“しかし今、多くのことを知って、自分に向けて投げていた石を初めて手放すことができています。”
この先輩はいい宣教師になれると思う。「教え」ってこういうことなんだろうな。
天はこの娘に、料理や裁縫や傾聴が不向きなぶん、あるいはそれ以上に、類まれなる言葉の力を与え給うた。
コリントの信徒への手紙一12章14~18節「身体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。」 ”人は一人一人違います。それが自然なことだと知っていることは、心を照らす蝋燭の火になります。”
素敵な文章
朝からずっとアクセス集中していて読めなくて、今やっと読めた。とてもかっこいい先輩。
いいな
全然表示できない
素敵や
町田康以上の疾走感と深い教唆をあわせもつ文章。ものすごい才能をもった高校生があらわれた(´・ω・`)
奢るのがハーゲンダッツなのがいかにもお嬢様という感じ。
ワシもここで学びたいのう。決して邪な考えは持っておらんのだが。
花子とアン の村岡花子の出身校やね。
こういうのを見ると、やっぱり私学は色んな子どもに居場所がありそうだ、というそれだけで価値があると思う。
こういう「工夫すればなんとかなる」程度のものと「お気に入りのコップが割れたので水をのむことを拒否して死んでしまう」というのを同じ「ASD"スペクトラム"」だってことにするのもだいぶ欺瞞だよな
見れない。サーバが落ちているくらいバズっているのか?
すごい、すでに達観している。この人の一つ下の女子高生に生まれ変わってあこがれの先輩を崇める2年間を過ごしたい
朝から良いものを読んだ
東洋英和に通ってるってことは、勉強得意な子なんだろう。勉強得意で実技系苦手だと公立高校受験は大変だから、私学でよかったのかも/内向けに話した内容が公開されるのはどうなのかな。本人了承の上ならいいけど
朝から心が澄み渡った。心がすさんだら読み返したい。/ごきげんようが挨拶の学校だったっけ
あたたかな視点を感じる素敵な文だ
地に足がついたというか、血肉となっているというか、表面だけ口先だけでいいこと言ってるのではない感じ。
昨晩誰かが魚拓とってくれてたみたい。アクセスできなければこちらで読もう。 https://megalodon.jp/2026-0910-2207-58/https://www.toyoeiwa.ac.jp:443/chu-ko/news/2026/09/025010.html
立派 自分と上手く付き合っていくしかない あるいは他人かもしれない 先天的だったり後天的だったりする そんな考え方になって自分を許すことができた 他人はまだ許せないこともあるから修行が足りてないな笑
すばらしいなぁ。
「あなた自身もその色々な人の中の一人です。「色々な人」や「多様性」という言葉は、存外身近に」「知っていれば、それが恥ずべきことではないと胸を張ることができます。不当な扱いを受けたときに怒ることが」
発達障害・・責められるばかりなのに、こんな風に思えたことないな・・達観してるなあ。"治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているものです。"
この学校へ進学したい/させたいと思わせるに充分
『「平民は貴族たちの手足となって従順に働くべきだ」という意味で用いられてきましたが、彼はそれを真逆の意味、つまり平等を説くために用いました──当時の社会に対する、ある種の反駁(はんばく)だった』
読めぬ故, Chatgpt
「女子が幼少から私立女子校に行くべき理由」が凝縮されてる名文。男女共学校では未だ性役割圧力が根強くこういう「自我と知性の高さ故に、愛嬌などの女子スキル苦手女子」は小学生段階でスポイルされる危険が高い。
キリスト教の良さが詰まってる。規準は神と人の間にあって、人と人の間には無い
よいね、、このように素直に文字が書ける才こそ見るべき観点、、ノースリーブ甚平?ニューファッションでよし!
おじさん涙もろいので泣ける/子供の頃って多かれ少なかれ生きづらさを感じるものだと思うけど、それを高校生でここまで言葉にできるのすごいな
大正か昭和初期の女学生の随筆と言われてもうっかり納得しそう
「お前らって、塩みたいなもんだから。塩から塩気が消えたら意味無いのと一緒で、一人一人が尖ってて良いし、無個性になったら捨てられるだけじゃね?」とイエスが言った言葉に繋げられたら尚良かったお
見れない。サーバが堕ちてる。
開けない
飾らない、素敵な文章だった。東洋英和はいわゆるお嬢様学校として有名だけど「赤毛のアン」翻訳者の村岡花子や阿川佐和子らを輩出していて、この子も将来ペンで名を成すかもしれないですね
文才
要するにみいちゃん枠を寄越せって事だろ。しかし発達障害の真似する友達ってそっちも何か抱えてそう。
素晴らしいな。そう思うと同時に、某宗教みたいに排他的な人たちにこそ届いてほしいのに、その人たちは絶対耳を傾けないんだろうなと悲しくなった
素晴らしい文章
(泣)
素晴らしい
信仰というものの価値を改めて思い知らされる素敵な文章だった。できないことがあると語るこの文章から、あふれるほどの聡明さを感じずにいられない
とても素晴らしい内容
神が私を許すように、あの人も神に許されている。小さな人々の一人一人の中にキリストがいる
土屋賢二調な序盤
不当な扱いを受けたときにちゃんと怒れる人になるのってとてもむずかしいので、これを教えられているこの学校って凄いところなんだろうな…と思った
確かに学校生活としてはいいんだが、中年としてはこの女子高生が今後社会人になってやっていけるか気になる。
立派だ……
後から読んだ。私も傑出した文章力だと思ったけども、内容は法事の坊さんも説教で言いそうではある。なぜブクマカが手斧を握った手を止めてこんなにも心を打たれているのか。これが神のちからか
東洋英和女学院は、8月ジャーナリズムの一部かもしれないが歴史に巻き込まれたという記録も https://www.nhk-ondemand.jp/program/P202600515800000/
これも良いから読んでみて!https://www.myojogakuen.ed.jp/newstopic/elementary/elem_blog/newstopic_21097/
素晴らしい。六本木の中高一貫女子校に通わせられる経済力があれば多少の凸凹がある娘を寛容な環境で穏やかに育むことができるのですよ。
"治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているものです。そしてそういうものは、きっと誰にでもあるのだと思います。"
ユーモアたっぷりの序盤から最後はキリっと締めるのすごいな。
特性が徳性になる洞察。鉢かづきの鉢なのかもしれない。
素敵だ。これはブックマークしたいと思ってコメントを書いている。「自分に向けて投げていた石を手放す」こと、わたしにもできたらいいな。
ちなみに「個人は有機的に統一された全体の一部である」というパウロ的言説(aka 有機体説的な全体主義)がヤバくならないのは頭が全能の神であるという前提がある場合です
人生の真理のようなものに触れる奥深い文章でありながら、友人への申し訳なさからハーゲンダッツを奢るといった普通の高校生の日常も描かれていて、コントラストも美しい。オジサンには眩しいな。
これは良い証。
