アイドルみたいなもんだからライブとか握手会行くようなもんだろ
“子を持つのは男性にとって特権だったのです”/この部分は最近の日本と似てる。ネットを見てると、既婚子持ちを「持てる者」として妬んでる人いるよね。
京都の新選組は結構遊郭で「野暮な田舎侍どすなあ」扱いされてたんじゃなかったっけ
江戸ではその時代の文化があってそれは面白いで済ませとくもの。現代には当てはまらない。
今は江戸時代でもないし、侍でもないので……
結婚が難しい時代だったのでは
今の価値観だって数百年後からは奇異に見られてるだろうからよ
女にうつつを抜かすのは軟弱男のすることで、真の男は男性同士で研鑽し友好を深めるもの(薩摩カルチャー)
それはわからないが、江戸時代から現在まで女がいっこうに下方婚してないのは確かだよね。
ゲームやギャンブルみたいな娯楽に入れ込まず適切に付き合える大人ですよってアピールは今もあるもんな。
江戸時代は社会における女性のポジションが違ったからなあ
エウメネス「文化がちがーーう!」/遊廓通い=経済力とオスのチカラの誇示、マウント。出来ない弱いオスは今以上に生き辛さのある社会だったのかも/現代も細々と残る(主に昭和ヲジ)風俗遊びアピールも同様だよね
粋に遊べる人は粋でしょうよ。ただそこに行けば粋で、行かなければ野暮って考えは粋からかけ離れてるよね。
そのお侍さんたちの影に隠れた、昔の遊郭にいた遊女たちの困窮を見ないでおいてその言い草は無いんじゃないか?
えらい人に無礼を働くと首が物理的に飛ぶ時代をもとに擁護されてもなあ
江戸時代じゃない。そんで風俗通いをぶっ叩くのも馬鹿げてる。好きにさせとけよ
総合点でどうかは知らんけど、遊郭・岡場所・夜鷹とか羅列できてるんだから、そもそもの疑問が答えにくい問いだということぐらいは……伝わらないねw やっぱまとめて長文で語らないといかんのかな。
参勤交代の武士や出稼ぎ労働者が多かった影響で、江戸は男性人口が極端に多い社会だったんだよな。多くの男性は恋愛なんて考えられないほど非モテだったので、「きしょい」もクソもなく風俗一直線だわ。
「江戸時代はこうだった」って価値観がひとつしかないと思ってるの想像力なさすぎ。今だってコミュニティによって「男は風俗ぐらい行かないと」の文化もあればそうでない文化もある。
去年の大河ドラマで、鬼平こと長谷川平蔵が若い頃遊郭でさんざんやらかしてた様を放送してて結構評判だったけど、関連の投稿とかなかったのかな?まとめられてないだけ?
同じ価値観の下の横並びでいっしょにすんなや
その明と暗が大河前作「べらぼう」では、苦しみながら上手に表現されてたけどな。批判してる人は見る訳無いか。
そもそも当時にいたとして江戸住みの上に武士である可能性なんてかなり低いんじゃない?自分の先祖あんま知らんけど聞いた限りでは代々江戸だったのは父方の祖母の家系だけらしいし。
遊郭好きな人、関係者は「知らない人は野暮」というし、遊郭と縁がない人は何も語らないだろうから、記録の有無で全体を判断するのはしたくないかな。そういう人がいる、という点なら今も昔も同じ
新撰組というか、芹沢鴨な。あいつはダメだ。暗殺されても仕方がない
昭和にあった露悪系と同じでしょ。遊んでた人がイキってただけ(´・_・`)
まあ、日本のリベラルも「夫婦別姓は江戸時代以前では普通!」「北条政子だって源政子とは言わない!」とか言ってるしな(姓と氏を混同してて色々と間違ってたりするが)
「明烏」「紺屋高尾」など、落語には遊郭を舞台にした話がいくつもあるわけで。まあ、客の中にもいわゆる「キモい」人もいたとは思う。
( 諸芸に秀でた売春女性のトップクラスが流行発信源、インフルエンサーだったのだから、そりゃあ「あちきの主様は」洗練されてると喧伝しますよ )
好きにすればいいけどそういうことをあえて口にすることをカッコいいと思ってそうで痛いなとは思うかな
