愛という共同幻想も、倫理観、金銭感覚、清潔感といった社会慣習やハピトゥスに外枠を支えられ、コンセンサスの維持・更新の努力で内枠から支えられなければ続かないのではないでしょうか。似た者同士の結婚は有利
シンデレラ・ストーリーなんて言葉があるけど、シンデレラも最初から下働きな訳ではなく、継母が来るまではお嬢様として育てられた。だからお城の舞踏会でも見事に振る舞えて、王子に(妃として)見初められたんだよね
色々考えた末に、たかが〜時代からの伝統と片付けたり、その期間のみ高まった特異な思潮とかで納得できてしまうことは多そうですね。
身分違いの恋とか不良とお嬢様の恋とかが恋愛ものの定番。未だにロマンス詐欺なんてのが成立するのも今も昔もそういう「現実」が強固でありそれを超える「恋や愛」を望んでいる事の裏返しかも。
我々のハビトゥス獲得の時間体験はどう?ロマンチックラブは生の享受の時間で生きるために食う=美食、生存の持続に費やす時間(立ち位置獲得競争を有利に進める仕込み含む)は食えるだけでも有難く思って生きる(貧
ここに書かれていることは事実なんだろうけど、これを放置すれば階層固定社会へ逆走まっしぐらですよ。それはよくないって抗ってきたのがここ100年程の社会の歴史だったんじゃ?
恋はスリル、ショック、サスペンス
印象としてはロマンチックラブは瞬発力でハビトゥスはスタミナだよなと思うなど。長い人生を共に生きていくという観点からは習慣のウエイトは大きい
現実の移民や他文化や戦争と同じく、同化できない部分については、無理に変えずに不干渉の契約をするのも一つの手段かなぁ
だから混合配偶戦略を動物は発達させたんですね。生存のための番には近似を求めるが交配相手の遺伝子は離れているほど魅力的なため、繁殖時は番以外の遺伝子を使って子を産む
ロマンチックラブって自明の用語なのか。
社会慣習やハビトゥスを無視するような熱狂(ロマンチックラブ!)こそが関係を開始する動機付けになる。関係を維持するには対話や合意形成のスキルが必要になる。どちらが優越するものでもない。
ブルデューのハビトゥス引き合いに出すのわかりやすい 結局価値観や生活習慣の差が壁になるよな
80年代くらいの「日本は総中流」言説によって壊れたものがすごく多い。左翼的な「優しい」言説だったが。階級は差別も生むが、アイデンティティも生む/英国では別の階級の人間と関わらない
社会が大きく変化しているときには「新しい」ものとして別なハビトゥスが受け入れられやすくなるし、自分の生まれ持っての生活に違和感を抱いてきた人は別なハビトゥスを受け入れやすい。私の両親の結婚はたぶん…
ヤンキー女の元カレDV率は異常。で、好きな男のタイプはオラオラ系だからまた繰り返しそうだなと。ラヴ上等見てて思いました。
不倫(と書いてロマンチックラブと呼ぶ)は文化じゃなかった
恋愛は脳の沸く病気。/「社会慣習やハビトゥス」は暗黙的な「ゲームの規則」、「強いられる」と同時に「利用する」もの。それに沿った生活を送ることは、それを日々承認するのと同じ。それが社会の「保守性」の源。
一時の熱狂で子供できても余裕で育てられるくらいでいてもらいたい
ごもっともと思う。家の中ではこういう言説の抽象性を剥ぎ取った、もっと汚い言葉で子どもらに知恵として授けようと試みるのが親の務め(子どもに嫌がられる
相変わらず適当に学術用語散りばめてお茶を濁しつつ論証はせず、そうですよね(みんな感じてるよね)、で終わりな記事
人生の課題への考察としては異論はないのだけど、マウント材料としてのモテ非モテや陰キャ、コミュ障とかで評価されるのは無責任な刹那のロマンティクスじゃないの?w
つまり同類婚が一番てこと?
