マナーや学級会で荒れがちな推し活界隈に、倫理学が分析のメスを入れるアプローチは超面白い
ファンはこういう倫理観を持つべきだではなく、すでにもっている独自の倫理観を倫理学で分析するわけか。紹介されているトピックも全部おもしろい。本読んでみる!
うーん、そもそもなんでファン同士が交流するんだろ?バスツアーとかあるから?これはスポーツ倫理学の時から語られてそう。
個人的にゲートキーピングは他のサブカルでもよく見受けられるもので、以前より何か紐解けるものは無いだろうかと思っていた。真の〇〇では無いと切断することやニワカ扱い。それと内なるゲートキーパーも気になった
エスノグラフィっていうと怒られるやつか
ある共通文化圏の参加者は漠然とある「範囲」を想定するよね。そこにおいて美や善は大まかな秩序を作っていく上で必要な感覚。/男性的価値観の優位は、「推し」が経済的な拡大を目的化した存在のせいじゃないかな。
ちょうどこんなこと( https://f.hatena.ne.jp/auto_chan/2026%2D07%2D09_%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%80/ )を考えていたのでタイムリーな話題です
この辺は普通に、政治や宗教活動とも地続きで。
近年ファンダムは固有名詞をつけられるからなー。ファンネームがあると一個体としての意識が芽生えやすい/↓ファン同士がつながると大きい額動かせるんですよ。バースデー広告とか聖地巡礼の店貸し切りとか
読みながら、分析美学に近いなと思ったら分析美学に近いよと最後に書いてあった
おもしろかった(オーディエンス・キャプチャ行為)。
へえなるほど美学って学問として成立しているんだな
別にカブトムシ好きでも、電車好きでも、発生しうる。さらに双方向性が高まれば、隣人を意識せざる得ない。そうなれば相対性が生まれざるえない
面白そう
金を出すが口は出さない「投げ銭」だけはいい文化だよな
おもしろい
'「あんなのは本当のファンじゃない」。この言い方は過激派を追い出して集団を守る働きを持つ一方で、あるごまかしを含んでいる。'
ある界隈のノリを別の界隈に持ち込む事についてもこの感じで考察したら良さそう、と思った。割と揉めがちな点なので。
学級会
個人的にはあまり興味がないテーマだったのだけれど、読むのが気持ちよくて最後まで読んでしまった。頭いい人の書く文って、読んでいて脳のどこかが気持ちいいですよね。パズルを解いている気持ちよさみたいな
群れるな。
性暴力の被害書を執拗に中傷して自殺にまで追い込んだジャニオタの「倫理」はどう位置付けされるのか
『ファンダムの倫理の出どころのひとつはスポーツ倫理学、それもサッカーや野球の「ファン論」である。考えてみれば納得』:なるほど。
燃え上がれ〜x3 ファンダム〜、、、すまん、どうしても言いたくなってしまったんだ
ファンダム内のローカルコミュニティ運営で一章書けそう。管理人が現れるか、悪質コミュニティから立ち去れるか。5chとふたばの勢力が逆転しているのは5ch運営のトラブルだけじゃなくスレ主削除とdel投票の存在では?