>梅毒すら「粋」な時代だった >性病にかかって死ぬのが粋 現代とは価値観が違う、知らないことが多い世とは言え、なぁ…。所謂「武勇伝」や「イキリ」に近いのかもなぁ…。
江戸時代の性風俗って吉原だけじゃなくて、もっと手軽に遊べる新宿や品川などの岡場所、立ちんぼを買うのに等しい夜鷹もあって「性風俗」や「遊び」の意味も違う。一概に言えないと思うけど。
風俗いいじゃん。どんどん行こう。
200年後に『当時の庶民の間では、二郎のロットを乱す行為は粋じゃないとされ…』みたいに『庶民』として一緒くたに本に書かれるのかな。別に常識でもないが。江戸っ子のそばの食べ方みたいに。
入り鉄砲に出女って女性が少なかった江戸は生涯独身が多かったので必要な存在ではあったとかなんとか。
セックスワーク自体は否定しないしその性質上仕方ないけど、あんな個室で一方的に身体を利用されるから色恋沙汰に発展しやすくミスったら妊娠など将来に渡りダメージが残る職業を今のままにはしておけんわな。
まあ江戸時代の後明治大正昭和となるわけで、さらに様々な属性の集団が社会を作ってるわけで価値観もそれぞれ。
江戸時代の常識を令和の世の中に持ってくるのに何の意味があるか分からないんだが。漢方薬で自分の悪い所と同じ臓器を食べると効果があると真面目に信じられてたりした時代ぞ?科学の光を浴びよ(チェレンコフ光
江戸時代は260年もあるし、価値観も多様ですよ。
江戸だと、都市開発工事(埋め立てや道路水路や)と参勤交代のせいで人口の男女比が偏ってたという話がある。まぁだから吉原みたいな仕組みもあったし吉原の外でも色んな方法で買えたし性病の蔓延も酷かった
侍はわからんけど、飲む打つ買うが娯楽として認知される程度には一般的なものだった。どちらかといえば道楽か
落語の話でてるが往年の志ん生師匠は“居残り”の枕で“上は来ず 中は昼来て昼帰り 下は夜来て朝帰り そのまた下々が居続けをして そのまた下々が居残りをする”と振ってる。上の人間は遊郭なんぞいかない、と続く。
本当にヤバいのは夜鷹なんじゃないかな
落語の話でてるが居残り左平次は舞台が品川宿のうなぎ屋で、公許じゃないから定義上は遊郭ではなくて飯盛旅籠なんだけどなあれ/紺屋高尾と明烏は吉原なので遊郭です
江戸時代の考え方を現代に当てはめるとか、背景事情も異なるのに無意味でしかない
遊郭で梅毒が蔓延していることくらいわかってたろうに、それでも通うのは、わりときしょい気はする。
文化を言うならその「語り手/担い手が誰か」を考えないなら無意味です。もし今かつてのように女性や若者の発言が軽視される世の中だったら、男性の風俗通いが批判的に見られるなどという事にはなってません。
適度で粋な「遊び」は称賛されてた。が、身代食いつぶす人は割と笑いものだった。と落語で学んだ(何
まあ現代で高齢道程がキモがられるようなものでは。知らんけど
「セクハラを批判する人もいるが、昭和は~」って言うのと同じ態度
遊郭だと何回も通ってなじみになって太夫に認められてやっとお床行き、って流れじゃなかった? 誰でも相手するものじゃないから夜鷹よりは病気持ちは少なそう。見てわかる状態だったら太夫になれないだろうし
人の感情に対して想像力を持とう
江戸時代の江戸の遊郭ではそういう評価だったって話で、日本全体の話かどうかは…?
「今で言う大久保公園みたいな」わかり易すぎて嫌だなw
残ってる記録でしか語れない
「黒人を奴隷として酷使することは昔は当然だと思われてたし経済的にはメリットがあった、なんなら女奴隷をレイプすることで白人女性の純潔を守れるので有意義だった」みたいな話。
江戸と大阪と京では違うだろうし、他の地方との間でも結構違ってそうなんだよなぁ…。そこら。
現代の倫理観で過去を裁くのは無理がある。遊郭が「教養の場」だった時代があったってだけの話
梅毒で死ぬとかアルカポネかい!!
