あぁ、感情史とエスノグラフィの交差点だ
ベトナム戦争に行った米兵の約半分が薬物依存になったんだけど、米国に帰ってきて数年したら薬物依存の人は1割程度まで減少したようなんだよね。つまり薬物依存は環境が作り出す問題であり、本人の問題ではない
極めて良記事。戦争を経験していない自衛隊員でさえ厳しい。手厚いケアにはしっかりとした理解が必要。日本ではこの方向から語られる戦争が乏し過ぎる。
日本兵のトラウマは、なぜ可視化されなかったのかを丹念な調査で紐解く|上智大学
いわゆる未復員問題。3人の祖父母も戦争について「あれはダメだ」というばかりで何も話してくれなかった。今ではその理由がわかるような気がする
欧米では教会の告解が受け皿の一つになりえたと聞くが、日本社会にはそのような受け皿もなくて個人やその家族で抱えこむしかなかった。戦友会が負の戦争体験に関する発話を抑制する方向に動いてたのも大きい。
うちの祖父は戦中の話は一切しなかったな。ただ祖父の兄が戦死したということだけ。祖父は去年亡くなった。
精神科に行ければいいけど、ほとんどはアルコールでごまかしてたんだろうな、、、
祖父はガダルカナル帰還兵だった。父が子供の頃は夜中に突然暴れだす祖父を恐れて、殺されないようにバットを抱えて寝ていたこともあったという。https://stonedlove.hatenablog.com/entry/2021/09/08/224606
“「軍にとって不都合な症状」、つまり仮病のように扱われ、電気ショック療法で恐怖を与えるなどして「回復」を強制された” 戦勝国の帰還兵問題すら表面化しない時代、敗戦国の兵士ともなれば禁忌扱いだったか。
うちの祖母は、花火大会で「B29が来た時もあんな風に、すごい綺麗だったのよー」って言ってたから、戦地に行った人でも戦争なんて運動会や修学旅行程度と思ってる人も多そう
命令に背きカルテを隠した軍医らの本望が遂げられたと思った。
記事で思い出してイラク派兵帰還自衛官の自殺数確認したら2015年の菅官房長官談話時点で54人だった。一般自衛官の自殺率の8倍超えてて尋常じゃない。ここら辺きちんと調査研究されてほしい。
家族に暴力、飲酒で破滅 昭和オヤジの狼藉は「戦争トラウマ」だったのかも #2131 https://www.asahi.com/special/podcasts/item/?itemid=7b35df19-a02a-45fd-9c17-b39400240dee&page=2&iref=pc_special_podcasts&pgid=684015f9-2396-4ac4-bc1f-ac0f0033d08c
03年に防衛庁に自殺事故防止対策本部が設置されたけど改善されていない点などについて、鈴木宗男から質問が出たりしている。こういうソフト面の改善は現在も不十分
“兵士たちのトラウマは、国、病院、兵士、そして銃後の家族らによって何重にも隠され続けたのです。”←隠されてなかったことにされ続けた歴史
上智大学のこの研究紹介シリーズ、いい読み物なのでぜひ他のコンテンツも読んで欲しい。 https://www.sophia.ac.jp/jpn/article/feature/the-knot/
明確にどうとは無くても、村で浮いた存在になってる復員兵とかの話は、小説やドラマとか新聞とかの一般人の投書とかで見聞きはしてた気がする。
「あいつは臆病風に吹かれた」と言われてたよね。/ 前にNHKが特集番組で扱ってたよ。復員してからずっと入院していた人がいたとか。
“終戦時に軍はカルテの焼却命令を命じたのです。しかし、軍医たちはその命令に従わず、カルテをドラム缶に詰めて土に埋めて隠しました。そのおかげで、8000人分のカルテが現在も残されており” この判断がすごい。
ドキュメンタリー映画「彼らは生きていた」で帰還した兵士が街の人から「しばらく顔を見なかったがどこ行ってたんだ?」とと声をかけられるシーンがキツすぎた
アメリカでは「ベトナム帰還兵もの」がジャンルになるほど映画になっているが日本では具体的な作品は少ないね。「ゆきゆきて神軍」とか最近では塚本慎也の「野火」や「ほかげ」がそれを取り上げているけれど。
「それは「軍にとって不都合な症状」、つまり仮病のように扱われ、電気ショック療法で恐怖を与えるなどして「回復」を強制された」
アメリカにくらべると、他人の話を聞くという文化素地が日本にはないようなところがあるよね
GHQに支配されてた時代の映画などにさりげなく「過去のトラウマで気が狂った人間」が出てきたりするがそういうのほとんど戦争によるものだったと後日ネタバラシされてるね。
"「軍にとって不都合な症状」、つまり仮病のように扱われ、電気ショック療法で恐怖を与えるなどして「回復」を強制された"
フワッとしてて定量化できない研究で、そもそもカルテ読み込むのに医学知識なくて大丈夫か?とか思ったら、博士号を社会学で取ってる上智大の准教授で一気に「はいはい」ってなった。
「カーネーション」の勘助やなぁ
亡くなった祖父が強烈なDV人間だったらしい。指を欠損した帰還兵
60年代〜70年代テレビまんがに登場する「日中も自宅にいる、子供相手にキレる基地外オヤジ」というキャラクターの類型を振り返る
昔のミステリーとかドラマとかで復員兵は狂気のアイコン的な描かれ方をしてたイメージある。実際に子供頃、いつもはおとなしい先生が日の丸や君が代で暴れ出す姿とか戦争の後遺症として記憶にあるね。
トラウマ?ボクにはよくわからないにゃ。でも、みんなを癒してあげるから、仲良くしようね、にゃ!
