学び

追悼 中川李枝子──『ぐりとぐら』が登場するとき(1) 絵本と保育|阿部卓也

1: sakstyle 2026/09/10 13:38

保育園の歴史/「中川は、文字通り戦後最初の世代の保母」(1948年開設の「東京都立高等保母学院」に1954年入学)。同学校の非常勤講師の中にはトットちゃんの「小林先生」も。実習先でかこさとしにも会っている

2: t_f_m 2026/09/10 16:03

"中川は、1954年に19歳で「東京都立高等保母学院」に入学しているが、これは1947年に日本で最初に厚生大臣の認定を受けた保母養成施設であり(開設は1948年)、したがって中川は、文字通り戦後最初の世代の保母だという"

3: nguyen-oi 2026/09/10 16:17

保母としての現場体験が『ぐりとぐら』の作品世界に直結してる歴史的背景が興味深い

4: mugi-yama 2026/09/10 17:58

なんかもう読むだけで泣けてくる挿話の数々/『ママ、もっと自信をもって』読まなくちゃ

5: kaeru-no-tsura 2026/09/10 18:30

こどものともは定期購読だったし、もれなく福音館書店のえほんで育った。思うに、親の世代(戦前戦中生まれ)にとって子育ては娯楽だったのかなぁって

6: kukurukakara 2026/09/10 20:10

児童福祉に関わっていたのか.知らなかった.かなり意識して保母になった点が興味深い.

7: strangedoll 2026/09/10 20:34

出てくる作家が錚々たる方々だ…

8: katamachi 2026/09/10 21:33

中川李枝子と絵本「ぐりとぐら」前史。保母さんとしての実践だったとの指摘「中川が紡ぎ出す物語の特徴のひとつは、主人公が困難を克服して成長するといった一般的な説話構造が、原則として採用されていないことだ」

9: shidho 2026/09/10 21:47

これ書いた人、「仮面ライダークウガ」のリント文字デザインした人だ。/「もんだいなすび」も(←わかる人にだけわかればいい)

10: SilverHead247 2026/09/10 23:01

95年にマリ共和国のドゴン族の村に行ったら、そこになぜか中川さんが居た。お礼が言えて良かった。

11: kamezo 2026/09/11 00:16

これは読み応えがある。かこさとし(=加古里子?)も保育出身なのか。児童福祉法、日本国憲法」、児童憲章の3つを、ひと続きのものとして捉えるというのはわかる。が反発も受けるのかな?

12: koinobori 2026/09/11 00:46

中川氏が保母だったのは亡くなったときの記事で知ったが、かこさとしがセツルメント(隣保館、貧民救済活動、共産党の強い影響下だった)で、絵本の元を作っていたのは知らなかった

13: tybalt 2026/09/11 01:18

『パンダコパンダ』とかはそういう影響下にあった作品なのかな。個人的には、不思議体験がメインか、困難の克服がメインかは、匙加減の多少であって、非日常世界への訪問という点では同じという感覚。

14: o9875 2026/09/11 04:04

中川李枝子と せなけいこのサイン会に参加したことがあり、それぞれ感慨深かった。中川李枝子には握手してもらったが、せなけいこはたいへんお疲れで、そんな雰囲気ではなかった。かこさとしには会えなかった。

15: tzh 2026/09/11 09:04

“中川の父・大村清之助は、農学博士号を持つ蚕糸技術者で、高円寺の蚕糸試験場に勤務していた”