『日常系』という漫画アニメ由来の言葉が小説に適用されて純文学を内包するジャンルになってるの面白い
日本語で表現しようしている微妙なニュアンスが、現地の言葉に翻訳されても伝わっているということなんかな。
よくわからないが、詩集みたいなものじゃないのか?
日本人より読んでいそう。
それ、欧米が言う?日常系描写の起伏のない小説って海外にも多いじゃん。
自分がハルキやばなな等を好めない理由がこれ。別にスリルが善では無いけど合わない。まだ村上龍とかの方が良かった。80年代の作品しか読んでない気がするが。
日常の些細な物事が及ぼす生活やアイデンティティへの影響を描く、って、オレが思うアメリカの小説の特徴そのものだな。レイモンド・カーヴァーとか
村田沙耶香は挙げられず。さすがに。
何も起こらなくて退屈な◯◯を好んで嗜む人は教養をひけらかしたいだけ、というの、フランス映画の話してるのかと思った
海外版出す時に、表紙にオシャレイラストと猫を配置する手法だな。『日本の小説はまず表紙が可愛い』/ 売る側もいけすかない層を狙い撃ちしてるのよね
海外日常系(カーヴァーとか)と日本のとの違いは向こうのには根底に流れる緊張感(サスペンス)がきっちり描けてるとこ。本邦だと(カーヴァーの翻訳者な)村上春樹でさえも平和ボケ(戦後日本は世界史上稀な平和ボケだった
その編集者は村上春樹以降の世代の日本人作家が影響受けてる英米文学も知らないのか。
大したことは起きないSF、みたいなのが好き。
村上春樹が知識や教養ひけらかし、はわかるけど、日常系という認識がなかった。割と異世界転生してる気が。
(ヌーヴォーロマンというのは、もう完全にわすれられてるみたいやわなあ……)
そういえば吾が猫まだ読んでないな。読むか。
「坊っちゃん」や「ねじまき鳥クロニクル」を「何も起こらない」って人は、ちょっとドラマティックな日常を過ごし過ぎなのでは…?
何も起きない小説は珍しくないけどそれが爆売れしてて何でか日本の小説ってのは確かにちょっと困惑するわな。難解ってのも自国の日常小説とどこが違うのかってところなのかな?
“日本は外国の影響をあまり受けていない、 独自の文化を貫いているってところが、 外国人には余計に魅力的に映るんだろうね。”
“いえ、村上春樹の話はしていません。 彼はそのリストに入っていませんので。 この現象はもっと最近の話です”。村上春樹が日常系って事はないよね。
走れメロスはどうですか。どうですか。
夏目漱石を村上春樹とかと並べないでほしい
長年村上春樹の読者ではあるけど、夏目漱石と並べるのは違和感がある。漱石は国文学なので。
ここで書かれてるのは、純文学のことではなく、ヒーリングフィクションのことでしょ(主に猫、喫茶店、書店などを書いた癒し系ジャンル小説)
そうなんかい
漱石輸出されてんのね
一人称で語られる何も起きない純文学のカテゴリには「私小説」というジャンル名が遠い昔からついているのです....
内田百閒の「ノラや」を読ませてやりたい。|流行りなのだろうけど、各国の皆さん、自国の文豪の作品も摂取してくださいね。作家が描きたいことを高純度で受け取れるのは、同じ価値観を受け継ぐ人たちだけなので。
現代小説と純文学が入り混じっている。異文化の日常を知ることで、旅行気分が味わえるのだろうか。
ジャンルによるだろとしか。純文系が嫌なら「テスカトポリス」でも読んでくれよ。
日本文学って言われても作家によって全然ちゃうやろ。ハルキムラカミの小説で何も起きない言われたら、春樹さんにやれやれって言われそうだし。マジクソまとめサイトだなー
村上春樹は熱に浮かされる時の夢みたいな出来事が色々起きてて日常ではない気がするが
“『ねじまき鳥クロニクル』を想起した。 912ページもあって、本当に何も起きない。”
村上春樹は牧歌的にとんでもない事をしてるので日常系も異世界転生も当てはまりそう。
“『〇〇にある本屋の毎日』みたいなタイトルの量産型” しっかりした「何も起きない」作品ではない、そういうのが海外でありふれてきているのだとすると、そのうちアタリショックみたいな現象が起きそう
確かにノルウェイの森は、主人公はふらふらしてるだけで特に何もしてなかったな。いやまあ、会う女性と片っ端からやることやってたけど。
日本文学がかつてのフランス映画的な『オシャレ枠』なのは面白いw 刺激に飽きた層にはあの虚無感が刺さるんだろうけど、半分くらいは意識高い系のポーズな気がするわ
文学って大体そうじゃん。エンタメ向けもたくさんあると思う。
村上春樹は数冊しか読んでないけどアレが日常系? なんか他人の夢を見させられてる感じになるだけだけど
なんでこのウヨホルブログは定期的に上がってくるの?
