なんか書くかも。さておき、メインカルチャーでもサブカルチャーでも、センス競争のなかで差別化ができるとなるとそれは相当の段階という気がします。
安達裕哉氏ボディバッグおじさん論争に参戦。「センス=(定番の外し方で)差別化」と定義/評価する側は何で差別化してる?属人性じゃね?って疑念も。例キムタク(53)とイオンモールおじさん(53)の差別化では?
まじでそんなことに引っ掛かるような人は、ビジネス書を読んでた方が余程良いと思うよ。思考のフレームに問題があるんだから
存在自体がセンスがない(´・_・`)
全然読んでも理解できなかったんだが、それはおそらく俺自身が「イオンモールおじさん」であり、ここで「センスがない人」とされている人に分類されることに対する反発があるからなんだろうな。
ファッションの話で例えばTシャツを前後ろ逆に着てて指摘されても「ファッションです」と言い切り相手に有無を言わせない押しの強さをセンスと呼んでるんじゃないのかなっと
誰かを腐さないと維持できないの、イジメと同じじゃん
「ダサい」と腐すような人たちに褒められたいとは思えない。実は認められるメリット皆無では。余裕をもって自分らしさを表現しようというならともかく、一般との差別化が出来てないからダメ、って主張だしなぁ。
元ネタは服のセンスどうこうより地方の田舎のイオンモールにいること自体救えないという上から目線
服は ①汚く見えない②サイズが合っている が最低限で、センスは「わかって身に着けているかどうか」で、前者がOKだったらOKでいいよ、量産型大いに結構じゃん。
何で救われていないと思うのか?
“「ダサい」と思われたくなければ、服装について学習すればよい。”
これには異論がある。センスがないと明確に言われる場合、定番すらできていないことが多い。スライドなら余白の取り方や情報の強弱、服装なら季節感やサイズ合わせ。愛着やこだわりに走る人こそ鼻で笑われる。
普通の格好をしようとしてダサいなんて言われたら最悪で、そもそも自分にはそんなもの向いてなくて、TEMUで買った奇抜な服着て変な人と思われている方が望ましい。自分と一部の人にだけ刺さればいい
「ダサい」と誰が言ったのか。元のつぶやきは「(自分は)大嫌い」と言っているだけで客観的な価値判断は入れていない。「おじさん」とも言っていない。「おじさん」「ダサい」のレッテルを貼った人に問題がありそう。
センスって基本的に気付きなんだよな
『みんなが同じカッコをしたら、そのカッコは「ダサく」なる』 制服はダサいか。人民服だとダサくなるのか。みんなとは誰なのか。
ファッションは言葉遣いに似ていて、「生き物」である。空気を読む必要がある。流行語を使いすぎても、逆に死語を使っていても痛々しい。その時代の「やや堅め」の言葉遣いが無難なんだろうけど。
最近泡銭ができてファッション凝りだしたけど、やっぱりやればやるだけ成長を感じるし、今から思うと金をかけなくてももう少しなんとかなってたなと思う。モチベの問題
ない
政治のセンスが無い高市早苗に救いは無い。
AIイラストで永遠にくどい塗りのおっさんセンスの絵を出し続けているアカウントを見ると、世間で飽きられている要素に対して鈍感なのかなと思う 朝目新聞を思い出す
ドカ雪地方の出身なので実用重視、元気なら何でもいいよと思いつつ、センスはプロダクトに出るからアンテナ張っててほしいなとも
インプ稼ぎに釣られすぎ。そして便乗。
何事も、センスと理論は別軸じゃないかなと実感があるので、センスがない人は理論を学んで実践で上達するっていうのがみんなが普通にやってることと思う。なんとなく存在する正解を言語化する行為が救いと思う。
救う必要あるか?
