"僕たちと異なる考え方で生きていただろう。もちろん、チュツオーラと「やし酒飲み」の間にも距離がある。そういった「遠い」作品を楽しむために必要なのは、「共感」ではなく「想像」だ。" →ブクマ。
小川さんの作品が好きでこの本も好きでしかし小川さんが哲学的で衒学的作品も多く、名前の読みが「さとし」であることに気づく時に読みの裏切りを感じる。文学も同じ。裏切る^_^
“「遠い」作品を楽しむために必要なのは、「共感」ではなく「想像」“”過度な「共感」は「暴力」にもなり得るのだと感じてしまう。「わかる」ことが読書の楽しみなら、「わからない」ことも読書の楽しみになる。”
小川哲さんの作品も唐突に非現実的な能力者が出てきたりするのでこういうの好きなんだと思った
自我というのは最初から他人に言い聞かせてると思うけど。共感はなくても思い込みは捨てられないだろうな。
有頂天「ジュジュマンのうた」の元ネタをこうして知ることになるとは。
自文化において優勢な価値観を一旦脇に置いておいて、良い悪いの判断ですぐ切り分けようとせず、話がどう転がって行こうがとりあえず見守る。子供の頃から世界の民話、神話、伝説を読み慣れていると抵抗ない。
「そういった「遠い」作品を楽しむために必要なのは、「共感」ではなく「想像」だ。」漫画も割とその感覚で読むので、妙に共感させようとしてくる転生モノやデスゲーム的な話なんかは敬遠している
アニメやマンガの感想で「わかりづらい」「説明不足」といった批判をだいぶ前から見るようになって、自分たちの知識不足や理解力不足を疑わないのか?とずーっと思っているめんどくさいオタクです
『やし酒のみ』は水木しげるに親しんでいる我々日本人なら、感覚的に理解できる気はする。生と死、聖と俗の境界がぐちゃぐちゃになっている混沌の中、オフビートな笑いが漂う。プロットも分かりやすく読みやすい
手品を楽しむのに種を考えてはならぬ~とも言われるが、それを考えるからこそ、裏切られる事の驚きも高まる訳で。理解しようとする所にこそ、やはり楽しみがある筈で。安易に理解できたと思う事を窘めたとて…
もうネタバラシをしないでくれと思いながらAmazonにとんだ。
”過度な「共感」は「暴力」にもなり得るのだと感じてしまう。” 自分の尺度で無理に解釈し「こういうことだよね」と片付けることは、相手の真の姿をねじ伏せる暴力。
やし酒飲みは民話とか昔話のノリで読んでたなあ
古本屋の店主が主役の漫画、『本なら売るほど』で言及ある作品だな、『やし酒飲み』。まったく知らん本だがのほほんとしたタイトルだなという印象で漫画を読んだが、ナイジェリアの小説だったのか。
『過度な「共感」は「暴力」にもなり得るのだと感じてしまう。「わかる」ことが読書の楽しみなら、「わからない」ことも読書の楽しみになる』
“作品を楽しむために必要なのは、「共感」ではなく「想像」だ。”良き文。昨今のフィクション作品の受容方法は受け手が自分事に引き寄せ過ぎるきらいがあると感じていた。表現規制を巡る対立の双方に当て嵌る。
「自分の知らない世界の広さに思いを馳せることが、人生を豊かにすると思う」
名文
ユング心理学に傾倒した以降の村上春樹っぽい感触がある。あるいは、南米のマジックリアリズムを意識した短編っぽいというか…
生物周辺、観察研究でわかってる"っぽいこと"はたくさんあれど設計者の話が聞けない以上、内部設計が本当に分かる時は永遠に来ないので、わりと永遠に面白い。
読みたくなっちまったよ
理解や共感よりも「確かに世界はこのようになっている」という『納得』が残り、世界の理解が少し広がったり深まったりするように思える、そんな作品が好き。
「「共感」ではなく「想像」」共感も想像も結局は自分の中にあるものが足掛かりなわけで、ないものは理解しようがない。定型の人達が共有するものを持たないことで感じる断絶に慣れちゃって、それを楽しみと思えない
”過度な「共感」は「暴力」にもなり得る。自分の知らない世界の広さに思いを馳せることが、人生を豊かにすると思う。“
ナイジェリアか。アチェベもショインカも結構端正な文章だったがこういう「飛び道具」も存在するんだな。
分からないとか複雑さを引き受けて進みたいと常々思ってる
そんな気持ちで数学の教科書を読めたらいいのだが
確かにわからないと面白くないなんてのは浅浅の浅ですよ…
理解不能?ボクのきまぐれな行動も、同じくらい愛おしいってことにゃ!
