罪と罰のバランスだいじ
>「どうして九両」は額の「9両」と「どうしてくれよう(くりょう)」との掛け言葉(地口)になっている事に気づかない人が多い/ どっかのキツネのダジャレよりムリあるだろこれ。
身も蓋もない話、法体系が終わってるので人治で回ってたということだと思うけど、まとめの中にスピード違反の足切りの話があることで味わいが深くなりますね。
仮に処刑するにしても、時代を追うごとに、残虐にならない方向に変化してる。江戸時代の半ばには、「火あぶり」も実際には火に直に当てないようになったとか。 https://www.kobegakuin.ac.jp/gakuho-net/infocus/2011/2011_06.html
大岡裁きってやつか
逆はないの。こいつ馬鹿で危険だからちょっと金額盛っておこうとか。拷問の自白が有効な世界だから、有効な手じゃない。
「そういうことにしておく」って言うのは昔からあるんだね。
軒並み皆の御奉行は大岡越前。
速度違反は30km/h以上で一発免停だが、警察官の機嫌次第で超過29km/h程度にしてもらえる事もあるらしい。/ まとめ内にも書いてあるな https://x.com/sawajiriyogisha/status/2090721010798768279
八百屋お七はひのえうまへの風評被害
マンガパタリロで詐欺犯への殺人の量刑、表面的には死刑だが、「詐欺の金員を100年間の分割払いで返金させ、その分割払いが終わった時に死刑執行」として事実上死刑を回避する判決をパタリロ国王がやってた
人間なんでね、なんでも杓子定規じゃ息が詰まる。今は違うようだが/人治主義礼賛では無い
示談の亜種
以前高速道路を40km/hオーバーくらいで走行していた時に後ろからハイビームとパトランプで誘導され「あー免停か」と思っていたら「速度違反と通行帯違反どっちがいい?」と聞かれ「次回から気をつけてね」で容赦された
今も昔も「制度」の話なんだなあ
いい話か???
実態にそぐわなかったり、情状酌量の余地あれば現場の運用でカバーしてたのかな。
「くれよう」が「くりょう」になる現象はごく一般的。芝居に幾らでも出てくる。『露営の歌』でも「手柄立てずに死なりょうか」と歌われている。言うまでもなく、死なれようか(死ぬことができようか)が転じたもの。
『今でもまあ「転んだところに運悪く徳利があったのですね、そうですよね!」みたいな話があるそうですし』…うん…うん?
年度末。多忙でテンパってる様子の巡査とすれ違う。「あそこに1000円札おちてますよ」と教えたら「落ちてません落ちてません」と叫びながら走って逃げてった(´・ω・`)
でもこれ言う側は毎回言ってるから10両とか15才の意味を分かってるんだろうけど、言われる側は生まれて初めて言われるんだから、それだけでピンとくるモンなのかね
コメ欄「ハンムラビ法典は一見厳しいように見えるが過剰な報復(私的制裁)が横行していたのを抑えるために作られた。」先行する法典の方が金銭保証で肉刑を課さずに「文明的」だった条文もあるみたいだけどな
とはいえ、コレを正式に法律で定めるとこうなります→ " 10万円までの窃盗を重罪としないカリフォルニア、"万引き天国"問題のその後 | TECH+(テックプラス) https://news.mynavi.jp/techplus/article/svalley-914/"
いや書いてあるやつ通りにせえよ! って向きもあるだろうが規則の運用なんてずっとそうなんだろな
【id:lone-dog スピード違反の足切りの話】盗みの金額とは違って、スピードの測定には「誤差」が発生するからね(理系のツッコミ)
七両三分は春駒(無関係)
葉隠にも似たよう話があったな。
セーフティネットの不十分な社会ではそういうのが人を救う最後の砦なのかもね
「レートはテンピンであるな?」「ハハア」「よろしい、では不起訴じゃ」
現在の二次創作界隈
プロ野球の抗議も5分ルールを超えると退場処分になるが、始末書を作成するのが面倒らしく審判の方も4分くらいで「監督そろそろ……」と帰るように促す様子。なお落合は「時間だろ」と自分から退場するらしい…。
江戸時代死刑多すぎなんじゃ無くて第二次大戦以降先進国で人の命が重くなっていった。
割と役場とのやり取りしてると「ここからは個人の独り言なんですが」というのはある。
武家屋敷から多額の現金を盗まれた場合、監督責任を問われるため、なるべく隠蔽しようとした、という事情もあります。鼠小僧が大暴れした背景でもありますね。
勝小吉はしょっちゅう出歩いてるが、手形なんぞ持ってなかった。関所では「剣術修行だから通せ」「まかりならぬ」「通せ」「ならぬ」「通せ」「ならぬ」「通せ」で、奉行が根負けして通しちゃってる。(『夢酔独言』)
末期癌でも保釈はしないが?