AIに聞けば表面上だけは取り繕ってくれるんじゃね、知らんけど
センスの話かと思ったら、結局イオンモールおじさんの話。 経歴通りAIに書かせた記事なのかな。
プログラミングのセンスがあれば十分さ。
センスってたくさんのデータを結晶化する技術みたいなもんで、外し=センスでは無い。でも文脈を知った上で外すのはセンスある人かもね。
自分のいないところで「あいつオシャレ(笑)だから」ってバカにされたタイプ
「センスがない」と面と向かって言う人は、人間として一番大事なセンスがゼロ。トランプと同じ。
学べば伸びる=救い…?ハハハ、ご冗談を
it makes no sense(意味不明)
センスじゃなくて技術の集合でしょ。と思います。
違うね。自我を出すからセンスの問題になる。たとえば逆説的だけど、イオンモールおじさんは「かっこつけてるからダサい」になる。無地の白Tに黒のパンツがダサかったことは一度もないしこれからもない。
服に関しては、センスがある人を近くに置いて助言を求めれば解決する
僕はうちわがあるからセンスなくても大丈夫です
生活を豊かにするセンスはそうだけど、生きるセンスがなく片付けしなくなって、ちゃんとした飯食ったり、ゴミ掃除したり、風呂入ったりしなくなってセルフネグレクトみたいな生き方してる人多いからな
自分のいる界隈ごとにセンスも変わる。共通項として本人の注意散漫等により用法通りに使用してないケースは「センスがない」ということでよい気がする。洗濯洗いしてシミ付ゴワゴワのスエードブルゾンを着てるとか。
他人の服装のことでここまで時間使える頭の悪さには救いないと思うよ。相当暇で他にやること・考えることない人じゃないと、他人の服のセンスなんかどうでもいいと思うのよ。
会社の先輩が二人、とんでもない服を着てたのにおしゃれな配偶者を得て誰よりもおしゃれになって感動した(着せられてるうちに自分でもわかってきたと言っていた)。何よりも服のサイズが変わった。
このサイトはライターによって当たり外れが激しい。黄金頭さんか、せめてシロクマ先生の記事なら読んでみるかとなるのだが。
量産型の女性もセンスがあるかと言うと無いと思う。センスの無さで言ったらイオンのおじさんと同レベルだと思う。ただ、性的魅力資本があるから気づかれてないだけなんだよ
服に無頓着でも車やスマホ等のデザインにダサい論争する人はいる。昔は情報格差があって田舎者やミーハーが身に着けたらオワコン扱い。JPOPダサい扱いで洋楽聴いてたとか、ダサい意識してるほうがセンス身につかない
文末にあったけど、そもそもそのジャンルでセンスを持つ必要があるのかって話はあるよな、外に出れたらいいやろ
うるせえ
主張が途中で変わってる。中盤では「経験を積んで定番を知れば差別化できるのでダサくなくなる」と言っているのに、終盤では「定番の服を採用するからダサくなる」と言ってる。だからトップコメのツッコミが出る。
むしろ「定番通りの服装」ができている人は、一般的にはセンスがいいとされるはずだが。
本質は差別化(批判)を「多様性」の時代が許さないため、差別しても許容される"おじさん"を差別化するってのが色んな分野で起きてるんだよね
ダサいダサくないって結局比較だと思うので何と比較してどうなのかを分析していくとバランスの違いや環境の違いや色々調べる糸口は見つかると思うので分析して実験して経験にしていくしか無いのではないかと思います
差別化に全振りすれば、少なくともダサいとはいわれないだろうなあ。イカれている、と言われるだろうけどな。
ダセえまとめ記事書いてんじゃ姉よ
量産型のおしゃれとかズバ抜けてダサいというのはあるわけで、センス=差別化とはいえないのでは。むしろ皆が暗黙に共有してるイデアを具現化してみせるイメージ
筆者名をブコメに書いてくださってありがとうございます。開かずに済むのでとてもありがたいです。
物事の伝達事項のセンスが無くて。箇条書きでも失敗する。AIに救ってもらいたい
「安達 裕哉」まで読んだ
イオンおじさんのはセンスみたいな高レベルの話じゃなく、定期的に自分の責任において最低限調べて服買えよいつまで同じ服着てんだよって話でしょ。服の買い方が小学生みたいだから言われてる。
センスセンス言うひとは大抵筋の悪いことを繰り返す
センスって言葉が雑で前から嫌なんだよね。一般的なセンスとはある表現を直感的肉体的かつ時代と同調して捉える能力にすぎないと思っていて、広い意味の表現力の一形態でしかないんじゃないかと
マウントのセンスがいくらあったとてしょーもない。
なんてどうでもいい話なんだろう。驚くほどにどうでもいい考察だ。フィルタしてもう見ないようにする。
守破離の守である「よく勉強してきましたね」まではセンスのない人でも何とかなる気はするけど破(と離)をやって成功するとなるとセンスがいるとは思う。
ファッションに関しては、周期があって、流行り切るとダサい扱いを受ける。そして周期があある。タイトで清潔なジーンズは俺らダメージジーンズおじさんはダサいと言ってたが流行ったが、そのブームも終わりました。
ホントに服のセンスあるなと思ったのは数人だよな~(運転うまいと思ったのもそれくらい)
じゃー制服はダサいのか?