遊郭に行って無粋な振る舞いをするのが「野暮」なのであって、行かないこと自体は別に問題なかったんじゃなかろうか。
性風俗店へ通うことを批判する人もいるが、江戸時代「あのお侍はん遊郭行っててきしょい」とか言われたのか?→当時は遊び方を知らない方が「野暮」だった
アイドルみたいなもんだからライブとか握手会行くようなもんだろ
“子を持つのは男性にとって特権だったのです”/この部分は最近の日本と似てる。ネットを見てると、既婚子持ちを「持てる者」として妬んでる人いるよね。
京都の新選組は結構遊郭で「野暮な田舎侍どすなあ」扱いされてたんじゃなかったっけ
江戸ではその時代の文化があってそれは面白いで済ませとくもの。現代には当てはまらない。
今は江戸時代でもないし、侍でもないので……
結婚が難しい時代だったのでは
今の価値観だって数百年後からは奇異に見られてるだろうからよ
女にうつつを抜かすのは軟弱男のすることで、真の男は男性同士で研鑽し友好を深めるもの(薩摩カルチャー)
それはわからないが、江戸時代から現在まで女がいっこうに下方婚してないのは確かだよね。
ゲームやギャンブルみたいな娯楽に入れ込まず適切に付き合える大人ですよってアピールは今もあるもんな。
江戸時代は社会における女性のポジションが違ったからなあ
エウメネス「文化がちがーーう!」/遊廓通い=経済力とオスのチカラの誇示、マウント。出来ない弱いオスは今以上に生き辛さのある社会だったのかも/現代も細々と残る(主に昭和ヲジ)風俗遊びアピールも同様だよね
粋に遊べる人は粋でしょうよ。ただそこに行けば粋で、行かなければ野暮って考えは粋からかけ離れてるよね。
そのお侍さんたちの影に隠れた、昔の遊郭にいた遊女たちの困窮を見ないでおいてその言い草は無いんじゃないか?
えらい人に無礼を働くと首が物理的に飛ぶ時代をもとに擁護されてもなあ
江戸時代じゃない。そんで風俗通いをぶっ叩くのも馬鹿げてる。好きにさせとけよ
総合点でどうかは知らんけど、遊郭・岡場所・夜鷹とか羅列できてるんだから、そもそもの疑問が答えにくい問いだということぐらいは……伝わらないねw やっぱまとめて長文で語らないといかんのかな。
参勤交代の武士や出稼ぎ労働者が多かった影響で、江戸は男性人口が極端に多い社会だったんだよな。多くの男性は恋愛なんて考えられないほど非モテだったので、「きしょい」もクソもなく風俗一直線だわ。
「江戸時代はこうだった」って価値観がひとつしかないと思ってるの想像力なさすぎ。今だってコミュニティによって「男は風俗ぐらい行かないと」の文化もあればそうでない文化もある。
去年の大河ドラマで、鬼平こと長谷川平蔵が若い頃遊郭でさんざんやらかしてた様を放送してて結構評判だったけど、関連の投稿とかなかったのかな?まとめられてないだけ?
同じ価値観の下の横並びでいっしょにすんなや
その明と暗が大河前作「べらぼう」では、苦しみながら上手に表現されてたけどな。批判してる人は見る訳無いか。
そもそも当時にいたとして江戸住みの上に武士である可能性なんてかなり低いんじゃない?自分の先祖あんま知らんけど聞いた限りでは代々江戸だったのは父方の祖母の家系だけらしいし。
遊郭好きな人、関係者は「知らない人は野暮」というし、遊郭と縁がない人は何も語らないだろうから、記録の有無で全体を判断するのはしたくないかな。そういう人がいる、という点なら今も昔も同じ
新撰組というか、芹沢鴨な。あいつはダメだ。暗殺されても仕方がない
昭和にあった露悪系と同じでしょ。遊んでた人がイキってただけ(´・_・`)
まあ、日本のリベラルも「夫婦別姓は江戸時代以前では普通!」「北条政子だって源政子とは言わない!」とか言ってるしな(姓と氏を混同してて色々と間違ってたりするが)
「明烏」「紺屋高尾」など、落語には遊郭を舞台にした話がいくつもあるわけで。まあ、客の中にもいわゆる「キモい」人もいたとは思う。
( 諸芸に秀でた売春女性のトップクラスが流行発信源、インフルエンサーだったのだから、そりゃあ「あちきの主様は」洗練されてると喧伝しますよ )
