書くか、書かないか?
書き続ければ書けるというのは、個人的にわからないではないのですが、ちょっと素朴な生存者バイアスすぎませんかね……
書き始めれば書ける、というのはズーニンの法則であるように、始めればやる気が出てくる、みたいなものかもね。
描く前や途中の質問ばかり。書き終わったあかつきには具体的なアドバイスができる。
つんく♂が多作&提供するようになってプロとして評価されたって記事と同じで「作り始める」「完成させる」ってのはアートでの成功では共通っぽい https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.tsunku.net/n/n22972c7216d4
小説に限らず書籍執筆は『書き終える』ことが肝要です。一度書き終えてから加筆、修正する。最初から完璧を目指しちゃうから少しでも詰まるとそこから動けず書き終えられない人は多く、挫折する人はほぼこれです。
なかなか興味深い
創作のようなライバルが無数にいて生き馬の目を抜く世界に生存者バイアスも何もないよ。優しい魔法の言葉などなく、身も蓋もないような条件が小説家になるための必要条件だと事実を言ってるだけではないのか
書いたものを人に見せられる人はその百ぶんの一なんよ
やる気を出すにはまずやれとかいうトートロジー
「世界とその人の関係性が人間の違い」同じ36歳の男性でも身長が190センチだったときと150センチだったときでは、世界の見え方が違うし、捉え方も変わる。そういう部分をどんな場面でも忘れない
書き続けられる人だけが生き残るので、生存者バイアスも何もただの事実なのでは。イン・ザ・メガチャーチは凄まじく面白かった。解像度高すぎる。周囲のレコード会社関係者が全員撃沈していた。
確かに書き続けてた人は何人かプロになったな。
“いざ書き始めると、文章の神様がサービスしてくれる”→ブクマカの神様もたまにサービスしてくれるよ。書いた覚えのないブコメにたくさん星がついているときがある。
生存者バイアスで良いのでは?別に皆が小説家になる必要は無いのだし。むしろ、生存者でも特別な方法があるわけでもない、書くしかないというのは優しいアドバイスだよね。
この記事を読んでかどうかは知らないが、昨日漫画家も同じことを言ってるのを見た。自分よりうまい人はいっぱいいたけど辞めてしまった。ケンガンアシュラの作画担当も同じこと言ってたな。
これはまとめタイトルが雑すぎる。小説家はこの社会では数少ない「どんだけ頑張っても才能がないとプロとして食っていけない」職種だろ。兼業ならわかるよ。趣味でブログ続けるのとは次元が違う。
事実かどうかと役に立つアドバイスかどうかは別だからね。このアドバイスに触れた人と触れなかった人で小説家になれる率が違うかどうか疑問だな。書き続けられる人はだいたい元からそういうタイプだと思うよ。
まあクリエイティブ系はほとんどの人が始められない完成させられないで挫折するから、書き続けられる人っていうのは生存者バイアスも何も、大前提ってやつじゃないかな
創作分野は才能がすべてなので、それがあるかどうかでしかない。そしていま才能があるように見えている人も、10年もたてばほとんどが消えている。才能も儚いものでしかなく、何十年と生き残るのはごく一握り。
タイトル鷺
“中央大学多摩キャンパスで、作家生活15周年の朝井リョウ講演会が開催。「行き詰まり」って自分に期待し過ぎている状態だ、とにかく書き始めるしかない。書き終える人は100分の1。書き終え続けるのは1万分の1”
エッセイが好き自己顕示欲と羞恥心の間で葛藤してるみたいな印象を受ける朝井さんが金髪になってて、自分を客観視した評をぜひ読みたい最近の小説については言語化は相変わらず上手いけど視野は狭い印象ただ才能の塊
"まず私は生物学的には36歳の男性です" 生物学とは / 生物学的には君はmale(オス)だね。社会学的に男性ってところかなあ。著名な小説家ってこんなもん??
記事と関係ないけど浅井リョウ面白いって聞いて何者って読んでみたけど何を楽しめば良いのか分からなかった。
“があるか、ないかという話になり、私も同業の方の作品を読むと「すごい才能だな」と思う人がいます。でも、私たちは大抵”
“行き詰まりを感じても、とにかく書き始めて、書き終えて、それを続けるしかない。書き始めたら文章の神様がサービスしてくれますから!”
なれなかった人は足りなかったものと満たされているものが見えるけど、なった人は何故なのかすら分からないもののよう。
ヤバい。一つも読んだこと無い
リュウのイン・ザ・ミソスープ、リョウのイン・ザ・メガチャーチ、ときたら次はリャウのイン・ザ・何?
"いっぱい書いて、自分の書き方を見つけて、書き終え続けて"
別にそれで飯食えるようになりたいんじゃなくて、自分が読みたい話を自分で作りたいんだよなあ。
ヴァンパイアハンターDで知られる菊地秀行が青学時代のミステリ研究会で二人才能あるなって思った人がいるけと実家が太くて家業を継いだり結婚相手の実家が太かったりして結局、小説を書くのやめたって話してたな。
自分はなぜか人に小説を書けと言われるのだが、小説家になる人間であればとっくになっているだろうと勝手に思っている/”「行き詰まり」って大抵自分に期待し過ぎている状態”
どっちでもええ。ブクマなんぞにかまけてるヒトが何かをやった所で、どうせロクなものにならないだろうから
“そこに入れれば、あと世に出るかどうかというところの差はそんなに大きくないと思うんです” そう言われればそうだが… なろう辺りで読み書きしてた時はそんな希望感じたことなかったな。
『イン・ザ・メガチャーチ』朝井リョウ 小説家になる人とならない人の決定的な違い
書くか、書かないか?