とりあえず多様化して、今これが一番センスが良い、ってもう言わないよね。ダサいって言葉は半分死後だ。その界隈の中で流行りがあるなら、そりゃそこでのでのセンスは必要かもだけど、属す事は無理強いしないしな。
センスないカッコするなつってんじゃーないの 手なりのカッコだけしてっとダセーぞつってんの!
センスの話をしていないというか、受け入れられる変異の選択が出来るかどうかは本人の意思とは関係ないのでは。当該の例を深掘りされる機会となった例自体特別性があるのにこの扱いなのは何故かとか。
センスはないかもしれないがウィットのあるブコメはある程度できていると思う。ソースはスター。
センスがないと言われたら「センスがないのはてめーの方だぜ」と思うだけだし、他人からダサいと思われたくないことがダサいと思ってしまう
服の話を一般化されてもだな。センスなくても気にすんなよな。ところかまわず下品な方がよほど救いがないわ。
センスとは大抵の場合は知識のことですよ、8割の人は叩けないようなアイテムって沢山あります
努力しても改善できないものを叩けなくなってる反動で、努力すれば改善できるものをめちゃくちゃ叩くようになってない?その線引きをお互いにどうにか自陣に引き寄せようとしてて、こういうことがしたいんだっけって
僕「センスある」「センスいい」って言葉あんまり好きじゃなくて、自分がセンスある前提で使う言葉っぽくて、本当に自分がセンスあるのかどうかみんな自信あるのか
最初の煽りコメント出してるの女性だったんだな…まぁ、男性へのルッキズム厳しいな https://x.com/i/status/2063021599805288837 しかもプロフにフェミニズムとある、思想によって攻撃性が高められてるサンプル
救いのない人にセンスは要るのか?
本当に服のセンスない人ってデザイン以前に秋冬向けの素材を真夏に着て大汗かき、真夏に通気性の悪い靴で水虫になったりしている。形や素材で機能の違いがわからず、他人に指摘されるまで気づかないよ
プライベートの「センスがない」なら気にする必要ないけど仕事上の何かでそう言われるときついな。
成果や評価のことを「センス」だと思ってしまう人が少なくないと思いますが、「それこそセンスのない話だ」としてしまうと堂々巡りか、どれもから離れることになるのだとも思います。「良いこと探し」的ですが。
おじさんを腐すのって一種の性的消費では? 例えば漫画のストーリーに「テンプレでつまらない」と読者が不満を言う権利はあるけど、服まで同じノリで批評されてもお前を楽しませるためのもんじゃないって話だよ。
言いたいことは分かるが、やっぱりその土俵に上がってない人を批判するやつがダサいよ。歩いて移動してる隣で勝手に走り出して勝利宣言してるのと同じなのよ?
守破離の話でしょ。仕事や趣味、スポーツやゲームの世界のセンスはその通り。衣食住の世界のセンスはいくら金をかけたのか、という勝負になりがちなので最近は金持ちも避ける傾向なのだが、SNSの世界は業が深いね。
ダサいっていう奴にセンスがあるかは別問題
服に関しては、まったく同コーデでも、なんかカッコよく見えたり、そうでなかったりする。センスというのはそういうところだと思う。それを論理的に説明できる人は後天的なセンスだけど、先天的にうまい人もいる
一番ダサいのは「自分はセンスある」と思ってる人よ
一周回って着物で歩いてるとダサいとか言われないけど、着付けマナー警察みたいな煩いのが発生するし、何にでもケチつけたい奴は常々湧いて来る
救いはないけど,救われる必要もない
イオンモールのおじさんファッションがダサいと言われるのはコーデの問題よりも10年も着続けている生地のくたびれ具合とかの清潔感の問題の気が。微妙にサイズアウトしてても買い替えてないところとか
こんなんに釣られるのはブクマカのセンスある(ほめてない)
なんだかな。個性の話。
気が利いてる人ってセンスいいとされるから、必要なときに必要な言葉発したり、その場に合った(自分に似合った)服装したらええんじゃないの?
