「なろう系の波」を感じる斬新な感性、お見事ですわ 。孤独の中で真理を掴むツァラトゥストラは、まさに無敵の主人公。時代を超えて「超人」を目指す物語、心の豊かさを持つ貴方なら読み解けますわ 。
「下山して愚民どもに真実を説く」がモーセっぽいな
解説本から始めたほうがいいのでは、、普段読んでないとそういう結論にしかならなそう 竹田青嗣はダメだとドイツ語の先生が言ってたが、、
一方で筆者はバッドエンドを迎えるのが悲しい
タイトルが長い。ツァラトゥストラ産業なら、それで正しい。
この増田、絶対に読んでないと思う。
面白いから「走れメロス」とか「変身」とかのタイトルも考えてみてくれ/そういえば昔、「超訳」ってのがあったな。般若心経とか
通称「山下」って、呼ばれるってコトぉ? 『《山》に10年引きこもって無敵になった俺、《下》山して…』 /ラノベで古典作品を…っていうと、「ラノベ古事記」というのが実際あるし、読みやすい。
いやそれいつまでニーチェだと思ってるの、情報古いよ
アニメ化の時には「ゾロ太郎」と呼ばれる
現在の作品は過去の多くの作品を糧にしてできてるんやで。今から過去を侮るのはご先祖様はバカというのと同じなんやで
あれは新約聖書のパロディなので、つまり
あれは叙事詩の形式をとった哲学書だから。(本編は面倒くさくて解説書しか読んだことないけど)
この邦題を考えた人は天才だと思う
神との約束三部作の中編からforkさせて書いた薄い本だぞ。
なぜファンタジー小説だと思うと侮ることになるのか。ファンタジーやなろう小説を下に見てるから侮蔑に感じるんやろうね
「かく語りき」で読んだの? 「こう言った」の方じゃなくて。昭和の人なんだ
アプターブリンガーかく語りき
この人生が永遠に繰り返しても問題ないといえるくらい真剣に生きろ!という話だと昔のワイは読んだが、いま読むとどうなんだろうな。再読してみようかな/プッチ神父の『天国』概念はここからきていると思う
あれ頭のおかしい思想書だからな。なろうに落とし込んだら、みんな楽しく読めたかもね。
増田はニーチェをバカにしてるんじゃなくて、「フォーマット的にこういうことやん!」と言いたいだけだと思う。
超人にめざす話やから、キン肉マンのジェロニモみたいな話やな
じぶんにとっては、ニーチェってドストエフスキーの小説と同じ枠で、なんか小説の一種として読んでましたね(ちゃんと哲学勉強したわけではない、一読者としてのコメント)
私も氷上英廣訳が好き
AIに出させてみた「【悲報】山に10年引きこもってたら神が死んでた件 〜「神は死んだ」ので、俺の最強スキル【超人】と【永劫回帰】で、奴隷根性の人類を全員目覚めさせて新世界を創造します〜」
「悲劇の誕生」で大ゴケして消えた新進気鋭のエリートがこれお出ししてきて数年でちゃんと評価されるのすんげぇ〜ってなる
筒井康隆の「火星のツァラトゥストラ」が面白いよ
ホドロフスキーの映画『ホーリー・マウンテン』も観たらいいよ。
id:nyankosenpai のブコメの意味がわからなかったんだが、ファンタジー小説やラノベ扱いされて「古典を安く見られた」と思ったのか。増田はそんなこと書いてないし、ジャンルで上下を作ってるのをコメント側が露呈と…
最強の思想を手に入れたのに、誰も話を聞いてくれないんだが?ぐらいが好きかな
“Also sprach Zarathustra”は「ツァラトゥストラかく語りき」と訳す方が文語的な重厚感があってかっこいいけど、最近は「ツァラトゥストラはこう語った」と言うような口語的な訳が多いよね。
邦題は『ツァラトゥストラはかく語りき』『ツァラトゥストラはこう語った』『ツァラトゥストラ』じゃないのかと思ったら新訳なんだ。原題は"Also sprach Zarathustra"。「超人Übermensch」は昔英訳ではSupermanだったが今はOverman
ツァラトゥストラのパロディ先はもちろん新約聖書のイエスだが、もちろんそちらもなろう小説。神の子として転生したおれ、奇跡を起こして世界を救うことになったけど誰もわかってくれない件
