ほかの生活雑貨はぞんざいに扱っても許されるのに本だけ聖域感あるの何だろうな。しなびた野菜は平気で捨てるのに米だけは農家の人が〜とか言い出す感じ。
読み捨て前提の文庫本だしな… とはいえ文庫なのに品切れ普通だし(建前上はアーカイブとしていつでも手に入るのが文庫)、文庫でしかでない本も多いしで、本にダメージを与えない方が良い。
まとめに入ってるけど、これを嫌がるのは読書好きではなく本好きだよね。読書好きな人はむしろこれを積極的にやるし、なんなら折り目を付けたり破ったりする。
社有の京セラフィロソフィでこれやったら部長から激昂された。思い出すと今でも稲盛和夫の墓石に蹴りを入れたい気分になる。
本読んでる自分自身のイメージとか本にまつわるガジェットが好きなだけの自意識過剰ダダ漏れの間抜け。廃刊した駄雑誌「ダヴィンチ」とか好きそう。
これ言う人が多いからやらないようにしてるけど、あくまで読んで情報を得るのが主眼なんで物に執着しすぎるのもどうかと思う
本好き=本という物体が好きとも限らないんだけどな。大事に扱うに越したことはないけど絶対とまでは。
たしかに、この置き方は嫌だけど、何故かと聞かれると何故なんだろう…
読書好きでも本好きでもなく、ただ単にものを大切にするか否かだけな気がする。それとも、育ち?
本は大切に
丁寧に読むのと本を丁寧に扱うのはズレがあるよね。
これは、自分の本と他者の本の区別が、集中しているとわからなくなってしまう子供向けに、一律に禁止しているもので、小学校で広めているものかと。なので、大人になってまで言っているやつには近づきたくない。
意味重視派だし、自分が読んだ痕跡というのは、書いてあること以上に自分にとっては大事だったりもするが、写真のように置いたという記録は重要ではないので、この跡がつくのは不快。咄嗟の便利さでやるけどね。
昔は気にしてたけど今は全く気にならなくなった。モノとしての本への愛着がなくなったんだと思う
その置き方すると数十ページに渡って強めに癖がついて、紙の弾性でページをめくる妨げになるから「本」好きじゃなくても怒るというか不合理には思うんじゃないの。
これ怒る人がいるということに驚いた。もう紙で本読むこともだいぶなくなってしまったけど。
“「読書好き」と「本好き」は違う”
普通にやるけど本がダメになったとかもなく何度も読み直せてるし気にしない。趣味は流派が色々あるからそういう人もいるだろうね。
むしろ気になる本やお気に入りの本は、精読して折り目つけたり書き込んだり、ヨレヨレになるまで読み込んだり持ち歩いたりして、ついにはもう一冊買ったりもしてるのが、本当の“読書好き”だと思う派。
どうでもいい.読めればいい.
読みながら書き込む人とかもいるしなあ
本の種類によるかな。あと、ブコメの駄雑誌「ダ・ヴィンチ」というフレーズにニヤニヤしてるw
Togetterコメントに思ったことだいたい書いてあったので1個だけブコメ.カバーが邪魔なので買ったら速攻で外す.
カバーが邪魔だから外す事もあるし鞄にそのまま入れるからボロボロになるし書き込むし端おったりしてますごめんなさい。
昔は気を使ってたが最近では気にしなくなった。紙は単なる媒体であり表示デバイスに過ぎない。同様の理由で捨てることにも躊躇がなくなった。再入手可能なら捨てて構わない。
人にもよるし本にもよる。書き込んだり折ったり場合によっては切ったり破ったりする人もいるだろうし、そんな人でも曲がったり汚れたりしないように大切にしてる本もあるだろう。
リング製本もっと増えて欲しい
裁断して自炊(もう死語?)する読書好きもいるからなあ。
ものは大切に扱う方なのでやらないな
借りた本ならやらないけど、自分のだったら気にしないと言うか、気にしない為に買うまである。
もうこういうの、どうでもよくなってきた。
文庫はやる、ハードカバーはやらない
他人のものでやるのは躊躇する、自分の持ち物なら好きにしたらいい
ずっと放置する場合はこのやり方はやらんが、トイレや飲み物を取る時など一時的なときは結構やる。一時的なら手で読むときと変わらんやろ。コレ指摘する人は読むときも常に90°くらいで読んでるのだろうか
あーーー、本の希少性とか金額による。それはそれとして借りた本でもない限り本人の所有物なら他人がどうこう言うもんじゃないなと思う。
読書好きじゃなくて紙の本コレクターだろ
裁断してスキャンすれば汚れないし傷まないよ?