露骨に奇抜な格好をすると評価軸をずらすことが出来て一般的なセンスの枠外へ逃げることが出来るのはもっと実践されてもいい
「地方の田舎のイオンモールで」センスも何もただの馬鹿じゃん。
何かと両極端な本邦"通俗"の犠牲になっているとも思えますが、しかしながら少なくとも昭和の御代までメンズへのファッションセンスを求めるのは"そういう層"以外なかった(でなければ百貨店の扱いはひどくない筈(-_-)zzz
センスの良し悪しって二つの話があると思ってて、苦労せずに要領よく出来るって話と、常人からは卓越したものを持つって話がある。前者は真似できないけど、後者に関してはある程度は努力で対応可能。
人のイチャモンには反応してはいけない
服のサイズも今は難しそうだけどなぁ。オーバーサイズとかスキニーとか何でもありに思える
他人に干渉しすぎ笑笑笑
まぐまぐってまだあるんだね
センスは似通ってる人同士で仲良くなるものだし「服のセンスはだめでも店のセンスは良い」な友達は重宝されたりするし、そう気にしなくていいと思うが / 仕事でデザインセンスないと言われた後はテンプレで生きてる
ブコメも含めると、ファッションのセンスとは、1. 定番(型・ルール)の蓄積と理解 2. 意図的な逸脱(差別化・ハズし)3. 全体の調和(バランス感覚)といったところか。1.がすでにないぞ
人のファッションに興味ないけど男女ともにスキニーの方が目のやり場に困るし、うわーってなる
自分のセンスを信じれば良い。そもそも一般で言われるセンスとは商業主義での流行に即した格好に過ぎない。
たいていのセンスは磨ける。/無難なものを「センスがない」というのは間違いなので無視すればよい。
むしろ近年の猛暑だとハンディファンじゃないとやっていけないのでセンスなんかいらない。
仕事だと仕方ない部分もあるけど、休日のイオンモールおじさん(赤の他人)をジャッジしてる人の方がセンスないと思うんだけどな…
メシマズとおんなじカテゴリーの話でしょ、ファッションのセンスって
お題のモールおじさんは、「かつて流行ったが一周して陳腐化したもの」なので、「定番」とは似て非なるものだと思うのだけどな。途中からその辺の話がごっちゃになってる。
「センスは知識からはじまる」という本があるのでお勧めしておきます。https://www.amazon.co.jp/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%AF%E7%9F%A5%E8%AD%98%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AF%E3%81%98%E3%81%BE%E3%82%8B-%E6%B0%B4%E9%87%8E-%E5%AD%A6/dp/4022511745
「センスは知識からはじまる」って本に書いてあった/イオンモールおじがダサいと言われる理由は、10年前の量産型で流行遅れだから。現代版の量産型の格好なら、とりあえず及第点は貰える。「レイヴァーの法則」。
性別限らず普段着にセンスを求められるのはきつい。というのはある。春秋でもサブリナに適当なノーブラTシャツで、ぺたんこなサンダルで出歩くノーメイクアメリカ人が羨ましいと心底思う。
これ日本が大衆消費社会に入った頃に言われ尽くしてる、同一性の中の微細な差異化ゲームな。そこでは差異こそが自己。ダサイは差異化できてない=自己の不在で、責任回避的な発言に終始する人が不快なのと似てる。
“簡単に言えば、みんなが同じカッコをしたら、そのカッコは「ダサく」なる。 同じ行動をしたら、その活動は「ダサく」なる。服装には「定番」があり、差別化たる「逸脱」があると、センスがあるように見える”
「センスがない」人に、救いはあるのか。
なんか書くかも。さておき、メインカルチャーでもサブカルチャーでも、センス競争のなかで差別化ができるとなるとそれは相当の段階という気がします。
安達裕哉氏ボディバッグおじさん論争に参戦。「センス=(定番の外し方で)差別化」と定義/評価する側は何で差別化してる?属人性じゃね?って疑念も。例キムタク(53)とイオンモールおじさん(53)の差別化では?
