“「本当に日本人は戦争に向いていない」ということです。ルーティンワークをテキパキとこなすのは日本人が得意とするところでしょう。しかし、いつ、どんな不測の事態”
運命の五分間の嘘が近年また復活してきたのか。あれがなかったら勝っていたは都合の良い話ではあるんだろうな
運命の五分間は日米双方に都合のいい神話だったという指摘、お役所仕事の組織病も含め深い
戦争に限らず、あらゆる分野で絶対に失敗を認めようとしないよね。悪化を続けて取り返しの付かないような状況になってからようやく手を付ける……それを決めた政治家が軒並みいなくなった後で、とも言い換えられるな
“「運命の五分間」は、日米双方にとって気持ちのいいナラティブだった”
戦争に向いている国民がいるほうが怖いんだが。もちろん向いてない日本は命がけで戦争を避けんとあかんわけで
勝った戦をまともに分析できないから、負けるまで反省できんのやろ。勝った時に総花式に全部肯定してりゃ、事故るまでリスクは残り続ける。
「日本人は戦争に向いていない」としているけどそれは違う。戦争になるとほとんどの国が多くのミスを犯しているけど負けた戦いを分析するとそう思うだけ。勝った側も色んなミスをしている。民族論にするのは稚拙。
「いつ、どんな不測の事態が起こるかわからない状況で、集団の力を結集して組織を機能させることに不得手な国民/太平洋戦争の日本が国家としての統一された戦争目標を確定することは、とうとう敗戦までなかった」
国家プロジェクトが失敗したときに「一定の成果があった」とかで責任をウヤムヤにしてるの伝統を受け継いでるなあ。 もんじゅ・第五世代コンピュータ・クールジャパン…
タイムマシンがあったら、重巡 利根のカタパルトに工具箱抱えた奴らの大渋滞ができる。みたいな事を佐藤大輔が書いてだけど、まぁ、たしかにそんな単純な話では無いわな。
“昭和の陸海軍というのは、とくに小役人化がすさまじい” 本当にこれ。そもそも役人としての都合で戦争始めちゃってるし
『ルーティンワークをテキパキとこなす』 つまり作業は得意。知的な思考と判断が不得意。というよりも知的な人間を毛嫌いどころか憎悪している。
日本政府は公式に先の戦争に対する総括していないものね。 アメリカ様に戦争調査会やめさせられて、その後アメリカ様に行って頂いた東京裁判に委ねているから…。
結局みんな願望に合致した説を信じる。大木毅は岩波新書の『独ソ戦』でさりげなく真珠湾攻撃アメリカ自作自演説を反証してる。当時すでに大西洋では米独の艦艇の小競り合いが発生して、どのみち米独開戦も間近だった
新しいメディアができるたびに昔検証されたデマが復活して拡散するからそのたびに根気よく事実を語り直さなければならない
大きい失敗でふりかえりをして学びを次につなげるのが下手
"「運命の五分間」については、これはもう意図的に作られたものである"< これが戦後の「海軍善玉論」への端緒なのに、大陸への侵略を否定したいはずのネトウヨが釣られてるのは、滑稽を通り越して寒々しいですね。
こういうので中国とそっくりなのが、悪い意味で儒教文化だなって感じる。日中関係って、同族嫌悪もあるから変な拗れ方しやすい
「日本人将校の癖として、いったん計画を立てると、本当にできるかどうか検証もせず、可能だと思い込む悪癖がある」
個人的には海軍が調略されていた疑いを持っている。「栗田謎の反転」「米内を斬れ」とか原因が分かっていない事はいくつか。
『ミッドウェイ海戦』(文春新書)
成人発達理論的に言うと、自己主導段階まで発達させることが難しいカルチャーなのかもしれないね。他国の事情はわからんけど。
日本人論に限らず特定の民族特殊論は一旦疑う事にしている。もちろん本当に歴史的経緯等があって特殊な場合もあるが。民族特殊論は陰謀論と同じく説明のコストが低く魅力的であるために。。/全否定はせんが慎重に
アメリカを見ていると、優秀な人材を揃えた官僚組織でも、トップの命令がいかに違法に見えてもその命令は命令系統を通じて末端までしっかり違法行為を全うする、そういうのが戦争に強い国なのかもな。人治主義の欠陥
関口宏の一番新しい近現代史の番組面白いぞー。陸軍海軍の両論併記当たり前とか。大体日中戦争片付いてないのに南方と米国とやりあうとかさ。
運命の五分間って、ボクのお昼寝時間より短いのにゃ~?