「頭山」みたいな、ナンセンスもの、ですかね。そう考えると、落語にしたらおもしろそう。
理解できなさを許容できるのはそれを現実として目の当たりにしないからでもあると思う。現実に向き合えるように読書で訓練するという見方もできそうだ。
「理解できない」を怖がる者は将来的にネトウヨやツイフェミになる
理解できない求めるて生きているようなもんだよ。何もかもが理解してしまうとつまらない。宇宙の答え?42。
学生さんに教えるとき,俺も常日ごろ言ってる。わからないことこそが本当の宝物だと。そのうちの一つか二つが,年を経ると思わぬ花を咲かせて実を付けてくれる。わからないことを大切にしてくれださい。
「やし酒」がヤケ酒とかその手の行為を指しているのかと思って少し悩んだ。ヤシの実から作られたお酒か…
『本なら売るほど』に出てきた小説だ。
岩波文庫のアピールとしても上手い…!やし酒はたしかに本なら売るほどで見かけたし、読んでみようかな
イーガンのSFは人物?描写が人間味あるからまだ読めるけど、やし酒飲みは全部が不条理で「なんじゃこりゃあ!」ってなって楽しめなかった。まぁそういう人もいるということで…
オイオイ、ネタバレし過ぎなのでは(; ゚д゚)……と思ったら、冒頭も冒頭の話でしかないとは、奥が深い
ヤシ酒はWikipediaにも項目があった。
いい文章。小川さんの小説も読んでみようかな。/チュツオーラの名前はイーノ&バーンのアルバムで知ったよ。My Life In The Bush Of Ghosts (1981) https://youtube.com/playlist?list=PLGwE1ohMHeyJigj9sX9hIv5a_yYlZgTrp / 小説はこれ https://w.wiki/S9VZ
小川さんのずるいところはエッセイもうまいところ/ネガティブ・ケイパビリティを言い出したのがジョン・キーツであるように,文学はわからないものをわからないまま扱う美徳.だからこそ現代に合わないのだろうけど
“チュツオーラが生きていた時代と場所には、僕たちと異なる常識が存在する”コンゴ民主共和国の鉄道動画でも思ったが、生活環境が違う人の感覚ってぜんぜん違うんだろうな。でもそこに人がいて生活がある
主人公の行動の不条理さと、説明なく話が展開する異常さは本来別なのだが一体化しているようにも見える。(未読)
この学年主任は酒を飲んで酔っ払うとめちゃくちゃ愉快で、軽口も叩くし、放言もするのだ。嘘だと思うならエイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』を読んでみてほしい。
アフリカの昔話っぽい感じのもの./調べてみるとヨルバ人の伝承のよう./なぜかアフリカの東西でこういうマジックリアリズムっぽい話が出てくるんだよなあ.全く民族が違うのにとフォークロアの広域に渡る伝播性を感じる.
アフリカ文学だそう。岩波文庫ならでは。
小川哲 「理解できない」を楽しむ[『図書』2026年7月号より]
"僕たちと異なる考え方で生きていただろう。もちろん、チュツオーラと「やし酒飲み」の間にも距離がある。そういった「遠い」作品を楽しむために必要なのは、「共感」ではなく「想像」だ。" →ブクマ。
小川さんの作品が好きでこの本も好きでしかし小川さんが哲学的で衒学的作品も多く、名前の読みが「さとし」であることに気づく時に読みの裏切りを感じる。文学も同じ。裏切る^_^
“「遠い」作品を楽しむために必要なのは、「共感」ではなく「想像」“”過度な「共感」は「暴力」にもなり得るのだと感じてしまう。「わかる」ことが読書の楽しみなら、「わからない」ことも読書の楽しみになる。”
小川哲さんの作品も唐突に非現実的な能力者が出てきたりするのでこういうの好きなんだと思った
自我というのは最初から他人に言い聞かせてると思うけど。共感はなくても思い込みは捨てられないだろうな。
有頂天「ジュジュマンのうた」の元ネタをこうして知ることになるとは。
自文化において優勢な価値観を一旦脇に置いておいて、良い悪いの判断ですぐ切り分けようとせず、話がどう転がって行こうがとりあえず見守る。子供の頃から世界の民話、神話、伝説を読み慣れていると抵抗ない。
「そういった「遠い」作品を楽しむために必要なのは、「共感」ではなく「想像」だ。」漫画も割とその感覚で読むので、妙に共感させようとしてくる転生モノやデスゲーム的な話なんかは敬遠している
アニメやマンガの感想で「わかりづらい」「説明不足」といった批判をだいぶ前から見るようになって、自分たちの知識不足や理解力不足を疑わないのか?とずーっと思っているめんどくさいオタクです
『やし酒のみ』は水木しげるに親しんでいる我々日本人なら、感覚的に理解できる気はする。生と死、聖と俗の境界がぐちゃぐちゃになっている混沌の中、オフビートな笑いが漂う。プロットも分かりやすく読みやすい
手品を楽しむのに種を考えてはならぬ~とも言われるが、それを考えるからこそ、裏切られる事の驚きも高まる訳で。理解しようとする所にこそ、やはり楽しみがある筈で。安易に理解できたと思う事を窘めたとて…
もうネタバラシをしないでくれと思いながらAmazonにとんだ。