指摘されてわかった。僕は読書好きでなく本好きだったんだ! (教科書に赤線引くのでさえ嫌なタイプ)
昔よくやってそのまま寝てたな、電子書籍になって最高や
これは読んでる本人がやるものなので気にならない。生理的にすごく嫌なのは、横置きした本の上に飲み物が乗ってるインテリア写真
机が汚れてたら、と考えてしまってこの置き方は出来ない
本だけやたらと大切にされるのは、大昔の本が本当に貴重だった頃の名残なのかな。一般家庭にインターネットが普及するまで、情報の媒体として高い優位性があったわけで。
主語がデカいんだな
自分の本や図書館の本で疲れてるのはやるけど、キレイなのはやらないね。切ったり、折ったりするのはやらないし、やらないでほしい。
個人の本なんて何十年も保管したところ読むわけないんだから、そんなこと気にすんなよ、どうせ何度も読む気ないだろと思う派です。
これはやることあるが、ドッグイヤーはやらない(折りは戻らん)。そういや古本屋で、中に書き込みされた本にビニールかかってて確認出来ず当たったことある。背表紙に直に値段シール貼るような古本屋だったな…。
古い本でこれをやると空中分解する。致命傷。
紙の本にはこういう物理的制約があるから、電子書籍がありがたい。紙の本は読んでる間常に「本を大事に扱わなければいけない」ってプレッシャーがつきまとって集中力の一部を奪ってくる
あらためて自分は読書好きというより本好きだと再認識。だから図書館で本借りないし、何なら「〇〇図書館」って貼ってあるラベルも嫌w
根本から見開いて読んでいるのか、写真の置き方をしなくても、本に癖ついてしまうので、図書館以外で本を借りなくなった。
あー、私は本をボロボロにしちゃうタイプだからな。借りるのは難しい。図書費のある仕事で助かる。気に入った本ほど、ボロボロ。
ブックオープナー・・・
他の方もコメントされているように、読書好き≠本好き なのと、本の種類にもよる。美しい画集を開いて伏せた状態で机の上には置かないけど、読み込みたい文庫本なら癖がついて丸まってる位がいいな、とか。
大人になって子供の頃に読んだ本を見直したらめちゃ汚くてショック。ぞんざいに扱ってる自覚はなかったので。大人になってからは丁寧に扱ってるし子供にも扱い方を教えてる。読み捨てる本もあるので場合によるけど。
まとめタイトルが意味不明すぎて笑った。ちゃんとしろ / 数分手を離す時はやるけど長引きそうなら栞挟み直す。面積取って邪魔だし上に物載せれないからね(ぇ
自分で買った漫画と親が死蔵していたカバーもない文庫本を乱読している小学生だったのだが、友達から借りた本にこれやって激怒されたんだよな…。まったく初耳だったのだが、人の本にはやってはならんと理解した
私は汚く使いたい場合は2冊買ってるよ。1冊は綺麗に保存しておく用で、もう1冊は折り目つけても書き込んでも何してもいい。汚く使う方は本のカバーは取って、図書館の本みたいにフィルム自分で貼って使ってる。
重要なのは、この置き方をすると嫌がる人がいるということだけで、誰がどうとかはあまり関係なく嫌がる人がいるので他者の本はこういう扱いをしないようにしましょう、くらいかな
癖がつくと読みづらくなるから、必ずしおりを入れる。もしくは笑い飯哲夫と同様、しおりいれないで読み始めて理解できなかったら戻るとかしてた
消耗品とまでは云わないがいずれ劣化する物体だとは思ってる
綴じ方によるかな
判型や装丁には全くこだわらないが、この置き方はしないね。使ったものは元の場所に戻すのと同じ感覚。変形すると分かってるのでやらない。
本はかつては神聖性(単純な貴重さとは異なる)を纏っていたのでそのマインドを相応に受け継いでいる人は好き。消費されるコンテンツ・情報に過ぎないと思いがちな現代人的な発想もまあわかるがリバタリアン寄りかな
やってるのとやってないのがある気がする
紙面が汚れるのが嫌かな。あとハードカバーだと糊付けがミシミシいうのが怖いのでやらない。
刑事コロンボで本をこうやって置いたことが疑惑の決め手になった話があったっけ。「ロンドンの傘」か。
以前、読むページだけ破って持っていく読書好きが炎上してたっけ。
借りたものならともかく、自分で買った本だったらドックイヤーしても風呂場で読んでも何も問題ない。育ちなんて関係ねえわ
本好きのキモさは鉄オタと同じ種類。物を大切にするのは良いことだが、育ちマウントは育ちが悪すぎる。今は視力が低いので30インチモニタで読んでるが、まあ本を雑に扱えた頃の方が読書量は多かったなぁ。
文庫本に書き込みをするのは?