まあそりゃそうだなとは思う。恋愛と結婚の違いってそうよね。/タイトルだけみると競馬っぽくておもろい。
「これを放置すれば階層固定社会へ逆走まっしぐらですよ」→同類婚からの格差固定社会は2010年代にはすでに指摘されている。いわゆる上昇婚が激減した2000年前後から進展している話で、学歴の親子間継承とも連動してる
都内のエリートはクローズドコミュニティで結びつきを強めていて、階級差のある結婚は過去のものになってきているみたいですね > 社内恋愛が極めてリスキーになった反動もあろう。統計的な裏付けは欲しいところ。
通常、ロマンチックラブは社会慣習やハビトゥスには勝てない - シロクマの屑籠
愛という共同幻想も、倫理観、金銭感覚、清潔感といった社会慣習やハピトゥスに外枠を支えられ、コンセンサスの維持・更新の努力で内枠から支えられなければ続かないのではないでしょうか。似た者同士の結婚は有利
シンデレラ・ストーリーなんて言葉があるけど、シンデレラも最初から下働きな訳ではなく、継母が来るまではお嬢様として育てられた。だからお城の舞踏会でも見事に振る舞えて、王子に(妃として)見初められたんだよね
色々考えた末に、たかが〜時代からの伝統と片付けたり、その期間のみ高まった特異な思潮とかで納得できてしまうことは多そうですね。
身分違いの恋とか不良とお嬢様の恋とかが恋愛ものの定番。未だにロマンス詐欺なんてのが成立するのも今も昔もそういう「現実」が強固でありそれを超える「恋や愛」を望んでいる事の裏返しかも。
我々のハビトゥス獲得の時間体験はどう?ロマンチックラブは生の享受の時間で生きるために食う=美食、生存の持続に費やす時間(立ち位置獲得競争を有利に進める仕込み含む)は食えるだけでも有難く思って生きる(貧
ここに書かれていることは事実なんだろうけど、これを放置すれば階層固定社会へ逆走まっしぐらですよ。それはよくないって抗ってきたのがここ100年程の社会の歴史だったんじゃ?
恋はスリル、ショック、サスペンス
印象としてはロマンチックラブは瞬発力でハビトゥスはスタミナだよなと思うなど。長い人生を共に生きていくという観点からは習慣のウエイトは大きい
現実の移民や他文化や戦争と同じく、同化できない部分については、無理に変えずに不干渉の契約をするのも一つの手段かなぁ
だから混合配偶戦略を動物は発達させたんですね。生存のための番には近似を求めるが交配相手の遺伝子は離れているほど魅力的なため、繁殖時は番以外の遺伝子を使って子を産む
ロマンチックラブって自明の用語なのか。
社会慣習やハビトゥスを無視するような熱狂(ロマンチックラブ!)こそが関係を開始する動機付けになる。関係を維持するには対話や合意形成のスキルが必要になる。どちらが優越するものでもない。
ブルデューのハビトゥス引き合いに出すのわかりやすい 結局価値観や生活習慣の差が壁になるよな
80年代くらいの「日本は総中流」言説によって壊れたものがすごく多い。左翼的な「優しい」言説だったが。階級は差別も生むが、アイデンティティも生む/英国では別の階級の人間と関わらない
社会が大きく変化しているときには「新しい」ものとして別なハビトゥスが受け入れられやすくなるし、自分の生まれ持っての生活に違和感を抱いてきた人は別なハビトゥスを受け入れやすい。私の両親の結婚はたぶん…
ヤンキー女の元カレDV率は異常。で、好きな男のタイプはオラオラ系だからまた繰り返しそうだなと。ラヴ上等見てて思いました。
不倫(と書いてロマンチックラブと呼ぶ)は文化じゃなかった
恋愛は脳の沸く病気。/「社会慣習やハビトゥス」は暗黙的な「ゲームの規則」、「強いられる」と同時に「利用する」もの。それに沿った生活を送ることは、それを日々承認するのと同じ。それが社会の「保守性」の源。
一時の熱狂で子供できても余裕で育てられるくらいでいてもらいたい
ごもっともと思う。家の中ではこういう言説の抽象性を剥ぎ取った、もっと汚い言葉で子どもらに知恵として授けようと試みるのが親の務め(子どもに嫌がられる
相変わらず適当に学術用語散りばめてお茶を濁しつつ論証はせず、そうですよね(みんな感じてるよね)、で終わりな記事
人生の課題への考察としては異論はないのだけど、マウント材料としてのモテ非モテや陰キャ、コミュ障とかで評価されるのは無責任な刹那のロマンティクスじゃないの?w
つまり同類婚が一番てこと?
まあそりゃそうだなとは思う。恋愛と結婚の違いってそうよね。/タイトルだけみると競馬っぽくておもろい。
「これを放置すれば階層固定社会へ逆走まっしぐらですよ」→同類婚からの格差固定社会は2010年代にはすでに指摘されている。いわゆる上昇婚が激減した2000年前後から進展している話で、学歴の親子間継承とも連動してる
都内のエリートはクローズドコミュニティで結びつきを強めていて、階級差のある結婚は過去のものになってきているみたいですね > 社内恋愛が極めてリスキーになった反動もあろう。統計的な裏付けは欲しいところ。