まじでそんなことに引っ掛かるような人は、ビジネス書を読んでた方が余程良いと思うよ。思考のフレームに問題があるんだから
存在自体がセンスがない(´・_・`)
全然読んでも理解できなかったんだが、それはおそらく俺自身が「イオンモールおじさん」であり、ここで「センスがない人」とされている人に分類されることに対する反発があるからなんだろうな。
ファッションの話で例えばTシャツを前後ろ逆に着てて指摘されても「ファッションです」と言い切り相手に有無を言わせない押しの強さをセンスと呼んでるんじゃないのかなっと
誰かを腐さないと維持できないの、イジメと同じじゃん
「ダサい」と腐すような人たちに褒められたいとは思えない。実は認められるメリット皆無では。余裕をもって自分らしさを表現しようというならともかく、一般との差別化が出来てないからダメ、って主張だしなぁ。
元ネタは服のセンスどうこうより地方の田舎のイオンモールにいること自体救えないという上から目線
服は ①汚く見えない②サイズが合っている が最低限で、センスは「わかって身に着けているかどうか」で、前者がOKだったらOKでいいよ、量産型大いに結構じゃん。
何で救われていないと思うのか?
“「ダサい」と思われたくなければ、服装について学習すればよい。”
これには異論がある。センスがないと明確に言われる場合、定番すらできていないことが多い。スライドなら余白の取り方や情報の強弱、服装なら季節感やサイズ合わせ。愛着やこだわりに走る人こそ鼻で笑われる。
普通の格好をしようとしてダサいなんて言われたら最悪で、そもそも自分にはそんなもの向いてなくて、TEMUで買った奇抜な服着て変な人と思われている方が望ましい。自分と一部の人にだけ刺さればいい
「ダサい」と誰が言ったのか。元のつぶやきは「(自分は)大嫌い」と言っているだけで客観的な価値判断は入れていない。「おじさん」とも言っていない。「おじさん」「ダサい」のレッテルを貼った人に問題がありそう。
センスって基本的に気付きなんだよな
『みんなが同じカッコをしたら、そのカッコは「ダサく」なる』 制服はダサいか。人民服だとダサくなるのか。みんなとは誰なのか。
ファッションは言葉遣いに似ていて、「生き物」である。空気を読む必要がある。流行語を使いすぎても、逆に死語を使っていても痛々しい。その時代の「やや堅め」の言葉遣いが無難なんだろうけど。
最近泡銭ができてファッション凝りだしたけど、やっぱりやればやるだけ成長を感じるし、今から思うと金をかけなくてももう少しなんとかなってたなと思う。モチベの問題
ない
政治のセンスが無い高市早苗に救いは無い。
AIイラストで永遠にくどい塗りのおっさんセンスの絵を出し続けているアカウントを見ると、世間で飽きられている要素に対して鈍感なのかなと思う 朝目新聞を思い出す
ドカ雪地方の出身なので実用重視、元気なら何でもいいよと思いつつ、センスはプロダクトに出るからアンテナ張っててほしいなとも
インプ稼ぎに釣られすぎ。そして便乗。
何事も、センスと理論は別軸じゃないかなと実感があるので、センスがない人は理論を学んで実践で上達するっていうのがみんなが普通にやってることと思う。なんとなく存在する正解を言語化する行為が救いと思う。
救う必要あるか?