別にやらないけどそこまで読書好きでもないし、こういう雑な「自称読書好き」とか、「読書好き」であることしかアイデンティティないみたいな人、ほんと苦手。
机が狭くてこんな置き方はできんのです……(片付けろ)/もとい、電子書籍しか読まんけど。紙の本は置く場所がない。
小島秀夫もこの置き方を強く否定(具体的な言い回しは忘れた)してて意外だった
読書好きは多読の傾向があるので、本は媒体でしかないと割り切ってる一派がいるイメージ。ページを折る人はそれ。あと傍線を引きながら読む人も割り切り派。
ギター好きでもピカピカにしておきたい人とレリック的な使いこまれたほうが好きな人がいる。大事にするやり方は色々ある。
無線綴じでこれをやると背が割れてページが取れちゃうんだよ。自分の蔵書でやる分には好きにしろ。俺の本でやるな。
実用書とか参考書はしっかり折り目を付けたいのでもっと開きっぱなしになるようする。一年後は全ページ分解されてる。他人の本はやらない。自分の文庫本はそう置くこともある。絆創膏とかレシートがしおりになるよね
自由にすればいいけれど、俺の本には触るな。
自分ではやらないけど、置き方自体には何も思わん。貸す本に関しても、戻ってきたときに綺麗ならその間の扱い方は気にならない。自分の本の扱い方が雑なのかもと気づけたので、図書館で借りる際などに気をつけるか
紙の本はどう読んでも多少は傷むからよくない。電子書籍にするべき。
人や図書館とかから借りた本でやるのはNGだよ!
フツーにやるなぁ、他人の本ではやらんと思うけど(基本、買うタイプだからそういうシチュがねえw
結論が大体決まっているネタが拡声器にのる風潮に食傷気味
むしろ活字中毒者御用達の本の置き方であるとも思う。
気にする人は本好きであって読書好きではないのでは、という意見があってなるほどと思ったが、一方で愛すべき本に出会ったら「読書好き」であっても本を慈しむような気もする。自分の感覚としては、本好き≒読書好き
借りた本でこれやるのは駄目だぞ
普通にやる。本自体ではなく内容に価値があるので(画集とかは別やで?)。あるときから特別本そのものを神聖視するのやめた。ものによってはフロのそのままもっていく
自分が所有する本であれば、物理的な側面にあんま興味が無い。「読み込む」ことが本質であって、読み返すために都合が良いなら伏せ置きだろうが犬耳だろうが別に何とも。(まあ愛書家と愛読家は似てるようで別物)
そもそもこんなことしなくてもどこまで読んだかなんてすぐわかるだろ
これやるし、ドッグイヤーするし、雑に線引きまくるし、書き込みもする
現代版「蟹工船」かも
読書好きだ、いや、本好きだ、という話ではない。よくある「勝手に主語でかくすんな」案件でしかない。「私が」絶対に許さない、だけの話。勝手に代表ヅラすんなよ。
「読書好きが絶対に許さない本の置き方」というXの投稿に賛否両論が集まるが、どちらかといえば怒るのは「読書好き」ではないのでは?