ファンダム、と言えば当世風だが、言ってみれば「村の水利についての話し合い」なので別に古い話でもない。大して広くもない村でできるだけ多くの人が快適に、村を栄えさせるかのための私利の制限合意
非論理的な「眩暈」だの、1回性の「ハプニング」だの、研究者みたく未知の領域で表現を探求するだの、鋭意的な創作・アートであるほど倫理学的な既存のルールの整備は障害になるのでは?各作者の多様さに委ねとけよ
大変興味深かった。/本題からずれるからアレだけど、分析されているファン心理が、政党(非)支持者のSNSによって可視化された反応と相似形を持つなと感じた。政治の推し活化とはよく言ったもの。
ファンダムの整理において、リアコ反転の闇落ちとか、ファンではないがルールの緩い現場に乗り込んで荒らすイナゴらはまた異なるカテゴリなのかな
何かのファンである事にアイデンティティを委ねそこに倫理的制約が発生する場合それは宗教と何が違うのか。倫理的制約=戒律と考えると出入りの緩さや継続性以外あまり本質的な違いはないような気がする。
“稲岡大志、森功次、長門裕介、朱喜哲編 『世界最先端の研究が教えるすごい哲学』(総合法令出版)”
かつてUK全域でみられたフーリガンだが、今はスコットランド&北アイルランドでは殆ど暴動等おきてないらしい。イングランドでは未だにそれなりに起きているが。上手く方向転換できた方が良いよね
ファンのしつけができてるアーティストは尊敬するよね。
“ファンダムの暗黙のルールは「距離」を前提に組み上げられてきたのに、その距離自体が動いてしまった”分かる。大手も弱小も同じSNSプラットフォーム。ファンが公式に影響を与えたり公式もそれを見越した活動したり
KPOP界隈の今日の話題はこれ https://x.com/ninihaseyo/status/2075061049800470689?s=46&t=wEEmt0UuEKngSvoZ0Oz3YQ 界隈はこれより酷いのも多々上がる日常でただただその文化が気の毒【追記】動画消えてた
ファンダムって言葉、大昔(70年代?)にSF界隈で見かけて以来、久しぶりに見たな。ファンジンなんて言葉もあったな。生き延びてるんだなあ。
惜しい。TVもCDもなかった近代以前の芸能は、むしろ観客と直に接する方が普通、そういう時代の歌舞伎役者だの落語家だのを直に支えていた「旦那」(太客)の倫理はいかなるものだったかがヒントになり得る
女オタクによるファンダムは延々と学級会が続くものと思ってるんだけど、そんな自浄作用も無くなるとファンの質低下を招きそうだなぁと思ってる。
倫理学あんまよく知らないんですけど、こうやって感想文書けばいいんですか? / 現代アイドルは歴史が浅すぎるため「暗黙のルール」が「自然形成された倫理基準」ではなく「声がデカいやつの主張」に一部なっていそう
↓イングランドはゴール裏指定席化、チケット代大幅値上げが大きいかと/日本は今まさにJリーグ鹿島アントラーズがホームゴール裏の全面指定席化に踏みきる。サポーター団体インファイトを優先入場させる施策とか
推しへの愛は正義にゃ!でも難しいことはボクにはよく分からないにゃ。とりあえず美味しいおやつを食べて、みんなで仲良くゴロゴロするのが一番幸せにゃ!
"にわか" は出てくるのに "古参" は出てこない不思議な評論; 単に "andom だと何のfanか分からないから "アイドルの" って付けた方が良い; 本当のfanであろうと考える事は個人的には余りない. まともな人間であろうとは思う
倫理も何も偶像崇拝でしかないのだから倫理違反ですよ。2000年以上前に指摘された倫理。違反から考えてもダメな論理が発生するだけです。議論に値しない議論。単なる近代的大衆によるパラノイアで処理すべき話です。
とても面白い。あと『ただ捨てるべき道具なのだろうか』でウィトゲンシュタインの梯子を連想した(「登ったら捨てる」は、高い場所にいる=すでにハシゴはお前の中にあるんだよ、なので要するにそうだよな(そういう事?
名取さなさんは「ファン同士の馴れ合い禁止」を明言していますね。しぐれういさんも「ファンは群れるな」。ファンを辞める一番の要因が「本人は好きだけどファンダムで嫌な目に遭ったから」なのが理不尽だからと。
近代までの宗教が分解されて推しになったんだと思ってる。Lite信仰。宗教学って信者側についても研究されてるのかな。類似性について誰か調べてまとめて
朝井リョウの『イン・ザ・メガ・チャーチ』を読んだばかりなので話を楽しめた。同作は宗教的熱狂の構造そのものをファンダムに重ねたメタファー。『推し、燃ゆ』も読んでみるか
めっちゃおもしろいな
ファン研究に倫理学が参入してきたのはここ最近。2026年にベルン大学WS。ルーツはスポーツ倫理学だが美学との接点も多い。SNS時代による距離感の変化/「良いファンとは何か」/「誰も入会審査などしていないのに」
"。「にわか」という言葉に棘を感じるとき、私たちの中でもこの門番が動き出しているのではないか。/「本物のファンとは何か」という問いは、他人をランク付けする物差しとしては壊れている。"
“要するに、ファンダムの暗黙のルールは「距離」を前提に組み上げられてきたのに、その距離自体が動いてしまった。古いルールの調整し直しが、いまあちこちで進行中なのである。”
最近、世界中の(?)フェラーリ・ファンがものすごい熱量で LUCE に反発してて、改めて「自分は今フェラーリのファンじゃないな」と確認するなど。他分野の有名デザイナーが「にわか」扱いされる事例……
ファンダムの倫理学の見取り図|ながと
マナーや学級会で荒れがちな推し活界隈に、倫理学が分析のメスを入れるアプローチは超面白い
ファンはこういう倫理観を持つべきだではなく、すでにもっている独自の倫理観を倫理学で分析するわけか。紹介されているトピックも全部おもしろい。本読んでみる!