AIに聞けば表面上だけは取り繕ってくれるんじゃね、知らんけど
センスの話かと思ったら、結局イオンモールおじさんの話。 経歴通りAIに書かせた記事なのかな。
プログラミングのセンスがあれば十分さ。
センスってたくさんのデータを結晶化する技術みたいなもんで、外し=センスでは無い。でも文脈を知った上で外すのはセンスある人かもね。
自分のいないところで「あいつオシャレ(笑)だから」ってバカにされたタイプ
「センスがない」と面と向かって言う人は、人間として一番大事なセンスがゼロ。トランプと同じ。
学べば伸びる=救い…?ハハハ、ご冗談を
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センスじゃなくて技術の集合でしょ。と思います。
違うね。自我を出すからセンスの問題になる。たとえば逆説的だけど、イオンモールおじさんは「かっこつけてるからダサい」になる。無地の白Tに黒のパンツがダサかったことは一度もないしこれからもない。
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生活を豊かにするセンスはそうだけど、生きるセンスがなく片付けしなくなって、ちゃんとした飯食ったり、ゴミ掃除したり、風呂入ったりしなくなってセルフネグレクトみたいな生き方してる人多いからな
自分のいる界隈ごとにセンスも変わる。共通項として本人の注意散漫等により用法通りに使用してないケースは「センスがない」ということでよい気がする。洗濯洗いしてシミ付ゴワゴワのスエードブルゾンを着てるとか。
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このサイトはライターによって当たり外れが激しい。黄金頭さんか、せめてシロクマ先生の記事なら読んでみるかとなるのだが。
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文末にあったけど、そもそもそのジャンルでセンスを持つ必要があるのかって話はあるよな、外に出れたらいいやろ
うるせえ
主張が途中で変わってる。中盤では「経験を積んで定番を知れば差別化できるのでダサくなくなる」と言っているのに、終盤では「定番の服を採用するからダサくなる」と言ってる。だからトップコメのツッコミが出る。
むしろ「定番通りの服装」ができている人は、一般的にはセンスがいいとされるはずだが。
本質は差別化(批判)を「多様性」の時代が許さないため、差別しても許容される"おじさん"を差別化するってのが色んな分野で起きてるんだよね
ダサいダサくないって結局比較だと思うので何と比較してどうなのかを分析していくとバランスの違いや環境の違いや色々調べる糸口は見つかると思うので分析して実験して経験にしていくしか無いのではないかと思います
差別化に全振りすれば、少なくともダサいとはいわれないだろうなあ。イカれている、と言われるだろうけどな。
ダセえまとめ記事書いてんじゃ姉よ
量産型のおしゃれとかズバ抜けてダサいというのはあるわけで、センス=差別化とはいえないのでは。むしろ皆が暗黙に共有してるイデアを具現化してみせるイメージ
筆者名をブコメに書いてくださってありがとうございます。開かずに済むのでとてもありがたいです。
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「安達 裕哉」まで読んだ
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センスセンス言うひとは大抵筋の悪いことを繰り返す
センスって言葉が雑で前から嫌なんだよね。一般的なセンスとはある表現を直感的肉体的かつ時代と同調して捉える能力にすぎないと思っていて、広い意味の表現力の一形態でしかないんじゃないかと
マウントのセンスがいくらあったとてしょーもない。
なんてどうでもいい話なんだろう。驚くほどにどうでもいい考察だ。フィルタしてもう見ないようにする。
守破離の守である「よく勉強してきましたね」まではセンスのない人でも何とかなる気はするけど破(と離)をやって成功するとなるとセンスがいるとは思う。
ファッションに関しては、周期があって、流行り切るとダサい扱いを受ける。そして周期があある。タイトで清潔なジーンズは俺らダメージジーンズおじさんはダサいと言ってたが流行ったが、そのブームも終わりました。
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じゃー制服はダサいのか?
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センスの話をしていないというか、受け入れられる変異の選択が出来るかどうかは本人の意思とは関係ないのでは。当該の例を深掘りされる機会となった例自体特別性があるのにこの扱いなのは何故かとか。
センスはないかもしれないがウィットのあるブコメはある程度できていると思う。ソースはスター。
センスがないと言われたら「センスがないのはてめーの方だぜ」と思うだけだし、他人からダサいと思われたくないことがダサいと思ってしまう
服の話を一般化されてもだな。センスなくても気にすんなよな。ところかまわず下品な方がよほど救いがないわ。
センスとは大抵の場合は知識のことですよ、8割の人は叩けないようなアイテムって沢山あります
努力しても改善できないものを叩けなくなってる反動で、努力すれば改善できるものをめちゃくちゃ叩くようになってない?その線引きをお互いにどうにか自陣に引き寄せようとしてて、こういうことがしたいんだっけって
僕「センスある」「センスいい」って言葉あんまり好きじゃなくて、自分がセンスある前提で使う言葉っぽくて、本当に自分がセンスあるのかどうかみんな自信あるのか
最初の煽りコメント出してるの女性だったんだな…まぁ、男性へのルッキズム厳しいな https://x.com/i/status/2063021599805288837 しかもプロフにフェミニズムとある、思想によって攻撃性が高められてるサンプル
救いのない人にセンスは要るのか?
