”ゴメン言ってるヒマがあったら情報を吐け”っていうのも”このゴメンは謝罪じゃなく、許しという施しを得ようとする甘えた乞食言葉”ってのもロジックとしては分かるんだけど、アメリカ人もそんな徹底してるのかな
すっかり愚父、愚母が口癖になっていたところだった。
どういう出だしにするかどうかで、評価が大きく変わるなら「結局は中身を理解してないのではないか?」という疑いが出てくるな。
謙遜のつもりで免罪符にする癖への指摘がぐのねも出ないほど正論だった
ぶっちゃけ今の日本で同じこと言ったらパワハラだけどね。学生指導という免罪符がついてようやくだろう
お前らアメ公がいつも馬鹿にしてくるからこちらは卑屈になっとんじゃ
なぜ謝るんだい?君の英語は下手だよ。
大谷さんが「自分なんてたいしたことないですよ」って謙遜したら何が起きるんだろう?
聴いている側の「素人質問で申し訳ないのですが」も駄目ってことかな。
"アメリカでも「俺すごいだろ?俺最高だろ?」という態度だとそれはそれででも嫌われる"妙だな…(現大統領の顔を思い浮かべながら)
貧乏なイギリス人に申し訳ない
文化の違いなだけやろ
怒ってる側も聴衆の時間を奪ってるのでは。
ごめんね素直じゃなくて
いい説教だ。こういうのこそ高知性で生産的なコミュニケーションだと思う。ただ、「チームの皆に感謝」みたいな笑顔集合写真の謝辞スライドがあって当然みたいな認識になるとそれはそれで息苦しいが。
なるほど、「謙虚」と一口に言っても、自分を下げる日本式と、自分の周囲を持ち上げるアメリカ式と。後者の方がポジティブだな。
これ分かる。仕事の出来る人たちは成果発表の途中に息を吐くように「これは彼のお陰で」とか「ここは彼女の成果で」みたいな謝意フレーズを入れてくるのよね。
何謝っとんじゃこらあ。謝った事を謝れ。
日本でも「君の態度は単に自信ない奴と取られるだけで、発表の信憑性が下がる」は同じだと思うが。自分から大した研究ではないと言ってる発表に時間を割きたい人はいないし、学会でもダメな学生でしか見たことない。
「謙虚さ」の表現方法が日本と欧米で違うって感じかな〜?どっちにしても卑屈にはならない方がいいよね。
謙虚と卑下の境界線派置いておいて、必要なのは「感謝」と「尊敬」。コレを忘れるべからず
「指導教官」という生物は、国を問わず邪悪。「言語の七番目の機能」第1部11を読もう。だから忘れるのが良いし、直接反撃できるなら、時間を置いてやるのがいい。
あ、レースや試合の選手インタビューでも海外の選手って、必ずチーム、スタッフ、メーカー、スポンサーなどにお礼言ってるわたしかに。
どれも同程度には善き美徳で、同程度にはつまらない因習 それが文化
卑下は日本でもやめるべきだと思う。ただの言い訳だし話題と関係が無い。
怒ってる側も時間を奪ってるって、指導教員って書いてるからそれが仕事やろ。学会発表とかでなく研究室とかでの発表じゃね
いい話。でも移民など非ネイティブと関わる機会が多いからそうなるのかな。俺は外国人の拙い日本語を笑う奴が嫌いなんだよな。
謝辞については、半ば研究成果を奪ったみたいな敵対的ケースもあるから「そうじゃないんだよ」って意味もある気がする。
なんかそこまで言われると「それはお前らの価値観の押し付けだろ」とも思っちゃうな。それを押し付けてくるなら、日本に来たら謙虚に振る舞えよ?とも。
ムネリンも中学英語でも堂々と喋ってたから好印象なんだろうな
卑下は自分のかわいそうランキングを上げようとする姑息なテクニック
アメリカで成功するのは大変気苦労が多いことがよく分かりました。
アカデミー賞でも受賞した人ってとりあえず謝辞から始めるよね。逆に日本アカデミー賞でそれやるとシラケることがある
国際学会で、ネイティブスピーカーよりも英語圏じゃない人たちの発表の方が聞き取りやすいことはしばしばある。
アメリカ訛りの英語が一番わかりづらい(過激派)
