“本来のユーモアやエスプリ、サタイア(風刺)とは、「強者を笑い飛ばし、弱者の声を代弁する」という、社会的なカウンターパワーであったはずです。”/本来の表現の自由が、政治的表現の自由であることにも通じる。
本当に「本来のユーモアやエスプリ、サタイア(風刺)とは、『強者を笑い飛ばし、弱者の声を代弁する』」だとして、お笑い芸人という仕事の領分はエスプリ職人や風刺家ではなく、既に分野は分離してるのでは。
刺さる→『「誰も傷つけない笑い」という美辞麗句の行き着く先は、「マジョリティの居心地の良さを壊さない笑い」だったわけで』
英米の芸人のコンテンツよく見るけど、お笑いすら政治化された米国の惨状見るとお笑いがノンポリの文化圏の方が絶対いいよ。こういう人は得てして米リベラル系だけを念頭に置くが極右から反woke左派までおるからね
東大卒が東大卒を名乗らないのは出身大学名乗ってつまらないことをやるのは同窓生に申し訳ない(ということもある)からなのだが、わざわざ名乗るなら遠慮せずにもっと面白いことを書いてくれ
読んで勝手に、南海キャンディーズ山里亮太とぺこぱ松陰寺太勇のコンビにおける立ち位置と政権との向き合い方を連想してしまった。傷つけない笑い方面のツッコミ役。
息苦しさの原因は東京の放送局とスポンサーじゃないですかね。
「政治的な主張」や「社会風刺」モリモリで、かつ面白い漫才があるのなら、めっちゃ見てみたいし、刺さる層が一定数いそうだけどなぁ。参政党や陰謀論者をネタにしたお笑いとかないの?(既にある?)
“大石恵美さんが岸田國士戯曲賞”
たかまつななっぽくない方がたかまつななっぽい事を書くコンビ
まじで正しいぞ。次代の雄である粗品さんが権威主義過ぎる点もキッチリ刺している。彼はコンプラという一点においてはアップデートされているが、強者に阿る精神性は松ちゃんの時代から進歩していない。
ま
むっちゃおもろいわ〜 知らんけど
「音楽に政治を持ち込むな」に反発してるのとかもだけど、じゃあ何にでも政治を持ち込んで騒いでるかというとそうではなく、都合の悪いことには沈黙するばかりなんだよね。辺野古の件にダンマリのはてサとか。
身近な不条理しか面白く話せない
お笑いでは「チームプレー」や「空気を読むこと」が美徳とされます>そりゃひな壇芸人の場合でしょ。
クールジャパン政策で最大手吉本にたんまり金が渡った結果よ。このコンビはサンミュージック所属か、吉本だったら干されて終わりだった。
「風刺」はほとんどが高尚ぶった安い笑いだと思ってる。売れてる芸人でマスの監視の縛りのなかで「炎上するわ!」とツッコミながら線引きの拡大を慎重に行ってる人も見受けられる。傷つかない笑いの考察は同意。
確かに「弁論」はブレイクスルーだ。舞台とYouTubeだからできたことかも。テレビというマス相手のお笑いだと難しいかも。YouTube時代だから可能になった。テレビ時代は少数弱者(保毛尾田等)を虐めることお笑いだった
誰も傷つけない笑いは、弱者を笑いの生け贄にしないことであり、人を傷つける笑いこそマジョリティが快適な笑いだと思うよ。日本で風刺の笑いが弱いのは昔からで、それは強者が蔑ろにされることを嫌うからこそだ。
“学校やバイト先で、少し調子に乗っているやつを敏感に見つけ出し、それを構造的にお笑いにして”失敗したらいじめに発展するやつ
笑劇の原型としてユーモア、エスプリ、サタイアしか出てこないあたりにカチンとくる。日本にも強者を笑うものなら狂言があるし、漫才師ならご先祖の萬歳というめでたきことを「ことほぐ」笑いに言及すべきだ。