セルバンテスの『ドン・キホーテ』も、「なろう系を真に受けて行動に移すとどういう事態が起こるのか」という視点で読み解かれるべきでは?と考えております。
『カラマーゾフの兄弟』→ 『快楽主義の長男と厨二病みたいな次男と聖人すぎる三男、なぜか親父殺しの容疑で人生終了しかけてます』
最近は交響詩の方も「ツァラトゥストラはこう語った」なんだな。へー。
「"トンネルを抜けると雪国だった件"」の検索結果が思ったより少ない
おもろ。
へー、と思ってニーチェについてAIで壁打ちしてたらめっちゃ嫌いになった。
ニーチェが世の中に受け入れられない自分を投影した主人公なのかと思って読むとより一層イタさが増して楽しい。
ツァラトゥストラがゾロアスター(教)のドイツ語読みだと歴史の本読んで初めて知った。ゾロアスター教も拝火教なんて日本語訳のせいでだいぶ禍々しい印象があった。
ファンタジー小説として読んでも面白くないよ。小説のフォーマットで書かれた哲学書として読むから面白いだけ。
こういう増田好き
「なろう」は似たような話ばかりと扱われがちだが、あにはからんや、世の中のほとんどの話を内包しうる普遍的なテンプレートなんだよな
そだよ〜w>なろうだったらこんなタイトルになっていた
ゾロアスター教のやつな。読んだことないけど。
異世界ラノベは、もともとディストピアの裏返った風刺であって、今年が300周年のスウィフト『ガリバー旅行記』はその典型。シェイクスピアも、Mdセルバンテスも、コナン・ドイルも、大小デュマも、本質的にはラノベ。
Exactly.(その通りでございます)
そう。なので、むしろ『善悪の彼岸』を最初に読んだ方が、著者の問題意識が分かって読みやすいんじゃなかろうか。(高校の頃、友達が1人もいない自分にすごく刺さった思い出…)
「すべての悦びは永遠を欲する!」「さあ来い、大いなる正午よ!」厨二すぎんよ。大好き。
「古典をなろう風タイトルにしてみる」という大喜利が始まる?
ゾロアスター教が、今の和製ファンタジーと相性がいいのかも。二元論とか。
意味を考えずに読むと案外面白い。ピエロが落下死するエピソードとか。/とりあえず「神が死んだ理由」は一発目のネタなのでそこは読んでおくといい。
当時はキリスト教批判すると処刑されてた時代だからね、近所にされない為に寓話にしたのは有名な話。増田は頑張って言論統制の国にいって自分の言葉で出版してみせてくれ
「かく語りき」で思い出すのは最近だと、いど氏(いどんち)による艦これとウマ娘の同人誌になってしまった。でも別にそれでいいやって思う。実際ネタ満載でとても面白いし。
全然そう。ちょっと半笑いで読む感じは全然ある。一方で本物のラノベの方だと、そうやっていろんな角度で読める懐の深さがない
「この人を見よ」もすごい。俺すげー。あいつらはダメ。しか言ってない。
今更ニーチェと言われ思うのは、近代=奴隷道徳の側にも近代批判の側にも立たず、中途半端な所で、ミクロな、半径1キロくらいの出来事にいそしんで、時々喜びを得る事があれば、もうこの生はそれでいいかな、という
こんなこと言うと怒られるかも知れないが、私はあまりニーチェは哲学者らしい哲学者とは思っていない。
綱渡りしてるユーチューバーが落ちて死ぬとか。ありきたりだよね。退屈(´・ω・`)
“いうて哲学ってプラトンあたりからそんなんやで 「具体的に上手く文字に出来ないんけど、対面で語り合えばわかる 語り合ってないやつは浅いわ」でずっとやってる”
甘い。『ツァラトゥストラ』はサザエさんで、『この人を見よ』はカツオだよ。♪地球がまわっているのはね、私が笑っているからよ(サザエ)♪どうして僕だけ頭が良いのだろうか(カツオ)
この遊びおもろかった。日本文学とかタイトルを最近のラノベ風にすると身も蓋もない感じて笑える
おもしろい。もっと他の例もあげてほしい。
ニーチェはもろ弱男なので、おおむね正しい
ニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』をはじめて読んでみたんだけど
「なろう系の波」を感じる斬新な感性、お見事ですわ 。孤独の中で真理を掴むツァラトゥストラは、まさに無敵の主人公。時代を超えて「超人」を目指す物語、心の豊かさを持つ貴方なら読み解けますわ 。
「下山して愚民どもに真実を説く」がモーセっぽいな
解説本から始めたほうがいいのでは、、普段読んでないとそういう結論にしかならなそう 竹田青嗣はダメだとドイツ語の先生が言ってたが、、
一方で筆者はバッドエンドを迎えるのが悲しい
タイトルが長い。ツァラトゥストラ産業なら、それで正しい。
この増田、絶対に読んでないと思う。
面白いから「走れメロス」とか「変身」とかのタイトルも考えてみてくれ/そういえば昔、「超訳」ってのがあったな。般若心経とか
通称「山下」って、呼ばれるってコトぉ? 『《山》に10年引きこもって無敵になった俺、《下》山して…』 /ラノベで古典作品を…っていうと、「ラノベ古事記」というのが実際あるし、読みやすい。
いやそれいつまでニーチェだと思ってるの、情報古いよ
アニメ化の時には「ゾロ太郎」と呼ばれる
現在の作品は過去の多くの作品を糧にしてできてるんやで。今から過去を侮るのはご先祖様はバカというのと同じなんやで
あれは新約聖書のパロディなので、つまり
あれは叙事詩の形式をとった哲学書だから。(本編は面倒くさくて解説書しか読んだことないけど)
この邦題を考えた人は天才だと思う
神との約束三部作の中編からforkさせて書いた薄い本だぞ。
なぜファンタジー小説だと思うと侮ることになるのか。ファンタジーやなろう小説を下に見てるから侮蔑に感じるんやろうね
「かく語りき」で読んだの? 「こう言った」の方じゃなくて。昭和の人なんだ
アプターブリンガーかく語りき
この人生が永遠に繰り返しても問題ないといえるくらい真剣に生きろ!という話だと昔のワイは読んだが、いま読むとどうなんだろうな。再読してみようかな/プッチ神父の『天国』概念はここからきていると思う
あれ頭のおかしい思想書だからな。なろうに落とし込んだら、みんな楽しく読めたかもね。
増田はニーチェをバカにしてるんじゃなくて、「フォーマット的にこういうことやん!」と言いたいだけだと思う。
超人にめざす話やから、キン肉マンのジェロニモみたいな話やな
じぶんにとっては、ニーチェってドストエフスキーの小説と同じ枠で、なんか小説の一種として読んでましたね(ちゃんと哲学勉強したわけではない、一読者としてのコメント)
私も氷上英廣訳が好き
AIに出させてみた「【悲報】山に10年引きこもってたら神が死んでた件 〜「神は死んだ」ので、俺の最強スキル【超人】と【永劫回帰】で、奴隷根性の人類を全員目覚めさせて新世界を創造します〜」
「悲劇の誕生」で大ゴケして消えた新進気鋭のエリートがこれお出ししてきて数年でちゃんと評価されるのすんげぇ〜ってなる
筒井康隆の「火星のツァラトゥストラ」が面白いよ
ホドロフスキーの映画『ホーリー・マウンテン』も観たらいいよ。
id:nyankosenpai のブコメの意味がわからなかったんだが、ファンタジー小説やラノベ扱いされて「古典を安く見られた」と思ったのか。増田はそんなこと書いてないし、ジャンルで上下を作ってるのをコメント側が露呈と…
最強の思想を手に入れたのに、誰も話を聞いてくれないんだが?ぐらいが好きかな
“Also sprach Zarathustra”は「ツァラトゥストラかく語りき」と訳す方が文語的な重厚感があってかっこいいけど、最近は「ツァラトゥストラはこう語った」と言うような口語的な訳が多いよね。
邦題は『ツァラトゥストラはかく語りき』『ツァラトゥストラはこう語った』『ツァラトゥストラ』じゃないのかと思ったら新訳なんだ。原題は"Also sprach Zarathustra"。「超人Übermensch」は昔英訳ではSupermanだったが今はOverman
