フィクションには「あきらめたらそこで試合終了だよ」っていう超有名なお気持ち名言がありましてね。
士気だけで勝とうとするから日帝はダメなのであって、準備した上で士気を上げねばならぬ
フィクションこそ気持ちがまさるなんて展開多いような。
フィクションだと、ゾンビものが無感情の戦士→気持ちで負けない戦士、で描いてる印象。気持ちをへし折る戦術だとむしろノンフィクションの方が多そう
個人的好みだが個人競技だとコーチングやタイムアウトは少ないor無いほど良い。メンブレもわからん殺しも勝負のうち
原因と結果が逆な気もする。優勢ならば調子に乗る(いわゆる「士気が上がった」ハイになってる状態)。勝利でピークに。
どのスポーツも最適化が進み戦術が画一化されてきている。戦術の差がなくなると、勝敗を分けるのは根性と安定性。これからは根性論の時代や
士気が低い軍隊なんて、やる気があるのは前の方に出る奴らだけで、下手したら戦闘が始まるより先に後ろの奴らが逃げ散るからな
心理的ストレスが起因で体調不良が起こるという事実を受容するのなら、その逆でポジティブな心理効果が肉体にプラスをもたらす事も受容できるだろうに
フィクションこそ気持ちで勝ってない??むしろそれが王道展開じゃない?
そんなフィクションあったっけ
2200年くらい前に韓信がやったやつ?「背水の陣」
まず「巨大な敵や実力差を気持ちで覆す」物語があり、そのアンチテーゼとして「気持ちだけでは覆せない差や才能」描いた物語が出て来たのだが、たぶん後者しか読んだことがないのだろう。
士気は大切なのだが、戦前は「実力差があっても精神力で勝つ!」とめちゃくちゃな作戦して死にまくったので民族的トラウマになってるんよ。
数十パーセントまでのリソース差であれば士気でひっくり返した例は歴史上多いけど、数倍差になると流石に無理。
フィクションが気持ちを軽視するようになって久しいけど、現実にはメンタルの影響は計り知れないんだよな。「互いに士気マックス」という状況が、そもそもフィクション
ブコメ、気持ちは分かるけど、「フィクションではしばしば「気持ちの強さ」とかそういうので実力差は覆らないよというのがリアリティとして描かれがち」は「フィクションで気持ちで勝つ展開は無い」を意味しないよ
ワールドトリガーの太刀川慶のことかーーーーッ!
ひゃくえむ。を観ろ
士気云々でどうにかなる戦況がグダグダなのであって、理論的≒現実的の策略が大事なのである
("いうことはない」ということがあるが" ぐぬぬめまいがするぜ。「という(こと、もの、ふう、わけ、ような)」は禁句にして文を書く練習みて。よろしく~。J-Popでは「Aという名のB」構文は復権していいよ!)
「革命軍は!地上最強!」「うぉおおお!」をモブとしてやりたい。
気持ちで実力差は埋まらないが、気持ちで実力を発揮できないのは普通。
ナポレオン以降に国民国家が爆発的に普及したのは軍が強かったから。士気が高いからね。ナショナリズムもリベラリズムも強くて儲かってついでに夢があるから広まった。
瞬間的にはやる気だけでどうにかなったりするが継続性は皆無
戦争系のストラテジーゲームで士気は大体ある気がする。
戦闘で士気が高いのは十分な補給を受けてる方。 食べないと気力もわかない。
とはいえ急にボールが来たらどうしようもないでしょ……
最後の一押しに効果はあるかもだけど、質、量、戦略を覆すほどではないよね。気持ちが何かを解決するなら、我々は今頃戦勝国よw
フィクションでは戦術や戦略、地形なんかを考慮しての話は作りにくいからな。
昔テレビの企画で渡辺正行が剣道の試験に挑戦してて、松岡修造が録音したエールがOAされたとき、多分修造は実力だけならテニスであそこまで行けない人だったんだろうなと思わせるぐらいの士気を感じた。
ここでコメントしてる人のほとんどが、プロスポーツや戦争で死ぬか生きるかの戦いを経験してない人なので、妄想でしかなく、なんの参考にもならない。
気持ちで上振れるというより、気持ちでいくらでも下振れするというのが事実に近い気がする。日本のフィクションの人物はだいたい士気がMax高いから……。
歴史や戦史史観だと、士気は耐久度。勝ち負け直接ではなく、士気がなくなればその軍は敗走する。人数や兵装は攻撃力でしかない。少人数でも士気が無くならなければ30万と300で全員死ぬまで戦える(テルモピュライ戦)
スポーツと戦争は全く状況が異なる。ころしあいをしたくない人間しかいない部隊があったら敵が現れたらばらばらに逃げ出すだろうけど、スポーツはそもそもそんなことは少ないだろう