TV番組で安直にコメントしている芸人が「ノンポリ」であるはずもない。社会性・政治性から遊離した芸能は歴史に残らないのであって、高みを目指すなら「権威に立ち向かう」というスタンスは避けて通れないだろう。
トニー谷なんかはそれらしいことをやってたんだが、日劇とかおじさん客主体の場に限られていて、テレビ向きではなかった。80年代以降のマスコミ文化の退嬰化は大衆化の果ての姿。団塊世代男子が鬼籍入りしたら変わる
対人インターフェースの請負業とその養成機関なんだよね。ただそこに社会的な需要があるから産業が生まれているという構造もあるので、群がる人たちだけを責めても仕方ないんだけど
「東大卒」出すのもタイミング
お笑いの価値基準の王道はなにより「ウケる」ことよ。異なる価値基準を置いて「あ〜、俺は本当の価値を分かってるわ〜」するのはダサい。それをやるなら最低限、既存よりもウケて勝ち続け証明してみせてくれ。
俺が笑点が好きな点がココに詰まっていた。 "「強者を笑い飛ばし、弱者の声を代弁する」"
言いたいことは分かるけど「強者vs弱者」の構図を単純化し過ぎな嫌いもあるな。「弱者に寄り添ってる」ポーズの権力者もたくさんいるからね。芸人も同じじゃないのかな。
この記事の後に今日の虚構新聞「非開示文書、黒塗りから「虹塗り」に 政府、ナフサ不安払拭に躍起」https://kyoko-np.net/2026060501.html を見てなんか,おおってなった。"お笑い"的ではないかもだけどクスっとなる風刺が上手い
逆に風刺をメインにした芸人に逃げ場が用意されているのか?という問題がある。フランスだとベルギーやスイス、イギリスだとアイルランド、アメリカにはカナダがある。SNLのルーツの一つはトロントだし。
松本人志が安倍と飯食った時点でノンポリもなにもねえよなとは思った
思想強くてもいいよ。こたけ正義感はじっさいおもしろかったし。でもお笑い芸人としては「ウケること」を最優先とするのは当然だし「政治的な主張」や「社会風刺」は口実や免罪符にはならないし逃げでしかないよ。
うーん。お笑いという分野がある種の価値観に偏ってるのは分かるんだけど、風刺や反体制こそが良いお笑いだってのはすごい違和感ある。というか「正しさ」を前面に出すとどんどん本質から離れていくようにも
高市がイマジン歌うとか、カルビーに売名行為と言うとか、政権の方がその辺のお笑い芸人より強いボケを出してくるので
個人的にはノンポリ大変結構。政治色強めると左派じゃないと笑えない笑いが増えるでしょ。そういうのを抜いて誰でも笑えるばかばかしいもの突き詰められる人を尊敬するな。ポジション笑いなんて誰でもできる。
まぁわかるけど、ほんこんや関暁夫を今見て笑えるか?って言われると無理だしな。立場や炎上云々をさっ引いても最大公約数を取ろうとするとノンポリ戦術になるのはしょうがないよなぁ。
なぜ「思想が強い」と言う言葉が出てくるのか。自分が思想ではない普通だと思っている事こそ思想の塊でありその影響下にある事を意識させない位にインプットされている事に無自覚だからである。
“「理不尽で不自然な警察や裁判所の主張」を、敢えて笑いを交えて語ることで、多くの人々に冤罪問題の深刻さを分かりやすく伝え、大反響。 もう大人なんだから、誰かの真剣さをあざ笑っていてはダメなんです。”
風刺先進国イギリスだとコメディアンはカウンターカルチャーを飛び越えて弱者も強者も多数派も少数派もイジるべきというマインドらしく、日本人の俺から見ると少数民族をイジったりするのは結構キツく感じる。
ノンポリと言いながら政権に阿る奴が多すぎるからね。こたけ正義感を挙げてくれたのは嬉しいね。で、どんな笑いをこれからやってくれるのかな