ほかの生活雑貨はぞんざいに扱っても許されるのに本だけ聖域感あるの何だろうな。しなびた野菜は平気で捨てるのに米だけは農家の人が〜とか言い出す感じ。
読み捨て前提の文庫本だしな… とはいえ文庫なのに品切れ普通だし(建前上はアーカイブとしていつでも手に入るのが文庫)、文庫でしかでない本も多いしで、本にダメージを与えない方が良い。
まとめに入ってるけど、これを嫌がるのは読書好きではなく本好きだよね。読書好きな人はむしろこれを積極的にやるし、なんなら折り目を付けたり破ったりする。
社有の京セラフィロソフィでこれやったら部長から激昂された。思い出すと今でも稲盛和夫の墓石に蹴りを入れたい気分になる。
本読んでる自分自身のイメージとか本にまつわるガジェットが好きなだけの自意識過剰ダダ漏れの間抜け。廃刊した駄雑誌「ダヴィンチ」とか好きそう。
これ言う人が多いからやらないようにしてるけど、あくまで読んで情報を得るのが主眼なんで物に執着しすぎるのもどうかと思う
本好き=本という物体が好きとも限らないんだけどな。大事に扱うに越したことはないけど絶対とまでは。
たしかに、この置き方は嫌だけど、何故かと聞かれると何故なんだろう…
読書好きでも本好きでもなく、ただ単にものを大切にするか否かだけな気がする。それとも、育ち?
本は大切に
丁寧に読むのと本を丁寧に扱うのはズレがあるよね。
これは、自分の本と他者の本の区別が、集中しているとわからなくなってしまう子供向けに、一律に禁止しているもので、小学校で広めているものかと。なので、大人になってまで言っているやつには近づきたくない。
意味重視派だし、自分が読んだ痕跡というのは、書いてあること以上に自分にとっては大事だったりもするが、写真のように置いたという記録は重要ではないので、この跡がつくのは不快。咄嗟の便利さでやるけどね。
昔は気にしてたけど今は全く気にならなくなった。モノとしての本への愛着がなくなったんだと思う
その置き方すると数十ページに渡って強めに癖がついて、紙の弾性でページをめくる妨げになるから「本」好きじゃなくても怒るというか不合理には思うんじゃないの。
これ怒る人がいるということに驚いた。もう紙で本読むこともだいぶなくなってしまったけど。
“「読書好き」と「本好き」は違う”
普通にやるけど本がダメになったとかもなく何度も読み直せてるし気にしない。趣味は流派が色々あるからそういう人もいるだろうね。
むしろ気になる本やお気に入りの本は、精読して折り目つけたり書き込んだり、ヨレヨレになるまで読み込んだり持ち歩いたりして、ついにはもう一冊買ったりもしてるのが、本当の“読書好き”だと思う派。
どうでもいい.読めればいい.
読みながら書き込む人とかもいるしなあ
本の種類によるかな。あと、ブコメの駄雑誌「ダ・ヴィンチ」というフレーズにニヤニヤしてるw
Togetterコメントに思ったことだいたい書いてあったので1個だけブコメ.カバーが邪魔なので買ったら速攻で外す.
カバーが邪魔だから外す事もあるし鞄にそのまま入れるからボロボロになるし書き込むし端おったりしてますごめんなさい。
昔は気を使ってたが最近では気にしなくなった。紙は単なる媒体であり表示デバイスに過ぎない。同様の理由で捨てることにも躊躇がなくなった。再入手可能なら捨てて構わない。
人にもよるし本にもよる。書き込んだり折ったり場合によっては切ったり破ったりする人もいるだろうし、そんな人でも曲がったり汚れたりしないように大切にしてる本もあるだろう。
リング製本もっと増えて欲しい
裁断して自炊(もう死語?)する読書好きもいるからなあ。
ものは大切に扱う方なのでやらないな
借りた本ならやらないけど、自分のだったら気にしないと言うか、気にしない為に買うまである。
もうこういうの、どうでもよくなってきた。
文庫はやる、ハードカバーはやらない
他人のものでやるのは躊躇する、自分の持ち物なら好きにしたらいい
ずっと放置する場合はこのやり方はやらんが、トイレや飲み物を取る時など一時的なときは結構やる。一時的なら手で読むときと変わらんやろ。コレ指摘する人は読むときも常に90°くらいで読んでるのだろうか
あーーー、本の希少性とか金額による。それはそれとして借りた本でもない限り本人の所有物なら他人がどうこう言うもんじゃないなと思う。
読書好きじゃなくて紙の本コレクターだろ
裁断してスキャンすれば汚れないし傷まないよ?