広告押さずに記事読むのも難解だった…
サヨホルブログも読みたい
「何も起きない」の解釈が人によって違うのおもしろいな
言いたいことはわかるけど、何も起きない小説なんてないけどね
村上春樹が何も起きないって何を読んでるんだろう
昔のフランス映画への感想のようだ。 "日本文学を好んで読む人たちは、知識や教養をひけらかしたいだけ。本当は読んでて面白くも何ともないのに、「日本人作家の小説を読んでます」って周りにアピールしたいだけ"
アルゼンチンにはボルヘスとビオイ=カサーレスがいるだろうが! 短編の名手コルタサル! わけわかんないサバトもいるだろうが! 南米文学さいこう!
何も起きない系の代表といえば庄野潤三の「ザボンの花」の中の「ひばりの子」があるが、かつて国語の教科書に掲載されていて中学一年生がそれを読んでいたわけで。
現象として大したことが「何も起きてない」ように見えるけど、主人公の心象に何が起きてるかを読み解く面白さがある。家族との距離は何万光年離れた宇宙の距離に勝る
日本の純文学が「日常系」と呼ばれてるの?
まあ『吾輩は猫である』が何も起こらないってのは分かるけど、あれ、かなり特殊な作品だと思う。
なんだか寝ちゃうくらい平和なの、ボクも好きにゃ!
日本のは起こるけど微細すぎて派手なのが好きな海外から見たら凪すぎのよ。ネトフリの日本の恋愛リアリティショーは海外から見たら何も起こらなくてモヤモヤするらしい
アニメとゲームと漫画の延長
その日本人のハルキとやらはお宅のとこのフィッツジェラルドさんの芸風じゃあないのけ?
派手で甘い炭酸飲料系小説の見過ぎじゃねーの。香りや旨みを味わうお茶みたいな小説だってあっても良いんじゃ。まあ、茶せん立てて出されたら洒落臭いけど。
明治、大正、昭和(戦前)の口語ですら日本人が原文読むと古文の域なのに、英訳でその辺りの雰囲気どうなってて、その上で会話してるのか、どうなの? 令和でリライトした夏目漱石とか?春樹ですらおじいちゃん世代だし
異邦人読んだ時の自分の感想だった
遠野物語も流行らないだろうか。
ちょっと調べた感じだと、柚木麻子『BUTTER』、村田沙耶香『コンビニ人間』、有川浩『旅猫リポート』、川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』 、青山美智子『お探し物は図書室まで』 とか
何も起きなくても心理描写や時代背景とかしっかりしてるものが多いからな。事象をプロットしていくだけだとストーリーメインにならざるをえない。
たしかに昔の村上春樹の小説は文章がうますぎるし面白過ぎるなな。十数年前のすこし田舎のイギリスの本屋でも普通に並んでたし。イギリス人は活字好きすぎるというのもあるだろうが。
イタリア映画なんてそんな感じじゃない?
村上春樹が日常系だと思われてると言うことは、日本の家には謎の地下道に繋がっている空井戸があると思われているのかな
漱石のあのリズム感の良さは英語でも再現されているのだろうか。
たしかに純文学って何も起きないこと多いけど、あれ「日常系」だったんだ…笑
「漱石の作品なら何も起きなくても許せる。だけどそれ以外のこの手のスタイルは無理。つまり、漱石が至高」
日本の小説人気なのか
毎度思うけどこんないかにもな日本スゴイ系のまとめブログがブクマカに人気なの謎すぎる
吉本ばなな昔よく読んで好きだったけどそんな偉大な作家だとは思っていなかった。薄暗くて何かが起きそうでハラハラするトーンだった気がするけど
志賀直哉とか好き
漱石のゆるいエッセイ読んだら春樹じゃん!っていうのがわかる
村上春樹は夏目漱石を愛読しており、熊本にある漱石の家を訪れていることでも有名。『こころ』以外はかなり好きであるとのこと。
海外ではそういうエッセイ系の文芸本はあまり無いのだろうか
次は自国で「日常系」っぽい小説を書いている作家を探すんだ。いない?じゃあ、自分で書くか、知り合いをそそのかして書かせろ。自国の文化・歴史・習俗をベースしていると読んだときの理解の深みが段違いなんよ。
小説では日常系ってそういう感じなのか
福田和也が村上春樹を「現代の漱石」と持ち上げてたっけ。スーザン・ソンタグは「漱石の崇拝者」を自認してて、何度もプライベートで来日してた。今なら漱石推しだね。
“日本文学のストロングポイントだから。 日常系(Slice of Life)こそ至高なんだよ。”
海外「日本の小説は難解だった…」 何も起きない日本の小説が爆売れする現状に海外の編集者が困惑
『日常系』という漫画アニメ由来の言葉が小説に適用されて純文学を内包するジャンルになってるの面白い
日本語で表現しようしている微妙なニュアンスが、現地の言葉に翻訳されても伝わっているということなんかな。
よくわからないが、詩集みたいなものじゃないのか?