「白けるわ~」で明日の飯がなくなるかもしれない仕事をしてきた人が、同調圧力とむきあう勇気すごいな/色んな人がいていいから我々はこれを選ぶ、を強調しないと早速ここにも押し付けられたと妄想して苛立つ人が…
結局は、お笑いというのは、五体満足で異性愛者で日本人の成人男性という圧倒的な社会的強者の馴れ合いということですか。←日本の男芸人でこれ言える人がいるんだ 答えは今のところ「そうだよ」ですけど…
いろいろな意見はあるだろうけど、最後の方にある「少なくとも、誰かの真剣さをあざ笑っていてはダメ」というのは本当にそう。この手の風潮がある事で本気で何かに取り組むということにブレーキがかかっている
”「誰も傷つけない笑い」という美辞麗句の行き着く先は、「マジョリティの居心地の良さを壊さない笑い」だったわけで”
今のお笑いを冷笑するって笑いですかw(冷笑)
つまんない奴ほど政治語るよな
テレビに出てる人でも芸人さんは割と政治を口に出して笑いに変えても身構えられない立場だと思うので風穴をあけてほしいところ
読めてよかった
“私だって頭を空っぽにして笑えるお笑いが大好きです。何度も心を奪われてきました。しかしもう大人なんだから、きっとそれだけじゃダメなんです。少なくとも、誰かの真剣さをあざ笑っていてはダメなんです。”
“全ては笑いのためのフリやボケである」という大前提が強固になり過ぎた”これ。お笑い芸人が真面目なこと言ってもどうせ笑いを取るためで本気じゃない、という気分になる。
芸人が権力者へのカウンターだった時代もいまは昔、芸人自身が権力側に成り下がってしまったからな。「ウケがすべて」に堕落するその姿は「カネがすべて」の資本主義の写し鏡のよう。
自称正義側の叩き方が常軌を逸してるから腫れ物になっただけだと思う。叩き始めると「議論の余地なし、退場してください」で一方通行なんだもん。もっとリベラルにいこうよ。
金属バットの御両人への言及なしでは片手落ちでは
いいね。お笑いの世界を自ら閉じてしまいかねない現状と構造の話で「風刺や反体制こそが良いお笑い」なんて書いてないと思う。
個人的に「お笑い」ってものがうっすら嫌いなんだけど、これ読んで、そうそうそういうことーってなった
爆笑問題や、ナイツなんかは、時事として政治もネタにしてると思うしウケてると思うけどね。そこにポリシーがあるかと言われたら、ノンポリ然とはしてると思うけど。そもそも大衆がポリシー不在だし。
霜降り明星がM1決勝で「野党!」をやったの2018年やで。政権側を茶化すだけが政治ネタや社会風刺じゃないぞ。
“「誰も傷つけない笑い」という美辞麗句の行き着く先は、「マジョリティの居心地の良さを壊さない笑い」だった” 言われてるぞぺこぱ松陰寺(しゅうぺいの政治スタンスは知らんけど)
連載全部読んじゃった、面白かった。/メタ的な現状把握の話なんだが党派性に絡め取られる人には読めないようだ
お笑い芸人に政治風刺されると困る人がブクマにいて笑ってしまう
日本のお笑い(特に吉本)の何が嫌かって、スクールカーストとか体育系部活とか学校の嫌な部分の再生産でしかなく、見る側にもその再生産構造への参加を促しているところ。私はお笑いの人間に何も期待しない
私から見ると、この方自体がが「少し調子に乗っているやつ」に見える。テレビにおける「反体制」なんてモロに権力者でしかない。テレビの偏向報道や辺野古のヘリ基地反対協議会をネタにできたら面白いと思うけどね。