"名前があってもなくても、わたしはこういうところがあって、それは変えられるものではありません。"そうなんだけど、名前がつくことで対策しやすく、折り合いをつけやすくなる人も多いので、なべて有用だと思うが。
ちょっとした生きづらさがあっても、友達がちゃんといる感じでうらやましい。
某学校の件もあり、一部で日本基督教団=左翼みたいな単純化があるけど、この学校も教団関係学校。メソジスト派と会衆派の違いというかそもそも設立の由来が違うから比較するものでもないんだが。
この方の言葉を読んだあとで冒頭の「コリントの信徒への手紙」の一節を見直すと、しみじみと良いことが書いてあるなぁ。こういう一節を頭に刻めるという意味でも信仰の良さってあるよな……
東洋英和はお嬢様校の中でも、おしとやかというよりは、お行儀の悪くない元気な子のイメージ。 本来の聖書の教えはこういうことだよね。排他的になって異教徒を殲滅しようとする為政者に言いたい。
ところどころ散りばめられている知識がキリスト教の授業の賜物だな。彼女の心に響いていたということ。いい先生だ。彼女に召命あれかし。
「治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているものです」私は人間関係が上手くいかず、努力し変わった。過去と現在の自分を肯定したいと思える文章だった。
良い水を飲んだ気持ちになった。ありがとう。
自分はこんなに綺麗な文章書けないもんな。人間の才能って凸凹よな(黄金頭さんの文章を見ててもそう思う)
博愛という言葉
類まれなる文才をお持ちの娘さんに幸多からんことを
見てるか?「離婚した性格の悪い増田」
掴みも面白いし読みやすい。なのに俺にはキレイすぎて、胸が苦しくなる。あたしゃドブに帰らせてもらうわよ
宗教の正しい使い方だ
とても心が動いた。ありがとうございます。自己肯定感が低いから、人と比べて自分が下だと思うことが多々あるし、それゆえに心の平穏を求めて自分の下を見つけようとしてしまう。なんて愚かなことかと思わされました
「名前があってもなくても、わたしはこういうところがあって、それは変えられるものではありません。」
きれいとかそういう感想はよくわからんけど。とても面白い人なんだろうなと思ったし、こういうエピソードが全部面白い系の人はうらやましささえある。
東洋英和は小学校から上級生が下級生の面倒を見る文化があって良い学校だと思う。立地が六本木で、朝の六本木って昔は変なところもあったけど、今は全く問題ない。
これに感動できるのは、この子に直接迷惑をかけられる立場じゃないからだろうなあ、と/ただ、きちんと謝れているのでかなり社会的予後の良い発達障害者だと思う。障害が致命傷になるのは、退かず媚びず省みない場合
こういうこと(多様性や共生社会)に対応する言葉が、わかりやすい言葉や文章で仏教からも出てくるべきだと思う、そろそろ。 "今日の聖句にあるように、神さまはわたしたちを違うように創られました。"
発達障害凸凹持ちの俺はいまでも躓くことは多いが、この生徒の言葉にとても救われたよ
キリスト教信者ではないし宗教が争いを生んできたのも事実だがこういう気づきや学びができるよい面もあるんよな。なるほど人間関係について悩むだろうなというエピソード。排外主義者に読ませたい、鼻で笑いそうだが
信仰が心の平安を得るための良い足がかりになっていると感じるが、キリスト教の教えがなくても彼女と同じ結論に達することはできるはずだし公教育もそうあるべきだ。
「人は一人一人違って、それぞれが大切な存在である」という言うなれば普遍的なお話ではあるけど、聖書からの引用も含めてキリスト教らしい説話が出来ててうまいなと思う。
平等について書いた作文で賞を取った同級生が、日々どんな振る舞いだったかを思い出した。嫌な思い出だ。
"人は一人一人違います。それが自然なことだと知っていることは、心を照らす蝋燭(ろうそく)の火になります。"いや、すごいな。
自分を肯定する、というのとも違う、自分のマイナスをありのままマイナスとして受け止め、その上でどうするか考える、ということが多くの生きづらい人にとって必要なことかも、などと考えてしまった
私自身は大した信仰心もないし、テロとか集金とか恐ろしい話もあることにはあるけど、宗教とか信仰には自分を律したり何かしら気付きを得たりという良さがあるのだろうなと思った
10代にしてこの視野はすごいな、と思う反面、キリスト教は「悪を教えることで善を学ばせる」のが基本だなと気付いて、良くないなと思う。この世には悪がいることを常に前提としてしまうからだ。
高校3年生の生徒が下級生に向けて話す「生徒礼拝」の取組み。この文章にはとても大事なことがたくさん書かれていて、心に染み入りました。
全然ページがロードされないのであとで読む(オンラインブックマークの本来の使い方)
一方イスラム教
こういう人に居場所を与える寛容さが、時にとんでもない天才(例えばアインシュタインのような)を世に出すきっかけとなり、社会を強靭にするのだろう。宗教のおかげなのか 、豊かさのおかげなのかはよくわからないけど
自分に向けて投げていた石を手放せたのは、突出した才能があったから、という可能性はある。
とてつもなく良い文章
プリントアウトしてトイレに置く
まじ礼拝
東洋英和女子中は偏差値62。高校入試だと偏差値70クラスの超ハイレベル学校。ベースが違う。
素晴らしいがこれを見つけてブクマした人すごいな
これがホームページに出てくるの、強いなあ
生徒のレベルの高さが伺える
信仰っていいなと久々に思った。自分の灯りは消せないよね。
料理下手のドジっ子みたいのは学習障害的な要素があるのかもしれないな。
子どもがキリスト教系幼稚園に通っているが、こういう話を年少から聞いていて、それはいいところだと思う。一方で辺野古の事故のようなことを後押ししていたのもキリスト教系なので、目を瞑って安心してはならない
ごぼうと生姜を間違えるだって?と冒頭で引き込まれました。いい文章。
これは良いキリスト教。一方でキリスト教徒を自認して神がどうのこうのと語って支持者獲得の手段に使いながら、全然こういうのと違う人が権力持ってたりするのはなんとかならんものか。
10代の若者がこれだけの文章を書いたことと内容に泣いた、すばらしいな。
まだ読めない……
東洋英和の最近の出来事といえば深井智朗氏のやらかしなんでなあ。辺野古の事件もそうだが多様性をちゃんと認められる人であれば架空の人物を便利に使って批判をさせるなんてしない、とも。
なんでも政治に結びつけるオジサン大嫌いなんだけど、読んで最初に思ったのは「高市さんにも読んで欲しいなあ」だった。
高機能型発達障害というやつですかね。上手いこと自分に合った飯の種と職場を見つけて、良い感じに生きていける人は良いのですが。
素晴らしい着眼、思索、文章。こういうのに触れられるのが、はてブの良いところ。
あとで読む
自分を語る表現がとても豊かで、いい環境でたくさん気づきがあったんだろうなと思う。そういう環境に、我が子も出会えますように。
読めん…こっちで読んだ。 https://web.archive.org/web/20260910130803/https://www.toyoeiwa.ac.jp/chu-ko/news/2026/09/025010.html
発達障害でもいい私学に通え、文才もあり、社会性も高く人より才能を持つ人はいい方で大半は定常発達の下位互換で人より能力低いのにやらかすから愛されず居づらく不登校や職を転々とするし、そういう人は目立たない