日本人より読んでいそう。
それ、欧米が言う?日常系描写の起伏のない小説って海外にも多いじゃん。
自分がハルキやばなな等を好めない理由がこれ。別にスリルが善では無いけど合わない。まだ村上龍とかの方が良かった。80年代の作品しか読んでない気がするが。
日常の些細な物事が及ぼす生活やアイデンティティへの影響を描く、って、オレが思うアメリカの小説の特徴そのものだな。レイモンド・カーヴァーとか
村田沙耶香は挙げられず。さすがに。
何も起こらなくて退屈な◯◯を好んで嗜む人は教養をひけらかしたいだけ、というの、フランス映画の話してるのかと思った
海外版出す時に、表紙にオシャレイラストと猫を配置する手法だな。『日本の小説はまず表紙が可愛い』/ 売る側もいけすかない層を狙い撃ちしてるのよね
海外日常系(カーヴァーとか)と日本のとの違いは向こうのには根底に流れる緊張感(サスペンス)がきっちり描けてるとこ。本邦だと(カーヴァーの翻訳者な)村上春樹でさえも平和ボケ(戦後日本は世界史上稀な平和ボケだった
その編集者は村上春樹以降の世代の日本人作家が影響受けてる英米文学も知らないのか。
大したことは起きないSF、みたいなのが好き。
村上春樹が知識や教養ひけらかし、はわかるけど、日常系という認識がなかった。割と異世界転生してる気が。
(ヌーヴォーロマンというのは、もう完全にわすれられてるみたいやわなあ……)
そういえば吾が猫まだ読んでないな。読むか。
「坊っちゃん」や「ねじまき鳥クロニクル」を「何も起こらない」って人は、ちょっとドラマティックな日常を過ごし過ぎなのでは…?
何も起きない小説は珍しくないけどそれが爆売れしてて何でか日本の小説ってのは確かにちょっと困惑するわな。難解ってのも自国の日常小説とどこが違うのかってところなのかな?
“日本は外国の影響をあまり受けていない、 独自の文化を貫いているってところが、 外国人には余計に魅力的に映るんだろうね。”
“いえ、村上春樹の話はしていません。 彼はそのリストに入っていませんので。 この現象はもっと最近の話です”。村上春樹が日常系って事はないよね。
走れメロスはどうですか。どうですか。
夏目漱石を村上春樹とかと並べないでほしい
長年村上春樹の読者ではあるけど、夏目漱石と並べるのは違和感がある。漱石は国文学なので。
ここで書かれてるのは、純文学のことではなく、ヒーリングフィクションのことでしょ(主に猫、喫茶店、書店などを書いた癒し系ジャンル小説)
そうなんかい
漱石輸出されてんのね
一人称で語られる何も起きない純文学のカテゴリには「私小説」というジャンル名が遠い昔からついているのです....
内田百閒の「ノラや」を読ませてやりたい。|流行りなのだろうけど、各国の皆さん、自国の文豪の作品も摂取してくださいね。作家が描きたいことを高純度で受け取れるのは、同じ価値観を受け継ぐ人たちだけなので。
現代小説と純文学が入り混じっている。異文化の日常を知ることで、旅行気分が味わえるのだろうか。
ジャンルによるだろとしか。純文系が嫌なら「テスカトポリス」でも読んでくれよ。
日本文学って言われても作家によって全然ちゃうやろ。ハルキムラカミの小説で何も起きない言われたら、春樹さんにやれやれって言われそうだし。マジクソまとめサイトだなー
村上春樹は熱に浮かされる時の夢みたいな出来事が色々起きてて日常ではない気がするが
“『ねじまき鳥クロニクル』を想起した。 912ページもあって、本当に何も起きない。”
村上春樹は牧歌的にとんでもない事をしてるので日常系も異世界転生も当てはまりそう。
“『〇〇にある本屋の毎日』みたいなタイトルの量産型” しっかりした「何も起きない」作品ではない、そういうのが海外でありふれてきているのだとすると、そのうちアタリショックみたいな現象が起きそう
確かにノルウェイの森は、主人公はふらふらしてるだけで特に何もしてなかったな。いやまあ、会う女性と片っ端からやることやってたけど。
日本文学がかつてのフランス映画的な『オシャレ枠』なのは面白いw 刺激に飽きた層にはあの虚無感が刺さるんだろうけど、半分くらいは意識高い系のポーズな気がするわ
文学って大体そうじゃん。エンタメ向けもたくさんあると思う。
村上春樹は数冊しか読んでないけどアレが日常系? なんか他人の夢を見させられてる感じになるだけだけど
なんでこのウヨホルブログは定期的に上がってくるの?