伝えるべき内容を伝えられないのなら、後で一人で反省して英語の練習をしたら良い。痛いアドバイスは成長のために必要だから、とても良い機会をもらっているのだと心から思うよ。
自分を下げるのはともかく「愚息」とか、身内まで一緒に下げる文化は国内でも合わんくなってるかと。慣習だけど、外からの電話で「〇〇は只今、席を…」って、親しくもない人間に何で呼び捨てにされなアカンねんと。
“自分を卑下する感じ(私なんか全然大したことないですよ等)だと評価は散々。発表の信憑性が下がる。でもアメリカでも「俺すごいだろ?」だとそれはそれで嫌われる。自信満々で発表しつつ、人を褒めよう”
「うるせえ、俺は日本人だから堂々と謙遜するし、聴衆にも付き合ってもらうぜ。自分のプレゼンにおいては全てが自分の時間だから、どう使おうと自分の勝手だ。」みたいな態度でも良いんじゃないのかとは思った。
もういっそ辞書から恐縮とかあの手の言葉を削ったらどうかとわりと本気で思ってる。自分で下に下にって文化はもう終わりにしたらいいよ
単純にプレゼンが下手なだけなのでは。何かアイスブレイク的なものを挟もう
AIが「すいませんこれは私のミスです」っていちいち言ってくる事にも同じ事思ってる
内容で正しく評価してもらうまでのハードルが多いな。
そう教えてもらえたのだからありがたいこと。
強者の理論なんだよなあ…
カルチャーギャップの洗礼。他にもしでかしてそう。/あと最後のエントリ、日本でもそうだよ。他人、問題、課題に向き合う姿勢が人生にはとても効く。誰しもクソプライド部分があるため複利で悪い方向に突き進む。
小説のあとがきで延々とこの人の助けがあったからと書くのはこういう文化だからなのか
卑下しすぎるのはよろしくないと思うが、自分に与えられた時間をどう使うかは本人次第。というか私の中でアメリカ人に対する評価が近年ダダ下がりなので、彼らの発言なんか気にしなくていいんじゃないかなと思う
某エンジニア用質問サイトで同じようなウザいやついたなあ。うっかり初心者を名乗ろうものなら愚痴愚痴説教してくるんよ。そんで肝心の質問には答えない。ダラダラ説教するだけだからマジウザかった。
クソすべってんのにユーモアらしきものを入れてくるオッサンと同じだな
下手なのは聞きゃわかるしね、わざわざそんなことないよとか大丈夫とか言わせる必要はない
面白いのはアメリカでも「俺すごいだろ?俺最高だろ?」という態度だとそれはそれででも嫌われるということ。じゃあどうすればいいかというと、プレゼンなどをするときは自信満々で発表しつつ、人を褒めるといい。
時間を奪わないために謝罪は不要、と
nuara 小学生並の屁理屈やめてw
“プレゼンテーションするときは必ず"謝辞(acknowledgements) "のページを作りましょう。通常は最後に謝辞を述べますが、一番最初にこれを述べる発表者もいます。謝辞がないと非常にネガティブな印象を与えます。”
言いたくなる気持ちはわかる。ヨーロピアンも2外組は言うよ/私は本当に下手だったのでそれ言うとシーンとなっちゃって、いたたまれなくなったので言うのはやめた。言って突っ込んでもらえるのはそこそこできる人かも
アメリカ人が書いた本は謝辞がやたら長いよね。誰やねんと思いつつ律儀に流し読む。
トランプにも教えてあげたいね
日本でも卑下と謙遜は全然違うけどね
文化の違いを知っているのに強く怒る教授にも違和感あるな。指導されても繰り返してたならまだしも。文化の否定は争いの火種なのに。
これは全くその通りで、書かれていない研究者特有の理由としては、卑下は強制的に上下関係を作るから、対等な個人として議論を重ねることを前提する研究者コミュニティで許されないのよ。院生は研究者の卵なのだから
アメリカでも謙虚(Humble)は美徳
「英語下手でごめんね」こういうエクスキューズはまじで要らない。日本語でもこれ系の予防線は人をイラつかせるだけでなんの効果もない