今となっては誰が何を言っても当人達から「それは違う!」と言われることもなかろうと思う。信用できない。
兵士のトラウマは本国の雰囲気による所が大きい。第二次世界大戦の日本軍は帰ってきたらボロクソ言われて米軍にゴミ扱いされた。ベトナム戦争は帰国時に反戦派にボロクソ言われた。兵士のメンタルは削られただろうな
認知症になった父(昭和一桁)が入院した病院が国府台病院だった。兵隊がやってくるとうなされ、自分のパジャマを引き裂いてもがいていたのは偶然か
日本では軍隊は「会社(個人がそこに所属しアイデンティティを得る場」だから。これは現在も変わらない(「店のまえの街路樹に除草剤まけ」と言われたら喜んでやるのが日本人。外資(例・プルデンシャルとか)でも一緒
皆さん、これが真っ当な社会学者ですよ!カルテを読みとく医学知識の欠如を懸念する、ごもっともなコメントもある。逆に医学側は史料を読み解く技能が不足してる。だから社会学者も医学者も必要なんです。
戦後声がでかかったのは徴兵逃れしてた文学もどき達がもてはやされたからとか?
臭いものに蓋しすぎ。今でも変わってないだろ。
日本はケガレたら燃やしてほろぼそう、自殺して死ねば良いなので、人間の命や生活に関心がそもそも薄いのよね。
戦後も見て見ぬふりだからな、それが日本のいいところでもあり悪いところ
現場の人間のことなんかミリも気にしないのが日本じゃん。経営者だってそう。
軍医さんたち、なかったことにはさせないって覚悟だったんだろうなあ…
当時の精神論、根性論みたいな偏見も原因としてありそう。まぁ今もあるけど。
日本人、日本文化に特にそういう傾向が強かったというのは、よくよく覚えておくべき
“戦争から帰還した兵士たちの心の傷について、日本で広く語られるようになったのは戦後70年以上経ってから”
ルース・ベネディクト『菊と刀』の「恥の文化」そのまんま
上智大学ってカルトじゃん。カルトって人命に対してどうでもよくって簡単に敵認定して殺処分しようとするのよね。ロシア正教もユダヤ教も福音派もカトリックもプロテスタントもイスラム教もむごい
「父と家族とわたしのこと」上映中やね。
兵士は戦闘の恐怖だけでなく軍内の暴力や軍生活への不適応、自らの加害行為で心を病んでいた。しかしそれは「軍にとって不都合な症状」つまり仮病のように扱われ電気ショックで恐怖を与えるなどして回復を強制された
欧州はWW1で兵士が異常な精神に陥るのを大量に発見したが同様にタブーだった。フロイトの功績の一つは死の欲動としてPTSDの反復症状を構造化し同時に勇敢-臆病の軸から剥がしたこと。あの時代に愛されウケた理由の一つ
“国府台陸軍病院の医師がそのように証言することで、日本兵がいかに勇敢かというプロパガンダが行われていました。”一方でプロパガンダに協力しながらカルテは死守。いろいろあるんだな
いないことにして ほこってみせる。いろんなところで よくある。
小説とかにはあるけどね。遠藤周作の深い河にビルマ人肉食べた話があったのは記憶ある
生きてるだけでありがたいってレベルだったのも大きいだろうなあ
親戚が海軍で人間魚雷の訓練受けて、トラウマから戦後精神科に入院してたそうな/親戚の間ではタブーになってて自分が聞いたのも父親が死ぬ数年前に話して漸くだった/訓練でも精神やられるってどんだけ過酷だったの
“兵士たちは戦闘の恐怖だけでなく、軍隊内の暴力や軍隊生活への不適応、自らの加害行為などによって心を病んでいました”
ShellShockは1次大戦で"発見"されたのに。カルテ隠してた軍医よくやった /"国、病院、兵士、そして銃後の家族らによって何重にも隠され続けた" /隊内暴力・生活不適応・加害行為自責等の影響日本は特に強そうな気がする
現代日本も変わらない 依存症を患った軟弱者は責めて叩いてよい 何よりも世間が大事 この国民性は変えなければ
悪虐なる高市早苗と同時代にこのような志のある才媛に恵まれて良かった。一種の清涼剤だ。
復員兵の心の葛藤は密かに封じ込められていた。
残酷な話だけど、国内のダメージが大きかったから可視化しなかったのかなと。ドイツではWW2よりもWW1のときに可視化(塹壕戦帰りの兵士)した
なぜ可視化されなかったのか→GHQが徹底的に検閲したからとかそういう話かと思ってたけど