メタ認知から多様性の重要さに気付ける、ということも生まれに文化資本があるからで、そもそも文化資本がない家庭に生まれたら私学とか考えすらないのがこの社会構造の問題だよね
危うく入信しかけた。
宗教は不条理な世の中でも天国へ行く方法を提示したり理屈を超越した救いの拠り所という意味で、自分を許す理由を理屈を超越した納得感で与えてくれて、それは多くの人を救う仕組みになってるんだろうな。
動作性IQが絡むことが苦手だということを、言語性IQが高そうな文章でわかりやすく説明された話と受け取った
まだ読み始めたところで残りは後でちゃんと読むけど、ものすごい年季の入った文に思えて感心するというか、自分が高校生の頃はとてもじゃないけどこんな文は書けなかったなぁ、と。今でも無理か……
うわーえらいなー。順番に回ってくる礼拝当番でこんな良い話しろって言われたら無理だわー。ミッションスクールは大体高校になると礼拝当番があって、司会進行をやるんだけど、小噺をしたかどうかは覚えてない。
ユーモアを交えた導入から本論への見事な流れ。豊富な読書体験を感じさせる読みやすい文章。無宗教の自分でさえうっかりキリスト教徒になろうかと思ってしまうような内容。この生徒は近い将来表に出てくる人だと思う
素晴らしいことを話している
ユーモアと,生きる上での普遍的な価値観とのバランスが良い。多様性は誰かのためにあるのではなく,自分のためでもある。
素晴らしい文章。宗教というものの価値について考えさせられる。
校長先生になれそうw高校三年生の文章なのか...うまいな
僕に特定の信仰心はないけれど、このような気づきのきっかけとなる点で、宗教も悪くはないなと思う。
高校三年生😇しゅごい
うっかりさんな学長の言葉かと思ったら生徒だった
親に入信させられたけど神を信じる事はできなかったので、信仰で幸福になれる人達が羨ましい
神だの聖書だのに言及しなければもっと良いスピーチになったのにな。旧約聖書を信じる奴等のせいでガザでは2万人以上の子供が殺されてるし、新約聖書を信じるカトリック教会の聖職者に数十万人の子供が虐待されてる
企業組織の一員としては棲息不可な感じなので、違ったところで平穏にと願うばかり。実家太いならエスカレーター短大出たあたりで結婚、天然なお嫁さんにおさまるのかな。ちなみに東洋英和は大学はなかなかの僻地。
読んでみたけど持て囃されてる意味が分からんな。普段よく叩かれている「障害は個性」理論じゃん。この子は実家が太そうだから顔が可愛ければイージーモードだね。
「多くのことを知って、自分に向けて投げていた石を初めて手放すことができています。」とても素晴らしい言葉だなぁ。家族や他人に対してだってそうだよね。勉強や体験は、このために必要なんだと改めて思わされる
発達特性があるであろう当人、それも高校生が、自分の弱さと向き合い体験を言語化できること。社会を少しでもより良い方向にしようとしていることに尊敬しかない。斜に構えた大人が腐したり冷笑するのはダサすぎる
いい文章と思う自分と、腐したくなる自分がいる 場面緘黙症でまともなコミュニケーションも取れず30代後半ぐらいまで苦労した自分としては、達観するだけではどうにもならない現実があったからだろう
石を手放したら僕たち消滅しちゃうよぉ
とてもよく判るが反面こういう人々に過去何度も多大な迷惑をかけられたのも事実だから複雑な気持ちではある。
良い学校、良い友人良い先生に出会ってよかったね
大人にウケる作文コンテストの優秀作といったところだが、宗教の教えが入ってきて違和感強くなる。
すごい知性と文才を感じる。。これが全校生徒の前で公開できるなんて、東洋英和はいい学校なんだろうなと思わせるに十分なやつ
私は心がすっかり捻じ曲がっているので、良い文章を読むとまずAI作文じゃないかと疑ってしまう。
10代のうちにここに至れる聡明さよ まあ座学がすごくできるとか人柄がすごくいいとかはあるんだろう でなければ家庭科でお手本にさせてよなんて友人も出てこないだろうし……
サイトが重いのでキャッシュに感謝/キリスト教徒の人は、非キリスト教徒は人間が神の被造物だとか思わずに生きてるという事についてはどう折り合いをつけてるんでしょう
ダイバーシティの研修で見る寸劇動画なんかよりすっと心に入ってくる素晴らしい文章。長い文章を読むのが苦手な人はブラウザのリーディングモードで音声で聞いてください(これも多様性か?)
高3!?
コリントの信徒への手紙第11章はここでの引用部分で聖人のように語っている彼が当時の差別感情を堂々と開陳しているのでお勧めです
道徳観としては素晴らしい到達点だと思う。一方で生まれ持った困難や不平等が神の意思でそれを克服した自立や成長も神の手柄なら自分は神の存在を否定したい。神が存在するから人間が尊いとは思いたくない。
本人が文章書いているのかな?高校生、すごい。
「置かれた場所で咲きなさい」というフレーズの出典は未読なのだが、その著者(渡辺和子)もキリスト教徒である繋がりから、「神に置かれた場所で咲く」とはこういう構えなのかもしれないなと思った。
法話だな。宗教も結局は受け手によって自分や隣人への許しとなり、また他者の差別のお墨付きや相手を縛る牢獄となる。
いいな。障害学と識字研究をしているんだが、はてぶとかで「そんな特殊な例をもちだされても」などと いわれたり。特殊でも なんでもないと おもうんですよ。そうですよね。
なんて素晴らしい文章だ
宗教的な要素が個人的に受け入れがたく感じたけど、それでも美しい言葉で大人の自分の胸にも響くものがあった。
人類は、「神」というものに頼らず、こう思えるようにならなくてはいけない。価値判断を神にアウトソースしている限り、その神自体の解釈を違えたときには分かり合うことも難しくなるからだ。
アスペのお手本として崇拝したい。俺にはキリスト様より尊い。
はてブだと今現在、この下のトピックに職業の多様性について議論されていてさすがだなぁと思いました。AV女優も多様性やぞ
10代でこの文才は才能あるなぁ。
生徒礼拝する子は学年の優等生なので、料理ができないとか裁縫ができないとかいうのは自虐風自慢なんだろうけど。/というのは、母校で学年唯一生徒礼拝をした子に無視されたことがあるのでふてくされちゃった、ごめ
“しかし今、多くのことを知って、自分に向けて投げていた石を初めて手放すことができています。” 素晴らしい。 / 源治麿のパイルドライバーに通ずるものがある
田中角栄・雪って奴はなあ、あそこは金持ちの屋敷だから多めに降ってやろうとかこっちは貧乏の家だから手加減してやろうなんてことは考えねえ。金持ちの立派な屋根にも貧乏人の粗末な庭にも全く平等に降り積もるんだ
高等部のとき礼拝の順が回ってきたことを思い出した。ウケ狙いで季節外れのクリスマス讃美歌を選んだりアホみたいな話をしたような気しかしない。この生徒は多くの子を救ったであろう。すごい。
なるほど、神様を信仰していたら、足りないことは全部神様がそうしたということにできるのか。あえて与えられた理不尽だと。「あなたは運悪く足りなく生まれました」だと耐えられない人もいるもんな
すごくいろいろな事を学び考えた人の言葉だ
“治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているもの”…泣いちゃった!