うーん、そもそもなんでファン同士が交流するんだろ?バスツアーとかあるから?これはスポーツ倫理学の時から語られてそう。
個人的にゲートキーピングは他のサブカルでもよく見受けられるもので、以前より何か紐解けるものは無いだろうかと思っていた。真の〇〇では無いと切断することやニワカ扱い。それと内なるゲートキーパーも気になった
エスノグラフィっていうと怒られるやつか
ある共通文化圏の参加者は漠然とある「範囲」を想定するよね。そこにおいて美や善は大まかな秩序を作っていく上で必要な感覚。/男性的価値観の優位は、「推し」が経済的な拡大を目的化した存在のせいじゃないかな。
ちょうどこんなこと( https://f.hatena.ne.jp/auto_chan/2026%2D07%2D09_%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%80/ )を考えていたのでタイムリーな話題です
この辺は普通に、政治や宗教活動とも地続きで。
近年ファンダムは固有名詞をつけられるからなー。ファンネームがあると一個体としての意識が芽生えやすい/↓ファン同士がつながると大きい額動かせるんですよ。バースデー広告とか聖地巡礼の店貸し切りとか
読みながら、分析美学に近いなと思ったら分析美学に近いよと最後に書いてあった
おもしろかった(オーディエンス・キャプチャ行為)。
へえなるほど美学って学問として成立しているんだな
別にカブトムシ好きでも、電車好きでも、発生しうる。さらに双方向性が高まれば、隣人を意識せざる得ない。そうなれば相対性が生まれざるえない
面白そう
金を出すが口は出さない「投げ銭」だけはいい文化だよな
おもしろい
'「あんなのは本当のファンじゃない」。この言い方は過激派を追い出して集団を守る働きを持つ一方で、あるごまかしを含んでいる。'
ある界隈のノリを別の界隈に持ち込む事についてもこの感じで考察したら良さそう、と思った。割と揉めがちな点なので。
学級会
個人的にはあまり興味がないテーマだったのだけれど、読むのが気持ちよくて最後まで読んでしまった。頭いい人の書く文って、読んでいて脳のどこかが気持ちいいですよね。パズルを解いている気持ちよさみたいな
群れるな。
性暴力の被害書を執拗に中傷して自殺にまで追い込んだジャニオタの「倫理」はどう位置付けされるのか
『ファンダムの倫理の出どころのひとつはスポーツ倫理学、それもサッカーや野球の「ファン論」である。考えてみれば納得』:なるほど。
燃え上がれ〜x3 ファンダム〜、、、すまん、どうしても言いたくなってしまったんだ
ファンダム内のローカルコミュニティ運営で一章書けそう。管理人が現れるか、悪質コミュニティから立ち去れるか。5chとふたばの勢力が逆転しているのは5ch運営のトラブルだけじゃなくスレ主削除とdel投票の存在では?