やはり戦争とは国家が自国民に向ける暴力の側面もある。それはたとえ防衛戦争でも同じだろう
私の生家の隣のおっちゃんがフィリピンからの帰還兵で、普段は穏やかな人なのに、ときどきひどく怖い言動をしていた。当時で戦争から20〜30年たっていたわけで、殺戮の現場を体験したことは人間を大きく変えてしまう
現代に生きる日本人達のトラウマやPTSDも特に可視化、問題視されてない印象を受ける。それはなぜか?
上智大って、中国大使館に不法侵入した輩と同じだね。あと、自衛隊員に拡声器で難癖つける連中のお仲間のはてブサヨが何か大言壮語を吐いているけど、当の自衛隊員は歓迎もしないだろうし、過去の軍人からもそっぽ
平成初期まで、日本兵の心的外傷が欧米より極端に少ないのは、無/意識構造が文化によって異なるからとか言われてた。謎だったのよ。隠蔽の結果だったと判明するのは本当にここ10年程度。こういう人の尽力によるもの。
自衛隊のお偉方はここらへんの旧日本軍マインドをしっかり受け継いでそうなのが困るんだよなあ。有能な将兵のマインドは受け継がないよね。劇場版パトレイバー2の後藤隊長がキレる前の台詞を毎日朗読させたい。
昭和日本では精神病は「穢れ」で「世間への恥」だったから。
戦争で苦しむのは一般人で命令した上層部や権力者にはそれがわからない。
戦争とトラウマ
ベトナム帰還兵モノがテーマになるってのは、第二次世界大戦でのトラウマは注目されなかったってことだよ。当時の精神医学がそんなもんだったってこと。沖縄で村焼いたり市民殺した米兵は苦しんだらしいけどね。
容姿をあまり気にするなということだと思います
私の祖父も夜に時々うなされていた
たしかにフィリピン帰りの祖父は多くを語らなかった。10代半ばの頃に普及してきた(30年前)レンタルビデオ屋で「ゆきゆきて、神軍」を視聴したけど、あの作品もひとつの可視化ではなかったのかな
〈トラウマを抱えた元日本兵が、戦後をどのように生きたのかが具体的に分かりはじめたのは、ここ数年〉つい近年まで「鬱は甘え」みたいな主張が幅を利かせていたもんなあ。
中村江里准教授の研究はNHKで放送した記憶 https://www.cyzo.com/2020/01/post_227776_entry.html /米国の映画でパットン将軍が外傷の無い戦争神経症の兵士を「仮病か?腰抜け者が!」と平手打ちして病床から蹴り出すシーンを思い出す
1938年に神経症等の研究を目的とする「国府台陸軍病院」が精神障害者の収容を開始しており(この記事のカルテを作成したのもここか)、日本軍も戦場精神病について現象としては把握してたはず。
昨年クロ現でも取り上げられてたね。PTSDから家庭内暴力、虐待→次世代に連鎖。可視化されなかった(語られなかった、聞くことをしなかった)戦争による被害がとても重かった。
日本兵のトラウマは、なぜ可視化されなかったのかを丹念な調査で紐解く|上智大学
あぁ、感情史とエスノグラフィの交差点だ
ベトナム戦争に行った米兵の約半分が薬物依存になったんだけど、米国に帰ってきて数年したら薬物依存の人は1割程度まで減少したようなんだよね。つまり薬物依存は環境が作り出す問題であり、本人の問題ではない
極めて良記事。戦争を経験していない自衛隊員でさえ厳しい。手厚いケアにはしっかりとした理解が必要。日本ではこの方向から語られる戦争が乏し過ぎる。
日本兵のトラウマは、なぜ可視化されなかったのかを丹念な調査で紐解く|上智大学
いわゆる未復員問題。3人の祖父母も戦争について「あれはダメだ」というばかりで何も話してくれなかった。今ではその理由がわかるような気がする
欧米では教会の告解が受け皿の一つになりえたと聞くが、日本社会にはそのような受け皿もなくて個人やその家族で抱えこむしかなかった。戦友会が負の戦争体験に関する発話を抑制する方向に動いてたのも大きい。
うちの祖父は戦中の話は一切しなかったな。ただ祖父の兄が戦死したということだけ。祖父は去年亡くなった。
精神科に行ければいいけど、ほとんどはアルコールでごまかしてたんだろうな、、、
祖父はガダルカナル帰還兵だった。父が子供の頃は夜中に突然暴れだす祖父を恐れて、殺されないようにバットを抱えて寝ていたこともあったという。https://stonedlove.hatenablog.com/entry/2021/09/08/224606