現代の法体系とは違うと言われるけれど、2009年に裁判員制度がスタートして以来、一般人の裁判員は、過去の判例を念頭に置く検察や裁判官より厳罰傾向が強いと判明してる。昔からプロの方が情状酌量を考えていたと
それが今じゃ転び公防ってんだから隔世の感ったぁこのことよ
近世のエンピツナメナメ
誤ってしりもちをついたところにたまたま突起物があったのであるな?
生類憐みの気風変化に加えて、度重なる改鋳などのインフレによって10両の価値も死刑と定めた頃と江戸後期とで違ったりしそう。
そもそも岡っ引きがヤクザ者なんだよね、無給だし袖の下で生活してる。毒をもって毒を制す…
窃盗の三振制もあったはずだけどどう運用してたんだろうなあ
八百屋お七は丙午生まれで「男を不幸にする」という迷信で丙午の年は出生数が激減する。実際1966年の出生数は激減したが今年2026年の丙午はあまり影響ないっぽい(ていうかそれ以外の理由が深刻)
"なにより重罪にすると奉行の側も手続き面倒になるしなあ" 今も昔も役人社会のあるある。
肛門に異物が入ってしまった理由的な…(下品
ルールより運用重視は昔からなんだな
役人間の賄賂については、『もっこり半兵衛』ではわりとがっつり触れているし、下手に制度遵守しようとすると、そっちのほうが排除されると。
赤切符にすると反則金が県警に落ちないから、温情で29km/hにして青切符にしてあげるんです。優しい世界。
昭和時代の話ですが、俺を病院に連れてく途上で母の車がネズミ捕りに引っ掛かった時、車内の幼児を見た警官が急に「メーターをこっちの角度から見ると超過してないね」みたいなことを言い出したのを良く覚えてる
現在もこう言う警官が居ると同時に、恣意的に点数稼ぎするヤツも居るよね。
スピード違反の速度みたいな
「性的興味で遊んでいて事故で取れなくなった」と正直に伝えれば保険適応になる。意図的に傷つけようとしたとか入れっぱなしにするつもりだった場合はダメ
後方追尾で正確に計測するのはムズいという話とこれは全然違うような。いずれにせよ必要もなく情状酌量なんかしないやろ。温情みたいな気持ち悪い共同体感覚の物語より、話としては効率、利得的な運用の方がマシやね
文化的トップマネジメントについて考える機会
法律を人間が運用する理由だと思うのだが…まぁ気に食わないなら杓子定規になるように世の中を変えなされ
なんか死罪じゃなくてよかったみたいな感じに聞こえるけど、九両三分の罪でもまともに生きることができないくらいの罰を受けたのでは?
山内志朗も「規則は刃物であり,使い方次第で生かすものとも殺すものともなる。大事なのは規則の適用(application)であり,規則を使いこなすことは規則を振り回すことではない」と書いていた。今も昔もそれは同じ。
いい話風というよりは仕事増やしたくないが先にあって現代警察の被害届受理しない系統の話な気はする。
信長の一銭斬りとかあったが、実際どうだったのか
本題(現場レベル裁量)から外れるけど、和仁かや『江戸の刑事司法』は面白くて。重刑罰については評定所(寺社奉行・町奉行・勘定奉行)と老中の合議で決まるのだけど、そこで法と現実のすり合わせが行われてる。
人治だカリフォルニアだみたいな話になってるがわれわれが「これは『犯罪』だ(街で見知らぬ女性を『タイプだから』とつきまとって殺しちゃうみたいなアレ」と認識できる行為は民主主義の産物(以前はなかった)なので
セイフティーネットのない時代だから、困窮するとあっという間に盗みをしないと家族全員死ぬって状況になるけど、ちょっとした窃盗で死刑にすると「無敵の人が大量生産されてしまう」くらいの想像力はあったんだろう
なぜかお尻に吸い込まれる異物も、お医者さんの好意。とはいえ、そんなバカに医療費を使って欲しくないんだけど…
江戸時代の裁きでは十両以上の盗みは死刑だが、現場では奉行が「九両三分であるな?」と調整していた→あの話はそういうことだったのか…
罪と罰のバランスだいじ
>「どうして九両」は額の「9両」と「どうしてくれよう(くりょう)」との掛け言葉(地口)になっている事に気づかない人が多い/ どっかのキツネのダジャレよりムリあるだろこれ。
身も蓋もない話、法体系が終わってるので人治で回ってたということだと思うけど、まとめの中にスピード違反の足切りの話があることで味わいが深くなりますね。
