90年代の「国民の歴史」ブームを冷静に構造分析してて面白い。経済大国という自負が崩壊した隙間に、あのナラティブが綺麗にはまった訳か
文明論でシュペングラーが起点になってないのはどうなのかね。彼によると日本は独自性を持った固有の文明としては評価できなかったとか。日本アゲに偏り過ぎでは
このnote面白い。浅学なので全体は理解できなかったが、この分野の本読んでみようかな。
岡田英弘のモンゴル、世界史システムとの関係で『国民の歴史』がでてきたというのは興味深く、納得できる。 でもこれらの(当時かなり話題になった)本読んでるなら「日本文明」にそこまで執着しない気がする。
議論の重心は最終的に「日本」に戻ってきていた、ここが大事で、政治思想だけでなく幅広い学問で左派が論理性を失くす部分。極論で多文化主義を主張するなら日本や他者を変えるのではなく己が多文化主義国家に移れと
中国が台頭する前に、チャイナ文明と日本文明の区別を示した。中国に飲み込まれる前に日本のナショナリズムを表せて意義はあったんじゃないのかな
日本左翼の欺瞞を炙り出した画期は金正日による拉致の告白(2001)だったと思う。北朝鮮の立場的には結果的にあの判断は失敗だったと思うが、彼らの対日政策にその決断を促す 潮流が当時の日本の論壇にあったのだろう
(中国の「戦狼外交」も分析してください。〔清朝末期のトラウマ、諸外国の搾取にあった中国はつよく自己を主張すべき的な怨念でなければいいが〕)(左派のフォーマットはなんでも国内だけで解決できると思てるとこ
id:wnd_x 自衛隊を廃止しろ(侵略されても日本人は対抗する権利なんて無い)と言い出すような日本人嫌いが日本を語るのって、ナチスのユダヤ論レベルに信用できんよな。 https://b.hatena.ne.jp/entry/4786885678606903298/comment/wnd_x
id:ponkotsupon 指摘ありがとうございます。完全に誤読していたのでブコメは削除しました。執筆者の方にも謝罪します。
『文明』や『文化』という単位が大雑把すぎるし、あくまで便宜上のものであるという立場に立つべきだと思うのよな。その上でも消えない地域性に興味がある。
「司馬はモンゴル・東北アジアを、近代国民国家の単位の手前にある広域的な時空として描き出す」近代国民国家(プロテスタンティズム)を疑う思考はない/明治政府は天皇をプロテスタントの神の代わりに代入した
NHKスペシャル取材班著『新・幕末史 グローバル・ヒストリーで読み解く列強vs.日本』と、加藤聖文著『世界史の中の明治維新』を立て続けに読んでるとこ
従来の定義基準には達して無いけど「おもしれー(多様性)」枠で時代区分上やけに長期になってる縄文を文明入りされるトンデモは論外だと思うがw〉「西尾は、世界史のなかの縄文文明を論じた安田喜憲を参照しつつ」
藤岡信勝が湾岸戦争で「転向」(転向か?)した話って笑わずに話すの難しいよね
網野善彦さんや秦郁彦さんの存在も小さくないでしょう。網野史観的なものが大流行していましたし、秦郁彦さんは南京事件論争の当事者の一人でもあるし。
ブコメも読む
直球の右派批判はさんざんやられてきたし、右派の言説がこれだけ多くを占める中で、こういう右派批判の可能性もあるのかと感心。アプローチ自体が稀なので個別の評価軸でしか読解できない反応が並ぶのは仕方ないよな
id:haha64 この論説(というかシリーズ)のテーマは「各時代の言論人や文化人が日本史と世界史の関係をどんな風に論述していたか思想史的な変遷を見る」ことなので、各人物が実証的に正確な議論をしてるかはテーマ外なのよ
歴史的事実において慰安婦問題で歴史修正を行なったのは吉田清治と朝日新聞と左派である
「日本は世界史のどこに立つのかという問いに対し、応答は複数の方向に分かれて出揃った。」
冷戦構造の終了=社会主義国家の終焉と共に、当然的に旧来的な左派論壇が消滅、で右派が勝利でウハウハかというと、単に変化に呼応した個々の動きでしかなく何か目指す運動でないから、分裂やら離反で萎んでいく、と