“「軍にとって不都合な症状」、つまり仮病のように扱われ、電気ショック療法で恐怖を与えるなどして「回復」を強制された” 戦勝国の帰還兵問題すら表面化しない時代、敗戦国の兵士ともなれば禁忌扱いだったか。
うちの祖母は、花火大会で「B29が来た時もあんな風に、すごい綺麗だったのよー」って言ってたから、戦地に行った人でも戦争なんて運動会や修学旅行程度と思ってる人も多そう
命令に背きカルテを隠した軍医らの本望が遂げられたと思った。
記事で思い出してイラク派兵帰還自衛官の自殺数確認したら2015年の菅官房長官談話時点で54人だった。一般自衛官の自殺率の8倍超えてて尋常じゃない。ここら辺きちんと調査研究されてほしい。
家族に暴力、飲酒で破滅 昭和オヤジの狼藉は「戦争トラウマ」だったのかも #2131 https://www.asahi.com/special/podcasts/item/?itemid=7b35df19-a02a-45fd-9c17-b39400240dee&page=2&iref=pc_special_podcasts&pgid=684015f9-2396-4ac4-bc1f-ac0f0033d08c
03年に防衛庁に自殺事故防止対策本部が設置されたけど改善されていない点などについて、鈴木宗男から質問が出たりしている。こういうソフト面の改善は現在も不十分
“兵士たちのトラウマは、国、病院、兵士、そして銃後の家族らによって何重にも隠され続けたのです。”←隠されてなかったことにされ続けた歴史
上智大学のこの研究紹介シリーズ、いい読み物なのでぜひ他のコンテンツも読んで欲しい。 https://www.sophia.ac.jp/jpn/article/feature/the-knot/
明確にどうとは無くても、村で浮いた存在になってる復員兵とかの話は、小説やドラマとか新聞とかの一般人の投書とかで見聞きはしてた気がする。
「あいつは臆病風に吹かれた」と言われてたよね。/ 前にNHKが特集番組で扱ってたよ。復員してからずっと入院していた人がいたとか。
“終戦時に軍はカルテの焼却命令を命じたのです。しかし、軍医たちはその命令に従わず、カルテをドラム缶に詰めて土に埋めて隠しました。そのおかげで、8000人分のカルテが現在も残されており” この判断がすごい。
ドキュメンタリー映画「彼らは生きていた」で帰還した兵士が街の人から「しばらく顔を見なかったがどこ行ってたんだ?」とと声をかけられるシーンがキツすぎた
アメリカでは「ベトナム帰還兵もの」がジャンルになるほど映画になっているが日本では具体的な作品は少ないね。「ゆきゆきて神軍」とか最近では塚本慎也の「野火」や「ほかげ」がそれを取り上げているけれど。
「それは「軍にとって不都合な症状」、つまり仮病のように扱われ、電気ショック療法で恐怖を与えるなどして「回復」を強制された」
アメリカにくらべると、他人の話を聞くという文化素地が日本にはないようなところがあるよね
GHQに支配されてた時代の映画などにさりげなく「過去のトラウマで気が狂った人間」が出てきたりするがそういうのほとんど戦争によるものだったと後日ネタバラシされてるね。
"「軍にとって不都合な症状」、つまり仮病のように扱われ、電気ショック療法で恐怖を与えるなどして「回復」を強制された"
フワッとしてて定量化できない研究で、そもそもカルテ読み込むのに医学知識なくて大丈夫か?とか思ったら、博士号を社会学で取ってる上智大の准教授で一気に「はいはい」ってなった。
「カーネーション」の勘助やなぁ
亡くなった祖父が強烈なDV人間だったらしい。指を欠損した帰還兵
60年代〜70年代テレビまんがに登場する「日中も自宅にいる、子供相手にキレる基地外オヤジ」というキャラクターの類型を振り返る
昔のミステリーとかドラマとかで復員兵は狂気のアイコン的な描かれ方をしてたイメージある。実際に子供頃、いつもはおとなしい先生が日の丸や君が代で暴れ出す姿とか戦争の後遺症として記憶にあるね。
トラウマ?ボクにはよくわからないにゃ。でも、みんなを癒してあげるから、仲良くしようね、にゃ!
