意味わからんすぎる!!!!!逆に興味湧くな買おうかな!!!!!
モデルではなくパラメータの問題だ。正しいパラメータを選べる人は少なくなんかそれっぽいパラメータを適用する人ばかり。代表的なのが米国民主党で、彼らの指す「救うべき貧困層」は不法移民であり米国人ではない。
(読まない)予測を見て人が行動を変えれば最悪の結果は絶対に起きない。
現実の事象を有限のパラメータで表現しようとした時点で必ず情報が欠落するってことだろうなと。人間に認知しきれない膨大なパラメータ数と疎結合の力技でカバーしようとしてるのが昨今のAIという印象
シミュレーションより数式に書き下す方が頭良いとされるが、物理でもそれが事実か検証するのに、なんで経済学は検証が必要とされないのかね。シミュレーションでパラメータ変えて予測する方が役に立つのでは。
「モデルは現実のリスクを「予言」ではなく「物語」として動かす。その意味で、モデルは現実に介入するエンジンになる」モデルは政治のツールになる時に初めて社会的に価値を持つんだろう。
極端に言うと「量子力学モデルで民主主義を評価」みたいな創発のレイヤーが異なる領域を扱おうとして失敗してがち。経済学がその典型で、方法論的個人とマクロ経済は、化学と心理学くらいことなるレイヤーなのに、
パラメーターチューニングで過去にフィットさせただけのモデルは現実の予測にあまり役に立たない。IPCCの気候モデルが正にそれだから危惧を感じる。しかもIPCCは必要な対策の根拠を気候モデルに頼り過ぎてる
モデルはチューニングされるから役に立たんとは言ってないでしょこの本。モデルは神託よりは役に立つし、どう現実に介入させるかの話。未来に確率や条件を付してるIPCCのモデルは未来予測としてかなり誠実な方だよ。
脳内には意識しようがしまいが先にモデルがあり、その一面がバイアスとして表れる。問題は、自分の中のモデルを意識する「無知の知」、その上での「お互いのモデルの比較検討・合意形成」がひどく困難であること。
“統計学の格言「全てのモデルは間違っている”
“モデルは役立たないけれど、モデルを作ることは絶対に必要だ」”
「モデル」の定義もせずに己のお気持ちだけ披露しても何の役にも立たないな、元記事含めて。書評先の著作どうなんだろうか?マジで自分の分野と別分野のこの言葉に対する温度差に「横転した」経験あったので。
機械学習のモデルと数理モデルをごっちゃに言ってる人が多すぎません?数理モデルは「世界をシンプル(抽象的)に捉えるメガネ」だよ、当然、実体からは異なるから「間違っている」とも言えるけど
なんとなくシステムの科学の話をしているような気がする。読んだよね?
”現代の天気予報は、数学でできている”そうらしいね。/"WEIRDのバイアス"
自然科学の「科学」を人類社会に応用できると先人たちが思いついたのがそもそもの勘違いの始まりだと思ってる。
未来予想ではなく、未来に介入するための科学『数理モデルはなぜ現実世界を語れないのか』
意味わからんすぎる!!!!!逆に興味湧くな買おうかな!!!!!
モデルではなくパラメータの問題だ。正しいパラメータを選べる人は少なくなんかそれっぽいパラメータを適用する人ばかり。代表的なのが米国民主党で、彼らの指す「救うべき貧困層」は不法移民であり米国人ではない。
(読まない)予測を見て人が行動を変えれば最悪の結果は絶対に起きない。
現実の事象を有限のパラメータで表現しようとした時点で必ず情報が欠落するってことだろうなと。人間に認知しきれない膨大なパラメータ数と疎結合の力技でカバーしようとしてるのが昨今のAIという印象
シミュレーションより数式に書き下す方が頭良いとされるが、物理でもそれが事実か検証するのに、なんで経済学は検証が必要とされないのかね。シミュレーションでパラメータ変えて予測する方が役に立つのでは。
「モデルは現実のリスクを「予言」ではなく「物語」として動かす。その意味で、モデルは現実に介入するエンジンになる」モデルは政治のツールになる時に初めて社会的に価値を持つんだろう。
極端に言うと「量子力学モデルで民主主義を評価」みたいな創発のレイヤーが異なる領域を扱おうとして失敗してがち。経済学がその典型で、方法論的個人とマクロ経済は、化学と心理学くらいことなるレイヤーなのに、
パラメーターチューニングで過去にフィットさせただけのモデルは現実の予測にあまり役に立たない。IPCCの気候モデルが正にそれだから危惧を感じる。しかもIPCCは必要な対策の根拠を気候モデルに頼り過ぎてる
モデルはチューニングされるから役に立たんとは言ってないでしょこの本。モデルは神託よりは役に立つし、どう現実に介入させるかの話。未来に確率や条件を付してるIPCCのモデルは未来予測としてかなり誠実な方だよ。
脳内には意識しようがしまいが先にモデルがあり、その一面がバイアスとして表れる。問題は、自分の中のモデルを意識する「無知の知」、その上での「お互いのモデルの比較検討・合意形成」がひどく困難であること。
“統計学の格言「全てのモデルは間違っている”
“モデルは役立たないけれど、モデルを作ることは絶対に必要だ」”
「モデル」の定義もせずに己のお気持ちだけ披露しても何の役にも立たないな、元記事含めて。書評先の著作どうなんだろうか?マジで自分の分野と別分野のこの言葉に対する温度差に「横転した」経験あったので。
機械学習のモデルと数理モデルをごっちゃに言ってる人が多すぎません?数理モデルは「世界をシンプル(抽象的)に捉えるメガネ」だよ、当然、実体からは異なるから「間違っている」とも言えるけど
なんとなくシステムの科学の話をしているような気がする。読んだよね?
”現代の天気予報は、数学でできている”そうらしいね。/"WEIRDのバイアス"
自然科学の「科学」を人類社会に応用できると先人たちが思いついたのがそもそもの勘違いの始まりだと思ってる。