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第39回(野尻)「『思想強い』って何? ~お笑いのノンポリ化について~」 | ダ・ヴィンチWeb
“本来のユーモアやエスプリ、サタイア(風刺)とは、「強者を笑い飛ばし、弱者の声を代弁する」という、社会的なカウンターパワーであったはずです。”/本来の表現の自由が、政治的表現の自由であることにも通じる。
本当に「本来のユーモアやエスプリ、サタイア(風刺)とは、『強者を笑い飛ばし、弱者の声を代弁する』」だとして、お笑い芸人という仕事の領分はエスプリ職人や風刺家ではなく、既に分野は分離してるのでは。
刺さる→『「誰も傷つけない笑い」という美辞麗句の行き着く先は、「マジョリティの居心地の良さを壊さない笑い」だったわけで』
英米の芸人のコンテンツよく見るけど、お笑いすら政治化された米国の惨状見るとお笑いがノンポリの文化圏の方が絶対いいよ。こういう人は得てして米リベラル系だけを念頭に置くが極右から反woke左派までおるからね
東大卒が東大卒を名乗らないのは出身大学名乗ってつまらないことをやるのは同窓生に申し訳ない(ということもある)からなのだが、わざわざ名乗るなら遠慮せずにもっと面白いことを書いてくれ
読んで勝手に、南海キャンディーズ山里亮太とぺこぱ松陰寺太勇のコンビにおける立ち位置と政権との向き合い方を連想してしまった。傷つけない笑い方面のツッコミ役。
息苦しさの原因は東京の放送局とスポンサーじゃないですかね。
「政治的な主張」や「社会風刺」モリモリで、かつ面白い漫才があるのなら、めっちゃ見てみたいし、刺さる層が一定数いそうだけどなぁ。参政党や陰謀論者をネタにしたお笑いとかないの?(既にある?)
“大石恵美さんが岸田國士戯曲賞”
たかまつななっぽくない方がたかまつななっぽい事を書くコンビ
まじで正しいぞ。次代の雄である粗品さんが権威主義過ぎる点もキッチリ刺している。彼はコンプラという一点においてはアップデートされているが、強者に阿る精神性は松ちゃんの時代から進歩していない。
ま
むっちゃおもろいわ〜 知らんけど
「音楽に政治を持ち込むな」に反発してるのとかもだけど、じゃあ何にでも政治を持ち込んで騒いでるかというとそうではなく、都合の悪いことには沈黙するばかりなんだよね。辺野古の件にダンマリのはてサとか。
身近な不条理しか面白く話せない
お笑いでは「チームプレー」や「空気を読むこと」が美徳とされます>そりゃひな壇芸人の場合でしょ。
クールジャパン政策で最大手吉本にたんまり金が渡った結果よ。このコンビはサンミュージック所属か、吉本だったら干されて終わりだった。
「風刺」はほとんどが高尚ぶった安い笑いだと思ってる。売れてる芸人でマスの監視の縛りのなかで「炎上するわ!」とツッコミながら線引きの拡大を慎重に行ってる人も見受けられる。傷つかない笑いの考察は同意。
確かに「弁論」はブレイクスルーだ。舞台とYouTubeだからできたことかも。テレビというマス相手のお笑いだと難しいかも。YouTube時代だから可能になった。テレビ時代は少数弱者(保毛尾田等)を虐めることお笑いだった
誰も傷つけない笑いは、弱者を笑いの生け贄にしないことであり、人を傷つける笑いこそマジョリティが快適な笑いだと思うよ。日本で風刺の笑いが弱いのは昔からで、それは強者が蔑ろにされることを嫌うからこそだ。
“学校やバイト先で、少し調子に乗っているやつを敏感に見つけ出し、それを構造的にお笑いにして”失敗したらいじめに発展するやつ
笑劇の原型としてユーモア、エスプリ、サタイアしか出てこないあたりにカチンとくる。日本にも強者を笑うものなら狂言があるし、漫才師ならご先祖の萬歳というめでたきことを「ことほぐ」笑いに言及すべきだ。