英語下手に限らず、分かりきっていることをいちいち言われるのはうんざりするというのが普通の感覚だと思う。そういう人が多い場合はなおさら。
下手だと言っておくとアホみたいに長い文章話してきたり、知的な表現してこなくなるので、個人的にはよいと思っている。情報を得るのが目的の場合。
適度な謙虚は美徳。ただネガティブ度がすぎると悪印象になるだけ。度合いは難しいね。/日本語も、意味の伝達に無意味な作法は沢山あるなあ。メンションに「さん」付けとか
所属研究室の担当教員に、そんなExcuse入れて優しくされると思うなよって言われて、自分もハッとさせられたなあ
確かに海外小説なんかもは日本に比べて、最初に〇〇に捧げるとか、最後に謝辞がのべられたりすることが多いな。
謙虚と卑下は違う、なるほど/最後のポストいい話だね
こないだ英語で研究発表(というほどでは無いが)する時に、カンペ読んでただけだけど、自信満々のフリしてたら、英語ペラペラと勘違いされて、あとで大変難儀した。
え、冷たいな、と思ったけど、指導教授だから“指導”されていたのか。「私の日本語よりマシだろ」みたいに言われたことはある。「自信満々で発表しつつ、人を褒めるといい」
アメリカが特殊。Judge Judy に、いけしゃあしゃあと出演して、屁理屈まみれの自己弁護を全国放送されても、アメリカでは堂々としていればヨシ、とされる。欧州だと社会が多言語すぎて、まぁ、ゆるい
仕事で相手先の偉いさん達とさんざんこの手のコミュニケーション取った(取らされた)が卑下は良くない。謙遜と紙一重だけど自信がないとつい卑下寄りになる。あと率直さは超大事。見え透いた謝辞は見透かされるw
そういうの、分かりやすくていいなって思うけど、じゃあ実際住んでみたいかって考えるとちょっと悩む。
『謝辞がないと非常にネガティブな印象を与えます。ほんとです。』小説とかも冒頭から謝辞出てきたりするもんなーそういう文化なのか
関係ないけど質問のときに貴重なお話ありがとうございましたもいらん
"プレゼンなどをするときは自信満々で発表しつつ、人を褒めるといい。この成果はチームメイトが頑張ってくれたおかげ、支えてくれた裏方さんのおかげ、などなど""謝辞がないと非常にネガティブな印象を与えます"
打ち合わせで、時間無いのでさくっと話しますねって言う人に同じこと思ってる時はある
この手の挨拶定型文にわざわざ突っ込んでくるほうがどうかしてる。一言なら時間取らんやろ
その結果がトランプっすか笑
伝えようとするハートが重要、日本にいる外国人でもそうだろ
本題と関係ない自分のエクスキューズっていらなすぎてほんともったいない。
要は、アメリカ人は謙虚ということも理解できない野蛮人、ってことかな?
正しい謙虚さ 卑下せず周囲を称賛する 日式は意味ないどころか自身の評価下がるだけ
「自信満々で発表しつつ、人を褒めるといい」おお西洋式の礼儀、騎士道精神だ!
多分特にアメリカでは、いかに今自分がリラックスした状態でこの会話・プレゼンをしているかを半分は自然に半分は努力でアピールしてる気がする。自信やオープンが備わってない人間でも「リラックス」はできるはず。
面白い。洋書なんかでも長々と謝辞のページがあるけど、あれすごい大切にされてるのか「プレゼンテーションするときは必ず"謝辞"のページを作りましょう。(中略)謝辞がないと非常にネガティブな印象を与えます。」
よく日本語で考えずに英語で考えろってアドバイスがあるけど、それと一緒で日本人OSじゃなくてアメリカ人OSで考える必要がある。
プレゼンはそもそも空気作りから内容まで「伝えること」の集大成なのでそれ以外の要素は徹底して消すのが鉄則。「どう受け取られるか?」なので日米関係なく聴衆の立ち位置によって設計しないといけない。
内容以外のテクニックが重視されるのは本来無駄なので、不要になる方向に進んだ方がいいとおもうが。
みんな今日は来てくれてありがとう!