Blueskyで反高市で狂ってるんだけど受け答えはまともやなこの爺さん
そういう組織の硬直や人事の無茶苦茶はソ連軍もやっているが。スターリングラードでなぜ勝てたのか。
勝利まで正しく進むか、間違った時に軌道修正できるかの2つだけど日本(主語デカ)は後者がびっくりするほど苦手だよなぁってよく思うわ
岸田秀が生きていたらぜひ読んでレビューを書いてもらいたかったテーマ。本当にこの国はまだ負けが足りていないんだよ。
語り継がれる歴史は俗説なので、ある意味、俗説こそ歴史なのだ、というのはリハックで高橋弘樹さんが歴史学者の方々との議論ででた一つの結論
岩波の『独ソ戦』の著者の本らしい。読んでみたい。
「江戸しぐさ」みたいな嘘だけと教訓に使える便利な小咄~みたいなものを、虚実性を巧く分別して再利用できれば良いのだけど、言葉の象徴性だとかが分かち難く密接に噛み合っちゃってて、何度でも復元すんのよね…。
赤城と飛龍の撃沈を天皇に報告してないの笑ったw ホウレンソウもできんのかこいつらは
正直、高市擁護派の気持ち悪さにある自己憐憫の肥大化なのだろう。クリティカルシンキングに耐えられない弱さ、ありえない無謬性にこだわる宗教性などカルトの発露の結果の一つ
良記事; ミッドウェイ海戦に俗説が多い理由として,戦訓研究会が極秘扱いになったことが挙げられているが,他の戦訓研究会については報告/公表が行われているのだろうか?
日本人が戦争に向いてないというよりはトップに立つ人間が向いてない感じだが、向いてない人間がトップに立ててしまうのが問題なんだろう
架空戦記ものが大好きなミッドウェイ海戦というイメージあったけど、ほとぼりが冷めたから沢山書かれたのか、需要が大きかったから沢山書かれたのか。
日本人は・・・と民族論になった時点で、読む価値はないということが分かる。日本人SUGEEも日本人DAMEEも、方向性が違うだけで同類だよ。組織の問題を語るのに「日本人だから」という理由を持ち出すのはバカげている
山本五十六提督はじめ海軍上層部がミッドウェイ島攻略作戦の戦略的な失敗を南雲中将に押し付けた感じ。陸軍下げの海軍上げが酷いが海軍もダメダメ。
“急降下爆撃隊の攻撃を受けた時には、とてもじゃないが攻撃隊を発進できる状態ではなかった”、つまり換装中だったのは確定してるのね。それは現場指揮官は更迭だろう。真珠湾でも後のレイテでも意味不明の指揮をし
「責任者の追及ができなかった原因として…司令長官とその参謀長といったクラスの更迭をやると、玉突きで大幅な人事異動をやらなくてはならないという事情」「昭和の陸海軍というのは、とくに小役人化がすさまじい」
昭和天皇物語読もうって話
黒島亀人については戦後、証拠隠滅の容疑がある
戊辰戦争、日清日露と勝ち続けたのが返って良くなかったんじゃないかと思う。
陸海軍がほんとだめだったんだよなあ。戦略の立て方は今でもできてないと思う→「いったん計画を立てると、本当にできるかどうか検証もせず、可能だと思い込む悪癖がある」
大木毅氏/「日本人は戦争に向いていない」を民族論で捉えるか、『失敗の本質』的な組織論、社会論、情報処理や意思決定の文化論で捉えるか。日本人も他国人も基本の思考モデルは大差無し(文脈差は出る)と思うが
たかが100年前の戦争という最重要局面の状況が正確に記録されていないことに驚く。一方でこういうのは部外者に知られないように秘匿するものではないのか、という気がする。
“「運命の五分間」のような、そんな事実はなかったと確認された主張が、いまさら定説であるかのごとくに語られる。この状況は、いったい何なのだろう”
いまだに運命の5分なんて言ってる奴おるのかね?20年くらい前に読んだ本でも否定されてたけど。
"国民に対して、あるいは戦っている相手であるアメリカに対して、海戦の詳細や損害を隠さなくてはならなかったところに起源がある"