今となっては誰が何を言っても当人達から「それは違う!」と言われることもなかろうと思う。信用できない。
兵士のトラウマは本国の雰囲気による所が大きい。第二次世界大戦の日本軍は帰ってきたらボロクソ言われて米軍にゴミ扱いされた。ベトナム戦争は帰国時に反戦派にボロクソ言われた。兵士のメンタルは削られただろうな
認知症になった父(昭和一桁)が入院した病院が国府台病院だった。兵隊がやってくるとうなされ、自分のパジャマを引き裂いてもがいていたのは偶然か
日本では軍隊は「会社(個人がそこに所属しアイデンティティを得る場」だから。これは現在も変わらない(「店のまえの街路樹に除草剤まけ」と言われたら喜んでやるのが日本人。外資(例・プルデンシャルとか)でも一緒
皆さん、これが真っ当な社会学者ですよ!カルテを読みとく医学知識の欠如を懸念する、ごもっともなコメントもある。逆に医学側は史料を読み解く技能が不足してる。だから社会学者も医学者も必要なんです。
戦後声がでかかったのは徴兵逃れしてた文学もどき達がもてはやされたからとか?
臭いものに蓋しすぎ。今でも変わってないだろ。
日本はケガレたら燃やしてほろぼそう、自殺して死ねば良いなので、人間の命や生活に関心がそもそも薄いのよね。
戦後も見て見ぬふりだからな、それが日本のいいところでもあり悪いところ
現場の人間のことなんかミリも気にしないのが日本じゃん。経営者だってそう。
軍医さんたち、なかったことにはさせないって覚悟だったんだろうなあ…
当時の精神論、根性論みたいな偏見も原因としてありそう。まぁ今もあるけど。
日本人、日本文化に特にそういう傾向が強かったというのは、よくよく覚えておくべき
“戦争から帰還した兵士たちの心の傷について、日本で広く語られるようになったのは戦後70年以上経ってから”
ルース・ベネディクト『菊と刀』の「恥の文化」そのまんま
上智大学ってカルトじゃん。カルトって人命に対してどうでもよくって簡単に敵認定して殺処分しようとするのよね。ロシア正教もユダヤ教も福音派もカトリックもプロテスタントもイスラム教もむごい
「父と家族とわたしのこと」上映中やね。
兵士は戦闘の恐怖だけでなく軍内の暴力や軍生活への不適応、自らの加害行為で心を病んでいた。しかしそれは「軍にとって不都合な症状」つまり仮病のように扱われ電気ショックで恐怖を与えるなどして回復を強制された
欧州はWW1で兵士が異常な精神に陥るのを大量に発見したが同様にタブーだった。フロイトの功績の一つは死の欲動としてPTSDの反復症状を構造化し同時に勇敢-臆病の軸から剥がしたこと。あの時代に愛されウケた理由の一つ
“国府台陸軍病院の医師がそのように証言することで、日本兵がいかに勇敢かというプロパガンダが行われていました。”一方でプロパガンダに協力しながらカルテは死守。いろいろあるんだな
いないことにして ほこってみせる。いろんなところで よくある。
小説とかにはあるけどね。遠藤周作の深い河にビルマ人肉食べた話があったのは記憶ある
生きてるだけでありがたいってレベルだったのも大きいだろうなあ
親戚が海軍で人間魚雷の訓練受けて、トラウマから戦後精神科に入院してたそうな/親戚の間ではタブーになってて自分が聞いたのも父親が死ぬ数年前に話して漸くだった/訓練でも精神やられるってどんだけ過酷だったの
“兵士たちは戦闘の恐怖だけでなく、軍隊内の暴力や軍隊生活への不適応、自らの加害行為などによって心を病んでいました”