英語教育を受けていれば、アメリカ人が「言葉が下手ですみません」なんて言わなそうだということくらいわかる気がするが。
コメントの「怒った指導教官も他人の時間を奪ってる」はもっともな話。後で言うとかいくらでも方法はあった。アメリカも思ったよりレベルが低いんだな。
大勢の前で話をする時「話をまとめるのが下手なんですが」とか言わない方がいいのは確か。
日本でアメリカ人がアメリカ流の振る舞いしてるのを怒る教授がいたら無理解を責められると思う。だから…アメリカが不寛容なのか日本が寛容なのか。
「自信満々で発表しつつ、人を褒める」プレゼンばっかり聞いててよく飽きないな。他人の話を延々と同じトーンで聞いてるだけだと眠たくならんか。
褒められた時に謙遜して自分を下げたりするのほんと嫌い。そこは明るく「ありがとう」だろって。特に身内下げがめちゃくちゃ嫌い。自分は絶対しないし「うちの嫁なんか全然」とか言ってるやつは殴りたくなる。
姿勢の問題では?アメリカは日本以上に気を使う文化であるし、「ごめんね」で終わると「質問するな」という牽制にみえる。「上手くないので分からなければすぐ質問して」なら受け入れられると思うが
もうアメリカでわ〜はいいんだよ
言い訳がましい謝罪をするくらいなら、ちゃんと準備や練習をしろ、ってことだよな。それにふさわしい成果を持ってるのだから、という援護も込めて。
アカデミー賞とか周囲への感謝の方が長いくらいのスピーチやもんな。日本人は謙虚と卑下を同じように使うが、米人は厳しく分けてる気がする。"そそっかしくてすみません"的な謝罪をすごい勢いで否定されたコトあるわ
謝辞的なことを話したら同じように言われるものかしら? と考えてみれば、文字通り受け取るものではないと思います。けどまあ、同じ意味で、自分の不安と言い訳に閉じ篭もるなって話でもあるのでしょうけれどもね。
自己卑下より周囲への感謝を、という話
アメリカまで行かなくても、日本国内でも、私の稚拙な論を展開させていただきますとか言われたら、なんかちょっとむかつくけどね。だったら出てくんなよって思う。
「堂々としつつ、助けてくれた周囲の人を褒めろ」と。「すみません、よりもありがとうと言え」に通じる。
多分「アメリカ」は本質ではなく、プレゼン一般に自ら発表の価値を下げる物言いを避けるべきなのは当然と思う
インド人なんて何回聞き返されても自信満々だからな。日本だって「初心者ですみません」みたいな言い方嫌う人いるしね
長い謝辞こそ無用だと思ってしまう。尊重はするが
言いたいことは分かるが、英語話者の傲慢も感じる。日本に来てる留学生が拙い日本語で頑張ってプレゼンして日本語下手を謝ったら日本人教員にこんな風に怒られたという話だったらはてブの反応はどうだったろう?