仮に処刑するにしても、時代を追うごとに、残虐にならない方向に変化してる。江戸時代の半ばには、「火あぶり」も実際には火に直に当てないようになったとか。 https://www.kobegakuin.ac.jp/gakuho-net/infocus/2011/2011_06.html
大岡裁きってやつか
逆はないの。こいつ馬鹿で危険だからちょっと金額盛っておこうとか。拷問の自白が有効な世界だから、有効な手じゃない。
「そういうことにしておく」って言うのは昔からあるんだね。
軒並み皆の御奉行は大岡越前。
速度違反は30km/h以上で一発免停だが、警察官の機嫌次第で超過29km/h程度にしてもらえる事もあるらしい。/ まとめ内にも書いてあるな https://x.com/sawajiriyogisha/status/2090721010798768279
八百屋お七はひのえうまへの風評被害
マンガパタリロで詐欺犯への殺人の量刑、表面的には死刑だが、「詐欺の金員を100年間の分割払いで返金させ、その分割払いが終わった時に死刑執行」として事実上死刑を回避する判決をパタリロ国王がやってた
人間なんでね、なんでも杓子定規じゃ息が詰まる。今は違うようだが/人治主義礼賛では無い
示談の亜種
以前高速道路を40km/hオーバーくらいで走行していた時に後ろからハイビームとパトランプで誘導され「あー免停か」と思っていたら「速度違反と通行帯違反どっちがいい?」と聞かれ「次回から気をつけてね」で容赦された
今も昔も「制度」の話なんだなあ
いい話か???
実態にそぐわなかったり、情状酌量の余地あれば現場の運用でカバーしてたのかな。
「くれよう」が「くりょう」になる現象はごく一般的。芝居に幾らでも出てくる。『露営の歌』でも「手柄立てずに死なりょうか」と歌われている。言うまでもなく、死なれようか(死ぬことができようか)が転じたもの。
『今でもまあ「転んだところに運悪く徳利があったのですね、そうですよね!」みたいな話があるそうですし』…うん…うん?
年度末。多忙でテンパってる様子の巡査とすれ違う。「あそこに1000円札おちてますよ」と教えたら「落ちてません落ちてません」と叫びながら走って逃げてった(´・ω・`)
でもこれ言う側は毎回言ってるから10両とか15才の意味を分かってるんだろうけど、言われる側は生まれて初めて言われるんだから、それだけでピンとくるモンなのかね
コメ欄「ハンムラビ法典は一見厳しいように見えるが過剰な報復(私的制裁)が横行していたのを抑えるために作られた。」先行する法典の方が金銭保証で肉刑を課さずに「文明的」だった条文もあるみたいだけどな
とはいえ、コレを正式に法律で定めるとこうなります→ " 10万円までの窃盗を重罪としないカリフォルニア、"万引き天国"問題のその後 | TECH+(テックプラス) https://news.mynavi.jp/techplus/article/svalley-914/"
いや書いてあるやつ通りにせえよ! って向きもあるだろうが規則の運用なんてずっとそうなんだろな
【id:lone-dog スピード違反の足切りの話】盗みの金額とは違って、スピードの測定には「誤差」が発生するからね(理系のツッコミ)
七両三分は春駒(無関係)
葉隠にも似たよう話があったな。
セーフティネットの不十分な社会ではそういうのが人を救う最後の砦なのかもね
「レートはテンピンであるな?」「ハハア」「よろしい、では不起訴じゃ」
現在の二次創作界隈
プロ野球の抗議も5分ルールを超えると退場処分になるが、始末書を作成するのが面倒らしく審判の方も4分くらいで「監督そろそろ……」と帰るように促す様子。なお落合は「時間だろ」と自分から退場するらしい…。
江戸時代死刑多すぎなんじゃ無くて第二次大戦以降先進国で人の命が重くなっていった。
割と役場とのやり取りしてると「ここからは個人の独り言なんですが」というのはある。
武家屋敷から多額の現金を盗まれた場合、監督責任を問われるため、なるべく隠蔽しようとした、という事情もあります。鼠小僧が大暴れした背景でもありますね。
勝小吉はしょっちゅう出歩いてるが、手形なんぞ持ってなかった。関所では「剣術修行だから通せ」「まかりならぬ」「通せ」「ならぬ」「通せ」「ならぬ」「通せ」で、奉行が根負けして通しちゃってる。(『夢酔独言』)
末期癌でも保釈はしないが?
