“俺が大学に行けたのはこれがデカい 俺はポケモンの本を読むために自主的にカタカナ、ひらがな、漢字を学び、仮面ライダーの怪人名称から英語に興味を持ち調べることを身につけた”
東大に行った”後”なら、子供の頃のポケモンまで教育法になる。生存者バイアス。
自分の子どもには毎晩頑張ってひらがなは教えた。カタカナはきかんしゃトーマスの図鑑を見て自分で読めるようになった模様。
ゲームの話ばっかりしてたら頭良くなるんじゃなくて、ゲームの話をきちんと理解してあげた上で、そこから興味の裾野を広げてあげられるような会話をすることができたら、だなぁ。本質はあるけど容易に真似できない。
うちの娘が戦国武将にやたら詳しくなったのは『新・信長公記』ってイケメンドラマを一緒にキャッキャしたのをきっかけに『戦国武将大事典』を渡したから。先日「岐阜関ヶ原古戦場記念館」のシアターで大興奮してたw
遊びが学びに変わる瞬間をうまく捉えてるな。ドラクエで語彙増えたのはあるあるだわ
2000年代に会社の同僚が父親にgoogle検索のやり方を教えたら次の日にはエロサイトを検索していた、と聞いて何歳になっても学びは得られるものだなあと。
16進数の話が出るたびにファミコンの初代ドラゴンクエストの話をしてしまう困った老人になってしまった/あと、大学のドイツの授業ではファンタシースターにお世話になりました
「タンタンの冒険」が好きで海外に興味持ったって言ったら「薄いね」と教授に言われた私もいますが……ちな外国語学部
知的好奇心はいくらでも見せびらかしていいんだ
いくら賢くても大学受験は暗記しないと点数取れないとこある。興味を伸ばすだけでは足りん
まあ部活がこれであるが
シルバーウィーク後半にふさわしい話題だ。
そう考えると昔は教科書や図書室の本、友達との何気ない遊びが、今のその娯楽だったというかそれらが今のコンテンツ商品に置き換わったのか。貨幣価値に置き換わると寂しさもあり進化を感じもしたり。
こういうのに「マジで助かる」だとか「本質」だとか、オーバーな表現よねえ。まあそれが目立ってなんぼのSNSなんだろうけど。
ポケモンカードは頭を凄く使う。文章を読んで正確に理解でき、作戦を考えられて、計算ができ、他人とコミュニケーションが取れる、という総合力が問われるゲームだ。皆、頭が凄くいい。有難がってるのはよくわからん
子どもによって元の地頭レベルに大きく差があると思うから、理解できるけど興味のあるものと接続できてない子には良いんだろうね。雰囲気だけでポケモンやってる子もいっぱいいると思う。
ダーツの旅で2桁の引き算ができない戦車好きの子に戦車の数で引き算させたらなぜかできるやつだ。
好きなことを入り口にそこで何かに気づいて興味が広がっていけば良いが、ドーパミンの刺激にただ受動的に身を任せるだけの場合が多いんじゃないだろうか。
マイクラとかドラえもんとかをモチーフにした学習教材は山程あるわけで、そこまで目新しいことでもないのでは…
このひとはこういう指導ができるけど、雇っている人たちはどうかなという気もする。俺はそういうふうにやってきたぜ系経営者っぽい視点。
これはすごく〜そこそこ地頭の良い子の自由を義務教育の(特に公立)学校という場で如何に確保するか親や地域が環境を用意できるかという話でもある。義務教育学校の学びは大事だけど窮屈なので。
「賛否はあるけどみんななんとなく思ってる普通のこと」をそれっぽい人が言ってくれたからバズったパターンだな。
自分から進んでやるようになるのが1番勢いよく続けられるってことなのかな~。
「サイコキネシス」という単語はポケモンで知ったな
ポケモンカード ガチなんだよね ベンチの敵を倒すのに補数の概念が有用。自分でデッキ組み始めると60枚デッキに3枚入れるか4枚入れるかの判断で、おのずと期待値が理解できる。息子と一緒によくやってたよ。
身近なもので勉強のやり方を教えるのは教師として大事な素質ではあるだろう