本当にポーズだけの卑下ならまだマシだけど、その内「そんなことないよ」のヨシヨシ待ちの精神にも繋がるからだいぶダルいとは思う。
卑下するのは卑怯な態度なんだけど、謙遜と間違えやすい。
謙虚は、卑下とは似て非なる概念。相手への敬意と同時に自身が今後成長する意欲があって謙虚となる。卑下よりも成長を、謙遜よりも他者への感謝を。
洋書の謝辞長すぎて腹立つけどな。あんなの意味ない
わからんでもない
アメリカで大学院生の頃、研究発表プレゼンで「英語下手でごめんね」と言ったら「下手なのは聞けばわかる。そんなことで聴衆の時間を奪うな」と、くそ怒られた
”ゴメン言ってるヒマがあったら情報を吐け”っていうのも”このゴメンは謝罪じゃなく、許しという施しを得ようとする甘えた乞食言葉”ってのもロジックとしては分かるんだけど、アメリカ人もそんな徹底してるのかな
すっかり愚父、愚母が口癖になっていたところだった。
どういう出だしにするかどうかで、評価が大きく変わるなら「結局は中身を理解してないのではないか?」という疑いが出てくるな。
謙遜のつもりで免罪符にする癖への指摘がぐのねも出ないほど正論だった
ぶっちゃけ今の日本で同じこと言ったらパワハラだけどね。学生指導という免罪符がついてようやくだろう
お前らアメ公がいつも馬鹿にしてくるからこちらは卑屈になっとんじゃ
なぜ謝るんだい?君の英語は下手だよ。
大谷さんが「自分なんてたいしたことないですよ」って謙遜したら何が起きるんだろう?
聴いている側の「素人質問で申し訳ないのですが」も駄目ってことかな。
"アメリカでも「俺すごいだろ?俺最高だろ?」という態度だとそれはそれででも嫌われる"妙だな…(現大統領の顔を思い浮かべながら)
貧乏なイギリス人に申し訳ない
文化の違いなだけやろ
怒ってる側も聴衆の時間を奪ってるのでは。
ごめんね素直じゃなくて
いい説教だ。こういうのこそ高知性で生産的なコミュニケーションだと思う。ただ、「チームの皆に感謝」みたいな笑顔集合写真の謝辞スライドがあって当然みたいな認識になるとそれはそれで息苦しいが。
なるほど、「謙虚」と一口に言っても、自分を下げる日本式と、自分の周囲を持ち上げるアメリカ式と。後者の方がポジティブだな。
これ分かる。仕事の出来る人たちは成果発表の途中に息を吐くように「これは彼のお陰で」とか「ここは彼女の成果で」みたいな謝意フレーズを入れてくるのよね。
何謝っとんじゃこらあ。謝った事を謝れ。
日本でも「君の態度は単に自信ない奴と取られるだけで、発表の信憑性が下がる」は同じだと思うが。自分から大した研究ではないと言ってる発表に時間を割きたい人はいないし、学会でもダメな学生でしか見たことない。
「謙虚さ」の表現方法が日本と欧米で違うって感じかな〜?どっちにしても卑屈にはならない方がいいよね。
謙虚と卑下の境界線派置いておいて、必要なのは「感謝」と「尊敬」。コレを忘れるべからず
「指導教官」という生物は、国を問わず邪悪。「言語の七番目の機能」第1部11を読もう。だから忘れるのが良いし、直接反撃できるなら、時間を置いてやるのがいい。
あ、レースや試合の選手インタビューでも海外の選手って、必ずチーム、スタッフ、メーカー、スポンサーなどにお礼言ってるわたしかに。
どれも同程度には善き美徳で、同程度にはつまらない因習 それが文化
卑下は日本でもやめるべきだと思う。ただの言い訳だし話題と関係が無い。
怒ってる側も時間を奪ってるって、指導教員って書いてるからそれが仕事やろ。学会発表とかでなく研究室とかでの発表じゃね
いい話。でも移民など非ネイティブと関わる機会が多いからそうなるのかな。俺は外国人の拙い日本語を笑う奴が嫌いなんだよな。
謝辞については、半ば研究成果を奪ったみたいな敵対的ケースもあるから「そうじゃないんだよ」って意味もある気がする。