ファンダム、と言えば当世風だが、言ってみれば「村の水利についての話し合い」なので別に古い話でもない。大して広くもない村でできるだけ多くの人が快適に、村を栄えさせるかのための私利の制限合意
非論理的な「眩暈」だの、1回性の「ハプニング」だの、研究者みたく未知の領域で表現を探求するだの、鋭意的な創作・アートであるほど倫理学的な既存のルールの整備は障害になるのでは?各作者の多様さに委ねとけよ
大変興味深かった。/本題からずれるからアレだけど、分析されているファン心理が、政党(非)支持者のSNSによって可視化された反応と相似形を持つなと感じた。政治の推し活化とはよく言ったもの。
ファンダムの整理において、リアコ反転の闇落ちとか、ファンではないがルールの緩い現場に乗り込んで荒らすイナゴらはまた異なるカテゴリなのかな
何かのファンである事にアイデンティティを委ねそこに倫理的制約が発生する場合それは宗教と何が違うのか。倫理的制約=戒律と考えると出入りの緩さや継続性以外あまり本質的な違いはないような気がする。
“稲岡大志、森功次、長門裕介、朱喜哲編 『世界最先端の研究が教えるすごい哲学』(総合法令出版)”
かつてUK全域でみられたフーリガンだが、今はスコットランド&北アイルランドでは殆ど暴動等おきてないらしい。イングランドでは未だにそれなりに起きているが。上手く方向転換できた方が良いよね
ファンのしつけができてるアーティストは尊敬するよね。
“ファンダムの暗黙のルールは「距離」を前提に組み上げられてきたのに、その距離自体が動いてしまった”分かる。大手も弱小も同じSNSプラットフォーム。ファンが公式に影響を与えたり公式もそれを見越した活動したり
KPOP界隈の今日の話題はこれ https://x.com/ninihaseyo/status/2075061049800470689?s=46&t=wEEmt0UuEKngSvoZ0Oz3YQ 界隈はこれより酷いのも多々上がる日常でただただその文化が気の毒【追記】動画消えてた
ファンダムって言葉、大昔(70年代?)にSF界隈で見かけて以来、久しぶりに見たな。ファンジンなんて言葉もあったな。生き延びてるんだなあ。
惜しい。TVもCDもなかった近代以前の芸能は、むしろ観客と直に接する方が普通、そういう時代の歌舞伎役者だの落語家だのを直に支えていた「旦那」(太客)の倫理はいかなるものだったかがヒントになり得る
女オタクによるファンダムは延々と学級会が続くものと思ってるんだけど、そんな自浄作用も無くなるとファンの質低下を招きそうだなぁと思ってる。
倫理学あんまよく知らないんですけど、こうやって感想文書けばいいんですか? / 現代アイドルは歴史が浅すぎるため「暗黙のルール」が「自然形成された倫理基準」ではなく「声がデカいやつの主張」に一部なっていそう
↓イングランドはゴール裏指定席化、チケット代大幅値上げが大きいかと/日本は今まさにJリーグ鹿島アントラーズがホームゴール裏の全面指定席化に踏みきる。サポーター団体インファイトを優先入場させる施策とか
推しへの愛は正義にゃ!でも難しいことはボクにはよく分からないにゃ。とりあえず美味しいおやつを食べて、みんなで仲良くゴロゴロするのが一番幸せにゃ!
"にわか" は出てくるのに "古参" は出てこない不思議な評論; 単に "andom だと何のfanか分からないから "アイドルの" って付けた方が良い; 本当のfanであろうと考える事は個人的には余りない. まともな人間であろうとは思う
倫理も何も偶像崇拝でしかないのだから倫理違反ですよ。2000年以上前に指摘された倫理。違反から考えてもダメな論理が発生するだけです。議論に値しない議論。単なる近代的大衆によるパラノイアで処理すべき話です。
とても面白い。あと『ただ捨てるべき道具なのだろうか』でウィトゲンシュタインの梯子を連想した(「登ったら捨てる」は、高い場所にいる=すでにハシゴはお前の中にあるんだよ、なので要するにそうだよな(そういう事?
名取さなさんは「ファン同士の馴れ合い禁止」を明言していますね。しぐれういさんも「ファンは群れるな」。ファンを辞める一番の要因が「本人は好きだけどファンダムで嫌な目に遭ったから」なのが理不尽だからと。
近代までの宗教が分解されて推しになったんだと思ってる。Lite信仰。宗教学って信者側についても研究されてるのかな。類似性について誰か調べてまとめて
朝井リョウの『イン・ザ・メガ・チャーチ』を読んだばかりなので話を楽しめた。同作は宗教的熱狂の構造そのものをファンダムに重ねたメタファー。『推し、燃ゆ』も読んでみるか
めっちゃおもしろいな
ファン研究に倫理学が参入してきたのはここ最近。2026年にベルン大学WS。ルーツはスポーツ倫理学だが美学との接点も多い。SNS時代による距離感の変化/「良いファンとは何か」/「誰も入会審査などしていないのに」
"。「にわか」という言葉に棘を感じるとき、私たちの中でもこの門番が動き出しているのではないか。/「本物のファンとは何か」という問いは、他人をランク付けする物差しとしては壊れている。"
“要するに、ファンダムの暗黙のルールは「距離」を前提に組み上げられてきたのに、その距離自体が動いてしまった。古いルールの調整し直しが、いまあちこちで進行中なのである。”
最近、世界中の(?)フェラーリ・ファンがものすごい熱量で LUCE に反発してて、改めて「自分は今フェラーリのファンじゃないな」と確認するなど。他分野の有名デザイナーが「にわか」扱いされる事例……