指摘されてわかった。僕は読書好きでなく本好きだったんだ! (教科書に赤線引くのでさえ嫌なタイプ)
昔よくやってそのまま寝てたな、電子書籍になって最高や
これは読んでる本人がやるものなので気にならない。生理的にすごく嫌なのは、横置きした本の上に飲み物が乗ってるインテリア写真
机が汚れてたら、と考えてしまってこの置き方は出来ない
本だけやたらと大切にされるのは、大昔の本が本当に貴重だった頃の名残なのかな。一般家庭にインターネットが普及するまで、情報の媒体として高い優位性があったわけで。
主語がデカいんだな
自分の本や図書館の本で疲れてるのはやるけど、キレイなのはやらないね。切ったり、折ったりするのはやらないし、やらないでほしい。
個人の本なんて何十年も保管したところ読むわけないんだから、そんなこと気にすんなよ、どうせ何度も読む気ないだろと思う派です。
これはやることあるが、ドッグイヤーはやらない(折りは戻らん)。そういや古本屋で、中に書き込みされた本にビニールかかってて確認出来ず当たったことある。背表紙に直に値段シール貼るような古本屋だったな…。
古い本でこれをやると空中分解する。致命傷。
紙の本にはこういう物理的制約があるから、電子書籍がありがたい。紙の本は読んでる間常に「本を大事に扱わなければいけない」ってプレッシャーがつきまとって集中力の一部を奪ってくる
あらためて自分は読書好きというより本好きだと再認識。だから図書館で本借りないし、何なら「〇〇図書館」って貼ってあるラベルも嫌w
根本から見開いて読んでいるのか、写真の置き方をしなくても、本に癖ついてしまうので、図書館以外で本を借りなくなった。
あー、私は本をボロボロにしちゃうタイプだからな。借りるのは難しい。図書費のある仕事で助かる。気に入った本ほど、ボロボロ。
ブックオープナー・・・
他の方もコメントされているように、読書好き≠本好き なのと、本の種類にもよる。美しい画集を開いて伏せた状態で机の上には置かないけど、読み込みたい文庫本なら癖がついて丸まってる位がいいな、とか。
大人になって子供の頃に読んだ本を見直したらめちゃ汚くてショック。ぞんざいに扱ってる自覚はなかったので。大人になってからは丁寧に扱ってるし子供にも扱い方を教えてる。読み捨てる本もあるので場合によるけど。
まとめタイトルが意味不明すぎて笑った。ちゃんとしろ / 数分手を離す時はやるけど長引きそうなら栞挟み直す。面積取って邪魔だし上に物載せれないからね(ぇ
自分で買った漫画と親が死蔵していたカバーもない文庫本を乱読している小学生だったのだが、友達から借りた本にこれやって激怒されたんだよな…。まったく初耳だったのだが、人の本にはやってはならんと理解した
私は汚く使いたい場合は2冊買ってるよ。1冊は綺麗に保存しておく用で、もう1冊は折り目つけても書き込んでも何してもいい。汚く使う方は本のカバーは取って、図書館の本みたいにフィルム自分で貼って使ってる。
重要なのは、この置き方をすると嫌がる人がいるということだけで、誰がどうとかはあまり関係なく嫌がる人がいるので他者の本はこういう扱いをしないようにしましょう、くらいかな
癖がつくと読みづらくなるから、必ずしおりを入れる。もしくは笑い飯哲夫と同様、しおりいれないで読み始めて理解できなかったら戻るとかしてた
消耗品とまでは云わないがいずれ劣化する物体だとは思ってる
綴じ方によるかな
判型や装丁には全くこだわらないが、この置き方はしないね。使ったものは元の場所に戻すのと同じ感覚。変形すると分かってるのでやらない。
本はかつては神聖性(単純な貴重さとは異なる)を纏っていたのでそのマインドを相応に受け継いでいる人は好き。消費されるコンテンツ・情報に過ぎないと思いがちな現代人的な発想もまあわかるがリバタリアン寄りかな
やってるのとやってないのがある気がする
紙面が汚れるのが嫌かな。あとハードカバーだと糊付けがミシミシいうのが怖いのでやらない。
刑事コロンボで本をこうやって置いたことが疑惑の決め手になった話があったっけ。「ロンドンの傘」か。
以前、読むページだけ破って持っていく読書好きが炎上してたっけ。
借りたものならともかく、自分で買った本だったらドックイヤーしても風呂場で読んでも何も問題ない。育ちなんて関係ねえわ
本好きのキモさは鉄オタと同じ種類。物を大切にするのは良いことだが、育ちマウントは育ちが悪すぎる。今は視力が低いので30インチモニタで読んでるが、まあ本を雑に扱えた頃の方が読書量は多かったなぁ。
文庫本に書き込みをするのは?