なんかそこまで言われると「それはお前らの価値観の押し付けだろ」とも思っちゃうな。それを押し付けてくるなら、日本に来たら謙虚に振る舞えよ?とも。
ムネリンも中学英語でも堂々と喋ってたから好印象なんだろうな
卑下は自分のかわいそうランキングを上げようとする姑息なテクニック
アメリカで成功するのは大変気苦労が多いことがよく分かりました。
アカデミー賞でも受賞した人ってとりあえず謝辞から始めるよね。逆に日本アカデミー賞でそれやるとシラケることがある
国際学会で、ネイティブスピーカーよりも英語圏じゃない人たちの発表の方が聞き取りやすいことはしばしばある。
アメリカ訛りの英語が一番わかりづらい(過激派)
伝えるべき内容を伝えられないのなら、後で一人で反省して英語の練習をしたら良い。痛いアドバイスは成長のために必要だから、とても良い機会をもらっているのだと心から思うよ。
自分を下げるのはともかく「愚息」とか、身内まで一緒に下げる文化は国内でも合わんくなってるかと。慣習だけど、外からの電話で「〇〇は只今、席を…」って、親しくもない人間に何で呼び捨てにされなアカンねんと。
“自分を卑下する感じ(私なんか全然大したことないですよ等)だと評価は散々。発表の信憑性が下がる。でもアメリカでも「俺すごいだろ?」だとそれはそれで嫌われる。自信満々で発表しつつ、人を褒めよう”
「うるせえ、俺は日本人だから堂々と謙遜するし、聴衆にも付き合ってもらうぜ。自分のプレゼンにおいては全てが自分の時間だから、どう使おうと自分の勝手だ。」みたいな態度でも良いんじゃないのかとは思った。
もういっそ辞書から恐縮とかあの手の言葉を削ったらどうかとわりと本気で思ってる。自分で下に下にって文化はもう終わりにしたらいいよ
単純にプレゼンが下手なだけなのでは。何かアイスブレイク的なものを挟もう
AIが「すいませんこれは私のミスです」っていちいち言ってくる事にも同じ事思ってる
内容で正しく評価してもらうまでのハードルが多いな。
そう教えてもらえたのだからありがたいこと。
強者の理論なんだよなあ…
カルチャーギャップの洗礼。他にもしでかしてそう。/あと最後のエントリ、日本でもそうだよ。他人、問題、課題に向き合う姿勢が人生にはとても効く。誰しもクソプライド部分があるため複利で悪い方向に突き進む。
小説のあとがきで延々とこの人の助けがあったからと書くのはこういう文化だからなのか
卑下しすぎるのはよろしくないと思うが、自分に与えられた時間をどう使うかは本人次第。というか私の中でアメリカ人に対する評価が近年ダダ下がりなので、彼らの発言なんか気にしなくていいんじゃないかなと思う
某エンジニア用質問サイトで同じようなウザいやついたなあ。うっかり初心者を名乗ろうものなら愚痴愚痴説教してくるんよ。そんで肝心の質問には答えない。ダラダラ説教するだけだからマジウザかった。
クソすべってんのにユーモアらしきものを入れてくるオッサンと同じだな
下手なのは聞きゃわかるしね、わざわざそんなことないよとか大丈夫とか言わせる必要はない
面白いのはアメリカでも「俺すごいだろ?俺最高だろ?」という態度だとそれはそれででも嫌われるということ。じゃあどうすればいいかというと、プレゼンなどをするときは自信満々で発表しつつ、人を褒めるといい。
時間を奪わないために謝罪は不要、と
nuara 小学生並の屁理屈やめてw
“プレゼンテーションするときは必ず"謝辞(acknowledgements) "のページを作りましょう。通常は最後に謝辞を述べますが、一番最初にこれを述べる発表者もいます。謝辞がないと非常にネガティブな印象を与えます。”
言いたくなる気持ちはわかる。ヨーロピアンも2外組は言うよ/私は本当に下手だったのでそれ言うとシーンとなっちゃって、いたたまれなくなったので言うのはやめた。言って突っ込んでもらえるのはそこそこできる人かも
