非東京都民の方が「野川ってどこの野川なの!」と思うかもしれないので、タイトルに「東京・野川」とつけました。
「川の始まりと終わりを見る」って哲学的かつ大河の一滴感があるね。源流を見に行く人の多さに驚く。源流マニアさんてたくさんいるのね。
多摩川の源流は行ったけど野川は行ったことない。行ってみたいなあ。野川近辺に住んでるけど「ウチの川」って感じがして通るたびに和む。今の時期は桜が本当にきれい。
ちょうどこの時期、野川の桜のライトアップがはじまるんだよなー。調布に済んでいた時は毎年見に行ってたけど素晴らしかった。
日立の研究所のタンポポはセイヨウタンポポではなく日本のタンポポだそうです。人の出入りが少ないのでセイヨウタンポポに侵略されていないのだとか
「それから野川沿いを歩くたびに、わたしは『この川の始まりと終わりを見たことがある』という事実に励まされつづけている」なんか良いね。野川は一時期よく見てたので懐かしい。そろそろ菜の花が咲いてるかな。
野川の源流が日立の研究所内にあるっていうガチ知識を挟みつつ、最後は『ワシが育てた』で締めるのが流石w こういう無駄に熱量の高い散歩記事は嫌いじゃない
“どこから始まっているのか一見わかりにくいほどの小さな流れが最後には多摩川へ合流していく。全貌を知ったことで魂の平安が得られた。”
行ってみよう
名前への違和感は共感する。近所なのだが、この野川は上流が枯れても中流域で水流が復活するので「始まり」の多くは国分寺崖線のあちこちに点在する湧水群なのだと思う。
チャリにでも乗ればものの数時間で日立の中以外全部見れるで/今日あたり花見の人出で賑わってたろうな
日立の公開日、今年春は4/4。
東京・野川の始まりと終わりを見て「野川はワシが育てた」という優越感を得る - ココロ社
非東京都民の方が「野川ってどこの野川なの!」と思うかもしれないので、タイトルに「東京・野川」とつけました。
「川の始まりと終わりを見る」って哲学的かつ大河の一滴感があるね。源流を見に行く人の多さに驚く。源流マニアさんてたくさんいるのね。
多摩川の源流は行ったけど野川は行ったことない。行ってみたいなあ。野川近辺に住んでるけど「ウチの川」って感じがして通るたびに和む。今の時期は桜が本当にきれい。
ちょうどこの時期、野川の桜のライトアップがはじまるんだよなー。調布に済んでいた時は毎年見に行ってたけど素晴らしかった。
日立の研究所のタンポポはセイヨウタンポポではなく日本のタンポポだそうです。人の出入りが少ないのでセイヨウタンポポに侵略されていないのだとか
「それから野川沿いを歩くたびに、わたしは『この川の始まりと終わりを見たことがある』という事実に励まされつづけている」なんか良いね。野川は一時期よく見てたので懐かしい。そろそろ菜の花が咲いてるかな。
野川の源流が日立の研究所内にあるっていうガチ知識を挟みつつ、最後は『ワシが育てた』で締めるのが流石w こういう無駄に熱量の高い散歩記事は嫌いじゃない
“どこから始まっているのか一見わかりにくいほどの小さな流れが最後には多摩川へ合流していく。全貌を知ったことで魂の平安が得られた。”
行ってみよう
名前への違和感は共感する。近所なのだが、この野川は上流が枯れても中流域で水流が復活するので「始まり」の多くは国分寺崖線のあちこちに点在する湧水群なのだと思う。
チャリにでも乗ればものの数時間で日立の中以外全部見れるで/今日あたり花見の人出で賑わってたろうな
日立の公開日、今年春は4/4。