失敗の理由を真摯に直視できないなら、また失敗するのに日本本当はSUGEEEはずだった物語で糊塗する輩は愛国者ではなくむしろ逆
たった一つの会戦の日本側だけを分析して民族論をやる阿呆。せっかく史実が正しくても教訓を得る段階で「日本人はダメだ」みたいな間抜けな結論になって失敗するのだ。
民族特殊論でも陰謀論でもなく、文化論としての戦争下手じゃないの
ミッドウェイ海戦に多くの俗説が生まれた背景には、戦後日本海軍の生き残り(淵田美津雄中佐や奥宮正武中佐ら)が、自らのミスを隠蔽し「あと5分あれば勝てた」というドラマチックな作り話を喧伝したため
大木毅『ミッドウェイ海戦』(文春新書)
そもそも第一次世界大戦でイージーに戦勝国になってしまったのがまずかったと思う。今日でも勝った戦争をわざわざ振り返る人はめったにいない。
「本当に日本人は戦争に向いていない」「ルーティンワークをテキパキとこなすのは得意だが、不測の状況下で集団の力を結集して組織を機能させることが不得手」
日本人の劣等性の話はともかくとして、何がどう失敗してたか、なんでその失敗を選んだかのかって史実はちゃんと伝わってないといかんよね。
“今のところはこのあたりまでわかっています。ここから先は不明な点があります。こういった議論があった末に、現在ではこういう解釈が定説となっていますという、研究史の“決算”のようなものを書いておくべき”
日本人論/日本組織論に帰着するのは警戒しちゃうが、だがそれ抜きにこんな自国の歴史検証などする意味があるかとも思う。我々は何者であるかという(答えのない)問いから逃げようとする方が危険。
“本当に日本人は戦争に向いていない。いつ、どんな不測の事態が起こるかわからない状況で、集団の力を結集して組織を機能させるということに、これほど不得手な国民というのは、世界を探してもそうはいない”
佐藤大輔の架空戦記『征途』もミッドウェイ海戦での敗北を前提にしていたし、あそこで勝ち筋を見いだすのは無理すぎるんだろうなと
「危うく勝てた」とした方が、米国にとっても気持ち良かった、というのはなるほど…。/あと忘れられがちなのは、ミッドウェイの敗北は日本の敗戦に直結するが、米国はミッドウェイで負けてもまだ余力があること。
“ミッドウェイ海戦”
運命の五分間に関しては一番デカい海戦の脚色として面白いからずっと残っただけで心から信じてる奴はあんまいないんじゃないかな。あと戦争に向いてない人類なんかいないです。本は面白そう。
「現在のイラン情勢と原油関連の危機についても〜長期的に対応しなくてはいけない場合はどうするか〜かなり疑問です。」「戦争当事者とは言えない世代、反省なんかしていない」という総理ですからまた繰り返すのでは
負けたけど惜しかったと言いたい人が、80年も経ってから次々現れるのも残念な感じ。負けに不思議の負け無しとはよく言ったもので
デマを潰し、今の時点での研究結果をまとめる。新書に求められる機能そのままという感じ。この人独自の見解として、「日本人は戦争に向いてない」は納得しかない。イランのたとえもほんとその通り。
「日本人は戦争に向いていない」を肯定したとして、戦争に向いてる国家なんてのがあるのだろうか。独仏伊は論外として、ウクライナやイランで引っ掛かってる米露も戦上手と言えるだろうか。かろうじて英国位かね
“情報が連合艦隊や機動部隊に打電されているはずなのに、それに反応した形跡がない” やはり組織体制構築がダメだよな。。
なぜミッドウェイ海戦には俗説が多いのか 現代史家・大木毅に聞く「運命の五分間」という作り話
“「本当に日本人は戦争に向いていない」ということです。ルーティンワークをテキパキとこなすのは日本人が得意とするところでしょう。しかし、いつ、どんな不測の事態”
運命の五分間の嘘が近年また復活してきたのか。あれがなかったら勝っていたは都合の良い話ではあるんだろうな
運命の五分間は日米双方に都合のいい神話だったという指摘、お役所仕事の組織病も含め深い