アメリカ人が書いた本は謝辞がやたら長いよね。誰やねんと思いつつ律儀に流し読む。
トランプにも教えてあげたいね
日本でも卑下と謙遜は全然違うけどね
文化の違いを知っているのに強く怒る教授にも違和感あるな。指導されても繰り返してたならまだしも。文化の否定は争いの火種なのに。
これは全くその通りで、書かれていない研究者特有の理由としては、卑下は強制的に上下関係を作るから、対等な個人として議論を重ねることを前提する研究者コミュニティで許されないのよ。院生は研究者の卵なのだから
アメリカでも謙虚(Humble)は美徳
「英語下手でごめんね」こういうエクスキューズはまじで要らない。日本語でもこれ系の予防線は人をイラつかせるだけでなんの効果もない
英語下手に限らず、分かりきっていることをいちいち言われるのはうんざりするというのが普通の感覚だと思う。そういう人が多い場合はなおさら。
下手だと言っておくとアホみたいに長い文章話してきたり、知的な表現してこなくなるので、個人的にはよいと思っている。情報を得るのが目的の場合。
適度な謙虚は美徳。ただネガティブ度がすぎると悪印象になるだけ。度合いは難しいね。/日本語も、意味の伝達に無意味な作法は沢山あるなあ。メンションに「さん」付けとか
所属研究室の担当教員に、そんなExcuse入れて優しくされると思うなよって言われて、自分もハッとさせられたなあ
確かに海外小説なんかもは日本に比べて、最初に〇〇に捧げるとか、最後に謝辞がのべられたりすることが多いな。
謙虚と卑下は違う、なるほど/最後のポストいい話だね
こないだ英語で研究発表(というほどでは無いが)する時に、カンペ読んでただけだけど、自信満々のフリしてたら、英語ペラペラと勘違いされて、あとで大変難儀した。
え、冷たいな、と思ったけど、指導教授だから“指導”されていたのか。「私の日本語よりマシだろ」みたいに言われたことはある。「自信満々で発表しつつ、人を褒めるといい」
アメリカが特殊。Judge Judy に、いけしゃあしゃあと出演して、屁理屈まみれの自己弁護を全国放送されても、アメリカでは堂々としていればヨシ、とされる。欧州だと社会が多言語すぎて、まぁ、ゆるい
仕事で相手先の偉いさん達とさんざんこの手のコミュニケーション取った(取らされた)が卑下は良くない。謙遜と紙一重だけど自信がないとつい卑下寄りになる。あと率直さは超大事。見え透いた謝辞は見透かされるw
そういうの、分かりやすくていいなって思うけど、じゃあ実際住んでみたいかって考えるとちょっと悩む。
『謝辞がないと非常にネガティブな印象を与えます。ほんとです。』小説とかも冒頭から謝辞出てきたりするもんなーそういう文化なのか
関係ないけど質問のときに貴重なお話ありがとうございましたもいらん
"プレゼンなどをするときは自信満々で発表しつつ、人を褒めるといい。この成果はチームメイトが頑張ってくれたおかげ、支えてくれた裏方さんのおかげ、などなど""謝辞がないと非常にネガティブな印象を与えます"
打ち合わせで、時間無いのでさくっと話しますねって言う人に同じこと思ってる時はある
この手の挨拶定型文にわざわざ突っ込んでくるほうがどうかしてる。一言なら時間取らんやろ
その結果がトランプっすか笑
伝えようとするハートが重要、日本にいる外国人でもそうだろ
本題と関係ない自分のエクスキューズっていらなすぎてほんともったいない。
要は、アメリカ人は謙虚ということも理解できない野蛮人、ってことかな?
正しい謙虚さ 卑下せず周囲を称賛する 日式は意味ないどころか自身の評価下がるだけ
「自信満々で発表しつつ、人を褒めるといい」おお西洋式の礼儀、騎士道精神だ!