本当に服のセンスない人ってデザイン以前に秋冬向けの素材を真夏に着て大汗かき、真夏に通気性の悪い靴で水虫になったりしている。形や素材で機能の違いがわからず、他人に指摘されるまで気づかないよ
プライベートの「センスがない」なら気にする必要ないけど仕事上の何かでそう言われるときついな。
成果や評価のことを「センス」だと思ってしまう人が少なくないと思いますが、「それこそセンスのない話だ」としてしまうと堂々巡りか、どれもから離れることになるのだとも思います。「良いこと探し」的ですが。
おじさんを腐すのって一種の性的消費では? 例えば漫画のストーリーに「テンプレでつまらない」と読者が不満を言う権利はあるけど、服まで同じノリで批評されてもお前を楽しませるためのもんじゃないって話だよ。
言いたいことは分かるが、やっぱりその土俵に上がってない人を批判するやつがダサいよ。歩いて移動してる隣で勝手に走り出して勝利宣言してるのと同じなのよ?
守破離の話でしょ。仕事や趣味、スポーツやゲームの世界のセンスはその通り。衣食住の世界のセンスはいくら金をかけたのか、という勝負になりがちなので最近は金持ちも避ける傾向なのだが、SNSの世界は業が深いね。
ダサいっていう奴にセンスがあるかは別問題
服に関しては、まったく同コーデでも、なんかカッコよく見えたり、そうでなかったりする。センスというのはそういうところだと思う。それを論理的に説明できる人は後天的なセンスだけど、先天的にうまい人もいる
一番ダサいのは「自分はセンスある」と思ってる人よ
一周回って着物で歩いてるとダサいとか言われないけど、着付けマナー警察みたいな煩いのが発生するし、何にでもケチつけたい奴は常々湧いて来る
救いはないけど,救われる必要もない
イオンモールのおじさんファッションがダサいと言われるのはコーデの問題よりも10年も着続けている生地のくたびれ具合とかの清潔感の問題の気が。微妙にサイズアウトしてても買い替えてないところとか
こんなんに釣られるのはブクマカのセンスある(ほめてない)
なんだかな。個性の話。
気が利いてる人ってセンスいいとされるから、必要なときに必要な言葉発したり、その場に合った(自分に似合った)服装したらええんじゃないの?
露骨に奇抜な格好をすると評価軸をずらすことが出来て一般的なセンスの枠外へ逃げることが出来るのはもっと実践されてもいい
「地方の田舎のイオンモールで」センスも何もただの馬鹿じゃん。
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人のイチャモンには反応してはいけない
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メシマズとおんなじカテゴリーの話でしょ、ファッションのセンスって
お題のモールおじさんは、「かつて流行ったが一周して陳腐化したもの」なので、「定番」とは似て非なるものだと思うのだけどな。途中からその辺の話がごっちゃになってる。
「センスは知識からはじまる」という本があるのでお勧めしておきます。https://www.amazon.co.jp/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%AF%E7%9F%A5%E8%AD%98%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AF%E3%81%98%E3%81%BE%E3%82%8B-%E6%B0%B4%E9%87%8E-%E5%AD%A6/dp/4022511745
「センスは知識からはじまる」って本に書いてあった/イオンモールおじがダサいと言われる理由は、10年前の量産型で流行遅れだから。現代版の量産型の格好なら、とりあえず及第点は貰える。「レイヴァーの法則」。
性別限らず普段着にセンスを求められるのはきつい。というのはある。春秋でもサブリナに適当なノーブラTシャツで、ぺたんこなサンダルで出歩くノーメイクアメリカ人が羨ましいと心底思う。
これ日本が大衆消費社会に入った頃に言われ尽くしてる、同一性の中の微細な差異化ゲームな。そこでは差異こそが自己。ダサイは差異化できてない=自己の不在で、責任回避的な発言に終始する人が不快なのと似てる。
“簡単に言えば、みんなが同じカッコをしたら、そのカッコは「ダサく」なる。 同じ行動をしたら、その活動は「ダサく」なる。服装には「定番」があり、差別化たる「逸脱」があると、センスがあるように見える”