中学の時に足の不自由な同級生がいて、その子はとてもいい子だし頭が良かったけど階段の昇り降りはクラスメイトが数人でずっとやっていたのを思い出す。このモヤモヤは生涯晴れないだろうなぁ。
こういうの、どうやって見つけてブクマしてるの?
書き出しで笑いをとって、そこから言いたいことに繋げるのがうまいなぁ。スタンダップコメディ、こたけ正義感を思い出した
世の中にはいろんな人がいる、ということを知って損をすることなんてない。多様性やフェミニズムを頭ごなしに否定したがる人がどんな人かをネットで知ることができて大変有益だったと思っている
女学生の作文を一日に何件もホッテントリに上げてくるはてな民なんなの?…と思ったが、いつもの分断煽りAI作文が上がってくるより一億倍良いな。ホッテントリを女学生の作文で埋めよう。無論、男子でも良い
東洋英和の生徒礼拝。高3が下級生へ、1コリント12:14〜18から多様性を語る
やっと読めた(アクセス集中してて繋がらなかった)帰結とか難しい言葉使えるのでスゴい!タピオカ?? 透明だったなら流しても許されそうだが黒タピオカはないんじゃない?特性か。。
”人は一人一人違います。それが自然なことだと知っていることは、心を照らす蝋燭(ろうそく)の火になります”、"たとえそれが小さな火であっても、あなたとその人にひと時の安らぎを与え、暗闇を追い出してくれるかも
聖書の都合のいい部分だけを引用する文章はあまり真面目に受け止めるきはしない。これがミッション系の学校の宗教教育の中で行われていることを加味しなければならない。
「治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているものです。そしてそういうものは、きっと誰にでもあるのだと思います」
同じキリスト教でも米国の一部のキリスト教徒とは見えているものが違うようだ
こういう宗教教育ならこれはとてもいいじゃんって思った
診断がついてるってことは、実際かなり困り度が高いお嬢さんだろう。高校生なら、ネットで騒がれてると聞けば、評判を調べてもみるだろう。という観点で自分のブコメを読み返してほしい。
なんかホッテントリのAV女優の話読んでからこの作文読んで人生ってなんだろうなぁって考えてしまったな…
涙した。 / 他人から『あなたの障害は個性ですよ』と言われ辛いことがあるが、このかたの言葉ならすっと入ってきたのは、このかたの語りが、安心感があったからだろうか。分析したい。
東洋英和と言えば、村岡花子と柳原白蓮だな
標準的から外れた人に対して場合、尊重すべき多様性かどうかを皆恣意的に選んでしまう。その選抜から外れたことをあからさまに表明してくる人に対して、私も同様に尊重できずに今に至る。
“「色々な人」や「多様性」という言葉は、存外身近に、それもすぐ横にあるものです”
うむ|「色々な人」や「多様性」という言葉は、存外身近に、それもすぐ横にある
素敵な文章なんだけど、中受界隈としてはこういう素敵な生徒さんの文章にしょっちゅう遭遇するので、なんでこれだけこんなバズってるのかわからない
おお我が母校(こんなところに居る卒業生でごめんねww)
"たとえそれが小さな火であっても、あなたとその人にひと時の安らぎを与え、暗闇を追い出してくれるかもしれません。そのような灯火が、一人一人の心で絶えることなく輝き続けるよう、祈っています"
全文読み涙ぐみながら人気ブコメを開いて最初に目に入ったのがnannimonai氏の「嫌な思い出だ」。頰を打たれたよ。ありがとう。
1コリントといえば押井守『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』「童の時は語ることも童の如く、…」13:11が浮かんじゃう。アレも多様性を求めて、しかし部分が全体になる話だったな。
AIか先生の添削が入ってるかのような文章やな。境界知能のワイにはとうてい及ばん発想、感覚や
“これは単なる自戒と一つの提案ですが、世界が多様性と呼ぶものをもっとよく知ったら良いと思います。それは名も知らぬ誰かのためではなく、明日のあなたのためになるかもしれません。”
今読んだ。誰が見つけてきたんだろう。仕事帰りの電車内で善きものに触れられて嬉しい。
一部、ほんの一部のブコメ。大人のあなたは過去に色々あってひねくれてるのかもしれないが、それを10代の学生が書いた消して軽くない内容の文章に仮託して腐すのはどう考えても違うだろ
関係ないけどこの人はこの学校じゃなくても、いい文章を書いてたと思う
高校生とは思えない言葉の数々。素晴らしい。
若いというかまだ子供の年齢なのに、文章力と奪還具合がすごい。広い世界を知るって大事だな。
音楽と一緒で、そのひとが普段美しくなくても、作られたそのものの美しさは素直にそうと受け止めたい
キリストの教えが揺るぎない学校という印象。オープンキャパスの始めに集まった父母と主の祈りを唱えて讃美歌を歌い、礼拝堂を見学コースに入れる学校。生徒達が明るく「ごきげんよう」と声をかけてくれる。
“これは単なる自戒と一つの提案ですが、世界が多様性と呼ぶものをもっとよく知ったら良いと思います。それは名も知らぬ誰かのためではなく、明日のあなたのためになるかもしれません。”…お互い様なんだよね、結局
子供の自由意志で信仰してるなら何も云う事はないが、わい的には順調に洗脳されてるなって印象。(犯罪組織でない前提で)母体が新興宗教or世界三大宗教で何が違うのか、論理的に説明できるやつおらんやろ。
出版社から学校に書いた生徒の問い合わせが行ってそうだなと妄想がすぎる。この人が書いた本を読んでみたい。
説教であり随筆であり、現在の社会と個とに向き合いつつ思想史と宗教史の系譜を引き継いでいて、教科という枠を超えているのは勿論だけれど、同時に本来高校倫理という科目の持つ面白さをほぼ完璧に体現していて脱帽
自分の診断名を明かさずに振る舞いを語っているのが良い。診断名を出すと、多様じゃないステレオタイプな話で埋もれてしまう
ここここ、高3!?? 人生何周目になればそんな齢でこんな素敵な文章が書けるんですか
更年期で情緒不安定なおばさんが、あなたの言葉で救われました。ありがとう
生徒礼拝|お知らせ|東洋英和女学院 中学部・高等部
“しかし今、多くのことを知って、自分に向けて投げていた石を初めて手放すことができています。”
この先輩はいい宣教師になれると思う。「教え」ってこういうことなんだろうな。
天はこの娘に、料理や裁縫や傾聴が不向きなぶん、あるいはそれ以上に、類まれなる言葉の力を与え給うた。
コリントの信徒への手紙一12章14~18節「身体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。」 ”人は一人一人違います。それが自然なことだと知っていることは、心を照らす蝋燭の火になります。”
素敵な文章
朝からずっとアクセス集中していて読めなくて、今やっと読めた。とてもかっこいい先輩。
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町田康以上の疾走感と深い教唆をあわせもつ文章。ものすごい才能をもった高校生があらわれた(´・ω・`)
奢るのがハーゲンダッツなのがいかにもお嬢様という感じ。
ワシもここで学びたいのう。決して邪な考えは持っておらんのだが。
花子とアン の村岡花子の出身校やね。
こういうのを見ると、やっぱり私学は色んな子どもに居場所がありそうだ、というそれだけで価値があると思う。
こういう「工夫すればなんとかなる」程度のものと「お気に入りのコップが割れたので水をのむことを拒否して死んでしまう」というのを同じ「ASD"スペクトラム"」だってことにするのもだいぶ欺瞞だよな
見れない。サーバが落ちているくらいバズっているのか?