TV番組で安直にコメントしている芸人が「ノンポリ」であるはずもない。社会性・政治性から遊離した芸能は歴史に残らないのであって、高みを目指すなら「権威に立ち向かう」というスタンスは避けて通れないだろう。
トニー谷なんかはそれらしいことをやってたんだが、日劇とかおじさん客主体の場に限られていて、テレビ向きではなかった。80年代以降のマスコミ文化の退嬰化は大衆化の果ての姿。団塊世代男子が鬼籍入りしたら変わる
対人インターフェースの請負業とその養成機関なんだよね。ただそこに社会的な需要があるから産業が生まれているという構造もあるので、群がる人たちだけを責めても仕方ないんだけど
「東大卒」出すのもタイミング
お笑いの価値基準の王道はなにより「ウケる」ことよ。異なる価値基準を置いて「あ〜、俺は本当の価値を分かってるわ〜」するのはダサい。それをやるなら最低限、既存よりもウケて勝ち続け証明してみせてくれ。
俺が笑点が好きな点がココに詰まっていた。 "「強者を笑い飛ばし、弱者の声を代弁する」"
言いたいことは分かるけど「強者vs弱者」の構図を単純化し過ぎな嫌いもあるな。「弱者に寄り添ってる」ポーズの権力者もたくさんいるからね。芸人も同じじゃないのかな。
この記事の後に今日の虚構新聞「非開示文書、黒塗りから「虹塗り」に 政府、ナフサ不安払拭に躍起」https://kyoko-np.net/2026060501.html を見てなんか,おおってなった。"お笑い"的ではないかもだけどクスっとなる風刺が上手い
逆に風刺をメインにした芸人に逃げ場が用意されているのか?という問題がある。フランスだとベルギーやスイス、イギリスだとアイルランド、アメリカにはカナダがある。SNLのルーツの一つはトロントだし。
松本人志が安倍と飯食った時点でノンポリもなにもねえよなとは思った
思想強くてもいいよ。こたけ正義感はじっさいおもしろかったし。でもお笑い芸人としては「ウケること」を最優先とするのは当然だし「政治的な主張」や「社会風刺」は口実や免罪符にはならないし逃げでしかないよ。
うーん。お笑いという分野がある種の価値観に偏ってるのは分かるんだけど、風刺や反体制こそが良いお笑いだってのはすごい違和感ある。というか「正しさ」を前面に出すとどんどん本質から離れていくようにも
高市がイマジン歌うとか、カルビーに売名行為と言うとか、政権の方がその辺のお笑い芸人より強いボケを出してくるので
個人的にはノンポリ大変結構。政治色強めると左派じゃないと笑えない笑いが増えるでしょ。そういうのを抜いて誰でも笑えるばかばかしいもの突き詰められる人を尊敬するな。ポジション笑いなんて誰でもできる。
まぁわかるけど、ほんこんや関暁夫を今見て笑えるか?って言われると無理だしな。立場や炎上云々をさっ引いても最大公約数を取ろうとするとノンポリ戦術になるのはしょうがないよなぁ。
なぜ「思想が強い」と言う言葉が出てくるのか。自分が思想ではない普通だと思っている事こそ思想の塊でありその影響下にある事を意識させない位にインプットされている事に無自覚だからである。
“「理不尽で不自然な警察や裁判所の主張」を、敢えて笑いを交えて語ることで、多くの人々に冤罪問題の深刻さを分かりやすく伝え、大反響。 もう大人なんだから、誰かの真剣さをあざ笑っていてはダメなんです。”
風刺先進国イギリスだとコメディアンはカウンターカルチャーを飛び越えて弱者も強者も多数派も少数派もイジるべきというマインドらしく、日本人の俺から見ると少数民族をイジったりするのは結構キツく感じる。