多分特にアメリカでは、いかに今自分がリラックスした状態でこの会話・プレゼンをしているかを半分は自然に半分は努力でアピールしてる気がする。自信やオープンが備わってない人間でも「リラックス」はできるはず。
面白い。洋書なんかでも長々と謝辞のページがあるけど、あれすごい大切にされてるのか「プレゼンテーションするときは必ず"謝辞"のページを作りましょう。(中略)謝辞がないと非常にネガティブな印象を与えます。」
よく日本語で考えずに英語で考えろってアドバイスがあるけど、それと一緒で日本人OSじゃなくてアメリカ人OSで考える必要がある。
プレゼンはそもそも空気作りから内容まで「伝えること」の集大成なのでそれ以外の要素は徹底して消すのが鉄則。「どう受け取られるか?」なので日米関係なく聴衆の立ち位置によって設計しないといけない。
内容以外のテクニックが重視されるのは本来無駄なので、不要になる方向に進んだ方がいいとおもうが。
みんな今日は来てくれてありがとう!
英語教育を受けていれば、アメリカ人が「言葉が下手ですみません」なんて言わなそうだということくらいわかる気がするが。
コメントの「怒った指導教官も他人の時間を奪ってる」はもっともな話。後で言うとかいくらでも方法はあった。アメリカも思ったよりレベルが低いんだな。
大勢の前で話をする時「話をまとめるのが下手なんですが」とか言わない方がいいのは確か。
日本でアメリカ人がアメリカ流の振る舞いしてるのを怒る教授がいたら無理解を責められると思う。だから…アメリカが不寛容なのか日本が寛容なのか。
「自信満々で発表しつつ、人を褒める」プレゼンばっかり聞いててよく飽きないな。他人の話を延々と同じトーンで聞いてるだけだと眠たくならんか。
褒められた時に謙遜して自分を下げたりするのほんと嫌い。そこは明るく「ありがとう」だろって。特に身内下げがめちゃくちゃ嫌い。自分は絶対しないし「うちの嫁なんか全然」とか言ってるやつは殴りたくなる。
姿勢の問題では?アメリカは日本以上に気を使う文化であるし、「ごめんね」で終わると「質問するな」という牽制にみえる。「上手くないので分からなければすぐ質問して」なら受け入れられると思うが
もうアメリカでわ〜はいいんだよ
言い訳がましい謝罪をするくらいなら、ちゃんと準備や練習をしろ、ってことだよな。それにふさわしい成果を持ってるのだから、という援護も込めて。
アカデミー賞とか周囲への感謝の方が長いくらいのスピーチやもんな。日本人は謙虚と卑下を同じように使うが、米人は厳しく分けてる気がする。"そそっかしくてすみません"的な謝罪をすごい勢いで否定されたコトあるわ
謝辞的なことを話したら同じように言われるものかしら? と考えてみれば、文字通り受け取るものではないと思います。けどまあ、同じ意味で、自分の不安と言い訳に閉じ篭もるなって話でもあるのでしょうけれどもね。
自己卑下より周囲への感謝を、という話
アメリカまで行かなくても、日本国内でも、私の稚拙な論を展開させていただきますとか言われたら、なんかちょっとむかつくけどね。だったら出てくんなよって思う。
「堂々としつつ、助けてくれた周囲の人を褒めろ」と。「すみません、よりもありがとうと言え」に通じる。
多分「アメリカ」は本質ではなく、プレゼン一般に自ら発表の価値を下げる物言いを避けるべきなのは当然と思う
インド人なんて何回聞き返されても自信満々だからな。日本だって「初心者ですみません」みたいな言い方嫌う人いるしね
長い謝辞こそ無用だと思ってしまう。尊重はするが
言いたいことは分かるが、英語話者の傲慢も感じる。日本に来てる留学生が拙い日本語で頑張ってプレゼンして日本語下手を謝ったら日本人教員にこんな風に怒られたという話だったらはてブの反応はどうだったろう?
本当にポーズだけの卑下ならまだマシだけど、その内「そんなことないよ」のヨシヨシ待ちの精神にも繋がるからだいぶダルいとは思う。
卑下するのは卑怯な態度なんだけど、謙遜と間違えやすい。
謙虚は、卑下とは似て非なる概念。相手への敬意と同時に自身が今後成長する意欲があって謙虚となる。卑下よりも成長を、謙遜よりも他者への感謝を。
洋書の謝辞長すぎて腹立つけどな。あんなの意味ない
わからんでもない