すごい、すでに達観している。この人の一つ下の女子高生に生まれ変わってあこがれの先輩を崇める2年間を過ごしたい
朝から良いものを読んだ
東洋英和に通ってるってことは、勉強得意な子なんだろう。勉強得意で実技系苦手だと公立高校受験は大変だから、私学でよかったのかも/内向けに話した内容が公開されるのはどうなのかな。本人了承の上ならいいけど
朝から心が澄み渡った。心がすさんだら読み返したい。/ごきげんようが挨拶の学校だったっけ
あたたかな視点を感じる素敵な文だ
地に足がついたというか、血肉となっているというか、表面だけ口先だけでいいこと言ってるのではない感じ。
昨晩誰かが魚拓とってくれてたみたい。アクセスできなければこちらで読もう。 https://megalodon.jp/2026-0910-2207-58/https://www.toyoeiwa.ac.jp:443/chu-ko/news/2026/09/025010.html
立派 自分と上手く付き合っていくしかない あるいは他人かもしれない 先天的だったり後天的だったりする そんな考え方になって自分を許すことができた 他人はまだ許せないこともあるから修行が足りてないな笑
すばらしいなぁ。
「あなた自身もその色々な人の中の一人です。「色々な人」や「多様性」という言葉は、存外身近に」「知っていれば、それが恥ずべきことではないと胸を張ることができます。不当な扱いを受けたときに怒ることが」
発達障害・・責められるばかりなのに、こんな風に思えたことないな・・達観してるなあ。"治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているものです。"
この学校へ進学したい/させたいと思わせるに充分
『「平民は貴族たちの手足となって従順に働くべきだ」という意味で用いられてきましたが、彼はそれを真逆の意味、つまり平等を説くために用いました──当時の社会に対する、ある種の反駁(はんばく)だった』
読めぬ故, Chatgpt
「女子が幼少から私立女子校に行くべき理由」が凝縮されてる名文。男女共学校では未だ性役割圧力が根強くこういう「自我と知性の高さ故に、愛嬌などの女子スキル苦手女子」は小学生段階でスポイルされる危険が高い。
キリスト教の良さが詰まってる。規準は神と人の間にあって、人と人の間には無い
よいね、、このように素直に文字が書ける才こそ見るべき観点、、ノースリーブ甚平?ニューファッションでよし!
おじさん涙もろいので泣ける/子供の頃って多かれ少なかれ生きづらさを感じるものだと思うけど、それを高校生でここまで言葉にできるのすごいな
大正か昭和初期の女学生の随筆と言われてもうっかり納得しそう
「お前らって、塩みたいなもんだから。塩から塩気が消えたら意味無いのと一緒で、一人一人が尖ってて良いし、無個性になったら捨てられるだけじゃね?」とイエスが言った言葉に繋げられたら尚良かったお
見れない。サーバが堕ちてる。
開けない
飾らない、素敵な文章だった。東洋英和はいわゆるお嬢様学校として有名だけど「赤毛のアン」翻訳者の村岡花子や阿川佐和子らを輩出していて、この子も将来ペンで名を成すかもしれないですね
文才
要するにみいちゃん枠を寄越せって事だろ。しかし発達障害の真似する友達ってそっちも何か抱えてそう。
素晴らしいな。そう思うと同時に、某宗教みたいに排他的な人たちにこそ届いてほしいのに、その人たちは絶対耳を傾けないんだろうなと悲しくなった
素晴らしい文章
(泣)
素晴らしい
信仰というものの価値を改めて思い知らされる素敵な文章だった。できないことがあると語るこの文章から、あふれるほどの聡明さを感じずにいられない
とても素晴らしい内容
神が私を許すように、あの人も神に許されている。小さな人々の一人一人の中にキリストがいる
土屋賢二調な序盤
不当な扱いを受けたときにちゃんと怒れる人になるのってとてもむずかしいので、これを教えられているこの学校って凄いところなんだろうな…と思った
確かに学校生活としてはいいんだが、中年としてはこの女子高生が今後社会人になってやっていけるか気になる。
立派だ……
後から読んだ。私も傑出した文章力だと思ったけども、内容は法事の坊さんも説教で言いそうではある。なぜブクマカが手斧を握った手を止めてこんなにも心を打たれているのか。これが神のちからか
東洋英和女学院は、8月ジャーナリズムの一部かもしれないが歴史に巻き込まれたという記録も https://www.nhk-ondemand.jp/program/P202600515800000/
これも良いから読んでみて!https://www.myojogakuen.ed.jp/newstopic/elementary/elem_blog/newstopic_21097/
素晴らしい。六本木の中高一貫女子校に通わせられる経済力があれば多少の凸凹がある娘を寛容な環境で穏やかに育むことができるのですよ。
"治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているものです。そしてそういうものは、きっと誰にでもあるのだと思います。"
ユーモアたっぷりの序盤から最後はキリっと締めるのすごいな。
特性が徳性になる洞察。鉢かづきの鉢なのかもしれない。
素敵だ。これはブックマークしたいと思ってコメントを書いている。「自分に向けて投げていた石を手放す」こと、わたしにもできたらいいな。
ちなみに「個人は有機的に統一された全体の一部である」というパウロ的言説(aka 有機体説的な全体主義)がヤバくならないのは頭が全能の神であるという前提がある場合です
人生の真理のようなものに触れる奥深い文章でありながら、友人への申し訳なさからハーゲンダッツを奢るといった普通の高校生の日常も描かれていて、コントラストも美しい。オジサンには眩しいな。
これは良い証。
"名前があってもなくても、わたしはこういうところがあって、それは変えられるものではありません。"そうなんだけど、名前がつくことで対策しやすく、折り合いをつけやすくなる人も多いので、なべて有用だと思うが。
ちょっとした生きづらさがあっても、友達がちゃんといる感じでうらやましい。
某学校の件もあり、一部で日本基督教団=左翼みたいな単純化があるけど、この学校も教団関係学校。メソジスト派と会衆派の違いというかそもそも設立の由来が違うから比較するものでもないんだが。
この方の言葉を読んだあとで冒頭の「コリントの信徒への手紙」の一節を見直すと、しみじみと良いことが書いてあるなぁ。こういう一節を頭に刻めるという意味でも信仰の良さってあるよな……
東洋英和はお嬢様校の中でも、おしとやかというよりは、お行儀の悪くない元気な子のイメージ。 本来の聖書の教えはこういうことだよね。排他的になって異教徒を殲滅しようとする為政者に言いたい。