戦争に限らず、あらゆる分野で絶対に失敗を認めようとしないよね。悪化を続けて取り返しの付かないような状況になってからようやく手を付ける……それを決めた政治家が軒並みいなくなった後で、とも言い換えられるな
“「運命の五分間」は、日米双方にとって気持ちのいいナラティブだった”
戦争に向いている国民がいるほうが怖いんだが。もちろん向いてない日本は命がけで戦争を避けんとあかんわけで
勝った戦をまともに分析できないから、負けるまで反省できんのやろ。勝った時に総花式に全部肯定してりゃ、事故るまでリスクは残り続ける。
「日本人は戦争に向いていない」としているけどそれは違う。戦争になるとほとんどの国が多くのミスを犯しているけど負けた戦いを分析するとそう思うだけ。勝った側も色んなミスをしている。民族論にするのは稚拙。
「いつ、どんな不測の事態が起こるかわからない状況で、集団の力を結集して組織を機能させることに不得手な国民/太平洋戦争の日本が国家としての統一された戦争目標を確定することは、とうとう敗戦までなかった」
国家プロジェクトが失敗したときに「一定の成果があった」とかで責任をウヤムヤにしてるの伝統を受け継いでるなあ。 もんじゅ・第五世代コンピュータ・クールジャパン…
タイムマシンがあったら、重巡 利根のカタパルトに工具箱抱えた奴らの大渋滞ができる。みたいな事を佐藤大輔が書いてだけど、まぁ、たしかにそんな単純な話では無いわな。
“昭和の陸海軍というのは、とくに小役人化がすさまじい” 本当にこれ。そもそも役人としての都合で戦争始めちゃってるし
『ルーティンワークをテキパキとこなす』 つまり作業は得意。知的な思考と判断が不得意。というよりも知的な人間を毛嫌いどころか憎悪している。
日本政府は公式に先の戦争に対する総括していないものね。 アメリカ様に戦争調査会やめさせられて、その後アメリカ様に行って頂いた東京裁判に委ねているから…。
結局みんな願望に合致した説を信じる。大木毅は岩波新書の『独ソ戦』でさりげなく真珠湾攻撃アメリカ自作自演説を反証してる。当時すでに大西洋では米独の艦艇の小競り合いが発生して、どのみち米独開戦も間近だった
新しいメディアができるたびに昔検証されたデマが復活して拡散するからそのたびに根気よく事実を語り直さなければならない
大きい失敗でふりかえりをして学びを次につなげるのが下手
"「運命の五分間」については、これはもう意図的に作られたものである"< これが戦後の「海軍善玉論」への端緒なのに、大陸への侵略を否定したいはずのネトウヨが釣られてるのは、滑稽を通り越して寒々しいですね。
こういうので中国とそっくりなのが、悪い意味で儒教文化だなって感じる。日中関係って、同族嫌悪もあるから変な拗れ方しやすい
「日本人将校の癖として、いったん計画を立てると、本当にできるかどうか検証もせず、可能だと思い込む悪癖がある」
個人的には海軍が調略されていた疑いを持っている。「栗田謎の反転」「米内を斬れ」とか原因が分かっていない事はいくつか。
『ミッドウェイ海戦』(文春新書)
成人発達理論的に言うと、自己主導段階まで発達させることが難しいカルチャーなのかもしれないね。他国の事情はわからんけど。
日本人論に限らず特定の民族特殊論は一旦疑う事にしている。もちろん本当に歴史的経緯等があって特殊な場合もあるが。民族特殊論は陰謀論と同じく説明のコストが低く魅力的であるために。。/全否定はせんが慎重に
アメリカを見ていると、優秀な人材を揃えた官僚組織でも、トップの命令がいかに違法に見えてもその命令は命令系統を通じて末端までしっかり違法行為を全うする、そういうのが戦争に強い国なのかもな。人治主義の欠陥
関口宏の一番新しい近現代史の番組面白いぞー。陸軍海軍の両論併記当たり前とか。大体日中戦争片付いてないのに南方と米国とやりあうとかさ。
運命の五分間って、ボクのお昼寝時間より短いのにゃ~?