ShellShockは1次大戦で"発見"されたのに。カルテ隠してた軍医よくやった /"国、病院、兵士、そして銃後の家族らによって何重にも隠され続けた" /隊内暴力・生活不適応・加害行為自責等の影響日本は特に強そうな気がする
現代日本も変わらない 依存症を患った軟弱者は責めて叩いてよい 何よりも世間が大事 この国民性は変えなければ
悪虐なる高市早苗と同時代にこのような志のある才媛に恵まれて良かった。一種の清涼剤だ。
復員兵の心の葛藤は密かに封じ込められていた。
残酷な話だけど、国内のダメージが大きかったから可視化しなかったのかなと。ドイツではWW2よりもWW1のときに可視化(塹壕戦帰りの兵士)した
なぜ可視化されなかったのか→GHQが徹底的に検閲したからとかそういう話かと思ってたけど
やはり戦争とは国家が自国民に向ける暴力の側面もある。それはたとえ防衛戦争でも同じだろう
私の生家の隣のおっちゃんがフィリピンからの帰還兵で、普段は穏やかな人なのに、ときどきひどく怖い言動をしていた。当時で戦争から20〜30年たっていたわけで、殺戮の現場を体験したことは人間を大きく変えてしまう
現代に生きる日本人達のトラウマやPTSDも特に可視化、問題視されてない印象を受ける。それはなぜか?
上智大って、中国大使館に不法侵入した輩と同じだね。あと、自衛隊員に拡声器で難癖つける連中のお仲間のはてブサヨが何か大言壮語を吐いているけど、当の自衛隊員は歓迎もしないだろうし、過去の軍人からもそっぽ
平成初期まで、日本兵の心的外傷が欧米より極端に少ないのは、無/意識構造が文化によって異なるからとか言われてた。謎だったのよ。隠蔽の結果だったと判明するのは本当にここ10年程度。こういう人の尽力によるもの。
自衛隊のお偉方はここらへんの旧日本軍マインドをしっかり受け継いでそうなのが困るんだよなあ。有能な将兵のマインドは受け継がないよね。劇場版パトレイバー2の後藤隊長がキレる前の台詞を毎日朗読させたい。
昭和日本では精神病は「穢れ」で「世間への恥」だったから。
戦争で苦しむのは一般人で命令した上層部や権力者にはそれがわからない。
戦争とトラウマ
ベトナム帰還兵モノがテーマになるってのは、第二次世界大戦でのトラウマは注目されなかったってことだよ。当時の精神医学がそんなもんだったってこと。沖縄で村焼いたり市民殺した米兵は苦しんだらしいけどね。
容姿をあまり気にするなということだと思います
私の祖父も夜に時々うなされていた
たしかにフィリピン帰りの祖父は多くを語らなかった。10代半ばの頃に普及してきた(30年前)レンタルビデオ屋で「ゆきゆきて、神軍」を視聴したけど、あの作品もひとつの可視化ではなかったのかな
〈トラウマを抱えた元日本兵が、戦後をどのように生きたのかが具体的に分かりはじめたのは、ここ数年〉つい近年まで「鬱は甘え」みたいな主張が幅を利かせていたもんなあ。
中村江里准教授の研究はNHKで放送した記憶 https://www.cyzo.com/2020/01/post_227776_entry.html /米国の映画でパットン将軍が外傷の無い戦争神経症の兵士を「仮病か?腰抜け者が!」と平手打ちして病床から蹴り出すシーンを思い出す
1938年に神経症等の研究を目的とする「国府台陸軍病院」が精神障害者の収容を開始しており(この記事のカルテを作成したのもここか)、日本軍も戦場精神病について現象としては把握してたはず。
昨年クロ現でも取り上げられてたね。PTSDから家庭内暴力、虐待→次世代に連鎖。可視化されなかった(語られなかった、聞くことをしなかった)戦争による被害がとても重かった。