好きにすればいいけどそういうことをあえて口にすることをカッコいいと思ってそうで痛いなとは思うかな
>梅毒すら「粋」な時代だった >性病にかかって死ぬのが粋 現代とは価値観が違う、知らないことが多い世とは言え、なぁ…。所謂「武勇伝」や「イキリ」に近いのかもなぁ…。
江戸時代の性風俗って吉原だけじゃなくて、もっと手軽に遊べる新宿や品川などの岡場所、立ちんぼを買うのに等しい夜鷹もあって「性風俗」や「遊び」の意味も違う。一概に言えないと思うけど。
風俗いいじゃん。どんどん行こう。
200年後に『当時の庶民の間では、二郎のロットを乱す行為は粋じゃないとされ…』みたいに『庶民』として一緒くたに本に書かれるのかな。別に常識でもないが。江戸っ子のそばの食べ方みたいに。
入り鉄砲に出女って女性が少なかった江戸は生涯独身が多かったので必要な存在ではあったとかなんとか。
セックスワーク自体は否定しないしその性質上仕方ないけど、あんな個室で一方的に身体を利用されるから色恋沙汰に発展しやすくミスったら妊娠など将来に渡りダメージが残る職業を今のままにはしておけんわな。
まあ江戸時代の後明治大正昭和となるわけで、さらに様々な属性の集団が社会を作ってるわけで価値観もそれぞれ。
江戸時代の常識を令和の世の中に持ってくるのに何の意味があるか分からないんだが。漢方薬で自分の悪い所と同じ臓器を食べると効果があると真面目に信じられてたりした時代ぞ?科学の光を浴びよ(チェレンコフ光
江戸時代は260年もあるし、価値観も多様ですよ。
江戸だと、都市開発工事(埋め立てや道路水路や)と参勤交代のせいで人口の男女比が偏ってたという話がある。まぁだから吉原みたいな仕組みもあったし吉原の外でも色んな方法で買えたし性病の蔓延も酷かった
侍はわからんけど、飲む打つ買うが娯楽として認知される程度には一般的なものだった。どちらかといえば道楽か
落語の話でてるが往年の志ん生師匠は“居残り”の枕で“上は来ず 中は昼来て昼帰り 下は夜来て朝帰り そのまた下々が居続けをして そのまた下々が居残りをする”と振ってる。上の人間は遊郭なんぞいかない、と続く。
本当にヤバいのは夜鷹なんじゃないかな
落語の話でてるが居残り左平次は舞台が品川宿のうなぎ屋で、公許じゃないから定義上は遊郭ではなくて飯盛旅籠なんだけどなあれ/紺屋高尾と明烏は吉原なので遊郭です
江戸時代の考え方を現代に当てはめるとか、背景事情も異なるのに無意味でしかない
遊郭で梅毒が蔓延していることくらいわかってたろうに、それでも通うのは、わりときしょい気はする。
文化を言うならその「語り手/担い手が誰か」を考えないなら無意味です。もし今かつてのように女性や若者の発言が軽視される世の中だったら、男性の風俗通いが批判的に見られるなどという事にはなってません。
適度で粋な「遊び」は称賛されてた。が、身代食いつぶす人は割と笑いものだった。と落語で学んだ(何
まあ現代で高齢道程がキモがられるようなものでは。知らんけど
「セクハラを批判する人もいるが、昭和は~」って言うのと同じ態度
遊郭だと何回も通ってなじみになって太夫に認められてやっとお床行き、って流れじゃなかった? 誰でも相手するものじゃないから夜鷹よりは病気持ちは少なそう。見てわかる状態だったら太夫になれないだろうし
人の感情に対して想像力を持とう
江戸時代の江戸の遊郭ではそういう評価だったって話で、日本全体の話かどうかは…?
「今で言う大久保公園みたいな」わかり易すぎて嫌だなw
残ってる記録でしか語れない
「黒人を奴隷として酷使することは昔は当然だと思われてたし経済的にはメリットがあった、なんなら女奴隷をレイプすることで白人女性の純潔を守れるので有意義だった」みたいな話。
江戸と大阪と京では違うだろうし、他の地方との間でも結構違ってそうなんだよなぁ…。そこら。
現代の倫理観で過去を裁くのは無理がある。遊郭が「教養の場」だった時代があったってだけの話
梅毒で死ぬとかアルカポネかい!!
遊郭に行って無粋な振る舞いをするのが「野暮」なのであって、行かないこと自体は別に問題なかったんじゃなかろうか。