ニッポンの世界史 #51 「世界史のなかの日本文明」—90年代における反左派フォーマットの成立|みんなの世界史
90年代の「国民の歴史」ブームを冷静に構造分析してて面白い。経済大国という自負が崩壊した隙間に、あのナラティブが綺麗にはまった訳か
文明論でシュペングラーが起点になってないのはどうなのかね。彼によると日本は独自性を持った固有の文明としては評価できなかったとか。日本アゲに偏り過ぎでは
このnote面白い。浅学なので全体は理解できなかったが、この分野の本読んでみようかな。
岡田英弘のモンゴル、世界史システムとの関係で『国民の歴史』がでてきたというのは興味深く、納得できる。 でもこれらの(当時かなり話題になった)本読んでるなら「日本文明」にそこまで執着しない気がする。
議論の重心は最終的に「日本」に戻ってきていた、ここが大事で、政治思想だけでなく幅広い学問で左派が論理性を失くす部分。極論で多文化主義を主張するなら日本や他者を変えるのではなく己が多文化主義国家に移れと
中国が台頭する前に、チャイナ文明と日本文明の区別を示した。中国に飲み込まれる前に日本のナショナリズムを表せて意義はあったんじゃないのかな
日本左翼の欺瞞を炙り出した画期は金正日による拉致の告白(2001)だったと思う。北朝鮮の立場的には結果的にあの判断は失敗だったと思うが、彼らの対日政策にその決断を促す 潮流が当時の日本の論壇にあったのだろう
(中国の「戦狼外交」も分析してください。〔清朝末期のトラウマ、諸外国の搾取にあった中国はつよく自己を主張すべき的な怨念でなければいいが〕)(左派のフォーマットはなんでも国内だけで解決できると思てるとこ
id:wnd_x 自衛隊を廃止しろ(侵略されても日本人は対抗する権利なんて無い)と言い出すような日本人嫌いが日本を語るのって、ナチスのユダヤ論レベルに信用できんよな。 https://b.hatena.ne.jp/entry/4786885678606903298/comment/wnd_x
id:ponkotsupon 指摘ありがとうございます。完全に誤読していたのでブコメは削除しました。執筆者の方にも謝罪します。
『文明』や『文化』という単位が大雑把すぎるし、あくまで便宜上のものであるという立場に立つべきだと思うのよな。その上でも消えない地域性に興味がある。
「司馬はモンゴル・東北アジアを、近代国民国家の単位の手前にある広域的な時空として描き出す」近代国民国家(プロテスタンティズム)を疑う思考はない/明治政府は天皇をプロテスタントの神の代わりに代入した
NHKスペシャル取材班著『新・幕末史 グローバル・ヒストリーで読み解く列強vs.日本』と、加藤聖文著『世界史の中の明治維新』を立て続けに読んでるとこ
従来の定義基準には達して無いけど「おもしれー(多様性)」枠で時代区分上やけに長期になってる縄文を文明入りされるトンデモは論外だと思うがw〉「西尾は、世界史のなかの縄文文明を論じた安田喜憲を参照しつつ」
藤岡信勝が湾岸戦争で「転向」(転向か?)した話って笑わずに話すの難しいよね
網野善彦さんや秦郁彦さんの存在も小さくないでしょう。網野史観的なものが大流行していましたし、秦郁彦さんは南京事件論争の当事者の一人でもあるし。
ブコメも読む
直球の右派批判はさんざんやられてきたし、右派の言説がこれだけ多くを占める中で、こういう右派批判の可能性もあるのかと感心。アプローチ自体が稀なので個別の評価軸でしか読解できない反応が並ぶのは仕方ないよな
id:haha64 この論説(というかシリーズ)のテーマは「各時代の言論人や文化人が日本史と世界史の関係をどんな風に論述していたか思想史的な変遷を見る」ことなので、各人物が実証的に正確な議論をしてるかはテーマ外なのよ
歴史的事実において慰安婦問題で歴史修正を行なったのは吉田清治と朝日新聞と左派である
「日本は世界史のどこに立つのかという問いに対し、応答は複数の方向に分かれて出揃った。」
冷戦構造の終了=社会主義国家の終焉と共に、当然的に旧来的な左派論壇が消滅、で右派が勝利でウハウハかというと、単に変化に呼応した個々の動きでしかなく何か目指す運動でないから、分裂やら離反で萎んでいく、と