ツァラトゥストラのパロディ先はもちろん新約聖書のイエスだが、もちろんそちらもなろう小説。神の子として転生したおれ、奇跡を起こして世界を救うことになったけど誰もわかってくれない件
セルバンテスの『ドン・キホーテ』も、「なろう系を真に受けて行動に移すとどういう事態が起こるのか」という視点で読み解かれるべきでは?と考えております。
『カラマーゾフの兄弟』→ 『快楽主義の長男と厨二病みたいな次男と聖人すぎる三男、なぜか親父殺しの容疑で人生終了しかけてます』
最近は交響詩の方も「ツァラトゥストラはこう語った」なんだな。へー。
「"トンネルを抜けると雪国だった件"」の検索結果が思ったより少ない
おもろ。
へー、と思ってニーチェについてAIで壁打ちしてたらめっちゃ嫌いになった。
ニーチェが世の中に受け入れられない自分を投影した主人公なのかと思って読むとより一層イタさが増して楽しい。
ツァラトゥストラがゾロアスター(教)のドイツ語読みだと歴史の本読んで初めて知った。ゾロアスター教も拝火教なんて日本語訳のせいでだいぶ禍々しい印象があった。
ファンタジー小説として読んでも面白くないよ。小説のフォーマットで書かれた哲学書として読むから面白いだけ。
こういう増田好き
「なろう」は似たような話ばかりと扱われがちだが、あにはからんや、世の中のほとんどの話を内包しうる普遍的なテンプレートなんだよな
そだよ〜w>なろうだったらこんなタイトルになっていた
ゾロアスター教のやつな。読んだことないけど。
異世界ラノベは、もともとディストピアの裏返った風刺であって、今年が300周年のスウィフト『ガリバー旅行記』はその典型。シェイクスピアも、Mdセルバンテスも、コナン・ドイルも、大小デュマも、本質的にはラノベ。
Exactly.(その通りでございます)
そう。なので、むしろ『善悪の彼岸』を最初に読んだ方が、著者の問題意識が分かって読みやすいんじゃなかろうか。(高校の頃、友達が1人もいない自分にすごく刺さった思い出…)
「すべての悦びは永遠を欲する!」「さあ来い、大いなる正午よ!」厨二すぎんよ。大好き。
「古典をなろう風タイトルにしてみる」という大喜利が始まる?
ゾロアスター教が、今の和製ファンタジーと相性がいいのかも。二元論とか。
意味を考えずに読むと案外面白い。ピエロが落下死するエピソードとか。/とりあえず「神が死んだ理由」は一発目のネタなのでそこは読んでおくといい。
当時はキリスト教批判すると処刑されてた時代だからね、近所にされない為に寓話にしたのは有名な話。増田は頑張って言論統制の国にいって自分の言葉で出版してみせてくれ
「かく語りき」で思い出すのは最近だと、いど氏(いどんち)による艦これとウマ娘の同人誌になってしまった。でも別にそれでいいやって思う。実際ネタ満載でとても面白いし。
全然そう。ちょっと半笑いで読む感じは全然ある。一方で本物のラノベの方だと、そうやっていろんな角度で読める懐の深さがない
「この人を見よ」もすごい。俺すげー。あいつらはダメ。しか言ってない。
今更ニーチェと言われ思うのは、近代=奴隷道徳の側にも近代批判の側にも立たず、中途半端な所で、ミクロな、半径1キロくらいの出来事にいそしんで、時々喜びを得る事があれば、もうこの生はそれでいいかな、という
こんなこと言うと怒られるかも知れないが、私はあまりニーチェは哲学者らしい哲学者とは思っていない。
綱渡りしてるユーチューバーが落ちて死ぬとか。ありきたりだよね。退屈(´・ω・`)
“いうて哲学ってプラトンあたりからそんなんやで 「具体的に上手く文字に出来ないんけど、対面で語り合えばわかる 語り合ってないやつは浅いわ」でずっとやってる”
甘い。『ツァラトゥストラ』はサザエさんで、『この人を見よ』はカツオだよ。♪地球がまわっているのはね、私が笑っているからよ(サザエ)♪どうして僕だけ頭が良いのだろうか(カツオ)
この遊びおもろかった。日本文学とかタイトルを最近のラノベ風にすると身も蓋もない感じて笑える
おもしろい。もっと他の例もあげてほしい。
ニーチェはもろ弱男なので、おおむね正しい