ところどころ散りばめられている知識がキリスト教の授業の賜物だな。彼女の心に響いていたということ。いい先生だ。彼女に召命あれかし。
「治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているものです」私は人間関係が上手くいかず、努力し変わった。過去と現在の自分を肯定したいと思える文章だった。
良い水を飲んだ気持ちになった。ありがとう。
自分はこんなに綺麗な文章書けないもんな。人間の才能って凸凹よな(黄金頭さんの文章を見ててもそう思う)
博愛という言葉
類まれなる文才をお持ちの娘さんに幸多からんことを
見てるか?「離婚した性格の悪い増田」
掴みも面白いし読みやすい。なのに俺にはキレイすぎて、胸が苦しくなる。あたしゃドブに帰らせてもらうわよ
宗教の正しい使い方だ
とても心が動いた。ありがとうございます。自己肯定感が低いから、人と比べて自分が下だと思うことが多々あるし、それゆえに心の平穏を求めて自分の下を見つけようとしてしまう。なんて愚かなことかと思わされました
「名前があってもなくても、わたしはこういうところがあって、それは変えられるものではありません。」
きれいとかそういう感想はよくわからんけど。とても面白い人なんだろうなと思ったし、こういうエピソードが全部面白い系の人はうらやましささえある。
東洋英和は小学校から上級生が下級生の面倒を見る文化があって良い学校だと思う。立地が六本木で、朝の六本木って昔は変なところもあったけど、今は全く問題ない。
これに感動できるのは、この子に直接迷惑をかけられる立場じゃないからだろうなあ、と/ただ、きちんと謝れているのでかなり社会的予後の良い発達障害者だと思う。障害が致命傷になるのは、退かず媚びず省みない場合
こういうこと(多様性や共生社会)に対応する言葉が、わかりやすい言葉や文章で仏教からも出てくるべきだと思う、そろそろ。 "今日の聖句にあるように、神さまはわたしたちを違うように創られました。"
発達障害凸凹持ちの俺はいまでも躓くことは多いが、この生徒の言葉にとても救われたよ
キリスト教信者ではないし宗教が争いを生んできたのも事実だがこういう気づきや学びができるよい面もあるんよな。なるほど人間関係について悩むだろうなというエピソード。排外主義者に読ませたい、鼻で笑いそうだが
信仰が心の平安を得るための良い足がかりになっていると感じるが、キリスト教の教えがなくても彼女と同じ結論に達することはできるはずだし公教育もそうあるべきだ。
「人は一人一人違って、それぞれが大切な存在である」という言うなれば普遍的なお話ではあるけど、聖書からの引用も含めてキリスト教らしい説話が出来ててうまいなと思う。
平等について書いた作文で賞を取った同級生が、日々どんな振る舞いだったかを思い出した。嫌な思い出だ。
"人は一人一人違います。それが自然なことだと知っていることは、心を照らす蝋燭(ろうそく)の火になります。"いや、すごいな。
自分を肯定する、というのとも違う、自分のマイナスをありのままマイナスとして受け止め、その上でどうするか考える、ということが多くの生きづらい人にとって必要なことかも、などと考えてしまった
私自身は大した信仰心もないし、テロとか集金とか恐ろしい話もあることにはあるけど、宗教とか信仰には自分を律したり何かしら気付きを得たりという良さがあるのだろうなと思った
10代にしてこの視野はすごいな、と思う反面、キリスト教は「悪を教えることで善を学ばせる」のが基本だなと気付いて、良くないなと思う。この世には悪がいることを常に前提としてしまうからだ。
高校3年生の生徒が下級生に向けて話す「生徒礼拝」の取組み。この文章にはとても大事なことがたくさん書かれていて、心に染み入りました。
全然ページがロードされないのであとで読む(オンラインブックマークの本来の使い方)
一方イスラム教
こういう人に居場所を与える寛容さが、時にとんでもない天才(例えばアインシュタインのような)を世に出すきっかけとなり、社会を強靭にするのだろう。宗教のおかげなのか 、豊かさのおかげなのかはよくわからないけど
自分に向けて投げていた石を手放せたのは、突出した才能があったから、という可能性はある。
とてつもなく良い文章
プリントアウトしてトイレに置く
まじ礼拝
東洋英和女子中は偏差値62。高校入試だと偏差値70クラスの超ハイレベル学校。ベースが違う。
素晴らしいがこれを見つけてブクマした人すごいな
これがホームページに出てくるの、強いなあ
生徒のレベルの高さが伺える
信仰っていいなと久々に思った。自分の灯りは消せないよね。
料理下手のドジっ子みたいのは学習障害的な要素があるのかもしれないな。
子どもがキリスト教系幼稚園に通っているが、こういう話を年少から聞いていて、それはいいところだと思う。一方で辺野古の事故のようなことを後押ししていたのもキリスト教系なので、目を瞑って安心してはならない
ごぼうと生姜を間違えるだって?と冒頭で引き込まれました。いい文章。
これは良いキリスト教。一方でキリスト教徒を自認して神がどうのこうのと語って支持者獲得の手段に使いながら、全然こういうのと違う人が権力持ってたりするのはなんとかならんものか。
10代の若者がこれだけの文章を書いたことと内容に泣いた、すばらしいな。
まだ読めない……
東洋英和の最近の出来事といえば深井智朗氏のやらかしなんでなあ。辺野古の事件もそうだが多様性をちゃんと認められる人であれば架空の人物を便利に使って批判をさせるなんてしない、とも。
なんでも政治に結びつけるオジサン大嫌いなんだけど、読んで最初に思ったのは「高市さんにも読んで欲しいなあ」だった。
高機能型発達障害というやつですかね。上手いこと自分に合った飯の種と職場を見つけて、良い感じに生きていける人は良いのですが。
素晴らしい着眼、思索、文章。こういうのに触れられるのが、はてブの良いところ。
あとで読む
自分を語る表現がとても豊かで、いい環境でたくさん気づきがあったんだろうなと思う。そういう環境に、我が子も出会えますように。
読めん…こっちで読んだ。 https://web.archive.org/web/20260910130803/https://www.toyoeiwa.ac.jp/chu-ko/news/2026/09/025010.html
発達障害でもいい私学に通え、文才もあり、社会性も高く人より才能を持つ人はいい方で大半は定常発達の下位互換で人より能力低いのにやらかすから愛されず居づらく不登校や職を転々とするし、そういう人は目立たない
文才
メタ認知から多様性の重要さに気付ける、ということも生まれに文化資本があるからで、そもそも文化資本がない家庭に生まれたら私学とか考えすらないのがこの社会構造の問題だよね
危うく入信しかけた。
宗教は不条理な世の中でも天国へ行く方法を提示したり理屈を超越した救いの拠り所という意味で、自分を許す理由を理屈を超越した納得感で与えてくれて、それは多くの人を救う仕組みになってるんだろうな。