別にやらないけどそこまで読書好きでもないし、こういう雑な「自称読書好き」とか、「読書好き」であることしかアイデンティティないみたいな人、ほんと苦手。
机が狭くてこんな置き方はできんのです……(片付けろ)/もとい、電子書籍しか読まんけど。紙の本は置く場所がない。
小島秀夫もこの置き方を強く否定(具体的な言い回しは忘れた)してて意外だった
読書好きは多読の傾向があるので、本は媒体でしかないと割り切ってる一派がいるイメージ。ページを折る人はそれ。あと傍線を引きながら読む人も割り切り派。
ギター好きでもピカピカにしておきたい人とレリック的な使いこまれたほうが好きな人がいる。大事にするやり方は色々ある。
無線綴じでこれをやると背が割れてページが取れちゃうんだよ。自分の蔵書でやる分には好きにしろ。俺の本でやるな。
実用書とか参考書はしっかり折り目を付けたいのでもっと開きっぱなしになるようする。一年後は全ページ分解されてる。他人の本はやらない。自分の文庫本はそう置くこともある。絆創膏とかレシートがしおりになるよね
自由にすればいいけれど、俺の本には触るな。
自分ではやらないけど、置き方自体には何も思わん。貸す本に関しても、戻ってきたときに綺麗ならその間の扱い方は気にならない。自分の本の扱い方が雑なのかもと気づけたので、図書館で借りる際などに気をつけるか
紙の本はどう読んでも多少は傷むからよくない。電子書籍にするべき。
人や図書館とかから借りた本でやるのはNGだよ!
フツーにやるなぁ、他人の本ではやらんと思うけど(基本、買うタイプだからそういうシチュがねえw
結論が大体決まっているネタが拡声器にのる風潮に食傷気味
むしろ活字中毒者御用達の本の置き方であるとも思う。
気にする人は本好きであって読書好きではないのでは、という意見があってなるほどと思ったが、一方で愛すべき本に出会ったら「読書好き」であっても本を慈しむような気もする。自分の感覚としては、本好き≒読書好き
借りた本でこれやるのは駄目だぞ
普通にやる。本自体ではなく内容に価値があるので(画集とかは別やで?)。あるときから特別本そのものを神聖視するのやめた。ものによってはフロのそのままもっていく
自分が所有する本であれば、物理的な側面にあんま興味が無い。「読み込む」ことが本質であって、読み返すために都合が良いなら伏せ置きだろうが犬耳だろうが別に何とも。(まあ愛書家と愛読家は似てるようで別物)
そもそもこんなことしなくてもどこまで読んだかなんてすぐわかるだろ
これやるし、ドッグイヤーするし、雑に線引きまくるし、書き込みもする
現代版「蟹工船」かも
読書好きだ、いや、本好きだ、という話ではない。よくある「勝手に主語でかくすんな」案件でしかない。「私が」絶対に許さない、だけの話。勝手に代表ヅラすんなよ。