大人気フィクションに「気持ち」の具現化でしかない「元気玉」というものがあり……
ナポレオンがつよかったのはダヴー元帥がいたからだよ
スポーツだけじゃなくてチームの熱量って大事なケースが多い
精神が肉体を凌駕するって、マンガだとありがちな展開だよね〜。
「士気で勝つ」の典型がナポレオンで、それ以降戦争の前提が変わる(国民軍の編成)んですけど、史実理解してます?愛国心教育は国家の死活問題だったのよ
捕虜30万の戦いがイタリアで、「あー、それはそう…」って気持ちに
応援をもらって頑張れる経験はしておいて損はない
実力差がどのくらいかによる
歴史上の過半の兵士は訓練すらまともに受けてないからな。ただそんな質の兵士の士気がとんでもなく上がってるケースもある。兵士を死地に追い込んで死戦させろと『孫子』も言っている。一将功成って万骨枯る。
昭和期の少年ジャンプの黄金律をここまで否定する言葉『フィクションではしばしば「気持ちの強さ」とかそういうので実力差は覆らないよというのがリアリティとして描かれがち』初めて見た
カーボベルデとスペインの試合は「気持ちで勝つ」って感じだったな。いや引き分けなんだけど、超格上にシュート26本打たれての無失点は一般的には難しい(ちなみにマイアミの奇跡は28本打たれてたらしい…ヒェ…)
結構ミスの発生率が違ってくるけどな
言葉によるイメージだけで身体動作が変わるという研究が有ったなと https://www.kit.ac.jp/2025/03/news250328/
長期計画と短期決戦でも違う気がする。長期なら、リスクを冒せる、試行回数が増える、打数が増えれば成功する率も上がるし、課題も検出できる。失敗すら連帯感につながりえる。短期で士気だけ高いのは多分意味ない。
寡兵で勝利した例はことさら宣伝されるから記録に残ってるけど……みたいな
優勢な側が士気が低いせいで負けた例はありそうだけど、十分に士気が高い優勢な軍に対し、劣勢な側がそれ以上の士気で打ち破った、という例はなさそう。まあ定量化できるもんでもないんだけど。
フィクションでは「気持ちで勝つということはない」ということがあるが歴史やスポーツを見ていると士気の大切さを感じる
フィクションには「あきらめたらそこで試合終了だよ」っていう超有名なお気持ち名言がありましてね。
士気だけで勝とうとするから日帝はダメなのであって、準備した上で士気を上げねばならぬ
フィクションこそ気持ちがまさるなんて展開多いような。
フィクションだと、ゾンビものが無感情の戦士→気持ちで負けない戦士、で描いてる印象。気持ちをへし折る戦術だとむしろノンフィクションの方が多そう
個人的好みだが個人競技だとコーチングやタイムアウトは少ないor無いほど良い。メンブレもわからん殺しも勝負のうち
原因と結果が逆な気もする。優勢ならば調子に乗る(いわゆる「士気が上がった」ハイになってる状態)。勝利でピークに。
どのスポーツも最適化が進み戦術が画一化されてきている。戦術の差がなくなると、勝敗を分けるのは根性と安定性。これからは根性論の時代や
士気が低い軍隊なんて、やる気があるのは前の方に出る奴らだけで、下手したら戦闘が始まるより先に後ろの奴らが逃げ散るからな
心理的ストレスが起因で体調不良が起こるという事実を受容するのなら、その逆でポジティブな心理効果が肉体にプラスをもたらす事も受容できるだろうに
フィクションこそ気持ちで勝ってない??むしろそれが王道展開じゃない?
そんなフィクションあったっけ
2200年くらい前に韓信がやったやつ?「背水の陣」
まず「巨大な敵や実力差を気持ちで覆す」物語があり、そのアンチテーゼとして「気持ちだけでは覆せない差や才能」描いた物語が出て来たのだが、たぶん後者しか読んだことがないのだろう。
士気は大切なのだが、戦前は「実力差があっても精神力で勝つ!」とめちゃくちゃな作戦して死にまくったので民族的トラウマになってるんよ。
数十パーセントまでのリソース差であれば士気でひっくり返した例は歴史上多いけど、数倍差になると流石に無理。
フィクションが気持ちを軽視するようになって久しいけど、現実にはメンタルの影響は計り知れないんだよな。「互いに士気マックス」という状況が、そもそもフィクション
ブコメ、気持ちは分かるけど、「フィクションではしばしば「気持ちの強さ」とかそういうので実力差は覆らないよというのがリアリティとして描かれがち」は「フィクションで気持ちで勝つ展開は無い」を意味しないよ
ワールドトリガーの太刀川慶のことかーーーーッ!