動作性IQが絡むことが苦手だということを、言語性IQが高そうな文章でわかりやすく説明された話と受け取った
まだ読み始めたところで残りは後でちゃんと読むけど、ものすごい年季の入った文に思えて感心するというか、自分が高校生の頃はとてもじゃないけどこんな文は書けなかったなぁ、と。今でも無理か……
うわーえらいなー。順番に回ってくる礼拝当番でこんな良い話しろって言われたら無理だわー。ミッションスクールは大体高校になると礼拝当番があって、司会進行をやるんだけど、小噺をしたかどうかは覚えてない。
ユーモアを交えた導入から本論への見事な流れ。豊富な読書体験を感じさせる読みやすい文章。無宗教の自分でさえうっかりキリスト教徒になろうかと思ってしまうような内容。この生徒は近い将来表に出てくる人だと思う
素晴らしいことを話している
ユーモアと,生きる上での普遍的な価値観とのバランスが良い。多様性は誰かのためにあるのではなく,自分のためでもある。
素晴らしい文章。宗教というものの価値について考えさせられる。
校長先生になれそうw高校三年生の文章なのか...うまいな
僕に特定の信仰心はないけれど、このような気づきのきっかけとなる点で、宗教も悪くはないなと思う。
高校三年生😇しゅごい
うっかりさんな学長の言葉かと思ったら生徒だった
親に入信させられたけど神を信じる事はできなかったので、信仰で幸福になれる人達が羨ましい
神だの聖書だのに言及しなければもっと良いスピーチになったのにな。旧約聖書を信じる奴等のせいでガザでは2万人以上の子供が殺されてるし、新約聖書を信じるカトリック教会の聖職者に数十万人の子供が虐待されてる
企業組織の一員としては棲息不可な感じなので、違ったところで平穏にと願うばかり。実家太いならエスカレーター短大出たあたりで結婚、天然なお嫁さんにおさまるのかな。ちなみに東洋英和は大学はなかなかの僻地。
読んでみたけど持て囃されてる意味が分からんな。普段よく叩かれている「障害は個性」理論じゃん。この子は実家が太そうだから顔が可愛ければイージーモードだね。
「多くのことを知って、自分に向けて投げていた石を初めて手放すことができています。」とても素晴らしい言葉だなぁ。家族や他人に対してだってそうだよね。勉強や体験は、このために必要なんだと改めて思わされる
発達特性があるであろう当人、それも高校生が、自分の弱さと向き合い体験を言語化できること。社会を少しでもより良い方向にしようとしていることに尊敬しかない。斜に構えた大人が腐したり冷笑するのはダサすぎる
いい文章と思う自分と、腐したくなる自分がいる 場面緘黙症でまともなコミュニケーションも取れず30代後半ぐらいまで苦労した自分としては、達観するだけではどうにもならない現実があったからだろう
石を手放したら僕たち消滅しちゃうよぉ
とてもよく判るが反面こういう人々に過去何度も多大な迷惑をかけられたのも事実だから複雑な気持ちではある。
良い学校、良い友人良い先生に出会ってよかったね
大人にウケる作文コンテストの優秀作といったところだが、宗教の教えが入ってきて違和感強くなる。
すごい知性と文才を感じる。。これが全校生徒の前で公開できるなんて、東洋英和はいい学校なんだろうなと思わせるに十分なやつ
私は心がすっかり捻じ曲がっているので、良い文章を読むとまずAI作文じゃないかと疑ってしまう。
10代のうちにここに至れる聡明さよ まあ座学がすごくできるとか人柄がすごくいいとかはあるんだろう でなければ家庭科でお手本にさせてよなんて友人も出てこないだろうし……
サイトが重いのでキャッシュに感謝/キリスト教徒の人は、非キリスト教徒は人間が神の被造物だとか思わずに生きてるという事についてはどう折り合いをつけてるんでしょう
ダイバーシティの研修で見る寸劇動画なんかよりすっと心に入ってくる素晴らしい文章。長い文章を読むのが苦手な人はブラウザのリーディングモードで音声で聞いてください(これも多様性か?)
高3!?
コリントの信徒への手紙第11章はここでの引用部分で聖人のように語っている彼が当時の差別感情を堂々と開陳しているのでお勧めです
道徳観としては素晴らしい到達点だと思う。一方で生まれ持った困難や不平等が神の意思でそれを克服した自立や成長も神の手柄なら自分は神の存在を否定したい。神が存在するから人間が尊いとは思いたくない。
本人が文章書いているのかな?高校生、すごい。
「置かれた場所で咲きなさい」というフレーズの出典は未読なのだが、その著者(渡辺和子)もキリスト教徒である繋がりから、「神に置かれた場所で咲く」とはこういう構えなのかもしれないなと思った。
法話だな。宗教も結局は受け手によって自分や隣人への許しとなり、また他者の差別のお墨付きや相手を縛る牢獄となる。
いいな。障害学と識字研究をしているんだが、はてぶとかで「そんな特殊な例をもちだされても」などと いわれたり。特殊でも なんでもないと おもうんですよ。そうですよね。
なんて素晴らしい文章だ
宗教的な要素が個人的に受け入れがたく感じたけど、それでも美しい言葉で大人の自分の胸にも響くものがあった。
人類は、「神」というものに頼らず、こう思えるようにならなくてはいけない。価値判断を神にアウトソースしている限り、その神自体の解釈を違えたときには分かり合うことも難しくなるからだ。
アスペのお手本として崇拝したい。俺にはキリスト様より尊い。
はてブだと今現在、この下のトピックに職業の多様性について議論されていてさすがだなぁと思いました。AV女優も多様性やぞ
10代でこの文才は才能あるなぁ。
生徒礼拝する子は学年の優等生なので、料理ができないとか裁縫ができないとかいうのは自虐風自慢なんだろうけど。/というのは、母校で学年唯一生徒礼拝をした子に無視されたことがあるのでふてくされちゃった、ごめ
“しかし今、多くのことを知って、自分に向けて投げていた石を初めて手放すことができています。” 素晴らしい。 / 源治麿のパイルドライバーに通ずるものがある
田中角栄・雪って奴はなあ、あそこは金持ちの屋敷だから多めに降ってやろうとかこっちは貧乏の家だから手加減してやろうなんてことは考えねえ。金持ちの立派な屋根にも貧乏人の粗末な庭にも全く平等に降り積もるんだ
高等部のとき礼拝の順が回ってきたことを思い出した。ウケ狙いで季節外れのクリスマス讃美歌を選んだりアホみたいな話をしたような気しかしない。この生徒は多くの子を救ったであろう。すごい。
なるほど、神様を信仰していたら、足りないことは全部神様がそうしたということにできるのか。あえて与えられた理不尽だと。「あなたは運悪く足りなく生まれました」だと耐えられない人もいるもんな
すごくいろいろな事を学び考えた人の言葉だ
“治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているもの”…泣いちゃった!