Blueskyで反高市で狂ってるんだけど受け答えはまともやなこの爺さん
そういう組織の硬直や人事の無茶苦茶はソ連軍もやっているが。スターリングラードでなぜ勝てたのか。
勝利まで正しく進むか、間違った時に軌道修正できるかの2つだけど日本(主語デカ)は後者がびっくりするほど苦手だよなぁってよく思うわ
岸田秀が生きていたらぜひ読んでレビューを書いてもらいたかったテーマ。本当にこの国はまだ負けが足りていないんだよ。
語り継がれる歴史は俗説なので、ある意味、俗説こそ歴史なのだ、というのはリハックで高橋弘樹さんが歴史学者の方々との議論ででた一つの結論
岩波の『独ソ戦』の著者の本らしい。読んでみたい。
「江戸しぐさ」みたいな嘘だけと教訓に使える便利な小咄~みたいなものを、虚実性を巧く分別して再利用できれば良いのだけど、言葉の象徴性だとかが分かち難く密接に噛み合っちゃってて、何度でも復元すんのよね…。
赤城と飛龍の撃沈を天皇に報告してないの笑ったw ホウレンソウもできんのかこいつらは
正直、高市擁護派の気持ち悪さにある自己憐憫の肥大化なのだろう。クリティカルシンキングに耐えられない弱さ、ありえない無謬性にこだわる宗教性などカルトの発露の結果の一つ
良記事; ミッドウェイ海戦に俗説が多い理由として,戦訓研究会が極秘扱いになったことが挙げられているが,他の戦訓研究会については報告/公表が行われているのだろうか?
日本人が戦争に向いてないというよりはトップに立つ人間が向いてない感じだが、向いてない人間がトップに立ててしまうのが問題なんだろう
架空戦記ものが大好きなミッドウェイ海戦というイメージあったけど、ほとぼりが冷めたから沢山書かれたのか、需要が大きかったから沢山書かれたのか。
日本人は・・・と民族論になった時点で、読む価値はないということが分かる。日本人SUGEEも日本人DAMEEも、方向性が違うだけで同類だよ。組織の問題を語るのに「日本人だから」という理由を持ち出すのはバカげている
山本五十六提督はじめ海軍上層部がミッドウェイ島攻略作戦の戦略的な失敗を南雲中将に押し付けた感じ。陸軍下げの海軍上げが酷いが海軍もダメダメ。
“急降下爆撃隊の攻撃を受けた時には、とてもじゃないが攻撃隊を発進できる状態ではなかった”、つまり換装中だったのは確定してるのね。それは現場指揮官は更迭だろう。真珠湾でも後のレイテでも意味不明の指揮をし
「責任者の追及ができなかった原因として…司令長官とその参謀長といったクラスの更迭をやると、玉突きで大幅な人事異動をやらなくてはならないという事情」「昭和の陸海軍というのは、とくに小役人化がすさまじい」
昭和天皇物語読もうって話
黒島亀人については戦後、証拠隠滅の容疑がある
戊辰戦争、日清日露と勝ち続けたのが返って良くなかったんじゃないかと思う。
陸海軍がほんとだめだったんだよなあ。戦略の立て方は今でもできてないと思う→「いったん計画を立てると、本当にできるかどうか検証もせず、可能だと思い込む悪癖がある」
大木毅氏/「日本人は戦争に向いていない」を民族論で捉えるか、『失敗の本質』的な組織論、社会論、情報処理や意思決定の文化論で捉えるか。日本人も他国人も基本の思考モデルは大差無し(文脈差は出る)と思うが
たかが100年前の戦争という最重要局面の状況が正確に記録されていないことに驚く。一方でこういうのは部外者に知られないように秘匿するものではないのか、という気がする。
“「運命の五分間」のような、そんな事実はなかったと確認された主張が、いまさら定説であるかのごとくに語られる。この状況は、いったい何なのだろう”