ひゃくえむ。を観ろ
士気云々でどうにかなる戦況がグダグダなのであって、理論的≒現実的の策略が大事なのである
("いうことはない」ということがあるが" ぐぬぬめまいがするぜ。「という(こと、もの、ふう、わけ、ような)」は禁句にして文を書く練習みて。よろしく~。J-Popでは「Aという名のB」構文は復権していいよ!)
「革命軍は!地上最強!」「うぉおおお!」をモブとしてやりたい。
気持ちで実力差は埋まらないが、気持ちで実力を発揮できないのは普通。
ナポレオン以降に国民国家が爆発的に普及したのは軍が強かったから。士気が高いからね。ナショナリズムもリベラリズムも強くて儲かってついでに夢があるから広まった。
瞬間的にはやる気だけでどうにかなったりするが継続性は皆無
戦争系のストラテジーゲームで士気は大体ある気がする。
戦闘で士気が高いのは十分な補給を受けてる方。 食べないと気力もわかない。
とはいえ急にボールが来たらどうしようもないでしょ……
最後の一押しに効果はあるかもだけど、質、量、戦略を覆すほどではないよね。気持ちが何かを解決するなら、我々は今頃戦勝国よw
フィクションでは戦術や戦略、地形なんかを考慮しての話は作りにくいからな。
昔テレビの企画で渡辺正行が剣道の試験に挑戦してて、松岡修造が録音したエールがOAされたとき、多分修造は実力だけならテニスであそこまで行けない人だったんだろうなと思わせるぐらいの士気を感じた。
ここでコメントしてる人のほとんどが、プロスポーツや戦争で死ぬか生きるかの戦いを経験してない人なので、妄想でしかなく、なんの参考にもならない。
気持ちで上振れるというより、気持ちでいくらでも下振れするというのが事実に近い気がする。日本のフィクションの人物はだいたい士気がMax高いから……。
歴史や戦史史観だと、士気は耐久度。勝ち負け直接ではなく、士気がなくなればその軍は敗走する。人数や兵装は攻撃力でしかない。少人数でも士気が無くならなければ30万と300で全員死ぬまで戦える(テルモピュライ戦)
スポーツと戦争は全く状況が異なる。ころしあいをしたくない人間しかいない部隊があったら敵が現れたらばらばらに逃げ出すだろうけど、スポーツはそもそもそんなことは少ないだろう
大人気フィクションに「気持ち」の具現化でしかない「元気玉」というものがあり……
ナポレオンがつよかったのはダヴー元帥がいたからだよ
スポーツだけじゃなくてチームの熱量って大事なケースが多い
精神が肉体を凌駕するって、マンガだとありがちな展開だよね〜。
「士気で勝つ」の典型がナポレオンで、それ以降戦争の前提が変わる(国民軍の編成)んですけど、史実理解してます?愛国心教育は国家の死活問題だったのよ
捕虜30万の戦いがイタリアで、「あー、それはそう…」って気持ちに
応援をもらって頑張れる経験はしておいて損はない
実力差がどのくらいかによる
歴史上の過半の兵士は訓練すらまともに受けてないからな。ただそんな質の兵士の士気がとんでもなく上がってるケースもある。兵士を死地に追い込んで死戦させろと『孫子』も言っている。一将功成って万骨枯る。
昭和期の少年ジャンプの黄金律をここまで否定する言葉『フィクションではしばしば「気持ちの強さ」とかそういうので実力差は覆らないよというのがリアリティとして描かれがち』初めて見た
カーボベルデとスペインの試合は「気持ちで勝つ」って感じだったな。いや引き分けなんだけど、超格上にシュート26本打たれての無失点は一般的には難しい(ちなみにマイアミの奇跡は28本打たれてたらしい…ヒェ…)
結構ミスの発生率が違ってくるけどな
言葉によるイメージだけで身体動作が変わるという研究が有ったなと https://www.kit.ac.jp/2025/03/news250328/
長期計画と短期決戦でも違う気がする。長期なら、リスクを冒せる、試行回数が増える、打数が増えれば成功する率も上がるし、課題も検出できる。失敗すら連帯感につながりえる。短期で士気だけ高いのは多分意味ない。
寡兵で勝利した例はことさら宣伝されるから記録に残ってるけど……みたいな
優勢な側が士気が低いせいで負けた例はありそうだけど、十分に士気が高い優勢な軍に対し、劣勢な側がそれ以上の士気で打ち破った、という例はなさそう。まあ定量化できるもんでもないんだけど。