中学の時に足の不自由な同級生がいて、その子はとてもいい子だし頭が良かったけど階段の昇り降りはクラスメイトが数人でずっとやっていたのを思い出す。このモヤモヤは生涯晴れないだろうなぁ。
こういうの、どうやって見つけてブクマしてるの?
書き出しで笑いをとって、そこから言いたいことに繋げるのがうまいなぁ。スタンダップコメディ、こたけ正義感を思い出した
世の中にはいろんな人がいる、ということを知って損をすることなんてない。多様性やフェミニズムを頭ごなしに否定したがる人がどんな人かをネットで知ることができて大変有益だったと思っている
女学生の作文を一日に何件もホッテントリに上げてくるはてな民なんなの?…と思ったが、いつもの分断煽りAI作文が上がってくるより一億倍良いな。ホッテントリを女学生の作文で埋めよう。無論、男子でも良い
東洋英和の生徒礼拝。高3が下級生へ、1コリント12:14〜18から多様性を語る
やっと読めた(アクセス集中してて繋がらなかった)帰結とか難しい言葉使えるのでスゴい!タピオカ?? 透明だったなら流しても許されそうだが黒タピオカはないんじゃない?特性か。。
”人は一人一人違います。それが自然なことだと知っていることは、心を照らす蝋燭(ろうそく)の火になります”、"たとえそれが小さな火であっても、あなたとその人にひと時の安らぎを与え、暗闇を追い出してくれるかも
聖書の都合のいい部分だけを引用する文章はあまり真面目に受け止めるきはしない。これがミッション系の学校の宗教教育の中で行われていることを加味しなければならない。
「治すものではなく上手く付き合っていくものであり、悪いものではなくわたしをわたしたらしめているものです。そしてそういうものは、きっと誰にでもあるのだと思います」
同じキリスト教でも米国の一部のキリスト教徒とは見えているものが違うようだ
こういう宗教教育ならこれはとてもいいじゃんって思った
診断がついてるってことは、実際かなり困り度が高いお嬢さんだろう。高校生なら、ネットで騒がれてると聞けば、評判を調べてもみるだろう。という観点で自分のブコメを読み返してほしい。
なんかホッテントリのAV女優の話読んでからこの作文読んで人生ってなんだろうなぁって考えてしまったな…
涙した。 / 他人から『あなたの障害は個性ですよ』と言われ辛いことがあるが、このかたの言葉ならすっと入ってきたのは、このかたの語りが、安心感があったからだろうか。分析したい。
東洋英和と言えば、村岡花子と柳原白蓮だな
標準的から外れた人に対して場合、尊重すべき多様性かどうかを皆恣意的に選んでしまう。その選抜から外れたことをあからさまに表明してくる人に対して、私も同様に尊重できずに今に至る。
“「色々な人」や「多様性」という言葉は、存外身近に、それもすぐ横にあるものです”
うむ|「色々な人」や「多様性」という言葉は、存外身近に、それもすぐ横にある
素敵な文章なんだけど、中受界隈としてはこういう素敵な生徒さんの文章にしょっちゅう遭遇するので、なんでこれだけこんなバズってるのかわからない
おお我が母校(こんなところに居る卒業生でごめんねww)
"たとえそれが小さな火であっても、あなたとその人にひと時の安らぎを与え、暗闇を追い出してくれるかもしれません。そのような灯火が、一人一人の心で絶えることなく輝き続けるよう、祈っています"
全文読み涙ぐみながら人気ブコメを開いて最初に目に入ったのがnannimonai氏の「嫌な思い出だ」。頰を打たれたよ。ありがとう。
1コリントといえば押井守『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』「童の時は語ることも童の如く、…」13:11が浮かんじゃう。アレも多様性を求めて、しかし部分が全体になる話だったな。
AIか先生の添削が入ってるかのような文章やな。境界知能のワイにはとうてい及ばん発想、感覚や
“これは単なる自戒と一つの提案ですが、世界が多様性と呼ぶものをもっとよく知ったら良いと思います。それは名も知らぬ誰かのためではなく、明日のあなたのためになるかもしれません。”
今読んだ。誰が見つけてきたんだろう。仕事帰りの電車内で善きものに触れられて嬉しい。
一部、ほんの一部のブコメ。大人のあなたは過去に色々あってひねくれてるのかもしれないが、それを10代の学生が書いた消して軽くない内容の文章に仮託して腐すのはどう考えても違うだろ
関係ないけどこの人はこの学校じゃなくても、いい文章を書いてたと思う
高校生とは思えない言葉の数々。素晴らしい。
若いというかまだ子供の年齢なのに、文章力と奪還具合がすごい。広い世界を知るって大事だな。
音楽と一緒で、そのひとが普段美しくなくても、作られたそのものの美しさは素直にそうと受け止めたい
キリストの教えが揺るぎない学校という印象。オープンキャパスの始めに集まった父母と主の祈りを唱えて讃美歌を歌い、礼拝堂を見学コースに入れる学校。生徒達が明るく「ごきげんよう」と声をかけてくれる。
“これは単なる自戒と一つの提案ですが、世界が多様性と呼ぶものをもっとよく知ったら良いと思います。それは名も知らぬ誰かのためではなく、明日のあなたのためになるかもしれません。”…お互い様なんだよね、結局
子供の自由意志で信仰してるなら何も云う事はないが、わい的には順調に洗脳されてるなって印象。(犯罪組織でない前提で)母体が新興宗教or世界三大宗教で何が違うのか、論理的に説明できるやつおらんやろ。
出版社から学校に書いた生徒の問い合わせが行ってそうだなと妄想がすぎる。この人が書いた本を読んでみたい。
説教であり随筆であり、現在の社会と個とに向き合いつつ思想史と宗教史の系譜を引き継いでいて、教科という枠を超えているのは勿論だけれど、同時に本来高校倫理という科目の持つ面白さをほぼ完璧に体現していて脱帽
自分の診断名を明かさずに振る舞いを語っているのが良い。診断名を出すと、多様じゃないステレオタイプな話で埋もれてしまう
ここここ、高3!?? 人生何周目になればそんな齢でこんな素敵な文章が書けるんですか
更年期で情緒不安定なおばさんが、あなたの言葉で救われました。ありがとう