ノンポリと言いながら政権に阿る奴が多すぎるからね。こたけ正義感を挙げてくれたのは嬉しいね。で、どんな笑いをこれからやってくれるのかな
「白けるわ~」で明日の飯がなくなるかもしれない仕事をしてきた人が、同調圧力とむきあう勇気すごいな/色んな人がいていいから我々はこれを選ぶ、を強調しないと早速ここにも押し付けられたと妄想して苛立つ人が…
結局は、お笑いというのは、五体満足で異性愛者で日本人の成人男性という圧倒的な社会的強者の馴れ合いということですか。←日本の男芸人でこれ言える人がいるんだ 答えは今のところ「そうだよ」ですけど…
いろいろな意見はあるだろうけど、最後の方にある「少なくとも、誰かの真剣さをあざ笑っていてはダメ」というのは本当にそう。この手の風潮がある事で本気で何かに取り組むということにブレーキがかかっている
”「誰も傷つけない笑い」という美辞麗句の行き着く先は、「マジョリティの居心地の良さを壊さない笑い」だったわけで”
今のお笑いを冷笑するって笑いですかw(冷笑)
つまんない奴ほど政治語るよな
テレビに出てる人でも芸人さんは割と政治を口に出して笑いに変えても身構えられない立場だと思うので風穴をあけてほしいところ
読めてよかった
“私だって頭を空っぽにして笑えるお笑いが大好きです。何度も心を奪われてきました。しかしもう大人なんだから、きっとそれだけじゃダメなんです。少なくとも、誰かの真剣さをあざ笑っていてはダメなんです。”
“全ては笑いのためのフリやボケである」という大前提が強固になり過ぎた”これ。お笑い芸人が真面目なこと言ってもどうせ笑いを取るためで本気じゃない、という気分になる。
芸人が権力者へのカウンターだった時代もいまは昔、芸人自身が権力側に成り下がってしまったからな。「ウケがすべて」に堕落するその姿は「カネがすべて」の資本主義の写し鏡のよう。
自称正義側の叩き方が常軌を逸してるから腫れ物になっただけだと思う。叩き始めると「議論の余地なし、退場してください」で一方通行なんだもん。もっとリベラルにいこうよ。
金属バットの御両人への言及なしでは片手落ちでは
いいね。お笑いの世界を自ら閉じてしまいかねない現状と構造の話で「風刺や反体制こそが良いお笑い」なんて書いてないと思う。
個人的に「お笑い」ってものがうっすら嫌いなんだけど、これ読んで、そうそうそういうことーってなった
爆笑問題や、ナイツなんかは、時事として政治もネタにしてると思うしウケてると思うけどね。そこにポリシーがあるかと言われたら、ノンポリ然とはしてると思うけど。そもそも大衆がポリシー不在だし。
霜降り明星がM1決勝で「野党!」をやったの2018年やで。政権側を茶化すだけが政治ネタや社会風刺じゃないぞ。
“「誰も傷つけない笑い」という美辞麗句の行き着く先は、「マジョリティの居心地の良さを壊さない笑い」だった” 言われてるぞぺこぱ松陰寺(しゅうぺいの政治スタンスは知らんけど)
連載全部読んじゃった、面白かった。/メタ的な現状把握の話なんだが党派性に絡め取られる人には読めないようだ
お笑い芸人に政治風刺されると困る人がブクマにいて笑ってしまう
日本のお笑い(特に吉本)の何が嫌かって、スクールカーストとか体育系部活とか学校の嫌な部分の再生産でしかなく、見る側にもその再生産構造への参加を促しているところ。私はお笑いの人間に何も期待しない
私から見ると、この方自体がが「少し調子に乗っているやつ」に見える。テレビにおける「反体制」なんてモロに権力者でしかない。テレビの偏向報道や辺野古のヘリ基地反対協議会をネタにできたら面白いと思うけどね。