”過度な「共感」は「暴力」にもなり得るのだと感じてしまう。” 自分の尺度で無理に解釈し「こういうことだよね」と片付けることは、相手の真の姿をねじ伏せる暴力。
やし酒飲みは民話とか昔話のノリで読んでたなあ
古本屋の店主が主役の漫画、『本なら売るほど』で言及ある作品だな、『やし酒飲み』。まったく知らん本だがのほほんとしたタイトルだなという印象で漫画を読んだが、ナイジェリアの小説だったのか。
『過度な「共感」は「暴力」にもなり得るのだと感じてしまう。「わかる」ことが読書の楽しみなら、「わからない」ことも読書の楽しみになる』
“作品を楽しむために必要なのは、「共感」ではなく「想像」だ。”良き文。昨今のフィクション作品の受容方法は受け手が自分事に引き寄せ過ぎるきらいがあると感じていた。表現規制を巡る対立の双方に当て嵌る。
「自分の知らない世界の広さに思いを馳せることが、人生を豊かにすると思う」
名文
ユング心理学に傾倒した以降の村上春樹っぽい感触がある。あるいは、南米のマジックリアリズムを意識した短編っぽいというか…
生物周辺、観察研究でわかってる"っぽいこと"はたくさんあれど設計者の話が聞けない以上、内部設計が本当に分かる時は永遠に来ないので、わりと永遠に面白い。
読みたくなっちまったよ
理解や共感よりも「確かに世界はこのようになっている」という『納得』が残り、世界の理解が少し広がったり深まったりするように思える、そんな作品が好き。
「「共感」ではなく「想像」」共感も想像も結局は自分の中にあるものが足掛かりなわけで、ないものは理解しようがない。定型の人達が共有するものを持たないことで感じる断絶に慣れちゃって、それを楽しみと思えない
”過度な「共感」は「暴力」にもなり得る。自分の知らない世界の広さに思いを馳せることが、人生を豊かにすると思う。“
ナイジェリアか。アチェベもショインカも結構端正な文章だったがこういう「飛び道具」も存在するんだな。
分からないとか複雑さを引き受けて進みたいと常々思ってる
そんな気持ちで数学の教科書を読めたらいいのだが
確かにわからないと面白くないなんてのは浅浅の浅ですよ…
理解不能?ボクのきまぐれな行動も、同じくらい愛おしいってことにゃ!
「頭山」みたいな、ナンセンスもの、ですかね。そう考えると、落語にしたらおもしろそう。
理解できなさを許容できるのはそれを現実として目の当たりにしないからでもあると思う。現実に向き合えるように読書で訓練するという見方もできそうだ。
「理解できない」を怖がる者は将来的にネトウヨやツイフェミになる
理解できない求めるて生きているようなもんだよ。何もかもが理解してしまうとつまらない。宇宙の答え?42。
学生さんに教えるとき,俺も常日ごろ言ってる。わからないことこそが本当の宝物だと。そのうちの一つか二つが,年を経ると思わぬ花を咲かせて実を付けてくれる。わからないことを大切にしてくれださい。
「やし酒」がヤケ酒とかその手の行為を指しているのかと思って少し悩んだ。ヤシの実から作られたお酒か…
『本なら売るほど』に出てきた小説だ。
岩波文庫のアピールとしても上手い…!やし酒はたしかに本なら売るほどで見かけたし、読んでみようかな
イーガンのSFは人物?描写が人間味あるからまだ読めるけど、やし酒飲みは全部が不条理で「なんじゃこりゃあ!」ってなって楽しめなかった。まぁそういう人もいるということで…
オイオイ、ネタバレし過ぎなのでは(; ゚д゚)……と思ったら、冒頭も冒頭の話でしかないとは、奥が深い
ヤシ酒はWikipediaにも項目があった。
いい文章。小川さんの小説も読んでみようかな。/チュツオーラの名前はイーノ&バーンのアルバムで知ったよ。My Life In The Bush Of Ghosts (1981) https://youtube.com/playlist?list=PLGwE1ohMHeyJigj9sX9hIv5a_yYlZgTrp / 小説はこれ https://w.wiki/S9VZ
小川さんのずるいところはエッセイもうまいところ/ネガティブ・ケイパビリティを言い出したのがジョン・キーツであるように,文学はわからないものをわからないまま扱う美徳.だからこそ現代に合わないのだろうけど
“チュツオーラが生きていた時代と場所には、僕たちと異なる常識が存在する”コンゴ民主共和国の鉄道動画でも思ったが、生活環境が違う人の感覚ってぜんぜん違うんだろうな。でもそこに人がいて生活がある
主人公の行動の不条理さと、説明なく話が展開する異常さは本来別なのだが一体化しているようにも見える。(未読)
この学年主任は酒を飲んで酔っ払うとめちゃくちゃ愉快で、軽口も叩くし、放言もするのだ。嘘だと思うならエイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』を読んでみてほしい。
アフリカの昔話っぽい感じのもの./調べてみるとヨルバ人の伝承のよう./なぜかアフリカの東西でこういうマジックリアリズムっぽい話が出てくるんだよなあ.全く民族が違うのにとフォークロアの広域に渡る伝播性を感じる.
アフリカ文学だそう。岩波文庫ならでは。