現代の法体系とは違うと言われるけれど、2009年に裁判員制度がスタートして以来、一般人の裁判員は、過去の判例を念頭に置く検察や裁判官より厳罰傾向が強いと判明してる。昔からプロの方が情状酌量を考えていたと
それが今じゃ転び公防ってんだから隔世の感ったぁこのことよ
近世のエンピツナメナメ
誤ってしりもちをついたところにたまたま突起物があったのであるな?
生類憐みの気風変化に加えて、度重なる改鋳などのインフレによって10両の価値も死刑と定めた頃と江戸後期とで違ったりしそう。
そもそも岡っ引きがヤクザ者なんだよね、無給だし袖の下で生活してる。毒をもって毒を制す…
窃盗の三振制もあったはずだけどどう運用してたんだろうなあ
八百屋お七は丙午生まれで「男を不幸にする」という迷信で丙午の年は出生数が激減する。実際1966年の出生数は激減したが今年2026年の丙午はあまり影響ないっぽい(ていうかそれ以外の理由が深刻)
"なにより重罪にすると奉行の側も手続き面倒になるしなあ" 今も昔も役人社会のあるある。
肛門に異物が入ってしまった理由的な…(下品
ルールより運用重視は昔からなんだな
役人間の賄賂については、『もっこり半兵衛』ではわりとがっつり触れているし、下手に制度遵守しようとすると、そっちのほうが排除されると。
赤切符にすると反則金が県警に落ちないから、温情で29km/hにして青切符にしてあげるんです。優しい世界。
昭和時代の話ですが、俺を病院に連れてく途上で母の車がネズミ捕りに引っ掛かった時、車内の幼児を見た警官が急に「メーターをこっちの角度から見ると超過してないね」みたいなことを言い出したのを良く覚えてる
現在もこう言う警官が居ると同時に、恣意的に点数稼ぎするヤツも居るよね。
スピード違反の速度みたいな
「性的興味で遊んでいて事故で取れなくなった」と正直に伝えれば保険適応になる。意図的に傷つけようとしたとか入れっぱなしにするつもりだった場合はダメ
後方追尾で正確に計測するのはムズいという話とこれは全然違うような。いずれにせよ必要もなく情状酌量なんかしないやろ。温情みたいな気持ち悪い共同体感覚の物語より、話としては効率、利得的な運用の方がマシやね
文化的トップマネジメントについて考える機会
法律を人間が運用する理由だと思うのだが…まぁ気に食わないなら杓子定規になるように世の中を変えなされ
なんか死罪じゃなくてよかったみたいな感じに聞こえるけど、九両三分の罪でもまともに生きることができないくらいの罰を受けたのでは?
山内志朗も「規則は刃物であり,使い方次第で生かすものとも殺すものともなる。大事なのは規則の適用(application)であり,規則を使いこなすことは規則を振り回すことではない」と書いていた。今も昔もそれは同じ。
いい話風というよりは仕事増やしたくないが先にあって現代警察の被害届受理しない系統の話な気はする。
信長の一銭斬りとかあったが、実際どうだったのか
本題(現場レベル裁量)から外れるけど、和仁かや『江戸の刑事司法』は面白くて。重刑罰については評定所(寺社奉行・町奉行・勘定奉行)と老中の合議で決まるのだけど、そこで法と現実のすり合わせが行われてる。
人治だカリフォルニアだみたいな話になってるがわれわれが「これは『犯罪』だ(街で見知らぬ女性を『タイプだから』とつきまとって殺しちゃうみたいなアレ」と認識できる行為は民主主義の産物(以前はなかった)なので
セイフティーネットのない時代だから、困窮するとあっという間に盗みをしないと家族全員死ぬって状況になるけど、ちょっとした窃盗で死刑にすると「無敵の人が大量生産されてしまう」くらいの想像力はあったんだろう
なぜかお尻に吸い込まれる異物も、お医者さんの好意。とはいえ、そんなバカに医療費を使って欲しくないんだけど…