いまだに運命の5分なんて言ってる奴おるのかね?20年くらい前に読んだ本でも否定されてたけど。
"国民に対して、あるいは戦っている相手であるアメリカに対して、海戦の詳細や損害を隠さなくてはならなかったところに起源がある"
失敗の理由を真摯に直視できないなら、また失敗するのに日本本当はSUGEEEはずだった物語で糊塗する輩は愛国者ではなくむしろ逆
たった一つの会戦の日本側だけを分析して民族論をやる阿呆。せっかく史実が正しくても教訓を得る段階で「日本人はダメだ」みたいな間抜けな結論になって失敗するのだ。
民族特殊論でも陰謀論でもなく、文化論としての戦争下手じゃないの
ミッドウェイ海戦に多くの俗説が生まれた背景には、戦後日本海軍の生き残り(淵田美津雄中佐や奥宮正武中佐ら)が、自らのミスを隠蔽し「あと5分あれば勝てた」というドラマチックな作り話を喧伝したため
大木毅『ミッドウェイ海戦』(文春新書)
そもそも第一次世界大戦でイージーに戦勝国になってしまったのがまずかったと思う。今日でも勝った戦争をわざわざ振り返る人はめったにいない。
「本当に日本人は戦争に向いていない」「ルーティンワークをテキパキとこなすのは得意だが、不測の状況下で集団の力を結集して組織を機能させることが不得手」
日本人の劣等性の話はともかくとして、何がどう失敗してたか、なんでその失敗を選んだかのかって史実はちゃんと伝わってないといかんよね。
“今のところはこのあたりまでわかっています。ここから先は不明な点があります。こういった議論があった末に、現在ではこういう解釈が定説となっていますという、研究史の“決算”のようなものを書いておくべき”
日本人論/日本組織論に帰着するのは警戒しちゃうが、だがそれ抜きにこんな自国の歴史検証などする意味があるかとも思う。我々は何者であるかという(答えのない)問いから逃げようとする方が危険。
“本当に日本人は戦争に向いていない。いつ、どんな不測の事態が起こるかわからない状況で、集団の力を結集して組織を機能させるということに、これほど不得手な国民というのは、世界を探してもそうはいない”
佐藤大輔の架空戦記『征途』もミッドウェイ海戦での敗北を前提にしていたし、あそこで勝ち筋を見いだすのは無理すぎるんだろうなと
「危うく勝てた」とした方が、米国にとっても気持ち良かった、というのはなるほど…。/あと忘れられがちなのは、ミッドウェイの敗北は日本の敗戦に直結するが、米国はミッドウェイで負けてもまだ余力があること。
“ミッドウェイ海戦”
運命の五分間に関しては一番デカい海戦の脚色として面白いからずっと残っただけで心から信じてる奴はあんまいないんじゃないかな。あと戦争に向いてない人類なんかいないです。本は面白そう。
「現在のイラン情勢と原油関連の危機についても〜長期的に対応しなくてはいけない場合はどうするか〜かなり疑問です。」「戦争当事者とは言えない世代、反省なんかしていない」という総理ですからまた繰り返すのでは
負けたけど惜しかったと言いたい人が、80年も経ってから次々現れるのも残念な感じ。負けに不思議の負け無しとはよく言ったもので
デマを潰し、今の時点での研究結果をまとめる。新書に求められる機能そのままという感じ。この人独自の見解として、「日本人は戦争に向いてない」は納得しかない。イランのたとえもほんとその通り。
「日本人は戦争に向いていない」を肯定したとして、戦争に向いてる国家なんてのがあるのだろうか。独仏伊は論外として、ウクライナやイランで引っ掛かってる米露も戦上手と言えるだろうか。かろうじて英国位かね
“情報が連合艦隊や機動部隊に打電されているはずなのに、それに反応した形跡がない” やはり組織体制構築がダメだよな。。