?
東大のUTokyo College of Designも慶應の総合デザイン工学専攻も、何がデザインなのかという問いにあまり答えてないとは思う。
「現代アート、略してアート」が前提にある人はアカデミックな界隈だけかと
逆に「設計」という広い意味の言葉なのに「装飾」的な狭い意味でしか使われてない感じもする
広告業界がデザインを我が物顔で使ったせいで目立てば良いみたいな似非デザインが台頭したり課題解決のための各種の設計が行われないものでもデザインを名乗るようになってしまった
日本語で「デザイン」というと、意匠・装飾みたいなニュアンスだけど、英語のdesignは「目的を持って計画する、設計する、指定する」という行動や仕組みそのものを指す。世間は前者でこの増田は後者なのでズレがある。
用を足さなければ、それはデザインじゃない。
籔内佐斗司さんに記事が上がってたけど、童子シリーズとせんとくんを「課題解決」だけで説明するのは難しいのでは。デザインが文化的側面も請け負ってる以上、デザインかアートかだけで切り分けれない気がするけど
釣り
一般的なレベルでの会話だと、デザインとアートの区別がないんじゃないかな、言葉として。
メカニズムも使いすぎ
言葉の限界問題。認知のズレは、感情や認識を言葉にすると3〜7割圧縮される。相手はその圧縮された言葉を、独自の辞書で解凍する。疎通したい欲求とズレが発生する構造のせめぎ合い。漢字はファンクションできる発明
本邦においてはグラフィックデザインのことをデザインって略したやつが諸悪の根源
またデザインが敗北してる。たまには勝ってるところを見せてよ
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「一方でアートとは、己の内面を表現し、世界に問いを投げかける行為だ」これもだいぶ揺らいでる。村上隆を代表する現代「アート」は既に「現代アート」という市場に向けて「デザイン」された商品ではないか。
おおかた同意できる。たしかに「見た目を作る=デザイン」と勘違いされている節はあるし、その使い方にはちょっとイラっともする。
「ぼくがかんがえたさいきょうのあーととでざいんのていぎ」笑
de+sign(無駄削り本質表現) → 設計+意匠 → 設計(出会いから完パケまで)と全範囲になった結果みんな好き勝手に「デザイン」を使えるようになった印象。もはや哲学用語。みんな像のピントの話ししてる
デザインは「意匠」でアートは「術」だろ 形がデザインで使用例がアートだから人生のデザインは人生って多要素をひとまとめにしたタイトル設計でそれつかった人生の結果がアートだろ 兵法を英語にしてみなよ
これ良く話してる。みんなデザインって言い過ぎ問題