書き続ければ書けるというのは、個人的にわからないではないのですが、ちょっと素朴な生存者バイアスすぎませんかね……
書き始めれば書ける、というのはズーニンの法則であるように、始めればやる気が出てくる、みたいなものかもね。
描く前や途中の質問ばかり。書き終わったあかつきには具体的なアドバイスができる。
つんく♂が多作&提供するようになってプロとして評価されたって記事と同じで「作り始める」「完成させる」ってのはアートでの成功では共通っぽい https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.tsunku.net/n/n22972c7216d4
小説に限らず書籍執筆は『書き終える』ことが肝要です。一度書き終えてから加筆、修正する。最初から完璧を目指しちゃうから少しでも詰まるとそこから動けず書き終えられない人は多く、挫折する人はほぼこれです。
なかなか興味深い
創作のようなライバルが無数にいて生き馬の目を抜く世界に生存者バイアスも何もないよ。優しい魔法の言葉などなく、身も蓋もないような条件が小説家になるための必要条件だと事実を言ってるだけではないのか
書いたものを人に見せられる人はその百ぶんの一なんよ
やる気を出すにはまずやれとかいうトートロジー
「世界とその人の関係性が人間の違い」同じ36歳の男性でも身長が190センチだったときと150センチだったときでは、世界の見え方が違うし、捉え方も変わる。そういう部分をどんな場面でも忘れない
書き続けられる人だけが生き残るので、生存者バイアスも何もただの事実なのでは。イン・ザ・メガチャーチは凄まじく面白かった。解像度高すぎる。周囲のレコード会社関係者が全員撃沈していた。
確かに書き続けてた人は何人かプロになったな。
“いざ書き始めると、文章の神様がサービスしてくれる”→ブクマカの神様もたまにサービスしてくれるよ。書いた覚えのないブコメにたくさん星がついているときがある。
生存者バイアスで良いのでは?別に皆が小説家になる必要は無いのだし。むしろ、生存者でも特別な方法があるわけでもない、書くしかないというのは優しいアドバイスだよね。
この記事を読んでかどうかは知らないが、昨日漫画家も同じことを言ってるのを見た。自分よりうまい人はいっぱいいたけど辞めてしまった。ケンガンアシュラの作画担当も同じこと言ってたな。
これはまとめタイトルが雑すぎる。小説家はこの社会では数少ない「どんだけ頑張っても才能がないとプロとして食っていけない」職種だろ。兼業ならわかるよ。趣味でブログ続けるのとは次元が違う。
事実かどうかと役に立つアドバイスかどうかは別だからね。このアドバイスに触れた人と触れなかった人で小説家になれる率が違うかどうか疑問だな。書き続けられる人はだいたい元からそういうタイプだと思うよ。
まあクリエイティブ系はほとんどの人が始められない完成させられないで挫折するから、書き続けられる人っていうのは生存者バイアスも何も、大前提ってやつじゃないかな
創作分野は才能がすべてなので、それがあるかどうかでしかない。そしていま才能があるように見えている人も、10年もたてばほとんどが消えている。才能も儚いものでしかなく、何十年と生き残るのはごく一握り。
タイトル鷺
“中央大学多摩キャンパスで、作家生活15周年の朝井リョウ講演会が開催。「行き詰まり」って自分に期待し過ぎている状態だ、とにかく書き始めるしかない。書き終える人は100分の1。書き終え続けるのは1万分の1”
エッセイが好き自己顕示欲と羞恥心の間で葛藤してるみたいな印象を受ける朝井さんが金髪になってて、自分を客観視した評をぜひ読みたい最近の小説については言語化は相変わらず上手いけど視野は狭い印象ただ才能の塊
"まず私は生物学的には36歳の男性です" 生物学とは / 生物学的には君はmale(オス)だね。社会学的に男性ってところかなあ。著名な小説家ってこんなもん??
記事と関係ないけど浅井リョウ面白いって聞いて何者って読んでみたけど何を楽しめば良いのか分からなかった。
“があるか、ないかという話になり、私も同業の方の作品を読むと「すごい才能だな」と思う人がいます。でも、私たちは大抵”
“行き詰まりを感じても、とにかく書き始めて、書き終えて、それを続けるしかない。書き始めたら文章の神様がサービスしてくれますから!”
なれなかった人は足りなかったものと満たされているものが見えるけど、なった人は何故なのかすら分からないもののよう。
ヤバい。一つも読んだこと無い
リュウのイン・ザ・ミソスープ、リョウのイン・ザ・メガチャーチ、ときたら次はリャウのイン・ザ・何?
"いっぱい書いて、自分の書き方を見つけて、書き終え続けて"
別にそれで飯食えるようになりたいんじゃなくて、自分が読みたい話を自分で作りたいんだよなあ。
ヴァンパイアハンターDで知られる菊地秀行が青学時代のミステリ研究会で二人才能あるなって思った人がいるけと実家が太くて家業を継いだり結婚相手の実家が太かったりして結局、小説を書くのやめたって話してたな。
自分はなぜか人に小説を書けと言われるのだが、小説家になる人間であればとっくになっているだろうと勝手に思っている/”「行き詰まり」って大抵自分に期待し過ぎている状態”
どっちでもええ。ブクマなんぞにかまけてるヒトが何かをやった所で、どうせロクなものにならないだろうから
“そこに入れれば、あと世に出るかどうかというところの差はそんなに大きくないと思うんです” そう言われればそうだが… なろう辺りで読み書きしてた時はそんな希望感じたことなかったな。