「東大行った人のこういう情報、マジで助かる」『勉強を教えない家庭教師が、ポケモンの話ばかりする理由』という記事が遊びから学ぶ本質を教えてくれる
“俺が大学に行けたのはこれがデカい 俺はポケモンの本を読むために自主的にカタカナ、ひらがな、漢字を学び、仮面ライダーの怪人名称から英語に興味を持ち調べることを身につけた”
東大に行った”後”なら、子供の頃のポケモンまで教育法になる。生存者バイアス。
自分の子どもには毎晩頑張ってひらがなは教えた。カタカナはきかんしゃトーマスの図鑑を見て自分で読めるようになった模様。
ゲームの話ばっかりしてたら頭良くなるんじゃなくて、ゲームの話をきちんと理解してあげた上で、そこから興味の裾野を広げてあげられるような会話をすることができたら、だなぁ。本質はあるけど容易に真似できない。
うちの娘が戦国武将にやたら詳しくなったのは『新・信長公記』ってイケメンドラマを一緒にキャッキャしたのをきっかけに『戦国武将大事典』を渡したから。先日「岐阜関ヶ原古戦場記念館」のシアターで大興奮してたw
遊びが学びに変わる瞬間をうまく捉えてるな。ドラクエで語彙増えたのはあるあるだわ
2000年代に会社の同僚が父親にgoogle検索のやり方を教えたら次の日にはエロサイトを検索していた、と聞いて何歳になっても学びは得られるものだなあと。
16進数の話が出るたびにファミコンの初代ドラゴンクエストの話をしてしまう困った老人になってしまった/あと、大学のドイツの授業ではファンタシースターにお世話になりました
「タンタンの冒険」が好きで海外に興味持ったって言ったら「薄いね」と教授に言われた私もいますが……ちな外国語学部
知的好奇心はいくらでも見せびらかしていいんだ
いくら賢くても大学受験は暗記しないと点数取れないとこある。興味を伸ばすだけでは足りん
まあ部活がこれであるが
シルバーウィーク後半にふさわしい話題だ。
そう考えると昔は教科書や図書室の本、友達との何気ない遊びが、今のその娯楽だったというかそれらが今のコンテンツ商品に置き換わったのか。貨幣価値に置き換わると寂しさもあり進化を感じもしたり。
こういうのに「マジで助かる」だとか「本質」だとか、オーバーな表現よねえ。まあそれが目立ってなんぼのSNSなんだろうけど。
ポケモンカードは頭を凄く使う。文章を読んで正確に理解でき、作戦を考えられて、計算ができ、他人とコミュニケーションが取れる、という総合力が問われるゲームだ。皆、頭が凄くいい。有難がってるのはよくわからん
子どもによって元の地頭レベルに大きく差があると思うから、理解できるけど興味のあるものと接続できてない子には良いんだろうね。雰囲気だけでポケモンやってる子もいっぱいいると思う。
ダーツの旅で2桁の引き算ができない戦車好きの子に戦車の数で引き算させたらなぜかできるやつだ。
好きなことを入り口にそこで何かに気づいて興味が広がっていけば良いが、ドーパミンの刺激にただ受動的に身を任せるだけの場合が多いんじゃないだろうか。
マイクラとかドラえもんとかをモチーフにした学習教材は山程あるわけで、そこまで目新しいことでもないのでは…
このひとはこういう指導ができるけど、雇っている人たちはどうかなという気もする。俺はそういうふうにやってきたぜ系経営者っぽい視点。
これはすごく〜そこそこ地頭の良い子の自由を義務教育の(特に公立)学校という場で如何に確保するか親や地域が環境を用意できるかという話でもある。義務教育学校の学びは大事だけど窮屈なので。
「賛否はあるけどみんななんとなく思ってる普通のこと」をそれっぽい人が言ってくれたからバズったパターンだな。
自分から進んでやるようになるのが1番勢いよく続けられるってことなのかな~。
「サイコキネシス」という単語はポケモンで知ったな
ポケモンカード ガチなんだよね ベンチの敵を倒すのに補数の概念が有用。自分でデッキ組み始めると60枚デッキに3枚入れるか4枚入れるかの判断で、おのずと期待値が理解できる。息子と一緒によくやってたよ。
身近なもので勉強のやり方を教えるのは教師として大事な素質ではあるだろう