広告押さずに記事読むのも難解だった…
サヨホルブログも読みたい
「何も起きない」の解釈が人によって違うのおもしろいな
言いたいことはわかるけど、何も起きない小説なんてないけどね
村上春樹が何も起きないって何を読んでるんだろう
昔のフランス映画への感想のようだ。 "日本文学を好んで読む人たちは、知識や教養をひけらかしたいだけ。本当は読んでて面白くも何ともないのに、「日本人作家の小説を読んでます」って周りにアピールしたいだけ"
アルゼンチンにはボルヘスとビオイ=カサーレスがいるだろうが! 短編の名手コルタサル! わけわかんないサバトもいるだろうが! 南米文学さいこう!
何も起きない系の代表といえば庄野潤三の「ザボンの花」の中の「ひばりの子」があるが、かつて国語の教科書に掲載されていて中学一年生がそれを読んでいたわけで。
現象として大したことが「何も起きてない」ように見えるけど、主人公の心象に何が起きてるかを読み解く面白さがある。家族との距離は何万光年離れた宇宙の距離に勝る
日本の純文学が「日常系」と呼ばれてるの?
まあ『吾輩は猫である』が何も起こらないってのは分かるけど、あれ、かなり特殊な作品だと思う。
なんだか寝ちゃうくらい平和なの、ボクも好きにゃ!
日本のは起こるけど微細すぎて派手なのが好きな海外から見たら凪すぎのよ。ネトフリの日本の恋愛リアリティショーは海外から見たら何も起こらなくてモヤモヤするらしい
アニメとゲームと漫画の延長
その日本人のハルキとやらはお宅のとこのフィッツジェラルドさんの芸風じゃあないのけ?
派手で甘い炭酸飲料系小説の見過ぎじゃねーの。香りや旨みを味わうお茶みたいな小説だってあっても良いんじゃ。まあ、茶せん立てて出されたら洒落臭いけど。
明治、大正、昭和(戦前)の口語ですら日本人が原文読むと古文の域なのに、英訳でその辺りの雰囲気どうなってて、その上で会話してるのか、どうなの? 令和でリライトした夏目漱石とか?春樹ですらおじいちゃん世代だし
異邦人読んだ時の自分の感想だった
遠野物語も流行らないだろうか。
ちょっと調べた感じだと、柚木麻子『BUTTER』、村田沙耶香『コンビニ人間』、有川浩『旅猫リポート』、川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』 、青山美智子『お探し物は図書室まで』 とか
何も起きなくても心理描写や時代背景とかしっかりしてるものが多いからな。事象をプロットしていくだけだとストーリーメインにならざるをえない。
たしかに昔の村上春樹の小説は文章がうますぎるし面白過ぎるなな。十数年前のすこし田舎のイギリスの本屋でも普通に並んでたし。イギリス人は活字好きすぎるというのもあるだろうが。
イタリア映画なんてそんな感じじゃない?
村上春樹が日常系だと思われてると言うことは、日本の家には謎の地下道に繋がっている空井戸があると思われているのかな
漱石のあのリズム感の良さは英語でも再現されているのだろうか。
たしかに純文学って何も起きないこと多いけど、あれ「日常系」だったんだ…笑
「漱石の作品なら何も起きなくても許せる。だけどそれ以外のこの手のスタイルは無理。つまり、漱石が至高」
日本の小説人気なのか
毎度思うけどこんないかにもな日本スゴイ系のまとめブログがブクマカに人気なの謎すぎる
吉本ばなな昔よく読んで好きだったけどそんな偉大な作家だとは思っていなかった。薄暗くて何かが起きそうでハラハラするトーンだった気がするけど
志賀直哉とか好き
漱石のゆるいエッセイ読んだら春樹じゃん!っていうのがわかる
村上春樹は夏目漱石を愛読しており、熊本にある漱石の家を訪れていることでも有名。『こころ』以外はかなり好きであるとのこと。
海外ではそういうエッセイ系の文芸本はあまり無いのだろうか
次は自国で「日常系」っぽい小説を書いている作家を探すんだ。いない?じゃあ、自分で書くか、知り合いをそそのかして書かせろ。自国の文化・歴史・習俗をベースしていると読んだときの理解の深みが段違いなんよ。
小説では日常系ってそういう感じなのか
福田和也が村上春樹を「現代の漱石」と持ち上げてたっけ。スーザン・ソンタグは「漱石の崇拝者」を自認してて、何度もプライベートで来日してた。今なら漱石推しだね。
“日本文学のストロングポイントだから。 日常系(Slice of Life)こそ至高なんだよ。”